Chapter 25.8-非公式会談-

あちこちで鳴り響く電話。取り次ぐものは、みな、なぜか怒鳴っている。並べられた机には、どれも、雑念と書類が積み重なっていた。やすっぽいコーヒーの匂いを漂わせながら、しばしの安らぎを得ようと、疲れきった署員が机の前に座る。積みあがった書類の前に呆然として、コーヒーカップを置く場所もない。

「あの・・・」

女性職員が近づいてきて、おずおずと二つの汚いマグカップを小さな机に降ろした。泥色をした、いかにもインスタントなコーヒーが、カップ一杯まで注がれていた。

「すみません、こんなものしか」

「いや、お気遣いありがとう」

ノクトはそういって、あまり美味しくもなさそうなコーヒーに手を伸ばしたが、さっと、ナナが横からノクトのカップを取り上げて、一口飲んだ。 

「問題ありません・・・どうぞ」

無表情のまま、口をつけたカップをノクトの前に戻す。女性署員は、何事かを悟って、かっと怒りの表情を浮かべた。

「ここは・・・警察署ですよ?」

「お気にせず。事務的な手続きです。私の職務ですので」

ナナはやはり感情もなく応えた。女性署員は明らかに憤慨した様子で、それでも、ささっとノクトにだけは頭を下げて、二人から離れて行った。

そういやぁ、市場でメシを食べたときも、ノクトより先に全部の皿に手をつけていた。やけにがっつくと思ったが、そういうことだったのか・・・ノクトは、ちょっと感心して、ナナの顔を見ると、

「職務ご苦労さん」

と笑いながら、毒見の終わったマグカップのコーヒーを飲んだ。思ったとおり、香りが殆どしない泥水みたいなインスタントだ。それでも、この殺伐とした署内では、ほっと一息つくのに欲しくなる。

ぶぶぶぶぶ・・・

胸元に振動を感じて、手を突っ込んだ。スマホが受信を知らせている。

イグニスか・・・

「どうした?」

ー今からそっちに向かう。オヴァール市長も一緒に来ることになった。警護隊の応援部隊も引き連れて向かう・・・分かっていると思うが、市長は顔を潰されたと、カンカンになってるぞ

ああ・・・ とノクトはため息をついて

「今からって・・・どのくらいでつく? 警護隊を動かすんじゃ、結構時間がかかるだろう」

ーそうだな・・・早くて2時間というところか

「わかった」

ーおい・・・警察署を動くな

「了解」

ノクトが話をしている間に、ナナのスマホにも連絡が入って、はい・・・はい・・・となにやら神妙に話を聞いているが、音がもれて聞こえたその声は、多分グラディオだろう。時折、ちらちらとノクトの方を見ながら、明確で短い返事を返している。

「承知しました」

ナナも電話を切った。

「グラディオか?」

「そうです。陛下より目を離すなと」

ナナは正直に告げた。ふん・・・ とノクトは鼻を鳴らし、

「じゃあ、とことん、付き合えよ・・・」

と立ち上がった。ナナは

「動くなといわれています」

と抗議したが、王は取り合わずに首を振った。机の上には、変装に使ったサングラスと付け髭が、無造作に置かれていたが、とりあえず高そうなサングラスだけを回収して胸ポケットに納めると、奥のデスクで部下と怒鳴りあっている署長の席の方へ向かう。

署長はノクトに気がつくと、しばし怒鳴るのをやめて、いかにも煩わしいという表情を向けた。

「何か御用でも?」

「さっきの件・・・時間もないので、すぐに頼みたい。10分・・・いや、5分でいい」

むむむ・・・ と署長は怒った顔をして黙った。体よく断ったつもりだったのに・・・

「わが国の捜査権については先ほどご説明をしたはず・・・」

「さっき側近にも確認したんだが、テロ事件は広域捜査権が適用されるそうだな。いずれ警護隊に、捜査権が移管されるんだろ」

ぐっ・・・ と署長は言葉に詰まって、それから、忌々しそうに歯軋りをする。

「・・・まだ、テロ事件とは断定されていない」

「未成年の取調べを弁護士の同伴もなしに実施して、明日の公式発表までに必要なことは全部吐かせたってことだな?」

署長は、顔を真っ赤にして、怒りを露にした。しかし・・・相手はまがいなりにも一国の元首。自分で気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしている。それから…弱々しく首を振った。

