Chapter 24.10-円卓会議 (3)-

「お前・・・ずっと黙ってるかと思ったら、いきなり、ぶちかましたな?」

会議場を後にして控え室へ引き返しつつ、周囲に人気がいなくなったのを見て、グラディオが言った。その声は半ばあきれ、そして半ば、ほくそ笑んでいた。

「はあ? なにが?」

と本人にはその自覚がない。しかし、隣を歩いているルナフレーナはおかしそうに笑っている。イグニスも、ふふふ・・・ と、笑いを漏らしていた。ルナフレーナの後ろから続いていたグレース大使、それに、補佐として会場にいた警護隊員2人も顔を見合わせて、遠慮がちに笑っていた。

「なにがじゃねぇよ、まったく。素でやってるからこえぇな。会議は中継されているんだぞ。ルシスやアコルドの市民にどんな印象を与えたか・・・軍師殿はもうちょっと指導したほうがいいんじゃねぇか?」

と、がつんと言ってやったノクトに内心はうれしい気持ちもありながら、ついついお説教をしてしまう。

「・・・いや、この際だがら、このまま行こう」

とイグニスは言った。

「市民の受け止め方は想像でしかないが・・・あの会議の場でストレートな物言いは、他の参加者との違いを鮮明に打ち出していた。好意的に受け取る聴衆もいるかもしれない。・・・いまさら態度を変えても、返ってうそ臭いだけだしな」

と、最後に笑いを添える。イグニスは肝が据わっている・・・とグラディオは感心したが、ノクトは、わけがわからん、と首を振るばかりで、いまひとつ、しゃきっとしない。

「受けがいいとか悪いとか・・・そういわれてもな。オレはオレでしかないし、それ以上にはなんともならん」

と開き直っていた。グラディオは内心いらっとするが、ルナフレーナもイグニスも、和やかに笑って済ませている。いいのかよ、それで・・・。

どこか腑に落ちないグラディオは、警護の責任者らしく一行の先頭を歩きながら、控え室の前に立った。控え室の戸を開けた途端、部屋の雰囲気がおかしいのにすぐに気がついた。

「おい、何があった?」

怖い顔で、控えていた警護隊の面々を見た。警護隊の3人は、うろたえながら立ち上がり、

「申し訳ありません!アラネアお嬢様が飛び出して行って…」

と、口々に訴えた。え?!  続いて控え室に戻ってきたノクティス夫妻も、驚いた顔をする。グラディオは蒼白になり、

「どういうことだ?! 詳しい状況を説明しろ」

と部下に迫った。


「30分ほど前です。テヨ様とおしゃべりをされていたのですが、急に部屋を飛び出して…1階の東玄関で追いついて、説得したのですが、一瞬の隙に外へ…」

「外へ?!」

ルーナをソファに座らせてから、ノクトも説明する警護隊員の前に近寄った。

「はい。すぐに、テヨ様が後を追って出ましたが…我々はアコルドの衛兵に足止めをされました。それから、お二人は戻っていません」

申し訳ありません! と、3人の隊員たちは揃って頭を下げた。

あ… ノクトは、険しい顔をして黙った。グラディオは、激しく舌打ちした。

「こんな時に…!! アコルドの動きもいよいよ怪しいって言うのに!」

グラディオは、苛立ちを隠さなかった。今回の遠征の警備を指揮するものとして、どう対応すべきか…怒りを露わにして、親指の爪をギリギリと噛む。

「…すぐには、戻らないだろうな。あいつは、オルティシエに詳しいんだ」

ノクトはしかめ面をしつつ、諦めたように言う。

「それじゃあ、何か不測の事態が起きたら・・・」

グラディオは躊躇いがちに、低い声で唸った。

「・・・置いていくしかねえぞ」

ノクトは、はっと顔を上げてグラディオを睨みつけた。

「・・・なんだよ。ほかにしようがねえだろ。オレは何が何でも、王と王妃を守る…それがオレの仕事だ」

グラディオは王を睨み返す…と、同時に、ノクトは、いきなりグラディオの胸ぐらに掴みかかった。

「…ふざけんな!オレはアラネアが戻るまでは動かん!」

ルシス王の気迫に、一同は驚き、そして固まった。体の大きなグラディオを持ち上げるかの勢いで、ノクトの右手は強く胸ぐらを掴み上げていた。

ルナフレーナがおずおずと立ち上がって、じっとグラディオの目を見る。懇願するように、悲しそうな目を潤ませていた。グラディオは、はっとして、胸が締め付けられるのを感じた・・・本当に、あの野生児と…"親子" だっていうのか。

