Chapter 25.6-ルシス歴訪-

「イグニス! ほら、またみんな手を上げてるぞ!!」


と、アラネアは、車が基地の脇を通り、兵士達が敬礼しているのを見て、興奮して手を振り替えした。


「そうか、どこの基地だ?」


「ああ、北ダスカの封鎖線だ」


グラディオが、助手席から答えた。


「アラネア・・・ここから、ダスカ地方に入る。乾燥したリード地方と違って、湿地帯が多い」


イグニスは、窓に張り付くアラネアの後ろに、そっと寄り添って、説明をした。


「しっちたい・・・?」


「湿地帯というのは、地面に湿り気が多い場所をいう。ようするに水っぽくて、濡れている土地のことだ。そういう場所では、水辺を好む植物や動物が生息する。特殊な呼吸器をもって水中でも陸でも生きていける両生類とかな。そういったものは、リード地方のような乾燥している場所では生きていけない」


おおお 


説明のどこまでを理解したかは分からないが、アラネアは感心して、どこぞに特別な生き物が歩き回っていないかと、目を凝らした。


「もうすぐ湖が見えるぞ。見えたら教えてくれ」


「わかった!」


ノクトは、ふーんと、二人のやり取りを眺めていた。先日、イグニスにお菓子を振舞われてから、随分と懐いたな・・・ 


餌付けされやがって と、ちょっと悔しそうにして、ぷいっと反対の窓を眺める。


「湖、見えた!!」


アラネアが興奮して叫ぶ。


「ニグリス湖だな。この10年で随分と形が変ったと聞いている・・・ノクト、お前もよく見てくれ」


はいはい・・・ とノクトは二人の背後から身を乗り出して、覗いた。黒々とした森の向こうに、キラキラと輝く水面が見える。形が変わったと言われれば・・・そうかもしれないが、そもそも、植生が、以前の緑の植物から黒々と気味の悪い闇の植物に置き換わっていて、それだけで雰囲気が一変してしまっている。しかし、ここでも、黒く這うような植物の合間から、勢いよく緑色の草が伸びているのが見えた。


「カトブレパスの姿が見えないな・・・」


「ああ・・・生息数がかなり減ったんだ。湖の奥で数頭目撃されている。絶滅はしていないと思う」


「かとぶれ・・・?」


アラネアが不思議そうにしていると、ふふふ、とグラディオが笑い、


「お前が好きそうな大型の野獣だぜ。大人の個体なら体長10mはゆうに超える。首が長くて、湖の中を悠々と歩く」


「えええ!いいな!見たい!!」


「また、今度な。今回の視察には入ってねぇぞ」


グラディオが、ようやく機嫌のいい様子でアラネアに話しかけたので、ノクトはほっとしていた。


今回の一連の視察にアラネアを同行させる、と言ったとき、案の定、はじめは二人の反対にあった。グラディオが頭ごなしに、何考えてんだ!! と吼えた一方で、イグニスは、じっと難しい顔で考え込んでいた。


「公務にガキをつれていくたぁ、どういう了見だ?! ピクニックじゃねぇんだぞ!!」


「わかってる。同行させるなら、アラネアにはよく話をするし、働いてもらうつもりだ。和平会議みたいなことになったら大事だからな・・・あいつ、自分の仕事があればよく言うことを聞くんだ。じっとしてろっていうのが無理なだけで」


