Chapter 24.8-円卓会議(1)-

沈黙の中で、小さな布ずれの音だけが響く。大きな鏡の前に、男が胸を張って立ち、されるままに従者に黒いマントを羽織らされていた。久しぶりに腕を通すと、ずっしりと重い…

ピンと緊張の糸が張る。ギリギリギリ…大物を釣り上げる時のリールの手ごたえを思い出していた。鏡に映るのは、王の顔だ。第114代ルシス国王。

その目が鏡に映る自分の目を睨んだ。あまりに強い視線に、ともすれば…赤く光り出すのではと思われた。が、ふっと、その目の力が緩み、そして、あくびが漏れた…

「さすがに、暑すぎんだろ、これ…」

ノクトはあくびを噛み殺しながら、ボヤいた。

「辛抱しろ。それでも、レギス様の夏用のお召し物だ。目分量で手直ししたが、サイズがあってよかった」

それまで怖い顔で後ろに立っていたイグニスも、ほっと頬を緩めて答えた。

「やれやれ。お前の王様仕様の顔は持って数分だな? うかねえ顔しやがって」

グラディオが、鏡ごしにノクトの顔を見ながら、文句を言う。

「実際、気分がうかねぇんだから、しょうがないだろ」

「大丈夫だ。事前に接触はできなかったが、予定していた参加者か揃っていることは確認している」

「まあ、それはいいんだが…」

と口籠る。

「なんだよ、ルナフレーナ様のことか? アコルドいち名医のお墨付きがでたんだろ?」

グラディオは笑いかけたが、ノクトは首を振って

「別になんでもない・・・」

と、沈んだ声で答えた。

「なんだよ。気になることがあるなら、はっきり言え」

グラディオは、語気を強めた。ノクトは、ため息をついて2人の方を振り返る。その顔は…申し訳なさそうに、不安を訴えていた。

「会議にはいい思い出がねぇからな…穏便に終わる気がしないんだ」

グラディオと、イグニスも、目線を落として、しばし黙った。

「最悪のケースにも、備えている」

イグニスは、静かに言った。

「余計な不安を煽りたくないと思って黙っていたが…万が一、アコルドが強行に出た場合にも備えている。王と王妃は、必ず守る。俺たちを信じろ、ノクト」

イグニスは、覚悟した顔に笑みを浮かべた。ノクトも、なんとか笑って見せて、その肩に手を置いた。

「わーったよ…そっちは任せた。頼んだぞ」


グラディオも、口元でニヤリと笑い、ノクトの肩を小突いた。


「会場入ったら、お前はまっすぐ前だけ向いてろ。余計なことは考えんなよ」


「・・・ああ、わかった」


アコルドが会議の会場を明らかにしたのは、昨晩になってだ。撹乱するつもりなのか、それとも、アコルド政府内部にすでに混乱が起きているのか…そのどっちの要因もあるのかもしれない。はじめは、改装したてのガビアノ闘技場がその会場となると聞いていた。闘技場は以前よりも遥かに豪華な内装が施され、ひと月まえに、アコルドの復興のシンボルとして再開されていた。しかし、なぜか設営が間に合わなかったとかで、結局、ジュレイル広場での開催となった。


「恐らく・・・連盟の入国拒否のせいだろうな」


とイグニスは推測していた。復興半ばのオルティシエの中でも、ガビアノ闘技場は、この10年封鎖されていた地区にある。はじめ、アコルド各地に分散する予定だった会議参加者の多くがケルカノに足止めとなったーアコルド政府の発表では、入国拒否だが。ケルカノからアクセスの悪いガビアノ闘技場まで、会議の参加者を移送しようと思えば、かなりの手間がかかる。ケルカノから、汽船で一気にたどり着けるジュレイル広場であれば、簡単というわけだ。


会場の変更と共に知らされたのは、一般市民の傍聴席への入場ーといっても、ヴィエントスの富裕層が参列者として選定されているのを、事前にイグニスも把握していたー と、会議開催の宣言をルナフレーナに委任する、ということだ。これは、10年前の会見と同じ会場であることを引き合いにしていたが、おそらく、市民の人気を逆手にとって、アコルド主催の和平会議の成功を印象付けるためであろう。


