Chapter 24.6-攻防(2)-

がらっと、ケルカノの合同本部の引き戸が開いた。まだ、空が白みはじめたばかりだ。いつもはこれからが本格的に寝る時間なのだが・・・しかし、寝入り鼻にたたき起こされたにもかかわらず、リカルドはすっきりと目が冴えた様子で、いつになくご機嫌だ。


「うははははははは!!! 本当にいやがった!!!!!」


中に入った途端、カウンターの方を指差しながら、腹がよじれて仕方がない・・・と言う様子で、馬鹿笑いした。


「ちょっと! 近所迷惑だから静かにして」


カウンターにいた女性ハンターは、びしっと、叱りつける。


「わりぃわりぃ・・・」


と言いつつ、何とか笑いを堪えようとするが、ひーひーという苦しそうな呼吸が漏れている。カウンターの前で、丸椅子に腰掛けながら仲良くカップヌードルを啜っていたタルコットと、イヴァンは・・・戦場でも潜り抜けたような泥まみれの格好をしていたが、顔を見合わせて、自分たちも笑った。


「いやあ、今回も期待以上だな、タルコット!」


リカルドは、笑いすぎて涙を浮かべながら、その背中を思いっきり叩いた。タルコットはあやうく、カップヌードルのスープをこぼしそうになった。


「す・・・すいません・・・」


タルコットは苦笑いしながら、また、叩かれる前にと、慌ててヌードルを搔きこんだ。


「おい、すぐに食堂を開けさせろよ、かわいそうだろうが。貴族のお坊ちゃまと育ち盛りの新米にこんな食事じゃ」


「いえ・・・」


とイヴァンも慌てて、


「はじめていただきましたが・・・大変美味しいです」


と、今は、まったく反抗心も沸き起こらずに、素直に笑い返した。冗談みたいに、その頬に泥がついていたので、リカルドはまた、噴出しそうになって


「それにしても、すげぇ様だな。いったいどうやって抜け出してきた?」


「ははは・・・窓から降りたんですけど、塀が高いので、窓沿いに高い植え込みのあるところまで行きまして、そこから・・・」


と、タルコットは頭を搔いた。イヴァンは、少し真面目な顔になって


「タルコットさんがいらっしゃらなければ、とても自分ひとりでは立ちゆかなかったでしょう。そのあと、ここまでの道のりも・・・冷静に、アコルド軍の駐留場所を迂回する道を導いてくださって。私は、ただ後ろをついてきただけです。」


「兵の目を盗みつつ、一晩中歩いてきたってわけだ。やるじゃねぇか坊主」


がはははは と、リカルドは、ぶしつけに、イヴァンの砂まみれの頭をごしごしと撫でた。イヴァンは苦笑しつつ、しかし、リカルドの流儀にも慣れてきたのか、嬉しそうでもあった。


「しかし、どうするの・・・? もうすぐ、邸宅が大騒ぎになるわよ」


「硬いこと言うなよ、オウリン」


と、リカルドはちっとも、動じた様子がない。


「お若い二人が夜中に宿を抜け出したくらいで、治安をかき乱したとはアコルドも言えないさ。くくく・・・そうだな。夜遊びついでに、ケルカノの視察に来たとでも言っておけ。どうせ、あと数時間で、代表団がつくだろ」


「やはり・・・軽率でしたかね・・・」


タルコットは、自分からこの脱出を言い出したために、責任を感じているようだった。

昨夜、晩餐を抜け出すことに成功した二人は、立派な客室まで案内されたのは良かったが・・・部屋には食べるものがなかった。使用人を呼び出して食事を頼むと、ただいまお持ちします、と言ったっきり何も運んでこない。そのあと1,2時間も待ってから、もう一度使用人を呼び出してみたが、同じようにただいまお待ちします、と態度ばかりは慇懃であったが、やはり食事を持ってくる気配がない・・・明らかな嫌がらせだ。


「・・・流石に明日の朝には、食事を持ってきますよね?」


と、タルコットは不安げにイヴァンを見た。イヴァンは自信なさげに頷いたが、そのまま黙り込んだ。もしや・・・和平会議までの数日、このまま軟禁されて、兵糧攻めにあうのでは・・・二人はぞっとした。人里はなれたこの邸宅で、二人がどのような扱いを受けようとも、助けを呼びようがない・・・。