はああ?! グラディオは呆れて声を上げる。


「働くって・・・?!」


「意外と役に立つぞ。どこへ行ってもすぐに打ち解けるし、人の心を開く。それに、オレに気がつかないものを見つけてくる」


と、ノクトは不適な笑みを浮かべて言う。


「第一、ここに置いていって、オレらが留守中に騒ぎを起こされても困るだろ。もう、王宮の中もおよそ探索しきって、退屈してるみたいだし…王宮を飛び出されても困る」


「お前・・・そんなんで、これから、どうやってこの王宮で暮らしていくんだ?!」


グラディオは、呆れすぎて、思わず声が裏返った。


「こどもがこの狭い王宮の中だけで過ごせるわけないだろうが」


ノクトはむっとして反論した。


「王都を復興させるんだったら、こどもが過ごせる場所を作れ。そうじゃなければ、一般市民は誰も帰還してこないぞ」


ノクトはドヤ顔で言い切った。ぐ・・・ とグラディオは、言葉に詰まった。その時、考え込んで黙っていたイグニスは、やっと顔を上げて


「・・・わかった。同行させる方向で、オヴァール市長と調整してみよう。先方も驚くとは思うが」


マジかよ?! グラディオは、イグニスを見る。その顔は、固く決心したように真剣だ。


「助かるわ…あいつには、この国がどういう国なのか、ちゃんと見せてやりたいしな。ルーナも、安定期だったら連れて行きたいところだが、そこは我慢してもらおう」


王の言葉に、イグニスはただ頷いた。グラディオは納得のいかない様子で、しかし・・・軍師が承諾した上は、黙るしかなかった。




「ほら! お皿が見えてきたぞ! ええと、カーティスの大皿?」


「そうだ。よく覚えていたな。偉いぞ」


イグニスは微笑んでアラネアの頭を撫でた。えへへへへ… アラネアは嬉しそうに頬を染めている。この視察にあたって、ウェズリー夫人に教えてもらった地理の知識を、さっそく披露したのだ。ウェズリー夫人は、アラネアの逃走の一件でそのまま任務を放り出すかと思いきや、テヨと話をして以来、まるで人が変ったみたいに遣り方を変えていた。アラネアがすっかり、ウェズリー夫人との時間を楽しみにするようになって、ノクトやイグニスも驚いた。ルーナに、テヨは何をしたんだ? と聞いてみたが、可笑しそうに笑って誤魔化されるばかりだ。


当のテヨは、ノクトたちの視察よりも先に、評議員のヴィンカー女史と共に、ラバディオ自治区へ発っていた。ヴィンカー女史とかなりの意気投合をしていたテヨは、次の評議会までの数週間、自治区へ滞在することが決まった。


カーティスの大皿が見えてくると、レスタルムまではすぐだ。なるべく派手なことはするな、と、言い渡してあったものの、王の視察を聞きつけて、やはり大勢の市民が路上に詰めかけている。ルシスに帰還した時ほどではないにしても、視察に支障が出るのでは、と、不安になる。

「ほら。笑顔で手を振り返せ!アラネアを見習えよ!」

グラディオが、やる気のない王を叱った。王が気のない一方で、野生児は、自分が歓迎されているものと思い込んで、きゃっきゃと喜びながら、手を振り返している。

「ルーナは同行しないって、発表したんだよな?」

ノクトは、訝しげに観衆を眺めた。イグニスは笑って

「もちろん、発表している」

と答えた。

「それでこれか…」

うんざりとして、顔を隠すように車の中へと身を引く。


「喜べよ。市民の目にはお前も、立派な王様に見えるってことだ。無愛想にしてると、嫌われっぞ」

グラディオが せっつくが、当人は頑なだ。


「そういうのは、ルーナに任せるわ」


と言ったきり、俯いて窓の外を見ようとしない。イグニスも諭すように、


「ノクト…笑顔が人に与える影響は大きい。お前が望む和平にも繋がることだぞ」


と言葉を添えたが、反応はなかった。グラディオは、その様子を眺めながら、嫌味のように大きくため息をついた。


「ったく…こんな無愛想で、どうやってニフルハイムの連中と仲良くなってきたんだ?」

「るせーな… お前も似たようなもんだろうが」

3人の間にしばし険悪な雰囲気が流れる。アラネアは不思議そうに見ていた。グラディオはいつものようにすぐ怒るし、ノクトも仏頂面をしている。イグニスは困っているみたいだ・・・