「グラディオ…王と王妃の御前で、口がすぎるぞ。お詫びしろ」

イグニスが自身も詫びるように頭を低く下げて、厳しく言う。くっ…グラディオは苦しそうに息を漏らして、目をギュッと閉じた。

「失言でした…お詫び申し上げます」

その、あまりにも慇懃な口調は、かえって彼の反抗心を滲ませていた。グラディオが果たして目を開けた時、その目は、より挑戦的に王を睨み返していた。

「陛下…お嬢様は自分が見つけ出します。王の盾の名に誓い・・・いや、自分の命にかけて、必ず!…ですから、不測の事態には、先にここから退避をお願いします!」

グラディオは、口調とは裏腹に迫るように王の目を睨む。王もまた、その目を睨み返していた。

しばしの重い沈黙が流れた。王は、やっと、その手を緩め、グラディオの胸ぐらから手を離した。

「・・・わかった、お前を信じる。絶対に連れて帰れ」

グラディオは、王に向き合い、姿勢を正すと、胸に手を当てて頭を下げた。

「御意に」

そして、そのまま、ノクトの顔も見ずに控え室を出て行った。その背中はまだ、不満と怒りに満ちていた。ノクトはグラディオを見送りつつ、ため息をつく。それから、不安そうに立ち尽くしているルーナに駆け寄って、安心させるようにソファに座らせた。

「大丈夫だ、ルーナ。あいつが、連れて帰ると言ったら、絶対に連れて帰る。グラディオを信じろ」

ルーナは、ノクトの手を握り、かろうじて頷きながら、その胸にしばし顔を埋めていた。

「あいつ…帰ったら今度こそ、お仕置きだな」

ノクトは安心させるように笑いながら、ルーナの頭を撫でた。

控え室を飛び出したグラディオを、部下のひとりが追いかけてくる。アラネアを追いかけた若い警備隊員で、ディオンという。グラディオも信頼している男だ。

「どうしますか…入り口には衛兵が監視してます。引きつけましょうか?」

「いや、ちょっと、小便に付き合え」

と言って、グラディオはそのまま、二階フロアの端にある男子便所に連れ立って入った。トイレには2人の他に人気はなかった。控え室には、きちんと来客用のトイレがついていたので、こちらは従業員用だ。廊下にいた兵士2人は特に気に留めなかったようだ。

「アコルド兵はお気楽だな…おい、これを隠しておけ」

と、グラディオはまず、王の剣の上着を脱ぎ、タンクトップひとつになった。グラディオの、鷲の刺青が露になる。グラディオは、上着のポケット入れていた無線機を、ズボンの後ろポケットに突っ込むろ、上着をディオンに押し付けた。

「さすがにその制服は目立つからな。・・・それから、お前らは、王と王妃のそばを離れるなよ!何かの時には先にここを離れるんだ。わかったな?」

そう言うが早く、グラディオはトイレの窓をこじ開けた。古い建物のこのトイレ…換気用の窓が辛うじて開くが、グラディオの体には小さいように見える。

「ここから出るんですか…」

ディオンは呆れたように呟いた。

「見てねえで、押せ!」

グラディオは、もう、頭から突っ込んで体半分を外に出していた。

「目立ちませんか?」

おずおずと、グラディオの尻を押し上げて、聞く。

「ああ、ちょうど裏手だ。誰もいねえ」

「降りれるんですか?」

「二階だぞ。落ちても死にやしねぇよ」

しかし、グラディオの身体は、その腰周りが塞がって、ようよう、窓を通らなかった。

「もっと、押せって!!」

声を抑えつつ、イライラして言う。そう言われても…ディオンは必死に尻を押し上げた。筋肉で固まった臀部は、柔軟性に欠けて、窓の金属枠に激しく抵抗する。

いででででで… グラディオは自分の腕の力も使って、呻きながら強引に外に這い出した。窓枠は、妙に軋む音を立てながら、心持ち広がったように見えた。ディオンは呆気にとられながら、窓から抜け出すグラディオを見送った。腰さえ抜けてしまえは、後はゆうゆうとその足を引き抜く。グラディオは、器用に壁の出っ張りに指をかけながら、軽々と階下へ飛び降りた。

