Chapter 24.5-攻防(1)-

「ようやく・・・」


と言う声が、それは小さな呟きだったが、ノクトの耳にも届いた。もう日も暮れた折、ようやく宿泊先のホテルにたどり着いたノクトは、その玄関先に、懐かしい王の剣の衣装を目にする。


見えないはずのイグニスが、真っ先に顔を上げて、ノクティス夫婦の方へ顔を向けた。続いて、その横にいたグラディオと、そして傍に控えていた警護隊のメンバー数人も、両陛下の到着に気がついて、はっと、姿勢を正すと直ちに敬礼をした。


「待たせたな」


と、王様らしく声を駆けたが、正直、たどり着いたノクトの方が、うんざりした様子で、二人の姿を見てほっとしていた。そして、イグニスの肩を抱く。イグニスは、冷静な顔を作りつつ、体が震えているのがわかった。


「ノクト・・・陛下・・・」


二人が抱き合う姿を見て、グラディオは、図らずも、うっと、こみ上げるものがあって、必死に涙をこらえているのがわかった。ノクトはその様子に気がついて笑って、今度はグラディオに向き合う。


「おう」


「おうじゃねえ、バカ!」


と、ついつい、グラディオはいつもの調子で答えてしまう。イグニスは、ちょっグラディオを嗜めるように顔を向けた。それから、大体の予測で体をむけ、


「ルナフレーナ様・・・よく、ご無事で・・・」


と、胸に手を当てて、頭を下げる。ルーナも、その肩にそっと手を触れた。


「イグニス様・・・ありがとうございます。ご心配をおかけいたしました」


その様子で、もう、グラディオは鼻をすすっていた。


「こ、この、バカが大変ご迷惑を・・・」


と、泣きながら、自分も頭を下げる。ルーナも、二人の側近の心情に共鳴するように目を潤ませて、


「よく.・・・ノクティス様を送り出していただいて・・・本当にありがとうございます」


と声を震わせる。


「・・・ご結婚とご懐妊、おめでとうございます」


イグニスは、側近らしく、礼を尽くして祝いの言葉を述べた。


「ありがとうございます・・・この大変なときにお騒がせして申し訳ありません」


と、ルーナは目を拭いながら頭を下げた。


「とんでもない!」


とグラディオは遮り


「こいつは、ぼおっとしてますんで、ほんと、儲けものです!」


グラディオの言う事は、興奮しすぎてちょっと可笑しかった。イグニスは顔をしかめて


「グラディオ・・・王と、王妃の御前だぞ」


と、盟友を嗜めたが、ノクトは笑って


「別に会議でも記者会見でもないんだ。そんな堅苦しくするな。それより、今日はくたくただ・・・もう、部屋で気楽にしようぜ」


と、ノクトは一番、場に相応しくないような砕けた様子で、申し渡した。お前なぁ・・・と、グラディオが呆れたり、イグニスが苦笑したりしたが、この一言でようやく、ホテルのロビーで陣取っていた一行は、そのホテルでの最上室のスイートルームへと移動した。アラネアは、もう眠くてぼんやりとして、テヨの手にもたれかかっていた。


部屋に入ると、しかし、ゆっくりするという雰囲気でもなく、早速、イグニスとグラディオと2人で書斎へ篭った。


「で、状況はどうなってる? すっかり、到着が遅れた・・・ケルカノではまったく時間が取れなかったしな」


ノクトは、険しい顔をして、二人に聞いた。


「なに、アコルドが最後の足掻きをしている」


と、イグニスは余裕のある表情をした。


「こっちも、到着してから行動制限されている。治安上の名目でな・・・だが、あっちの監視網をかいくぐって動いている。ハンター協会が随分働いてくれてな。ケルカノの自治長にも話はついたようだ」


