Chapter 23.8-決意と、別れ-

おい、アラネア、ちょっと来い。


あれ? とアラネアは驚いた顔して、ノクトを見た。レイの学校の終わり際、こどもたちが先に集落に戻った後、いつものようにレイの手伝いをして教材や、勉強机の片づけをしていた。新しい学校の建物を作る計画がはじまって、あと、1,2ヶ月もすれば学校が引越しになるはずだが、それまで壊さないようにと、学校が終わった後は勉強机にビニルをかけておくことになった。本格的な夏が終わって、少しずつ雨が降り始めたからだ。雨に濡れると机も椅子もだめになってしまう…そう聞いて、アラネアはひとつずつ丁寧にビニルをかける。風で飛ばないように足の部分を紐で止めるのも、結構時間がかかる。


レイが、もういいから、行っておいで、と促すので、アラネアは不思議に思った。しかし、ノクトだけでなくて、その後ろにはルーナも立っていた。いつもの優しい笑顔だったが、なぜか、ちょっと重い。


お、おう。じゃあ、先に行くな!


レイと一緒に手伝いに入っている女性達も、一斉に、アラネアの方を向いて手を振る。


今日もお疲れ様! 明日もよろしくね!


アラネアは嬉しそうに手を振り替えしながら、ノクトとルーナのところまで駆けて行く。


「悪いな、仕事の途中で」


と、ノクトはいつになく、丁寧な物言いをする。


「おお、いいぞ!」


アラネアは不思議に思いながら、いつもの通りに返事をした。ルーナはただ、笑って、そっとアラネアの手を繋いだ。へへ…アラネアはちょっと照れて、頬を赤らめながらルーナの手を握り返した。


「これから、風車のところで、シノたちを話をするんだ。お前も話がしたいだろうと思ってさ」


「おおお!!話す!!」


アラネアは歓喜して飛び上がった。そして、空いていた右手でノクトの左手を掴んだ。ルーナとノクトと挟まれるようにして歩くアラネアは、ご満悦だ。ルーナも、ノクトと目を見合わせて嬉しそうに微笑んでいた。


3人は、集落に戻らず、なだらかな丘を突っ切るようにして、風車を目指していた。登ったり降りたりを繰り返しながら、小道が続いていた。時折、小川や側溝を渡る小さな障害があり、その度にノクトは大げさに、アラネアとルーナに手を差し伸べて、エスコートしていた。


「なあ、アラネア。これからのことなんだけどな」


ノクトは風車の手前の小川を渡るときになって、ようやく口火を切った。それまで、なんだか気もそぞろに、あちこちキョロキョロしながら適当なことをしゃべっていたのだが、小川を渡ったところで、ルーナがきっと、強い眼差しでノクトを見ていたのが効いたのだろう。


「なんだ?」


不思議そうにアラネアはノクト見た。


「…もう少ししたら、オレとルーナは、チパシを出るんだ。そのあと…あちこち寄りながら、最後には、ルシスに帰ろうと思ってる」


ほ、ほおお… アラネアはぽかーんとして、ノクトとルーナの顔を交互に見る。ノクトはやや緊張していた様子だが、ルーナは優しい笑みを返していた。


「プロンプトだが…一緒にルシスには来ないんだ。あいつはキリクにくっついて、この間、お前とルーナが行ってきたみたいに、この辺りの小さな村を回ってくるんだ。…つまり、これまで一緒に旅していたオレらは、ばらばらになる」


アラネアは、急に押し黙った。ちょっと、混乱しているように見える。


「アラネア…お前は、プロンプトにくっついていってもいいし、オレとルーナについてルシスに来てもいい。それにな…レイもゴダールも、お前がもし望むなら、チパシでこのままお前と一緒に住みたいといってる」


アラネアはついに立ち止まってしまった。二人の手を離して、そっと、道の上に佇む。難しい顔をして、俯いていた。


「それだけじゃないんだ…どうも、お前のことが好きなやつが多くてな」


と、ノクトは笑って振り向いた。


「オルブビネのな、シノとスイ…それに、お母さんのイサもな。もし…お前が一緒に住んでくれたら嬉しいって言うんだ」


ノクトは、アラネアの反応を伺うように黙った。アラネアは、なぜだか、とても悲しそうな顔をして、じっと下を向いている。ルーナは、心配するようにその顔を覗きこんだ。アラネアは、ルーナの目を見ようとしなかった。