ルーナをなめてんな・・・ と、ノクトはむしろ、ほくそ笑んだ。ルーナも、その要請に顔色を変えることなく快諾していた。その笑った目の奥に、決意を潜ませて。


「ルナフレーナ様のご用意も整いました」


隣の部屋から声がかかり、ノクト、イグニス、グラディオは、応接室の方へ出る。うわああ と感嘆するアラネアの声がすぐに聞こえてきた。ルーナは、10年前の会見を髣髴とさせる細みの白のワンピースを着ていた。短い袖がついており、肌の露出が以前より抑えているのが違うところか。


はああ・・・ と、その姿を見たノクトとグラディオも、ため息を漏らす。イグニスは、二人の反応を聞いて、ただ、笑っていた。


「変らずお美しい・・・」


と、グラディオは、呟く。ルーナは、恥ずかしそうに笑って、


「まあ、お上手なこと・・・」


「いや、自分は真面目です!」


と、グラディオが、まるで口説くように言うので、ノクトは通りすがりにその横腹を殴りつけながら、


「ルーナ、綺麗だ・・・」


と、腕を回して正面から囁きかける。しかし、アラネアは堂々と邪魔しに二人の間に入って、


「ドレスだー、ドレスだー」


と、その長い裾を引っ張った。それを、遠巻きに微笑ましく笑顔を向けながら、テヨが見ていた。ノクトは、アラネアに邪魔されて、ちょっと拗ねつつ、テヨの方を向いた。


「おい、やっぱり、行くのか?」


「ええ」


と、テヨは申し訳なさそうに頷く。


「こんなときに申し訳ありませんが・・・チャンスでもありますので」


「フラン地区への潜入・・・なかなか難しいと思うが」


イグニスが、気遣うように言う。


「理解しています。しかし、会議に警備が集中している今日が、チャンスでしょう。昨晩お話しましたとおり、自分の責任で参ります。不測の事態の時には、どうぞ、私のことはお構いなく。独りで切り抜けます」


テヨは、若さに似合わない悟った表情で、一同を見た。イグニスは、見えないものの、その貫禄を感じていて、初対面のときからテヨには敬意を払っていた。今も、まるで年長者にするように、そっと頭を下げる。目で見るよりも、確かなものがあるかもな・・・と、ノクトは思った。


その時、廊下から戸をノックするものがいて、警護隊の者が緊張した様子で入ってきた。


「表に、迎えの車が参りました・・・会場へ移動を、とのことです」


ノクトは、ルーナ・・・それから、イグニスと、グラディオの顔を順に見て、


「わかった。・・・会場へ向かおう」


と、頷いた。


ビエントスの街中を通って、黒塗りのリムジンが3台ほど続く。会議の開始が予定よりも遅くなって午後をまわっていたので、長引くと予想される会議の後は、今夜も同じホテルでの滞在を予定していた。それでも、ルシス代表団はみな、いっせいに会場に入ることを希望して、車3台を用意させた。アラネアは、警護隊のメンバーと控えの間で待つことになっていて、テヨは・・・隙を見て会場を抜け出す予定だ。


ヴィエントスの街中は、場違いなほどお祭り騒ぎの様相で、今日も、ルナフレーナとノクティスを歓迎する人々の歓声で埋め尽くされていた。長い橋を渡り、オルティシエに入ると、その様子か少し違う。通路の脇を群集が占めているが、その姿はヴィエントスの市民よりも遥かに貧しく、そして、歓声に混じって悲痛な声も聞こえた。半分は・・・アコルド政府に対する非難の声。そして、半分は、和平会議への切実な訴え。2人を歓迎する歓声に混じって、時折こんな声が聞こえてくる・・・


帝国の復活を許すな!


亡霊貴族よ、出て行け!


復興よりも、救済を!