ディオンは小さな窓から覗き込むようにして、隊長が無事、外に降り立ったのを確認した。グラディオが、ちょっと上を向いて合図した後、そろりとあたりを伺いながら建物の表の方へ回るのが見えた。その様子を目で追いながら、果たして、王の剣の制服と、隊長の全身に施された刺青と、どっちが目立つだろうか・・・と、考えていた。

グラディオは、建物の隅まで気配を消しながら進んで、賑やかな表側を覗き込む。わあああ… 会議は休憩に入ったのに、表側ではまるでお祭り騒ぎが続いている。

俺たちも傍聴させろ! 中に入れろ! と騒ぎ立てている男たちが、ちょうどよくアコルドの兵隊を引きつけていてくれた。グラディオはその死角に入りながら、人ごみに紛れ込んだ…チョロいな。10年前の、魔導兵や帝国軍とは違って、アコルド軍は子どもみたいなもんだ。シガイ相手に国境だけ守って入ればよかったんだろう。もともと、帝国の締め付けで強力な自国の軍は持てないようになっていた。その、名残なのかもしれないが…まったく、たるんで見える。

さあて… と、グラディオは、辺りを見回す。オルティシエを出ないとは思うが、この人ごみから、どうやって探そう?

グラディオは、ノクトからかいつまんで聞いていたオルティシエでの出来事を思い返していた。屋根伝いに、オルティシエの街を巡ったとか、言っていたよな… なんだよ、屋根伝いって。さっぱりわからん、と、首を振る。

ここはオルティシエの東の端に位置するはずだ。とりあえず、街の中心まで行ってみるか・・・

会場のジュレイル広場を離れるように路地を進むと、休憩時間とばかりに路上で音楽を奏でるものや、それに合せて踊るものや、酒を持ち出すものやら・・・人々にはまるで緊張感がない。グラディオは呆気に取られた。議会じゃ、いまに戦争がはじまるんじゃないかと、緊張が高まっているのに・・・。アコルドの国民はアホなのか。あんな、いかにもいんちき臭い首相を選出して、帝国の貴族をのさばらせている・・・いらだちながら、ずんずんと進む。どことも当てもなく、時折、子どもの声に反応して周囲を見渡すが、アラネアの姿はない。


路地の先に、なかなか、魅惑的な体つきの二人の女性が、楽しそうにおしゃべりしているのが目に入った。グラディオは、つい、若い頃の癖でふらふらと女性に近づくと


「よう、ご機嫌だな」


と声を駆けた。二人の女性は、ちょっと驚いたが、グラディオを見ると、その姿に見惚れるようにうっとりとして


「あら・・・いい男じゃない。あなた、ハンターさん?」


と、聞いてくる。ふふん、とグラディオはまんざらでもない様子で


「まあ、似たようなもんだ。今、迷子を探してる。アラネアって言う10歳くらいのガキなんだが、この辺で見なかったか?」


女性たちは顔を見合わせた。


「さあね・・・こどもなら、そこらじゅうで騒いでるし」


グラディオも、辺りを見回して頷いた。こどもたちは、おかしなテンションで興奮して、そこらじゅうを駆け回っていた。その多くは・・・青白い肌の闇の時代生まれ。それでも、この数ヶ月で、元気に日焼けをしているのが分かる。


へへ・・・ その微笑ましい姿を見て、グラディオは、自然と笑みが浮かぶ。


「子ども好きなのね」


女性たちは、からかうように笑った。そして、目ざとくグラディオの左手の指輪を見つけて


「やだ・・・家庭もちじゃない。期待して損しちゃった」


と、ストレートに不満を漏らした。グラディオは照れるように笑った。


「悪いな・・・そっちは足りてるんだ」


「堅いこと言うわねぇ・・・ちょっと遊ぶくらい、いいなじゃないの、ねぇ? 一杯、飲みに行きましょうよ」


と、怪しく目配せしながら、友達にも同調を求める。隣の女性は、体をくねらせながら、可笑しそうに笑っていた。グラディオは、ひさしぶりに家を離れて解放されたような気分がして・・・アラネアを探すがてら一杯くらい、という邪な気持ちも沸いていたが、ここかしこに巡回しているアコルド兵の姿が目に入ると、途端に緊張感を思い出した。