「もう少し…ゆっくり考えていいんだぞ。みんな、お前が好きだからな」


ノクトは、いつになく優しい口調で言い添える。


「どこで…誰と一緒にいたいか…お前に決めて欲しいんだ。ただ…」


とノクトは急に声が震えた。


「もし、嫌じゃなかったら、だが…オレは、お前をルシスに連れて帰りたいと思ってる」


はっ として、アラネアは顔上げた。そして、まっすぐな瞳でノクトを見る。


「ノクトと一緒に行っていいのか…?」


アラネアは、怯えたような声で聞いた。ノクトは、ふっと笑って、ちょっと潤んだ目で頷いた。


「当たり前だろ。これは…ルーナも同じ気持ちだ」


アラネアは、目を大きく見開いてノクトを見つめ、そして、続いてルーナの顔を見た。ルーナも、涙ぐみながら、大きく頷いていた。


「うん!わかった! ノクトと一緒にルシスに行く!!」


アラネアは急に元気を取り戻して、大声で言う。ノクトとルーナは顔を見合わせて笑い、また、手を繋ごうと二人してアラネアの方へ手を差し出した。アラネアは、ぱああっと笑って、二人の間に駆け戻ると、その手を両手に繋いだ。


アラネアは急に陽気になって鼻歌を歌った。相変わらず変な歌だな…とノクトは呆れた様子で呟いたが、ノクティス! と、ルーナは叱るように言った。しかし、アラネアは全く気にした様子がない。ご機嫌なまま、変な鼻歌を歌って、嬉しそうに交互に二人の顔を見ていた。へへ…珍しく、照れたように顔を赤らめながら。


風車の足元について、ノクトが通信機のスイッチを入れる。


ーあ、あー、こちらチパシのアラネアだぞ!!


開口一番、元気な声を上げる。すぐに、応答があって、受信レベルを示すメーターの針が触れる。


ーこ、こちら、シノです。アラネアちゃん!お元気ですか!


嬉しそうなシノの声が聞こえてきた。


ー元気だぞ!! ルーナも、ノクトも元気だ!!!


あははは…嬉しそうなスイや、大人たちの声が聞こえる。多分、その後ろに、リーベリ夫妻やテヨも居るのだろう。


ーええと…今日は、アラネアちゃんに聞きたいことがあります


シノの緊張した声が聞こえてきた。


ーノクトさんからお話は聞きましたか? ええと…私も、スイも、お母さんもお父さんも、アラネアちゃんが大好きです。だから、チパシへ行っちゃったときはとても寂しかったです!


シノが思い切ったように行って、そして、ちょっと涙ぐんでいるような声が聞こえた。


ーシノ! あーちゃんも大好きだぞ! イサもユハも、いじわるだけど、クヌギのことも大好きだ!!


通信の向こうで、大爆笑が沸き起こっているのが聞こえた。


ーうん! ありがとう! 学校の友達も、先生たちも、みんな、アラネアちゃんのことが大好きだよ! だからね…もし、アラネアちゃんがオルブビネに戻ってきたら嬉しいなって…


お、おおお… とアラネアは、思案顔で黙った。


ーもしね、うちで一緒に住んだら嬉しいなって、そう思ったの…。アラネアちゃんはどうですか?


アラネアは、ぼおっと、夕日を眺めるような顔をしていたが、しかし、突然はっとして、大きく頷くと


ーシノ! ごめんな! あーちゃんは、ノクトと、ルシスへ行くぞ!


と言い切った。


ーノクトがパパで、ルーナがママだからな! だから、あーちゃんが一緒じゃなきゃ、ダメんだ!