ルナフレーナは、じっと、その声に耳を傾け、そして、敬意を示すように会釈していた。


復興半ばのオルティシエは、ノクトが数ヶ月前に訪れたときと、大きく様相が変わっている。次々と新しい建物が建ち、ここかしこで、古い建物の取り壊しがはじまっている。

「すげぇ、勢いで復興してやがるな。王都の再建も急がねぇと…」

グラディオが、焦りと羨望を滲ませる。

「市民の内面には復興が感じられない」

イグニスは、じっと、人々の声に耳を傾けながら、冷静に言った。

「そら…」

と、グラディオは反論しようとしたが、

「ルシスの話は帰ってからでいいだろ」

と、ノクトがそれを止めた。


見覚えのある市庁舎の建物が見えてくる・・・アラネアが、懐かしそうに、わあああ と声を上げる。ノクトは、オルティシエでの苦々しい記憶が蘇って、思わずアラネアを睨みつけると


「おい! 今日、勝手に飛び出していったら、ここに置いてルシスに帰るからな!!」


と、脅した。お、おおー・・・ アラネアはいつものように、わかったのかわらかないのか、よくわからない声を出して、とりあえずは神妙な顔つきで頷いた。その様子を、イグニスはおかしそうに聞いていたが、グラディオは気難しい顔をして見ていた。アラネアの処遇を巡っても2人には異論があるようで、それも帰国後の懸案として棚上げされていた。


車は、市庁舎の裏手のロータリーに入り、止まる。アコルド政府の関係者が、入り口に立ち並んで一行を出迎えていた。以前、ここで目にした役人も何人かいたようだが、みなノクトには気がついていないらしい・・・アラネアを見て、ちょっとだけ、不思議な顔して、しかし、すぐに気を取り直すと、一行を会場まで案内した。


かつて、ルナフレーナが会見をしたその場所に、今は、会議用の椅子と机とが半円形に並べられていた。一般市民の入場もすでに始まっていて、ノクトたちが会場へ姿を見せると、歓声が上がった。


青空の下の会場には、すでにニフル連盟に面々も、姿が見えた。配置を見て、アコルド政府のいやらしさが伺える・・・ ルシス代表団と、ルシスから同伴していたテネブラエのブラントン大使は、観客を向くように設置された半円の右端に並んだが、ニフル連盟の各地代表者は、半円の反対の左端だ。観客の真向かえ、中央に議長国のアコルド政府関係者、その両脇は・・・まだ空席となっているが、名札を見るとニフルハイム帝国貴族院となっている。その席数は、本会議の半数を占めていた。ハルマとイヴァンの席は、それぞれ引き離されるように、この貴族院の席に混じえて設置されていた。


ノクトは会場に入るや否や、その配置に呆れたように首をかしげ、困惑した様子で席についているハルマやイヴァンに向かって、手を上げたり、頷いたりした。イヴァンは、アコルド政府を挟んで右手側の真ん中で、後ろには、バンアール領の評議員とローランの5人で固まって座っているが、両脇には、貴族院の連中の名札が並んでいる。ハルマは、逆に左手側にいて、隣にルノ、その後ろに警備隊の幹部を3人ほど控えていた。左隣はハンター協会だが、右隣は、ルシスの一行から距離を取るように数名の貴族院の名札が並んでいた。半円の反対の端に位置するトルドーは、後ろに軍の幹部を数人、そして、隣はマグヌ自治領の長老と孫だ。長老は、早くも寝そうな様子で、頬杖をして舟をこいでいる。ケルカノの自治長はその横にいた。ハンター協会の代表団の名札は、アコルド政府の右隣に配置していたが、まだ姿がない。


ルーナは、席に着きつつ、歓声をあげる傍聴席の市民に、笑顔で手を振り続けていた。その間に、ようやくマルコ首相は姿を見せた。貴族院の面々と思われる、重厚な衣装を身にまとった男達と連れ立って現れた。親しさを見せ付けるかのように、和やかに談笑しながら、会場に入り、隣り合わせに座る・・・左隣に座った、派手なカツラの男がエマヌエル公爵らしい。ノクトは見るからに嫌悪感が募り、思わず目をそらしたが、公爵がお愛想でお辞儀をしたのを、ルーナは、構わずに笑顔で頭を下げて応じた。


マルコ首相の後ろに、政府関係者がずらっと並んだ・・・あれ、見た顔だな。と、マルコの真後ろに着いた男のの綺麗な横顔を見る。確か・・・聖務庁副長官の、と思い出した。クラム・クルーは、マルコの頭越しに、ノクトの方へちらりと視線を送ったが、気がついているのか、いないのか、何も表情を変えずに、視線を手元の書類へと移していた。クラムの・・・どこまでも本心が読み取れない対話を思い出して、ノクトはやや、緊張感を覚える。


