Chapter 24.3-譲れぬもの-

ーこちらシャンアールより2号機。ハンター協会飛行部隊3号機、応答を願う。


反応はない・・・ウェッジは、やっぱり、という顔をしつつ、何度か同じアナウンスを繰り返す。10回ほどは繰り返しただろうか。通信機は沈黙したままだ。


「ケルカノのハンター協会はどうだ?」


「ダメですよ。山脈に挟まれてますからね。あっちかこっちが高度5000mは浮上しないと、届かないですよ」


ウェッジは頭を搔いた。ノクトは、うーんと、唸る。多分無理だろうという、ウェッジとヴィックスを押し切るように、暗号化通信を頼んでは見たが・・・


「イグニスたちが、オレたちの到着の遅れを気にしていたら、あるいは・・・と思ったんだ」


ヴィックスは、ウェッジと目を合せて


「強行突破しますか? 揚陸艇の1号機を奪い返せれば、注意を引き付けて2号機を飛ばすことも出来ると思いますが」


ノクトは首を振る・・・ ノクトたち一行が無事にケルカノに向けて出発できたとしても、そのあとの連盟の代表団が通過するのに支障があるだろう。悪くすれば、ここから、アコルドとの戦争に発展してしまう・・・


「シャンアール城に設置した通信機を使おう。・・・完全に、アコルドに傍受されるが、この際仕方がない。ハンター協会を通じて、足止めされている事実を連絡するか。このままでは5日後の和平会議の開催に差し障る」


しかし、これでは、秘密裏にルーナの妊娠について相談することは難しいだろう・・・アコルドもその事実を掴むことになる。ノクトは険しい顔をして押し黙った。


「ノクトさん・・・いずれにしたって、隠すのはもう無理っすよ。ミハイル殿がどんなに気を利かせてくれてもですね・・・狭い田舎町ですし、噂なんてあっという間にアコルド兵の耳に届きますよ」


ウェッジが、ノクトの考えを見透かすように言い、ヴィックスも、同意するように頷いていた。ああ・・・そうだな。 ノクトは苦しそうにつぶやいた。


「なあ・・・アラネアはどうやって強制送還させたんだ? よく大人しく帰国したな?」


「ええと・・・それは・・・あんまり、言うなって言われてんですけど・・・」


ウェッジは躊躇うように、ヴィックスと顔を見合わせた。


「実は・・・診断がでたとき、お嬢、流産しかかってたんですよ。胎盤が下がってるって先生に言われて・・・絶対安静にするように言い渡されたんですけど、本人、自覚がないでしょ? なかなか、言うことを聞かなくて・・・それで」


「ウェッジから連絡を受けて・・・それで、私がコル将軍にチクリました。あとで、散々いびられましたけどね。しかたがありませんや」


ヴィックスは笑った。


「今は、安定期にも入って様態は落ち着いたみたいですから、どうぞ、ご安心を。あんまり、周囲が気を使うと、それはそれでストレスのようでね。この件は口外するなって言われてますんで、ノクトさんも黙っていてください。まあ、ルナフレーナ様は、お嬢よりも若いし、あんな無茶はなさらないからね。心配はないですよ」


そうか・・・そういう事情があると、多分、バジャウッドも医師としての守秘義務があるし、ルーナに何か話を出来るとは思えないな。ノクトは、当てが外れたように、ため息をついた。


あの丈夫そうに見えるアラネアが・・・出産の難しさを感じる。だからこそ、万全を尽くしたいと思うのだが。


「わかった、ありがとう・・・ もう一度、ミハイルと相談してみる。シャンアール城の通信機を使うことにはなるだろう。ルシスへの出国許可が出たら、そっちを優先して欲しい。この2号機でルーナを連れて帰ってもらえるか?」


