Chapter 24.12-まつりの後-

ちょっと、そろそろ起きてくれる?


不機嫌な声が聞こえて、リカルドは薄っすらと目を開けた。痛々しい青アザが目や頬にくっきり残っているが、かえって、潰れた片目の凄みが緩和されているから不思議だ。


「なんだよ…まだ、早いだろ…」


声の主を確かめもせずに、ゴロンとうつ伏せになる。


「早くない!もう、14時!!」


オウリンは、トランクス一枚で眠っているリカルドに頓着もせず、毛布を引き剥がしにかかった。古傷だらけの、屈強な背中が露わになる。


…たく、少しは男としてみろよ。襲ってやろうか


と、リカルドはあきれながら、しかし、体を起こす素振りを見せない。ハンターの女になんぞに手を出したら…考えただけでもゾッとする。あいつらは、触れない方がいい生き物だ。クワバラクワバラ。


バシっ! と、オウリンはその背中を容赦なく叩いた。


「ちょっと! もう直ぐ、会議の参加者がぞくぞくと戻ってくるのよ?! 風船の片付けも終わってないんだから!」


リカルドは舌打ちして、


「風船なんて、割れたやつから少しずつ回収すりゃいいだろ。ガキどもが楽しそうに遊んでんだから…」


「発着場所近辺は回収して欲しいって、ボンガロの一行から言われてる。機体が古いからエンジンに巻き込むと厄介なんですって!」


くううう〜… リカルドは往生際の悪い呻き声を発しながら、身を丸くした。


「ボンガロの連中が自分で回収すりゃいいんだよ… 」


「 少将は帰還を急いでる。戻り次第、離陸したいそうよ、ほら!」


バシ! ダメ押しに尻を叩く。お前は俺のおかんかよ! リカルドはムッとしてオウリンを振り返ったが、本人は気に留めた様子もなく、リカルドが目覚めたと見て、もう、部屋を出て行くところだった。その後ろ姿、引き締まった腰や尻を見て、少しばかりムラムラとしたが、いやいやと首を振り、外見は女だが中は鬼だ、と心のうちで呟く。


オウリンが出て行って、部屋の戸が閉まってから、リカルドはようやくベッドから体を起こした。


あいつの尻に欲情するなんて、どうかしてる。しっかし、久しく女を抱いてねぇな…とため息をつき、あまりに久しくて果たして抱き方を覚えているだろうかと、訝しんだ。


ケルカノにいたら、女なんて抱けやしない。どこへ行っても、目立ちすぎる…


リカルドの脳裏に、若かりし頃の情景が、思い出されていた。ケルカノの難民キャンプで、ヴォーグの下で働き始めた頃…もう8年も前だ。ケルカノに入ってすぐに、難民の女たちがリカルドに群がった。まだ、右目も潰れておらず、貴族の血が入った綺麗な横顔をしていた。17で女の味を覚えてから、女に困ったことはないが、ケルカノに着てからは、あっちでもこっちでも、難民の女たちが色目をよこした。美しくも屈強なこの男は、女たちに求められるまま、次から次へとその体を抱いた。深い関係を求める女はいなかったし、彼女らは長い鬱屈とした避難生活の吐き出し口が欲しいのだろうと、リカルドはその程度に思っていた。


しかし、すぐにヴォーグに呼び出され、ケルカノから内地への配置換えを、言い渡される…納得のいかないリカルドに、ヴォーグは言った。


「…女性たちが好意からお前に抱かれるなどと、奢るんじゃない。女性たちは生き残るために、お前に体を売りに来てるんだ」


あの時の、がん と、頭をつく衝撃… 一夜の関係と引き換えに、何かを渡していたわけではないが、しかし…逢引でみる女たちの表情と、キャンプの中で佇む絶望的な姿とは、まるで違う。ヴォーグに言われて、その表情が媚びを売っていたことは、すぐに思い当たった。


