Chapter 24.9-円卓会議(2)-

「ーですから我々貴族院としてはですな。治安維持のためにも、アコルド政府に軍の派兵を要請しているわけです。そして、治安維持と共に領民からの適正な徴税を・・・」


ついに、立ち上がるようにして公爵は、延々と口上を述べる。


「徴税・・・?」


ハンター協会の面々は、怒りを通り越して絶句する。ノクトは、途中から真面目に聞いていなかった。ただ、議案書をめくりながら・・・ニフルハイムの治安維持についてーニフルハイム帝国貴族院より発議ー という、のは次の議題だろうに、と考えていた。


ノクトと迎え合せに座っているトルドーは、疲れた様子でため息をつくと、後ろに控えていた面子にだるそうに頷いてみせて、なにやら指示を出していた。


「よろしければ・・・」


と、トルドーは、口を挟んだ。


「どうやら、貴族院の方々は実情への認識がずれているようですので・・・もう少し詳細な報告書をお配りします。やや、お見苦しい写真も含まれていますが、ご覧ください。これがニフルハイムの現状です。」


トルドーの部下たちは、一斉に立ち上がって、貴族院の面々にそれぞれ書類を配り始めた。紙の束に混じって、かなりの写真が挟まれている・・・それが、貴族それぞれによって違う。ノクトは、ハルマとノクトの間に挟まれるようにして座っていた貴族達の書類を遠目から見た。・・・荒れ果てた大地・・・廃墟の群れ・・・そして、野ざらしにされる死体の山・・・


「生存者が写っている写真がございましたら、それは幸運な領地ですな。皆様方のほとんどの領地では、税の徴収相手さえも、おりません。わずかな生存者は・・・貴方たちを養うためのどんな資産も持ち得ない。明日の食べる物も乏しい状況で生きています」


貴族たちはその薄気味の悪い報告書に目を潜め、言葉を失っているよう見えた。その時、傍聴席の方からもどよめきが起こっていた。マルコは、何事かと目を細めてみていたが、どうやら、ハンター協会の者たちが傍聴席にいて、市民達にも何かを配っている。


「そう・・・傍聴席のみなさまにも、同様の書類を回覧させていただいています」


トルドーは淡々と言った。マルコは、いらだちを顔に滲ませながら・・・しかし、文書を回収する理由が思いつかずに押し黙る。


「な、・・・なに、だからと言って、我ら領地には、広大な資源が眠っている」


公爵は、声を荒げた。


その声を、テヨは、控え室とされていた市庁舎の2階の一角で、スピーカー越しに聞いていた。心を騒がせないようにと、呼吸を整えながら、しかし・・・やはり、気持ちがざわつく。


貴族院・・・イグニスさんから聞かされてはいたが、ここまでか。にわかには信じられないその発言。彼らの目に、ヒトというものは、自分と、それ以外。世界は分断されて、彼以外のその世界は、ただ道具としてそこにあるように聞こえる。


深いため息をついていると、アラネアがそっと顔を覗きこんだ。


「テヨ・・・お堂に行くんだよな?」


テヨは、一瞬戸惑いつつ・・・しかし、教育者らしいまっすぐした目でアラネアを見た。


「そうですね。折を見て・・・ひとりで行きます」


「手伝うぞ?」


アラネアは不思議そうにして言う。


「連れて行くぞ? あーちゃん、知ってるぞ?」


テヨは困ったように首をかしげる・・・そうか、確かノクトさんについて、一緒に行ったことがあるんだっけ・・・。


「アラネアさん」


と、テヨは真面目な顔をして言った。


「今日はとても、警備が厳しいのです。歩き回ると・・・兵隊に捕まってしまうかもしれません。危険です。だから、私ひとりで行きます」


二人の会話を、一緒にいた警護隊のメンバーも心配そうに聞いている。警護隊は3人ほど控え室にいた。テヨか同行している詳しい目的は、ノクトも黙っていてくれた。察しのいいイグニス補佐官は、おおよその見当がついていたようだが・・・今、残っている警護隊のメンバーは、誠実に王の指示に従って、自分がどこか別の場所に抜け出そうとしても、そのまま見送ってくれるだろう。


んん・・・ とアラネアは納得のいかない様子だった。会議の様子はスピーカーから聞こえているが、もう、アラネアの興味にはない。狭い控え室を行ったりきたりしていて、いかにも退屈している。


アラネアは、あ...と、窓に寄った。


「ほら、ここから出られるぞ!」


と、窓の外を指差す。テヨは苦笑しながら、その隣に立って窓の外を見た。控え室は、観衆が押し寄せている表玄関とは逆、海を臨む裏手に向いていた。窓の外には、すぐ下に裏口が見え、その先には、小さなボートが数隻停泊する船着場が見える。海上はきらきらと日を照り返して、その先に・・・ノクトから話を聞いていた、神殿の遺跡群が見えた。


