Chapter 25.7-居留地潜入-

狭い車内・・・シートは若干埃臭い。前の座席の背中部分が少し破けていて、中綿が飛び出しかかっているのを、ガムテープで無理やり補強している。窓ガラスはフロントも、サイドも土ぼこりがこびり付いていて、辛うじて、運転に必要な分だけが、ワイパーで綺麗に削り取られているような感じだ。


ここまできたら、さすがのオレでも拭きたくなるけどな・・・茶色くなった窓を眺めながら、ノクトは思った。無意識に、鼻の下の付け髭を気にして手を触れていた。


「あんまり、触ると落ちますよ」


荒い運転をしながら、汚くあごひげを生やした男が注意する。ルームミラーを介して見た彼の目が、にやにやと笑っていた。


「つい気になってな・・・」


「大丈夫、自然な感じで仕上がってる。なあ?」


と、後部座席、ノクトの隣に座っている若い女性に話しかける。無愛想な彼女は、ちらっと見ただけで、


「ええ。お似合いです」


と感情の篭らない声で答えた。・・・ ノクトは、なんとなく遣りづらさを感じながら、押し黙った。


この妙な組み合わせで移動をしているには理由がある。


運転をしているのは、アラネア隊から派遣された男で、ワン=ジェ という。一応、ハンターという身分になっているが、アラネアが防衛隊の長官を務めていた際には、メルダシオ協会から派遣される形で防衛隊で働いていた。あまり顔の知られていないベテラン・・・というイグニスの条件で、ひそかにアラネア隊から派遣されたのが彼だった。


若い女性の方は、元ハンターであり、現在は警護隊の隊員で、ナナという。こちらも、顔があまり知れ渡っていないという条件と、女性を混ぜておいたほうが周囲の警戒を解けるだろう、という見込みから選ばれていた。


任務に当たって、各人の能力は申し分ないとは思うが・・・しかし、ノクトとは全く面識のない人物。周囲の目を欺くために、1時間ほど前、市庁舎から離れた場所で合流したのが初めての顔合わせだった。


ワン=ジェは、ベテランのハンターらしい雰囲気で、他のアラネア隊員と同様、荒っぽいが気さくな様子をしていた。なじむのに時間もかからないと思う。しかし、ナナの方は、まったく愛想のないうえに、見るからに若い女性とあって、ノクトにはとっつきにくい。警護隊といえば、王家に対する忠誠が高いイメージがあったが・・・彼女は、ノクトとの同行に、特別な感情を持ち合わせているように見えなかった。


まあ・・・王様、王様って騒がれるよりいいけどな・・・


しかし、ここまで反応が淡白だと、むしろ嫌われているんじゃないかと、不安になる。


とにかくも、3人でこの古ぼけた車に乗り合わせているのは、暫定居留地にお忍びで潜入するためだ。


レスタルムの視察も4日目に入った。連日の視察で疲れきった一団をねぎらって、4日目の午後は、まるまる自由時間として設定されていた。夜にも、特別な会合は予定されていない。この空白の時間帯を利用して、夕方近くから夜間にかけて、ノクトは、暫定居留地への潜入をひそかに計画していた。翌日の朝からこの地域の視察が予定されていたが、公式な視察は厳重な警備体制のもと実施される手筈になっていて、地域の実情に触れるには不十分だと思われたからだ。


ノクトの提案をイグニスも、グラディオも随分と難しい顔で聞いていたが、自分独りでも乗り込めると自信を見せると、二人はしぶしぶと要望を聞き入れて、彼らを手配したのだ。


ニフルハイムを旅してきたノクトにとっては、身分を偽って潜入するなど、さほどのことでもないように思えた。付け髭や、サングラス、無理やり被らされたバンダナ、気古した革ジャン、といった変装が、本当に必要なのかも判然としない・・・


王の顔は、大々的に報道されているんだ


イグニスは大いに心配して、この変装を用意させたのだが。


そんな特徴的な顔してないだろ というのは本人の評価である。あの、いかにもオーラをまとったルーナなら露知らず・・・


汚れた車窓から、夕ぐれの街並みが見える。レスタルムの中心を離れて1時間ちょっと・・・人口密度はますます高くなり、粗末な建物が所狭しと立ち並ぶのが見える。


「ほら、アラケオル・ベースが見えてきましたよ」


ワン=ジェは、その、立ちはだかるコンクリートの壁を指差してみせる。かつての軍事基地は、今はハンターの拠点となっている場所で、正面の門は開け放されたままだ。ワン=ジェはそのまま、車を敷地の中まで進めた。ハンター達が忙しく行き交う敷地内を、車はゆっくりと進んで、事務所とみられる建物の傍の駐車スペースに止まった。


