Chapter 24.11-円卓会議 (4)-

「-したがいまして、アコルド政府は今も、ニフルハイム大帝国の臣民たる一国としての立場を変わりません。帝国貴族院は、帝国法32条、第412項に基づき設立しており、アコルド政府としましては、これを、皇帝陛下不在時の正式な統治権を有する組織として認定しない理由が見当たりません」


マルコはここぞとばかりに大きく胸を張り上げて、声を高らかに宣言した。傍聴席の市民は明らかに動揺をしてざわめいたが、貴族院の面々はここぞとばかりに盛大な拍手を送り、マルコ首相を讃えていた。


「失礼!」


と、よく通る野太い声を、トルドーが発したので、貴族院の面々は勢いがそがれて拍手もすぐに収まった。トルドーはいつになく、しゃんと背筋を伸ばし、堂々たる様子で貴族院の面々に向き合っていた。


「帝国法32条、第412項ですが、私の記憶するところ16年前に、イドラ皇帝により廃止されているはず。皇帝の指揮権限を強め、有事への対応を迅速の行うために、すべての貴族院は解散され、それ以降、貴族院議員の選出も行われておりません」


しん… と議会は静まったが、マルコは汗をかきながら、


「…いや、た、ただしくは、廃止ではなく停止です。おっしゃるとおり、有事への対応のために貴族院制度は一時的に停止された。しかし、今、その当時の想定外の有事が起きたことは事実・・・この一時停止措置は、解除されたものとみなします」


「何を根拠に?」


トルドーは淡々と聞き返した。


「帝国法51条、24項だ」


と、エマヌエル公爵はいらだちながら応えた。


「皇帝の急死ならびに意識昏迷などの緊急時に、帝国統治権は、暫定的に貴族院へ譲渡される・・・もちろん、次期皇帝陛下の即位までの暫定処置である」


ノクトはちんぷんかんぷんになっていたが、イグニスからすかさず、書類が手渡される・・・表紙のタイトルは、”主要な帝国法の概要”。 ルーナも、頷きつつ、書類から該当するページを開いてノクトに見せる。


「お言葉ですが・・・」


と、立ち上がったのは、イヴァンだった。この若い領主代理が発言するとは思わなかったらしく、公爵はじめ貴族院は、興味津々とイヴァンに注目した。


「若輩者ゆえ、お間違いがあればご指導いただきたいが・・・」


と前置きをしながら、イヴァンの目に不安は見えなかった。


「帝国法33条、3項にこうあります。領有権を有する者、皇帝に代わり、その領民の生存ならびに安全を保全する義務を負う・・・私の記憶に違いはないでしょうか?」


ハルマは驚いて、イヴァンを見ていた・・・あの若さで帝国法を暗記してやがる。ハルマも、跡目争いの際に付け焼刃で覚えさせられた基本条項だ。だがその、条項数まで覚えてはいない。エマヌエル公爵も感心したような顔をした。


「まさにその通り! 素晴らしい!! さすが、バンアール伯爵のご子息・・・その若さでそこまで帝国法に通じておられるとは。バンアール領は安泰ですな」


エマヌエルはイヴァンのご機嫌を取るように賛辞を述べた。イヴァンは、丁重に頭を下げて、その賛辞を受け取りつつ、


「それでは・・・失礼ながら公爵にお尋ねいたします。先のハンター協会の報告によりますと、公爵閣下の御領地に残念ながら生存者が報告されておりません。閣下は、この領主としての義務・・・どのように果たされたとお考えで?」


と、厳しい目を公爵に向けた。賛辞を述べて愛想笑いをしていた公爵は、その顔を引きつらせていた。


「帝国法に従うとおっしゃるのであれば・・・私が父より受けました教育では、領主たるもの、その義務を怠った折には皇帝より授かりしその領地を返上申し上げ、しかる処分を受ける身と。それはすなわち、死罪。命をとして、帝国の資産たる人民の安全を守る・・・それが領主の務めと」


