Chapter23.5-それぞれの場所で-

アラネアはきゃあきゃあと耳をふさぎながら、大音響の鳴り響く帝都を見下ろしていた。タルコットとプロンプトが、泣きそうな顔を見合わせて、二人とも耳をふさいでいる。遥か260mの眼下を臨む…ここは、電波塔の最上部に当たるアンテナの、整備用の足場。ちょっと上を向けば、アンテナの先端が見える。ニフルハイム全土に向けて、最大音量でスピーカーも使っている。音量がすごいので、放送中は建物の内部にいるようにというお達しだったのに…


ルーナフレーナの声が、あまりの音量でその言葉がここからでは聞き取れないが…しかし、それでも、不思議な暖かさを感じさせる。遠くのルシスにも届いているかしら…プロンプトは、耳をふさぎながら、遥かかなたまで続くニフルハイムの地を眺めた。


ボンガロでは要塞のスピーカーから流れる放送が、廃墟の町に鳴り響いていた。市民が壊れかけた建物の影から姿を表し、じっと耳を傾けている。要塞の中では、館内放送に耳を傾けながら、敬礼をする兵士達の姿があった。


ファグナでも要塞のスピーカーから放送が鳴り響いていた。空き地に建てられたテントやバラックから人々は外にでて、お互いの肩を抱き合いながら、じっとルナフレーナの声に耳を傾けていた。数日前に建てられたファグナ家の慰霊碑には、大勢の女性達が囲むように祈りを捧げながら、涙を浮かべていた。


マグヌ自治領の長老は、昨日、ハンター協会が持ち込んだばかりの小さなラジオの前にいた。住民達、とくにこどもたちは、ひしめき合うように固まりながら、そのラジオの音を聞き取ろうと息を呑んでいた。


チパシでは、難民キャンプとお堂、そして寄り合いの集会所たるマルタ家の大広間にそれぞれラジオが設置された。どの場所でもラジオを取り囲むように、ひとだかりができていた。難民キャンプでは、ラジオに近い最前列には、ロナルドとクリフが陣取っており、じっと真剣にラジオを見つめている。お堂では、ゴダールがアルミナと笑みを交わしながら放送を聞いていた。マルタ家の大広間の一番前で、一同を制すようにラジオの前に陣取っているのはトラをはじめとする警備隊分隊の面々だ。マルタの主人はいつものように、広間の後ろの方にどっしりと座っていたが、満足するように笑っていた。


ポルバラオ工場では、ラジオを取り囲んだ最前列に、エドとルノの家族がじっと耳を傾けている。ルノたち家族は、ルーナの声に涙を浮かべながら手を合わせていた。ルノは、時折背後を振り返って、狂人の墓を見る。


オルブビネでは、校舎のホールに、こどもも大人もたくさんの人が詰め掛けてラジオを聴いている。里の寄り合いでも、大勢の人が詰め掛けている。多くの者はただ物珍しそうにその声に聞き入っていたが、サヨイは感極まって涙を拭いていた。テヨは…父と二人で神殿に詰めて、持ち込んだ小さなラジオに耳を傾けていた。じっと、考え込むような表情だった。


シャンアール城では、場内の者を一同にあつめて、じっとラジオに耳を傾けるバンアールの姿があった。ルナフレーナの言葉に、じっと耳を傾けて、胸に手を当てていた。父の真剣な顔…どこか、苦しそうな表情を、イヴァンはその横でじっと見つめていた。


ケルカノは…ハンター協会の設置していたスピーカーを通じて、放送が流れている。雨季が終わって再開されていた工事は、今日のこの時間に限り中断されていた。静まったキャンプに、ルナフレーナ声が響き渡っていた。テントから出て聞いていた難民達の多くが、地面に跪くようにして祈りを捧げていた。工事現場でも、作業員達が、じっとその声に耳を傾けていた。本部でも、館内放送からスピーチが聞こえてくる。デイジーは涙ぐみながら、寄り添うようにして女性ハンターと肩を抱き合っている。希望の家でも、窓を開け放って外に鳴り響く放送を聴いている。すっかり首の据わった赤ん坊を抱えて、医療班の女性は涙ぐんでいた。トーマは、そこからすぐ見えるところに、他の子ども達と一緒に、ふざけあいながら放送を聞いてた。