「もちろん、いいですよ。でも、ルナフレーナ様とはよくお話されてくださいね・・・お嬢はともかく、さすがにルナフレーナ様の説得は出来ませんよ?」


ウェッジはもっともなことを言うので、ノクトは思わず、苦い顔をした。


「わかってるよ・・・」


ノクトはうんうんと唸りながら、シャンアール城へと戻る石段を上がった。こう、毎日上り下りをさせられているが、この急坂には慣れない・・・焦って駆け上がるとすぐに息が上がる。あと5日・・・ルーナをルシスに帰還させて、ケルカノの難民キャンプ団の自治長との接触、和平会議参加の要請、連盟のアコルドへの入国の準備、ハンター協会との打ち合わせ・・・イグニスの立てた計画では、和平会議に先立ってアコルドの首相とも接触する予定だった。しかし、これでは、会議の開催日までに、見込んだ参加者すべてが入国するだけでも、間に合うかどうか・・・


なんだかんだと、参加を妨害する気か。形だけでも、要請どおりの会議をやったことにして、形骸化させる・・・そういう狙いかもしれない。ノクトは、緊張を覚えて、やはり、気が焦る。


城に慌しく入ると、いつものように、その玄関で使用人が迎える。


「悪いが、また、すぐに城主に面会したい・・・時間を取れるか?」


「かしこまりました。すぐにお繋ぎいたします。謁見の間でお待ちください」


ノクトは焦っても仕方がないと主いつつ、階段を駆け上がった。そういえば・・・ルーナはルーナで、バジャウッドの診断があるといっていたな。改めて、このあとの旅に支障がないか相談すると言っていたが・・・言い争うのも嫌で、そのままに任せていた。どうにか冷静になってくれればいいが、と、祈る。


謁見の間にノクトが入ろうとすると、ちょうど、廊下の置くから城主が現れるのが同時だった。しかし、その後ろから、バジャウッドとルーナも続いていた。ノクトは嫌な予感がする・・・。


「陛下、御両名もお話があるとのことで、お連れいたしました。しかるに・・・揚陸艇の通信はいかがでしたか」


「やはり、上空に出ないと難しいようだ・・・ハンター協会が城に設置した通信機を使わせてもらえるか。アコルドも傍受することになるが・・・仕方ない」


説明しながら、ちらちらとルーナの様子を気にする。ルーナは、覚悟を決めたように、頷いた。


「では・・・この子を宿したことを公表しましょう」


ノクトも、避けようがないとわかりつつ、踏み切れずに黙った。ルーナは、安心させるようにノクトの手を取る。ノクトはその手を握り返して、顔を上げた。


「し方ないな・・・公表した上で、まず、ルシスへの出国許可を要請する。ルーナを帰国させる.ため..それなら、アコルドも拒めないはずだ」


ノクトは、いいよな? と言うようにルーナの目を見た。ルーナは、優しく笑っていたが、静かに首を振った。


「帰国はしません。ノクティス。今日もバジャウッド先生とお話しました・・・和平会議への参加には支障はありません。公表した上で・・・アコルドに入国の許可を求めます。私の妊娠がわかれば、アコルド政府も、強硬な態度には出られないはずです」


ぎょっとして、ノクトは、妻の目を見返した。しかし、彼女は動じずに、強気のまま夫を見つめ返している。


「いや…それは・・・」


ノクトが反論しようとしたが、ルーナはすぐにそれを遮った。


「ノクティス…この体は私の体。私が一番よく知っています。この子は私が、なんとしても守ります。そして、その上で、あなたの傍にいます。これが私の決意です。バジャウッド先生もご協力を申し出てくれました」


ノクトは、信じられない顔で、ルーナに共謀しようとている医師の顔を見た。バジャウッドは、ノクトの表情を気にした様子もなく、ルーナの後を続ける。


「私がアコルドの医師として診断書を書きましょう…ルナフレーナ様のご懐妊について、やや気になる点がある。万全を期して、アコルドの最新医療設備での診察が望ましい…と。そうして、責任を持ってヴィエントス総合病院まで奥様をご案内します。なあに…精密検査の結果、問題がないとお墨付きがでましたら、和平会議への出席も問題とはなりませんでしょう。ヴィエントス総合病院は、医術の最高峰として誇りをかけて奥様をサポートするはずです」