「そうか・・・それは助かるな」


ノクトは、ほっとして胸を撫で下ろした。


「アコルドの内部でも、話はしてるぜ。オルティシエの市長には話はついたしな。カメリアもなんとか保護できたし・・・」


とグラディオも、ドヤ顔で報告する。


「カメリア?! どうかしたのか」


ノクトが驚いて言うと、


「ああ・・・この1週間ほどだが、アコルドに怪しい動きがあって、ハンター協会で匿ってる。我々も、少しだが協力した」


とイグニスが補足した。


「たぶん、ノクトがシャンアールに足止めされたのも、それが要因だろう」


「現政権のマルコは、このところ、急激に支持率を下げているらしいぜ・・・後ろ盾に、帝国の亡命貴族がいるみたいだが、連中、相当焦ってやがるな」


グラディオも、にやっと笑った。ふううん、とノクトは唸りつつ、腕を組んで考え込む。


「現政権の不安定が・・・吉と出るか、だな・・・」


その時、なぜか、グラディオは、ちっ と悔しそうに舌打ちした。


「なんだよ?」


ノクトは、不思議そうにグラディオを見る。グラディオは、照れ隠しのように、ぷいっと向こうを向いたが、イグニスは


「グラディオは悔しいんだよ。お前が・・・勝手に王様らしくなって帰ってきたからな」


と笑った。

はああ?! とグラディオは大いに反抗して声を荒げたが、何も反論せずに、ただ、照れ隠しにふてくされて見せただけだ。王としての自覚がさほどもないノクト本人にしてみれば、? と言う感じだ。


「まあ・・・アコルドを刺激するより、あとは出たとこ勝負になるだろう。和平会議に出席者がそろえば、それでいい」


と、イグニスは、悟ったようなことを言った。


「そうだな・・・連盟の連中も、今頃、シャンアールについてるはずだ。さすがに、先日の会見をしておいて、これ以上の妨害も出来ないだろ」


ノクトは、ため息をついた。


「ルナフレーナ様はどうされるんだ・・・?」


心配そうに、グラディオが聞いた。ノクトは、ルーナたちがいる居室の方を気にしながら


「明日の検査結果次第だな・・・ 何も異常がなければ出席する。本人が譲らないんだ・・・」


と、ノクトは顔をしかめた。ふふふ とイグニスは笑って


「あちらの方が上手だ。女性の体のことはこちらもわかりかねる・・・ご本人の意思に任せるより仕方がない」


と、あっさりルーナの肩を持った。


「なんだよ・・・お前なら止めると思ったが」


へへへ・・・ とグラディオは意味深に笑った。


「アラネアの件もあるしなぁ・・・女に口出しするのは、懲りたんだよな?」


「アラネアって・・・でかい、あっちのアラネアか?」


「そうだ・・・聞いているか? コル将軍との間に・・・」


「ああ、つい先日聞いたばかりだよ」


と、ノクトは、呆れてみせる。


「驚いたけどな」


「こっちも、割と最近聞かされたんだ。今知っているのも、ごく、近しいものだけだ。オレも、下手に口を出しそうになって・・・逆鱗に触れた。アラネア隊が結束して帰国させたはいいが、それ以上は、コル将軍も、口出しできない状態だ」


