Chapter 24.1-晩餐-

荘厳な扉が、恭しく開かれる。暗い廊下から一転して、まばゆいばかりの明るい広間が現れた…高い天井の輝く巨大なシャンデリア、白いクロスがかけられた長いテーブルにも、銀の燭台に乗った大きなローソクが煌々と明かりを点している。テーブルの向こうに見えるのは、バルコニーに向かって開かれた大きな窓。最後の夕日の、濃い赤い光が、城下町を照らし出している。窓を縁取るのは、濃紺の重厚な幕。金糸の縄が幕をたくし上げて、ゆったりとしたウェーブを作る。テーブルの末端、主賓席の先には、大きな暖炉があり、冬場は火が点されるのであろう。今は、その入り口を閉じてはあるが、立派な大理石造りの暖炉は、細かい彫刻が施されてそれだけで存在感があった。暖炉の上には、縦長の大きな肖像画が掲げられていた。玄関とは違い、穏やかな笑みを浮かべる貴婦人の姿だ。


ノクトは、思わず広間の装飾に見とれそうになった。わあああ、と感激の声を上げるアラネアの声がすぐ背後にあがった。我に帰り、テーブルの手前に、客人を向かえるためにずらっと並んだ人々に目を向けた。


「ようやく、お会いできましたな…」


その最前列に立っていた人物が、一歩前ヘ歩み出る。ハルマが着ていたような重たいマントを羽織っている。その胸にあるのは、葡萄の蔓と巻き角のヤギの頭の紋章…イヴァンから預かったあの鞘の刺繍と同じだ。


「バンアール領主の、ミハイル・バンアールです」


ミハイルは、慇懃に頭を下げた。その背後に控えるものたちも、みな笑顔を向けて、主人にならい頭を下げていた。古風な騎士の衣装を身にまとった男たちに、ドレスをまとったご婦人…歴史の教科書から飛び出してきたような様相に、ノクトは一瞬戸惑いながら、まごまごと自分も頭を下げる。ルーナが、その横で、貫禄のある様子で見事なお辞儀をしていた。


対するノクティス一行は、荒野から訪れたとあって、正装している者はひとりとしていなかった。一行を率いるノクティス含め…ご婦人のルナフレーナでさえ、着古した服にパンツ姿である。傍から見ると奇妙な対面だが、しかし、城主はまったく意に介した様子がない。


「ノクティス・ルシス・チェラム、ルシス国王陛下…その節は、我が領民の命を救っていただき、感謝に耐えません。息子ともども、これを一生のご恩と命に刻みます」


息子、イヴァンともども深々と頭を下げたまま、なかなか顔を上げようとしない。あまりにも大事な城主の口上に、ノクトはぎょっとして


「い、いや…あれは、ハンターとして当然の人道支援をしただけだ。どうか、頭を上げて欲しい…」


と、戸惑いの声を上げた。それで、ようやく、二人は頭を上げた。城主は、次にルーナの方に体を向ける。


「そして、こちらのお美しいご婦人こそ、見間違うことは不可能だ…ルナフレーナ・ノックス・フルーレ女王陛下。よくご無事で…」


城主は感慨深げにその姿を見つめ、そして、恭しくその右手を取ろうと手を伸ばした。


「バンアール伯爵…ご無沙汰しております」


ルーナは慣れた様子でそっと右手を差し出し、手の甲に伯爵の接吻を受けた。ルーナは神凪として、帝国の各地も歴訪しているが、伯爵とも数回の面識があった。当時支配下にあったテネブラエの、若き女王に対する態度は、領主によりまちまちであったが、その中でもバンアールは礼を尽くしてくれた人物だ。ルーナも、再会を心から喜び、顔を輝かせていた。