「確かに・・・それであれば、アコルドが拒むのは難しそうですな。ハンター協会がラジオ放送を使ってアコルドに圧力をかけることも出来る・・・」


ミハイルも、遠慮がちにつぶやいた。まるで3人の中では、もう話はついていたかのようにも見えた・・・


「断る!!」


ノクトは、突然、声を荒げて立ち上がった。


「オレは、こどもを政争の具にするつもりはない!! 絶対にな!!」


3人ははっとした、表情をしたが、ノクトは気付かずにいた。激しい感情が抑えられず、そのまま部屋を飛びした。外に控えていた執事が、うろたえていたが、目もくれずに廊下を突き進む・・・ノクトは、どくどくと自分の心臓を聞いていた。頭が真っ赤に燃えるように熱い。血が煮えたぎって、頭の血管が破裂しそうだ・・・そのまま、階段を駆け下りて、玄関を目指す。広い玄関口まで降り立ったとき、兵士か、使用人かに声を駆けられたように思ったが、


「ほっといてくれ。町に出るだけだ」


と、ノクトは顔を見ずに言い捨てて、そのまま城の外へ出た。


外は暗くなり始めていた。ノクトは、辺りに目もくれず、町へと続く石畳の上を足早に進んだ。バカが・・・ 自分で自分を罵りたくなる。それでも、頭が冷えるにはまだまだ時間がかかりそうだった。行く先も決めずにふらふらと進む・・・やがて、先日も訪れた広場に出た。暗く日が沈んだ広場には、今は誰もおらず、閑散としている。あちこちの家々から、夕食のいい匂いが立ちこめ、和やかな団欒の声が聞こえてきた。


家族が・・・集っているのだろう。一日の終わり、ほっとする、ひと時。食卓を囲って、父と母と子が、平和な時間を楽しんでいるんだ・・・ノクトは、ますます情けない気持ちが募り、路地を進んだ。記憶を頼りに、あの大家族の家の辺りまで来る。あの時、開け放されていたと戸は、夜もそのままだ。中から、やはり、賑やかなこどもたちの声が聞こえてくる・・・ノクトは、ふらっとその戸口に立った。雑念とした廊下の先の、食堂から、いい匂いが立ち込めていた。ノクトは、ふらふらとそのまま食堂まで行き、呆然とした様子で中を覗きこんだ。


あれ?! 中で、ぼうっと佇みながら、酒を飲んでいた男が、驚いてノクトの顔を見た。城の中で見た顔だ・・・確か、いつも玄関に控えている使用人の一人じゃなかろうか。


「あら! ノクトさんじゃないの!」


カウンター越しのキッチンから、エマもすぐにノクトに気がついた。男の方はやや慌てた様子で、


「の、ノクティ・・・」


と言いかけたが、ノクトは、しっ、と口元に指を当てて、黙っているように頼んだ。男は、困惑した様子で、言葉を止める。


「ほら、あんた。昨日、荷物を持ってもらった人よ」


エマは、二人のやり取りには気付いていない様子で、相変わらず大きな腹をしんどそうに抱えながら、料理を手にしてテーブルまでやってきた。周辺で遊んでいたこどもたちが、わっと、テーブルに寄った。


「ええ? この方に頼んだのかい?!」


男はすっかり慌てて、ほろ酔い気分も冷めたようだった。


「そ、それは大変失礼を・・・」


「オレが声を駆けたんだ。重そうだったからな」


エマは、こどもたちを押しのけながら、ノクトの椅子を用意して


「ほら、夕飯食べてってくださいよ。あんた、ぼうっとしてないでお酌してあげて」


と、さほど綺麗でもないグラスを一つ出してきて、男に押し付ける。男は慌てて


「安酒ですけど、いいですか?」


と、遠慮がちに酒を注いだ。


「わるいな・・・」


ノクトは、自ら積極的にグラスを受け取ると、はじめの一杯をぐいっと空けた。


「あらあ、強いのねぇ。大した酒じゃないから、遠慮なくやっちゃって」


エマは、キッチンで次の料理を用意しながら、軽快に笑っている。


「いったい、どうしたんで?」


男は、ひそひそ声でノクトに、聞いた。


「ああ、ちょっとな・・・あんたの、逞しいかみさんに、話を聞きたくてさ」


と、ノクトはアルコールが回ってぼんやりした様子で、手元のグラスを見つめる。そのしぐさが、まったりと落ち込んだ様子だったので、男は、急に親身な表情になって、酒を注ぎ足してやった。