イグニスはばつが悪そうに頭をかく。 はああ・・・? とノクトは、納得いかない様子でいた。


「男には一生理解できないんだよ・・・それは、女房にもしょっちゅう言われる」


と、グラディオが笑いながら付け加えた。


「あっちは、赤子の命と一連托生だからな。オレらは、黙って見守るしかない・・・それなりに手助けはするがな」


「そういや、お前んとこの、2番目はどうしたんだ?」


と、ノクトは王都から出発するときのグラディオの告白を思い出した。


「おう、もうちょっとで臨月だな。早く帰りてぇよ」


グラディオは、ちょっと頬が緩んだ顔で答えた。


「しばらく、王宮は出産ラッシュだな」


と、イグニスも笑った。


「プロンプトがまさか、お前から離れるとは驚いたがな・・・おい、相手はどんなやつなんだ?」


と、グラディオは、野次馬丸出して、身を乗り出した。


「よほどのボインか?」


う、うーん・・・ とノクトは唸って


「・・・これまでの、あいつの好みとはまるで違うと思う」


と、歯切れの悪い言葉を返す。


「なんだよ。まさか、清楚系か?!」


ノクトは返事に困って


「なんつーか・・・ 会ったら驚くな。ちょっと、ぶっとんでる。でも、ルーナの親友なんだ」


そうかぁ、ルナフレーナ様のご親友かぁ、と、グラディオは明らかに違う想像をして、鼻の下を伸ばしていた。


「いずれルシスに戻るんだろ・・・お前の結婚式には間に合いそうだな」


と、イグニスはほっこりして言った。


「結婚式って・・・チパシで、もう、やったぞ」


はああ?! とグラディオは大きな声を張り上げた。


「ルシスで正式なやつをやるに決まってんだろ!」


ノクトはプロンプトの予言を思い出してげんなりしながら


「そんなご時勢か? ルーナも妊娠中だし・・・金もかかるだろうが」


グラディオは続けて何か反論しようとしたが、イグニスが止めた。


「やめよう。今は、和平会議に集中したい。後のことは、帰国後に話し合えばいい」


ノクトとグラディオはぐっと、言葉を止めて、イグニスの冷静な提案を受け入れるしかなかった。


一方、その頃・・・ イヴァンは、戸惑いの中にいた。宿泊先として、ホテルではなく・・・ビエントス郊外の煌びやかな邸宅に招かれていた。同伴していたタルコットも、ただただ困惑して、その、豪華な装いに驚くばかりだったが、それでも、独りでいるよりは、遥かに心強い。


イヴァンの脳裏に、昼間、ケルカノで足止めされたときのことが思い出されていた。突然、同伴者として任命されて、戸惑うタルコットと、二人でリムジンに隣りあわせで座り・・・特に会話もないままに、ノクティス、ルナフレーナ両陛下の歓迎で押し寄せる群集たちを呆然と眺めていた。あ・・・ とはじめに外の異変に気がついたのは、タルコットで、ハンターとしてさすがに、周囲への観察眼が高いと思った。声を上げたと同時に、車が急ブレーキをかける・・・見ると、難民らしき、ぼろをまとったこども達が、車道に躍り出ていた。


「気をつけてください! 興奮しているみたいだから!」


タルコットは、こどもたちを気遣うように、運転席に身を乗り出して声を駆けていた。運転手をしていた兵士は、迷惑な様子で、ちっ と舌打ちをしていた。こどもたちが飛び出して、後を追いかけるように、兵士やハンターたちが車道に入った・・・しかし、子ども達が堰を切ったようにつぎつぎと車道に入り、目の前は、大混乱となっていた。


「こりゃ・・・しばらく、動けませんね」


と、タルコットは苦笑いしながら、イヴァンの方を振り返った。


「構いません・・・今日は、私の方は特に急ぐ用もありませんので」


こどもたちは、アラネア! アラネア! と叫びながら、前の車の後を追っているようだった。


「あはは・・・あれは、あーちゃんのファンクラブだな」


とタルコットは微笑ましく、こどもたちの様子を眺めていた。


「アラネアお嬢様・・・の?」


と、イヴァンは不思議そうに聞く。


「ええ・・・聞いた話では、ノクティス陛下とケルカノに滞在した折、こどもたちに大人気だったらしいです。絵を描いたり、お話をしたりね・・・元気のいい子ですから。ニフルハイムの難民の間でも、大人気でしたよ。どこへ行っても人を笑わせるんです」


タルコットは、にっこりと笑って、答える。へぇえ・・・ イヴァンは、そういえば、ケスティーノでは、討伐の後、しばらくこどもたちが興奮して走り回っていたのを思い出した。あの時は・・・長く続いた緊張が解けた反動だろうと思って、微笑ましく見ていたが、その先頭にいたのはあの女の子だったかもしれない。


