Chapter 23.4 -ルナフレーナの覚悟-

ゴダールの屋敷の応接室で、男達は長い沈黙を守っていた。ハルマは、ただ優しい表情で、ルーナが考え込む姿を見守っていたが、トルドーの使わせたベルハルト少佐とワグは、この長い沈黙の中、時折、互いの顔を困惑したように見やった。ベルハルトは、ハルマと同世代だろう…ボンガロの作戦では、地上班を率いた人物で、ゲリラ戦を生き抜いた屈強な男だ。しかし、こうして、戦場の外で見ると、どちらかというと知性派の顔をしている。ワグも戦場ではもっと冷徹に見えたな、とノクトはぼんやりと思い出した。


かなり沈黙が続いているので、残りの4人は手持ち無沙汰であった。遠慮がちに、体の姿勢を変えたり、顔を見合わせたりしている。ノクトは、隣に座っているルーナが、俯いまま考え込んでいる姿をしばらく見やっていたが、やがて、小さなバルコニーの方に視線を向けた。気持ちのよい風が吹き抜けて、カーテンが揺らいでいた。そういえば…いつのまにか、昼間の暑さが和らいでいる。ようやく、過酷な夏が終わりを迎えるのだろう。


ニフルの外の雨季も…もう終わったかな…


ふ… とルーナが短く息を吐いたのを聞いて、ノクトはルーナに視線を戻した。ようやく、その顔を上げて、じっと注目する一同の方に、覚悟を決めた顔…久しぶりに見る、神凪の凛々しい表情を浮かべていた。


「わかりました…お引き受けします。ただし、条件があります」


わ... と、ベルハルトとワグは安堵した表情を浮かべた。


「条件とは?」


ハルマが、わかっているというような表情で聞く。


「…ご存知の通り、私にはもう、神凪としての力はありません。そしてまた…夫、ノクティスにもルシスの魔力は失われました。この事実は、はじめに明らかにお伝えしなければなりません。かつての威光にすがるのではなく…今の私達のそのままの姿で…ただひとりの、微力な普通の人間として、語ります。それでよろしければ…」


ハルマとノクトは、ただ、優しく笑ってその言葉を受け止めていたが、ベルハルト大尉とワグは少々困惑した様子だった。しかし、二人で無言のまま視線を交わしたあと、ベルハルトはルーナの目を見て頷いた。


「わかりました…異存はありません」


「では、決まりだな」


とハルマは、膝を打った。


「周辺の集落には誰を遣るんだ?」


ノクトが聞くと、ハルマとベルハルトはちょっと顔を見合わせた。ハルマは、ノクトの表情を伺うようにして、


「こっちは手がいっぱいでな…できたらアラネア隊に委任したいんだが」


ああ、そういうことか、とノクトは納得して、


「そういう依頼だったら引き受けると思うわ。あの舟はルシス船籍ではあるが…今はハンター協会の管理下だ。ヴィックスと直接、話をしてくれ」


「わかった。そうするよ…彼らにはもう、散々助けられてる。おかげで、あの、飛ぶ棺桶といわれてた舟が、安心して飛ばせるようになったしな」


ハルマが笑うとノクトもつられて笑った。


「あれで今までよく落ちなかったな。もう1機あったよな」


「あっちもいずれメンテを頼むさ…そうすれば、ボンガロに一つ貸し出せる」


ベルハルトも頷いて


「かなりの機動力になりますし…助かります。チパシへお約束していた重機も運搬できますから」


「連盟の布告もせにゃならんし…いずれは、誰か幹部を廻らせなきゃならんな」


とハルマが続けると、


「アラネア隊の許可が得られれば、私が同行するつもりですが、どうでしょうか?」


ベルハルトは、判断を求めるようにノクトの顔を見た。ノクトはうーん、と唸って


「ハンター協会は政治的な活動には手出しできないが…しかし、ニフルハイムのこの状況じゃ、必要な人道支援の範疇かもな…アコルドでもいろいろ動いてるって聞いてる。とりあえず、ヴィックスに話をしてみろよ」


ベルハルトは頷いた。


「あの…」


と、その時、ルーナが遠慮がちに声を上げた。一同が、口を閉じて、もう一度注目する。彼女の顔は、まだ、険しかった。


「今のお話… ハンター協会は、被害状況の調査にニフルハイム全土を周回する、ということでしたね」


「はい。手始めに、我々の方で残存を確認しているいくつかの集落を回ります。連盟の布告まで時間もありませんので…他の地域はいずれ」


ベルハルトが説明すると、ルーナは重々しく頷いて


「わかりました…では、私も同行します」


え?! と、4人は驚いた顔をしてルーナを見た。


「ベルハルトさんは、連盟の合意を得るために現地の有力者の方とお話をするのですね。私は…ハンター協会の方と同行して、被害状況の視察を行います。ハンターの方は、病人などの対応に終われるでしょうから、私は、時間の許す限り、おひとりおひとりのお話を伺うつもりです」


ルーナの言葉は断定的で、他に意見を挟む余地を許さなかった。ハルマとベルハルトは、困惑した様子で、助けを求めるようにノクトを見た。ノクトは、ちょっと宙を見るようにして考えていたが、やがて、ルーナの方を向いた。ルーナは怖い顔をして、ノクトを見つめ返す。