ノクトは目を潤ませながら、ちょっと心配になってルーナを見たが、彼女自身もまた目を潤ませながら、愛おしそうにアラネアを見ていた。ノクトは、ほっとして、二人を包み込むように微笑んだ。


通信機の向こうでは、すすり泣く声が聞こえていた。


ー…ええと、ごめんな


アラネアが申し訳なさそうに言うと、ほら、もうよしなさい。心配するじゃないか、と諭すようなユハの声が聞こえて、ごめんなさい…と答えているのはイサのようだ。


ーううん!大丈夫! お母さんが泣いちゃって…あ、でも、嬉しそうなの!


シノの元気な声が返ってきた。


ーアラネアちゃん!パパとママと一緒で良かったね!!


ーうん! そうだな!


アラネアは、頬を真っ赤に染めて満面な笑みを浮かべた。


プロンプトが、キリクと出発したのは、その3日後になる。タルコットから譲り受けたバイクを搭載して、ファグナ領籍の2号機に乗り込んだ。プロンプトはぼろぼろに泣きながら、別れ際に強くアラネアを抱きしめたまま離そうとしない。あまりの取り乱しように、アラネアが引くほどだ。


「プロンプト! 大丈夫だぞ。キリクも一緒だからな」


アラネアはやや呆れた様子で腕を伸ばすと、プロンプトの頭を撫でていた。プロンプトは、情けない様子で、うん、うん、そうだね! と泣きながら頷くが、涙が止まる事はない。


「すぐにルシスにも行くからね!! ノクトをよろしくね!!」


プロンプトはついに鼻水も流しながら、アラネアに訴える。アラネアは自分のハンカチを取り出して鼻水を拭いてやりながら、大丈夫だ!すぐに会えるからな! とプロンプトを慰めた。


キリクが呆れ顔で、それ、恋人以上じゃない?! と不満を言った。


それから、プロンプトはノクトの方へ向いて、ノクトにも抱きつこうとする…ノクトは、一瞬身を引きそうになったが、ルーナがその背中をつねったので、苦笑いしながら、涙と鼻水をたらしているプロンプトを両腕で受け止めた。


まったく…ガキかよ


タルコットも、苦笑いしながらその様子を眺めていた。


最後には、プロンプトは、キリクに引きずられるようにして揚陸艇に乗り込んだ。開口部がしまりきるまで、いつまでも、泣き顔のまま、一同に手を振り続けた。アラネアが、プロンプト! いってらっしゃーい! と元気よく声を上げた。


揚陸艇はやっと浮上を開始して、ノクトたちはエンジンの巻き起こす風に巻き込まれまいと、少しだけ離れてその様子を眺めていた。ファグナ領籍の舟は相変わらず乱暴に急上昇して、上空で急停止していた。今は、星くらいにしか見えない小さな白い点…一瞬だけためらうようにして、そして、南の空へ向かって流れて行った。


「いいのか…あのバイク、あげちまって」


ノクトは、ほっとため息をつきながら、呟いた。タルコットは、半ば強引にキリクに奪われたことを思い出しながら苦笑して、


「まあ…ルシスへ帰ったら、また、新しいのを作ります」


と答えた。


それから数日後だー


朝早くから、ルーナとアラネアが台所で賑やかにしているのを、ノクトはベッドの中で聞いていた。昨夜から、お弁当をたくさん作って、シャンアールに向かう道中、揚陸艇の中で食べるのだと二人で意気込んでいた。タルコットやアラネア隊の分も用意するらしく、相当な量だろう。


アラネアがノクトの家に住むようになってから、ルーナの傍にいたいせいなのか、よく料理の手伝いをするようになっていた。狭い台所に二人が立つと、ノクトが近づく余地がなくなってしまって、ノクトは時々寂しそうに、台所入り口に立って二人の背中を眺める。見ていると、アラネアは、もうすっかり包丁を持つ手が慣れており、ノクトよりずっと戦力になる。ノクトはもっぱら味見係と、片付け係だ。


今日は、シャンアールの城主と会談もあるし、あっちは任せるか… ノクトはまたうつらうつらとベッドに顔をうずめた。


「ノクトー!ごはんだぞ!!」


アラネアが、元気よく廊下から声を駆けてきた。なんだ…もう、そんな時間か…時計を見ると、先ほどチラッと目覚めたときから、すでに1時間はたっていた。うー… もっと寝たい。