ーノルデンだ。リムジン2号車


と、無線に連絡が入り、運転手は車に備え付けられていた無線機を取った。


ーこちら2号車


ー今、こどもが車道に出ている・・・ハンター協会が対応している。そちらは、安全を確認してから目的地へ出発せよ


ー了解しました


こどもたちの騒動がしばらくは収まりそうになかったので、運転手はエンジンを切った。車内は、万事休す・・・といった様子で、緊張が緩んだ。


「あの・・・」


と、イヴァンは遠慮がちにタルコットに問いかけた。


「タルコットさんは、ノクティス陛下から随分と信頼がお厚いのですね。陛下におつかえして、長いのでしょうか?」


タルコットは、返答に困りながら、


「ええと・・・その、幼い頃からお世話になっていまして・・・王都の陥落の際に、身内をなくしたものですから」


と、しどろもどろに答えた。イヴァンは、はっとして


「それは・・・お気の毒なことをお聞きしました」


と、しゅんとして、頭を下げた。


「いえ! ・・・あの、昔のことですので、どうぞ、御気にせず」


タルコットは慌てて言ったものの、・・・しかし、気にしないでいられるだろうかと、自分でもいぶかしく思った。二人の間に、なんだか、重い空気が流れた。


その時、外の喧騒が一段と酷くなり、こどもたちがわあわぁ騒ぎながら、次々とハンターの屈強な男達に担ぎ出されていくのが見えた。あはははは・・・ タルコットは苦笑いしながら、自分も手伝ったほうがいいかなぁ、と思案していた。

その時、ばん! と、唐突に車の戸が開いて、二人は驚く。運転手も驚いて後ろを振り返ったた。


「おう、タルコット! 随分、出世だな・・・こんなリムジンに乗り込むなんて! しかし、お前の主人についてなくてよかったのか?」


と、ふざけながら覗き込んだのは、リカルドだ。イヴァンは、以前ケルカノを訪れ時に、遠めに目にしていた男の顔を、まじまじと見た。その右目が刀傷でつぶれた恐ろしい形相をしているが・・・その男が、親しげにタルコットに話しかけるのを見て、驚いた。


「り、リカルドさん?!」


タルコットは戸惑いつつ、リカルドがそのまま、何のためらいもなくリムジンに乗り込んでくるのをどうしようもなかった。リカルドは二人の向かい側にひとり、でん、と腰掛けると


「なんだよ、エンジン切ってるのか? おい、エアコン入れろよ!」


と、横柄な態度で運転手に要求する。兵士は、迷惑そうな顔をしつつ、しかし、言うとおりにエンジンをかけてエアコンを入れていた。


「まがいなりにも貴賓だろうが・・・ええと、バンアール領の跡取り息子だな?」


にやにや笑うその顔は、明らかに失礼な感じを受けた。


「いかにも・・・父の代理でまいりました、イヴァン・バンアールです。確か・・・以前、こちらでお世話になったときも、何度かお顔を拝見しましたが」


そうだったそうだった、と、リカルドは笑って


「あんときは、さほど話もできなかったな。伯爵がこられないということは、シャンアール城への派兵がきいたらしいな? 息子には、さすがに留守を任せられなかったか」


と、相変わらず遠慮のないことを言うので、イヴァンはむっとし、それを見ていたタルコットははらはらした様子で、二人の顔を見比べていた。


ーおい、リカルドだ。こどもがきりないぞ。アラネア車はもう通り過ぎたか?


リカルドは、イヴァンの反応などお構えなしで、無線に呼びかけている。


ーこちら、ボロッカ。1号車は今、キャンプを出て行くところだ・・・ 今、そちらへ応援に行く


ー頼むよ。ガキは興奮すると収まりがきかねぇからな


「あのぉ・・・僕も手伝いましょうか?」


と、タルコットは恐る恐る申し出た。


「ばあか。お前、大将にまた面倒な仕事でも押し付けられてんだろ。今度は、この坊やの面倒か?」


ひっ・・・ とタルコットは、肩を震わせた。 イヴァンは、ますますムッとして、


「ノクティス陛下にお気遣いいただき・・・タルコット殿に同行していただいたのです。バンアール領の代表団がまだ、こちらに到着していないもので」


リカルドは、ニヤニヤと笑って


「そら、ご苦労・・・あいつも、なかなか勘がいいな。タルコット・・・お前、この坊ずに張り付いていろよ」


と、思わせぶりに言う。


「この先はホテルじゃねぇぞ・・・なぁ?」


とリカルドは、運転手の方を見た。運転手は明らかに動揺していたが、何も答えずにいた。その様子を見て、それまで反抗心をむき出しだったイヴァンも、不安な目をリカルドに向けた。


「それでは・・・」


「ああ、御貴族様を特別に招待したいっていうやつらがいるんだ・・・さぞかし持て成してもらえると思うぜ? まあ、気をつけな・・・ただの持て成しより高いもんはないからな」


けけけけけ... と笑いながら、リカルドは、そつなく周囲の様子に気を配っていた。こどもたちがようやく車道から連れ出され、それまで、集まっていた群衆もまばらになっているようだった。


ーおい、リカルドだ。車を動かすぞ?