ハンター協会の代表団は一番最後に入場した。ルシスから同行していたロータス協会理事に加え、ヴォーグがその隣に座った。おや、と思ってみていると、後ろから席を無理やりヴォーグの隣に押し込んで、ブディも最前列に並んだ。あいつも出席することになったのか・・・ マルコの議長席がやや狭くなり、迷惑顔をしている。ヴォーグたちの後ろにも数人のハンターの姿が見えたが、リカルドはいない。ま、あいつは会議向きじゃないしな・・・


一同が席について、突如ファンファーレが鳴り響く。驚いて、会場前方、脇の方を見ると、観衆に向かって舞台の幕開けを知らせるように、ラッパ隊が数人ずつ立って、やかましい音を鳴らしていた。まるで、見世物だな・・・ とノクトは呆れて見ていたが、呼応するように市民たちは歓声を上げていた。ルーナは動じずに、マルコの合図を待って、舞台の中央に歩み出た。10年前のまさしくその同じ場所に・・・開催を宣言するための台とマイクが用意されていた。歓声は一際強くなり、しかし、神凪の声を聞こうとやがて静まった。


「みなさん・・・10年前と同じこの場所に、再び立つことを光栄に思います」


わああ、いいぞー! と、いちいち合いの手が上がる。ルーナは笑ってそれに答えつつ、


「そして、この同じ場所から、今、世界に光が戻りつつあることを、お知らせするのは、どんなに大きな喜びでしょうか」


わあああああ とまた、歓声があがる。


「しかしー」


と、ルーナは浮かれる観衆を制するように語気を強めた。市民は、途端に、しん・・・ とした。


「闇が払われたこの世界で、光を取り戻すのは、神ではありません。また、王でも、巫女でもなく・・・英雄でも、強力な一部のリーダーでもないでしょう。本日、ここに集った方々は、みな、それぞれの地域で生きる、市民のみなさまを代表するだけではなく、志ある、ただ一人ひとりの人間でもあります。私は、今一度、みなさんにお願いをします。手を繋いでください・・・あなたの力を貸してください。この世界に光を取り戻すのは・・・みなさん、おひとりおひとりの力です。今こそ、お互いの違いを乗り越え、堅く手を繋ぎ、この傷ついた世界を癒すために、持てうる知恵と力をすべて結集する時です。この和平会議が、その、はじめの一歩となることを、心より願います」


そして、ほんの少し言葉を止めて、改めて胸を張る。


「・・・ここに第一回、世界和平会議の開催を宣言いたします」


ルーナが、最後に深くお辞儀をすると、しんと静まっていた観衆は、わあああ と声を上げて拍手が沸き立った。会議の舞台で控えていたものたちも、みな、ルナフレーナに拍手を送った。貴族院の連中たちは、拍手を送りつつ、早速何事かをひそひそと話し合っていた。公爵も、マルコの耳元に顔を近づけて、何かを囁いている。マルコは、ルナフレーナに感嘆するような表情を作りつつ、公爵の言葉にも抜け目なく、頷いていた。


ルーナが自分の席へと戻ると、マルコはスッと立ち上がった。まだ、歓声鳴り止まぬ観衆に向かって、大げさに両腕を広げて見せる。


「それでは…ご観覧の皆様はどうぞ、静粛に願います」


その時、会場に控えていた警備の兵隊達が、自分たちの存在を知らしめるように一歩前へ出た。目立つような銃器は手にしていないが、腰のあたりを見れば、それぞれに小銃を装備しているのがわかる。広場を取り巻くように、装甲車も2台ほど配置されていた。

市民たちは、周囲の物々しさに気がついて、急に押し黙った。

「本会議は、各国要人の安全確保のため、厳重な警備の元開催いたします。傍聴席の皆様にあたっては、これより、議事進行の妨げとなりませぬよう、ご配慮ください。万が一妨害行為がございましたら、速やかに御退出いただきますので…」