アラネアは、突然イグニスの膝の上まで身を乗り出して


「ノクト!… こうやって笑うんだぞ!」


にかーー!! と、その頑丈な歯を見せつけるようにして笑って見せる。ロイヤルファミリーというよりは、それを出迎える田舎の子どもだ。気品も何もない…

ノクトは思わず、ぶぶぶぶ と吹き出し、グラディオは、その笑顔はちょっとな… と遠慮なく感想を述べつつ、笑いを堪えていた。ふっと、車内の雰囲気が緩んだのを感じて、イグニスは、微笑みながらアラネアの頭を撫でた。

護衛と王の一行を乗せた黒乗りの車3台が、今は合同市庁舎となっているかつてのリゾートホテルの玄関前に滑り込む。王都が解放される前は、評議会も開催されていた場所だ。

ノクトが車から降りると、ホテルの敷地から締め出されていた聴衆が、わっと、声を上げるのが聞こえた。アラネアが、ノクトの手を乱暴に引いて、聴衆の方を向かせようとしたので、ノクトは苦笑いを浮かべながら、しぶしぶと手を振り返した。その横で、何倍もの愛嬌を振りまいて、アラネアがブンブン、と手を振っている。市民の何人かが、子どもの様子を不思議そうに見て、何事かを囁きあっているのが見えた。

オヴァール市長とレスタルム市議団が、一行を出迎えるべく、玄関で待ち受けていた。すっかり古ぼけたマーライオンの像が、場違いな様子で玄関脇に立っている。像に気がついたアラネアは、ノクトの手を振り払って、ばっ と駆け出した。

「面白いのがあるぞ!!」


あ・・・ と誰かが声を上げたが、止める間もなく、アラネアはマーライオンの尾に飛びついた。


ああああ?!


その場にいた者達が、間の抜けた声を上げる。アラネアが勢いよく飛びついた尾が、ぼろっ・・・と抵抗なく崩れ落ちたからだ。アラネアは、床の上にそのままそっくり返って、ごつん! と頭をぶつけた。


ああああ?!


別の、心配そうな声があがり、みな、尾を抱えたままのアラネアを見る。王は、わっとそばへ駆け寄ると、もそもそと立ち上がったアラネアに向かっていきなり、


「バカヤロウ!!!」


と怒鳴った。


「いきなり壊しやがって!!!お前!!!」


アラネアは、抱えていた尾のカケラを見つめて、ああああ・・・ と沈んだ声を出した。ホテルの敷地の外で、中をのぞきこんでいた人々は、何事かとざわめき始めていた。


「壊れちゃった・・・」


「壊れちゃったじゃないだろ! お前が壊したんだぞ!!」


まあまあ・・・ と苦笑したオヴァール市長が近づいてきて


「取り壊すのにもお金がかかるので放置していた像ですし・・・どうぞ、お気にせずに」


と取り成したが、イグニスがノクトのそばまで来て


「”市庁舎のマーラインオン”として、市民に親しまれていたがな・・・」


ぼそっと呟く。


王は、はああ・・・ と重いため息をついた。


「アラネア。ちゃんと謝れ」


アラネアは、しょんぼりとうなだれながら、オヴァール市長の方に、崩れた尾の部分を差し出した。


「ごめんなさい・・・壊してしまいました」


間をおかず、王もその横に並んで頭を下げた。


「本当に申し訳ない!!」


オヴァールは、親子の謝罪に戸惑って、


「いや、ほんとに、これは、大したものではないので・・・」


としどろもどろに返答した。何だこいつら・・・何しにきやがった? オヴァールは、この視察に備えて先ほどまで高まっていた緊張が吹き飛んで、すっかり、気がそがれていた。


「陛下・・・ともかく、中へお入りください。これから視察のご説明もございますので」


市長つきの秘書官が見かねて、一行に声をかけた。


通された会議室は、広々として、もとは、披露宴会場にも使われたのであろう。ひな壇まである。貴賓客を迎えるため、一番良さそうな椅子が並べられていたが、なるほど、アコルドの総合病院や、宿泊したホテルに比べれば、どれも古びていて見劣りした。つましくやってるみたいだな… ノクトは感心して、やっぱり王宮はまだまだ華美かもしれないと考えを巡らす。