イヴァンは、若さに似合わない気迫で、のうのうと構えていた貴族院の面々に迫った。ノクトは、自分も背筋が伸びる気がして、姿勢を正したが・・・少し離れた席で、ハルマも姿勢を正しているのに気がついた。二人は少しだけ視線を交わして、苦笑した。


エマヌエルは・・・しばし、憮然として黙っていたが、まるで、若いイヴァンの方が可笑しいというように、バカにするような笑いを漏らした。それは、内心の焦りを隠した、演出のようも見えた。


「いやはや、イヴァン殿はご立派だ。まさか、そのような昔の騎士道の口上まで述べられるとは・・・」


貴族院たちもそれに同調するように笑った。


「お若い貴方の・・・熱い情熱には胸を打たれますが、しばし、見識が狭いのはご年齢では仕方ありませんな。なるほど、我領地を襲った悲劇・・・領主としても心痛めております。しかし、我領地は帝国の中心地・・・貴行の領地は帝国のはずれでしたな。10年前の混乱の際、帝都近郊がどれだけの混乱であったかご存知か? そなたの領地が帝都の近郊にあったとしても・・・今のように領民を守れたとお思いか?」


イヴァンは、ぐっと辛そうな顔をして、黙った。公爵は、勝ち誇った顔で若殿を見る。ノクトは心配そうにその様子を見ていたが、しかし、イヴァンは怯んでいなかった。再び、公爵の方へ向き合った時、その顔はしかと強い覚悟に満ちていた。


「おっしゃるとおり・・・バンアール領は帝都より距離があり、そして、シャンアールの地形に恵まれ、この10年を何とか生き抜きました。それでも、失った領民の数は計り知れません。領主一族として、私も、務めを果たしきれたかと言えば、心を痛めます。しかしー」


とイヴァンは、胸を張った。


「我らバンアール一族は領民と共にありました。それが誇りです。先ほどのご質問にお答えいたしますならば、もし、バンアールが帝都の近郊にあり、もっと大きな脅威のもとにあれば、我一族は、最後の最後まで領地に留まり、領民と共に果てていたでありましょう。もし、領民の一部と逃げ延びることが出来れば、ともにアコルドにいたかもしれません。が、もし、領民の大半を失い一人この地に逃げ延びたとすれば・・・もはや、義務の果たせなかった領主として領有権を主張するなどということは考えも及びません」


「ご立派な口上ですが、もしも、などということはありますまい。現に、バンアールは帝国の偏狭・・・国境付近にあったわけですからな」


エマヌエル公爵は、余裕を見せるためにへらへらと笑い続けていた。イヴァンは、もはや相手にするのも無意味と悟ったような表情を見せた。


「確かに、おっしゃるとおり、仮のことを申しても証明することはできません。しかし若輩者なりに、貴族院の方々のお考えは理解いたしました。バンアールとして、これまで態度を不明瞭にしておりましたが・・・今、ニフルハイム連盟への賛同を正式に表明いたします」


おおお・・・ 貴族院と共に、観衆も少しの間どよめいた。イヴァンは、まったく気に留めた様子もなく、深く頭を下げると席に座った。後ろに控えていた者たちは、代理とはいえ、元服した世継ぎの決断に、動じずにじっと耳を傾けていた。


「わしからも一言いいですかな?」


間の抜けたような調子で声を上げていたのは、前半の会議で、ほとんど起きているのか寝ているのか分かりかねたマグナ自治領の長老だ。


「年寄りなので、座ったままで失礼する・・・我々の自治領は、ニフルハイムの内地にありながら、併合されたのはまだ日が浅い・・・というのも、草も生えないような厳しい荒野にあり、その荒野に住まう我らに皇帝は干渉してこなかった。その地下に、鉱物が見付かるまではな」


バルナイは、眠そうな目を、急にかっと開いた。帝国支配下の苦しい時代を思い出しているかのようだった。


「それまで我々は、複数の領地に跨った砂漠地帯すべてが生活圏だった。しかし、見付かった鉱脈は、我々の生活圏を横断していたのだ。細々と荒野をいきる遊牧民であった我らが、近代的な魔導兵器を持ち込む皇帝に対して、どのような抵抗が出来たであろう・・・我々が生活圏を負われて、それまでの1/10ほどの地域に押し込められて生活をはじめたのは、わずか50年前だ。我々の伝承によれば・・・一族がその荒野に住みついたのは1000年近く前になる。あんたらが話しているその帝国法・・・いつ出来たか知らんがね。まるで、神様が古代に作った法律のように語ってくれるじゃないか。我々には我々の法があったのだ」