ばん! と寝室の扉が威勢よくあいて、アラネアが飛び込んでくる。アラネアは、わあっと嬉しそうにベッドに寝ているノクトの上に飛び乗った。ぐっ !! ノクトは苦しそうに唸る。


「お前…それやめろよ! もう大分重いんだぞ!!」


オルティシエで一緒にベッドで寝ていたときに比べると、アラネアは一回り大きくなったように感じる。すっかり、体つきがふっくらして、そして…ますます筋肉もついた。乗っかられると、ずっしりと重い。


そいや…タルコットにもいつの間にか、背を抜かれたな…とノクトは苦しそうに呻きながら思い出していた。


「ほらほら、ノクティスがつぶれてしまいますよ」


ルーナは笑いながら廊下から声を駆ける。おおっ とアラネアはわざとらしく驚きながら、ベッドから降りると、さっとルーナの後に続いて居間に入って行った。


ドアくらい閉めろよ…


ノクトは文句を言いながらベッドから這い出して、のろのろと着替える。もう、箪笥の中は空になっている。荷物はあらかた、昨日のうちに揚陸艇に積んであった。椅子の上には、朝着替える分だけの衣服が用意されていた。


持ち出すのは衣服くらいだから、それほど部屋の風景は変わっていないはずだが、なんとなくがらんとしたものを感じる。ノクトたちが出た後は、すぐに、難民の一家が引っ越してくるはずだ。アラネアが、次の家族のために…と、花を一所懸命に摘んで、あちことの窓辺に飾っていた。この寝室でも、小さなピンクの花が一輪挿しに刺さっている。


マルタ家の離れへ、クリフとロナルドが一緒に入ったというのは数日前だっけ、と思い出し、あそこは男二人だから早速汚くしているかな…と想像する。そのまま分隊に入った二人は、きっと、マルタの主人に怒鳴られながら、成長するんだろう…ノクトは想像してほくそ笑む。二人の家族も、マルタ家のもう一棟と、その近くの改装を終えた古い家に入ることになっていた。


ノクトは、洗面所へ向かった。会談に向かうということで、昨日は、結婚式ぶりに散髪され、髭も綺麗に剃ってあった。一晩で伸びた分の髭だけさっと剃ってしまうと…どうだろうか。王様らしい、凛々しい顔だろうか。ノクトは鏡に向かってそれっぽい顔を作ろうとして、そして可笑しくなって一人で笑った。どうにも日焼けして、様にならない。


まだー?!お腹すいたー!


アラネアが文句を言うのが聞こえた。


「今行く!」


待っていられるようになっただけ成長したな…と、ノクトはまた笑って、ようやく居間に入った。二人は嬉しそうにノクトの顔を見て笑った。


「おはよう」


「おはよう!」


「おはようございます」


さ、いただきましょう。 ルーナが言って、アラネアは待ちきれない様子でフォークを持ち上げると、いただきまーす! と威勢よく声を上げて、そして一気に食事を掻き込む…その様子は、あまり変わりばえしていないように見える。ノクトは、くく、と笑いを噛み締めながら、自分は…まず、難関の生野菜サラダに手をかける。小さくした野菜を、オムレツで包むようにして、口に入れる。その様子を、今度はアラネアがにやにや笑いながら見ていた。


ノクトは、わざと顔をしかめて、


「うまい!!」


ふふふふ、 わははははは! ルーナとアラネアは、笑った。


食事が終わると最後の片付けに入る。ノクトがアラネアと連れ立って歯磨きをしている最中、ルーナが慌ただしくあちこち掃除をしていた。昨日までも、すでに大掃除をしてあったが、居間の床や、トイレや、多分、ノクトたちの歯磨きが済んだら、この洗面所も掃除するんだろう。ゴダール夫人が、掃除は後でするからと言っていたのだが、ルーナは、この素敵な家に住まわせていただいた感謝を示したいので、と引き下がらない。