一方、リカルドは、駅舎内のグスタフの居室に押しかけて、レガシーを片手にご機嫌な様子でスピーチを聞いていた。グスタフが、レガシーを自分のグラスに継ぎ足そうとすると、目ざとく瓶を取り上げる。時折鼻を啜るので、この男でも感動することがあるのか? とグスタフは酔った頭でリカルドを見ていた。


オルティシエのハンター協会では、ヴァーグが通信機の前でどっしりと座って耳を傾けていた。その周りを若いハンター達が囲って、じっと耳を済ませている。アコルド政府は、政府管轄の公共スピーカーを切っていたが、しかし、あちこちの広場では個人で持ち寄ったラジオを囲って多くの市民がルーナの声に耳を傾けていた。それは、ヴィエントスはじめ、多くの地域で同じ光景だった。


カメリアは、久しぶりに戻った我が家の居間で、使用人の老婆と二人で、静かにラジオに耳を傾ける…その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。


そして、ルシス…


レスタルムでは大々的に公共スピーカーからスピーチが聞こえている。テネブラエからの避難民は、スピーチの途中、ルーナの声が聞こえた途端に歓声をあげ、抱き合って泣いた。その様子を、トラヴィスも涙ぐみながら眺めていた。すっかり大きくなっていた弟が、その兄の背中を笑って撫でていた。


王都では…議会室に、コル将軍、イグニス、グラディオをはじめとして、警護隊やハンター協会の関係者が詰め掛けている。やはり、ルナフレーナの第一声を聞いて涙ぐむものが多かった。グラディオさえも、目頭を赤くしながら、鼻を啜っていた。隣でコル将軍は、安堵したようにホッとため息をついた。


「今回ばかりはノクトにやられたな…」


イグニスも涙を流しながら、嬉しそうに敗北を認める。


「ああ…それは、オレも潔く認めるぜ…」


グラディオも素直だった。

しかし、和やかだった雰囲気も、そこまでだった。ルーナフレーナのスピーチが終わり、いよいよノクトの声が聞こえてくる。


ーノクティス・ルシス・チェラムだ。長らく消息を絶ち、ルシス国民ならびにアコルド政府には多大な迷惑をかけた。ここの場を借りて、心よりお詫びする


けっ とグラディオはまだ涙ぐんだままで悪態をつく。


「オレやイグニスに謝罪はねぇのか?」


イグニスは、まだ笑っていられた。


ー先にルナフレーナが言ったように…ここには、一個人としている。一個人の、和平を望むものとして、ニフルハイム連盟の成立に立ち会った。そして、一個人の和平を望むものとして、一つの提案をしたい。現在、アコルドとルシスの政府間で2国間協議の開催が計画されているが…この開催に代わって、国際和平会議の開催を呼びかける。先に成立されたニフルハイム連盟各地の代表ならびに、それ以外のあらゆる地域での自治区の代表の参加を呼びかけたい。世界は深く傷ついた…我々は今、国という概念を超えて、共に手を携え、この危機に立ち向かう必要がある。アコルド、ルシス両政府が、この会議の意義に賛同し、オルティシエでの開催に力を貸してくれるものと期待する。


!!!!!!!!!!!!!!!!


「な、なんだって!!」


ばん! とグラディオは、さきほどまでの感動も吹き飛んで、議会場の重厚な黒テーブルを思いっきり、ぶったたいた。


ーなお、国際和平会議の発起人は以下となる。ノクティス・ルシス・チェラム、ルナフレーナ・ノックス・フルーレ、ユスパウ領領主ハーヴェルム・ユスパウ、ボンガロ市ポワール・ド・トルドー、ファグナ領暫定政府ジャック・ザイール、チパシ村長ボルタ・ゴダール…


イグニスは、妙な笑いを浮かべながら、気が遠くなったように身をのけぞっていた…


「おい…大丈夫か、イグニス!!」


グラディオは慌てて、その肩に手を置いた。と、同時に、イグニスが作り上げた厚み10cm以上もある議案書の束のことや、毎日のように公式通信で、アコルドの高官と熾烈な交渉を続けていた様子を思い浮かべていた。そのイグニスが…今は、放心したように笑っている。