南国風に花で飾られたジュースのグラスが運ばれてきて、一行のテーブルの前に並べられた。わあああ アラネアは素直に歓声をあげて、すぐに手を出そうとしたが、ノクトが怖い顔で覗き込む… 

そうだ。…いいよ、と言われるまで、飲んじゃいけないんだっけ。

アラネアはしょんぼりとして、手を引っ込めた。

「よし。よく我慢できたな。偉いぞ!」

ノクトは、にんまりと笑ってその頭を撫でる。えへへへへ… アラネアは照れたように笑った。

やや、呆れた様子のオヴァール市長が、二人の向かい側に座り、

「どうぞ…まずは、レスタルム特産のクヴァナジュースをお召し上がりください。闇の時代を、人口太陽により保全された貴重な果樹です。外交が正常化され次第、我が国の主力の輸出品となることは間違いありません」

市長の説明を聞いて、イグニスも途端に真剣な様子になり、グラスに鼻を近づける。ノクトは、イグニスの様子を伺いつつ、自分も考え深そうなふりをして、ジュースの匂いをかいでみた。うん…確かに、この濃厚な甘い香り。この時代には、貴重な農産物かもしれない。

ごくごくごく

アラネアは許しが出たとばかりに、グラスを両手に抱え込んで一気に飲み干した。そして、ぷはーー! と勢いよく、息を吐いて

「うまいぞ!!!」

と、目を輝かせながら叫んだ。会場に朗らかな笑いが起こり、オヴァールも、満更でもない様子で笑みを浮かべている。

「子どもの反応は素直ですなぁ」

イグニスは、まるでワインでも味わうように少しずつ口に含んで、ゆっくりと味わっていた。

「…確かに。この果実の糖度は、他所ではまず、実現できないものですね」

「さよう。高級品として、諸外国でも高値で取り引きできるはずです。この果樹園は、現時点でもかなりの労働者を抱えているが、輸出がはじまれば、その周辺事業でさらなる雇用が見込めます」

オヴァールは、実業家らしい情熱に満ちていた。


ふーん・・・雇用かぁ・・・ 正直、経済にはまだまだ疎いな、と思いながら、オヴァールの熱弁を聴く。


「本日の視察は、まずこの果樹園と、闇の時代に人口太陽のエネルギーを支えた、レスタルムの誇るべき発電所からはじめます。本日夜の懇親会は、レスタルム商工会との共催でございまして、果樹園をはじめ、輸出を計画されている実業家の方々を中心に、ご交流いただきます。・・・これからの、ルシスの経済を牽引する方々です。そして、明日以降のご視察の日程はここに」


一行に、工程表の紙が配られる。イグニスのために、きちんと点字翻訳されたものまで用意されていた。


「陛下のご要望も、漏れなく反映させております。防衛隊、テネブラエ移民団、アコルド移民団、学校、メルダシオ協会、病院、孤児院・・・そして、暫定居留区も工程に含まれております」


オヴァールが断定居留区と言っているのは、いわゆる、市民権を得ていないスラム街のことだ。はじめ、オヴァールはこの地区への視察をしぶった。保安上の問題から、要人を案内するのは難しいというのが、その理由だ。ノクトは、自分の警護については王宮より十分な人材を用意するという約束のもと、オヴァールを説き伏せた。


多くの視察先を組み入れた結果、ノクトのレスタルム滞在は5日にも上る。そして、それが済めば、慌しく、他の拠点を数日で梯子する予定になっている。レスタルム外の集落はわずかしかない・・・ラバディオ自治区と、レスタルム北部の山岳村、メルダシオ協会本部周辺にきずかれたいわゆる”ハンター村”。それ以外は、ハンターの出先機関として、ハンマーヘッドレベルの拠点がいくつかあるが、そこは今回の視察対象からは外れていた。そして・・・今は無人となった各地を、ぐるっと車で周遊する。今回の工程では、さすがに、ガラード区域をはじめとする、旧戦闘地帯までは足が伸ばせない。いずれは調査に出ないといけないが・・・ とノクトは悔しそうだった。