ほとぼりが冷めるまでケルカノに入るな、と言われ、内地へ拠点を移した。ケルカノへは、短時間立ち寄ることはあっても、長居することはなかった。その後、より危険な、アコルドの外周地域へ活動拠点を移す。右目を失ったのは、アコルド辺境の小さな集落まで遠征した時だ…村人たちの避難の最中だった。仲間数人と、どでかいシガイに、囲まれた。ケルカノから応援が駆けつけるまでに1人が死に、1人が腕を失った。リカルドはガツン! と今までに受けたことのない強い衝撃を額に食らって、意識を失った。


あの時…不思議なことに、朦朧と消えかけていく意識の中で、難民キャンプで抱いた女たちの姿が、次から次へと浮かんだ。あのうちのひとりくらいは自分のために泣いてくれるだろうか… そんなことを思いながら、ヒシヒシと迫る死を感じていた。


目が覚めたとき、そこはケルカノの医療用テントだった。あちこちで呻き声が聞こえて、地獄にでも落ちたのだろうかと思った。看護士がリカルドが薄目を開けていることに気がつき、顔を覗き込んできて、どうやらまだ、生きているとわかった。体は全身包帯だらけで固定されており、もう、この後、真っ当に動けるものだかわからない。ただ放心して、医者の話もよく覚えていない。


思い出される医者の言葉は・・・右目の視力はもう戻らないだろう...その顔の傷を綺麗にするには、アコルドの中央病院の整形外科へかからない…リカルドは、ただ首を振って、顔なんかどうでもいいと言った。


数日で体の包帯が次々と解かれていく…見た目の割には、体は動きそうだとわかり、ほっとする。いよいよ顔の包帯を外した時、手鏡で醜く潰れたその右目を見た。へへへ… リカルドは笑った。看護士は不気味そうに、その様子を見ていたが、なに、リカルドは実際、悪くないと思ったのだ。ちょうど見舞いに来ていたヴォーグも、にやっと笑いながら、いい顔になったな、と、リカルドの頭を小突いた。


ケルカノに活動拠点が戻ったのは、その後だ。顔がちょうどよくつぶれて、女から相手にされないだろうとヴォーグが読んだのかもしれない。実際、ほとんど女から声がかからなくなった。その代わり、間もなく、怖いもの知らずの軍曹と言われるようになる。軍にいたのなんて、わずか数年の間・・・実際にはいち階級も上がらなかったのに。そう思うと、リカルドは怖がる連中が可笑しかった。ヴォーグがハンター協会の理事に収まって、内地に戻ることになった4年前、突如としてケルカノの責任者に押し付けられた。当時は、ヴォーグの決定した度肝を抜く人事に、騒然となったものだ・・・


いつの間にか、ケルカノの顔みたいになっちまったなぁ… リカルドは、苦笑して頭をかいた。


無造作に脱ぎ捨てたズボンを拾い上げる。会議を立派に乗り切っただろうが…あいつは、もうちょっと俺を労ってもいいはずだ、と、オウリンの後姿を思い出す。試しに口説いてみるか…最近、男と別れたばかりだし、意外と一発くらいヤらせてくれるかもしれない。


…と、妄想を繰り広げながら、伸びきったTシャツをかぶる。そして、オウリンと寝た後のことを想像して…思わず、ゾッとした。背筋に悪寒が走って、身ぶるいする。やっぱり、手を触れるもんじゃない…クワバラクワバラ。


ノロノロと、本部裏手の個室をでて、揚陸艇の停泊している荒野を向く。ウソだろ… 風船の散乱具合は、思った以上だ。広範囲にわたり、かなりの数の風船が漂っていた。キャンプで飛ばした奴が、みんなこっちに流されて来たらしい。昨日見たときはここまでじゃなかったんだが…風向きが変わったのか?


風船を追いかけて、数人のハンターが右往左往していた。パン! パン! と捕まえては片端から割るのだが、範囲が広い割に、時折風に吹かれて飛ばされるので、回収は容易ではない。


誰だよ、風船なんて言い始めたのは!