「じゃあ・・・まあ、軽く事務所の方に挨拶して、ですね。それから行きましょうか?」


「ああ、任せる」


ノクトは、ちらちらとナナの方を気にしながら言ったが、ナナは特に異論もない様子で、無表情のまま、ノクトに続いて車を降りた。


ナナも、女性ハンターにありがちな服装・・・タンクトップにグローブ、ミリタリーパンツを履いて、肩ほどまで伸びた髪の毛は、わざと無造作に、後ろに軽く結んでいる。胸から下げているチェーンとタグが、ハンターらしさを際立たせていた。このために、メルダシオ協会で特別に用意してくれたタグのようで、使い古した感じを出すために、チェーンは中古のものを使用し、タグそのものは、火であぶったり、わざと傷をつけたりもしたようだ。


ノクトも、革ジャンの下は、グラディオみたいな黒のタンクトップだ。同じようにチェーンとタグを用意してもらったが、見せびらかすのも気が引けて、タンクトップの下に入れている。


タンクトップって体の線が強調されるよな・・・ 


ノクトは、上着を羽織ろうともしないナナが気になって仕方がない。しかし、ハンターの女性たちは、往々にしてナナのように、体の露出が多いことはあまり気にしていないように見える。


「よう」


ワン=ジェは、顔見知りのハンター達に気楽に声をかけながら、二人を事務所まで先導する。ノクトは、ぎこちない自分を感じながら、まるで古くからいるハンターのように、ワン=ジェに合せて、挨拶を交わした。ナナは、その後ろから、特に気にする様子もなく変わらず無表情でくっついてくる。これは・・・これでハンターらしいかもしれないな と、ノクトは妙に感心した。


「あら、ワンジェ。珍しいね、お客さん?」


事務所の建物に入ると、まるで寝巻きのように伸び切ったTシャツをきた若い男が、だるそうに声をかけてきた。伸びきった首元や、腰の辺りの肌が露出していて、イヤラシイ印象を与える。


「そう。ほら、明日、陛下のご視察があるだろうが。その準備でな」


「ああ、あの面倒なやつねぇ」


と、男は長い髪をかきあげてみせる。こいつ、ナルシストだな・・・とノクトは冷ややかな視線を送った。ちらっとみたナナは、相変わらず無表情で、この男に対してして、良いとも悪いとも反応せず、無関心のようだ。


「王様も・・・物好きだよねぇ。あんなに警備しいて入ってこられても、ろくに話も聞けないだろうし」


「まあ、そこは政治的なパフォーマンスだろ。しかたねぇよ」


と、ワン=ジェはまるで、ノクトをつれていることを忘れているみたいな様子で、話をしていた。ノクトは、苦笑しながら二人の話を聞いて、曖昧な相槌を打っていた。


「で、紹介してよ? おっさんはともかく、そのツンデレ風の可愛い子」


男は、ナナに向かって、キザにウィンクして見せた。


「ああ、こっちがノルドで、こっちはナナ」


「へぇええ。はじめてだね。どの辺を拠点としてたの? レスタルムのハンターなら、大概可愛い子は記憶してるんだけど」


と、ノクトそっちのけで、ナナの方へ身を乗り出す。


「うざい」


ナナは、一言でけりをつけた。お・・・ ノクトは、ぎょっとしてナナを見る。その表情は怒っているというより、変わらず無表情だ。


「ははは! カッツォ!! さっそく振られたな!!」


げらげらげら と、遠慮なくワン=ジェは笑い転げた。しかし、カッツォは、そこは手馴れた様子で、ちっとも動揺せずに不敵な笑みを浮かべている。


「ふふん。だから言ったでしょ、ツンデレだって。こういう子がさぁ、ひそかに顔を赤らめて恥ずかしそうに笑うのを見るのは、ほんとに楽しんだよねぇ・・・」


と、負けない様子で流し目を送り続けている。ナナはまったく取り合わない様子で、無表情のままだ。


「ははは。まあ、諦めずにがんばるこった。とりあえず、今夜のシフトで、B地区の見回りに入る予定だから、よろしくな」


はいよ、じゃあ、あとでね!


