Chapter 25.1-インソムニアの朝-

目を覚ました時、見知らぬ部屋の風景が目に入った。あれ? シャンアールのお城かな? と、一瞬思ったが、色彩が異なる。シャンアールは古い石の壁と、青を基調とした部屋だ。ここの部屋の絨毯は、濃い赤色をしている。


はっ と体を起こした。ベッド脇、大きな勉強机の前にある窓に駆け寄る。白み始めた空をバックに、朝靄の中から浮き立つビル群が見える…


わあああ… アラネアは声を上げた。昨日も見た、たくさんの塔!


アラネアの脳裏に、昨日の慌しい一日が思い出された。朝早くにケルカノについて、たくさんの人に見送られながら揚陸艇に乗ったんだっけ・・・


ほら、あれがラバティオ火山ですよ


テヨと一緒に、窓から見たのは、てっぺんから煙が拭いている山。アラネアは興奮してその頂上を眺めた。その頂上から、なんと! 土が赤々と燃え、流れ出ているのを見た。その山の脇を旋回するようにして、今度は大きなお皿みたいな大地の割れ目を目指す・・・揚陸艇は徐々に降下を始め、お皿の周りに、家がひしめき合っているのが見えた。さらに近づくと・・・その、お皿の周りで、たくさんの人たちが手を振っているのが見える。


揚陸艇は、お皿の手前の広場に降り立った。揚陸艇から降りた途端、耳に飛び込んでくる人々の歓声。たくさんの人たちが、笑顔で手を振ったり旗を振ったりしていた。ルーナはいつものように笑顔でみんなに手を振り替えしていた。アラネアも一生懸命に手を振り返した。心なしか、大勢の人が嬉しそうに歓声を上げているように思えた。


ノクトは、いつになく緊張した様子で、しぶしぶと手を振り替えしていた・・・その横でグラディオがこっそりノクトの背中を突つくのを、アラネアは見ていた。それから、みんなしてまた車に乗り込んだ。道沿いにもずっと人が並んで手を振り続けていたけど、町を抜けたら途端に人がいなくなって・・・


がらんとした道が続く・・・家もなく、人もいない大地を延々と道が続いていた。


なんにもないなぁ・・・ アラネアが呟くと、ノクトは指を差して、ほら、あれ見ろ と言った。その先に、ちっちゃな建物が見えてくる。ぴかぴかと突き出した奇妙な屋根に、おばけみたいな看板。通りに数人の人が出て旗を振っているのが見えた。ノクトが、ちょっと止めてくれ!! と叫んで、車は急に止まった。


ノクトは一人で車を降りて、通りに並んでいたお爺さんに急に抱きついていた。黄色の帽子を被ったそのお爺さんは、抱きつかれてびっくりして、ばかやろうっ と言ったが、すぐに鼻を啜っているのが見えた。隣にいた女の人も泣いているように見えた。アラネアも外に出たかったが、ルーナが優しく笑って、待っていましょうね、と言ったので、仕方なく車で待っていた。ノクトは、少しだけお爺さんと女の人と話をして、それから、すぐに車に戻ってきた。


さあ、もういいだろう


イグニスに言われて、ノクトは頷いていた。


いよいよインソムニアだぞ。ノクトは、ちょっと赤くなった目で、アラネアに笑いかけた。


きっと、また大勢の人が待っているな! 


アラネアはわくわくして、いく先を見ていた。しかし、ずっと誰もいない道が続く・・・あれ、おかしいな?


ほら!インソムニアだ!


大きなつり橋が見えてきて、ノクトが興奮して叫んだ。


おおおおお! アラネアも声を上げる。橋の向こうにかすんで見えるのは、大きな塔が連なる街。これが、インソムニアか!! 


オルティシエとはまるで違う。遥かに大きい。どちらかというと、帝都の街並みに似ているだろうか。しかし、背の高い建物はもっとたくさん見える。


インソムニアだ!