「…いいんじゃないか。行ってこいよ」


ルーナは、思わずにやけるのを抑えるように変な表情をして、夫と意味深な目配せをする。他の者たちはみな驚いて、お互いの顔を見やったが、異議を唱える者はいなかった。


数日に渡った難しい会議は、これでようやく終結した。ベルハルトたちは慇懃に頭を下げると、ルーナと連れ立って、ヴィックスと話をするために屋敷を出て行った。ハルマと2人して一行を見送ってから、ほっと息をついて、また、椅子に座る。


「ひと息入れるか…」


「賛成だ」


ノクトは、どっかりと椅子に体重をかけながらそっと目を閉じる。ニフルハイム連盟成立の布告、そして、二国間協議に代わる世界和平協議会の発起…これらの大掛かりな仕掛けを同時多発的に行うために、帝都にまだ生き残っていた巨大な魔導電波塔を利用する。かつて、帝国が全世界支配を目論んでいた時に、軍事戦略上作られた…電波ジャック用の通信支配装置。ニフルハイムの支配地域の電波網を制御できるうえに、ルシス内地のラジオ電波もジャックできるらしい。


忙しくなりそうだな…ノクトは、想像するだけでうんざりして、ため息をつく。


「本当に良かったのか?」


ハルマは、ノクトと同じように、椅子にもたれかかりながら、ぽつりと呟いた。


「良かったって、何が?」


トルドーと、ハルマの間で練られたこのでかい計画を、丸呑みにしたことか? なし崩し的にルシスへの帰還を決めたことか? せっかく、イグニスたちがお膳立てした二国間協議の舞台を、ひっくり返すことか…


「ルーナのことだよ」


ハルマは呆れるように言った。


「あ、ああ…」


ノクトは、笑った。ハルマは知らないか… ノクトは、意味深に笑みを浮かべながら、遠い記憶を探るように宙を見つめる。


「この10年…オレは、何だかんだと誰かに守られながら何とか生き延びたんだが、ルーナは違うんだ。ルーナは誰にも守られずに一人で生き延びてきた…帝国の脅威の中、単身オルティシエに乗り込んでな」


そして、あの水神相手に渡り合って… ノクトは、可笑しくって笑ってしまう。どんだけ、逞しいんだあの人は。


ハルマは、へええ と、驚いた声を出す。


「ルシスへ帰ると決めた時点で、オレらは一般人ではいられないし…彼女は腹を決めたんだろ。オレに口出しする権利はないさ」


「…神凪の再来か」


ハルマはしばし考え込むように佇んでいた。


「それにしても…やっぱり、帰るんだな」


ハルマは、はやくもこみ上げるものがあるのか目を潤ませて、そして、そんな自分にはっとして、恥ずかしそうに笑っている。


「寂しくなるな…」


「ばああか。これからだろ…めんどくさい付き合いになるのは。」


ノクトは自分も思わずじわっとなるのを、誤魔化すように笑った。


「まあな…シナリオどおりに行けば、これから頻繁にアコルドで顔を合わせることになるだろう」


ハルマは、ふふ、と赤くなった鼻を掻きながら、笑った。


「おい、邪魔するぞ」


ひょっこり顔を出したのは、エドだ。


「おう、どうした?」


「はん? なんだ、随分しんみりしてんな? やっと話がついたんだじゃないのか」


ハルマは笑って


「ああ、難しい話は済んだよ…これから、もっと難しい議案書を二人でうんうん唸りながら作るところだ。手伝うか?」


エドは、げげ、といかにも遠慮したいという顔をして、


「頭脳労働はかんべんしてくれ…オヤジのやつが、時間を作って欲しいって。まあ、どっかにねじ込んで時間を作ってやってくれ。どうにもこうにも、例の工場に遠征したいらしくてな。特に、ルノのやつが乗り気でさ…もう、いつでも家族で移り住むって言ってるんだ」


「家族で?!」


ノクトが驚いて声を上げると、


「あの一家は、なかなか逞しいからな」


ハルマは笑った。


「実は、あいつをポルバラオの村長に任命しようって話が、俺とゴダールの間で出ててな…まあ、言い出したのはゴダールだが、本人もまんざらじゃないらしい」


「へぇえ…面白そうだな」


ノクトは無責任に呟く。


「それなんだがな...」


とエドは声を潜めて、ノクトの隣の椅子に座った。


「ルノがその気になってよかったよ…はじめ、オヤジがオレに匂わせてきたんだ…」


「ポルバラオ村長か?」


ノクトが不思議そうに聞くと、エドは、苦い顔をして頷く。


「しかし…お前は、いずれチパシの長を継ぐんだろ?」


「継ぐねぇ…」


エドは自信なさげに首をかしげる。


「オヤジも、まだまだ現役が長そうだし…実感はないな。評議会もできて、ハルマも居るんだし、10年、20年後にほんとにそんなもんがいるのかって感じはするな…」


うーん、と3人は宙を見て、唸った。


10年、20年後か…ここから一気に変容していくだろうニフルハイム…いや、世界全体。その時、誰がどんな役割を担うべきなんて、確かに想像ができない。


「とりあえず、…村長代理くらいしろよ。ゴダールはどうもじっとしていられなそうだしな」


ノクトは、ジロっと睨みつけて、嫌とは言わせない勢いで迫った。エドは頭を搔いて…


「人には得手不得手ってもんがあるだろ」


「ふざけんな。得手不得手じゃねぇ。やるかやらねぇかだ…エド、お前、頭悪い振りして済むと思うなよ?」


ノクトが睨みつけるので、エドはすっかり縮こまって頭を抱えた。


「くそ…ノクトに言われると、オヤジよりキツイな」


ははははは! ハルマは軽快に笑った。


「一人逃げは、なしだな。お前も巻き添えだ…手足になる時代は終わったんだよ。腹を決めて上に立て」


3人の男達は、気心知れた、遠慮ない笑いをいつまでも交し合った。


ルーナとベルハルトは、2日後に出発した。


あの後、タルコットが真っ青になって駆け込んできて、ルーナ様が同行するって言うんですけど?!とノクトに、すがりついたが、ノクトはさほど相手にせずに、ルーナの護衛は頼むな、と言い渡した。タルコットは信じられない顔をしながら、しかし、ノクトに、お前なら任せられる...と言われてしまうと、結局は引き受けてしまう。