カッツォはちっとも懲りた様子のないまま、笑顔で事務所の奥に引っ込んで行った。ワン=ジェは、にやにや笑いながら、二人を先導して事務所を出た。


「では、行きますか! シフトまでは時間があるから、その辺をぶらぶらとな」


ノクトは呆気にとられていたが、ナナは相変わらず、無表情だ。ただ、言われるままに二人の後をついてくる。


「先にメシを食っておいたほうがいいねぇ・・・この辺じゃ、ろくなもん食べられないけど。ハンターの行きつけの店にご案内しますよ」


ワン=ジェは楽しそうに笑いながら、二人を先導して、基地の正門を出た。


まだ、日差しが残る中で、3人はぶらぶらと、暫定居留区を歩く。スラム街特有の、衛生状態の悪い、腐ったような臭いが立ち込めている。これは、ケルカノの難民キャンプに似ている。密集した、バラックは、無秩序に重なり合って、ここで火事が起こればどれだけの惨事になるか、容易に想像できた。通りには、こどもたちだけでなく、仕事がなくたむろする男達の姿もあった。


「失業者が多そうだな・・・」


「失業というか・・・」


と、ワン=ジェは笑った。


「このあたりの連中は・・・ケルカノに行くか、ルシスに渡るかって瀬戸際で、陸路と航路に分かれてここまでたどり着いた、ニフルハイムの市民ですよ? ケルカノなら属国での手厚い保護が受けられるかもしれない・・・しかし、その行程は、非常に過酷だと踏んで・・・恥を忍んでルシスに来た。資産もなければ仕事もない。それどころか・・・敵国の市民として慈悲にすがってなんとか食いつないできた」


ノクトは、ケルカノの難民キャンプを思い出していた。かつて、テントが溢れかえっていたあの場所に比べれば、バラックの町並みはまだ、マシに見える。まがいなりにも、インフラは整備されて、電気や水道も通っている。しかし・・・この鬱屈とした空気は、ある意味ケルカノ以上だ。その首都を陥落せしめた敵国へ亡命するというのは、よほどの心理的ハードルだろうか。


かつての帝国貴族や、帝国軍の将校は、うまいこと私財を持ち込んで、ルシスの市民権を得たと聞いていたが・・・彼らが、こうした地域のとりまとめとはならずに息を潜めているのは、10年前の歴史的背景によるのだろう。そして、闇のあけた今・・・ニフルハイムの故郷に帰還を望むものもいれば、ルシスでの定住を望むものもいると聞いている。ルシスの大半の市民の間では、彼らをニフルハイムに送還すべきという声が大きいのだが。


闇があけたというのに・・・まるで活気がない。町のあちこちで、いらだった声が聞こえる。今にも誰かに襲い掛かりそうな、危ない目をした男達が、うろうろとしてハンター達を睨み付けていた。


「こっちこっち」


ワン=ジェは、殺伐とした町の雰囲気を気に留めることなく、さばさばした様子で、二人を誘導した。目指す先に、明らかにその一画だけ活気のある様子が見えてきた。密集したバラックを抜けて、ちょっと広場のように開けているのは、暫定居留地の”闇市”だ。闇市、と言っても、レスタルム市の正式な許可が下りていないというだけで、いまや公然となっている市場だ。メルダシオ協会の支援や要請で、この一画に店を構えるルシスの一般業者もいる。


市場は、夕暮れの中で夕食の買出しに繰り出す者や、飲食店で1日のウサを晴らそうと集まってきた老若男女でごった返していた。ワン=ジェは、人ごみを避けながら、市場の奥まったほうに進んだ。飲食店・・・なかでも、いかがわしそうな店の立ち並ぶほうへと進んでいる。明らかに治安の悪そうな一画だ。通りの隅の方で、ヤバイ取引でもしていそうな顔色の悪い男たちが、タバコを曇らせながら佇んでいる。物陰のあまり目立たない細い路地には、けばけばしい化粧をした女達が、強烈な香水の匂いを放って客を待ち受けていた。