ーああ、大丈夫だ


よし・・・ とリカルドは頷いて、車の扉を開けた。タルコットもイヴァンも、すがるような目を向けたが、つれなく


「じゃあ、あとは頑張れよ、ルーキーズ!」


がははははは・・・ と笑いながら、戸惑う二人を車内に残して、車を降りた。運転手は、ほっと安堵した様子で、ようやく車を発車させた。


その後・・・二人は沈黙したまま、ただ、車に運ばれて行った。ケルカノを抜けた後・・・いつまでたってもひたすら崖の上を沿って進んで、町には近づかなかった。まるで、誘拐された子どものように不安になりながら、しかし・・・相手は、たかだか、運転をしている若い兵士一人なのだ。時折、イヴァンとタルコットはお互いに目を合わせながら、いざと言うときには力を合わせようと、気持ちをすり合わせていた。


間もなく、道の先に、城...とも言える規模の、邸宅が見えてきた。シャンアールの古城のような高い建物はないものの、敷地の広さで言えばシャンアールに匹敵するものがある。二人を歓迎するように、その立派な門が開き、二人は、入り口の噴水を見ただけでも、よほどの資産の持ち主だと理解する。


「ここは・・・」


イヴァンの質問に答える間もなく、車は、邸宅の入り口に止まった。


「和平会議中のご滞在はこちらに」


と、運転手の兵士は、淡々と告げた。間もなく、入り口で出迎えていた使用人達が、丁重に車の戸を開ける。


「お待ちしておりました・・・イヴァン・バンアール様。和平会議まで、ここ、エマヌエル公爵閣下の邸宅で、おもてなしいたします」


「エマヌエル公爵・・・」


イヴァンは驚きの声を上げた。


「ご存命だったのか・・・」


「もちろんでございます。他にも、キャンベル侯爵、グウォン伯爵、ローベン伯爵、サイモン男爵はじめ、ニフルハイム帝国各領のみなさまが、本邸宅にお揃いでございます。みなさま、イヴァン様のご到着をお待ちでございます。晩餐のご用意も整っておりますので、どうぞ広間の方へ・・・」


イヴァンは呆気に取られて、ただ、導かれるままにふらふらと、使用人の後を追おうとした。しかし、はっとして、タルコットの方を振り返った。彼は、使用人に別の場所へと誘導されるところだった。


「まってくれ・・・彼は私の友人。同行してもらう」


タルコットは、遠慮するように首を振ろうとしたが、イヴァンの目が険しいのに気がついて、傍に近づいて囁く。


「僕は・・・この格好では・・・」


イヴァンは貴族の正装をしていたが、タルコットは明らかに場違いな衣装だ。しかし、イヴァンは怖い顔をして頷き、


「申し訳ありません・・・できれば、お付き合いください」


と、低い声で頼んだ。タルコットは、戸惑いつつ・・・しかし、ノクトから託された使命と、リカルドの警告を思い出して、覚悟を決める。


「それでは、従者の方もどうぞこちらへ」


と、使用人は慇懃に頭を下げて、二人を広間の方へ誘導した。シャンアールでも、貴族のもてなしを受けていたタルコットは、落ち着け、落ち着け・・・と自分に言い聞かせながら、イヴァンの背中に張り付く。しかし、一歩、その広間に足を踏み入れて、圧倒された・・・ その広さは、シャンアールで通された広間の数倍はあった。内装は、シャンアールのような古く引きついだような格式を感じない代わりに、見るからに煌びやかでお金のかかった調度品がひしめいていた。その中で、着飾った男女が100人近くいるだろうか・・・ ここかしこに、用意された丸テーブルには、色鮮やかなオードブルが並び、飲み物のグラスを運ぶボーイが、紳士淑女の合間を忙しそうに歩き回っている。


「これは・・・」


と、思わず呟いたイヴァンは、圧倒されるよりも、明らかな不快感を示して、顔をしかめていた。


「おお、いらしたぞ! これは、イヴァン・バンアール殿!」


大げさな声が上がって、広間の前方から、一段と煌びやかな衣装をまとい、はではでしいカツラをつけた男が、親しげに両手を広げながらイヴァンの方へ近づいてきた。その取り巻きだろうか・・・同じようにカツラをつけたり、仰々しい格好をした男達も、その背後から近寄ってくる。