「え? 私に話し?」


料理を手にして、テーブルに割って入ってくる。食べ終わった子ども達から押しのけるようにして、ノクトの隣にどかっとその大きなお尻を下ろした。


「そうなんだ・・・妻が、最近身篭ってな。初めての子なんだ・・・」


ははあん、とエマは、腑に落ちた顔をして、ノクトの顔を覗きこんだ。


「なんだい、ノクトさん、びびってんのかい?情けないね」


お、おい! し、失礼だぞっ・・・ 


男は慌てて、妻を黙らせようとするが、すっかり酒の回ったノクトは、可笑しそうに笑いながら、気にすんなよ! と、男の肩を叩いた。そういわれても・・・男は、思わず、自分の酒を仰ぐ。

 

「そりゃびびるだろ。その、なんだ、安定期に入るまでは心配だっていうし・・・。あんたも、初めての子の時は、不安だったか?」


エマは、随分遠すぎてわからない、と言う顔をしながら、


「まあ、そりゃ、不安はあったかと思うけど・・・病気じゃないしね。びくびくして閉じこもってたら、それこそ、気が狂っちゃうよ!」


あはははははは! と笑いながら、こどもたちが空にしていった皿を下げて、また、台所の方へ戻った。


「ほらほら、こどもに負けないで食べてくださいよ。うちは、弱肉強食なの。遠慮してると、何も残らないわよ」


確かに・・・こどもたちは、自分の目の前の皿が空になると、大人たちの前に置かれた皿に手をつけ始めた。ノクトはぼうっとしながら、目の前からどんどん料理が消えていくのを見ていた。


「病気じゃないか・・・」


ノクトはぽつりとつぶやく。


「奥さんは体は弱いのかい?」


「いや・・・」


「じゃあねぇ、心配しても仕方ないよ。この辺の、女は、まあ、妊娠しても普通に畑にでたりするわ。そりゃ、体調の悪いときは仕方がないし、時には、長く外に出られないって人もいるけどさ」


そら・・・一般人の話だろ・・・ と男は、こそりとつぶやく。


「そうも行きませんよね・・・お世継ぎとあっちゃ」


お世継ぎ・・・ ノクトは、はあ、とため息をつき、考え込むように、顎をついた。


ごめんください・・・その時、遠慮がちに戸口の方から、声がした。なんか聞いたような声だな、と思っていると、間もなく食堂をのぞきこむ顔が見えた。ノクトを見つけて、ほっと安どの表情を見せているのは、ブディだ。


「あれ?」


「あれじゃないだろ」


ブディが苦笑している。


「悪いな・・・ちょっとオレも混ぜてもらえるか」


「ええ、どうぞどうぞ!」


エマは誰とも聞かずに、気楽に答える。ただでさえ、こどもたちでごった返した食堂は、突然の客人2名で、ぎゅうぎゅうになっていた。年長の女の子が、お腹いっぱいになって食べ物で遊んでいた男の子を椅子から引き摺り下ろして、新しい客人のために席を空けてくれた。ブディは、驚きながら、しかし、おずおずとそこへ腰掛ける。