「こちらに控えるのは我が息子の、イヴァン…貴方が最後にご来訪いただいた際には、2歳の赤子であったはず」


まあ、とルーナは、驚いて、立派に成長した青年に目を見張った。まったく記憶もないイヴァンは、やや恥ずかしそうに照れながら、騎士らしく自分もルーナの手を取って、接吻をした。


「すっかりご立派になられて…」


「まだまだ未熟者です。とはいえ…先月ついに元服いたしました」


「それは…おめでとうございます」


ああ、そうだ、とノクトは思い出して、ちらっと後ろを振り返った。ちょうどいい具合にタルコットが気がついて、ノクトから預かっていた白い包みを持って後ろから近づいた。ノクトは包みを受け取って、


「すまない…これをお返しするのが、すっかり遅くなってしまった」


と、白い布をほどき、バアールの鞘を恭しく両手に掲げた。


「旅の途中でかなり痛めてしまって申し訳ない。しかし、おかげで幾多の死闘を助けてもらった。確か、元服の祝いの品だったよな…」


そして、イヴァンの方へ差し出す。


「これまで…持っていてくださったんですね」


イヴァンは、感動したように目を潤ませながら、ノクトの顔を見る。


「当然だろ」


はああ、と、深い息を吐いて、イヴァンはその鞘に見入った。鞘は、確かに、この旅の中で細かい擦り傷をつけていたが、その全体は、今も見事に艶やかな深い色をしている。父のミハイルも、それを息子へ渡したときの気持ちを思い起こしていたのだろう…しばし、じっと感慨にふけっているようだった。


「ノクティス陛下…もし、ご迷惑でなければ」


と、ミハイルは顔を上げた。


「このままお持ちいただけませんか。このバンアール領とルシス王国の親愛の証として」


「しかし…」


ノクトは戸惑ったが、ルーナが、二人の志を汲むようにと、ノクトに微笑みかけた。ノクトは、はっとして、手にしていた鞘を見つめる。レギスの剣は抜いてあったが、まるでどっしりと重さを感じた。


「…わかった。では、ありがたく、頂戴する。この旅を共にした…いい思い出になる」


イヴァンと、そして父ミハイルも嬉しそうに目を細めた。


「陛下…もし、よろしければご友人方をご紹介いただけますかな?」


バンアール伯爵は、その場に居合わせた一人ひとりの顔を見るように、言った。彼の目は、実に好奇心に満ちていた。ノクトは伯爵に向き合いつつ、ひとりずつ手を向けて


「こちらから…ブクルニクブスク。チパシを拠点としているハンターで、今、ニフルハイムにハンター協会の拠点を作るために動いてくれている。それから…こっちは、テヨ。チパシの長の甥に当たる。タルコットは、もうご存知のようだな」


ノクトに紹介されて、ひとりひとりが緊張した面持ちで頭を下げる。伯爵も、ひとりひとりに変らぬ慇懃な態度で頭を下げた。


「そして、こちらのお嬢様は…?」


きょろきょろと広間を見回しているアタネアを、城主は興味津々に覗き込んだ。アラネアは、途端にはっとして城主の方を見た。


「アラネアだぞ!」


「ほう…アラネア嬢ですな」


ミハイルは満面に笑みを浮かべて返す。


「私たちの娘です」


ルーナは、間髪いれずに答えた。にこっ…と笑うその顔に、凄みがあった。周囲に居たものは、驚きの表情を隠せなかったが、客人に失礼のないようにと、みな慌てて平静を装った。しかし、どうしても…盗み見るように、ちらちらと母娘の顔を見比べてしまう。


「血のつながりはないが、オレら夫婦で引き取った」


ノクトは、淡々と付け加える。イヴァンは事情を察したように微笑んで、父と同じように慇懃な様子でアラネアに手を差し出した。


「改めてよろしくお願いします。アラネア様」


アラネアは、戸惑いつつその手を握り、


「イヴァンもよろしくな!」


と元気よく答えたので、一同に笑いが起こった。


次に、バンアール側の紹介だ。これはイヴァンが、父に代わり、ひとりひとりを紹介した。わずか6名の客人に対して、総勢30名程度は控えていたろうかローランや、フィリアといった親族のほかに、バンアール領の首脳陣たる評議員、事務官や執事頭、領軍の将校、ヴァンアール領内各地の村長などといった有力者が混じる。紹介は延々と続いた…