噂には聞いていたが・・・


非合法な薬物や、人身売買が横行しているという噂で、これまでにも何度か、レスタルム警察と防衛隊が協力して一掃作戦を試みらしいが、ほとぼりが冷めた頃にまた、新しい裏の組織が活動をはじめるとう、いたちごっこらしい。


この闇の10年、それまでには殆ど市民の目に触れるようなことがなかったような、非合法な商売が横行しているのは、何もここだけではない。この場所ほどあからさまではないにしろ、薬物の氾濫はルシス全土を巻き込んだ問題に発展しているし、いたる街角に娼婦が立ち並んでいると聞いている。


ノクトは、サングラスの下で目を細めながら、底辺に生きる彼らの姿をさりげなく眺めた。


ワン=ジェは、彼らがまるで視界に入らない様子で、その危ない一画にありつつ、一際賑やかな店に足を向けていた。野外にたくさんのテーブルや椅子を並べて、ハンター風の客たちが思い思いに食事を楽しんでいた。この辺りの店の中では、かなり健全に見える。


「二人でその辺に場所をとっておいてくれ」


ワン=ジェは、そういうと、独りで店の奥に入って行った。ノクトは、ナナと二人きりにされて気まずく感じながら、とりあえず、開いているテーブルに腰掛ける。ナナもその向かいに、腰掛けた。相変わらず無表情で、無言・・・。


ノクトは、沈黙がいたたまれなくなって、


「ええと・・・年は、いくつだ?」


と聞いてみた。ナナは表情を変えないまま


「22です」


と応えた。


「今の仕事は、いつからだ?」


「14ヶ月前からです」


「その・・・楽しいか?」


「それなりに」


・・・


話が続かない。ノクトは、辛くなってちらちらと店の方を見た。ワン=ジェは、はやく戻ってこないだろうか・・・


「ええと・・・」


ナナがまったく意識などしていないのはわかるが、しかし、正面からじっと見つめられていると、何か責められているような気になって、落ち着かなかった。この娘、ほんとうに無表情なのか・・・どんなことを言えば表情を変えるだろうか・・・ノクトは、うーんと唸った挙句


「この国の王様は・・・ちょっと、頼りないと思わないか?」


と聞いてみた。


一瞬の間があった。


そして、ナナは表情を変えないまま


「ノーコメントです」


と短く応えた。


サングラスと口ひげで、ノクトの表情はうまく隠せていただろう・・・そのメガネの下で、うっすらと涙が浮かびそうになっている。


マジ、こえぇえ・・・ ガチで答えやがったぞ、本人目の前にして。


イグニス・・・グラディオ・・・ 二人の強面の従者がいなければ、自分なんてこんなもんかな、と、急に心細くなる。そこへ、ようやく、ワン=ジェが戻ってきた。両手に料理の皿を抱えていた。


「またせたな。ほら、ここの名物料理・・・宮廷料理とはいかないが、まあまあ、食えるぜ」


「まあまあとはなんだ、まあまあとは」


ワン=ジェの後ろから、強面の大男が、他の料理と、サイダーの瓶3本をトレーに乗せてくっついてきた。見るからに、わけありの経歴がありそうな男で、腕の太さが半端ない。


「こちらは口が肥えたお方なんだよ。紹介するよ、こっちがこの店のオーナーで、料理長の”バイソン”だ。実質上、メルダシオ協会の、いちばんヤバイ拠点も兼ねてる。」


「バイソン・・・」


さすがにあだ名だろうな、と思いながら、ノクトは呟やいた。ふん、とバイソンは気に食わないように鼻を鳴らしながら料理を並べた。


「協会が勝手にそう思ってるだけだろ」


「実際、ハンターはいいお客さんだろうが。文句言うなよ。食い逃げもしないし、ツケもちゃんと払うし、な」


「その分、やっかいな依頼を持ち込んだり、情報交換の場に利用しているだろうが。行っておくがこの店は、ハンターのもんじゃねぇぞ。あくまでも、地域住民のゴロツキのためにやってんだよ」


バイソンの言うとおり、店には、商売前の娼婦風の女達や、刺青の入った少年たちもたむろしていた。


「客に区別はつけねぇさ。メシの苦情は受け付けないがね。勝手にくつろいでいってくれ」


と無愛想に言い残して、バイソンは店の奥の方へ戻っていった。ワン=ジェはにやにやしながら、その背中を見送った。


「あいつは、いわば、この町のおやっさんだ。若いころは帝国軍にいたらしいが、そのあとは裏の仕事をずっとやってて、最後は帝国マフィアの幹部だったらしいですよ。あの闇の訪れの際に、避難民を船に乗せてルシスに乗り込んできた・・・興味あるでしょ?」