「お堂はな、海から行ったらあっちだなぁ・・・」


と、アラネアは左手の方をのぞきこんで言う。確かに、方角は間違っていない・・・と、テヨもその先を眺めていた。イグニスが提供してくれた地図でも確認していた。フラン地区は海に近い地域だ。海上を回っていけば確かに早いだろう。しかし・・・と、海上を見た。会議にあたり、警戒するアコルド軍のボートがあちこちに巡回している。とても、切り抜けられない。


「海はダメですね。ほら、あの舟は、みんな、警戒している軍隊の舟です」


テヨは指を差して、アラネアに教える。お、おお・・・ アラネアは神妙な面持ちで、舟を見ていた。


「じゃあ、屋根の上を行くか?」


「屋根?」


「屋根の上からこの塔に登ったんだぞ」


ははは・・・ とテヨは苦笑して、


「それでは目立って、すぐに兵隊に見付かってしまいますね」


と答えた。アラネアは、そうか・・・と納得しつつ、しかし、すぐにムッとして、


「テヨはみんなダメっていう!」


と怒った。


「もう、いいよ!あーちゃんはひとりで行くから!」


え! と驚いたときには、アラネアは、もう控え室の扉に突進していくところだった。アラネアから目を離すなといわれていた警護隊のメンバーは、大慌てでその背中を追ったが、当人は一足先に扉を飛び出していく。


わわわ・・・ 警護隊のひとりとテヨも、いっせいに扉を飛び出した。外に、控えていたアコルドの兵士や、役人が驚いた表情で寄って来たが


「こどもが・・・!」


と、告げると、兵士は興味がなさそうにもとの配置に戻っていった。飛び出して行ったアラネアの方を追いかけて、テヨと警護隊のひとりが走り出した・・・アラネアは、迷いなく階段の方へ駆けていって、その階段を下りた。あーちゃん! アラネアちゃん! と口々に叫ぶも、振り返りもしない。警護隊のひとりが、身のこなしも軽く、先導してアラネアを追いかけたが、まるで、追いかけられれば追いかけれるほどに、アラネアは早くなり、その先を行く・・・追う2人は舌を巻いた。


テヨが息を切らしながら1階に降り立つと・・・アラネアは、観衆が取り巻く表玄関の出口に立っていて、なんとか追いついた警護隊の説得を受けているところだった。アラネアは、説得を聞いているのか、真剣な顔をしていたが、テヨがやってきたのを見て、あ! と声を上げる。嬉しそうに手を振って、こっちだぞ!・・・と言うやいなや、玄関を飛び出して行った・・・あまりのすばやさに、玄関で警備をしていたアコルド兵も何も出来ずに呆気に取られる。


あああ! 警護隊と、テヨと、警備をしていたアコルド兵とかいっせいに声を上げて、そして、一瞬、お互いの顔を見やる。


「ええと・・・追いかけますので!」


と、テヨはどこか冷静な頭でそう告げて、自分も玄関を飛び出した。途端に、わああああ という、観衆の熱気に巻き込まれる。和平会議の会場のすぐ外を取り巻いている観衆たちは、スピーカーから流れる発言に一喜一憂して、興奮しているようだった。テヨは、人々の群れに圧倒されながら、アラネアの姿を探した・・・アラネアは、人々の間を潜り抜けるようにして、もう、広場の向こうに出ようとしていた。どうやら玄関を飛び出したのはテヨだけのようだ。さすがに、軍服を着たルシスの警護隊は足止めを喰らったようで、後には続いていない。躊躇っている暇はない・・・テヨは覚悟を決めて、観衆の隙間を縫うようにしてアラネアの背中を追った。


アラネアが、一番外側の観衆の股の下をくぐって、この人ごみを抜けたのが見えた。流石に股の下はくぐれないので、テヨは、いちいち、頭をさげて、周囲の人間に謝罪を述べながら、そっと観衆の体を押しのけた。抜けた先は、すぐに裏の路地に繋がっていた。ジュレイル広場を抜けたのだ。この細い路地も、広場に入りきれない人々でごった返していた。時折背伸びをして広場の様子を伺っている大人たち…そして、その合間を、まるでお祭りの気分で浮かれて、はしゃいでいるこどもたち。アラネアの姿はない…