「…警護隊に捜査権を移管しようがしまいが、陛下を立ち合わせること事態が、超法規的措置になります。その点は、しっかりご認識いただきたい」

「わかってる。処罰が必要ならうけるさ」

ノクトは軽く応えた。署長は、飽きられめた様子で、先ほどまで怒鳴りつけていた部下の方を向いた。

「陛下をお連れしろ・・・5分だけだ」

わかりました・・・ 部下の男は、目配せをしてついてくるようにと合図した。
部下の男に続いて、ノクトは騒々しい事務所を出て、殺風景な警察署の廊下を進む。今夜の事件のせいで、ひっきりなしに刑事たちが廊下を行き交い、廊下の窓から見える外の様子も、パトカーがいったりきたりと騒がしかった。

部下の男は、廊下を曲がって、奥まったところにある取調室に入った。入り口の守衛が、刑事に向かって敬礼をした。それから不思議そうにノクトとナナを見る・・・

「取り調べの協力者だ。3号室に入るぞ」

はっ・・・ と守衛は短く応えて、受付からさらに奥に入るための格子戸を開いた。なかなか厳重だな・・・ ノクトは刑事の後ろに続きながら、取調室の廊下に入る。小さな部屋が10個ほど並んでおり、飛び飛びにいくつかの部屋に明かりが灯っているのが見えた。第3号室・・・と、札が出ている部屋の前に止まって、刑事はしばし、中の様子を伺った。ノックをして、扉を半分だけ開く。

「ちょっと邪魔するぞ・・・お前に面会だ」

それから、くいっ とあごを振って、ノクトたちに入るよう促す。ノクトは、狭い扉を刑事を押しのけるようにして中へ入った。窓のない小さな部屋・・・殺風景な白い空間に、灰色の味気ない机が置いてあり、その前に少年が、いかにも反抗的な態度でパイプ椅子にふんぞり返っていた。ノクトが入ってくるのを見ると、あっ・・・ と驚いた顔をした。

「てめぇ・・・」

「忙しいところ悪いな」

ノクトは取調べ中の刑事ではなくて、少年に向かって言った。取り調べていた刑事は、ノクトに席を譲って、少年の向かい側に座らせた。

明るいところで見ると・・・少年のあどけなさと共に、酷く落ち窪んで淀んだ瞳がよく見えた。左眉毛が、何か傷なのか、半分ほど剃られてなくなっており、鼻と唇に、いくつもピアスを通していて痛々しい。短く借り上げた髪の、こめかみの辺りに、刺青まで見える。

こりゃ、ホンモノだな・・・ ふと、チパシの愚連隊くずれを思い出した。今思うと、あいつらは全然可愛かったなぁ。

ノクトの顔にふと笑が浮かんで、少年は自分がバカにされたと思ったのだろうか・・・きっ とノクトをにらみつけると、ぶっ と唾を拭きかけた。両腕は手錠がかけられていて、パイプ椅子に縛り付けられていた。そうでなければ殴りかかっていたかもしれない。

2度目のことなのでノクトは驚きもしなかったが、脇にいた刑事が このガキっ! と声を荒げて腕を振り上げる。ノクトは慌ててその手首をがっ と抑えた。意外にも力強い王の手に、刑事は驚いて、ギョッとした表情を向けた。