リカルドは悪態をつきながら、とりあえず手近な風船を捕まえにふらふらと、その後を追った。ガンビア闘技場再開のオープニングセレモニーで余った風船を、こっそり仕入れて来たのは誰だったか…しかし、自分が真っ先にこの案に飛びついて、どうせなら、窒素ガス入れて飛ばそうぜと、言ったのだ。


くそ…


パン! ブーツの踵で踏みつけて割る。


「おら! 手ェ空いてるやつ、みんな手伝え!!」


リカルドは、本部の建物の方に怒鳴りながら、風に吹かれた風船を追いかけていった。


その数時間後・・・ ハルマは、連盟の一団と一緒になってケルカノに入っていた。昨日、カメリア元首相の計らいで、連盟だけでの会談の時間も持つことが出来た。おかげで、当面のニフルハイムの統治について、見通しができ、一同はほっと安堵した様子だ。カメリアの動向は、ハンター協会からも聞かされておらず、彼女の登場は連盟にとっては予想外だった。思いがけず、マルコ政権が打倒されたが・・・そうでなければ、かなり危険な状況だったろう。さすがのトルドーも、後半にかけては、無事にボンガロに帰還できるかと、危ぶんだほどだ。緊張高まっていたケルカノでは、各団の揚陸艇が緊急発進の用意をして待機していたのだろう。


ハルマは、ケルカノの煙たい空気を感じながら、アコルドの国境まで来たとう安堵感にほっとため息をつく。送迎の車から、合同本部の正面に降り立った。ありゃ・・・降り立ってすぐ、騒がしいのに気がつく。揚陸艇の発着場周辺が、緑の風船で溢れている・・・それを追いかけるハンターや、アラネア隊や、ボンガロの隊員まで走り回っている。


「トルドー少将、申し訳ありません」


と、和平会議対策室のオウリンが、本部の建物から飛び足してきて、前の車両から降りてきたトルドーに話しかけていた。


「まだ、風船の回収が終わっておらず・・・離陸できるようになるまで、あと1時間ほどお時間をいただけますか」


トルドーは、呆れたように風船に溢れた土地を眺めた。ハルマも、その隣まで寄ってきて、一緒になってあたりを見渡す。


おら、お前ら、さっさと動けよ!! いらいらしたリカルドの怒鳴り声が聞こえた・・・トルドーは、疲れたようなため息をついて


「わかった・・・こっちも手伝おう」


と言うと、さっと顎で指示を出した。そばに控えていたボンガロの兵たちが、真面目な顔で駆け出して、風船の回収に向かう。


「オレも手伝おう・・・」


ハルマは苦笑して、自分も行こうとする。


「そこそこにしとけ。どうせ、この後数日も忙しくなる」


トルドーは、首を振って、自分はもう手を出さないという意思表示に、車のボンネットに寄りかかった。ハルマは、笑いながら、のんびりと墓地の方へ歩き出した。墓地の周辺にも風船がいくつか転がっているのが見える。墓地を見ると・・・墓標のいくつかに風船が括り付けれられているのが見えた。風に一斉に揺れて、提灯のようである。あれ・・・と思って、赤ん坊の墓に近づく。そこに母親の姿はなかったが、緑の風船が二つほどくくりつけられて、楽しげに揺れていた。


こどもは風船が好きだもんなぁ・・・ ハルマは墓地の前にしばし佇んで、揺れる風船を眺める。盛り土の周りは、また、飾りが増えていた。ハルマが先日置いていったカフスボタンの周りは、まるでカフスボタンを歓迎するように小さなキラキラした小石が周りを囲って、花のような模様を作っていた。喜んでくれたらしいな、と、ハルマは微笑んだ。今日も何か置いていけないか・・・と、身の回りを見たが、それらしいものがない。その時、ふと、小指に嵌められた古い指輪に目を留めた。鈍いあめ色をしたメノウが、古い金地の台にはまっている。たいして光りもしないが、と、ハルマは指輪をはずそうとした。元服してからずっと嵌めていた指輪は、すっかり歪んで、なかなか抜けない・・・かなりの力を入れて、ねじ回すようにして、ようやく抜けた。指輪の跡が日焼けでくっきりと白く残っていた。


指輪の裏側を見る・・・ ユスパウの紋章が掘り込まれている。古い年月でぼけてしまったが、辛うじてコヨーテの輪郭がわかる。


お前は、まったく貴族らしくない・・・少しは身なりを整えろ!