ノクトは多少気が遠くなりながら、ひとりひとりの名前と顔を覚えようとしたが…先の数名で挫折し、あとはルーナが慣れた様子で笑顔を返すのに調子を合わせていた。一通りの挨拶が終わって、一同はようやく晩餐の席についた。


テーブルの窓側が、バンアール、そして手前に客人が着席する。暖炉側の一番端には、伯爵とイヴァンが、ノクトとルーナに向き合うようにすわり、アラネアと、その隣には、本来ブディが座るところであったが、ルーナと執事が小声で相談した結果、末席のはずのタルコットが、アラネアの世話係もかねてこの席に座った。バンアール側の方が人数が多いので、テヨの隣には、フィリアとローランをはじめとする数名が連なった。


一同が席に着いたのを確かめると、領主は一人立ち上がって、ワインのグラスを掲げる。かつて葡萄が名産であったこの地では、会食での献杯はワインと決まっており、この日、特別に空けさせたのは、30年以上も城の蔵で寝かせていたものだ。葡萄畑の大半が接収されてしまった30-40年前から、この産地でのワインは希少種となる…そんな貴重な銘酒だった。


「ここにございますのは…34年前、お恥ずかしながらこの私めが元服した歳に仕込んだワイン...今、残存するのはわずか2樽となりましたが、ぜひともにこの特別な席を彩りたいと、封を空けました。この10年の異変の間に空気も気候もすっかり変り、この古酒も、いかほどに味が変質したかと恐れておりましたが…数日前に、一足先に毒見をさせていただき、ワインもまた、あの時代をたくましく生き抜き…芳醇な香りをさらに高めており、ひとり感慨にふけったほどでございます。古く寝かしたワインは、味わい深いものの、多少癖もございいます。ご趣味と異なる方もいらっしゃいましょうが、もしよろしければ、一口だけでもお召し上がりください。それでは・・・ルシス王家とバンアール領のますますの復興を願い、そして・・・ノクティス、ルナフレーナ両陛下の御結婚を祝いまして、乾杯!」


乾杯! と、一斉に声が上がり、ワイングラス・・・というにはショットグラスに近い小さなグラスが掲げられる。それもそのはず、これだけの年代物となると、その味もアルコールの強さも蒸留酒に近い。ワイン・・・というよりは、まるでブランデーのような濃厚な液体が、深い黒に近い紅色をして、シャンデリアの明かりの中で鈍く光っていた。


ノクトは一口舐めて・・・ワインとは思えない濃厚な味に驚く。途端に鼻に抜ける芳醇な香り・・・その香りとは裏腹に、強い口当たり。アルコールの度数はかなり高いようだ。


ルーナも、遠慮がちに一口を舐めて、ほっと、熱い息を吐いていた。


「ふふふ・・・ご婦人にはやや、強すぎるでしょう」


と、ミハイルは笑って、ルーナの赤らんだ頬を見た。その横で、ノクトのグラスもさほど減っていはいない・・・イヴァンを見ると、ノクトと同じようなレベルだろうか。ひと舐めですでに顔が赤い。本人にも自覚があるらしく、恥ずかしそうにしている。


「息子は元服したばかりで酒にもなれておらず・・・ノクティス陛下も、お酒はあまり?」


「ああ、そんなに強くはないな。・・・でも、好きな味だ。少しずつ、頂こう」


「どうぞ、ご無理なく。他の飲み物もご用意させましょう」


と、主人が言ったか言わないかの間に、後ろに控えていた執事が合図を送って、間もなく果物のジュースが運ばれてきた。乾杯で一気飲みしていたアラネアも、お代わりをちゃっかりもらっている。