と、マルコは人の良さそうな笑顔を向けつつ、その言葉は威圧的であった。

「さて…改めまして、ルナフレーナ様、誠に素晴らしいご挨拶を賜わり、ありがとうございました。あいも変わらぬ、美しいお志に、このマルコも、政治家としての初心に帰り、目がさめる思いがいたしました。議長国といたしましても、まさに、皆様の立場の違いを超えて、この会議を円満に進行させていただく所存でございます。」

そして、重々しく分厚い議案書をめくる。各人に届いたのは昨日の午後になってからだ。はじめの議題の一覧だけで数ページに及ぶ…あまりの量に、ノクトは、全部目を通すことを早々に諦めた。イグニスは夜までにすべに目を通して、付箋を貼りまくった冊子をノクトに渡し、印をつけたところだけでも見るようにと、手渡していた・・・はじめの議案のページをめくる。要所となるところが黄色くマーカーしてあった。

「…まず、はじめの議案は、メルダシオ協会ならびにアコルドハンター協会からのご発議です。ニフルハイム内地の被害調査報告並びに、難民対策のご提案です。アコルドハンター協会のヴォーグ理事、お願いいたします」

「ご紹介ありがとうございます…みなさまのお手元に、ハンター協会合同本部がニフルハイム連盟の協力のもと、作成しました報告書をお配りしています。これまでに、調査完了した地域と、その調査結果、そして今後の調査計画について記載いたしました」

あー、こほん。と、早速、公爵がわざとらしい咳をして話の腰を折った。ヴォーグは話を止めたが、公爵はヒソヒソとマルコに耳打ちをする。いかにも…とマルコは頷いて、

「失礼いたしました…はじめに議長国としての立場を明確にしておく必要がございましたな。ニフルハイム連盟という名称ですが…アコルド政府といたしましては、そのような組織、団体はその存在を公式に認定しておりません。従いまして、非公認の有志の集団として、認識させていただきます。以上です。どうぞ、お話の再開を」

ヴォーグは、やれやれと頭を振って

「協会としては、公式だろうと非公式だろうと、平和的な協力者とは協働する方針です。ニフルハイム連盟は、友好的かつ、非常に有力な協力者として認識しています。さて報告の続きですが…」

公爵が不機嫌そうに、ヴォーグを睨みつけているのを、ノクトは笑いを噛み殺しながら見ていた。ルーナはそっと、夫の膝をつねった。

「顔に出てます」

んん… わざとらしく小さな咳をして、表情を作った。ほんと、王様仕様は疲れる。

一方、ケルカノでは、スピーカーからラジオの中継が流れている。

「ほら、もう始まったぞ、いそげよ」

リカルドがニヤニヤしながら、若いハンターたちに声をかける。本部の一番広い会議室に、5、6人が、緑色の風船に必死にガスを詰め込んでいた。ガスを入れられた風船は、部屋の低い天井まで浮上して止まった。部屋の片隅は、そんな風船ですでに埋め尽くされている。

「これ、全部やるんですか?!」

ひとりが、積み上がった段ボールを見て、上ずった声を上げた。

「そうだよ、だから、早くしろって言ってんだろ。予定だと、あと3時間くらいだぞ…」

と、リカルドは腕時計を気にした。それから、ご満悦に笑みを浮かべて、腕時計に見えるその小型の無線機に手を触れた。

えへへ、いいもん貸してくれるじゃないか…

ーこっちはリー 予定通りか?

ーああ。あと12分ではじめる

ー了解

ケルカノの駅舎の中で、同じように腕時計式の無線機で答えたグスタフは、あきれたようにため息をついた。頻繁に連絡すんなと言ってるのに。このオモチャが面白くて仕方ないらしいな…

ちら、と窓から外を伺う。ノルデン中将の部隊は、今日は、要人の護送の名目で、大半がくっついてオルティシエに入っていた。彼が残したのは、物々しい二台の装甲車だが、その兵士達は、直属の上官が不在なのをいいことに、装甲車の上で寛ぎながら、暇そうにラジオの中継を聞いている。