予想外だったのは、ルーナが夜戻ってきて、しれっと、アラネアちゃんも連れて行くことにしました、と告げたことだった。え…と、一瞬ノクトは驚いたが、まあ、ルーナがいいならそれで…と、もやもやしながらも、特に反対はしなかった。アラネアは、その日から二人の家に泊まりこんで、今度はノクトが留守番な! とドヤ顔で宣言した。


まったく...女どもは逞しいな。ノクトは苦笑しながら、トルドーが特定していた3箇所の集落を回るべく飛び立つ揚陸艇を見送った。帝都で合流するのは3日後だ。それまでに、世界の電波をジャックして放送するスピーチも作成しないといけない…ルーナは、自分のスピーチは道中考えるから大丈夫、と言っていたが…ノクトは10年前の冠凪のスピーチを思い出していた。きっと、こういうことには慣れているんだろうな…なんだか、悔しさがにじみ出る。自分は、といえば、スピーチなんて、せいぜい、チパシでの結婚式での宣言くらいにしか経験がない…


今度の聴衆は、全世界か...なんだよ、全世界って


ノクトは、歯軋りしながら頭を振る。全世界だろが…チパシだろうが、あるいは、相手がアラネア一人だろうが、オレの言いたいことはかわらねぇぞ


「くそ!!」


消しては書き直した原稿用紙が真っ黒になっている。ノクトは、がん! と机に頭をぶつけた…ここは、ゴダール屋敷。体力が回復して数日家に戻っていたものの、結局、ルーナの出発とともに再び屋敷で厄介になっていた。身の回りの世話をゴダール夫人に頼まれたのと同時に、ゴダールの監視下で仕事をさせられるために監禁された…と、ノクトは感じていた。ハルマは、ノクトの監視をゴダールに託して、ファグナに発っている。エドはエドで、中断していた第3次遠征隊を組織して、明日からポルバラオに発つということだ。


ポルバラオでも、ラジオが聞けるぜ…エドはニヤッと笑っていたっけ…


「ノクト?」


あん? 机から顔を上げると、遠慮がちに扉の隙間から覗き込んでいるプロンプトの顔が見えた。


「おう…どうした?」


ノクトは、いい息抜きができると思って、原稿を放り投げてプロンプトの方へ体を向ける。


「邪魔した?」


「いや、ちょうどいい…煮詰まってた」


そか、と、プロンプトは笑って、部屋の中に入った。なんだかその笑顔にひっかかるものがあって、ノクトはまじまじと親友の顔を見た。


「どうかしたのか?」


「え、ああ、ううん」


とプロンプトはぎこちなく首を振りながら、部屋のソファに腰を下ろした。


「いや…なんか、ノクトの目が覚めてから落ち着いて話もできなかったしさ…帝都に行く前に、話がしたいと思って」


帝都に向かうメンバーに、プロンプトも入っていた。ヴァーサタイルの行方が気になるプロンプトのたっての願いだったし、ノクトがルシスの王として全世界に語りかけるなら…そばにはいなくてはならない人間だ。


「おう...聞くぞ。話があるみたいだな」


ノクトは、机に背を向けて、プロンプトの方を向く。プロンプトは、ちょっと慌てて、それから、もじもじしつつ、目を合わせてくれない。


「なんだよ」


ノクトは、ちょっとだけ語気を強めてみた。


「うん…」


プロンプトは、躊躇って…それから、ふっと笑った。気持ちが固まったのだろう、迷わずに、ノクトの顔をまっすぐに見る。


「あのさ、オレ…帝都の放送の後だけど、チパシを発とうと思って」


え…ノクトは素直に驚いて、プロンプトの顔を見る。その意味は…恐らく、ノクトがルシスへ向けて発つのとは別なのだろう。


「ボンガロとファグナで調査隊を結成する話、あるでしょう。ハンター協会も絡むことになるらしいんだけど…キリクが、案内役を買って出てさ。それで…オレも参加することにした。ニフルハイムの各地の現状を伝える重要な任務だし…オレのカメラも少しは役に立つかなって」


ノクトは、しばらく沈黙していたが、しかし、ほっと息を吐いて


「そりゃ…役に立つだろうな。お前の腕なら」


と言った。プロンプトは、嬉しそうに、そして少しだけ寂しそうに笑って、ノクトを見た。


「いよいよ…お別れだね」


「ああ」


ノクトは、言葉が出なかった。


「お前には…ほんとに…」


プロンプトは、首を振って、それから急に明るい表情をした。


「もう!そういうのなしね! ここまで一緒にいられて、オレも本当に楽しかったから!! あ、それとね。戻るよ、ルシスに!ノクトたちが結婚式を挙げるころまでにはね!!」