イヴァンを先導してきた使用人は仰々しく男の方へ手を掲げ、


「館の主・・・ジャン・エマヌエル公爵閣下でございます」


と継げた。イヴァンとタルコットの間に緊張が走った。


「イヴァン殿!」


公爵は、親戚のような馴れ馴れしさで、いきなりイヴァンの肩を抱きながら、その手を握った。


「随分ご立派になられて・・・元服されて、お父上の代理を果たされるとは、大したものだ」


「公爵閣下・・・このようなご歓待、誠に感謝いたします」


と、イヴァンは急に胸を張って、動じない様子で公爵に答えた。公爵は、満足したように笑いながら、


「なに、ご自身の城のようにお寛ぎください。私を・・・父の代わりと思って」


と、いやらしい目を向ける。は・・・ 低く答えつつ、イヴァンは、形ばかり慇懃に頭を下げるが、まったく警戒を解いた様子はなかった。公爵は、後ろに控えるタルコットは、まるでその存在がないかのように気に留めていなかった。イヴァンをそのまま、誘って、広間の奥の方へと導いた。


「みなさまに、この立派な青年を紹介しないといけませんな・・・」


と、呟きつつ、広間の中央へ、イヴァンを誘導していく・・・客人たちは、公爵の意向に沿うようにと、自然とそこへ集まってきた。


「こちらは、キャンベル侯爵と、その御息女、アーベル嬢。おお、バンアール領とキャンベル領は、確か、東の方で接しておりましたな。この10年の混乱で途絶えていたでしょうが、その前は、両領域は、かなり親密な関係にあったと記憶しておりますぞ。お父上も、この再会をお喜びくださるでしょう・・・ああ、あちらは、グウォン伯爵。お母上のご実家ではございませんか。伯爵は、お母上の従兄弟に当たる方。このような親族の再会を、天でお喜びになっているでしょうな・・・」


タルコットは、躊躇いつつ、イヴァンの背中を見失うまいとその後についていた。イヴァンは動じない様子で、紹介者ひとりひとりに慇懃に頭を下げていたが、まったく警戒を解いた様子がないのが伝わってきた。聞く限り・・・エマヌエル公爵は、じわじわと足元からイヴァンを取り込もうとしている。イヴァンは、表向き、一切の動揺を見せずに対応しているのが、タルコットには驚きだった。・・・しかし、今、彼の本当の支えは自分しかいない。歳は自分よりもさらに下・・・タルコットは、内心オドオドとしつつ、しかと、腹に力を入れる。


一通りの挨拶が終わったと見えて、公爵は機嫌よく、雑談を始めた。イヴァンは突然、タルコットの方を振り返って、公爵の雑談を遮るように声を上げた。


「私からも・・・友人を紹介させていただきましょう。ここに控えますのは、タルコット・ハスタ殿。我が領民を救済いただいた、優秀なハンターで・・・その功績を称えまして、この度、バンアール領で騎士の称号を与えました」


ええええ?! とタルコットは、目玉が飛び出るかと言うほどに目を見開いて、イヴァンの紹介を聞いた。騎士の称号など聞いたこともない・・・ しかし、イヴァンは、目配せもしなければ、何も、タルコットの反応など気遣う様子も見せずに、堂々としている。タルコットは、内心どきどきと心臓が飛びだそうなのを感じながら、懸命に平静な様子を保とうとしていた。


「ほほぉ・・・この若さで、騎士ですか」


と、居合わせた貴族たちはみな好奇の目をタルコットに向けた。


「この若さで、ハンターとしてのご経験は、相当なものがございます。その上、医術の知識もお持ちで。それだけではありません。よく領民の声に耳を傾け、その不安を取り除き、安全に領民を導くだけの技に長けております。タルコット殿のご貢献で、我が領民は、荒野の厳しい旅を無事にシャンアールまで帰還いたしました」


