Chapter 23.3 -ノクティスの声-

アラネアは、風呂上りのさっぱりした様子で、テーブルの主賓席に腰掛けていた。髪の毛はまだ濡れていて、それを、撫で付けて上にあげているので、おでこが光っているのがよく見えた。ノクトも同じような様子で、濡れている髪を掻きあげていた。そっくりな様子で食卓についている二人を見て、ルーナはふふ、と可笑しそうに笑って、空になった皿をさげていった。


すげぇ食欲… 


アラネアが、次から次へと運ばれてくる料理を平らげるので、ノクトは呆気に取られる。3日間絶食していたノクトが口にできたのは、せいぜいスープくらいだ。


「お前…昨日、一昨日と何を食ってたんだ?」


うーん、とアラネアは料理を頬張りながら、左手を差し出して、


「こんな、もじゃもじゃしたやつ」


と、ノクトの目の前で、左手を開いたり閉じたりしてみせる。ノクトの脳裏に、甲殻の黒っぽい虫が想像されて...うっ と口を押さえた。


詳しく聞くのはやめておこう…


昼下がりのゴダール屋敷の広い食堂… 先ほどまで食事をしていたものも何人がいたのだが、みな忙しそうに食事を掻きこむと、さっさと引き上げていった。今は、ノクトとアラネアの二人きりだ。


ノクトは、はじめはあまり食べないようにと言われていて、出されたのは、ほとんど具のない薄味のスープだけだった。今は、胃に優しそうなハーブティを飲みながら、アラネアの食事をぼんやり眺めている。


つい1、2時間ほど前か…屋敷の寝室のひとつで目が覚めたときには、すぐにどこなのか、そしていつなのかも、すぐにはわからなかった。ベッドの脇にもぐりこんでいるアラネアに気がつき、その酷い有様に驚いたが、泥だらけで獣のように眠るアラネアは、不思議な懐かしさをかもし出していた。ノクトは、アラネアの体温を感じながら、その背中を撫で、ゆっくりと考えを巡らせた…そうだ、ボンガロの奪還作戦に参加して…そのまま帝都に乗り込んだんだ…。怪物との死闘を終えて、チパシに戻ってきたのは…いつだ?


その時、女性たちの話す声が聞こえて、部屋の入り口を見る。戸が開いて、和やかに話しながら入ってきたのは、ルーナとアルミナで、ノクトは思わず身を起こしてアルミナの顔をじっと見つめる。


「目が覚めたのか…」


ノクトの問いに、ルーナとアルミナは、一瞬顔を見合わせて、そして、からからと笑った。


「それはこちらのセリフでしょうが」


ノクトは、ほっとため息をつきながら回想を終え、食事中のアラネアに視線を戻す。とにかく、アルミナが無事だったのは良かった…まだ、傷は痛々しかったし、髪の色はすっかり銀色に変わってしまったが、見る限り元気そうだ。


「どうだ、食ってるか」


声がして、顔を上げる。ゴダールが、いつになく機嫌の良い様子で食堂に入ってきた。アラネアは、もぐもぐと口を動かし続けながら…しかし、明らかに警戒した様子でゴダールを睨んでいる。


ゴダールは、笑いながらアラネアの向かいに座ると、


「アラネア…お前に謝らなければいけないな」


と、すかさず、頭を下げる。


「先日は言い過ぎた…悪かった」


アラネアは、ぽかーんと、口に食べ物が入っているのも忘れて口をあけていた。


すげーな…マジかよ。あのゴダールに頭を下げさせたぞ…


ノクトも、信じられない気持ちでまいまじと、ゴダールを見た。およそのあらましは、ルーナから聞いていたが、ノクトからしてみれば、アラネアがいつものように騒ぎを起こしたようにしか感じていなかった。


「第一…お前は、実に役に立っている。難民のこどもたちに学校も作ってくれたし…この間の襲撃事件のときは、こどもたちを守ってくれたな。集落に何かあれば、お前がまっさきに村中を走り回ってくれる…この間、ノクトが倒れたときもだ。あのときの俺の言葉は…本当に失言だった」