「やられたな…」


「あいつ…マジ、いいかげいんにしろよ?!」


グラディオは、本気で憤っていた。しかしながら、コル将軍は、すぐ向かえ側の席で考え込んで腕組みをしている。いつものように、動じず、静かに…


「…将軍。すぐに議案を作り直します。おそらく...連盟とも連絡を取る必要があるでしょう。アラネア隊に中継させれば、直接話もできるかもしれません」


イグニスは苦笑いしつつも、早くも気を取り直して、将軍に向き合った。


「そうだな…こうなっては、他に手はあるまい。ここでルシスまで戸惑っては、アコルドが騒ぎ始める…ノクトにのるなら、こちらは淡々と準備するだけだ」


「しかし…レスタルム市長たちの対応は」


警護隊の幹部が不安な声を出した。


「無視しろ…」


え?! と居合わせた一同は声を揃え、思わずコル将軍を見た。コル将軍は不適に笑った。


「つまり…そっちの対応は俺に任せればいい」


コル将軍は自信があるようだが…本当に大丈夫か?


グラディオが疑わしげにその余裕のある横顔を見ていた。一方、イグニスは、もう、腹を決めたように笑っていた。


「それでは、評議会の説得はお任せします。私はすぐに、連盟とコンタクトをとります。ここまでくれば、こそこそとした工作より、表立った接触がしやすい…」


帝都の放送が終わって、一同は慌しく持ち場に戻った。どこからもひっきりなしに問い合わせの電話が入ってくる…コル将軍は次から次へと来る連絡を片っ端から一蹴して、


「今夜19時に緊急会議を招集。以上!それだけ伝えろ」


とだけ言うと、アコルドから入った緊急通信に対応するために、通信室に向かっていった。こっちは任せろ、というようにイグニスに手を振ったので、イグニスは頭を下げて、レスタルムへ向かうべく王宮の正面玄関へ向かった。


「すぐに…協会の本部へ向かうつもりか」


「ああ…アラネア隊の2号機が帰還していたはずだ」


ちっ… とグラディオは舌打ちして、おい、車を用意してくれ! と近くに居た警護隊のメンバーに声をかけた。若い隊員はすぐに、頭を下げて、二人より先に正面玄関を飛び出していく…警護隊の車両は常に、その中庭に2台は用意されていたはずだ。


案の定、二人が玄関を飛び出すと、すでに正面に一台が、後部座席のドアを開けて二人を待っていた。グラディオはイグニスの腕を少し引いて車の前まで来ると、後部座席の屋根に手を触れさせる。


「悪いな」


イグニスはすぐに車両の形を感じ取って、迷いなく後部座席に滑り込んだ。すぐ後にグラディオも体を押し込んだ。車は、グラディオの重さでぐっと沈み込んでいた。


「レスタルムのハンター協会本部まで急いでくれ」


運転席にいた部下は、はっ…と短く返事をするとすぐに車を発車させた。


「しかし…これは明らかに政治活動だぞ。ハンター協会もすぐに動けるか」


「先ほど同席していたロータス協会理事が動いてくれていると思うが…一応、アラネアに話をしておこう」


イグニスはスマホに 「アラネアをコール」 と呼びかけた。アラネアの電話番号が直ちに呼び出されて、自動的にコールがはじまっていた。


ーあら、さっそくかかってきたわね


アラネアは、自身も先ほどの放送を聴いていたのだろう…イグニスからの電話を待ち受けていたようだ。


ー話が早くて助かる。揚陸艇2号機はまだ、レスタルムにいるか? 借り受けたい


ーいるわよ…いつもの、西の発着場に。帰還したてで、要員は休暇中だったんだけどねぇ


ー悪いな…力を貸して欲しい


ーまさか、ニフルハイムまで乗り込む気?