「落ち着けよ・・・頼むからオレの前で違法行為はやめてくれ。言い訳ができないぞ」

それから、頭につけていたバンダナをはずして、つばを拭く。バンダナはすっかり汗臭くなっており・・・もちろん自分の体臭なのだが、ノクトは顔をしかめた。

「・・・さてと、時間もないし、さっさと話を済ませてしまおう、レオ」

気を取りなして、少年に呼びかけた。少年は、ふんと、目をそらした。

「オレらが校舎の巡回に入ろうとしたとき、2階から慌てて飛び出してきたろう。中に誰かいたんだな?」

二人の刑事たちが、ノクトの背後で顔を見合わせているのが分かった。レオは、硬く唇を閉ざしたまま、目を合わせようとしない。

「だんまりもいいんだが・・・ここの警察がでっち上げをしなくてすむよう協力してくれ。お前が非協力的だと、そんなことにもなりかねない。ああ、それと・・・オレはまだ、王として正式に承認もされていないし、お前が不当逮捕されても手出しは出来ないから、あんまり期待するなよ」

余裕を見せつけて、ちょっと脅しをかけてみるが、レオはまったくこちらを見ようとしなかった。ふん・・・ とノクトは頭を巡らせて

「ところで・・・よくオレの顔が分かったな? 学校の授業で写真でも見せられたか?」

と、頬杖をつきながら、のらりくらりと聞いてみた。レオは、へっ ・・・とバカにするように笑った。

「そのアホ面なら、すぐに分かる。それに・・・つば吹きかけりゃ、家来の反応ではっきりする」

「へええ、頭いいな」

ノクトは感心して見せた。

「それだけ頭が回るなら、この状況もわかるな。つまらない盗みだけなら、数日、豚箱に突っ込んで、その後お前のママに引き渡せばそれですんだんだ。ところが、お前が忍び込んだ部屋から、爆発物が見付かった。手製の爆弾だ・・・普通は、ガキが作れるようなしろもんじゃない、と考える。が、お前たちは銃を所持していた。銃が入手できるなら、爆弾も手に入るかもしれない・・・」

レオは、険しい顔をして俯いたままだ。

「テロリストとして捕まれば、未成年者でも簡単には出てこれない。審議だけでも数年かかる・・・そのあと、刑期は10年単位だな。10年か、20年か・・・裁判所のさじ加減だろう。ムショでの10年・・・長いぞ。オレも似たような経験がある・・・10年の空白だ。帰ってきたら、すっかり老け込んでいるし、世界は様変わりしてた。幸い、古いダチがすぐに見付けてくれた。そうでなければ、右も左も分からずに路頭に迷ってたろうな」

けっ・・・ とレオは、横を向いて

「10年なんて・・・どうせ、町にいても生きてねぇよ」

と吐き捨てるように言った。

「ふうん。お前ら、それだけヤバイ連中と付き合っているということか・・・テロリストへ協力してるって自覚があるんだな?」

レオは、びくっと体を震わせて・・・それから、やや青くなった。

「爆弾は・・・しらねぇ」

小さな声で呟いた。

「今晩盗みに入ると、誰かに言ったか? それとも誰かにそう促されたのか? 銃はどこで手に入れたんだ?」

ノクトは、続けざまに問いかける。レオは、ますます青くなっていた。誰かに恐怖を抱いているみたいだな・・・

「・・・爆弾は、しらねぇ。校舎に忍び込んだら・・・誰かがいたんだ。てっきり、ハンターの連中かと思って、慌てて飛び出してきた。それだけだよ」

「お前に銃を渡し、盗みを働きかけたヤツが、罠に嵌めたのかもしれないな・・・想像してみろ。爆弾がこのタイミングで見付からず、明日の午後、オレの視察中に爆発する・・・さして殺傷力は高くないが、運悪くそばに誰かいれば、足の一本くらいは吹き飛んだかもしれない。捜査の結果、盗品を売り飛ばした少年二人が容疑にあがる。どこで入手したかも分からない銃と一緒に」

レオは首を振った。

「・・・言えば、殺される・・・」

「お前を守る」

ノクトは、低い声で即答した。

ふざけんな!! レオは大きな声を上げて、机を蹴飛ばした。

「サツなんか、オレらを守るもんか! 守れもしねぇよ! この町の連中は、サツなんか恐れない。屁とも思ってねぇよ!!」

それは怒りでもあり・・・そして、恐怖でもある。ノクトは、難しい顔をして唸り・・・

「どのみち、お前はこのままでは消されるぞ。都合の悪い目撃者だ・・・ヤバイ連中と絡んでいるなら、お前みたいなガキが信用されるわけない。邪魔になったら消すだけの、捨て駒だ」