「どうやってここがわかった?」


ノクトは、グラスの酒を飲みながら、呂律が回らない様子で聞く。ブディは呆れた様子でそれを眺めながら、


「テヨだよ。あいつは・・・お前の場所が正確に探し出せる」


ああ・・・と、ノクトは納得した。


「で、テヨはどうした?」


「先に帰った。お前に、気を使わせるからって」


ブディは、遠慮なく、主人から自分もグラスを受け取って、酒を飲み始めていた。


「テヨって、いくつだ?」


「二十歳だ」


「ハタチ・・・」


ノクトは、ぼんやりと遠くの方を眺めながら、また、ため息をつく。


「テヨの方が、ずっと大人だな・・・」


ブディは、飲みかけていた酒を危うく噴出しそうになりながら


「ま、確かに。いい年こいて、夜に家を飛び出したりするよりかはな」


と、笑う。ノクトは笑えなかった。それよりか、ますます、がっくりと肩を落としていた。


「これでも、頑張ってたんだ・・・気ぃ張ってさ。王様らしくやろうと。それが・・・このざまだ。よりにもよって、他国の領主の前で、失態をさらしちまった・・・これで、どうやって、でかい会議を乗り切る? とうてい無理だろ・・・」


そして、煽るようにまた酒を飲む。横にいた男は、はらはらしてその様子を見ていた。


「おいおい・・・強くないんだから、その辺にしておけよ。ま、お前さんが何かやらかしたらしいのはわかったが・・・ルーナは嬉しそうだったぞ」


え・・・ とノクトは、急に顔を上げた。ふふふ・・・ ブディはまた、可笑しそうに笑った。


「王様らしくなんて・・・お前らしくいろよ。お前がいま、会議を放り出しても、他に変わりはいないんだ。胸張っていけ。それで、ルシス国民が愛想尽かすんなら、いつでもチパシへ帰って来ればいいさ」


ブディは案外真顔だった。ノクトは唐突に立ち上がった。テーブルの上にかかっていたライトに頭がぶつかり、その傘から埃が舞い落ちた。


「帰るわ」


ブディは笑って・・・急に押しかけてすまんね、と夫婦に頭を下げると、ノクトの手を引くようにして狭い家を出た。家々はまだ、団欒を楽しんで明かりが灯っている。ノクトは急に、ルーナが恋しくなる。そうだ、あのやかましいアラネアも。いつもは、夕飯のときに、あいつの話で笑うんだった。


かなり酔っ払っていたらしく、どこをどう帰ったのかはわからない。最後は、城の客室の前で、ブディから引き渡されるようにして、驚いた表情のルーナに抱きとめられた。ルーナは、すっかり酔っ払ったノクトを、叱るでもなく、呆れるでもなくぎゅっと抱きしめていた。


「ルーナ・・・オレは・・・」


「・・・ノクティス。こどもたちは、絶対に守ります。どんなことがあっても」


ノクトは情けなく、おろおろと涙を流して、ルーナを抱きしめた。また、泣いているのかぁ・・・ アラネアが、それでも遠慮がちに部屋の隅に控えて、つぶやいているのが聞こえた。


次の日の午後・・・ノクトは、まだなんとなく、ずきずきと痛む頭を抱えて、シャンアール城の塔の最上部にある、通信機の前に座った。ミハイルと、医師バジャウッドがノクトの背後に控えていた。通信技師が重々しく頷き、通信が開始される。


ーこちらシャンアール城。ケルカノハンター協会応答を願います。


ーはい、こちら、ケルカノ合同本部。


ー本部の役員の方をお願いいたします。こちら、ご滞在中のノクティス陛下にお繋ぎいたします


ー了解です。少々お待ちください


通信がしばし途切れる。ああどうか、リカルドじゃありませんように・・・ノクトは、考えただけで恥ずかしさで顔が赤くなった。


ーケルカノ合同本部。和平会議対策室のオウリンです。


と知らない女性の声が聞こえてきて、ノクトはほっと胸を撫でおろした。いかにも、優秀そうな、感情を抑えた声だった。


ーこちら、ノクティスだ。和平会議への対応、感謝する。現在、シャンアールでアコルド政府からの離陸許可を待っている。状況がわかるか


ー状況、聞いております。アコルド政府の、手続き上の不備との連絡が入っており、会議開催の前日までには措置を解除するとのことです。


ー前日?!