アラネアも、ノクトを真似して叫んだ。


つり橋の向こうの街が近づいてくる。あんなにたくさんの塔。どんな人たちが住んでいるんだろう? アラネアはわくわくして、街が近づくのを待った。


しかし・・・はじめに見えてきた塔は、明らかに傾いていた。あちこちの窓ガラスが割れて、がらんとして見える・・・人の姿は、建物の中にも、通りにもなく、どこか裏寂しい。


あれ・・・?


アラネアは不思議そうに街を眺める。道の両脇にたくさんの建物があるのに、人の姿見えない。人の声も聞こえないし、生き物の気配もない。


なんて静かなんだろう・・・インソムニアは。


誰もいないの? とアラネアは不思議そうに聞いた。ノクトは寂しそうに、昔はここにたくさん住んでいたんだ、と呟いた。


今は、まだ、王宮にしか人が戻っていない。 助手席にいたイグニスが、淡々と付け加えた。ふーん・・・ アラネアは、詰まらなそうに唸る。せっかく、こんなに高い塔がたくさんあるのに、誰もいないんだ・・・そして、先ほどの街で見てきたたくさんの人々のことを思い出した。なんでみんな、この素敵な塔に住まないんだろう?


ほら、王宮が見えてきましたよ・・・ ルーナが優しく教えた。


わああああ アラネアはもう一度歓声を上げる。一際大きな二つの塔が見えたからだ。しかも、その塔は、一行を歓迎するように明かりが灯っていた。


あそこが、”おうきゅう”?


そうですよ


ルーナはにっこりと笑った。ノクトも、誇らしげに笑いながら、これから、お前とオレと、ルーナが住むところだ。どうだ、すごいだろ? と言う。


すごい! これはすごいな!


”おうきゅう”に、あんな高い塔があるなんて!これはすごいぞ! とアラネアは興奮した。あのシャンアールのお城にも負けない塔だ。そして、あーちゃんは、あの二つある塔の、ひとつのてっぺんに住もう、と、一人心を決めた。だって、もう一つの塔は、ノクトが使うんだろう・・・。


車は、王宮の大きなゲートをくぐる。両脇に立っていた兵隊が、びしっとかっこよく敬礼して、ノクトたちを迎えた。丸っこい広場に入って大きな広い階段の前で止まる。階段の両脇にたくさんの人たちが出迎えているのが見えた・・・真ん中で待ち受けていたのは、体の大きな男の人と、黒い制服を着た人たちと、そして、一人の老婆だ。


ルーナが、車の中からその姿見て、あ・・・と声を上げるのが聞こえた。アラネアは、その体が小刻みに震えているに気がついた。ノクトが、ルーナのほうを向いて、微笑んで、その頭を撫でていた。


はじめに車からノクトが降りて、ノクトの手に引かれるようにルーナも続いた。ルーナは、もう、心が揺れ動いて、半分泣いていた。アラネアは不思議そうにその背中を追いながら、二人にくっついて大きな階段を上った。ルーナが、老婆の前に跪き、その折れ曲がった小さな体に抱きつくのが見えた。二人は抱き合って泣いていた・・・ノクトが、気遣うようにアラネアのそばに来て、あの人は、ルーナが小さいころからずっとそばにいた人なんだ、と教えてくれた。


ずっとそばにいてくれた人・・・ アラネアは、じっと抱き合う二人を眺めていた。


そうだ、それが、昨日のことなのだ。アラネアは興奮を思い出して、顔を上気させた。自分の部屋だ、と言われて通されたここが、塔のてっぺんでないことにはやや気落ちしたのだが、しかし、きっとここから塔のてっぺんまでいけるはずだ、と思いなおしたのだ。次の日こそ塔まで探検に行こうと決意して。


「ノクト!」


アラネアは、叫びながら部屋を飛び出した。広い廊下に出て、すぐ隣のノクトとルーナの部屋に飛び込もうとした。しかし、がしっとその腕を掴まれる・・・廊下に控えていた衛兵の一人がアラネアを捕まえていた。