イヴァンは自信満々に、口上を続けた。聞いていたタルコットの方が、いたたまれなく、身が縮む思いだった。


「騎士殿はどちらの出身で?」


どこからか質問が上がった。タルコットはヒヤッとして、なんと答えるべきかと思ったが、間髪いれずにイヴァンが答えた。


「ルシスのご出身です」


広間はしん・・・と静まった。イヴァンは怯まなかった。


「ご存知の通り、この闇の10年で、ニフルハイムの内地は大変な被害を受けました。救援を求む民が、バンアールに限らず、ニフルハイム各地におります。恐らく、みなさまの領民達もしかり。アコルドとルシスの共同のハンター協会が、その救援にあたっています。この力がなければバンアールも立ち行きませんでした。バンアールより内地は、さらに状況が酷いと、報告を受けています。これからニフルハイムの復興に辺り、ハンターのみなさまのお力が必要でしょう。私は、ここにハンター協会ならびに、そこでご活躍のハンターの方々に敬意を示したいと思います」


イヴァンは、急にタルコットの方を振り返ると、その頭を下げた。タルコットは、どう反応したら良いかと戸惑うばかりだったが、広間の人々は、そのイヴァンの様子に注目しており、タルコットにはまったく気を払っていない様子だった。


「なんと、ご立派な」


と、公爵は突然拍手を始めた。その様子を見て、周囲にいた者たちも、みな拍手を始めたが、どうにもそれは、タルコットではなくイヴァンに向けられているようだった。湧き上がった拍手とは裏腹に、広間の雰囲気は、冷めているように見えた。


「ハンターへの深い配慮・・・そして、領民達への慈愛・・・さすがですな。お父上譲りのご立派な騎士精神だ」


その言葉は・・・やや、皮肉も感じられた。イヴァンは、やはり、ムッとした様子で、公爵を見つめ返していた。


「いや、誠にすばらしい・・・だからこそ、イヴァン殿は、ニフルハイム帝国の未来を担う人材に相応しいと、私が見抜いた通り。今宵は、ぜひ、我々ニフルハイム帝国の未来について語ろうではございませんか・・・」


と、公爵は怪しげにその肩に手を回して、さらに奥の方へと誘導しようとする。向かう先に小さな扉があり、公爵の取り巻きがその中へ入っていくのが見えた。タルコットは、慌ててイヴァンの背中を追おうとしたが、使用人たちがその前に立ちふさがった。


「タルコット様・・・どうぞ、込み入った話もございますので、ご遠慮いただいて・・・」


あ・・・ 立ちふさがる使用人の向こうで、イヴァンがちらっと、タルコットの方を振り向くのが見えた。その顔は、ほんの少し不安を見せつつ・・・半分には諦めと覚悟の様子も見えた。タタルコットは一瞬迷い・・・しかし覚悟を決めると、場違いと知りつつ、大きな声を上げた。


「し、失礼ながら!」


突然の声に、思わず、公爵含めて、周囲にいた者たちがタルコットを振り返った。こうなったら・・・とばかりに、タルコットは言葉を続けた。


「イヴァン様に騎士のご任命を受けながら、そのお傍を離れるわけには参りませんので・・・僭越ながら、この私めも同席させていただきます。どうぞお通しください」


タルコットは、周囲に聞こえるように言い切って、そして、呆気に取られる使用人達を押しのくようにして、イヴァンの傍に駆け寄った。イヴァンは、明らかにほっとした様子を見せて、その目に笑みを浮かべた。タルコットは、負けじと、胡散臭そうに見る公爵の目を見返す・・・公爵は、やや、戸惑いつつ・・・しかし、興味がそがれたと見て、やがてイヴァンの肩から手を離した。


「イヴァン殿はお疲れのようですな・・・今宵は、どうぞ、お部屋でお休みください」


その言葉は、まるで詰まらなそうだった。イヴァンの方は嬉しそうに笑みを浮かべながら、丁重にお辞儀をした。


「お気遣い感謝いたします・・・では、今宵はこれで失礼したします」


公爵は明らかに冷めた目をして、仕方がない、というように使用人に首を振ると、使用人は頭を下げて、では、お部屋までご案内します・・・と、イヴァンを広間の外へと誘導した。イヴァンと、タルコットは、公爵に背を向けると、お互いに目を見て、してやったりと、いたずらに笑いあった。

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