イヴァンは恥じるように俯いたが、エマヌエルはバカにするように笑っていた。バルナイは、諦めたようにため息をついていた。


「まあ、貴族院のあんたらにとっては、取るに足らない小さな先住民族のたわごとだろう。我々が連盟に参加しようもしないも、興味は無いと思うがね・・・連盟は、この小さな存在を無視しないと言ってくれた。だから、わしは、いかにバカにされようとも構わんと、ここまできた・・・まあ、それだけじゃ」


そして、また、眠そうに顔を傾けた。エマヌエルとマルコは、バカにするように顔を合わせていた。観衆も、いまひとつ反応がなかった。どこの誰とも分からないご老人が、昔話をしているというように・・・ ノクトは、隣で、ルーナがいたたまれない気持ちで観衆を眺めているのが分かった。その気持ちをせめて共有しようと、そっとその手を握った。ルーナは、悲しそうに頷いた。


「では・・・ついでに私も。他に発言の機会もなさそうですから」


と、隣に座っていた、ケルカノの自治長が立ち上がった。反応の薄い観衆に向かって、顔を向ける。


「私は・・・ケルカノの難民キャンプに最近立ち上がった自治組織の者です。私はもともと、アコルドの出身です。生まれは、このオルティシエでね。成人してから、アコルドを出てニフルの内地に入った。あちこちを点々としていた。ケルカノにたどり着いたのは、3年前になります。しかし、アコルドに入国できなかった。驚きましたね・・・なぜって、つれてきた女房とその親戚達が、アコルド出身でなかったから。こっちは、命からがらたどり着いたのにね・・・それでも、ケルカノの駅舎に設けられたシガイ封じの照射網の中にいられたんです。だから生き延びられた・・・ハンター協会の助けを得られて、かろうじて飢えもしのげた。それが夜が明けてから、それまで移動も出来なかった人たちが、一斉にケルカノを目指してきた・・・みな、着の身着のままですよ。食料も乏しいような荒野から、ガリガリにやせこけて、皮一枚になって歩き続けてね・・・それで歩き続けられた人だけが、ケルカノにたどり着けた。ケルカノには、そんな人たちが溢れかえっている・・・でもアコルド政府は入国を拒否し、長い間支援もハンター協会頼みだった。驚きましたよ・・・この会議の場で、貴族院を支持するって? 私はてっきり、アコルド政府はニフルハイムを見捨てたのだとばかり思ってましたんでね」


マルコは苦い顔をしていた。エマヌエルと顔を見合わせて、何か言葉を交わしている。


「なぜ、貴族院のみなさまは、ケルカノにたどり着いた難民の支援については、アコルド政府に強く要請してくださらないんですかね・・・なぜなんですか?」


自治長は食い下がった。マルコは、しどろもどろと答えて


「そこは事実誤認があります・・・アコルド政府としましても、長い間、難民の支援を出来うる限り行ってまいりました」


その時、ハンター協会の席からヴォーグが立ち上がって


「さよう・・・アコルド政府の支援がゼロとなったことはありません。ですが、この10年の間に、アコルド政府から支援された資金、人がどのように変化したか、協会の方で細かいデータがありますのでご提示いたしましょう」