あの頃、父が口うるさく言ったのを思い出す。元服の際、長々と聞かされた口上のよると、これは、ユスパウで代々伝わる年代物の指輪なのだ。貴族らしくみえないハルマが、身の証をたてるため、常に身に着けてるよう言い渡された。はっきり言って、いやだったが、父が煩いので仕方なく身に着けるうち、すっかり習慣となっていた。


もう、この指輪で身の証を立てる必要はなさそうだな


ハルマはじっと指輪を見る。どうかしている・・・と思いながら、首を振る。


まあ、いいじゃないか・・・ そして、その指輪を、先にカフスボタンを埋めた辺りの近くに、そっと埋めた。瑪瑙の色は鈍くて、こうして土に台まで埋めてしまえば、貴金属のようには見えない。


ハルマはそっと、目を閉じて祈りを捧げると、ゆっくりと立ち上がって、墓地を離れた。遠くの方では、まだ、わあわあ とハンター達が騒がしくしながら風船を追い掛け回していた。思わず苦笑して、数十m先に漂っていた緑色の風船を目指して、ハルマも駆け出した。


その頃、オルティシエの旧官邸では、ノクトが警備員に誘導されて廊下を歩いていた。平服でいい、と言ったのに、イグニスは許さず、結局、黒いスーツを着せられた。和平会議で着せられた重たい衣装でなくてよかったが…着る服一つ側近に口を出されるのかと、ため息が出る。この会見は非公式だから、なるべくノクトだけで、と言われて警護隊の若者1人だけを連れて中へ入ったが、首相の部屋の前までくると、何も言われないうちから、さっと廊下の隅に控える。…よく教育されているわ、と、ノクトは感心して、自分はリラックスした様子で、首相の部屋へ入った。


「よかったわ、出発前にお会いてきて」


あの、大きなマホガニーの机の前に、カメリアは10年前と変わらない凜とした様子で待っていた。10年近く閉められていたこの官邸は、本格的に使用を再開する前で、まだ、部屋の本棚やソファに、埃除けのビニルがかかったままになっている。それでも、ノクトは、10年前に訪れたこの場所を、懐かしそうに眺めた。


「部屋がこんな有様で、申し訳ないけど」


「いや、いいさ。しかし、ビエントスに建てられた官邸の方が、新しくて立派なんだろ」


「あっちは、大掛かりな家宅捜査中でね。マルコが無駄に大きく改築して維持費もかなりかかるから、首相に帰り咲いたら払い下げるつもり」


カメリアは、自信のある様子で笑って、懐かしむように机を撫でている。


「ふふ…もう、すでに首相って顔をしてるぜ」


「さあね。選挙は水物よ。蓋を開けなければわからないわ。一応、他にも立候補の意思を見せてる人はいるのよ。でも…誰にせよ、しばらくは、手伝うことになるでしょうね」


と言いつつ、ちっとも負ける気がしていないと、その顔に出ている。和平会議中に、あれだけ空を染めた緑の風船。それに、ハンター協会や、主要な政治団体の推薦とあれば、カメリアの当選は明らかに見えた。


和平会議の初日は、現首相と貴族院の逮捕という、劇的なシーンで幕を閉じた。参加者は、カメリアの要請でオルティシエ内で足止めをくらいながら、数日の間、アコルドの警察や、軍隊や、官公庁が揺れ動くのを見守った。3日目にして、かろうじて、簡易的な和平会議が再開され、議題の多くは次回持ち越しとなりつつも、和平会議を今後継続していくこと、武力に寄らない対話を根気よく続けること、武力に寄る支配を一切認めないことなどを全会一致で採択した。またも、イグニスが用意した膨大な資料は無駄になったが、本人は意に介していない。それどころか・・・かなり満足した様子だ。


