Chapter 25.11-石の棺-

「なあ、ルーナ・・・」


暗がりの寝室の中で、ごろんとベッドに横になりながら、ノクトが小さな声で呼びかけた。ルーナは、二人に挟まれるようにして眠っているアラネアの頭を、愛しそうに撫でながら、ノクトの方へ笑みを向けた。アラネアの寝室は別にあるのだが・・・まあ、よく忍び込んでくる。今夜は、ルーナの出始めた腹を撫でながら、ことんと眠りに落ちていた。


「案外・・・すぐに、ルシスを追い出されちまうかもな」


ノクトの声は、外で側近達と話をするのと違って、弱々しかった。


コル将軍が、このところずっとよそよそしく、ほとんど話しかけてこない、と気がついたのは、つい一昨日のことだ。評議会の後、ちょっと話が・・・とイグニスたちに持ち掛けたところ、そばにいたコル将軍は、二人に任せる・・・と言って、そのまま議会室を出て行ってしまった。いつも多忙な将軍のことだ。そのときはさほど、気になりもしなかったのだが…。


もしかして・・・嫌われたか?


帰国してから、随分と周囲を驚かせ、王宮の中に波風を立てているような気がする。以前の王宮の遣り方とは随分違うとも、分かっている。概ね、快く受け止めてもらっていると、勝手にそう思っていた。


「イグニスたちも引いてたな・・・」


昼間の二人の様子を思い出して、ぼそっと呟く。ルーナは笑って、アラネアを撫でていた手を、そっとノクトの方へ伸ばし、その頬を撫でた。


「今度はどこへ行きましょうか?」


いたっずらぽいその表情には、まったく不安がない。ノクトはルーナの手に自分の手を重ねて、愛しそうに頬になでつけ、そして、口づけをする。それから、自分も笑った。


「・・・そうだな。案外、ケルカノも整備が進んで住みやすそうだ。タルコットもまだあっちにいるし。テヨと一緒にオルブビネに帰るって手もある」


「そういえば、テヨ様は、まだ、ラヴァディオ自治区に?」


「ああ・・・そういえば、今日の午後、連絡がきてたわ。もう少し滞在を伸ばしたいと・・・どうも、あの女史と気が合うみたいだな」


「元学長の方、ですよね。テヨ様は、向学心がお強いから、刺激を受けているんじゃないかしら・・・」


「ルーナも、しばらく家庭教師してたんだろ。テヨと、アルミナの」


ルーナは、恥ずかしそうに笑いながら、首を振った。


「クヌギ様という立派な先生がいらっしゃいますもの・・・私が教えたことなど、ほんのわずかなものです」


二人はそのまま、懐かしそうにこの10年や旅の間に起きたことを、つらつらと語り合って夜が更けた。


語りながら、いつの間にかノクトの方が先に眠りに落ちていた。薄らいでいく意識の中で、やさしく頭を撫でられているのを感じて、幸せな気分になる。秋の涼しい夜には、もぐりこんできたアラネアの体温も、ちょうど心地よい。家族が寄り添って眠るだけで、こんなに幸せなのか…


ノクトは無意識に、すぐ手元に転がっていたアラネアの小さな手を握りしめた。ルーナは笑った。二人の頬に順に口付けをして、自分もアラネアの手を握りつつ、目を閉じた。


幸せなまどろみの中で、どこか遠くの方で、呼ぶ声がする。トントン・・・と遠慮がちにノックが聞こえたようだが、多分、緊急性の高い用件ではないのだろう。ノクトは眠気に負けて、ごろんと寝がえりを打っただけだ。アラネアの背中にぶつかって、しかたなく、反対側にもう一度寝返りを打つ。


しばらくして・・・ うけぇええ うけぇええ うけぇええ というチョコボの鳴き声が、どこからか響いてきた。・・・なんだよ、うるせぇな。王宮でチョコボなんて飼っていたっけ?


浅い眠りの中で、チョコボが夢に現れる。羽を撒き散らしながら、ノクトにせがむように顔を押し付ける。餌なんか・・・もってねぇぞ? ノクトは戸惑いながら、とりあえずその頭を撫でる。


うけぇええ うけぇええ と背後からも声がして、振り返った。2羽のチョコボが、今にも走り出そうと羽を開いたり閉じたりしていた。その上に、うきゃきゃきゃきゃ・・・ 変なテンションで、大笑いしているプロンプトが跨っていた。その隣のチョコボには、アラネアが乗っている。


まったくお前らは・・・ 呆れて、説教の一つでもしてやろうと、二人の方を向く・・・


「ノクティス」


小さな...しかし、しっかりとした声が耳元で聞こえて、ノクトは、はっと目を開けた。目の前に、スマホの点滅する画面が見え、うけぇええ うけぇええ・・・というチョコボの着信音が、繰り返されていた。


「お電話ですよ。イリス様から」


お、おお・・・悪い。 ノクトは寝ぼけながら体を起こし、スマホを受け取った。なんだよ、まだ、午前4時? 日の出まで時間もある・・・ ノクトは画面に触れた。


「イリスか? ったく、どうしたんだ、こんな時間に・・・」


ーごめん! ノクト?! 起こしちゃった?!