「あの…女の子がこちらへ来なかったでしょうか」

テヨは近場の、人の良さそうな中年の男性に声をかけるが、相手は、え? と驚いた顔をして

「女の子たって、この人出だからねえ…よくわからんな」

と答えた。テヨは、丁寧にお礼を行って、路地の奥の方へ進む。遊んでいるこどもたちにも声をかけたが、みな、不思議そうに首を振る。

アラネアさん! アラネアさん!
名前を連呼する。応答はない。

困ったな… 慌てて飛び出して、何も持っていない。ルシスの代表団と連絡も取れないし、地図もないのだ。

どうする? 一度戻るか…


しかし、戻っても警護隊の人たちは外へ出してもらえるだろうか…いや、この数日あれほどまでに、外出を制限され、行動を監視されていたのに、自由にアラネアを探しに行けるわけがない。


そうだ…確か、広場の近くにハンター協会があるはず。テヨは、路地を進みつつ、通りすがりのご婦人に目を止めて

「あの、すみません。ハンター協会はどちらでしょうか?」

と尋ねた。ご婦人は、ジロジロとテヨの銀髪を見て

「あなた、何? ニフルハイム人? それともルシス人?」

と、ぶしつけに聞く。テヨはさっと身を引いた。

「お忙しいところ失礼をいたしました」

と丁寧に頭を下げてから、婦人からすぐに離れた。路地をさらに進むと、人が行き交う賑やかな通りに出る。自分の髪は人目を引くだろうか、と、一瞬、緊張を覚えたが、忙しそうに行き交う人々は、特にテヨを気に留める様子はなかった。

テヨは人々の流れに乗るようにして、通りを左に進んだ。途中、眼鏡をかけた人の良さそうな老婆が、杖をついて歩いているのを見かけ、思い切って声をかける。

「あの…すみません。ハンター協会の場所を知りたいのですが」

老婆は、ちょっと驚いてテヨの顔を見たが、ああ、それなら…と、進行方向を指差した。

「この先のね、ちょっとした広場があるけど、その広場に面して看板が出てるから、すぐわかりますよ」


でもねぇ・・・ と老婆は気の毒そうに頭を傾けて


「今日はやってるかしら・・・? ほら、このお祭りでしょう。 しばらく、協会の受付は休止しますって、張り紙が出ていたのよね」


「そうですか・・・」


テヨは迷って、進行先とそれから、今、来た道とを交互に見た。それから、老婆の方を改めてみて、にこっと笑いかける。


「ありがとうございます。とりあえず、行って見みます」


あら、そう? 老婆もつられるように笑顔になった。失礼します・・・と、丁寧に頭を下げて、先を急ぐと、老婆はその背中に手を振ってくれた。テヨは、通りの先を折れる前にもう一度、老婆に会釈を返した。


老婆の言った通り、間もなく広場にでた。小さな円形の石畳の広場に、ベンチがいくつか並べてあり、ハンター協会の看板もすぐに分かった。しかし、入り口が堅く閉ざされているのが遠目からもわかる。近づけば、先ほど老婆が言ったように張り紙がされているのなわかった。


ー国際和平会議開催につき、下記期間は休業しますー


そっと戸を押してみたが・・・鍵がかかっている。耳をすますが、中に人のいる気配もない。


どうしよう・・・


テヨとはぐれたからと言って、アラネアはすぐには戻ってこないだろう。夕方までには戻るかもしれないが・・・しかし、それまでに不測の事態でも起きれば。協会の建物の前で、難しい顔をして考え込んだ。近くのスピーカーからは、いまだ、延々と押し問答を続ける公爵とハンター協会の面々の声が聞こえていた。その声を聞きながら、はっ ・・・として顔を上げる。アラネアはひとりでフラン地区へ向かったかもしれない。


テヨは、シャツの下、自分の胸元に隠してある小さな石に気持ちを集中させる。石は、テヨの呼びかけに応じてわずかに熱くなる・・・わずかだが、感じる。クリスタルの存在。それは、いつものように、テヨを誘っている。誘って、そして両腕を広げて、包み込もうとしている。ずっとその傍にいて育ったテヨにとっては、いつでもそこあり、テヨを見守り、テヨに呼応する・・・まるで、母親のような存在。


テヨの頬が思わず緩んだ。そして、まだ弱いその呼びかけを必死に感じ取ろうと、意識を集中させながら、歩き出した。周囲の喧騒が、彼の意識から遠のいていく。テヨの意識は、小さなクリスタルを通じて・・・彼を誘おうとする大きなクリスタルに繋がっている。わずかだが、確かに呼びかけに応じている。やや朦朧とした表情で、人ごみを、左右に避けながら、慎重に進む。


ーちょっといいか。さっきから、話が全然進んでいないが、議長は何をしているんだ?