「出発前の忙しい時に、悪いわね。忘れないうちに、先に礼を言っておくわ」


と、カメリアは、まっすぐにノクトの前に立ち、握手を求めて右手を差し出す。ノクトを…一国の主として、認めてのことだ。


ノクトは、10年前のお粗末な会談を思い出し、照れ笑いを浮かべながら、その手を握った。カメリアは、強く握り返した。


「本当にありがとう。貴方が、私の胸にもう一度、火を灯したの」


え、とノクトは驚いてカメリアの顔を見た。ふふん・・カメリアは意味深に笑った。


「まさか、生きているうちにまた太陽を拝めるとも思わなかった。ほんとはね…マルコ政権がどんどん暴走をはじめたのを見ていて、ざま見ろ、て思ってたのよ。アコルドはどんどん混乱していくでしょう…でも、この私を引きずり下ろして、まんまとマルコの口車に乗ったアコルド国民など、知ったことかと、ね。アコルド政府がしぶしぶ支給してくれる年金で、高みの見物をして、静かな老後をを送るつもりでいたわ」


カメリアがニヤっと、悪どい顔をして見せたので、ノクトは呆気に取られる。


「ふふふ。可笑しい? 首相として13年も働いたわ。あの、闇が訪れたときも・・・十分とはいえなかったけど、出来る限りの手は打った・・・自分では、国にかなり貢献したと思ってたのよ。それが、あの仕打ち。マルコが人々の心理をうまく利用し立っていうのは、頭ではわかっていたけどね・・・」


それから、物思いにふけるように、そっと窓から外へ視線を向けた。首相官邸の前の通りは・・・まだ、閑散としているが、復興に向けて動き出した人々が行き交っている。


「恥ずかしいけど腐りきってた・・・自分がやってきたことが虚しくてね。だけど…太陽が昇ったでしょう。途端に貴方のことを思い出した。私は闘うことを早々に放棄したけど、貴方はまだ闘っていたんだって気がついてわ。…神凪のことも思い出した。若い2人が命を捧げて、この世があるんだと思ったら、今の自分が本当に情けなくなった。そこに、ひょっこりと貴方が姿を現わすんだもの…」


カメリアは、こみ上げるものがあったのか、目を潤ませていた。


「火がついたのよ、本当に。言葉の通り。貴方の目が、ギラギラ生きているのを、見てしまった。私も死んだふりをやめなくては、と、ね。貴方に協力するのは、かなりのリスクだったけど、迷わなかった。今、思えば、あの時に舵を切ったのね」


ノクトは、自分もじんわりと目頭が熱くなるのを感じて、静かに微笑んでいた。あの時、人が変ったように老け込んで、一回りも二回りも縮んだように見えた老婆は・・・もう、ここにはいない。まるで年齢を感じさせない、凛と背筋を伸ばした姿は、見るからに頼もしい。


「こちらも礼を言うのを忘れるところだった。あなたが繋いでくれたおかげで、道ができたんだ…ルーナまで辿り着けたのは、あなたのおかげだ。ありがとな」


カメリアは首を振ったが、その顔は嬉しそうだった。


「昨日は、フラン地区へ行ったそうね?」


「ああ・・・その後、クラムが船を出してくれて、遺跡まで行ってきた。あんたが口をきいてくれたんだろ? そういえば、あいつを秘書官に起用するらしいな? 信用できるのか?」


カメリアは笑って


「そう、ご心配のように・・・彼はしたたかな男よ。あなたとは違ってね。でも、バカじゃないし、そこまで欲深くもない。分かってると思うけど・・・マルコ政権の内部告白者は、彼よ。まあ、冷静に、どちらにつくのが得か、見極めたってところね。私が扱えない人間じゃないわ」


と、カメリアは、自信をのぞかせる。ふーん、とノクトは感心した。オレには全く無理な人種だな・・・ 


「貴方はこれまでずっと正攻法で通してきたわね。ある意味、尊敬しているのよ。政治をすればみな、妥協に塗れる・・・時には、バカみたいに頑固になって筋を通すのも、一つのあり方。押し通すには勇気もいるし、力もいるの。たいしたもんよ」