ーもちろん・・・ハンター協会としても、ケルカノでの入国対応が追いつかないと、前倒しの解除を要請しています。今・・・二日前で再度の調整中です


ーそれを早急に頼みたい。実は・・・ルナフレーナが懐妊した。


ーカイニン?


女性は、不思議そうにその言葉を繰り返した。ノクトは、自分と同じ反応に思わず苦笑して


ー妊娠したんだ。それで、シャンアール滞在中のアコルドの医師から、連絡がある。アコルド政府に通達を頼む


あ! と女性は、声を上げていた。しかし、すぐに冷静になって


ー了解しました。お願いします。


そこで、ノクトはバジャウッドと交代した。バジャウッドは、通信機に向かって、ちょっとかしこまったように咳き込んだ・・・


ーええ、こちら、バジャウッド。アコルド政府への通告を頼む・・・この度私の診断により、ルナフレーナ様、ご懐妊を確認。妊娠3ヶ月目と診断した。母体胎児ともに良好であるが、やや気になる所見あり・・・ただ、こちらでは医療設備が不十分で詳しい診断が出来ない。医師として、速やかに、ヴィエントス総合病院への移送を要請する。いち早く離陸許可を頼む。


ー了解しました。直ちに、アコルド政府に通告します


と、そこで通信が切れるかと思いきや、女性は、思い出したように


ーご懐妊、おめでとうございます!


今まで淡々としていた口調が、そこだけ、やけに親しげで、明るかった。


それから3時間ほど、アコルド政府の反応もなく、ハンター協会からの応答もなく過ぎた。ノクトは、痺れを切らして、部屋の中をうろうろしていた。ルーナが、笑いながら


「散歩にでも出ましょうか? まだ、日が高いですし・・・ちょうどいいですから、アラネアを迎えに行きましょう」


と、ノクトを慰めた。アラネアは、今日はタルコットをお供に、城下町に出ているはずだ。


「しかし・・・いつ、連絡が入るともわからないし」


そこへ、トントン、と慌しいノックが響いて、ノクトははっとして扉に駆け寄った。執事が、慇懃に頭を下げながら


「みなさま、応接室の方へお集まりです・・・ラジオの放送がはじまったようでございます」


それで、ノクトは、一人そのまま走り出して、突き当たりの応接室へ飛び込んだ。ラジオの音が聞こえてくる。それを囲ってじっと耳を済ませているのは、ミハイルと、バジャウッドと、イヴァンだった。


ー繰り返します。先ほど、ルシス暫定政府のスキエンティア補佐官より、ルナフレーナ様御懐妊との発表がされました。ルシス暫定政府は、アコルド政府に、ルナフレーナ様のアコルド入国ならびに、アコルド国内の総合病院での診察を要請しています。これに対し、アコルド政府は、事実関係を確認中との発表です。ケルカノならびに、オルティシエで、早くも、市民の喜びの声が上がっています。繰り返します、先ほど・・・


ラジオの報道はしつこく繰り返された。この期に及んで、事実関係かよ・・・ノクトは、ため息をつく。ルーナも、部屋に入ってきた。


「どうですか?」


「今、ラジオで、ルシス暫定政府の公式発表を知らせてる。イグニスの奴、対応が早いな・・・だが、アコルドの方は動きなしだ」


「そうですか・・・」


ラジオの放送はまだ繰り返していたが、徐々に、市民の歓声のようなものがバックに入ってきた。これ本当かなぁ・・・ さすがに演出じゃないのか。


ーたったいま、アコルド政府の会見が始まりました!