ったく…中将不在中はオレの指揮下にあるんだがな。舐められたもんだ。

それからまた、時計を見た。予定の時間まで7分…そろそろ出るか。グスタフは重い腰を上げた。

駅舎を出て、すぐそばに駐留していた装甲車に近寄る。グスタフに気がついて兵士達は、めんどくさそうに体を起こして敬礼する。

「おい。たるんでるぞ! ちょっとは緊張感を持て!」

はい! 承知しました! と声は威勢がいいが、その目は馬鹿にしたように笑ってる。

中将直属の第2師団は、アコルド軍の中でも最新鋭のデカブツを揃え、士官学校出のエリートが揃う。そのせいか、滅多に内地を出ない。姿を見せるのは祝典のパレードくらいで、市民の中ではお祭り屋だと馬鹿にされていた…そんな部隊が、この大事に警備の要になる任命されるとは。ふふふ、とその裏側を垣間見ているから、つい笑いが漏れそうになる。…さあ、お祭り屋の実力を見せてみろよ。

グスタフは、表面上、兵士達を睨みながら、さっと時計に目をやる。時間だ…顔を上げると、本部の建物の先、もう一台の装甲車の方に、ふらふらと片目の軍曹が近づいていくのが見えた。軍曹は、いつものようにニヤニヤ笑って、横柄な第2師団の兵士達に嫌味を浴びせているようだ…

ああん?  突然大きな声があがり、リカルドが凄みを効かせながら、装甲車の機体を激しく蹴りつけるのが見えた。おい、あれ… と、グスタフの真横の装甲車の2人も、何事かと、注目する。

ああ?! なんだとぉ?!

怒鳴り声がさらに激しくなって、ついにリカルドは、装甲車に這い上った。困惑する兵士達2人が、外に引きずり出されるのが見えた。

「おいおいおいおい!」

グスタフは、声を張り上げる。ピー!と、どこかから、警告を知らせる笛が鳴り響き、引きずり出されてもみ合う兵士達とリカルドのほうへ、周囲の兵隊達も寄っていった。

「おい、お前らもいけ! 第2師団の装甲車に傷をつけさせんな!」

グスタフに言われて、人の兵は慌てて装甲車から這い出すと、第2師団の連中が続々と集まり始めている騒ぎのほうへ駆け出した。その後ろ姿を見ながら、グスタフは後ろ手にさっと、合図を送った。影に控えていた部下のひとりが、素早い身のこなしで装甲車に入り込んだ。

グスタフは、腕時計ではなく、トランシーバー型の軍の無線機を腰のホルダーから取り出して呼びかける。

ーおい、グスタフだ。第2師団は、騒ぎを起こしかけてる連中を抑えろ。何があっても発泡するなよ、オルティシエまで聞こえるぞ!

ぞくぞくと兵が集まってきて、リカルドは今は数十人に取り囲まれている。しかし、その中心にいて怯むことなく、怒鳴りちらしながら、一行を広い荒野のほうへと誘導する…はじめに取り押さえた、兵士の首根っこを押さえつけながらじりじりと、後ずさりする。

さすがに多勢に無勢だな…と見ていると、揚陸艇のほうからアラネア隊の連中が数人近づいてくるのが見えた。

へへへ… リカルドがほくそ笑むのが見えたような気がした。

うわあああ !

途端に緊張が弾けたように怒号が沸き起こる。騒ぎの中心で、リカルドが手当たり次第に、兵士たちを殴りつけているのが見える。

グスタフは、念を押すように無線に怒鳴りちらす…

ーグスタフだ!おい!ハンターをなぶってもいいが、死者は出すなよ?! 銃火器は使わずに大人しくさせろ!!

当然、無線に応答するものはない…男たちの怒号はますます激しくなり、入り乱れて殴り合っているのが見える。荒野にもうもうと砂埃が上がった。

ー聞いてるか?!死者は出すな!!