突如、ノクトの声が聞こえてきて、我に帰った。危うく、向かってくる人にぶつかりそうになっていた。近くのスピーカーから、これまで発言のなかったノクトの声が聞こえてきて、進まない議論に退屈していた人たちは、にわかに顔を上げた。ノクトの声は明らかに不機嫌で、ぶっきらぼうだった。


ー今、ハンター協会の発議を話し合っているんだよな? 公爵・・・”ニフルハイムの治安維持について" って、あんたの議題は次のはずだろう。オレは、今後の協会主導の調査計画と難民対応がどうなっているか知りたい。ルシスからどんな支援が出来るかを協議するつもりで来た。あんたのほうに支援する意思がないなら黙っていてくれ


おおお・・・ とあたりがどよめいて、それから、誰かが噴出しているのが聞こえた。


「なんだよ、これ。ルシスの王様?」


スピーカーから、反論しようとする公爵の声が聞こえたが、ノクトはすぐにそれを制して、


ーそれから・・・時間が押してるんだよ。休憩時間をとうに過ぎてる。こっちには妊婦がいるんだ。議長は、少し気を使ってもらえるか


まごまごと口ごもるマルコの声も続いた。あらぁ、ほんとよねぇ。近くにいた女性が同調するように呟いた。


テヨは思わず、ニヤッと笑い、それから、また、石に意識を集中させた。再び・・・クリスタルからの反応がある。まだ弱いが・・・さきほどより、近づいたことが分かる。テヨはまた、歩き始めた。時折、建物に行く手を阻まれた。慎重に迂回をしつつ、方角を見定める・・・オルティシエの町の複雑な構造は、容易には先に進ませてくれない。階段を降りたり上ったり・・・それでも、徐々に、近づいている。


どのくらい歩いたろうか。はっと我に帰り、周囲を見渡すと、いつの間にか人気のない辺りまで来ていた。窓に板を打ち付けられたままの、閉鎖された建物が目立つ。この辺りにはスピーカーも機能していないのか、会議の中継の音が聞こえない。それとも、もう休憩に入ったのだろうか・・・


キョロキョロとあたりを見回しながら進み、ちょっとした広場まで出て、テヨは足を止めた。もう一度、胸元の石に意識を集中させる・・・はっきりと、応じるものがあった。クリスタルは胸元で、強く光り始めていた。テヨは確信を持って、小さな路地を進んだ。建物の脇をいくつか越えると、一段低い隣の地区の屋根が見えてきた。胸の石は、一般の人には聞こえない、小さな高音を発し始めている。


テヨは自然と笑顔が浮かんで、その踊り場の端まで来ると、隣の地区を覗きこんだ。古いお堂の三角屋根が見え、その手前の広場に、多くの市民が集まり、じっとラジオに耳を傾けている。ラジオの音は小さくて、ここからは聞き取れないが、まだ、放送は続いているようだ。


その場にいる何人かが、すぐにテヨの存在に気が付き、はっとして顔を上げた。テヨは、自分も胸元に強く反応を感じて、微笑み返す。


お堂からも人が出てきた・・・異変に気がついて飛び出してきたようだ。きっと、クリスタルがテヨに反応をしているに違いない。そして、テヨの存在に気がつき、目を見張る。


「あなたは・・・」


テヨは答える代わりに、深く頷いてみせる。お堂から出てきた老紳士は、何かを悟ったように深く頭を下げ


「右手の方に階段がございますので、そちらから降りられます」


「わかりました。ありがとうございます」


テヨは踊り場を右手に2ブロックほど進んで、ようやく下の地域に下りる階段を見つける。広場の方から駆けてくる足音があって、若いご婦人が息を切らせながら階段の下で待ち受けていた。


「こちらでございます」


ご婦人は丁重にテヨを広場まで導いた。広場に集まっていた人たちは、みな、敬うようにテヨに頭を下げた。テヨは、自分も応じるように深くお辞儀をし、先ほどの老紳士に促されるようにしてお堂へ入った。


暗いお堂の中で・・・石像がテヨの存在を感じて、さらに光った。祭壇の前で、石像に手を合せていた老婆が振り返る。


「先ほどから光り始めて・・・お呼びしていたのは貴方様でしたか」


テヨは静かに頷いた。


「忘却の地から参りました。テヨと申します」


おお・・・ と、お堂の中にいた数人は静かに驚いた。


「それでは、貴方様が神名守・・・」


「いえ、それは、今は父が勤めています。私は父の遣いとして、我一族の最後の使命を果たすため、こちらに参りました」


お堂の中にいた人々は、テヨの言葉に息を呑み、やや不安げにお互いの顔を見やった。ただ、正面にいた老婆だけは動じず、静かに微笑みんで、受け入れるように頭を下げた。


老婆の背後で、石像は、懐かしい再会を喜ぶように、何度も点滅を繰り返してテヨを呼んでいた。その脇で、若き日のルナフレーナとノクティス王子の写真が、仄かに照らし出されていた。


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