昔とかわらず高い声が聞こえる。なんだか興奮しているようだ。


「あたりめぇだろうが・・・」


ーごめん! ごめん!


イリスは、謝りつつ、しかし、楽しげだ。


ーごめんね、つい・・・! 生まれたよ!!


え?! 隣で聞いていたルーナも、思わずスマホの方へと耳を寄せる。


ー生まれたの!! ついさっき! 元気な男の子!


「・・・そうか」


ノクトはしばし、呆然となった。ルーナに、とんとん、と肩を叩かれて我に帰る。


「あ・・・えーと、おめでとうな! で、グラディオもそっちにいんのか?」


ーいるよ! ちゃんと立ち会ったよ! 私も、たまたま、昨日の夜、兄さんとこに泊まってて、そのまま付き添ってきたの。昨夜の10時ごろに陣痛が始まってね・・・あっという間だったなぁ。あ、ウルスラさんも元気よ! マリアちゃんも興奮して起きちゃったから、病院につれて来てるの


イリスの声で目が覚めたのか、アラネアがベッドの上でむっくりと起き上がるのが見えた。ルーナは、ベッドに腰掛けて、まだ、寝ていいのよ・・・と囁きかけたが、アラネアは首を振り


「どうしたんだ?」


と聞く。


「さきほど、グラディオラス様の赤ちゃんがお生まれになったの。そのお電話よ」


アラネアは、途端にぱああああっと顔を上気させて、


「赤ちゃん!! 見たい!見たい!」


すっかり目が覚めた様子で、興奮した声を上げる。


「おい、イリス。病院の場所を教えろ」


ノクトの声も興奮していた。


病院の個室で、グラディオは、ベビーベッドの柵に覆いかぶさるようにして、ふにゃふにゃと動く生まれたての赤ん坊を眺めていた。その頬は緩みきってほんのり赤くなっており、今にもヨダレをたらしそうに、だらしなく口をあけている。自分の大きな人差し指を、赤ん坊の手のひらに握らせていた。その小さな手のひらが・・・反射的に自分の指を握るたびに、バカみたいに興奮して鼻を鳴らしていた。


ウルスラは、マリアと抱き合うようにしてベッドに眠っていた。窓の外が白み始めていたが、グラディオはまったく眠気を感じない。今日はこのまま、ベビーベッドの横に張り付いていたいくらいだが・・・そういえば、午後から会議があったよな、と思い出して、顔をしかめた。


とんとん・・・ 遠慮がちにノックが聞こえて、イリスが扉からちょっと顔を覗かせた。


「おう・・・お前も、もう、そろそろいいぞ。ルチェオに電話して車回してもらえ」


「あ、うん。それはいいんだけど・・・あの、ちょっと、こっち来て」


と、なんだか可笑しな笑い方をして手招きする。なんだよ・・・忙しいのに。 と、ベビーベッドに方に後ろ髪を引かれながら、イリスに続いて廊下を出た。


あ・・・ と驚いて声を上げる。廊下に並んだベンチに、静かに並んで座ってたのは・・・ノクトに、ルーナに、アラネアに・・・それから、やや眠そうにしているイグニスだ。みな、目立たないように平服を着て、ルナフレーナにあたっては、スカーフを頭に巻いていた。


「あんだよ、お前ら、こんなに早く?!」


「スマン・・・ルーナがどうしても会いに行きたいっていうもんだからさ」


ノクトが恥ずかしそうに笑って頭をかくと、ルーナは、こつんと、夫を肘で突っついて


「あら・・・ノクティスでしょう。いきなり車を用意するよういいつけたのは」


「赤ちゃん、見れる?!」


アラネアは、興奮しつつも、一応気を使っているようで、懸命に声を抑えていた。


「・・・その、気にすんな。赤ん坊が起きるまで待ってるからさ」


ノクトは、しどろもどろにいいつつ、顔がすっかり緩んでいる。イグニスは、一同のやりとりを可笑しそうに眺めていたが、見るからにしんどそうだ。


「イグニス…お前までつき合わされたのか?」


「ああ・・・資料室で仮眠していたんだが、たたき起こされた」


ばっか、とノクトは、怒って


「お前だって行きたいっていったろ」


「すぐに出るとは思わなかったからな」


イグニスは苦笑した。


「ごめん・・・私が思わず、ノクトに電話しちゃって」


イリスが恐る恐る兄の顔を見た。


「はあ? こんな時間に? おまえなぁ・・・いつまでも、友達感覚でいやがって」


「友達だろうが」


ノクトは、仏頂面をする。ったく・・・ グラディオは呆れていたが、イリスは嬉しそうに、へへへ、と笑った。


「・・・ウルスラと、マリアがまだ、中で寝てんだ。ちょっとここで待ってろ」


と言うと、グラディオは部屋に入り、そして、驚いたことに、生まれたばかりの赤ん坊を腕に抱えて戻ってきた。さすが2児の父と言うべきか。その手つきには、まったく危なげがない。グラディオの太い腕の中では、赤ん坊は冗談みたいに小さく見える。