コース料理のはじめの一皿目が運ばれてきた。前菜の小さな盛り合わせが、縁に綺麗な模様替えがかれた大きな皿に盛られてくる。


「小さいな! これじゃあ、お腹すくぞ!」


アラネアはびっくりして声を上げた。客人もバンアールの参列者も含め、みな、微笑ましく笑った。


「ご安心あれ、アラネア嬢。これからこのような皿がどんどん出てくる…待ちきれない貴女には、お早めにお出ししたほうがよそうですな?」


ミハイル伯爵はユーモラスに答えた。執事の反応は早く、間もなくして、アラネアは一人だけ、いくつかの料理を盛り込んだ皿が運ばれてきた。それを見て、アラネアはおおおっ と感動の声を上げつつ


「お代わりしてもいいのか?」


と、念を押すように伯爵の顔を見た。


「もちろん! 気に入ったものがあればいくらでもお申し付けください。しかし・・・これで、終わりではござらん。まだまだ料理は続きますぞ。慌てず、胃の隙間を空けておいた者だけが、最後の最後に、一番のご馳走にありつけるのです」


ミハイルは、意味深に目配せした。アラネアは呆気にとられ…そうか、待つことにも意味があると分かったらしい。いつものようにものすごい勢いで皿を平らげつつ・・・しかし、お代わりを言うのをじっと我慢していた。


ルーナは、アラネアへの気遣いに感謝するように、頭を下げた。


「お見苦しいこともあると思いますが・・・ご容赦いただければ幸いです」


と、早速、ソースをこぼしたアラネアの襟元を拭きながら、言い添える。


「なに、こどもは元気なのが一番です。どうぞ、堅苦しくならず、我が家のようにお寛ぎください。今宵は、勝手ながら、私は親しい友人をお迎えしている気持ちです」


ミハイルが砕けた様子で笑いかけるので、ルーナは、少し安堵したようだった。それを横で黙って様子を伺いながら、ノクトもほっとしていた。自分の礼儀がさほどにも場に相応しくないのを感じていたから、アラネアの存在はむしろありがたいほどだ。


「今…プロンプトさんはどちらへ?」


領主の隣に座っていたイヴァンが、ノクトに話しかける。


「あいつは、今は、ニフルハイムの内地の調査に回ってる。残存する集落とその被害状況の確認だな。そのうち、ブディを通して、ハンター協会と連携することになると思うが…とにかく被害が大きい…連盟だけでは対応できないだろう」


ミハイルは目を伏せて、


「本来なら…我々ニフルハイムのすべての民が力をつくすべくこと…ハンター協会ならびに、ルシスからの支援は誠に恐れ入ります」


と頭を下げる。


「お顔をお上げください、閣下」


と、ルーナは、左手で器用にアラネアの世話をしながら口を挟んだ。


「これからは…誰もが助け合う時代です。私もノクティスも、これまでに何度もこのニフルハイムの地で助けられてきました。それに…ルシスも、これから幾度と無く助けを必要とするでしょう。ですから…私は、頭を下げあう関係ではなく、手を繋ぎあう関係でありたいと願っています」


ミハイルも…それに、息子のイヴァンも、ルナフレーナの言葉に聞き入って、頷いていた。


和やかな晩餐の時間が流れていった。ノクトは、正直、気が重かった社交の場で、しかし、ルーナが横にいれば話題に途切れることも無ければ、答えに困ることも無い…ニフルハイム支配下で女王として生きた神凪の、処世術たるものは、王都に守れてぬくぬくと過ごしたノクトにはとても真似できないものだった。王としての悔しさが1割…あとの9割は安心して頼りきっていた。


あ、あーちゃん! 突然、タルコットが大きな声を上げた。そして、次の瞬間、しまったと思って自分の口を押さえたが、すでに周囲の注目を集めていた。見れば・・・アラネアが、ルーナが残していたワイングラスを手にしていた。中は空っぽだ・・・