アラネアは歯磨きを終えると歯ブラシを袋に入れて、イサから貰った手提げ鞄に入れる。そのほかに、画材の入った大きなリュックを背負い込む。リュックも画材も、レイの一家が贈ってくれたものだ。最後に、デイジーから貰った麦わら帽子を被ると、出かける用意は万全だった。

「こっちはすんだぞ」

ノクトが声をかけた時、ルーナは台所の流しを最後に綺麗にしているところだった。

「ここで、最後ですから」

ルーナは汗を拭いながら、申し訳なさそうにいう。出発の時間が迫っていた。ノクトは、拭いたまま台の上に重ねられていた皿を手に取ると、食器棚にしまう。食器は、綺麗に揃えられて棚に並び、みていて気持ちがよい。

「綺麗になったな…」

「ええ…本当に、素敵なお家でした」

ルーナも、最後に布巾を綺麗に絞って台の上に広げると、ホッとため息をついた。アラネアの目を盗むようにして、ノクトはそっと口づけする。ルーナも笑って応じた。

まーだー?

居間の方から、アラネアの声がする。2人は笑った。

「さあ、行くか」

ノクトが運び入れるボストンバックと、弁当が詰まった段ボールを抱える。ルーナも果物や飲み物が入った袋をよいしょ、と担ぐ。

ノクトは、荷物の多いルーナのためにドアを開けあげようと思い、先に立ってその戸に手をかけた。一歩、玄関の先に歩み出て…

わっ!!!!

驚いて思わず飛び上がる。
家の前の通りに、見渡す限りズラッと人が並んでいたのだ。見送りはある程度予想はしていたものの、ノクトは圧倒されて、しばし、硬直していた。

先頭にいたゴダールが笑いながら、ノクトたちを先導するために歩み出た。ゴダール夫人や、エドの一家と、アルミナも一緒だ。

「発着場で事故が起きても困るのでな、他の連中はここまでということにしてある」

ズラッと並んだ人々の顔を、呆然と眺める。先頭集団は、この近所の連中だ。後ろの方に遠巻きに立っているマルタの主人は、ノクトと目が合うとにやっと笑った。ノクトはそっと頭を下げた。

「ひとりひとり挨拶していると日が暮れるぞ。先に進んでくれ」

ゴダールに促されて、ノクトたちは両脇に人が立ち並ぶ通りを、ゴダール一家に続いて歩き始めた。エドが笑いながら、ノクトの抱えていたダンボールを受け取る。その後ろを、相変わらず、オヤジの裾を持ちながら、5歳の息子がくっついて歩く。

あっちからもこっちからも、手を振ったり、声をかけられたりする。あーちゃん!ルーナ様! という声に混じって、時々、村長代理! という声も聞こえて、ノクトが顔をしかめると周囲は笑いに包まれた。本部の辺りまで来ると、警備隊が分隊も含めて整列しているのが見え、ノクトが差しかかると、一斉に敬礼した。剣道着に身を包んだクリフとロナルドは、ちらちらとルーナの姿を追っていたが、ノクトが正面に来ると恥ずかしそうに笑っている。トラは真面目くさって、真っ直ぐにノクトを見ていた。


「トラ!後は任せたぞ」

その肩をポンと叩いてやる。おうよっ トラは腹から声を出して答えた。
幹部たちはみな、厳かな表情で、ノクトを見送っている。ワグが…その中にいた。ゴダールが無理を押し通して、しばらくの間、警備隊の幹部としてチパシに残ることを承諾させたらしい。ノクトはちょっと足を止める。何か言おうとして…上手く言葉が出ないので、誤魔化すようにその頭をくしゃくしゃに撫でる。ワグは、人懐っこい笑顔を向けて、案外嬉しそうだった。

本部を過ぎると、お堂が見えて来る。破壊された扉は、取り外されて、開け放たれたお堂の内部が見えた。今はご神体を失ったお堂に、しかし、まだ、蝋燭がともり、綺麗に花が飾られているのが見えた。ルーナとノクトが、愛を誓った場所…ルーナは結婚式を思い出したのか、しばし、お堂の方を見つめながら目を潤ませていた。