わああああ・・・ 一同は、抑え気味に歓声を上げながら、グラディオの周りを囲った。イグニスだけは、ベンチに腰掛けたままだ。しかし、ぷん・・・とミルク臭い赤ん坊の匂い、ふにゃふにゃと手をしゃぶる音、赤ん坊の体温などを感じて、ほほが緩んでいた。


「お前・・・すごいな。怖くないのか。首据わってないんだろ」


ノクトは、感心しつつ、びくびくと赤ん坊を覗きこむ。


「まあ、二人目だからな。マリアんときは、怖くてびくびくだったな」


ちっちゃーい、ちっちゃーい!! アラネアは目をきらきらさせて、そっとその足をつっつく。


「あの・・・先ほど、手を洗いましたので・・・ほっぺをさわっても?」


と、恥ずかしそうに、ルーナが聞く。グラディオは笑って、どうぞ、とルーナの目の前に赤ん坊を差し出す。いいなー! とアラネアが騒いだので、ルーナは、そっとアラネアの手を取りつつ、一緒に、その頬に手を触れた。


うわああああ 柔らかい!! アラネアは顔を真っ赤にして喜ぶ。


お、オレも・・・ ノクトもおずおずとしてそのほほを指先で突っついた。それから、その小さな手に指を当てる・・・


「うわ・・・握ったぞ!」


鼻の下を伸ばして、赤ん坊の手に指を握られる。


「ばあか、ただの反射だ」


自分も先ほどまで同じことしていたのを棚に上げて、グラディオは鼻で笑った。


「あーちゃんもやる!」


「ほら、そっとな・・・」


ノクトはしぶしぶ場所を交代した。アラネアは、自分の人差し指を恐る恐る赤ん坊の手に近づけた。赤ん坊は、目を閉じたまま、ふにゃふにゃと口元を動かし、探るようなしぐさをして、アラネアの指を掴んだ。


「つかんだっ・・・」


アラネアが、精一杯小さな声に抑えながら、嬉しそうに声を上げる。


「わ、私も・・・」


と反対側に廻って、ルーナも、開いている赤子に手に、自分の指を押し当てた。赤ん坊は、律儀にルーナの指も掴んだ。ノクトは、じっと座って微笑んでいるのイグニスに気がついて、


「おい、イグニス。お前も、撫でさせてもらえよ」


と声をかけた。


「いや・・・オレは・・・」


遠慮がちにベンチに座っていたイグニスの元へ、イリスが近づいて、その手を取った。


「ほらほら、イグニスさんも。超かわいいんだから! 触ってみて」


グラディオも微笑みながら、赤ん坊をイグニスの方へ近づける。イグニスは、やや緊張した様子で、イリスの手に誘導されるまま、じっとしていた。その指先が、赤子の手に触れ、そして、イグニスの指を握った。


あ・・・ とイグニスは、驚いたが、しかし、身動きが取れずその場に固まった。


「こ、怖いな・・・」


「大丈夫。私、見てるからね」


と、イリスは、やさしくイグニスの手のひらを自分の両手で包み込んでいた。イグニスは、緊張した面持ちで・・・しかし、赤子がその指を握り締める度に、ほほが緩んでいくのが分かった。


「かわいいな・・・」


「あったりめぇよ。オレの子だからな」


「お猿さんみたいだなぁ」


アラネアは、覗き込みながら言う。


「生まれたばかりだからな。みんな、こんなもんだ」


「いや、お前に似たんだろ。猿よりはゴリラに近い」


ノクトは、遠慮なく言う。ノクティス・・・! ルーナは、睨んでその腕をつねる。あたたたっ・・・ ノクトは、腕をさすった。


「さあ・・・もう、騒がせると悪い。みんな、引き上げよう」


イグニスが一同を諭すように言った。まったく、そうでもなければ、ノクティス親子はいつまでも、赤子に張り付いていそうな勢いだ。


「そうだな・・・悪かったな急に」


ノクトは頭をかいて、グラディオにすまなそうな顔を向ける。


「いいさ。驚いたけどな・・・ま、オレも午後の会議までには戻るし」


はああ? とノクトは大げさに、首を振って見せて


「だめだ。今日から3日間、王都に入るな。これは命令だからな!」


と、急に腕組をして、偉そうに言い渡した。


「3日って・・・おい、だけど」


「問答無用。お前の代わりくらい、いくらでもいるんだよ。若くて優秀なやつが」


「なんだよ、それ・・・」


グラディオは反論しようとしたが、イグニスはグラディオの肩に手を触れて


「陛下のお達しだ。口答えするな」


と、笑った。


帰りの車中・・・ 後部座席に座ったノクト親子は、真ん中に座ったノクトに寄り添うようにしてみんなで寝息を立てていた。助手席に座っていたイグニスは、微笑んで、じっと後ろの気配を感じている。運転をしていた警護隊の若いメンバーは、ルームミラー越しに親子の姿を見て、ふふふ、と笑いを漏らしていた。