「結婚式…?」


ノクトは、訝しげに、プロンプトの顔を見る。


「結婚式ならもうやっただろ」


はああ?! とプロンプトは呆れた顔をして


「そんなの、イグニスとグラディオが許すわけないでしょ?!ルシスに戻ったら、公式なやつをやるって言い出すから!!絶対!!」


ふううん、そうか? ノクトは、ぴんとこない様子で、首をかしげる。


もう、これだから…プロンプトは大げさにため息をついてみせる。


「とにかく! アコルドで大事な会議をやって、そのあとルシスに戻って…結婚式やることになると思うけど、それまでには戻るからね?!」


ああ、まあ、別にいいけど…ノクトは曖昧な返事をする。プロンプトは、若干いらっとした様子で、


「ところで、あーちゃんのことだけど!」


と、切り出した。


「ああ…」


と、これに関しても、ノクトは、のらりくらりと声を出したが、しかし、ちょっとだけ目を伏せて


「実はな…ルーナとも話したんだが…」


と、今度は自分から切り出す。


「あいつに選ばせようと思ってさ。そっちはどうだ…ついていくって行ったら、連れて行けるか?」


プロンプトは、え、っと驚いたが、しかし、しっかり考えてはいたようで


「うん…キリクは、面白そうだからいいんじゃない、って言ってる」


ふふ、キリクらしいな、とノクトは笑って


「まあ、前のこともあるし…あらゆる可能性は残した上であいつに選ばせようと思ってる。話をするのは、帝都から戻ってからでいいだろ」


プロンプトも、オルティシエの一件を思い出しながら、苦笑いをしていた。


「そうだね…たぶん、あーちゃんにも考える時間が必要だしね」


ノクトは、微笑みながら頷いた。


夕方、ふらっと一人で通信機の前にいた。ゴダールの定期通信につき合わされたのだが、ゴダール本人は、事務的な連絡が終わると、なにやら呼び出されて一足先に戻っていた。


ースピーチの原稿はいかがですか?


と、テヨは笑いながら聞いた。ノクトは、ううう、と苦しそうに唸るばかりだ。


ーまあ、本番までにはなんとかする…ところで、協議会への対応は考えてくれたか?


ーそれなんですが…


テヨはすまなそうな声を出した。


ーやはり、この地の存在を明らかにするには、時期尚早かと。今は、まだ…伏せていただけませんか


ーそれは構わないが…しかし、ニフルの連盟の方には、内々に話を続けているんだろ


ーええ…しかし、我々は魔高炉のエネルギーに関しては、関心はありません。当面は、連盟にも名前を連ねることはないかと…第3者の立場で静観させていただきます


ーそうか…公にしてくれたほうが、ルシスとしても接触しやすいんだが…


ー申し訳ありません…そう遠くはないころに、またお話はできると思います。しかし、その前にもやらなければならないことがありますので


ノクトは不思議そうに、ん? と声を出す。


ー…今、そちらにはノクトさん、お一人ですね?


テヨは慎重に聞いた。


ーああ、そうだけど…どうした?


ー…この話は内密にお願いします。私も、しばらくしたら、オルブビネをしばしば留守にすることになります…実は、我らの伝承…宗主家の一族に伝わる伝承には、少しだけ続きがあるのです


え… ノクトは驚いて息を呑む。


ー実は、伝承者として私の一族は…黒い霧が払われた後、各地の集落に眠る魔石を破壊し、人の手の届かないところへ抹消するという使命を託されています。もう十分にお分かりと思いますが…あの石は、人の心を惑わし、人に力を求めるようにできているのです、ですから…


ーそうだな…


ノクトは、同意を示すように、重く呟いた。


ーですが、これは非常に難しい仕事になるでしょう。多くの者にとっては、この10年、自分達を守り続けてくれた聖なる石です。私としても、乱暴なことはしたくありません…ひとつひとつの集落を訪ね、そして、説きます。これまでは伝承者がすべてを秘密にすることで守ってきた信仰ですが…私は、今こそすべての真実を話すべきだと考えます


テヨの静かな覚悟は…頭が下がる思いだった。自分にも無関係ではない…ルシス王家もその力を使ってきた一族、そして、その力の恐ろしさを知っている者でもある。


ーしかし…関係する集落は相当数あるんだろ。大変なもんだな…


ーええ…長い時間をかけて、ひとつひとつやるしかありません。キリクたちにも協力してもらうつもりです


ーそれなら…


と、ノクトは躊躇いがちに、言い出した。


ーオレにも、できることがあれば力を貸したい。ルシスの中にも、そういう集落があるって聞いてる。ルシス王家にとっても無関係な話じゃない


ー…よいのですか


テヨも躊躇っていた。


ーああ…どこまで役に立つか分からんけどな…例えば、どうだ。協議会は別として、一緒に、オルティシエまで来るか? シャンアールに向かう前に、そっちへ寄ってもいい。フラン地区は、街中にあるし、お前の説得なら耳を傾けると思う


テヨは考え込むように沈黙していた…


ーノクトさん、ご提案ありがとうございます。少し、考えさせていただきますね。帝都から戻られるまでには、結論を出しますので


ーああ、わかった


通信は終わった。ノクトは、通信機のスイッチを落としながら、夕暮れの優しい光を眺めていた。それぞれが、それぞれの道を歩み始めている…不思議な感慨の中にノクトはいた。そして、オレも、オレの道…