人口太陽による果樹園、と聞いて、はじめに思い浮かべていたのは、野外に立ち並ぶ果樹の合間に、野球のナイターで使用するような巨大な照明が立ち並ぶ様子だ。しかし、一行が通されたのは、装甲車の格納庫とも思えるような巨大な白い建物・・・


「これは・・・」


ノクトは驚きの声を上げた。


室内に広がる南国の果樹園。高い天井に、ずらっと円形の照明機器が並んでいる。人口の太陽光の照射だけでなく、温度や湿度も、南国のそれに合せて調整しているらしい。むおっとした空気の中に、甘い香りが漂っているのを感じた。


低くなるように剪定された果樹は、横に広がるように枝を伸ばし、緑の青々とした葉の下には、熟れてオレンジ色になったふっくらとした実がたわわに実っている。従業員達は、果樹の合間に立っていて、ひとつひとつの実を丁寧に手に取り、収穫を行っていた。


「この施設では、概ね1年に2回の収穫が可能です。温度や湿度、そして、照射時間などを調整して、人口的に1年の気候変動を半年で再現し、木を騙すんですよ。この方法で開花のコントロールに成功して、一気に収穫量を増やしました」


農業法人の代表者は、王の訪問に舞い上がった様子で、まくし立てた。

アラネアは、見るからに落ち着かない様子で、もぞもぞとして、立ったりしゃがんだりを繰り返している…好奇心丸出しの様子で今にも飛び出したいのを、懸命に堪えているように見えた。

ノクトは、すまなそうに演説を遮って

「悪いんだが…ちょっと収穫の体験をさせてもらえるか?」

ああ… と、代表者はアラネアの様子に気がついて

「もちろんです! さあ、お嬢様もいらっしゃい!」

と、にこにこしながら、自ら近くの果樹に近づいた。前掛けをした気難しそうな農夫が、作業をしているところだった。

「彼はここのベテランでして… モンド爺さん、頼むよ。陛下とお嬢様が、収穫の体験をなさりたいそうだ」

呼び出された爺さんは、不機嫌にふん、と鼻を鳴らしたが、ちょいちょいと手招きすると、近づいてきたアラネアをひょいと抱えて、脚立の上に座らせた。後ろからアラネアを抱えるようにして支えると

「一度しか言わんぞ。一つで1万ギルもする品だ。傷でもつけたら大ごとになる。慎重にやれ」

と低い声で言った。おおお アラネアは緊張した様子で、モンド爺さんの手の動きを真似ている。

「そう…赤ん坊の尻を持つように、傷つけないよう、そっと膨らみを手のひらに載せる。それから、力を入れずに少しだけねじれ… そうだ。その枝の付け根を、小指の先ほど余裕をもたせて、専用のハサミで切る。躊躇うな! 躊躇うと、切り損ねて、かえって枝に傷がつくぞ」

アラネアは息を止め、思い切ってハサミを握りしめた。

ぱちん! といい音がして、どっしりと重い実が、アラネアの左手に落ちた。支えるように、爺さんの手も添えられている。

「取った!!」

アラネアは、顔を上気させて、嬉しそうにノクトの方を振り返る。

「そちらは、どうぞ、お土産にお持ちください。お母様がお喜びになりますよ」

代表者が太っ腹なところを見せると、アラネアは、わああ と声をあげ、大事そうに両手で実をそっと抱えた。爺さんは、実を抱えたアラネアごと、そっと脚立から下ろしてやる。

「なかなか、筋が良かったぞ」

と、頭を撫でると、ぷいっと離れて行ってしまった。

「アラネア!礼を忘れてるぞ」

ノクトに言われて、アラネアは慌てて顔を上げると

「モンド爺さん、ありがとう!」

と大声でその背中に呼びかけた。爺さんは、照れているのか振り向きもせずに、ちょいとその右手を上げて答えた。

昼は、クヴァナを贅沢に使ったフルコース。肉料理のソースや、サラダ、それに、生ハムの添えたり、揚げ物に使ったり・・・ イグニスは、そこはなれたもので、適度に一口ずつつまみながら、熱心にすべての料理を味わっていたが、ノクトは、はじめの数皿を平らげるとすっかり、お腹が一杯になって、メインディッシュの皿は、ほんの一口、味わっただけで降参した。