「まあ! アラネア・・・それを飲んでしまったの?」


ルーナが抑え気味に叱りつける。当の本人は、何事かとぽかーんとしていた。


「残したらもったいないと思って・・・ルーナ飲みたかった?」


勝手に飲んだのを悪いとは思ったらしく、上目がちにルーナの顔を見た。


「それは、いいのだけど・・・大丈夫なの?」


ルーナは少し心配になってアラネアの顔を覗きこんだ。アラネアはきょとんとしているが・・・しばらくして、その顔が見る見る赤くなった。


「おお、なんか、暑くなってきた!」


アラネアは、赤い顔で冷静に告げる。また、会場は笑いに包まれていた。


「あーちゃん、水を飲んで・・・」


タルコットが慌てて、水のグラスをアラネアの口元に持ってきた。アラネアは素直に水をごくごくと飲み干した。それから、あきらかに、ぽーっとした表情になり・・・突然、立ち上がる。


「暑い・・・お外に行きたい・・・」


目がうつろになっていた。ルーナは慌ててアラネアの手を引いて会場を出ようとしたが、タルコットがルーナを制して


「僕が・・・連れて行きますので。ルーナ様はここで」


その時、テーブルの先からローランが立ち上がって、そっとタルコットに近寄ってきた。


「私が案内しましょう・・・休める場所もございますので」


ミハイルが満足したように頷いたので、脇から助けに出ようとしていた執事達は、持ち場に戻った。アラネアは急に大人しくなって、タルコットに手を引かれて行った。広間を出る途中、まだな・・・最後のご馳走が来ていない、と残念そうにつぶやいていたが、ローランがすかさず、メインディッシュはちゃんと、運ばせますから大丈夫ですよ、と言い聞かせていた。


3人が部屋を出て行って、晩餐はようやく落ち着いた雰囲気に戻る。しばし、可愛いアクシデントを楽しんでいた列席者も、みな、平静に戻ってそれぞれに隣席の者と熱心に話を再開していた。客人側の列から、3人ほど人が抜けたが、ブディが向かい側の領邦軍の将校と熱心に話をしている姿や、テヨが隣りあわせとなったフィリアと身を寄せ合ってなにやら話し合っているの画が見えた。


ノクトは改めて、城主に向き合う。ルーナは申し訳なさそうに、顔を伏せていたが、ミハイルは嬉しそうに笑って


「こどもがいるというのは賑やかですな・・・この城内に小さなこどもがいなくなって久しいのです。早く、孫の顔が見たいと・・・気が早いとは思いますが、そう思わずにはいられませんな」


と、少し酔いの回った顔に、笑みを浮かべていた。イヴァンは、苦笑いを浮かべながら聞いていたが、ノクトとルーナの間にも、なんだか妙な空気が流れていた。


城内が騒がしくなったのはその後、すぐだ。ノクトははじめ、アラネアが何かやらかしたか、ともって、変な緊張感を覚えていた。しかし、執事の一人が険しい顔して広間に入り、すぐに城主の背後まで寄ってその耳元に何かを囁いているのを見たとき、状況は、より深刻だと悟った。城主は、険しい顔つきになって、ノクトの方へ身を乗り出し、


「誠に申し訳ないが、しばしお付き合い願えるでしょうか」


と、低い声で申し出た。ノクトはただ頷いて、城主の後に続いて席を立った。ルーナが不安そうな顔を向けたが、城主がイヴァンに向けて、自分の代わりに客人を持て成すように言い渡したので、ノクトも、自分の留守の間を頼むようにルーナの目を見据えると、ルーナは、頼もしい顔つきで頷き返した。