「変化するのは当然です。アコルドの内地もまた、この10年の間に苦しい時代を強いられている・・・そうでしょう、みなさん」


と、マルコはすかさず傍聴席に呼びかけた。市民たちは、全面的ではないにしても、マルコの訴えに賛同しているような反応だった。


「まあまあ、ご静粛に・・・この10年、苦しみのなかったものはこの場にひとりもいないでしょう。私はそう、信じますよ・・・」


とエマヌエル公爵は、遺憾の表情を見せた。


「かつてのニフルハイム帝国に、さまざまな異論があることは、私も承知しております・・・が、しかし、帝国の支配下となることで恩恵も多かった。そうでしょう? 文明乏しい荒野にも、魔高炉のエネルギーを配分して、近代文明をもたらしたはずです。こどもたちは、学校へ行き、文字の読み書きを習い・・・そして、未開の地に新しい産業を築くことで若者に仕事を与えた。長きに渡り、諸外国の侵略の恐怖から解放された・・・安定した、大帝国の一部として、平和な時間をすごしたはずです。今、ニフルハイムの各地の独立を認めれば・・・それは、新しい争いの種となる。歴史が証明済みでしょう・・・小さく分断された独立国家はやがて勢力争いを繰り返す・・・強大な統一国家は、まさに和平のために築かれた理想郷であったはずです」


エマヌエルの講釈に、聴衆から、少なからず感心する声が上がっていた。ノクトは、目を閉じた・・・やつの言葉だけ聞けば、正論と言えなくもない。ルシスの歴史も、長い目で見れば、統合と支配だと聞いていた。国家の成り立つの原型は、ルシスも帝国も大きな違いはない・・・。


エマヌエルは、突如立ち上がった。感情的に訴えるかと思いきや、不気味に余裕のある笑みを浮かべていた。


「連盟のみなさま。我々の間に、少しばかりの誤解があるようですな…我々貴族院は、ニフルハイム連盟の諸氏と敵対する者ではありませんぞ。むしろ・・・皇帝陛下ご不在のこの有事に、先陣を切ってニフルハイム帝国の民の救済にあたり、帝国の要となる魔高炉の再建に着手されたことは、帝国臣民として誠に讃えるべき勇姿。我々貴族院はその功績を讃え、ニフルハイム連盟諸氏のご貢献に応える用意がある。それに、連盟の宣誓もなかなかに素晴らしい・・・なに、いくつかの細かい点において、貴族院としては帝国法との乖離を見つけておりますので、その点の是正はお願いをせねばなりませんが・・・概ねにおいては賛同できる内容です」


そして、演技がかった大げさな身振りで、貴族院の面々や、観衆に呼びかけた・・・


「そうでありましょう? 誠に、彼らは英雄だ。そのすばらしい貢献を、みなさま讃えようではありませんか」


と、自ら盛大な拍手をした。貴族院は、臣下を労うように尊大に笑みを浮かべながら、口々に功績を讃えて拍手を送った。傍聴席から、つられるように少しだけ拍手が沸き起こっていた。


「茶番はやめてもらおう」


と、トルドーはすくっと、立ち上がり、野太い声を広場にとどろかせて、この流れを断ち切った。エマヌエルの顔から笑みが消えた。


「ニフルハイム連盟の宣誓書はすでにお配りさせていただいています。よくご確認いただきたい・・・連盟は、先の大国支配の過ちを深く反省し、ニフルハイム帝国の解体を宣言したのです。帝国は一時的に安定をもたらしたかもしれないが・・・しかし、最終的に帝国そのものを破滅に導いた。この事実に目を背けるべきではない!!ましてや、この10年、あなた方の領民が恐怖のどん底で死んでいった最中に、自身の領民を捨て、自分だけでアコルドに逃げ込み、アコルド国民の税金で贅沢な暮らしを続けたあなた方に、統治権を一切認めるつもりはない!!」


その声は、トルドーにしては珍しく、激しい感情を滲ませていた。言い切ったな・・・ ノクトは、やや驚いてトルドーを見ていた。というのも、政治的駆け引きとして、連盟の存在を認めさせる代わりに、貴族院にその一部の権限を認めて幕引きを図る・・・そういうシナリオも、話し合われていた。ノクトはルーナと目を合わせた。ルーナは覚悟したように目を伏せた。そして、イグニスも、ノクトのほうに向かって頷いた。ちらと、ハルマやイヴァンを見たが、それぞれに、強い覚悟をもって視線を返してきた・・・よし。ノクトも覚悟を決める。


傍聴席は、どよめいていた。どよめくなかで、こそこそと、同調するような発言が聞こえたが、大きく広がりはしなかった。エマヌエルは、顔を真っ赤にして、いかにも感情を高ぶらせていた。