「お嬢様!…まだ、陛下とお妃様はお休み中なので」


彼は、今にも振り切ろうとするアラネアの肩を抑え、困った顔をする。色白な顔に、栗色の前髪がくるんと撒いていて、優しそうな表情をしている。ノクトよりも若い・・・タルコットよりは上かな?と思う。


「まだ、お早いですよ。もう少しお眠りになっては…」


困ったようにアラネアの顔を覗きこむ。


「もう、起きたぞ? ルーナも、いつも早起きだぞ?」


「しかし、両陛下は昨夜は遅くまで難しいお話をされていたのです。今朝はお疲れだと思います」


お、おお… アラネアは唸りながら、2人が休んでいるという部屋の、大きな扉を眺めた。確かに、部屋の奥はしん、としていて、二人はまだ眠っているようだ。


つまんないな…


このところと言えば、毎朝、アラネアがルーナを起こし、ルーナがしばらくしてノクトを起こすのが日課だった。昨日の朝までそうだったのに・・・しかし、王宮というところでは、どうも勝手が違うらしい。


ー執事室、アラネアお嬢様がお目覚めになった


もうひとりの衛兵が、耳元を抑えながら連絡を入れていた。こちらは、ぬおっと体の大きな、浅黒い肌をした男だった。グラディオとどっちが大きいかな? 髪の毛は半分短く刈り上げている。黒い肌の中で目がぎらぎらと光り、いかにも強そうな顔だ。アラネアは不思議そうに、背を伸ばして彼の耳元を見ようとした。アラネアがじっと見てるのに気がついて、その男の人は跪いて耳を見せてくれた。


「ほら、この機械で話をするんです」


彼は耳元に装着された小さな機械を見せる。黒い小さな弓の形をしていて、まるで飾りしか見えない。へええええ! アラネアは感心した。


「あーちゃんも、お話しする!」


と、手を伸ばそうとするので、ええ?! と兵士達は困ったように顔を見合わせた。


「申し訳ありません…これは、仕事に使うものなので、お貸しできません」


と、済まなそうに言いながら、慌てて立ち上がった。

ちええ アラネアは口を尖らせながら、


「つまんない!」


と、叫ぶと、廊下を走り出した。


「あ!待って! 」


慌てた声がしたが、アラネアは構わずに廊下を進んだ。


広い!広い! シャンアールも広かったけど、王宮はもっと広いな!


広々とした廊下は、ずっと続いている。その両脇には、重厚な扉が並び、扉と扉の間には、彫刻や絵画が飾られていた。わくわくしながら、廊下に飾ってある大きな油絵の前に立つ。髭を生やした男の人が、小さな男の子の肩に手を置いて、にこにこしている絵だ。男の子は、どこかしら落ち着かない様子で、部屋の隅の方を見ている・・・変な子! アラネアは笑った。でも、その目が、どこか、ノクトに似ているな、と思った。


それから、その先にあった、水瓶を頭に掲げる女性の裸の像まで走る寄る。鈍い燻し金のその肌を眺めて、そっと手を触れてみた。胸のふくらみが、まるですべすべして、本当の女の人みたいだ、と感心する。ただ、その顔は、本当のヒトよりも細く感じる。うーん・・・とアラネアは唸った。あごはもっと、太いほうがホンモノみたいに見えるな。と・・・その後ろから、先ほどの体の大きいほうの男が追いかけて来て、アラネアのそばに立った。