ノクトは、遥かかなたのルシスの方角を見やる。


ーそして、帝都集結の日。


アラネア隊の1号機は、ルーナとアラネアを乗せて帝都近郊の集落を回った後、ファグナによりハルマを乗せて帝都に向かう手はずとなっていた。トルドーは数日前から帝都入りして、奪還作戦の直後から帝都に拠点を置いている調査部隊に合流しているはずだ。


ノクトたちはファグナ船籍の揚陸艇で、帝都へ向かう。早朝からの出発に、ノクトもプロンプトもあくびをしながら、貨物室でのんびり構えていた。


「陛下…広域通信です。ハルマ様がお話したいと」


ワグが申し訳なさそうに、操舵室から顔を出した。


「なんだよ…もうすぐ、向こうで顔を合わせるのに…」


ノクトはめんどくさそうに立ち上がると、操舵室に入る。プロンプトも、なんとなく後についてきた。


ーハルマ殿、ノクティス陛下がいらっしゃいました


ノクトの顔を見て、通信技師が呼びかけていた。


ーおはよう!ノクト!目が覚めたか?


その後ろから、アラネアが、わーわー騒いでいる声が聞こえた。ノクトおはよー!寝坊するなよー! 今、ハルマ様がお話中ですよ、と諭しているルーナの声も聞こえた。元気そうな二人の声に、ノクトはほっと笑いながら


ーあんだよ、朝早くから起こされて眠たいんだが…話は合流してからでいいだろ


ースピーチだよ!スピーチ! 原稿はできあがったんだろうな?!


ノクトは、うううう、と唸りながら、自分の頭をぐしゃぐしゃに搔き、


ーまあ…だいたい


と、誤魔化すように言った。ノクトの胸ポケットには、真っ黒になってもはや判読が難しい原稿用紙が、くちゃくちゃに丸められて詰め込んであった。


ーだいたいじゃねぇ! おい、プロンプトはいるよな?


ーはいはーい、いますよー


ー頼むから、そいつをたたき起こして、こっちに来るまでに原稿完成させてくれ。ついたらついたで、打ち合わせることもたくさんあるし、おちおち原稿を書いている時間なんてないぞ


ーえ、えー? うう、頑張ってみるけど…あれ、ノクト寝てる?!


話している傍からノクトは、適当に空いていた座席に腰掛けて、目を閉じていた。プロンプトは慌てて、その肩を揺する。


「ちょっと、ノクト?! ねえ、スピーチへまったら、一生の汚点だよ?! イグニスやグラディオも聞いてるんだよ?!」


「うるせーな…だいたい言うことは決めたんだ。もう、いいだろ…」


何、これ、王様の余裕?! プロンプトは呆れながら、すやすやと眠りに落ちるノクトを見る。


ノクト寝ました… プロンプトの情けない声を聞きながら、ノクトは、狸寝入りを決めt込んでいた。あとは…なんとかなるだろ、と自分に言い聞かせながら…


帝都の巨大電波塔… 建物部分はそこまででもないが、聳え立つ長いアンテナ部分を考慮すると、優にジグナダスを超えて、間違いなく帝都で一番高い建物になる。位置としては、魔高炉を挟んでやや帝都の郊外の方にあり、魔高炉の山すそにあるために、全体的な高度としてはさらに高い。先にトルドーが派遣していた帝都の調査部隊は、よく働いた。サルヴァタール一味の消息の調査と共に、この電波塔が稼動できることを突き止めた上に、今日のために整備を済ませていたし、そのすぐ傍に、ボンガロから持ち込んだ重機を使って瓦礫の撤去をして揚陸艇の発着可能な空き地を確保していた。


なるほど、帝国軍のでかい組織となると機動力が違う…と、ノクトは感心した。しかし、一方で、正規軍の制服を来た集団が忙しそうに立ち働く姿を見ると、どうしても、体が反応して緊張が走る。広域通信ではこの間、何度も話をしていたが、あのトルドーとまた顔を合わせるかと思うと、どうしても胸の奥に黒いものが蠢いた。まだ、あの奪還作戦での苦しい体験から、回復していないのだろう…ノクトは冷静に考えていた。揚陸艇で乗り合わせているワグと、なんとなく目があわせられないのも、あの突入作戦の苦い記憶が思い起こされるからだ。


ノクトは、自分の胸のざわつきを感じながら、表向きはいつものようにだるそうな様子で、ただ案内されるままに、電波塔の建物に入った。すでに、アラネア隊の舟は見えていたから、他の連中は中に集結しているはずだ。


やたらと暗い館内を、進む。近未来を思わせる、無機質な構造。建物というより、建物全体が精密な電子機器で構成されているように見えた。そのせいか、建物全体が電磁波でも帯びているように、微細なノイズや波長が耳や肌を刺激し続ける。


なんか、体に悪そうだな… プロンプトは、感心してひたすらカメラを取りまくっているが、ノクトはますます気分が落ち着かないのを感じていた。


中央の細いエレベータに乗り込む。電子音がなって、エレベータは驚くほどスムーズに上昇した。表示板を見ると、体感では分からないが、相当の速さで進んでいる…10階単位を数秒で通り抜けていた。最上階に近づいて、急激にスピードが落ちるのを感じる。そして…地上200mの制御室へ降り立つ。