うけけけけけけけ・・・ タルコットの説明を聞いて、リカルドは、また笑い出す。もうっ!! オウリンと呼ばれた女性は、ムッとして、その頭を丸めた雑誌ではたいた。


「そら、傑作だな・・・ まあ、若造に空腹は堪えるよな。いい選択だ。確実に助かる道を選んできたんだからな。自分の命だ・・・生き残りたきゃ、常識なんて考えるもんじゃない」


「しかし・・・荷物も置いてきたままですし」


と、タルコットは落ち込む。イヴァンも、念のため、自分の短剣だけは身に着けてきたものの、この脱出のために軽装に着替えており、着の身着のままだった。


「なあに。荷物なんてあとで取ってきてやるよ。しかし・・・何と言って他の宿を用意させるかね。お決まりの、治安上の何とかっていいやがるに決まってるしな」


リカルドは思案して


「おい、宿舎を一部屋空けさせるか。お前んとこの代表団は何人だ?」


オウリンは驚いて、抗議するようにリカルドの目を見たが、イヴァンはすがるように


「あと、5人です。みな男ばかりですので、その辺の荒野でも寝られます」


と、答えた。


「バカ言わないのでよ? ハンターの宿舎に宿泊させるなんて、アコルドが認めるわけないでしょ?!」


「それが押し通せるのが、若さってもんだろ。イヴァンはここに滞在している経歴があるんだ。その恩返しだとか何とか言って、会議までここで奉仕活動でもすればいい」


「それは・・・ハンターのみなさまと活動させていただけるので?」


イヴァンが、目を輝かせてリカルドの提案に乗ったので、タルコットも、驚いてその顔を見た。


「し、しかし・・・代表団の方々は、和平会議の準備とか、あるんですよね??」


「会議の準備は、夜間に寄宿舎でもできます。いえ、本当にそれは願ってもない機会です。私も、ぜひ、こちらでご恩を返したいと思っていました」


がははははは! いい心がけだ! リカルドはすっかりいい気分になって、ばんばんとイヴァンの背中も遠慮なく叩いた。


「よし・・・タルコット。お前責任もって、会議まで若殿に付き合えよ。 オウリン、部屋の手配を頼む。なに、あと二日だ。数人追い出して、テントにでも寝せておけ。俺はグスタフんとこ行って、邸宅に連絡を入れさせる」


オウリンは呆れた顔をしていたが、結局押し切られたようだ。部屋の割り振りの書類を、早速、手元に引き寄せていた。


じゃあな! あとで食堂でちゃんと食っとけよ!


リカルドがプレハブから出て行くと、イヴァンは、かしこまった様子で立ち上がって、その背中に礼をした。


それから12時間後ー


ー着陸準備!


と言う声が艦内に鳴り響いて、ハルマは顔をしかめた。また、あの不愉快な着陸か・・・毎回毎回、今度こそ大破するんじゃないか、と冷や冷やする。機体のせいか、操縦士のせいか・・・以前、アラネア隊の揚陸艇に乗せてもらったときと、安心感が違うのは何故だろうか。


モニターには、ほぼ平行して飛行していたファグナ領籍の6号機の姿も映っている。あっちも、着陸態勢に入って高度を下げているところだ。


日差しがもう傾いているな・・・ と思いながらため息をつく。朝早く出発した、バンアールの代表団の受け入れで、なにやら混乱が起きていると連絡が入って、時間通りに離陸が許可されなかった。駐留軍の指揮官は、上官から許可が下りるまでは、と、この日の出発さえも保障しない言い草だったが、トルドーが、ここぞとばかりに、特殊部隊の強面の連中を率いて駐留軍の基地に押し入った。まさか、銃撃戦にでも発展するかという緊張感の中で、トルドーは、銃口を向けられても強気の姿勢を崩さないまま駐留軍の指揮官に迫った。


私を撃ち殺せば、それが開戦の合図になる・・・次の世界大戦の引き金を引く覚悟があるか?