ゴダールは、顔を上げると、穏やかな笑顔を向けて、まっすぐにアラネアを見た。その目は、いつもの見下ろす視線ではなく、あくまでも、アラネアの視線と同じ高さだった。


「どうだ…仲直りしてもらえるか」


ゴダールは、ハイタッチを誘うように右手を掲げて見せた。アラネアは、ぱっ と表情を明るくして、いいぞ! と答えると、嬉しそうにその手にハイタッチした。


「よし…これで仲直りだな」


ゴダールは笑みを浮かべたまま、立ち上がった。


「忙しそうだな…」


ノクトは、内心凄いものを見たと興奮しつつ、抑え気味に声を駆けた。


「そろそろ、ハルマとエドを乗せた揚陸艇がつくころだ…出迎えてくる。たぶん、すぐにお前の顔を見に来る」


ゴダールは、笑って、ノクトの考えを見透かすようにその頭をやさしく小突くと、食堂を出て行った。


また、二人になって、ノクトはじっととアラネアの顔を見た。再び食事に夢中になっていて、けれども、その顔はわだかまりがなくなったせいか、ますます上気して見えた。ゴダールの妻が新しい料理を持って入ってきた。まだ、食べさせるつもりか…とノクトは驚いたが、その後ろからプロンプトと、松葉杖をついたキリクが入ってきた。


「ほら、プロンプトさんもお疲れ様…ノクトさんたちと召し上がって」


二人を促して、席に着かせると、その前にずらっと料理を並べる。

プロンプトは、見るからにげっそりした様子で、あくびをしている。髪の毛に寝癖も残っていて、寝起きのように見えた。


「なんだよ、寝起きか…」


「寝起きか…じゃないでしょうが、二人とも…」


はあああああ… とため息をついて、食卓の上にがっくりと頭を下げる。


「どんだけ心配したと思ってんのぉ…」


キリクがきっ とノクトを睨みつけ、一方で、プロンプトの頭を慰めるように撫でていた。


「もうちょっと労ってやってよね。そっちは3日間ぐっすりで休めたろうけど、プロンプトは帝都から戻ってずうっと、駆け回ってんだからね…」


アラネアは、ぽかーんとして、


「お、おー…プロンプト! 大丈夫か!」


と言った。ノクトとキリクは思わず目を見合わせて、ぶはははははは、と噴出した。


「お前が言うかよ!」


しかし、プロンプトの顔はまったく笑っていなかった。泣きそうな顔をして目を赤くしている。


「冗談じゃないよ! ほんとに!! ひどいよ、あーちゃん! 迎えに行ったのに、あんなに呼んだのに、全然、出てきてくれないんだもん!!」


アラネアは、はああ… と驚いた顔をしてプロンプトを見て、それから、しゅん、と、小さくなった。


「プロンプト…ごめんな…」


それから、ぽろぽろぽろ…と両目から大粒の涙をこぼした。こいつが怒られて泣くなんて、珍しいな…と、ノクトは静かに微笑んで、優しくその頭を撫でた。プロンプトは、自分もじわっとにじみ出た涙を右腕でふき取って、それから、アラネアの傍によってその体をしっかりと抱く。


「心配したんだよぉ…」


ノクトは、微笑ましく二人が抱き合う姿を見ていたが、プロンプトがふと顔を上げたかと思うと、アラネアを抱いたままノクトの方へ押し寄せてきて、アラネアごとノクトの体に抱きついてきた…


「お、おい…」


アラネアが嬉しそうな顔をしながら、


「苦しい~!!」


と叫んだ。


「いいの、二人とも!!散々心配させた罰!!」


と言って、プロンプトはなかなか二人を離そうとしなかった。


まだ、日が高いうちに、ファグナ船籍の揚陸艇がチパシへ降り立った。ゴダールの言うとおり、ハルマとエドが、本部にもよらずにまず一番にノクトの顔を見に屋敷へ戻ってきた。久しぶりの嫡男の帰宅に、ゴダール夫人も、エドの妻も感極まって、玄関先が賑やかになるのを、ノクトはベッドの上から聞いていた。食事が取れるようになるまでは、あまりうろつくなと言われていて、食後は大人しく体を横たえていたのだ。アラネアは、ノクトのベッドの横、寝室の小さなテーブルで熱中して絵を描いているが、玄関が賑やかでも気にした様子がない。


やがて、遠慮がちに戸が開いて、二人の男が、顔を覗かせる。


「よお...勇者殿。武勇伝は聞いたぞ」


ハルマは、にやにやしながら中に入る。エドは、扉越しに右手を上げて、ニカッと笑いかけたが、そのまま中には入らず、息子に手を引かれるようにして行ってしまった。ハルマは、部屋に足を踏み入れてから、おっ…と、アラネアの存在に気がついた。熱中していて、ハルマが入ったことも気がつかない様子なので、そろりとその脇を避けてノクトのベッドに近づいた。


「ファグナはどうだ?」


ノクトは、ベッドの上に身を起こしながら聞く。


「ようやく、なんとかな…」


ハルマは、苦笑した。


「そっちがどんぱちやってる間に、こっちは、ファグナ一族も含め、遺体の回収を進めたんだ。危険が伴ったが…思い切って、衝突してた連中も巻き込んでな。遺体の傷みが激しくて身元の確認が中々進まないんだが…とりあえず、要塞内のすべての遺体は回収できた。あの凄惨な現場を目の当たりにして、血の気の多かった連中も、やっと大人しくなったよ…今は、合同で慰霊式典の準備を進めている」