アラネアは、グラディオと競り合うように次々と皿を綺麗にしていく・・・ ノクトは呆れて二人の様子を眺めていた。


「こりゃ、うめぇなぁ」


「うめぇな!」


二人して同じような満足そうな顔をして、また、皿を空にした。


「お、オヤジが残したぞ」


とグラディオは言うと、ノクトの手のつけていない皿をひょいっと、かっさらって、アラネアと自分の間に置いた。


「もったいねぇなぁ」


「もったいない!」


そして、二人してフォークで突きあって空にしてしまう。


「アラネア・・・お前、腹大丈夫か?」


ノクトは、呆れてその、膨らんだ腹を見る。うん? うううん平気。 アラネアは食べ物を頬張りつつ、唸った。


ところが・・・ 午後、イチネリス発電所へ向かった頃から、アラネアの様子がおかしかった。どこかしらそわそわして、それでいて、ずっと俯き加減だ。発電所の周囲で、キラキラと光る隕石の鉱脈を見ても、さほど反応もしない。ノクトが大丈夫か? と聞いても、首を振って、大丈夫!! 無理に笑って見せる。


発電所の入り口で、見慣れた顔が出迎えた。相変わらず、作業服を着たままのホーリー・・・10年の月日がしっかりと顔に刻まれて、髪に白髪が増えていた。


「来たわね、ハンター君たち!」


ホーリーは嬉しそうに笑って一行を出迎えた。今もかわらなぬ気さくな態度に、ノクトはほっとした。


「おお。ご無沙汰だ。どうやら、所長様になったそうだな?」


ふふふ、とホーリーは笑って


「単に歳をとったってことよ。あたしは、現場にいて体動かしているほうが好きなんだけどね・・・今日は久しぶりに、この服を来て、現場に入れるから嬉しいの」


「お二人は・・・お知り合いでしたか」


オヴァール市長が、不思議そうに二人に声をかけた。


「ええ。お若い頃に大変助けていただいてね。そういえば、発電所に入り込んだシガイを追い払ってもらったことも合ったわね」


「ああ・・・そうだ。懐かしいな」


一向は、和やかに歓談をしながら、発電所の方へつづく橋を渡ろうとした。その時、アラネアが突然、ぴょんぴょん、と飛び跳ね、汗を額に浮かべながら赤い顔している。


「おい、どうした?!」


驚いて声をかけると、


「う、・・・うんち!!」


と今度は青い顔して叫ぶ。


えええ?! ま、まずい・・・ ノクトは慌てて


「近くにトイレは?!」


と聞いた。


「発電所のトイレは、立ち入り区間からは遠いのよ。一番近いのは、交接市場の公共トイレかしら」


とホーリーは、すまなそうに言う。


ったく!! とグラディオがアラネアに駆け寄って、


「オレが連れてく!!おい、行くぞ」


と、言うなり、その手を引いて二人して交接市場の方へ駆け出した。視察さんは、呆気に取られて、二人の背中を見送った。


「大丈夫・・・でしょうか?」


オヴァールの秘書官が、遠慮がちにノクトの顔を覗きこんだが


「ああ。食べすぎだろ。クソすれば、落ち着くさ」


と、苦笑して、さあ、行こうと、一同を促した。ぞろぞろと、一同が発電所に向かう。


「お昼の料理は、試食用にフルコースより品数が多かったからな。残すことを前提にしているんだ。もったいないが・・・完食させたのはまずかったな」


イグニスはノクトのそばに寄ると、申し訳なさそうに囁いた。


「オレも止めればよかったわ。けど、グラディオが調子に乗ってあいつに食べさせてたし・・・ここは、付き合ってもらおう」


ノクトはさほど心配もしていない様子で答えて、ぽん、とイグニスの肩を叩いた。


見学の一行は、入り口で見学者用の防護服に着替える。大勢は入れないので、ノクトとオヴァール市長、それと本当はグラディオが付き添う予定だったが・・・警護隊より二人が付き添いとなって中に入ることになった。足元が悪いのでイグニスは遠慮した。