「なんたる侮辱!! 我らがアコルドで惰眠をむさぼっていただと?! 今の発言、撤回したまえ! 我々は・・・この有事に仕方なくアコルドまでの避難をしたまでのこと。 それもこれも、世界が再び光当たるとき、そのときこそ、ニフルハイムを再興するため・・・軍人と我々とはその役目が異なるのだ! 現に、お前たちのご友人のルシス王も、テネブラエの女王も、長きに渡りご自身の領地に不在であったはず。違うかね?」


貴族院の面々が同調するように、野次を飛ばした。傍聴席は再びどよめき、その中にも同調する声が混じっていた。イグニスは、この侮辱に耐えかねるように立ち上がろうと身構えたが、ノクトはその肩に手を触れてこれを制した。ルーナも、動じることなく、まっすぐに議会を向いている。


エマヌエルは、風向きが変わったと見てほくそ笑み、この流れを失うまいと、


「みなさん・・・ここで議論を短縮するために、我々貴族院の権限について、さらなる根拠をお示ししましょう。 ニフルハイム連盟の宣誓などで、みなさまの偉大なニフルハイム帝国は解体されなどしません。 我々はその正当な統治権を持って、ニフルハイム帝国ならびに帝国統治国を10年前・・・いや、それよりも偉大な大国へと導く覚悟です。そして、我々のこの決意は、正当なる次期皇帝陛下のご意向によるものなのです」


周囲が一気にざわめいた。マルコが立ち上がり、会場の奥のほうを向いて、慇懃に礼をした。貴族院の面々も一斉に立ち上がり、奥に向かって深々と頭を下げる。ニフルハイム連盟の面々は、驚きの表情を隠さず、その奥から現れた一行に目を見張った。恭しく従者に手を引かれて、皇帝ゆかりの白い衣を引くずっているのは…5歳くらいに見える幼い男の子だ。男の子は、大勢の人の視線を浴びて、おびえた様子に見えた。その後ろに、母親らしき若い婦人が、きっと周囲を見下すようににらみつけながら、やはり、皇帝一族の白い衣装を纏って現れた。


エマヌエル公爵は、臣民らしく幼い皇帝の前に駆け寄ると、そこへ跪いて、その足に接吻をした。そして、従者に代わり幼子の手を引くと、傍聴席にも見えるようにと、舞台の中央にまで進みでた。


「ここに在らせられますのは、ドーメス殿下・・・お父上は、イドラ皇帝の妹君にあられるロドリーヌ殿下の嫡男、マルス殿下。・・・つまり、ドーメス殿下は、皇帝一族の正当な皇位継承者でございます」


傍聴席は一気にどよめく・・・皇帝の警護とあって、アコルド兵は会場の中まで踏み込んで、遠慮なく、機関銃を見せびらかせては市民を威嚇した。市民は・・・低くどよめきながら、みな不安げに顔を見合わせていた。


どよめきは・・・スピーカーを通して中継を聞いていると思われる会場の外からも響いてきた。エマヌエルはどよめく観衆たちに満足した様子だった。そして、勝ち誇ったような顔で、ニフルハイム連盟の面々を見渡す。一同は、戸惑いを隠せず、それぞれに、考え込むように押し黙った。


ノクトも・・・しばしの間、目を瞑り、考えにふけっていたが・・・やがて、すっと立ち上がった。


「それが・・・アコルド市民の意思か?」


エマヌエルは、何事かと思えば・・・と笑う。


「アコルド市民の意思? 今、何が関係が?」


ノクトは、エマヌエルではなく、観衆の方へ向いた。そして、不安げに顔を見合う観衆たちに向かって、声を張り上げる。


「これが、アコルド市民の意思か? どうなんだ? 帝国に・・・新しい皇帝を担ぎ出し、貴族院の支配のもと、アコルド軍をニフルハイムに派兵して、武力で疲弊したニフルハイムの民をねじ伏せる。これがアコルド市民の意思か?」