と、ノクトの顔を覗きこむ。


「そうだな・・・もっと話を聞いてみたいが」


ノクトも、興味津々とバイソンのでかい背中に視線を送る。


「危険な男です」


ナナは、やはり感情のない調子で、短く言った。


「帝国マフィアは、帝国の特殊部隊が拡充される前、皇帝の蜜名で暗殺や計略も請け負ったと言われています」


まっとうな言い分に、ノクトとワン=ジェはちょっと顔を見合わせて笑った。


「安全な人間だけ相手にしてたら手に入る情報は限られるな」


と、ノクトはちょっと大人ぶってみせる。ナナは、とくにむっとした様子も見せずに聞いている。


「せっかくだし、冷めないうちに食べましょうよ」


ワン=ジェが気楽に言ったので、3人は、目の前の料理に手を伸ばした。なんだろう・・・海賊料理といったらいいんだろうか。雑多な食材が豪快に炒められて、山盛りに盛り付けられいる。赤いソースがスパイシーな匂いを漂わせて食欲をそそった。中華料理に近いだろうか・・・やや、クセがあるが、嫌いじゃない。ノクトは、大口でがっつきながら


「さっきの話の続きだが・・・そんなヤバイ人物の割りに、協会とは仲良く遣ってるみたいだな」


と話を再開した。


ええ・・・  ワン=ジェはもぐもぐと咀嚼しながら頷く。


「この辺りの治安がだいぶ酷いことになってきた3,4年前に、暴動がおきるかどうかって瀬戸際まで来たことがあるんですが、そんとき、地域住民と協会との仲介役に名乗り出てね。実際・・・それまで、やつの経歴は協会でも掴みきれていなかった。息を潜めていたんでしょ。よほどやばいからね。入国したときに気がついていたら、即刻、身柄を拘束されていたかもね」


ナナは、食事にうまいとも、まずいとも表情を見せず、しかし、淡々と口を運ぶところ見ると、気に入っているのかもしれない。まったく気のない様子をして入るが、きっと、二人の話にも慎重に耳を傾けているんだろう。


「で・・・やつはうまいこと、暴動を扇動していた組織に働きかけて、大人しくさせた。顔が利いたんだろな。それから、この店を一番治安の悪い場所に作ると言い出して・・・協会も便乗させてもらってね。半分は、やっこさんの、監視の目的もあったんでしょ。ヤバイ連中が、いつ、あのオヤジを担ぎ出すんじゃないかと、心配もあったんで。お互い腹の探りあいでしょうが、これまでのところ、良好な関係を築いてますよ。まあ、腹の中まではわかりませんがね」


と、山済みにされたチキン・ウィングを一つ、つまみ上げてかじりついた。


「実際・・・この店ができて、この辺りの殺人件数が、日に1件のペースから、月に数件まで激減しましたからね。文句はいえませんよ。レスタルムの防衛隊も、警察も、バイソンには一目置いて、やつの経歴については黙認している」


ふーん・・・ ノクトも真似をして、あめ色をしたチキン・ウィングに手を伸ばした。いかにもジャンクフード的な、甘辛いソースだが、なかなかいける。


「帝国マフィアのほかの連中は入ってきているのか?」


「そうねぇ・・・それこそ、警護隊の方で、必死こいて特定したって話は聞いてるけど、全部あぶりだすのは無理じゃないかなぁ」


ねえ? と、ワン=ジェは、ナナの方に視線を送ったが、機密事項だろうし・・・ナナは当然のごとく、無反応だった。


「バイソンも、過去を暴くような調査には協力できないってはっきり言ってるしね。難民達にマフィアが混じっているなって明らかになったら、ますます、ルシス国民の風当たりがきつくなるでしょう。今のところ、この件を公表しているやつはいないね」


離している間に、あたりは暗くなってきた。界隈はますます、煌々と明かりを点して、賑やかになってきた。食事を取っていた娼婦達が、ふらふらとテーブルの合間を練り歩いて、男達に声をかけているのが見えた。なるほどな・・・女性の連れがいるテーブルには近づかないようだ。女性隊員をつけたイグニスの判断は、こういうところにも気を向けていたのかもしれない。