ぴこん と電子音が鳴ってエレベータの扉が開いた途端、フロアのどこかでアラネアがきゃっきゃっ と興奮している声が聞こえた。


「あーちゃんだ」


プロンプトは嬉しそうに、廊下を覗き込む。先導していた兵士は、笑いながら、こちらです、と声のするほうへ一行を導いた。その先は、展望室のようになっていた。アラネアは、窓に張り付いて、階下の形式が広がるのを興奮してみている。その脇に、ルーナとタルコットもいた。


「ノクティス」


ルーナはすぐにノクトに気がついて、さっと傍によると、いつもの調子で夫の首に手を回し、軽いキスを交わす。見慣れていたプロンプトは、驚きもしなかったが、はじめてみたのだろう…タルコットは、えっ!! と驚いた顔をして二人のやり取りに目を見張った後、慌てて目をそらして、顔を真っ赤にしていた。


「もう…ルーナ様も、若者の前ですよぉ」


と、プロンプトは、タルコットをからかいつつ、珍しくルーナに苦言を申した。


「あら…すみません。ほんの、挨拶のつもりでしたのに」


ルーナは、急に顔を真っ赤にした。ノクトは別段、平気な顔をして、


「おう、アラネア。いい子にしてたか」


と話題を振った。アラネアは、おう? と不思議そうな顔をして首をかしげた。


「あーちゃん、大活躍だったよね」


まだ、少し赤い顔で、タルコットはアラネアの頭を撫でた。


「そう…本当に、大活躍だったんです。アラネアちゃんのおかげで、人々がみな笑顔になりました」


ルーナも、満面な笑みを浮かべて、ノクトに言う。だろうな… ノクトは驚きもせず、納得するように頷いた。そして、自分もアラネアの頭をごしごしと撫で付ける。


「よくやったな、偉いぞ!」


えへへへ… アラネアは嬉しそうに鼻をかいた。


「おい、来たか! そろそろ打ち合わせを始めるぞ」


放送室、とプレートの下がった部屋からハルマが顔を出した。おう、っとノクトは答えて、


「じゃあ、ここでいい子にしてろよ」


とアラネアに念を押すと、プロンプトとタルコットにアラネアを預け、ルーナの手を引いて部屋へ向かった。


ちょっとしたスタジオのようなつくりの狭い部屋に、トルドーが指揮をとるようにたち、その横にベルハルトとハルマがじっと様子を伺っていた。制御装置の前には一人の兵士がついて、指示に従いなにやら音響を調整しているように見える。その奥は、ガラス越しに完全防音のブースとなっており、取調室を思わせる味気ない椅子と机、その上に、マイクが一つ用意されている。しかし、大きな窓が開放的であったので、全体としては個室の展望室のような雰囲気だ。すでに、その部屋に一人男が入っていた。男は今まさに、マイクのスイッチを入れるところだった。


ーこちら、帝都、エルダーキャプト電波塔よりマイクテスト。繰り返す、エルダーキャプト電波塔よりマイクテスト。


すぐに、制御室の通信機に連絡が入る。


ーこちら、ゴルゴドス制御室。マイクテスト受信良好


ーこちら、ケンタウロ通信室。マイクテスト受信


ーファグナ揚陸艇2号機、チパシ上空よりマイクテスト受信


「よし…とりあえず、ニフルハイム全土には届いているらしいな…まあ、ケルカノまでは問題なく届いているはずだ」


トルドーは、一同に説明すると、ブースに向かって頷いて見せた。男は、トルドーの指示を受け取って頷き返す。


ーこちら、帝都、エルダーキャプト電波塔より通告します。これより、2時間後に、ニフルハイム連盟より布告、ならびに、ルナフレーナ、ノクティス両陛下より会見を行います。繰り返します…


布告と会見を知らせる事前通告は、約5分ほど繰り返されて、一旦終了した。


「これを、15分おきに放送して、本番は2時間後だ。さて…」


と、トルドーはようやくノクト夫妻の方を振り返って、


「最後の確認と行こう…お互い、スピーチの概要は認識を刷り合わせてきたつもりだが、本番で意図と違うことをしゃべられても困るだろ。こっちの布告の原稿は出来上がってる」


トルドーは、どん! と束になった原稿用紙をノクトに押し付ける。


「こっちはもう確認済みだ」


と、ハルマと目を合わせる。


「君ら夫婦で確認してくれ。それと、そっちの原稿も見せてもらいたいが」


う…とノクトは言葉が詰まった。ルーナは、ではこれを、と用意した紙の束をトルドーへ手渡す。


「本番では、言葉はそのままではないかもしれませんが…およそ伝えたい意図はまとめました」


「ああ…で、ご主人の方は?」


ノクトはさあっと血の気が引くのを覚えながら、しかし、もうヤケになって胸ポケットに突っ込んでおいた原稿用紙の塊を取り出す。


「素案ならある…あとは適当にしゃべる。別にそちらに不都合になることはねぇだろ」


と、ぶっきらぼうに、くしゃくしゃになった紙を渡した。トルドーは、呆気に取られてその塊を見たが、ノクトはもう後には引けないと、文句はあるかとドヤ顔で腕組みをした。


「ふううん、これか」


そして、いつものように疲れたようなため息をついた。


「まあ、いいさ…さぞかし本番に強いんだろ。こちらとしては、ノクティス・ルシス・チェラムが本人だと証明できればそれでいい。少なくとも、ルシス暫定政府とアコルドにな」