ノクトは、容赦なく言い渡した。

「嘘だと思ったら・・・容疑不十分で、このまま釈放されてみろ。お前のダチも、無事ではいられないぞ」

レオは、怒りと恐怖とに満ちた目を見開いて、ノクトを見た。その目は、救いを求めているようにも見え…哀れだ。レオは、しばし、恐怖に引きつった顔でノクトを見つめていたが、やがて諦めたようにがっくりと肩を落として、静かになった。

「もう・・・15分すぎてますよ」

刑事が、そっと背中で告げた。ノクトはため息をついて、座席から立ち上がる。

「レオ・・・お前は、最大限、警察に協力しろ。オレも、出来る限り、力を尽くす・・・これから、お前の恐れている裏の連中にも交渉するつもりだ」

ええ?! と驚きの表情で、レオだけでなく、刑事たちもノクトの顔を見た。

「それで守りきれるとは約束は出来ないが・・・はじめてしまったことだ。全力を尽くす。お前も、自暴自棄になっている暇があったら、生き残ることを考えろ」

それだけ言い残して、狭い取調室を出た。

ほおお、と感心したように案内してきた刑事が唸った。

「うまいこといいますねぇ・・・」

「ばあか。オレは本気だ」

ノクトは、ちょっと怒ったように言うと、刑事は肩をすくめて見せた。

しかし、そうは言ったものの、相手は裏社会で生きる連中… 正攻法では接触できない。警護隊で捜査権を握れば、最悪でも少年たちは保護できるだろうが… 


はあああ・・・ ノクトは、ため息をついて、廊下で立ち止まった。事務所へ戻ろうとしていた刑事は、何事かと振り向いた。


「ちょっと外の空気が吸いたいんだが、非常階段に出られるか?」


ノクトは廊下の先の非常口を指差して言った。


「出られますが・・・タバコすってる連中がいるから、あんまり空気はよくないですよ」


「いいさ・・・」


じゃあ、お好きに。と言って、刑事は、ノクトたちを置いて先に事務所の方へ戻って行った。


ノクトは、重たい非常扉を押し開けて、外に突き出した鉄骨の階段に出た。説明があったとおり、すぐ下の踊り場でタバコを吸いながら寛いでいる署員たちがいて、煙が直撃している。ノクトは、煙を避けようと階段を一つ上がってみた。なんとか、息が吸えそうだ・・・


ナナが黙ってその後ろについている。まるで空気のように、気配もなく、感情も見せない。ノクトも、彼女の存在を気に留めることなく、非常階段の柵に寄りかかって、また深くため息をついた。


学校の盗難事件は・・・少年のいたずらで収まらず、発砲事件に発展したかと思うと、引き続いた取調べで爆発物まで見付かってしまった。こうなると・・・明日の視察は中止せざるを得ないだろう。ノクトがオヴァールに黙ってこの地区に潜入したことも当然、明るみに出る。面子を潰されたオヴァールが怒り狂うだけならいいのだが・・・


視察中止・・・ノクトの潜入は伏せるにしても、視察先に爆発物が仕掛けられたと大々的に報道されることになる。事件の真相解明はすぐにはのぞめないし、オヴァールが協力を拒めば視察の再開は容易ではないだろう・・・そうして、この地域の悪評だけが拡大され、市民達の溝は余計深まる。


しくじったか・・・


この地域の実情を肌で感じたいと思ったこの計画は、甘かったのだろうか。それでも、ノクトが潜入せず、明日の視察で爆発が起きたらどうなっていたろう・・・それこそ、町中を、警護隊の装甲車で占拠するような事態に発展していたかもしれない。


未然に防げたことを幸運と思うしかない。ノクトは、ぎりぎりと歯軋りしながら、突破口を探そうとする。何か・・・何かあるはずだ。このままでは終わらせない・・・


その時、ぶぶぶ・・・ ジャケットの胸ポケットが振動した。


スマホを取り出してみる。登録したばかりの新しい番号が表示されていた。


ワン=ジェか・・・


警察署での調書を終えた後、協会の事務所へ報告に戻っていたはずだった。


「どうした?」


ー・・・さっき、店に来た、ノルドってハンターだよな?