あの時の、駐留軍の兵士達の青ざめた顔...ハルマは、思い出してにやけた。


がががががが・・・ 嫌な揺れが来た。ひっ・・・ 横に座っていたルノが、小さく唸って、それから、申し訳なさそうに頭を下げる。その顔は青ざめていた。


「す、すいみません・・・」


同情するようにハルマは首を振った。ががががが・・・ しつこいくらい揺れが続いて、そして、ようやく収まった。ほっと、ルノはため息をついて体の力を抜いていた。


「慣れませんね・・・やっぱり、私は地上を歩くほうが向いています」


「ははは・・・気持ちはわかるよ」


ハルマは同意しながら、いまだにうたた寝ているマグヌ自治領の長老、バサライの肩を揺すった。


「バサライ殿。到着しましたぞ」


床に着きそうな長い髭を垂らして、バサライは舟をこいでいたが、肩に触れられて、はっと顔を上げた。


「おや・・・もうですか。ほんとに早いねぇ、この空飛ぶ乗り物は。年寄りが昼寝の暇もない」


「もう少し寝ていただいてもいいですよ。出迎えが間に合っていないと、連絡がきていますので、まだ、少し待機することになりそうです」


いやいや、とバサライは立ち上がって、腰を伸ばした。小柄だが、なんの、背中はぴしっとしている。


「ずっと座っているのも腰に来るのでね・・・」


ハルマは、一同を揚陸艇に残して、ひとり、様子を見に先に舟を降りた。数m先で、同じように6号機が止まって、トルドーと数名が降りているのが見えた。その、さらに向こうに、ケルカノの町が見える・・・広々とした空き地の向こうに、まず見えるのは、一定感覚で棒のようなものが立てられ、盛り土がされている場所だ。数名の難民が佇んで、祈りをささげているのが見える・・・おそらく、共同墓地なのだろう。ハンター協会の拠点と思われる一連の建物は、さらにその先だ。随分と離れた場所に着陸させられたな・・・荷物を運び出すのも一苦労じゃないか、とハルマはため息をついた。


「少将」


と声を駆けて近づくと、トルドーも、頭を振って答えた。


「まったく・・・客人を出迎える気がないらしいな。ハンター協会からも、しばらく待機との回答ばかりだ」


「二人で協会の建物の方まで行ってみるか? それとも・・・」


と、協会の建物の割と近い場所に停泊している揚陸艇の方を向いて、


「アラネア隊の2号機だな。彼らに話を聞いてみるか・・・」


いや、とトルドーは否定して、黙ったまま双眼鏡をハルマに渡す。ハルマは、そこから2号機の方を覗いてみた。ああ・・・ 近くに装甲車が止まっているとは思ったが、その周辺にも兵士が隊列を組んでいて物々しい。そのまま、ハンター協会の建物の辺りも覗いてみたが、装甲車が点々と並び、兵士達が通りを塞いでいる。


「やれやれ・・・思った以上の抵抗だな。往生際が悪い」


「当日まで封鎖しているわけには行かないさ。まあ、はじめから歓待は期待していなかったがな」


トルドーは、疲れたようにため息をついた。


「おい、ジープが来るぞ」


と、双眼鏡を覗きながらハルマが教えた。砂煙を建てながら、ハンター協会の建物の表の方から軍用のジープが進んでくる・・・あれは、ノクトが置いて行ったのと同じ車両だ。


「ようやくお出迎えかな」


ハルマは、双眼鏡をトルドーに返すと、待ち構えるように腕を組んだ。ジープは、共同墓地の脇を折れて、まっすぐにこちらに向かってきた。ジープが立てる砂埃は風に流されて、墓地で佇む人たちを巻き込んでいた。


ったく・・・ 嫌がらせか?


ハルマは、苦々しくその様子を眺めた。


やがて、ジープは、目の前までやってきて、止まった。後部座席から、男が降りてきた・・・軍服を着ていなかったので、あれ、と思う。屈強な体に、申し訳程度によれよれのTシャツを身に着けている。その右目は、刀傷でつぶれていた。反対側からは、軍服を着た男が降りてきたが・・・いかにもだるそうな様子をして、一同には近づかずに、車に寄りかかってこちらを見ている。