「どうぞ、ご心配なく。夫は、こういうことには慣れていますので」


ルーナは、トルドーに向けて、にっこりと、けん制するような笑顔を向けた。トルドーは、投げやりな様子で


「そうかい…それでは、あとは任せよう」


と、放送室を出て行った。ハルマもそれに続いた。出る間際、ルーナに目配せしたようだったが…どうやら二人で話はついているらしい。


ノクトは憮然としながら、しかし、宿題を忘れて言い訳もできない高校生の気分でいる。


ーこちら、ファグナ揚陸艇2号機、チパシ上空より…広域通信受信。ルシスハンター協会飛行部隊2号機より1号機へ。通信転送を希望。


一旦静かだった通信機が、また、騒がしくなった。


ーこちらルシスハンター協会1号機、転送を求む。


ー了解、転送開始。


ーこ…ちら、飛行部…2号機、ウェッジだ。1号機応答せよ


電波が悪くノイズが多い…シャンアールからの広域通信を、ファグナの揚陸艇を介して転送している…シャンアールからチパシ上空までも、通信範囲としてはぎりぎりの線だろう。

ーこちら1号機、ヴィックスだ。通告を受信できたか?


ーできた…も、なにも…ほんと…か?


ー本当だ。アコルド政府ならびに、できればルシス暫定政府への通告も頼む


ーりょ、…かいだ。


多い被せるように他の通信が入った。こちらは、ラジオ放送のようだ。


ーケルカノ、ハンター協会よりお知らせします。ただいま、帝都よりの強力な妨害電波を受信しました。何者かの発信を受けています…通告によりますと…


通信が激しく行き交い始める。


はじめったな…


「ノクティス…静かなところで、原稿を確認させていただきましょう」


ルーナに呼びかけられて、ノクトは我に返った。


「ああ…」


ベルハルトが頷き


「ワグ!」


と外に呼びかける。すぐにワグが顔を出した。


「お二人に落ち着ける場所へご案内しろ」


「了解です」


ワグは二人を導いて廊下を進んだ。


「あちらに個室がありますので…」


途中通りかかった展望室にアラネアたちの姿がないな…と、不思議そうに見ていると


「ふふ…アラネアちゃんはプロンプトさんたちと、外のアンテナを見学に行きましたよ…最長部まで登るって、意気込んでましたけど」


げげ…ノクトは祈るような気持ちでいたが、ルーナは案外涼しそうな顔をして聞いていた。


「さあ、こちらです…ごゆっくり」


小さな、倉庫のような部屋に、どこかからか持ち込まれた二つの椅子が置かれていた。ワグは二人を通すと、扉を閉じて去って行った。


ルーナは黙って椅子に座ると、すぐに原稿に意識を集中していた。ノクトは、寄り添うように椅子を近づけると、ルーナの背中越しに、原稿を眺める…およその内容を飛ばし読みしていく。ルーナは、読むスピードが早い…あっという間にページをめくられてしまう。そのうち、ノクトは半ばルーナに任せるような気持ちになって、適当にその文章の表面を眺めていた。


ふううう… あっという間に読み終えてしまって、ルーナはため息をついていた。それは、何か感動を含んでいるような響きでもあった。


「トルドー少将は…大したお方のようですね」


ルーナは呟いて、そして、原稿をノクトに手渡す。


「先に目を通してごめんなさい。さあ、ノクティスも…もう一度、きちんとご自身でご覧になって」


あ、ああ… ルーナが問題ないならいいんだけどな、とノクトは内心思いながら、しぶしぶと原稿を受け取る。地から強い筆跡の文字が、びっしりと並んでおり、トルドーとハルマの気迫がにじみ出ているようだった。ノクトは、いつのまにか、その内容に引き付けられるように押し黙り、ルーナよりも遥かに長い時間がかかったが、原稿を読み終える。ルーナと同じように、圧倒されるようなため息をついている自分に気がつく。


「…ルシスでも、できるだろうか」


「できます。いえ…やりましょう」


ルーナは、微笑みながら、夫の肩に手をのせた。


ノクトは今更ながらに、自分が渡した、ぼやきのようなメモ書きを、恥ずかしく感じる。うーん、と頭をもたげて唸る。


「…なんでオレが取なんだ」


と、情けない声を出す。


「ノクティス…貴方は貴方の言葉で語りかけてください。それが、きっと、人々の心に届きます」


ルーナは、ノクトの肩を抱きながらそっと、囁いた。


「それと…事務的なところだけは忘れないようにと、ハルマ様が」


と言って、目の前に、四つ折にされた小さな紙を差し出す。ノクトは、あっ と思って顔を上げた。ルーナの顔は笑っていた。


一行は緊張した面持ちで一同に会していた。今、ブースの中に居るのは、ハルマとトルドーだ。制御室から合図をして、二人は頷くと、マイクのスイッチを入れる。


ー帝都、エルダーキャプト電波塔より呼びかける。私は、ハーヴェルマ・ユスパウ。ニフルハイム帝国北端ユスパウ領の領主だ。急な呼びかけに、ニフルハイム全土の各地域、そして、アコルド、ルシス暫定両政府の協力に感謝する。我々は、ニフルハイム全域のみならず…この放送の届きうるすべての世界の人民に呼びかける。志同じく、世界全土の和平を望む者達がここに集結し、その声を届ける。どうか、耳を傾けて欲しい