イグニスは笑って


ーとりあえず…沖合いを進んで、チパシまでの広域通信を試す。うまくいけばそれだけで、連盟の中心人物に繋がれるだろう。それで無理なら他の手を考える


まったく…と、アラネアが呆れた声を出した。


ーあんたらそろいもそろって、うちの舟を随分好きなように使ってくれるわよね…随分と貸しが溜まってるわよ。なんとかって会議が済んだら、清算してもらうわよ


ー…ああ、分かってる。貴女の部隊には感謝してもしきれない…ありがとう


イグニスが急に改まったので、電話の向こうで戸惑っているのが分かった。グラディオは、まったく策士だな、とにやけて、やり取りを聞いていた。


ー…たっく、調子がいいこと。可愛そうな要員たちをすぐに召集しておくわ。協会に寄らなくていいから、まっすぐ発着場に来て頂戴


ー了解だ。助かる


イグニスは電話を切った。


「やれやれ…うちの王様もとんでもないな。お前、本当にいいのか」


「何がだ」


「何がって…お前がこの数ヶ月、必死に内外に根回ししてお膳立てした会議じゃないか...それをこうも簡単に潰しやがって」


グラディオは、まだ腹の虫が収まらないらしい… だが、イグニスは、今はもう余裕を取り戻して、ふふ、と笑っていた。


「…確かに、努力は水の泡になったが…だが」


「王の命令か?」


「いや…」


イグニスは首を振った。


「それもあるが…ノクトの提案の方がはるかに都合がいいからな」


グラディオはちょっと驚いて、軍師殿の顔を見た。いまだかつて、イグニスを差し置いてノクトがうまく立ち回ったことなど、見たこともない。イグニスは、ノクトにしてやられたことが...少し寂しそうでもあり、しかし、嬉しそうだった。


「2国間協議では、アコルドは有利な立場を押し通すつもりだったからな。こちらは会議の設定だけでかなりの妥協を強いられた…これがそのまま、協議の結論にも影響するのではないかと、オレは恐れていたんだ。一方、多国籍会議はこのパワーバランスを均衡させるのに都合がいい…それに、ノクトはどうもニフルハイム連盟とすでに連携している。アコルドにとっては、脅威のはずだ。こちらが優位に立った上で、アコルドに対等の立場を保証すれば…その条件を飲まざるを得ない」


ほおお…とグラディオは驚いて、言葉が出なかった。そんなお膳立てをあいつがしたっていうのか…。


「…ルナフレーナ様のおかげかな?」


「どうかな…まあ、最悪な想定としては、ニフルハイム連盟に主導権を握られている、ということも考えられなくもないが、あの演説を強制的にさせられているって線は…ないだろう」


「ないな。あいつは、目の前で銃を突きつけられても嘘はつけないタイプだ」


イグニスは同意するように頷いた。


「ルナフレーナ様もな。あの連盟の宣誓…とても信じられないような内容だが…きっと、うわっつらだけじゃなく、信じられるだけのものがあるのだろう。あの二人が協力したというのなら、そういうことだ」


「トルドー少将か。お前、知ってるか?」


イグニスは首を振った。


「ボンガロは、帝都に近い軍事要塞都市だ。昔の資料を調べれば、名前が出てくるかもしれない」


「根っからの帝国軍人があの宣言か…にわかに信じがたいな」


ふふ、とイグニスは笑って


「アラネアもそうだったろう…今や、レスタルムの防衛庁長官まで務めた。あれから10年だ…何が起きても不思議に思わない」


そうだな… とグラディオも笑った。ニフルハイムから亡命してきた人間は他にも居る。貴族も、軍人もだ…いまだに不穏な動きをしている者もなくはないが、しかし、大概の人間は、まるで10年前まで争っていたことなど忘れたように、平穏に暮らしていた。


ちっ… グラディオは舌打ちをしたが、今度は、照れ隠しのようだった。


「なんだかな…勝手に出て行っちまって、しっかり、ルーナ様を見出した上に…こんな大掛かりな政治的取引までしでかしてしまうなんて…くそっ、オレは完全に負けた気分だぜ。勝手にいきまいて、あいつの代わりに留守中のルシスを背負うつもりでいたんだが」


イグニスは、ぽんっと、グラディオの肩を叩いた。


「お前やオレがここに残ったから、ノクトは思う存分やれたんだ。オレはそう思っている」


へへ… グラディオは、恥ずかしそうに笑った。


あ、と、グラディオは窓の外に気をとられた。二人を乗せた警護隊の車両は、猛スピードで、ハンマーヘッドを通り過ぎるところだった。シドたちの姿ははっきりとは見えなかったが、ちょっと前に再開した整備工場のシャッターが開いているのだけはわかった。











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