「おう、ご苦労さん。和平会議の参加者のみなさん!」


と、刀傷の男はやけに馴れ馴れしい挨拶をしながら、近づいてきた。トルドーは、さほど興味もなさそうに握手に応じる。ハルマも握手を交わしながら、


「あんた、リカルドだな?」


と、言い当てた。


「嬉しいね。俺も有名になったな」


と、リカルドはわざとおどけて見せた。


「とすると・・・もしかして、あっちが、グスタフ少佐か」


ハルマが聞くと、グスタフは、だるそうにちょっと右手を上げて見せた。


「入国の管理は、ノルデン中将が行うと聞いていたが、彼はどうした?」


トルドーは、めんどくさいことになったと感じながら、ため息混じりに聞く。


「それが、ちょっと手違い続きでね。あっちの軍の本部に、ハンター協会から担当者が詰め掛けて交渉中なんだが・・・会議当日まで入国させないとか言いはじめてな」


「バンアールの連中はどうしたんだ?」


ハルマが心配そうに聞いた。


「ああ・・・坊ちゃん方は、今頃、あの辺のキャンプで奉仕活動をしてるぜ」


けけけけ とリカルドは何が楽しいのか、笑った。


「事の発端はあの坊ちゃんでさ。ルシスご一行とは引き離されて、亡命貴族の邸宅に招かれていたんだが、気に入らなくてケルカノまで脱走してきたんだ。まあ、詳しくはあとで本人にでも聞いてくれよ」


ええ? ハルマは、驚いてトルドーと顔を見あわせる。


「それで・・・バンアールの連中は、ハンターの寄宿舎の一画に滞在することを希望したもんで、中将のやつが拗ねちまってな。警備計画がむちゃくちゃになるって。大人気ないよなぁ、相手は16の若造だぜ。それで・・・あんたらは、ふかふかのベッドのあるホテルの部屋で眠りたいかどうかを聞きに来たんだよ。ホテルに入りたいなら、入国後の行き先について文句は言うなってさ」


その時、グスタフがいらいらして、口を挟んだ。


「お前の説明は嫌味が過ぎてわかりづらいんだよ・・・」


そして、だるそうに一行に近づくと、死んだような魚のような目をして二人を見た。


「単刀直入に言おう。参加者は当日まで接触ができないように、バラバラにされる。入国したら、行動は制限され、アコルド軍の監視がつく。先に入ったルシスの連中は、1日かけて、ホテル中に仕掛けられた盗聴器をはずしてた・・・ご苦労なことだ。それでも、中に入るか? ちなみに・・・ユスパウ男爵の行く先は、さっき言ってたエマヌエル公爵の邸宅になる。貴族なら歓待してもらえるだろ。バンアールの若旦那は気に入らなかったようだがな」


さあ、どうする? というようにグスタフは二人の目を見た。


「たかだか二晩だ。こっちは、この辺でキャンプで構わん」


トルドーは、即答した。


「ああ、しかし・・・」


とハルマは戸惑った。


「ご老人が独りいるんだ。マグヌ自治領の長老だ。介助に孫もくっついてきてる。寄宿舎には空きはないのか?」


リカルドは、うーんと、唸って


「じゃあ、あれだな・・・バンアールの若いのを二人、タルコットと一緒に希望の家に突っ込むか。長老と孫は、シャンアールのご老人たちと相部屋になるが、ベッドには眠れる。それでいいだろ」


「そりゃ助かるが・・・希望の家って言うのは?」


「孤児院だよ。心配ない。ガキと一緒に雑魚寝だが、大の字で眠れる」


と、リカルドは、またニヤニヤと笑った。


「じゃ、これできまりだな」


グスタフはそう言うと、もう用はないという様子で、さっさとジープへ乗り込んだ。リカルドも、その後に続こうとしたが、


「あ、ちょっと」


とハルマが呼び止めて、


「帰りは、墓地の脇を通るなよ。砂埃が参列者にかかる」


と、言い添えた。ん? とリカルドは不思議な顔をして、ちらりと墓地の方へ視線を向けた。そこに、参列者の姿を見つけて、ああ・・・ と納得する。


「そりゃ、失礼!」


リカルドが車に乗る込むと、おら、怒られただろ。注意して運転しやがれ、と、まるで自分の部下のように運転手に怒鳴っているのが聞こえた。ジープは、来たときよりは遠巻きに墓地の脇を通ったが、やはり砂埃が湧き上がって、はずれの方のお墓の前に佇んでいた女性にふきかかる・・・と同時に、何か布のようなものが、砂埃と一緒に空に舞い上がった。女性は、困ったように空を見上げ、布を追いかけるそぶりを見せた。