「悪いな・・・仕事でなけりゃ、一杯付き合いたいとこだが。今度休みで来たときに、付き合わせてもらうよ」


あらぁ、残念。 と言いつつ、女性はそれ以上、しつこく迫りもせず、あっさりと笑いながら手を振る。グラディオは、内心、ちぇっと 舌打ちしながら、女性から離れた・・・ついてないぜ・・・なんで、オルティシエまで来て、王の盾が子守かよ。悪態をつきながらも、アコルド兵の動きを気にして裏の路地へ入る。


どうやって見つける・・・ テヨが一緒ならいいんだが。


その時、ふいに、テヨがフラン地区へ行こうとしていたことを思い出した。確か、オルティシエの南西だったな・・・腕時計に付随した方位系を確かめる。他にあてもないし、賭けてみるか・・・ と南西の方角に、ふらふらと進んだ。進みながら、あたりの様子を観察した。あのガキのことだ。迷子になったからと言って泣き出すような玉でもないが・・・しかし、ひときわ騒がしいはずだ。他の通りが交差するたびにあたりの様子を伺う。


時計を見る・・・そろそろ休憩が終わるな、と、思って、街道沿いに立っていた公共スピーカーを見上げた。


ー・・・それでは、和平会議を再開いたしますので、ご列席者の皆様は、会場へお願いいたします


アコルドの役人の事務的なアナウンスが流れてきた。おう、またはじまるぜ・・・と、人々は、お祭り騒ぎからわれに帰って、自然とスピーカーの周りに集まってくる。


マルコはもうちょっとなんとかならんのか・・・ 亡命貴族のじじいをなんとかしろよ・・・ ぐちぐちと呟かれる不満を聞いて、グラディオは、少し安堵した。アコルド市民は、概ね、アコルド現政府と貴族連合には懐疑的らしい。そりゃそうだ。そうでなきゃ、ほんとのアホだぜ・・・。


そして気を取り直して、また南西に進もうとした。その時、先の通りをアコルドの兵隊二人が慌しく走る抜けるのが見えた。その先から人々がざわめく声も聞こえてくる。グラディオは嫌な予感がして、兵士の後を追う。建物の影から、通りを覗き込む・・・数人の市民が、建物の屋根のほうを見上げて指差し、兵隊二人もその先を眼で追っているのが見えた。建物の上・・・ グラディオも、慎重に兵士の後ろから近づいて、みなが指差す先を見上げる。


わあああ と驚きの声が上がったと思うと、人影が屋根から空中を飛び、隣の建物へと飛び移るのが見えた。一瞬、傾きかけた日差しの中で影をつくり、グラディオの頭上を覆った。グラディオは逆光の中でその小さな影をはっきりと見わける・・・


「アラネア!!」


アラネアは、信じられないような跳躍をして、向かい側の建物に飛び移り、ドヤ顔で階下の人々に手を振る。おおお! と関心するようなどよめきに混じって、アコルド兵がむきになって叫ぶ声が聞こえた。


「お前!! すぐに降りろ! 降りねば撃ち落とすぞ!!」


いきり立った兵隊はまさか、その機関銃を屋根の上に向けた・・・


「やめろ!!」


グラディオは颯爽と駆け寄り、その銃を右手で取り押さえた。


「な、なにをする?!」


もう一人の兵が、うろたえて、銃をグラディオへ向ける。


「落ち着け! 相手はガキだぞ?!」


グラディオは、まるで上官のような態度で兵隊たちを怒鳴りつけた。二人の兵士は明らかに気迫負けして、自信なさげにお互いの顔を見合わせた。


「オレは、ハンターだ。あのガキはオレに任せておけ」


と言うと、兵士たちの反応も待たずに、アラネアが飛び移った建物の壁をよじ登り始める。その巨体で驚くような身の軽さを見せて、窓のヘリを掴み、張り出した壁の装飾に足をかけ、見る見るうちに建物の屋根に手をかけた。アラネアを見物していた市民たちが、そのま、感心してグラディオが這い登るのに見とれていた。