その声は、ワン=ジェではなかった。ノクトは、さっと緊張で張り詰めるのを感じた。しかし・・・平静を装って、なるべく静かな口調を保とうとする。


「そうだ。あんたは?」


ーバイソンだ。あんたと取引をしたいって奴が店に来てる。興味あるか?


「・・・ああ、もちろん」


ーならば、店まで来い。そっから歩いて15分くらいだな・・・そこの非常階段から見れば、北の方に一際明るい広場が見えるだろ。それで方角を見当つけろ


監視されてるのか・・・ ノクトは、ぞっとしながら・・・しかし、そのまま平静を装って、言われたままに、北の方を眺める。高い建物などほとんどないこの地域では、警察署の10階から町の全貌がよく見渡せた。土地勘のないノクトにも、数時間前に訪れた市場の、煌々と明るい繁華街がわかった。


「そうだな。よく見えるわ」


ー・・・あと、あの小娘は置いて来い。あんたに撒けるか?


「やってみよう・・・ところで、オレの相棒は?」


ーワン=ジェなら、ここで飲んでるさ。ほら


ーノルドさん? まあ、来るなら用心してきなよ。はははは・・・


確かにワン=ジェの声に聞こえた。しかし、あまりにも短いし、なじみのある声ではないので、判然としない・・・まさか、脅迫されているとか、本人に何かあったとか・・・と想像して、首を振る。


「わかったよ。じゃあな」


ノクトは電話を切った。ナナが、訝しげにノクトを見ているので、ノクトはわざとらしくあくびをしながら


「ワン=ジェだ。あとで、できれば協会の事務所によって欲しいってさ・・・」


と言いつつ、非常扉から建物に入る。すぐそばに男子トイレを見つけて、ノクトはゆったりとその中へ向かった。


「ちょっと用を足してくるから、先に事務所へ戻ってろ」


ナナは無反応のまま、男子トイレの前に立っていた。ま・・・そう言っても無駄だとは思ったけど。


ノクトは汚い男子トイレの奥まで進みながら、その奥に、小さな窓を見つける。非常階段から目をつけておいた。あそこから非常階段の踊り場に出られるだろう・・・しかし、勘のよさそうなナナのことだ。すぐに気づかれるかもしれない。


ノクトは、小便器の前に立って、用を足すふりをしながら、中にいた署員がトイレを出て行くのを待った。大便器には幸い誰もいないようで、二つある扉は開け放してある。署員が出て行くと、ノクトはさっと小窓をこじ開けて、外を見る・・・上下の踊り場に人の気配がない。チャンスだ・・・


頭からごりごりと体を押し込んだ。あまり音を立てるのもまずいが、時間をかけるのも危険だ・・・あの、娘のことだ。怪しいと見れば、男子トイレくらい平気で押し入ってくるだろう。


ノクトは、頭からつっこんで上体を外に出し、ヘリに手を引っ掛けてでんぐり返しのようにそっと窓の外に出た。うまいこと非常階段の踊り場に降り立った。足音を消しながらそのまま、階段をするすると下りる・・・よし。


時折タバコをすっている署員とすれ違ったが、ノクトを見ても誰も気にした様子がなかった。格好からしてハンターに見えたのだろう。ノクトは、曖昧な会釈をしながら、さっと階段をおりて、1階まで出た。非常階段は、警察署の裏口に向いていて、門衛が暇そうに詰め所のカウンターに座りながら、帰宅していく職員を見送っていた。特別・・・IDを確認している様子はない。


いけるか・・・


ノクトは、捜査に協力したハンターの様子で、ジャケットのポケットに手を突っ込みながら、疲れた様子で門衛の前を通った。門衛は気のない様子でちらっと視線を向けたが、お疲れさん、と声をかけただけだった。ノクトは応えるように、そっと左手を上げた。