いよいよ、最近塀が取り除かれて広くなったキャンプへの入り口を通る。真っ先に立って出迎えたのは、ポルバラオ村長に就任したルノと、その一家だ。和平会議にも名前を連ねることになり、会議への出席も検討している。ルノは、たまらずノクトに近寄って、思いがけず熱い抱擁をした。

「ノクトさん!王様になっても、これからもよろしくお願いします!」

「あったり前だ。こっちも頼りにしてるわ」

ルノは感極まって涙ぐんでいた。女房が呆れたように笑って、その背中をさすりながら、ノクトから引き剥がした。

その時、ルーナは、炊事班の面々に取り囲まれているところだった。キャンプの台所を支えているお母さんたちが、みな泣きながらルーナに抱きついていた。ルーナは、ひとりひとりと熱い抱擁を交わし、言葉をかけている。

アラネアは、これまた号泣しているレイと、学校のスタッフや子どもたちに取り囲まれていた。レイはしっかりとアラネアを抱き寄せて、元気でね、元気でね…お勉強頑張ってね… と、声を駆け続ける。アラネアは、いつもの明るさで、うん、レイも頑張れよ!と、泣いているレイの頭を撫でていた。こどもたちは、わあああ、と嬉しそうに押し合いながら、手を振ったり、手紙を渡したりしていた。なかなか騒ぎが収まらないので、見兼ねたゴダールが割って入って、やや強引にアラネアを引き剥がした。


「揚陸艇から催促がきてるぞ」

ゴダールは無線を振って見せる。

「夜には大事な会談があるからな…遅れるわけにはいかない」

ちぇー!とアラネアは口を尖らせながら、それでも、一同に元気よく手を振りキャンプを離れた。

ゴダールに事前に通達されていたのだろう。見送りの人々は難民キャンプの西の出口に固まって、それ以上ははみ出さず、いつまでも手を振り続けていた。エドとゴダール、そしてアルミナだけが、その先、発着場まで付いてきた。完成間近の集合住宅の脇を通りすぎると、揚陸艇が口を開けて、ノクトたちを待っていた。タルコットは、落ち着かない様子で、ちらちらと外の様子を覗き込んでいる。タルコットの背後で、ケルカノまで同行することになっていたブディが、静かに笑っていた。


「あの…もう時間ですから!」


タルコットのおろおろした声が飛んできた。


「ああ、悪いな」


ノクトは小走りに、揚陸艇の方へかけていこうとしたが、その腕を、思いがけず、ゴダールのがっしりとした手が引き戻した。なんだ? ノクトが振り返ると、ゴダールはそのままノクトを引き寄せて、両出に強く抱いた。


唖然として、ノクトは立ち尽くす。


よくやった… ノクトの耳の傍で、ゴダールが小さく、呟いていた。


あ… ノクトは思いがけない出来事に、言葉が詰まる。その言葉が、まるで、ゴダールの体を通して、父レギスから語りかけられたような気がして…急に熱くこみ上げるものがあった。ノクトは、冷静になろうとしていたが…やがて、躊躇いがちに、ゴダールを抱き返した。ゴダールは、また、抱きしめる腕に力を入れる。


よくやった… 


ノクトは、じわっと目を潤ませながら、そして、震えながら...自分よりやや小柄のゴダールの、しかし、筋肉に引き締まった硬い体を抱き返す。ゴダールは笑いながら、ノクトを抱きかかえ、そしてその頭を撫でていた。


「くそっ…なんだよ、これは!」


ノクトは悔しそうに泣きながら、呻いた。ルーナや、タルコット…そして、エドも、静かな微笑を浮かべて、離れがたい二人を見守っていた。


ノクトは、最後にしてやられた、と思いながら、すっかり赤くなった目をしたまま、揚陸艇に乗り込んだ。開口部がしまりきるまで、ゴダールを先頭にして、佇むエドとアルミナの3人の姿を見つめ返していた。ゴダールは、いつもの余裕のある顔に、少しだけ寂しさを浮かべていた。


なんだよ…いきなり… あのヤロウ。


ノクトは、鼻を啜りながら、いつまでもその顔を見つめ返していた。











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