「おい、アラネア! そこを動くなよ!!」


屋根に手をかけて怒鳴る。しかし、アラネアの返答はなく、人の気配がしない・・・グラディオは舌打ちしながら、その巨体を屋根に押し上げた・・・アラネアは、屋根伝いにもう隣の建物に移っているところだった。


「アラネア!! こら、待て!!!」


大きな声で怒鳴りちらすが、アラネアは、ちらっと振り返ると、うれしそうに手を振りかえしただけで、さっと隣の建物に移ってしまう・・・このヤロウ!!! グラディオは腹わたが煮え返るのを感じる。さっき兵士をなだめたことも忘れて、一発殴ってやらないと気がすまないと思う…


「待てといってるだろうか!!」


声を張り上げながら、屋根に這い上がる。と、同時に、アラネアの後を追って駆け出した。アラネアは、ぴょんぴょんと身軽に、屋根から屋根へと移動を続けていた。その方向は南西を目指している。やはり、フラン地区へ行くつもりらしい。


「戻れ!! ほんとに置いて、ルシスへ帰るぞ!!」


ようやく、アラネアの耳に届いたらしい・・・はっとして、数件先の建物の上で足を止めた。アラネアは、驚いた顔して、振り返る。


「グラディオぉ、もう帰るのかぁ?」


まったく緊張感のない様子で、聞き返してくる。グラディオは息を切らせながら、隣の屋根にまでアラネアに迫った。


「ばっか・・・やろう・・・」


さすがにこの体で一気に建物を駆け上るとか、なかなか、堪える。体を傾けてしばし、息を整えた。


「ノクトが、言っただろうが・・・!! 勝手に飛び出したら、置いて行くって・・・!!」


アラネアは不思議そうに首をかしげて


「テヨも一緒だぞ?」


「はん? 一緒ってどこだよ」


「テヨは迷子だ」


・・・っ グラディオは飽きれて言葉も出ない。


「お前なぁ!! ちょっと、そこへ座れ!!」


警護隊員も涙目になるという、隊長の恐ろしい形相も、気迫もアラネアには通用しないのか・・・アラネアは、ただ、お、おう? と絵本でも読み聞かせてもらえるような様子で、ちょこんと隣の屋根の上に座った。


その時、近くの公共スピーカーから音声が流れてきた。


ーええ、前半の議事で議長の不手際があったこと、お詫びいたします。アコルド政府といたしましても、休憩時間中に精査させていただきまして、本日の議事を建設的に進めるため、議題の順序を変更させていただきます。やはりそれぞれの議題を有効に議論するためには、お集まりいただいたかたがたの立場を明確にする必要がございましょう・・・そのため、”ニフルハイム帝国の今後の統治について”を、後半の初めのテーマとして議論させていただきます。僭越ながら、まず、アコルド政府からの立場を表明させていただきます・・・


ちっ・・・ グラディオは激しく舌打ちして、それから、自分もアラネアに向き合うようにその場に腰を下ろした。


「聞いただろ・・・」


と低くすごんで見せたが、アラネアはぽかーんとしていた。・・・わかりゃしねぇか。グラディオはあきらめの深いため息をついた。


「・・・お前にはまだ、難しくてわからないかもしれないが、今、ノクトとルナフレーナ様は大事な会議にでていらっしゃる。それはわかるな?」


うん、うん。 とアラネアは気楽な感じで頷いた。


「とっても大事な会議だ・・・この世界がこれから平和になるのか、それともまた戦いがはじまって、多くの人間が死ぬことになるか・・・そういうことを話し合ってるんだ。ノクトは、ルシスの王様だ・・・ルシスと、この世界を平和にする大事な仕事がある。お前はノクトのこどもになりたいんだろ」