暗い通りに出る・・・ 警察署の近辺とあって静かだ。確か上から見た方角は左手の方・・・ノクトは記憶を頼りに道を進む。


護衛もつけずに飛び出して・・・また、グラディオにどやされるな


自分でもどうかしていると思いつつ、しかし、不思議と恐怖心がない。今回も勘だよりか・・・ノクトは、呆れたように笑いながら、怪しく男や女が立つ通りを過ぎて、市場を目指した。時折、建物の影から、男や、女がノクトに声をかける。薬物の売人か、体を売ろうというのだろう。ノクトは、興味のない様子でなるべく通り過ぎた。あまりに若すぎる少女が立っていることもあった・・・胸が苦しくなるのを感じながら、その前を通り過ぎる。


ここまで野放しか。これが、ここも・・・ルシスだ。


テントが立ち並ぶ一角に入って、市場にたどり着いたと知る。閉ざされたテントの奥に、煌々と光る場所が見える。見覚えのある風景が見えてほっとした。あの・・・テーブルが並べられたあたりのはずだ。


外のテーブルには、まだ、大勢の客がにぎわっていた。店の中は、なぜか、扉が閉じられて、閑散としている。ノクトはその入り口まで近づいて中をのぞいた。扉のところに、'貸切’の札がかかっていた。


すぐに、中にいる人間がノクトに気がついて、扉を開ける。腕に刺青がある若い店員が、


「ノルドさんかい?」


と聞いてくる。


「ああ、そうだ」


「どうぞ」


愛想のないようすで、ノクトを中に入れた。狭い店内の奥のカウンターの中で、バイソンがシェーカーを振っているのが見えた。カウンターに座っている男は二人。一人は、赤毛の、細身の男。年はバイソンくらいか。顔はいかにも凄みがある。その手前には・・・にやにや、笑いながらノクトを出迎える、カッツォ。


「ほら、来たよ」


「独りだな」


「あららら・・・」


カッツォは、残念そうな顔をして、バイソンにコインを投げてよこす。


「おっかしぃなぁ・・・絶対、ナナちゃんがくっついてくると思ったのに」


「お前か。ワン=ジェのスマホをくすねたのか?」


ははははは、 と電話越しに聞いた声で笑って


「ご名答」


と、おどけて見せる。まさか、殺してないよな・・・ しかし、その返事をもらってどう信用しろというんだ。ノクトは口をつぐんだまま、赤毛の男の隣に座った。


その時、ばん!! と店の扉を激しく叩く者がいて、みなは一斉に扉に眼を向けた。見れば、むっとした顔をして、ナナが、扉の前で仁王立ちした。


「ほら! 見て!! やっぱり! オレの勝ち!!!」


カッツォは小躍りして、自ら店の戸口まで行くと、丁重にお辞儀をしながらその扉を開けた。


「ようこそ! お姫様!」


ノクトは驚いて、その様子を見ていたが、ナナは憮然とした態度で、そのままつかつかと店の中に入ってきた。


「お前・・・」


「けっ・・・ 女ひとり撒けないとは、なさけねぇな」


バイソンはカウンターの中で呟きながら、カクテルの仕上げをしていた。真っ青な液体をグラスに重ねている。オリーブを添えて、塩で縁取り・・・そして、狙ったように、ノクトの隣に腰掛けたナナの前に置いた。


「驕りだよ。こちらのダンナのな」


と、ノクトを見る。


「悪いが、無一文だ」


「はあ?じゃあ、オレの取り分は?」


カッツォが、不満そうにカウンターに身を乗り出した。


「知るか。オレのカケじゃない」


ノクトはそう言い捨てると、もうカッツォを相手にしない様子で、赤毛の男の方を見た。男は、ウィスキーグラスを傾けて、静かに琥珀色の液体を眺めている。その横顔は・・・目立った傷もないのだが、なぜか凄みがある。無駄な肉がなく、頬に至るまで筋張った筋肉が走っていた。