「よほど、かわいかったのでしょうねぇ・・・自分も見たかったなぁ。隊長のご長男」


「そのうち、頼みもしないのにお披露目にくるさ」


ぴろりんぴろりん・・・ 電子音が鳴った。”ロベルト・リドナーから電話です” と、スマホの人工音声が鳴り響く。警護隊の先輩格だ。


「イグニスだ・・・どうした?」


ーよかった。隊長に電話したんだがでなかったんで・・・ご出産だって聞いたけど


ふふ、と笑いながら


「そうなんだ。3日間留守になるから、その間はオレが代理を務める。で、何かあったか?」


ー今、どこですか?


「王宮に帰るところだ。あと1時間もすればつくだろう」


ーそうか・・・それなら良かった。いや、慌てることじゃないかもしれないが・・・夜番の連中が、見回りで...その、棺を見つけて・・・


「棺?」


イグニスは押し黙って、じっと話に聞き入った。


車は慌しく王宮の中庭に滑り込んだ。と、同時に、ノクトとイグニスが真っ先に車を降りて、ノクトはイグニスの手を引きながら、小走りに王宮の中へと入った。すぐに、ロベルトが出迎えた。イグニスは王宮に入れば、ノクトから手を離す。なれた王宮なら、音と感覚だけで後をついて来れるから不思議だ。


「地下だって?」


ノクトが、焦る気持ちを抑えながら聞く。


「ええ・・・半地下っていうんですかね。もともとは、倉庫に使っていた場所ですよ。入り口辺り、なぜか破砕されたブロックが塞がっていて、中が崩壊しているのかと思って立ち入り禁止にしていたんですけど」


ロベルトは先導しながら答える。3人は、王宮の裏手・・・バックヤードともいえる裏廊下に入って、階段を下りた。1フロアも降りないうちに、階段の脇に、倉庫の入り口が見えていた。普段は鋼鉄製の扉が締め切ってあるが、今は開いている・・・聞いたとおり、その手前に、天井でも崩れたようにコンクリートのブロック片が行き先を塞いでいた。


「ブロック片が、崩れ落ちたんでしょうね・・・見回りの時にちょうど中から音がして、それで、念のため、と思って入ってみたらしいです」


しん・・・ と閉ざされてくらい空間が広がっていた。奥の方にわずかな明かり取りの窓があり、辛うじて足元が見える。入り口を塞いでいたブロック片は、見回りに来ていた警護隊によって脇に避けられていた。確かに・・・外から見れば、内部が崩壊しているように見えるが、一歩足を踏み入れれば、その部屋が綺麗な状態でどこも損傷していないのがわかる。


誰かが、侵入者を防ぐために置いたのだろうか?


ノクトは、心臓が粗く波打つのを聞きながら、ゆっくりと進んだ。すぐに、がらんとした部屋の全体が見渡せた。何もない、壁と床だけの冷たい石の部屋に、棺が5つ並んでいるのが見えた。石でできた棺だ。真ん中の棺が一番大きく立派に見える。


「中央のやつです」


イグニスの手を引いて、ロベルトは、ゆっくりと後から続いていた。ノクトは頷いて、ひとり先に、中央の棺に近づく。棺は、すでに少しだけずらしてあった。警護隊で、検めたのだろう。ずれたその隙間から、そっと覗く。は・・・ と息が止まる。わずかな隙間から、ミイラ化した頭部が見えたが・・・その右こめかみに、細い金属が光るのが見えた。


ノクトは、棺の蓋に震える手をかけた。ぐっと、体重をかけて押す・・・その重厚な蓋は、鈍い音をたてながらゆっくりとずれた。小さな明かり窓のわずかな光の中に・・・静かに眠るその顔が浮かび上がった。頭から全身が、ガーゼのような薄い布に巻かれていたが、その輪郭がわかる。


「ノクト・・・どうだ? レギス様か?」


イグニスが、ようやくブロック片のあたりをよけて、ロベルトに手を引かれてそばにきた。


「・・・ああ」


ノクトは、小さく呟いて、じっと、棺を覗きこむ。そして、そっとその頬に触れた・・・。冷たく、硬くなったその体を感じた。干からびて一回り小さくなって、だけど、その表情は、10年前に変らず、苦しいほどに優しい。