「お嬢様・・・間も無く侍女が参りますから、一度お部屋に戻りましょう」


彼が野太い声で、諭すよう言ったが、アラネアは聞いた様子がなく


「ねぇ、名前は?」


と聞く。男は、愛想よく微笑んで


「王のお部屋をお守りすることになりました。ベルコ・ウスマンと申します。どうぞ、よろしくお願いします」


と挨拶した。半分刈り上げた頭に、矢のような刺青が並んで見えたが、強そうなその姿と違って、とても優しそうだ。


「こっちは、あーちゃんだぞ!」


アラネアは嬉しくなって答えた。


「はい、存じております」


ベルコは笑って、そらから、躊躇いがちにアラネアの手を握った。これ以上逃げられては溜まらないと思ったのだろう。


「さあ、参りましょう…」


と、廊下を引き返そうとしたが、ぐいっ と思いがけず強い力で引き戻されたので、危うく仰け反りそうになった。


「ベルコ!こっちには何があるんだ?」


アラネアは、ぐんぐんと手を引きながら、廊下の突き当たりに見える大きな扉を指差した。


「ああ、あちらは…図書室ですね」


図書室! わあああ と歓声をあげながら、手を振り払って走っていく。ベルコは、一瞬、呆気に取られつつ、慌ててその後を追った。


ばん!! 早朝とも気にせずに勢いよく扉を開けて中に飛び込んでいく。なんて足の速さだ…


ーベルコ?!どうした?


ーああ、図書室に入った…


耳元の無線に答えつつ、ベルコはアラネアの後に続いた。まあ、図書室で大人しくしてくれれば…と思い覗き込んだが、その姿が見えない。


え?! 焦って中に駆け込む・・・広い図書室はがらんとして、人の気配がなかった。


「アラネアお嬢様?」


裏返った声で呼びかけた。答えはない・・・ベルコは、広いデスクの脇や、ゆったりとしたソファーの裏側をのぞき見ながら、図書室の隅々を見てまわる。


マジか・・・ 途端に血の気が引くのを感じた。


ーベルコだ


ーどうした?


ー図書室で見失った・・・


は? 無線の相手・・・先ほどの、王の間の護衛の相棒が、素っ頓狂な声を上げている。ベルコは冷や汗を掻きながら辺りを見回した。確かに、この部屋に入ったんだ・・・他に出口はないはず。


と、思ったときに、開け放たれている窓に気がつく。その先に、広いテラスが続いていた。


ーまて・・・テラスかもしれない


と言いつつ、その足は焦っていた。なぜなら、ここから見る限りテラスにも人影はなかったからだ。


ベルコはぞっとしてテラスに飛び出した。左右を見る・・・テラスの白い柵が見えるばかりで、誰もいない。まさか・・・転落?! 柵を身を乗り出して、遥か下を覗き込み、左右に目を凝らした・・・ここは王宮の、3階・・・と言えども、普通の建物からすると、5階くらいにはなるだろうか。しかも、真下は、中庭が半分地下に掘り下げて低くなっているところだ・・・警護隊の車両がいくつか見える。目を凝らしたが・・・こどもらしき姿は見えない。


まずいぞ・・・


王が帰還して早々に、連れ帰ったこどもに何かあれば・・・どれだけの失態だろう? 王室付きの衛兵に抜擢されて意気揚々としてたのもつかの間、これは左遷ではすまないぞ・・・。額に嫌な汗が浮かぶ。


「アラネアお嬢様!!」


ベルコは、すがりつくように外に向かって呼びかけてみた。


「なんだ?」


すぐ背後、頭上の方から声がして、驚いて振り向く。図書室の窓の上の方、数m上がった外壁のでっぱりに・・・アラネアが腰掛けていた。


「お、お嬢様?!」


ベルコは驚いて声が裏返る。アラネアは、にかーっと嬉しそうに笑って、手を振っていた。


ノクトは、ルーナに揺れ動かされて、ようやく目を開けた。懐かしい匂いのする、寝心地のいいベッドの中で目が覚めた。視界に入った部屋の風景を見て、ああ・・・帰ってきたんだと改めて思った。側近達が二人のために用意したのは、父レギスの部屋だ。ベッドは、夫婦が眠るのに十分なキングサイズだったし、緊急時に側近が立ち寄れるよう小部屋を併設していた。自然と、王の部屋としてそのまま採用されたらしい。