「オレと取引がしたいって?」


「ああ・・・」


男はノクトの方を見もせずに応える。


「悪い話じゃない・・・爆弾を仕掛けたやつを差し出してやる」


ノクトは、なるべく反応をせずに、じっと耳を傾ける。


「あれは、ちょっと血の気ばかり多い若いのが、挨拶代わりにしかけたもんだ。そっちから挨拶に来たんなら、いらねぇ」


「随分な挨拶だな」


「オレのシマに手を出すなってことだよ。あんたの国で戦争をはじめたくなければな・・・」


「脅しなら断る」


ノクトは即答だった。


「ふうん・・・正面からやるつもりか?」


男も、動じずに、一口酒を煽った。


「いや・・・力を貸せ」


男は・・・一瞬、動きを止めた。


「何の寝言だ?」


「寝言だろうがうわ言だろうか、かまわねぇよ。力を貸せ。あんたのやりたいことがあるんだったら、その力を貸せ。もう闇はあけたんだよ。いつまでも戦争ごっこを続けるな。10年前の亡霊に囚われてんじゃねぇ。みろ・・・空は白み始めてる」


カウンターの上に、小さく開いたスリット式の窓も、白く明るくなり始めていた。


「あんたが仕切っているマーケットで、売りさばいている銃や薬は、あんたが命がけで連れて来たニフルハイム人を殺しているだけだ。何のために、ここまで連れて来た? こんな詰まらない商売で、バラックの中に豪邸でも立てようってのか?」


ふん・・・赤毛の男は、小さく鼻を鳴らした。


「・・・この地域に肩入れすれば、あんたの人気もがた落ちだぞ? あの、がめつい市長に実権を奪われる」


「人気はどうでもいいさ。オレは、自分の意地を通すために戻ってきただけだ。それでダメなら、また、ニフルハイムの荒野にでも戻るさ」


ひゅうう カッツォがからかうように唇を鳴らした。


「ニフルハイムの荒野から独りで生きて帰ったって、ほんとなんだね」


「ひとりじゃねぇよ」


ノクトはすぐに答える。


「ダチがひとりと・・・こどもが一緒だ」


「こどもって、つれて帰った孤児のこと? この界隈でもかなり噂になってるよ・・・あの子、ニフルハイム人なの?」


さあな、とノクトは首をかしげて


「ガーディナで拾ったんだ。多分、ルシスの生まれじゃないか? どっちでもいいけどな」


それから、ノクトは赤毛の男の方をまっすぐに向いた。


「あんまり時間もねぇし、こっちの要求は伝えておく。今回見付かった銃はニフルハイム製の旧式だ・・・帝国から持ち込んだもんだろう。さすがに、こどもの手に渡るのは看過できない。それから、薬物と人身売買・・・どちらも許すつもりはない。だが、力で一掃するよりは、平和的に解決したい。あんたらが、薬物と人身売買のかわりに全うな商売をやる気があるんなら、力を貸す」


けっ・・・ と、鼻で笑いつつ、その顔はくすぐったそうにしている。


「甘ちゃんだねぇ・・・どんだけ箱入りなんだ? バイソン・・・お前、めんどくさい男に繋ぎやがって」


「お前だろうが。興味があるって言ったのは」


バイソンの顔も、なぜかにやけていた。


「お手並み拝見といこうか、ボウヤ・・・あの、狸の市長と、あんたの堅物な側近達をうまくあしらえるか? それが出来たら、改めて取引してやるよ。今度は、対等な相手としてな」


赤毛は、やや、バカにするように笑いながら、ノクトの頭をぽんぽんと叩いた。


「ほら・・・ボウヤのお迎えも来てる」


と、外の方を見やる。え・・・と顔を上げると、なるほど、明るくなり始めた広場に、警護隊がずらっと囲んでいるのが見えた。部隊を取り仕切るように、その前に仁王立ちしているのは、グラディオと、イグニスだ。


「あれ・・・」


「まったく抜けてんな。大方、そこのお嬢さんの手引きだろ」


呆気にとられているノクトに、バイソンは笑って言った。ナナが、やはり無表情のまま、ノクトの隣でカクテルを飲んでいた。













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