会場は・・・また、大きくどよめいた。


「ここにいる貴族院も、貴族院が担ぎ出そうというこの子も、ただひとりの軍隊も持たない無力な人間だ。疲弊するニフルハイムの市民たちの多くも、彼らの統治を望まないだろう・・・今、貴族院に力を貸し与えるのはアコルドの市民に他ならない。だからこそ、もう一度聞く・・・彼らに加担して、自分たちの軍を派遣するのが、アコルドの市民の意思なのか?」


ノクトは、観衆に呼びかけ続けた。会場の外で、ひときわ、どよめきが大きくなるのが聞こえた。


「お言葉だが・・・それは、内政干渉に当たりますぞ!!」


マルコは、ノクトのそばにまでつかつかと歩み寄り、正面から迫った。


「私が、正当な選挙を経て、アコルド市民に統治権を譲渡されたアコルドの首相です。私がアコルドの市民の意思を、代表している」


「選挙を経て選ばれた首相は、市民の力で辞めさせることもできるんだろ」


ノクトは、けろっといいのけて、また、観衆に向き合う。


「オレは市民の声を直接聞きたいんだ・・・皇帝だろうか、首相だろうが、ルシスの王だろうがな。民の支持なくて、統治を行えるものなど一人もいない」


「ほお? あなたも、ルシスの民の支持がなければ、その王位を潔く退くと?」


マルコはノクトと観衆の間に割って入って、挑戦するように眼前に迫った。


「あたりまえだ。 民の支持がなくてなんのために王位に居座る? お前は・・・民の支持がなくとも首相に居座るつもりなのか?」


ぐ・・・とマルコは言葉につまった。しかし、この観衆の面前で、ひくわけに行かない・・・と身構えたとき、また、別のざわめきが沸き起こった。ノクトとマルコは、同時に騒ぎのほう、ジュレイル広場の向こう側から、隊列を組んで進んでくる一行を見た。


「な、なんだ・・・おい、ノルデン中将は何をしている?!」


中将は慌てて、控えていた左すそから飛び出し、小隊に指示を出した。広場を警備していた小隊は、困惑しつつ武器を向けた。隊列の先頭から軍の将校の一部と、警視総監がそろって姿を見せ、中心にカメリアの姿が現れた。向き合うように隊列を組んできた兵士たちが、その銃口を小隊へ向ける・・・緊張した面持ちで、両者がにらみ合った。


「か、カメリア・・・なぜ・・・?!」


マルコは、蒼白となりその場に立ち尽くした。


「な、なにをやっているんだ。不法侵入者だ、取り押さえろ!!」


マルコの怒鳴り声に、ノルデンが指示を出そうとしたが、にらみ合ったアコルド兵たちは、身動きが取れなかった・・・ここで発砲が始まれば、市民を巻き込み、そして・・・自分たちも無事ではいない。


公爵は、うろたえながら幼い皇帝のそばに立ち尽くした。


カメリアは悠々と、将校たちを伴って舞台の上に上がってきた。その姿は凛として・・・まるで、ノクトが数ヶ月前に面会した隠居老人と同一人物とは思えなかった。


「会議を中断させて申し訳ありません。ご列席のニフルハイム連盟のみなさまに・・・ルシス、テネブラエの両陛下」


カメリアが、堂々たる様子で一同に礼をする。


「き、貴様、何の権限があってここに!」


「マルコ首相。私は、ここに、アコルドの一市民として貴方を告発するために参りました。アコルドの法律はご存知ね? 一般市民は誰でも、不正を働く役人を告発することができます。相手が、たとえ首相であっても」


「不正だと?!」


「そうです・・・あまりに数がありますので、すべてはご紹介できませんが、ここ数年における、首相官邸での軍事機密費ならびに使途不明金について、調査の結果、不適切な流用が確認されました。ここにいる貴族院の方々が・・・主にその歳出先のようですね。貴族院のかたがたの邸宅の維持費、専用道路の整備費、そして・・・10年前に停止していたはずの、帝国政府への臣民税の拠出です。受取人はどなたかしら?」