「いや・・・」


とノクトは頭を搔いて


「その点はこれから、勉強させてもらうわ。今回の和平会議も及第点といえるかどうか…帰国したら、散々説教される覚悟はしてる」


「スキエンティア補佐官ね。彼・・・優秀ね」


「頼り切ってるさ」


「そう? 今回の和平会議・・・貴方の独断で進めていたように見えるけど。なかなかのパフォーマンスだったわ。型破りの、ね。でも、世界はこれから変ろうとしている。これまでの常識を手放すことにはなるわ・・・そういった意味では、貴方はもしかすると、世の中の先を行っているかもね」


はあ? とノクトは信じられないという顔をしていた。カメリアは笑って


「仮定の話よ」


と添える。だよな・・・ ノクトは恥ずかしそうに笑う。


「これから帰国して、お国の方も大変でしょうけど・・・来週の選挙で見事返り咲いたら、今度こそ、きちんとした和平会議の場を用意するわ。遅くとも・・・半年以内にね。その時は、協力をよろしく頼むわね」


「わかったよ」


ノクトは苦笑した。結局、働かせるつもりで呼び出したらしいな、と気がついて・・・


ホテルまでの帰りの車の中で、ノクトは外の景色を眺めながら、佇む・・・ルシス代表団は、明日の朝に、ケルカノに向かってホテルを出て、そのまま、アラネア隊の揚陸艇2号機、3号機で帰国することになっていた。いよいよ帰国か・・・ とても不思議な感じがする。


ノクトはうつらうつらとしながら、昨日訪れたフラン地区のことを思い出していた。ルーナの希望で、夫婦に加えてアラネアも連れて、3人はフラン地区へ足を踏み入れた。地区の住民は厳かに、一行を出迎えた。クオルテと、マニウスがその先頭にいて、クオルテは、一行の姿を見るや否や、目に涙を浮かべた。ノクトは、親しい親戚にするように、涙するクオルテを抱きしめた。ルーナも・・・感極まって涙を浮かべながら、同じようにクオルテを抱きしめた。一同は、テヨの手引きに従って、古いお堂に入った。


長い儀式の間・・・ アラネアはじっと、ルーナの隣に座っていた。以前、ここへ来たときもやけに怖がっていたが、今回も、どこか、おどおどとしていた。そのせいか、あの長い儀式の間、騒ぎもせずにずっと椅子に座っていたのだ。そして、じっと、テヨが祭壇の前で祈祷をしているのを見ていた。石像は、テヨの祈りに応じるように点滅した。その度に、ノクトの体も仄かに熱くなった。ルーナは、静かに手を合せて目を瞑り、自分の祈りを捧げているように見えた。


長い祈祷が終わって、一堂はぞろぞろと海辺へ出た。フラン地区からさらに下ると、この数ヶ月で開放された海辺の町へ出る。まだ町自体は廃墟だが、港は早々に再開されて、船着場にたくさんの漁船が停泊していた。日も高くなっていたので漁はすでに終わっていて、いまは静かに舟が揺れているだけだ。その中に、小さなモーターボートがつけていて、和平会議でも見た美しい横顔が見えた。


クラム・クルー・・・ノクトは、少し緊張を覚えた。しかし、向こうは、まるでそ知らぬ様子で、淡々とノクト一行を向かい入れて慇懃に頭をさげた。テヨとマニウスが最初に乗りみ、あとにノクト親子が続いた。ボートは満員の状態で遺跡群を目指し、果たして水神の儀の行われた神殿へと向かった。


誰も一切の口を利かず、アラネアも黙っていた。沈黙したまま、一行は神殿に上がった。テヨは、先頭に立ち、何事か祈祷のようなものを口ずさみながら、皮袋をひとつずつ開いて、粉砕されたクリスタルを海へ散布した。穏やかな夕暮れの日差しの中で、クリスタルの破片はきらきらと輝きながら、海の底へと沈んでいった。


ひとつの時代が終わったのだと、ノクトは静かにその光景を見守っていた。アラネアが、なぜか不安そうに、ルーナとノクトの間に入って、二人の腰にしがみついていた。

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