アナウンサーの緊張した声が入ってきた。音声が切り替わって、ざわめきの中で、スピーカーの音が聞こえてくる。


ーええ、この度の、ルシス暫定政府の発表を受けまして、アコルド政府といたしましても、ルナフレーナ様のご懐妊を心よりお喜び申し上げます。ご要請どおり、アコルドの威信にかけまして、アコルド最高峰の医療施設でお迎えの準備を進めております。数日にかかりました入国上の手続きも、問題のないことを確認いたしましたので、早ければ明日には、両陛下がご入国されるものと思われます。アコルドは、ご両人のご入国を心より歓迎し、アコルド政府主催となる今回の和平会議でのご貢献を願います


ミハイルはにやっと笑った。それに答えたルーナも、にやっと笑っていた。ノクトは、やや、ため息をついて、


「念のため、もう一度言っておくが・・・精密検査で一つでもひっかかったら、即刻、帰国だぞ! いいな!」


ルーナは、いたずらっぽく首を傾げて見せて、


「もちろんです、ノクティス」


と、満面な笑顔を向けた。


メディアとは絶大だ。アコルド政府の会見が済むと、その数十分後には、パーチェス大尉から、離陸許可の連絡が届いた。ただし、アコルド政府が会見で何も触れなかったにも関わらず、離陸許可は2号機にのみ与えられた。1号機は、武装解除の確認がまだ済んでいないといわれて、結局、差し押さえは続くこととなった。


翌日の14時。夏の名残り・・・生暖かい空を、2号機が浮上した。やや狭い船内に、客人がひしめいていた。ルーナは、操舵席の一番広い場所を割り当てられて、そこへ陣取っていた。その横には、バジャウッドの姿もある。振動があったときに、そこが一番衝撃が少ない座席だということで、ウェッジが指定した。ノクトはアラネアや、ブディ、テヨ、タルコット、そして、父親に代わり、シャンアールの代表として、先月元服を果たしたばかりのイヴァンが乗り込んでいた。本当は数名のおつきの人間をつけるはずだったのだが、狭い貨物室がぎゅうぎゅう定員いっぱいとなって、諦めた。残りの人員は、ニフルハイム連盟の代表団の舟で移送することとなった。


わあああ!ノクト!見ろ!凄いぞ!!


貨物室の小さな窓に張り付いていたアラネアが、声を上げる。タルコットもその脇にいて、同じように窓の外に目を見張っていた。初めて揚陸艇に乗り込んだイヴァンは、興味を引かれながらも、席から立ち上がることを躊躇っている。


「ノクト! ノクトったら!!」


ノクトは、めんどくさそうにしながら、やっと立ち上がり、だらだらと二人の背後に近づいた。


「お前・・・もうちょっと静かにしろ」


「ほら、ほら! すごい人だ!」


シャンアールからケルカノまで、さほどの距離もない…山を越えて東に向かうと、すぐにケルカノのキャンプ地が見えてくる。遠目から見ても、ノクトたちが通り過ぎたときと、随分様相が変っていた。キャンプの両脇に大きな建物がいくつも見える…そして、その間にひしめき合っているはずのテントの屋根が…人ごみの中で見えない。


「なんだありゃ・・・」


ノクトも驚いて、アラネアの背後から外を眺める。


わああああああ… 


窓際に立つと、群衆の歓声がノクトの耳にも届いた。ノクトは目を細めて下界を見つめた。とにかく…大勢の人間が外に出て、なにやら騒いでいる。この、揚陸艇の姿を遠くに認めて手を振っているようにも見える。


「ノクトさん、こっちこっち」


ウェッジがにやにやして、操舵室の入り口から手招きしていた。おー! と、ノクトより先に、アラネアが操舵室に飛び込んだ。ノクトは、呆れながらその背中を追って、操舵室に入る。ルーナが立ち上がって、食い入るようにモニターを見つめている。モニターに拡大されて映し出されていたのは…ケルカノのキャンプで手を振り、旗を振る人々…難民もいれば、ハンターや工事現場の作業員の人員も混じっているように見える。群集の頭上に、大きな横断幕がいくつもはためいていた。


ルナフレーナ様、歓迎!


Welcome Baby! 


和平をもたらす私達の天使!


ルーナが、感謝するように手を合せて、モニターを拝んでいた。ノクトは正直、気が遠くなりながら、唖然としてモニターを眺めていた・・・あそこに降りていくのか?


あの旗、なんて書いてあるんだ?


アラネアが、ノクトの裾を引っ張りながら聞いていた。

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