は・・・ ノクトは、息を吐く。イグニスも、ノクトの脇に立って、見えもしないのに棺を覗きこむ。


「この隣は・・・恐らく、クライレス様かと」


ロベルトは、おずおずと言葉をかける。ノクトはじっとして、動かなかった。イグニスはノクトに代わって、体を起こした。


「すまない・・・連れて行ってくれ。お顔に触れてみる」


ロベルトは頷いて、イグニスの手を再び引き、隣の棺まで来た。棺の蓋をずらして、イグニスの手を、遺体の頬に触れさせる。イグニスは、躊躇わずに両手でその顔を撫でた。堀の深い目・・・こけた頬・・・とがった顎・・・やや、苦しそうに唇を噛み締めている。


「クライレス様だ・・・間違いない」


ロベルトはやはり・・・と、言葉を呑んで、深いため息をついた。


「グラディオには・・・出勤するまで黙っとけ」


ノクトはレギスの棺のそばから離れないまま、言った。


「急ぐ必要はないだろ・・・きっと、クライレスも今は孫のそばにいるさ」


イグニスは笑って、同意した。


「他のものたちの身元は?」


イグニスが聞いた。ロベルトは首を振って


「多分、和平協定の場にいた評議員たちだと思いますがね・・・全員ではないが。コル将軍なら見分けられるかもしれない」


と答えた。


「そうか・・・では、将軍にすぐに連絡を取ってくれ」


イグニスは手際よく指示をしたが、


「イグニス、ちょっと待ってくれ」


と、ノクトがそれを止めた。二人は、やや驚いて王の方を見た。王は、いまだ顔も上げずに、棺を覗き込んだままだ。


「昼まで・・・待ってくれないか。それまで、ひとりになりたい」


ノクトは静かに言った。


ロベルトは困ったような顔をイグニスに向けたが、イグニスは頷いた。


「わかった。昼になったら将軍に連絡を取る。それでいいな?」


「ああ・・・ありがとな」


それから、王は、まるでぷっつりと糸が切れたみたいに何も言わなくなった。イグニスは、ロベルトに頷いて見せて、そっと王をおいて、墓所を出た。


午前中は、落ち着かない時間をすごした。資料室に戻ったが・・・寝不足でぼおっとしながら、しかし、仮眠をしようにも寝付けず、しかたなく、音声で記録された王室法規の続きを聞く。目の見えないイグニスのために、この資料室の重要な記録は、半数が点字化され、半数が、補佐官に特例的につけられた秘書達によって音声化されていた。はじめは、この待遇に引け目を感じたイグニスだったが、しかし、思わぬ副産物をもたらした。ルシスの歴史や、基本的な法律が、ルシスの盲人向けの資料として、レスタルムの図書館にもそのコピーが配布されたのだ。図書館には、思いがけず多くの反響が寄せられた。闇の時代でなかなか光の当たらなかった声だ。ルシスにもそれなりの視覚障害の人々がいると、そんな当たり前のことに、気づかされた。それ以来、イグニスは、より気楽に資料の音声化や、点字翻訳を依頼するようになった。用意された資料は、特定の機密文書を除き、すべて、公共施設への配布を前提にされている。


王宮の中にに盲人がいることにも意味があるのだな・・・と、評議員の誰かが呟いたのを、イグニスも不思議な心持で聞いた。


遠慮がちにノックする音が聞こえて、敏感なイグニスはすぐに振り向く。


「お邪魔してもよいでしょうか・・・」


名乗らなくても分かる。ルナフレーナの声だ。


「もちろんです。陛下なら・・・まだ、地下倉庫の方へ」


「レギス様のおそばですね」


イグニスは、慇懃に頭を下げた。レギス陛下の最後に、その傍にいたというルナフレーナも、心が高ぶっているのが分かった。


「ご案内しましょうか?」


「いえ・・・」


ルナフレーナは首を振った。


「今は・・・お二人の時間を邪魔しないほうがいいでしょう。私は、後でお会いいたします」


その声は、実の父を慕うようでもあった。


「昼には、コル将軍にもご報告する予定です」


「わかりました・・・それまで、私もここに」


ルナフレーナは、今にもノクティスの傍に行きたいのを耐えているように、落ち着きがない。しばらく、資料室を行ったり来たりしたあと、あいていた席へ腰を下ろしたようだ。イグニスは、少しの間、王妃を気遣ったが・・・しかし、やがてまた、自分の遣るべき仕事へと向き合った。王妃は、静かに佇んだまま、イグニスの邪魔をしなかった。何かの文献を読んでいるのか・・・ただ、佇んでいるのか。イグニスには判別がつかない。しかし、時折揺れ動く感情が、空気を通じて肌に伝わってくるようだった。


ばん! ・・・ と二人の静寂を破って扉が開く。イグニスも・・・そして恐らくルナフレーナも、驚いて扉の方へ顔を向ける。やや、顔色の悪いノクトが、資料室にずかずかと入ってきて、まずはじめに、不安そうにしていたルナフレーナの元によって、その体を抱きしめていた。