オレは兵士にいってるんだか、それとも、リカルドにいってるんだか・・・。グスタフは、だるそうにため息をついて、ノロノロと、もう一台の装甲車まで近いた。騒ぎはもう、かなり離れて、荒野の中心あたりに移動していた。グスタフはおもむろに左手をさっとふって合図すると、また、影から部下が1人現れて、するすると飲み込まれるように装甲車に入った。

ハンターたちは本部からとびだしてきて、騒ぎを遠巻きに眺めながら、不安そうにする難民たちに、外に出ないよう呼びかけて回っていた。

時計を見る… あと、10分粘るか。

アラネア隊の加勢のせいで、乱闘は大きくなるばかりだ。その中心にリカルドがいて、けけけけけけ! と大声で笑いながら、実戦経験もさほどない若い兵士たちを次々と殴りつけ、頭突きを食らわしては、バタバタとのしていく… 

ったく…あんまり早く片付けんなよ。

いたくプライドを傷つけられた第2師団の連中が、西のはずれからも駆けつけて仲間の加勢に入った。遠目に、囲まれて何度かリカルドも、パンチを食らうのが見えた…興奮した兵が、どこからか持ち込んだ棍棒を振り上げるのが見えた。

そろそろか…

リカルドやアラネア隊が抜け目なく武器を退けているのを確認しつつ、グスタフは、チャネルを変えて無線機に呼び掛ける。

ーケルカノのグスタフだ!応援頼む!

ーこちら、ノルデンだ。何事だ?

わああああ と、男たちの怒号は、バッチリ無線が拾っただろう。ノルデンはすでに第一声から狼狽えていた。


ー中将、申し訳ない・・・ちょっとした騒ぎが起きましてね。片目の軍曹・・・あれが、兵士と小競り合いを始めて・・・


ー小競り合いだと? 小競り合いのレベルには聞こえないぞ?!


ノルデンは怒り心頭に、怒鳴る。


ーそうですね・・・ハンターが数人加勢したもんで、だんだん騒ぎが大きくなって・・・あと、ああ、難民の連中もどんどん加わってる・・・まだ、帝国軍の連中は静観してますがね。やつらも、物珍しそうに近寄ってきますよ。あいつらとやりあうのはちょっとごめんですね。


と、グスタフは、演出を盛って、報告する。


ーやばいですね。放水車・・・会場の傍に一台つけてましたよね? あれを回してくださいよ


ー会議の最中だぞ!!! お前っ・・・


ーああ、じゃあ、一発ぶっ放しときますか? 会場まで聞こえるかもしれませんが


うううう と、唸る声が聞こえた。血圧上がってるぜ・・・とグスタフはにやけた。


ー・・・放水車を一台、そちらへ向かわせる。私の部隊の小隊もつけてやる。会議が終わったらこの責任は取ってもらうぞ!!!


ー承知しました。助かりました、中将


グスタフはしれっと答えて、さっさと無線を切った。


スピーカーの音はもはや、乱闘騒ぎでよく聞き取れなかった。まるで、乱闘と共鳴するように、貴族院とハンター協会が争っているような声が聞こえる・・・


あっちも、やってるなぁ・・・ グスタフは、呆れたようにため息をついて、腕時計式の無線機を口元に引き寄せると


ーオレはもう行くぞ


と、声を駆けた。応答がないのはわかっている・・・聞いているのかさえもわからんが。グスタフは、騒ぎに背を向けて、駅舎の方へ引き返した。駅舎の近くで、部下が車両を要して待っていた。愚連隊あがりのその男は、上官に対して砕けた様子で


「予定通り・・・無効化しましたよ」


と、笑いを堪えるように報告する。


「ご苦労。まあ、あとは適当に頼んだ。死人だけ出すなよ、あとは、任せる」


「へ? じゃあ、ちょっと混じっていいっすか?」


あん? と呆れたようにそのふざけた顔を見て、


「・・・好きにしろよ。殴ってみたいのは第2師団か? それとも片目か?」


んん~ と部下は迷っていた。グスタフは付き合い切れん、と首を振って、車を出させた。

車両は間もなく国境の街に入る。この町でも、路上に、ラジオやスピーカーをがんがん鳴らして、会議の進行にじっと耳を傾けている市民が集まっていた。あらあらしく、貴族院やマルコを罵っている連中も多かった・・・当然か。マルコの支持者なんて、内地にいかなければいない。ここは、投票権もない連中しかいないしな。


ーこちらT


という音声が腕時計式の無線からなり響いた。


ー会場傍・・・第2師団第4小隊動きました


ーこちらG


とグスタフも答えた。


ー予定通り迎えに向かってる


ー了解です


このわずかな応答で無線は切れる。あの坊主・・・なかなか様になってんな。グスタフは、ふふん、と、鼻で笑った。










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