広場はがやがやとざわめき、市民たちが、険しい目でマルコを見つめていた。


「それと・・・後々の騒ぎを小さくするために、ドーメス殿下のご出生についても、調査結果をお知らせいたしましょう。確かに、12年前、アコルド政府は秘密裏にイドラ皇帝のご親族、マルス殿下の亡命を認め、保護いたしました。しかし、その当時、マルス殿下はすでにご病床の身・・・ここに当時の診断記録が残されています。ご逝去されるまでの2年、寝たきりです。ご出産は無理でしょう」


公爵が反論しようと身構えたが、カメリアはそれをすぐに制した。


「そして、ここにお控えいただいておりますのは、お母上のアンユール様・・・エマヌエル公爵の姪御様ですが、ご出産の記録を調べさせていただきした。マルス殿下ご逝去の年とされておりますが・・・私の在任中にご出産の事実は把握しておりません。なおご出産あたる費用の請求が病院からされていますのは、その2年後です・・・調査の結果、病院の記録が改ざんされていることがわかりました。申し訳ございませんが、公的文書改ざんの容疑で、御両名のご同行願います」


アンユール嬢は憮然とした態度のまま、表情を変えない。エマヌエルは、恨めしい目をしてカメリアを睨みつけていた。

 

「その必要はない!!! これは、でたらめだ、こいつによるクーデーターだ! 断じて認めん!!」


マルコは、会場に配置された部隊を鼓舞するように、声を張り上げる。一度、ひるんでいたノルデンの部隊は、再び一向に銃を向けた。ノクトの背後で、警護隊が静かに動いてルーナの周囲を守った・・・その時、あ! と市民が声を上げて空を見た。一触即発の雰囲気の中で、息を呑んで黙っていて市民たちは、次々と空を見上げて声を上げた。


マルコも、汗だくなったその顔で、思わず空を見あげる・・・風船だ。緑色の風船が飛んでいる。はじめは、ぽつりぽつりと、あがっていた風船は、見る見るうちに、数が増え、空を埋め尽くし始めた…


わあああああ  と会場の外から歓声が上がるのが聞こえる。広場にいた人々は、何事かと周囲を見渡そうとする・・・ 海のほうからも、緑色の風船が上がるのが見えた。あれは・・・ケルカノ方面と、国境の町のあたりだ。複数の場所から、澤山の風船があがっているのが見える。ジュレイル広場から見下ろすようにしたオルティシエの下町のほうからも、奮戦は上がっていた。そして、左手の高台にある、ビエントスの街からも・・・


やがて・・・ジュレイル広場の中からも、緑の風船が遠慮がちに上がった。おおおお・・・ とどよめくとともに、観衆は、どこからか手渡された風船を、ひとつひとつ空に向けて放つ…


中央にいた市民の一人が、立ち上がった。


マルコは退陣しろ!


また一人が立ち上がった、


貴族院を追放しろ!


堰を切ったように広場にいた人々は立ち上がって、口々に声を上げた。緑色の風船も、次々と空に上がり・・・兵士たちは唖然としてそれを見あげる。ジュレイル広場は騒然となった。


ノルデン中将の下へ、将校の一人と見える人物が近づき、声をかけているのが見えた。中将は、しばし俯き、じっと話に耳を傾けていた。それから、小隊に合図をすると武器を下ろさせた・・・その様子を、マルコは自分の目を疑うように見つめていた。


やがて、マルコのそばに、警察の征服をきた複数の人間が近づき、その周囲を取り囲んで会場の外へと連行した。うろたえていたマルコ公爵はじめ、貴族院の面々も、軍の関係者に促されて会場をぞろぞろ出て行く・・・


広場の中央にいた幼子は、母親が連れて行かれるのを見て、大きな声で泣き始めた・・・ノクトは、抱きかかえようとそばに駆け寄ったが、同時に、将校のひとりと思われる男がそばによって、自分に任せるようにと笑って見せた。


将校の男は、親しげに男の子を抱き上げる・・・大丈夫。ママはすぐに会えるよ。それまでおじさんと待っていよう・・・強面の男が猫なで声を出す。その様子を傍で見ていたカメリアが、くすっと笑いを漏らした。
























0コメント

  • 1000 / 1000