絶対に機械や配管に触れないこと、見学用のルートを外れないこと、と厳重に注意を言い渡した後、ホーリーが先導してIDカードで厳密に管理された従業員用の戸をあけた。ムッとした空気、強力な磁場による耳鳴り、発電装置の熱気が、防護服を通していても感じられる。初めて足を踏み入れるオヴァールと警護隊の面々は、緊張した面持ちで、ゆっくりとノクトの後から続いてくる。


ーほら、見てくれる?


防護服の無線を通して、ホーリーの声が届く。一行の先頭で、右手を上げて発電装置の周囲で、修復作業をする防護服の作業員達を指差す。発電所はこの10年でかなり老朽化が進んだ。素人目にも、機械の表面にみえる金属が古びているのが


24時間、電力消費のピークが途切れなかったこの10年。発電所は24時間体制のフル稼働をして凌いだ。3年ほど前から老朽化が目立ってきたきたが、メンテナンスするための資材も限られていた。


ー事前に配布した資料でも書いたけど・・・この発電所が現状の設備で稼動始めたのは、36年前。建築当時の想定では耐久年数は30年という見積もりだった。この10年のフル稼働で、通常時よりはるかに上回る負荷がかかっていることを考慮すれば・・・40年分くらい使用している計算になる


それから、ホーリーは通用路を進んで、中枢の発電装置に近づいた。巨大な柱のように立ち上るその装置は、まるで燃えるように赤々と発光していたので、老朽化と聞かされた見学者たちは、今にでも爆発を起こすのではないかと、身を縮めた。


ー特にこいつね。メインタービンだけど。これは早急に新しいものに交換しないとまずいの。昨年から再三、予算を請求しているんだけど、どうなってるのかしら?


うっ・・・ とオヴァール市長は首をすくめた。


ー検討を続けていたはずなんだが・・・どこで、止まっていたかな? 早急に検討を再開する・・・評議会の方でも、すぐに協議をしていただけますか、陛下?


ーああ、そうだな。ここの電力共有か止まると、市民生活への影響も大きいだろう


ー助かるわ


ホーリーが笑っているのが分かった。どうやら、なかなか動こうとしないオヴァールへの脅しでもあったようだ。


ーホーリー所長。いや、本当に、ご案内ありがとう・・・発電所の現状が良くわかった


オヴァールは、早く切り上げたいとばかりに礼を言うと、もう、くるっと向きを変えて、来た道を引き戻そうとしていた。くすっ ・・・ ノクトはホーリーと、防護マスク越しに顔を合せて、笑った。


発電所の入り口まで戻って、防護服を脱ぐと、見学者たちは全身汗まみれになっていた。びっしょりと汗をかいて、髪の毛が張り付いており、顔は上気していた。


「いやはや・・・これは苛酷な環境だ。技術者のみなさまには頭が下がる」


オヴァールは、額の汗を秘書の用意したタオルで拭きながら、呟いた。


「ご理解いただいて嬉しいわ。発電所の所員の待遇改善の件も、検討いただけるわね? 技術者の確保に、待遇改善は欠かせないの。こんな4Kの仕事、ハンターの方がましだという人もいるくらいよ。それでは、発電所は維持していけないわ」


ああ、こりゃ、一本取られましたな・・・ はははは。オヴァールは、困った顔をして笑った。


「すぐに評議会で協議させる。約束するわ」


誤魔化そうとするオヴァールに代わって、ノクトが答えた。オヴァールが苦い顔をしているのが見えた。


一行は日中の視察の予定を追え、宿泊場所となる市庁舎まで戻ることになった。まだ日は高いが、夜の前の親睦会を前に休憩の時間を組んでいてくれる。発電所の中を見学した身としては、確かにシャワーを浴びて一度休憩しておきたい気分だ。