「悪い・・・心配したか」


「いいえ。ただ、陛下も寝不足でしょうし、お体を心配して」


「大したことはない」


ノクトはもう、可笑しそうに、ふふふ、と笑っていた。その声を聞いて、イグニスも安堵をした。


「イグニス」


と声をかけられて顔を上げる。


「葬儀をやりたい・・・親父だけでなくてな。見付かった遺体と・・・10年前の王都陥落の際の犠牲者を弔いたいんだ。なるべく、金と時間をかけずに・・・できるか?」


イグニスは、ふっと笑って、


「わかった。案を考えよう」


「助かるよ・・・戴冠式と婚礼は、その後がいいだろう。ちょうど、ルーナも安定期に入るしな」


と、ノクトは続けた。イグニスは、はっとしてノクトの方に目を向ける。音も、何も聞こえないのに、離れたその先にいるノクトが、笑っているのがはっきりと分かった。




「いったい誰が・・・」


コルは、やや、困惑しているように見える。5つの棺は、どれも丁重にレギスとその臣下の遺体を収めていた。


「王都の陥落後、王宮は厳重に封鎖されていたと聞く。ルシス側の人間は立ち入れなかったはずだ」


「・・・"彼”の可能性は?」


イグニスは、静かに問うた。コルは、にわかに信じられない、というように深く息を吐いて唸ったが、ノクトはすぐに、


「アーデンである可能性は、あるかもな・・・しかし、オヤジとクレイラスだけならまだしも、あと3名の遺体を考えると、微妙だな。王宮にゆかりのある者、と思ったほうが自然だろう」


と答える。ルーナは、3人の話し合う脇で、ただ、そっとレギスの棺に寄り添ってその頬に手を触れていた。何かを語りかけているように穏かな表情だった。


「あとの3人は、おわかりになりますか?」


ロベルトは、棺の蓋をずらしながら、将軍に尋ねる。コルは、順に一つずつ中をのぞいた。


「わかる・・・評議員のメンバーだ。エライネ女史に、ピュニュイ博士・・・それと、おそらく・・・ラモン司祭だ。あの協定の場にいた方たちだ」


「ああ、思い出した。そうだ。顔と名前がなかなか一致しなかったんだが・・・」


とノクトも将軍の隣で棺を覗き込んで同意する。それから二人はまた、中央の棺に歩み寄った。ノクトはルナフレーナに寄り添うように右手に周り、コルはその反対側から棺を覗き込む・・・コルは、目を瞑り、しばらく胸に手を合てて敬礼していた。そして・・・数分の黙祷の後に、ノクトの方を向いた。


「ノクト・・・王冠を頂戴しろ」


あ・・・ と、一瞬戸惑いがあったが、ノクトは頷いてみせた。そっと父の額に手を伸ばす・・・右こめかみの鋭く伸びている細い白金の冠に、手を添える。長らく装着されていた王冠は、その皮膚に張り付いているように抵抗があったが・・・やがて、ぽっ と遺体の頭部から離れた。ノクトは父の遺体を傷つけないように慎重に、王冠を持ち上げた・・・王冠は、10年の闇の時代を経て、今もなお白く輝いていた。


ノクトが棺の上で掲げるように王冠を見せると、コル将軍は頭を下げた。ロベルトが、期待の眼差しで、ノクトの手元を見ていたが、ノクトは首を振り、


「これを身に着けるのは戴冠式をまとう・・・それまでは、保管を頼む」


と言って、イグニスに王冠を受け渡した。イグニスは手探りで王冠を受け取りつつ、やはり、敬うように頭上にちょっと王冠を掲げていた。


ー葬送の日、10年前の悲劇を憂うように朝からどんよりと空を雲が覆っていた。ルシス全土が静まって、それぞれの都市で反旗が掲げられた。やがて静かに雨が降り出し・・・反旗を濡らす。雨の中、王宮の中庭に5台の黒塗りの霊柩車と、そのあとに数台の黒い車両がならんだ。ノクトは先導する車にルーナとアラネアと共に乗り込んだ。王都北東にある、王の墓所へと車は進む。墓所の破壊はさほどでもなかったが、そこまでの車道を整備するのに、この数週間大変な苦労をしたと聞いている。王宮の傍を抜けると、まだまだ、破壊されたままの街並みが延々と続いている。短期間で車道を開通するため、せいぜいが瓦礫を避けて、よほどの陥没があるところに、簡易的に土や砂利を埋め込んで凌いでいた。車は、度々、がたがたと揺れた。助手席にいたイグニスは、揺れを予測できないので、ダッシュボードに手を突いてやり過ごしている。


「イグニス、後ろに座ったらどうだ。ちょっと狭いが、こちらのほうが凌ぎやすい」


見かねてノクトが声を駆けたが、


「いや、大丈夫だ。気にするな。オフロードでの乗車は案外なれている」


と、ちょっと振り返って笑ってみせる。


ノクトはルーナの手を握りながら、雨の廃墟を寂しそうに眺めた。王都の中心から外れれば、町の破壊は目立たなくなった。しかし、無人となった家々がむなしく立ち並んでいるのは、やはり寂しかった。グラディオが口をすっぱくして、インフラの復旧をノクトに迫るのも分かる気がする。ここへ帰還する意思のある市民はどれほどいるだろうか・・・目だって破壊されていないにしても、10年の間放棄された地域に帰還するのは容易ではないだろう。