「できれば・・・バイソンとは、腹を割って話がしたいもんだがな。当然、明日の視察には顔を出さないんだろ」


ワン=ジェは、料理をほおばりながら首を振って


「裏の連中は、視察なんかに呼ばれませんよ。ここの市場だって、レスタルム市にとっては、ないことになってますからね。だから、メンテもしないし、正式に警察が取り締まることもない。そして、税金も徴収していない」


ノクトはため息をついた。


お互いに、都合の悪いことに目を瞑って、無視を続ければ・・・いつかはひずみが限界を迎える。数年前の暴動は、なんとか防げたとしたとしても、また、何時火がつくかもしれない。ひとたび火がつけば・・・一番、傷つくのはここの住民達の中でも、もっとも弱いものたちだろう。


「臭いものに蓋をするんじゃなく・・・腹を割って話をしたんだがな。何かいい手はないもんかな・・・」


ノクトは誰に言うとでもなく呟いた。ナナは、ほとんど空になっていた皿のうえから、最後の一切れのチキン・ウィングを拾い上げて、さっと齧りつくした。そして、サイダーの残りを、ずずっと飲み干すと、すっと立ち上がって


「巡回の時間です」


と告げた。おお・・・ 案内役のワン=ジェの方が慌てて、腕時計を見た。


「ああ、ほんとだ。うっかりしてた。・・・じゃあ、ぼちぼち行きますか」


「えっと、支払いは・・・」


「済んでますよ。軍資金も預かってますんで、ご心配なく」


と、食い散らかしたままのテーブルから離れて、市場の先の路地を進む。すっかり、食べ過ぎたな・・・と、ノクトは腹をさすりながら、後に続いた。ノクトの後ろを、ナナが淡々とついてくるが、さすがに警戒しているのを感じた。


不穏な男や女が立っている路地をぬけて、巡回の対象となるB地区に入る。B地区は、比較的治安の良い区域で、学校も立っている地域だが・・・しかし、その学校が、夜になると侵入者が絶えず、校舎や敷地があらされるというので、夜毎にハンターや防衛隊が分担して巡回をしていた。


ここも同じように貧しい建物が並ぶが、家々に灯が灯り、夕飯のいい匂いが漂っていた。時折、親子で談笑する声が聞こえてくると少しほっとする。しかし、叱りつける声や、夫婦で言い争うような声も響いていた・・・


貧しさが、人々をいらだたせる・・・そんなことを教えてくれたのは、親父だったか、それともイグニスだったろうか。


通りに、時折、小さな子ども達がたむろしているのも気になった。帰る家は・・・それを出迎える家族はいるのだろうか。こどもたちは、楽しげに遊びの続きをしているような様子でもあったが、しかし、お腹をすかせたように、呆然とただずんでいる者もいた。


「足を止めないでくださいよ・・・」


ワン=ジェが、ノクトの様子を心配そうに振り返りながら、忠告する。


「今夜は、何が起きても目に焼き付けるだけにしてください。3人じゃ、どうにもできませんからね」


「ああ・・・わかってる」


ケルカノの難民キャンプで、難民と一緒に長い配給の列に並んだことを思い出した。一時的な感情で、特定の誰かに情けをかけるのは、とても危険なこと・・・ ノクトは、ぐっと堪えながら、こどもたちの姿を見送った。


通りの先に、目指す学校の校舎が見えてきた。暗がりではっきりしないが、見るからにみすぼらしい建物だ。割れた窓はダンボールで応急的な処置をしたまま、放置されているように見える。古ぼけた白い壁のあちこちに、いたずらがきのスプレーが目立った。ワン=ジェは、預かってきた鍵で、お粗末な校門の錠前を開けて、中に入った。殺風景な四角い校舎と、そのまえに、一応校庭らしきスペースがあったが、およそ、遊具といえるものは何もない。ただっぴろい空き地。あちこちに、不法投棄されたごみの山が見える。


「職員室だけ確認しますよ。あとは、ほとんど金目のものもないのでね・・・」


と、校舎の入り口の鍵を開けて中に入ろうとした・・・その時。バリン!! と、2階の窓ガラスが割れて、冗談みたいに、その窓から黒い人影が2つほど飛び降りてきた。いかにも怪しく膨らんだ袋を背負っている。