ったく、あいつら・・・ ハルマは、墓地の方へ小走りに近づいた。


舞い上がった布は、上空でさらに風に煽られるようにしてもう一度舞い上がり、墓地を外れて、荒野の方へ流れた。ハルマは、行く先を見定めようと目を凝らして、その先を追った・・・風にまうようにして、少しずつ降りてくる。ハルマは、空を見上げながら左に、右にと狙いを定めて、最後に手を伸ばして布を捉えた。


手にした小さな布を広げてみて、あ・・・ と息を呑んだ。タオル時で出来た赤ん坊の前掛けだった。野ざらしにしてあったのか、酷く薄汚れている。


ハルマは、墓地の方を見た。先ほどの場所に、黒いケープを被った女性が立ち尽くし、じっと、ハルマの方を見ていた。ケープの下から覗いた美しい顔に・・・表情が失われていて、ドキッとした。その目は、あまりに深い悲しみを湛え、灰色に沈んでいる。


ハルマはなるべく、平静な様子を繕いながら、ゆっくりと女性に近づいて、手にしていた前掛けを差し出した。


「ありがとうございます」


女性は、両手で受け取って、頭を下げる。そして、墓標として立てられていたただの棒切れに、子どもの証として前掛けを結び付けようとした。墓標の手前の盛り土は、ごく小さいものだ。盛り土の周りを、飾りつけるように、小石が並べられている。


「よければ・・・オレが結ぼう。それでは、また風に飛ばされてしまう」


ハルマが手を添えると、女性は、大人しく前掛けを託した。飛ばないようにと、くぼみにうまく引っ掛けるようにして前掛けの紐を結びつけ、硬く締め付ける。前掛けは、こどもの居場所を教えるように風に静かにはためいた。


「さあ・・・これで大丈夫だ」


女性は静かに頭を下げると、墓の前にしゃがみこんで、静かに祈った。


「オレも・・・祈らせてもらっていいか?」


遠慮がちにハルマは声を駆けた。女性は、ちらっと、ハルマの方を見やって、それから、承諾するように頷く。ハルマも、女性の隣に跪いて、胸にこぶしをあて、目を閉じて祈った。


「少し・・・早く生まれてきてしまったのかもしれません」


女性は静かに言った。


「あと少し、遅く生まれてくれば・・・太陽の日差しの中で。そうすれば、生きていられたのかもしれません」


淡々とした女性の声を聞きながら、ハルマは、小さな墓標をじっと見つめる。助けてやれなくて、悪かったな・・・ 胸のうちでそっと語りかける。


「・・・でも、この子は幸せだったと思います。こちらの医療チームの方たちが、手を尽くしてくれました。最後は、冷たい土の上ではなく、医療テントのベッドの中で、穏やかに眠りにつくことが出来ました。この・・・荒野には、ただ、野ざらしにされたこどもたちの遺体が、いたるところに転がっていますから」


ハルマは、何も答えることができずに、じっと耳を傾けていた。女性は、そっと、盛り土のまわりに石を一つ加えた。黒光りする綺麗な石だった。


「綺麗な石だな・・・」


「さきほど、工事現場の近くで見つけたので、持ってきたのです。こういうキラキラするものが好きな子でした。とても寂しいお墓ですから、少しは飾ってやりたくて」


「そうか・・・どこかで綺麗な石を見つけたら、ここへ置いておくよ」


女性は顔を向けなかったが、その、喪に伏した黒いケープの下で、少しだけ微笑んだような気がした。ハルマは、立ち去りがたい気持ちの中で、ようやく静かに立ち上がった。


「それでは・・・これで失礼する」


「重要な、会議にいらしたのですね?」


女性は、しゃがみこんだまま、顔も向けずに聞いた。


「ああ・・・そうだ」


「会議の成功をお祈りします」


と言って、お墓に向かってまた手を合わせ、じっと祈りを捧げていた。


「ありがとう」


ハルマは、祈り続ける女性にそっと頭を下げて、ようやく、墓地から離れる。西に傾いた日に照らされて、揚陸艇から、長い影が伸びているのが目に入った。











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