「誰もいないなぁ」


アラネアも、外を見ながら寂しそうに呟く。


やがて田舎道に入った。道の状態はずっとよい・・・この先は、王都の中でも森と、畑と、そして王家の墓所となる広い王立公園があるだけののどかな地域だ。美しかったその風景は、今は、闇の時代のおどろおどろしい植物に取って代わられていたが、ちょうど植生が入れ替わる時期に来ているのだろう・・・ 黒々とした木々が傾いて枯れはじめ、その下草から、勢いよく若い木が伸び始めている。1,2年もすれば、この奇怪な植物はすべて駆逐されて、昔のような青々とした木々に置き換わるはずだ。


車道の脇に、傘も差さずに立ち並び敬礼する警護隊の姿見えてきて、王立公園に近づいたことが分かった。敷地に入って、警護隊の車両や、他の参列者の車両が並んでいるのが見えた。先行して、評議員たちは、レギスのために開かれた墓所の入り口で待ち受けているはずだ。そこまでの道の両脇を警護隊員が並んで固めている。車が止まって、近くにいた隊員がさっと、ドアを開け、一行に傘を差し出した。


「オレはいい。二人に差してやってくれ」


ノクトはそういいつけて、自分は小雨の中をそのまま歩き出す。前の車両から、父の棺が担ぎ出されているのが見えた。すぐにその傍によって、先導するように、前を歩く。石の棺は余程重く、一つの棺に、隊の中でも屈強な男達が8人も選ばれて担ぎ出した。棺を変えるか、台車で運ぶことを提案したのだが、もとより、王家の棺は石造りが通例だったので、グラディオが、警護隊でそのまま担ぐと言って押し通した。彼は・・・レギスの棺に続いて、自分の父の棺をその先頭で担いでいる。


そこから墓所の入り口までは緩やかなのぼりだ。ノクトがゆっくりと先頭を歩く。道の両脇に控えた警護隊たちは、神妙な表情をして敬礼をしている。ルナフレーナとアラネアは、二人で一つの黒い傘を差しながら、レギスの棺の後ろに続いた。その後を、クレイラスの棺、そして、3人の臣下の棺が続き、イグニスが、警護隊のメンバーの肩に手を置きながら、最後尾についていた。


上った先の開かれた場所に、参列者の黒い傘の群れが見えてきた。先頭で一行を待ち受けていたコル将軍は、やはり傘を差していなかった。レギスの棺が到達すると、深々と頭を下げて礼をする。評議員たちも、みな、祈りを示すようにしめやかに、俯いて目を瞑っていた。


棺は、開けた場所にレギスを中心として、並ぶ。臣下の者達の4つの棺は、一度、その場に静かに下ろされた。レギスの棺だけが、そのまま、ノクトとコル将軍を先頭にして、墓所の入り口へと向かう。石造りの墓所は、綺麗に磨かれて、普段、公園のモニュメントとして市民が憩うのに相応しく、どこか楽園を思わせる明るいデザインをしていた。しかし、その暗い入り口がぽっかりと開いているのを見ると、死者の世界へと続く、重々しさを感じる。ノクトは、松明で灯された墓所の中へと足を踏み入れた・・・先導して案内を務める墓守が、慇懃に礼をした。墓守も松明を手にしていた。


「陛下・・・足元にお気をつけください」


墓所の中は、緩やかに下る階段が続いていた。母が亡くなった時に足を踏み入れているはずだが、あまりに幼く記憶がなかった。墓守に続いて、静かに階段を下りた。壁には、歴代の王を見守るように、女神や天使や、神獣達の姿が彫りこまれている。


一同は、ゆっくりと墓を下り、広い空間へと出た。正面に祭壇があり、その横に、また、小さな入り口が見えた。


「この先が・・・第108代からの王の眠るお部屋にございます」


王と、棺を担ぐものたちだけが中に入った。ただ広い空間に、ずらっと、王の石棺が並んでいた・・・いかにも、重々しい空気が流れていて、ノクトは緊張を覚えた。第108代が作らせたのだろう・・・その壁、天井に、壁画が描かれている。空気に触れずにいたせいか、今も色鮮やかに、ルシス王国の成り立ちを物語っている。ノクトは圧倒するように壁画に見入った。その長い歴史を受けついて出来た者達がここに眠っている・・・ 静かに、新しい石棺が下ろされて、7つの石棺が並んだ。あの隣に、オレも眠るのか。