そういや、オレの部屋にアラネアがいるんだよな・・・と、そこはなんとなく引っかかるものがあって、ノクトは体を起こす。ノクトの私物のうち、値打ちのありそうなものと、ノクトの思い入れのありそうなものを、イグニスかグラディオかで選んだのか、レギスの部屋に移されていた。しかし、ノクトの中では、まだ他に持ち出さないとまずいものがあるような気がして、落ち着かなかったのだ。


後で見てこよう・・・ と思いだしながら、ベッドの上で伸びをする。見ればルーナはもう着替えを済ましていて、ノクトを微笑ましく眺めていた。


「はやくお召しかえくださいな。食事の用意ができています」


ルーナは、ノクトに軽く接吻して、自分はさっさと、隣の応接室まで出て行ってしまった。つれなく出て行った妻を見送りながら、ノクトは、ちぇっ と拗ねる。王宮に来て、さっそく、王家のオーラをかもし出しているのは、自分よりもルーナのほうだ。ノクトは、しぶしぶと用意されていた服に着替えて、洗面所で顔を洗い、鏡を見て、王様の表情を作ろうと苦労する。・・・しかし、チパシで日焼けた鼻の頭は、まだ、黒光りしている。


いや・・・無理だし。


ノクトは潔く、自分に言い聞かせて、鏡に、だらしない顔を作ってみた。そうそう・・・これなら・・・


ようやく寝室を出て、使用人や執事が控えているだろう応接室まで顔を出した。


案の定、ルーナは朝のお茶をティーカップで楽しみながら、侍女のマリアとおしゃべりを楽しんでいるところだった。マリアは、ノクトの姿を認めるとさっと立ち上がって、慇懃に頭を下げた。


「陛下・・・おはようございます。ご機嫌いかがでしょうか」


「ああ・・・おはよう。いいさ、ありがとう」


マリアは、子どもでも見るような目でノクトを微笑んでみて、それから、二人を隣のダイニングまで誘導した。


「すでにお食事の用意ができておりますので・・・」


ノクトは、ルーナとマリアの後に続いて、隣の王専用のダイニングに入る。王都が眺められる広い窓のあるダイニング・・・昔から変っていない。今は廃墟の高いビル群が見えるだけだが、ノクトが幼少にレギスと囲んだ大きなテーブルががそのままだった。その上に3人分の食事が用意されていた。ルーナと隣り合わせに席に着きながら、


「アラネアは?」


と聞いてみた。部屋の扉側の隅に、警護隊らしき若い男が、背後に手を組みながら立っていたが、ノクトの問いに、ちょっと困った顔をして・・・


「その・・・お嬢様は、今、王宮をめぐっていらして・・・」


と、おずおずと答えた。


「もう、間もなくこちらへいらっしゃると思います」


ノクトは苦笑して、


「そりゃ、ごくろうさん」


と言うと、ルーナと目を合せて、先に食事に取り掛かった。


しかし、朝から手が込んでるな・・・ 皿の上に、盛り付けられた前菜を見て、呆気に取られる。量はさほどでもないが、ちょっとした野菜の盛り合わせに、ソースが模様を描いて彩られている。


ノクトは、仰々しく盛り付けられたエシャロットの切れ端をフォークに刺し、それから、しずしずと朝食を食べるルーナを見て、つぎに・・・後ろに控えている侍女マリアを見て・・・その次に隅に控えている警護隊の男を見る。