アラネアは、また首をかしげた。


「ノクトはパパだぞ。ルーナはママだ」


「だから・・・ ほんとのパパとママじゃねぇだろ。お前が、生みの親と死に別れた・・・それで、ノクトがかわりにパパになるんだろ」


お、おお・・・ アラネアはわかっているんだが、わかっていないんだかの返事をする。もう・・・やってらんねぇな。グラディオはいらいらしながら


「お前な、ルシス王家に養子に入るなんざぁ、よほどの覚悟がいるんだよ! 大事な会議のときに勝手に飛び出していくやつなんか、王様のこどもになんかなれないんだよ! 厳しいことを言うようだが、お前も少しは考えて・・・」


と、グラディオの説教を、やはりあまり聴いていなかったのだろう。アラネアは、あっ と何かに気がついて立ち上がると、グラディオの建物越しの向こうの通りのほうへ視線を向けた。


聞けよっ! とイラつきながら、それでも何事かと振り返る。人がざわめくのが聞こえたからだ。向こうのほうから、隊列を組んでアコルド軍が進んでくるのが見えた。異様な静けさだった・・・誰か用心でも囲っているのだろうか。突然現れた隊列に、周囲の市民たちが動揺しているのがわかった。隊列の先導を複数のハンターらしき人物が誘導して、市民に呼びかけている。


「すみません! 通りを空けてください! 和平会議の参加者を通します!」


あれ?! とグラディオは先頭のハンターの姿に目を留めた。


「タルコットだ!!」


アラネアも目ざとく見つけて、グラディオの脇を通り抜けて、通りへ降りようとした・・・のを、すんでのところで、グラディオが捕まえた。


「おい、ちょっとまて・・・静かに様子を見てろ!」


グラディオが、かなり手に力を入れて強くアラネアの肩を掴んだので、アラネアも多少ひるんだようだった。おとなしく、グラディオのそばに座って、黙り込んだ。タルコットが市民に道をけるように呼びかけながら、アコルドの隊列の先頭を、そのまま、会議場のほうへ導いて、グラディオたちがいる建物の手前を左に折れていった。ひとびとはどよめきながら、遠慮がちにその隊列を見送る。


あ・・・ とグラディオは息を呑む。アコルドの兵隊に囲まれるようにしてそこにいたのは、複数の将校たちと熱心に話をしている緑のスーツの女性・・・カメリア・クラウストラ前首相だ。1週間ほど前に、ハンター協会に協力して彼女の保護を手伝ったが、直接本人には会えなかった。噂では、隠居老人としてかなり老け込んでいたと聞いていたが・・・今、そこに見えるのは、10年前と変わらず、矍鑠として歩く姿だ。


ハンター協会が裏で動いているとは聞いたが・・・グラディオはあっけにとられて、隊列が通り過ぎていくのを見送った。その時、ふと異変を感じて、隊列の裏の路地に目を向けた。誰かが、隊列を追うようにして裏の路地を進む気配を感じたのだ。グラディオは、小さな建物の隙間に身を隠すようにして進む、ひとりの兵士の姿を認める…なんだ、あいつ? 見たところアコルドの兵士だが。


兵士は、物陰から通りを進む隊列をじっと観察し・・・そして、消音機能つきの戸急主なピストルを取り出した…銃口の先は、兵士に囲まれているカメリア。


なに?! グラディオは飛び出そうと、身を構えたが、この位置から飛びつくには距離がある・・・くそ、まにあわねぇか?!


兵士がぎりぎりと狙いを定めて、引き金を引こうとしているのが見えた・・・ とその時、兵士の頭上を影が覆った。と、同時に、屋根の瓦がその頭上を直撃して、兵士はぐげ・・・と低くうめくとその場に気を失って倒れた。カメリアたち一行は、何事とも気がつかずにその前を通り過ぎて行った。


グラディオが目を見張り、瓦が飛来してきた先を見る・・・アラネアが、いつのまにか数歩先に進んでいて、その手に瓦を持って立っていた。階下を覗き込み、倒れた兵士の様子を伺っている。


「お前・・・」


「死んだかな? もうひとつ投げておくか?」


「いや・・・もう、いい。のびてるぜ・・・」


グラディオは、急に脱力し、それから、はははは・・・ と力なく笑った。


「お前、やるじゃねぇか」


にかーーー!! アラネアは嬉しそうに笑った。







0コメント

  • 1000 / 1000