ハルマは、席を譲ってトルドーと交代した。トルドーは例の原稿を開いた。


ー私は、ポワール・ド・トルドー少将。現在、ニフルハイム帝国ボンガロ市の指揮権を掌握する。本日、午後2時、我々は、ここに、ニフルハイム帝国の解体と、それにかわるニフルハイム連盟の成立を宣言する。現時点において、この連盟に合意、署名をしたニフルハイム自治区は以下の通りである… ファグナ領、ユスパウ領、チパシ村、コロナド市、マグヌ自治領、ボンガロ市。現時点で加盟していない、すべての地域の連盟への参加を歓迎する。


ー現時点で我々連盟で採択された宣誓をここに発表する。

1. 魔高炉エネルギーはニフルハイムに生きるすべての人民の公共の資源として、これを共同に管理し、公正に分配する

1. ニフルハイム連盟はいかなる自治区の平和的な独立もさまたげない

1. ニフルハイム連盟はあらゆる地域、国、文化の人民を対等とみなし、軍事そのほかの手段を用いた支配を行わない

1. ニフルハイム連盟は先の帝国による軍事的な支配を猛省し、軍事行動による他国および内部での闘争を極限まで回避し、平和的な手段を第一選択とする

1. ニフルハイム連盟は魔導エネルギー技術の軍事利用を禁止し、先の帝国の軍事技術についてはこれを廃棄する

1. ニフルハイム連盟は…


トルドー少将は淡々と、全28項目に渡る誓約を読みあげた。そのひとつひとつが、ゆっくりと、そして、力強く…制御室で聞いている面々も、真剣な表情で受け止めていた。ベルハルトと、ワグはそっと敬礼していた。


ー以上が、ニフルハイム連盟の宣誓となる。連盟はいかなるとき、いかなる地域の参加も歓迎し、この宣誓も含め、あらゆる議論を歓迎する。


放送はここで一旦中断した。制御室で操作していた兵士が二人に合図すると、二人はマイクのスイッチを切って、ブースから出てきた。ルーナは、ノクトの手を握る…次はこちらの番だ。


「すばらしいスピーチでした、少将」


ブースの入り口ですれ違い様、ルーナは潤んだ目でトルドーを見た。トルドーはやや、困惑した様子だった。ただ、棒読みだったんだがな… ノクトたちがブースに入る背後で、トルドーがつぶやいていたのが聞こえた。


トルドーとハルマに代わってブースに入り、ノクトとルーナが放送席に座る。はじめは、ノクトは端っこの方へややずれて、中央のマイクの前にルーナがいた。ルーナの表情にも、やはり、緊張の色が見たえた。


やがて制御室の方から、操作している兵士が合図の手を上げる。ルーナは、真剣な表情で頷き返して、マイクのスイッチを入れた。


ー全世界のみなさん…


ルーナは、マイクに呼びかけた。


ー私は…ルナフレーナ・ノックス・フルーレです。こうして、再びみなさんに、声を届けることができるのを、本当に嬉しく思います。


はあああ… ルーナはマイクから顔を背けて、音にならないわずかなため息を、漏らす。


ー10年前、水神の儀の前の会見で、私は、神凪として、みなさんに声を届けました。今日は、神凪としてではなく、みなさんと同じ、微力で、ごくありふれた普通の人間として、みなさんに語りかけています。私は…あの水神の儀を境に、すべての神凪の力を失いました


ルーナの目が潤んでいるのが見えた。ノクトは、そっとその腕に手を触れた。ルーナはノクトに、微笑んで、そしてまたマイクに向かう。


ー私の夫、ノクティス・ルシス・チェラムも、闇を払うと同時にすべてのルシス王家の力を失いました。私達二人は、今は、ともに、ごくありふれた普通の人間としてここにいます。そして、みなさんに呼びかけます… 


ー10年前の水神の儀では、私はこう申しました。神凪として、闇を払うことを誓うと。しかし、その後の長きにわたった闇の時代…多くの人が苦しみ、失望し、あるいは絶望に囚われたことでしょう。そして、たくさんの命が失われました…私は、己の力のなさに絶望し、己を呪いました…けれども、私は、今、生きています。多くの方々が、力を失った私を励まし、支え、そして愛してくださったのです…そのことが、私に生きる力を与えました。


ー私は…今、神凪の力をすべて失い、ただ、ごくありふれた普通の人間としてここにいます。しかし、それでもなお、私は無力ではありません。そして、みなさんもまた、同時に、無力ではありません。私は、今は、こう呼びかけます。みなさん…どうか、力を貸してください。その手を、私と…あなたの隣人と繋いでください。深い傷を負ったこの世界を癒すために…あなたの力を貸してください。我々、ひとりひとりは、無力ではありません。その手を繋げば、我々は、どのように偉大な人物よりも、そして…神の御力をも超えて、この世界を癒すことができる。今の私は、心からそう信じています


ルーナは、言い切って、満足したようにほおっとため息を漏らした。


ー…全世界のみなさんに、私の声が届くことを、祈っています。ありがとうございました


ノクトは、自分もわずかに目を潤ませながら、制御室から注目されているのも構わずに、そっと、ルーナの額に口付けした。ルーナは、ぽろっと涙を一筋こぼしたが、静かに微笑んで、その口付けをそっと唇に返した。そして、ルーナは席を譲って端の方へずれた。ノクトは、真ん中に座りなおしてマイクの方を向く。


右手に、先ほど渡されたハルマのメモを開く…ふふ、と笑った。確かに忘れてはこまる事務的なことだけだけが箇条書きされていた。そして、最後に、


王様らしく、きちっと決めてくれ!


という走り書き。


わーったよ…


ノクトはマイクのスイッチを入れた。


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