「ノクト、アラネアだが・・・」


発電所の外で待ち構えていたイグニスが、さっと近寄ってきて耳元で囁いた。


「体調は問題ないらしいんだが・・・トイレを詰まらせたらしくてな」


はあ・・・ とノクトは、頭痛を感じて額を抑える。


「今、秘書官を一人遣らせた。公設市場の管理者と連絡を取ってもらっている。それと、騒動が済んだらグラディオが、その辺で遊ばせてから市庁舎につれて帰るといっているが、それで構わないか?」


公設市場から市庁舎まで離れているといっても、徒歩で20-30分だろう。そのまますぐに部屋までアラネアを連れ帰るより、退屈しなくてよさそうだ。


「そりゃ、助かるわ・・・じゃあ、こっちは先に、市庁舎まで戻るか」


「そうだな。市長にもその旨連絡しておこう」


イグニスはそばにいた秘書官に耳打ちして、彼をオヴァールの元まで走らせた。オヴァールは、すぐにノクトのそばまで近寄ってきて


「陛下・・・お嬢様のこと、承知いたしました。それでは、市庁舎まで、同じお車に同乗させていただいてよろしいでしょうか。ちょっとお話したいことも・・・」


と声を抑えて思わせぶりに言う。ノクトは、ちらっとイグニスの顔を見たが、イグニスが頷くので


「ああ、構わない」


と答えた。


警護隊の面々に囲まれながらレスタルムの中心地を抜け、表通りまで出る。視察団の黒塗りの車が数台並んで一行を待っていた。ノクトはオヴァールに促されるまま、2代目の車両に乗り込んだ。イグニスが助手席に回り、運転席に警護隊の一人がついた。


「いやあ・・・発電所はなかなか過酷でしたな。私もすっかり疲れました」


と、オヴァールはまだ、汗を拭きながら、ふうふうと苦しそうな声を出していた。


「そうだな」


ノクトは軽く答えながら、オヴァールが何を話そうとしているのかと、興味津々とその顔を見た。オヴァールは、ノクトのまっすぐな視線に戸惑いながら、


「いや・・・その、さしでがましくはございますが、少々ご進言を」


「ああ、遠慮なく言ってくれると助かる」


「さきほどのようなこと、軽々しく口にされないほうが良いかと」


ノクトは首をかしげながら、


「具体的に言ってくれるか」


と迫った。オヴァールは、はあ、とため息をつきながら、


「所員の・・・待遇改善の件ですよ。陛下・・・今夜の親睦会もそうですが、明日以降の視察先についても、彼らが真っ先に訴えるのは金のことです。防衛隊でも学校でも病院でも・・・どこへいっても予算がない、人手が足りない、待遇が悪い・・・必ず訴えがあります。その度にいい顔をされるのは・・・ご自分の首を絞めますぞ」


お・・・ ノクトは、驚いた様子で、オヴァールを見た。


「・・・そんなものか。単に協議する、と伝えたつもりなんだが」


「陛下のようなお立場の方が、あまり良いお顔をして返事をすると、彼らは・・・その、すぐに期待を抱いてしまいます。場合によっては、陛下が口約束をしてくださったと勘違いする者も出てくる。国の資産は限られています。どの訴えももっともだが、すべての要望には応えられない・・・ですので、各方面へのご支援の話は、慎重にされたほうが良い」


助手席にいたイグニスは、振り向かずにいたが、じっと耳を傾けている様子が分かった。ノクトは、ふーん、と唸って腕組みをした。間もなく市庁舎が見えてきて、破損されたマーライオンの前に車は止まった。


「オヴァール市長。助言、ありがとうな。オレは正直、金にはまだ疎い。あんたの忠告、よく胸に留めておく。これからも、何か気がついたら助言してくれると助かる」


ノクトは真剣に言った。オヴァールは、やれやれ、と言った様子で可笑しな笑い方をして、御意に と短く応えると、先に車を降りた。


















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