「王妃の棺はここではないのか?」


「はい・・・王妃様のお部屋は別にございます。陛下のお母様もそちらに」


別々の部屋かぁ。死後のこととはいえ、寂しいな、と思いながら、ため息をつく。石棺を下ろし終えた8人の屈強な男たちは、ようやく、緊張と、文字通りの重責から解放されて、少し安堵した様子を見せた。それから、それぞれが遠慮がちに壁画に見入っていたが、


「さあ、そちらの祭壇での儀式がございますので・・・」


と墓守に促されて、ノクトを先頭として、一つ手前の部屋まで戻った。墓守は、どういう仕組みなのか、長い金属の棒を器用に使って、王の部屋の入り口の、石でできた重い引き戸を閉めた。ごごごごご・・・ ずどん。 何人の侵入も許さないように、その扉は硬く閉じられた。


司祭が祭壇の前に立ち、一行を待っていた。ルナフレーナが、アラネアと手を繋ぎ、コル将軍とともに、参列者の最前列に佇んでいる。イグニスとグラディオ、それに、古くからの王のゆかりの者達数名がその後に続いていた。狭い儀式の間は、やや、人の数が多くて息が苦しく感じた。


ノクトは、あらかじめ打ち合わせたとおり、司祭の隣で、祭壇に向き合うようにして跪いた。手を胸にあて、俯いて目を瞑る。司祭は、黙って頷き・・・手にしていた杓を掲げて、祈祷を始める。ルシスの古い言葉・・・ いくつかの単語であれば、ノクトにも聞き取れた。光、闇、そして...星。星の神々に願う。王がその星のひとつとなり、未来永劫にこの地を見守りたもう・・・


しゃらんしゃらん


杓についた小さな鈴が、死者を見送るように鳴り響いた・・・ 静かだな、とノクトは思う。光耀の指輪を嵌めていた時は、どこにいても歴代の王の気配を感じて落ち着かなかったものだが、この墓は静まりかえっている。六神だけでなく、王達の御霊もようやく眠りについたのだろう。


司祭が祈祷を終えたのか・・・ふと言葉を止めて、深く息を吐くのが聞こえた。しかし、また、気を取り直したように杓を掲げて、祈りを再開していた。もはや、ノクトには聞き取れない古い言葉が続く・・・あとでイグニスにでも聞いてみるか。やつになら理解できたかもしれない。


最後に、高く杓が掲げられ、そして、深々と頭を下げる・・・祈祷は終わった。


入り口が狭いので、参列の後ろの方から、ぞろぞろと順に外へ出て行く。ノクトは、祭壇の前で、司祭と参列者がでていくのを眺めながら、そっと声を駆けた。


「最後の方・・・何かあったか?」


司祭は、恥ずかしそうに、そっと首を振り・・・


「光耀の指輪を受け継ぐくだりがあるのです・・・失礼いたしました。言葉を変えてお祈り申し上げるはずが」


「いや・・・いいんだ。不勉強で言葉のすべては理解できなかった。でも、いい祈りだったと思う」


司祭は、恐縮してまた、頭を下げる。そして・・・また、何か思うように深いため息をついた。ノクトが不思議そうにその顔を覗くと、何かを躊躇うように、ちょっと目をそらした。しかし・・・あからさまな態度に気がついて恥じるように、もう一度ノクトの方を向いた。


「度々失礼を・・・先代の葬送のことを思い出しましたので」


「祖父の?」


「ええ、そうです。私は当時の司祭の補佐として傍に控えておりました。光耀の指輪のくだりになりますと・・・次期王は、司祭より指輪を受け取り、その指に嵌めます。次期王がその資格を認められますと、指輪が仄かに光ります。歴代の御霊が光ってこの部屋を舞い・・・まるで吸い込まれるように指輪に宿るのです。その光が見えるのは、ルシス王家の血筋と、司祭のうちの一部の人間だそうです」


「貴方には見えたんだな?」


「ええ。しかし、此度は・・・」


と、司祭は寂しげに微笑んだ。


「いえ・・・きっと、父君の御霊はすでにこの地から解放され、星におなりなのでしょう」


「そうだな」


ノクトも微笑んだ。


参列者がようやく出払って、その最後尾につく形になりながら、ノクトは司祭と連れ立って外へ出た。空は少し明るくなっていて、雨は弱くなっていた。もうすぐ、止みそうだ。外で待ち受けていた参列者たちの多くは、傘を畳んでしまっている。


王の葬送がすめば、臣下たちの葬送だ。特にルシス王家に忠誠が強く、王国に貢献した英霊は、王家の墓のすぐ傍の墓所に納められることになっている。警護隊の隊員たちが、また、重い石の棺を担ぎ上げているのが見えた。


4つの棺を見て・・・ノクトは胸を痛める。本当は、数百、数千という者たちが、同じように埋葬されるべきなのであろう。生死の分からないまま、遺体も見付からぬ英雄達も多い・・・評議会では、王都陥落の日に合せて、毎年、慰霊の行事をやると決めた。ノクトが帰国してから、全会一致で採択された、数少ない議題のひとつであった。

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