「・・・たく、鉢合わせか」


ワン=ジェは、うんざりしたように呟いた。人影は、すぐにノクトたちに気がついて、校庭を横切るように駆け出した。


「追うぞ!」


ノクトが叫び、ワン=ジェが真っ先に飛び出す。ナナは、ノクトの前に立ち塞がり、


「陛下はここに!」


と止めようとしたが、ノクトは首を振って彼女を押しのけ、ワン=ジェの後に続いた。


ーこちらB地区巡回中、校舎より窃盗犯逃亡中。応援を


ワン=ジェが、走りつつ無線で呼びかけているのが見える。ナナは、ものすごい勢いでノクトとワン=ジェを追い抜くと、銃を構えながら闘争する二人の背中を追いかけた。


「止まれ! 止まらないと発砲する!」


ナナの怒鳴り声が響き、すぐに、パーン!! と銃声が響いた。あいつ、早速発砲したか?と、一瞬思ったのだが、ナナは、銃を構えたまま横に飛びのいた。どうやら、発砲したのは窃盗犯の方らしい・・・


「伏せて!!」


叫び声があがり、ワン=ジェとノクトも横に飛びのいた。パン、パン! 乾いた発砲音が続き、暗がりで銃口が光るのが見え、すぐそばの地面で、土ぼこりが沸き立った。


パン!パン! すぐ先、不法投棄されたごみの山の陰から、ナナが応戦して発砲している。人影が慌てて背を向けて、校庭の柵に登っているのが見える。柵に上るとき、銃をズボンの腰に差し込むのを見て・・・ノクトは飛び出した。


「援護しろ!」


わっ と躊躇わずに、柵まで駆け寄ると、よじ登っていた人影の足にしがみ付く。あっけなく引き摺り下ろされて、男が独り倒れた・・・思ったよりも華奢だ。少年か?


もう独りは、作の向こう側にちょうど降り立ったところだった。慌ててノクトに銃を向けたが、ノクトが仲間と揉みあっていて狙いが定められず、諦めて背中を向けて走り出した。街灯にわずかに浮かび上がったその顔を、ノクトは見た。目だし帽を被ってはいるが・・・明らかに幼い顔をしていた。


後ろから駆け寄ったナナが、策越しに銃を構えてその背中を狙っていた。


「やめろ!打つな!相手はこどもだ!!」


ノクトが叫ぶと、ナナは狙いを定めたまま動きを止めた。そのすぐ横を、ざざっと、ワン=ジェが柵を駆け上り、人影を追っていく・・・どんどん追い詰めて、あっという間にその背中に追いつき、押し倒すのが見えた。後ろ手に組み敷いて、縛り上げるのが見えた。


ほっとして・・・ノクトは羽交い絞めにしている人物に目を遣る。ナナが銃を向けると、その人物は静かになった。ナナは腰元の銃を取り上げてると、次に目だし帽を脱がせる。その下から、15,6と見える少年の顔が現れた。


「縛りましょう」


ナナは腰元から手錠を取り出すと、手馴れた様子で少年を後ろ手に縛り上げた。暴れた少年の手が当たり、ノクトのサングラスが落ちた。少年は驚いた様子でノクトの顔を見た。


「お前・・・」


ノクトは慌てて口元に手を遣った。サングラスだけでなくて、いつのまにか、口ひげもない・・・見ると、少年の後頭部に張り付いてるのが見える。


「ルシスの王・・・」


ノクトは誤魔化すように少年に笑って


「他人の空似だろ」


と言ってみた。少年は、途端に、ぎりっと歯軋りをし、憎しみに満ちた目を向けると、ぶっと、ノクトの顔につばを吐きかけた。


「サルめ・・・!!」


「やめろ!」


ナナは、さすがに怒った声を出して、少年の顔を地面に押し付けた。ノクトは、驚いた顔をしたが、ただ、淡々とつばを袖で拭って、そして、何事もないようにサングラスをかけなおした。


サイレンの音が聞こえてきて、警察の車両が2台近づいてくる。ワン=ジェが誘導したのだろう。彼は、柵の向こうで合図をしていた。レスタルム警察がわっと駆け寄って、少年を連行していくのが見えた。


















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