広間からミハイルの背中を追うように廊下に出ると、アコルド軍の指揮官らしき人物が、複数の兵を連れて待ち構えていた。ノクトは、あ、と驚いたが、ミハイルは動じず、


「ここでは、折言った話も出来ますまい。奥の部屋へご案内いたしましょう」


とミハイルが申し出ると、主人の意図を察した執事は一同を先導して廊下を進んだ。アコルド軍の指揮官は、異論は立てずに、静かに誘導に従っていた。


通されたのは、同じフロアの廊下の突き当たり、城主の謁見のために用意された部屋らしい。部屋の表に衛兵がたち、重い扉に閉ざされている。中は、晩餐の広間に比べると、照明もおさえぎみで暗く感じる。城主は、ソファを進めたが、アコルド軍の指揮官は座らなかったので、結局、一行は立ったまま、暗がりの中でお互いの顔をじっと見つめることとなった。


「せっかくの宴の席に、お邪魔をして大変申し訳ないが…」


と、指揮官は口火を切った。


「アコルド政府の通達によりまして、ハンター協会の飛行部隊1号機は、これより、アコルド軍の管理下に入りました。ご申請のあった離陸についても、これを一旦留保させていただきます」


なんだと…驚きを隠せないノクトにかわり、ミハイルは冷静な態度のまま、指揮官に向き合う。


「パーチェス大尉。理由をお聞かせ願えるか。ノクティス陛下ご一行、ならびに、ハンター協会のご一同も、共にバンアールの客人。来訪に当たっては、アコルド政府にもすでに通達済みのはず」


「いかにも」


と、パーチェス大尉は表情を変えずに即答した。


「しかし、これは、政府官邸における決定のため、我々ではお答えができない…何卒、ご理解いただけますよう」


「…アコルド政府は、和平会議の開催を承認して正式通達を出したはずだ。オレらはその通達に従って、シャンアールに寄航した。この地で武装解除を行えば入国を認める…そういう通達だったはずだ」


ノクトはいらっとして、反論する。アコルド政府が、まるで自分達の発案のような顔をして、議長国としてオルティシエでの開催を行うと通達してきたのは、つい、二日前だった。


「揚陸艇の1号機に想定以上の武装が確認された・・・これが事実です。ごれ以上のご説明は難しい。審議の間、揚陸艇はアコルド軍の軍の管理下に置かせていただきます。すでに…乗員の退去は完了いたしました」


パーチェスは表情を変えずに淡々と、ノクトに言い渡した。ノクトは、顔をしかめて、


「乗員の退去だと? ヴィックスは承諾したのか?」


と声を荒げる。パーチェスも、負けじとノクトを見返しながら


「…時間はかかりましたが、つい先ほど、説得に応じていただきました」


二人はしばし、にらみ合っていた。


「なるほど」


二人の間に割って入るように、ミハイルが声を出した。


「詳細は説明できないが、アコルド政府にとって想定外のことが起きた…そのために審議の時間が必要、ということですな? これは…審議であって、容疑ではないはずだ。陛下も、ハンター協会も、今のところ明確に、アコルド政府の通達に違反した事実はないはず。私の認識に何か間違いがあるだろうか?」


パーチェス大尉は、難しい顔をしながら、…おっしゃるとおり、と低く答えた。


「咎を認めての、対応ではございません…あくまでも、不足の自体に備えた審議のため。どうぞご理解を賜りますよう」


ノクトは、いろいろと反論したい気もしたが、ミハイルは、やめておけ、というように目を伏せたので、ぐっと言葉を飲み込んだ。確かに、無駄だろう・・・この偏狭の地に派遣された駐留軍の指揮官には、さほどの決定権も持ち合わせていないよう見える。


「では…アコルド政府には速やかな審議を願おう。ぜひ、その旨、お伝え願えるかな」


ミハイルが言うと、パーチェスは、重々しく頭を下げた。ノクトは、城主の面子のために、苛立ちを抑えつつ、パーチェスが部屋を出て行くのを見送った。








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