「・・・なんか、落ちつかねぇな」


ノクトが呟くと、はっとして、一同はノクトの顔を見た。ルーナは、ちょっとたしなめるような目をしていた。


その時、ばん! と、扉が開いて、ぜぇぜぇと激しく息を切らす警護隊のメンバーと、アラネアが入ってきた。


「遅くなりまして、申し訳ありません・・・」


と、大柄なその警護隊の男は頭を下げた。アラネアはぽかんとしている。


「お嬢様をお連れいたしました」


その顔は、真っ青だ。ノクトは、なんとなく聞かなくとも事情が分かったような気がして、苦笑しながら


「ご苦労だったな・・・」


と、つれてきた警護隊の男に声を駆けた。そして、アラネアの方を向いて


「アラネア。こら! 初日から面倒をかけるな!」


えええ、だってぇええ と口を尖らせる。


「ベルコが、ノクトの部屋に入れてくれないんだもん」


ふん! と鼻を鳴らせて不満を訴えた。名指しされた警護隊の男は、うろたえて


「す、すみません・・・まだ、5時前でしたので、お休みかと思いまして、お引止めいたしました」


と、しどろもどろに答える。ノクトは、ん? と不思議そうな顔をして、ちょっとルーナと顔を合わせた。ルーナは静かに笑って頷いていた。


「ベルコって言うのか、気遣いどうもな。でも・・・娘が入りたがるんなら、まあ、好きに入れさせてやってくれ。中で会議でもしてない限り構わない」


え・・・とベルコは驚いた顔をして、それから、慌てて姿勢を正し、はっ・・・仰せの通りに、と頭を下げた。


「あんまり堅苦しくするな」


とノクトは笑った。それから、もう一度アラネアの方を睨み付けて


「メシ、さめるぞ!さっさと食え!」


と叱る。アラネアは、ぱああ、と嬉しそうな顔をして、自分の食事が用意された席に駆け寄った。しかし、いざ、席について、ナイフとフォークを持ち上げたところで、あれ? と驚いた顔をした。


「どうした?」


ノクトが聞くと、アラネアはぽかーん、と辺りを見渡しながら


「なんで、みんなは食べないんだ?」


と聞いた。部屋に控えていた警護隊の2人の男は苦笑して


「私たちは仕事なので・・・」


と答える。しかし、ノクトは、うーん、と唸った。


「・・・もっともな質問だな。オレもさっきから妙な感じがしてたんだ・・・」


王がそんなことを言い始めるので、警護隊の二人は驚いてお互いの顔を見た。


「朝食を食べるだけでこんな大げさな警護はいらん。第一・・・他に人もいないこの王都で、こんな厳重な警備に何の意味があるんだ? あとでグラディオに文句を言っておこう」


それから、ぱっと思いついたような顔をして、


「そうだ、マリア・・・貴方は、明日から一緒に飯を食わないか」


と、侍女のマリアを見て笑を向ける。マリアは驚いて首を振った。


「恐れ多い・・・陛下。ありがたいお言葉ですが、このような老婆でも、みなさまのお世話をするのが楽しみでございます。年よりは朝も早いのですし、今朝もすでにお先に食事を済ませておりますので」


「ルーナが子どものころは一緒に食事を取っていたんだろ?」


ルーナは微笑んで


「そうです・・・私が寂しがらないようにと。一人の食事は寂しいものです。共に笑って食べてくれる人がいなければ。ねぇ、マリア」


と老婆の手を取って、その手を撫でた。マリアは、昔を思い出したのか、目をちょっと潤ませていた。


「迷惑かもしれないが・・・貴方は家族のようなものだと思ってるんだ。二人とも親をなくして寂しいしな・・・一緒に飯が食えると嬉しいんだが」


「まあ、なんと・・・」


マリアは感極まって泣き出してしまった。ルナフレーナは自分もやや涙ぐみながら


「もう、昨日から泣いてばかりですよ」


とその背中を撫でた。その様子を、ぽかーんと見ていたアラネアは、そっと後ろを振り返って、ベルコに手招きした・・・何事かと、かがんでそばによってくれたベルコに、何で泣いているの? と小さな声で聞いた。


え、ええと・・・ 


ベルコが返答に困っていると、ノクトは笑って、


「アラネア! うれし泣きだ。気にするな。ほら、早く飯を食え」


と言い、ようやく、自分もフォークに差したラディッシュを口に入れた。

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