「そりゃ…ご苦労だったな」


ノクトは感心して、すっかり領主らしくなった男の顔を見た。


「そっちこそ…無茶したようだな」


はは、とノクトは力なく笑い返す。


「自慢できる話じゃない…」


「みな、無事だったからいいさ」


ハルマはぽん、とその肩を叩いた。その時、とんとん… と遠慮がちなノックが響いた。


「ノクティス様…?」


恐る恐る顔を出したのは、タルコットだ。


「あ…すみません、来客中でしたね。出直します…」


慌てて頭を引っ込めようとするのを、ハルマは笑って中に招き入れた。


「いいんだ...俺ももう本部へ行かないと。入ってくれ…ええと、君は」


「タルコットだ。ルシスからオレを追いかけてきた」


「ああ…!」


と言って、ハルマはタルコットに向けて手を差し出した。


「それは…! ご苦労だったな! こんな男に振り回せれて大変だったろう… 俺はユスパウ領の領主、ハーヴェルム…ハルマって呼んでくれ」


りょ、領主?! と聞いて、タルコットは恐縮して慌てて帽子を取ると、差し出された手を握った。


「あ、あの…ノクティス様が大変お世話になったと…ええと、ルーナ様が!」


タルコットの慌てた様子が面白い。ノクトはついついからかいたくなる。


「こいつが、最後の最後に登場してな。美味しいところを全部かっさらったんだ。見せてやりたかったわ…竜騎士よろしく上空から飛び降りてきて、怪物の脳天に槍を突き立てる…」


と話を盛りたてる。へええ、と、ハルマは驚いて、まだ、あどけないその顔に見入った。


「ええ?! いや、そんな、大げさです…たまたまですから!」


タルコットは期待を裏切らずに、慌てふためいて、二人を笑わせた。


「それは頼もしいな…これからも、ルシスとはいろいろ付き合わせてもらうつもりだ。よろしくな」


「は、はい」


ハルマは、兄貴分らしく余裕の笑顔をむけて、さっと、部屋を出て行った。タルコットは、その背中を見送って、ほっとため息をつく。


「ニフルの領主様って…なかなか威厳がありますね」


と、かつてシャンアール城で謁見したバンアール伯爵のことも思い出しながら、呟いた。


「…だな。お前んとこの王様より、ずっと頼りになるぞ」


また、そんなことを…タルコットは苦い顔をしながら、振り返る。そして、ノクトの顔をじっと見つめて、みるみる目が潤んだ。


「おいおい、なんだよ…」

「す、すみません、ホッとしたらなんだか…」

恥ずかしそうに笑いながら、目を拭った。

「できたー!」

突如としてアラネアが大きな声を上げた。先ほど、ルーナにもらった古いカレンダーの裏紙を掲げる。

「あれ? 」

と、その時になって、ようやくタルコットに気がついたようだ。

「タルコットだ!」

その顔を無遠慮に指差す。

「なんだ、お前ら知り合いか?」

ははは…と、タルコットは苦笑いしながら、

「チパシに着陸して真っ先に、アラネアちゃんが出迎えてくれたんだよね。いきなり、開口部から飛び込んできたから、びっくりしたけど…」

「大きいあーちゃんは、いなかったよ!でも、ウィンカーと、ボナートがいた!」

と、アラネアはノクトも覚えていない乗組員の名前を上げる。すげー記憶力だな、と、ノクトは呆れて聞いていた。

「ウインカーさん達がアラネアちゃんを覚えてたので、事情はすぐにわかったんですけど…揚陸艇からなかなか降りてくれなくて困りました」

「そうだ! ノクトを助けに行こうと思ったのに!」

アラネアが連れて行ってもらえなかった悔しさを思い出して、ぎっ と牙を剥き出した。タルコットが、ギョッとして身を引いたので、ノクトは笑って

「おい、アラネア。なんの絵を描いたんだ、見せろよ」

と、話に割って入る。おうっ! アラネアは途端に機嫌を直して、2人に向けて紙を掲げた。

おおお… タルコットも感心して覗き込む。ベッドの上で佇むノクトの横顔だが…疲れ切って頬がこけ落ちているところまで、あまりにリアルだ。ノクトはその痛々しい姿を見て苦笑した。

「お前なぁ…リアル過ぎるだろ。もうちょっとカッコよく描けよな」

アラネアは、不思議そうに首をかしげる。

「でも、すごい上手だねぇ…」

タルコットは、初めて見るアラネアの絵に圧倒されているようだった。

「そうか?!」

アラネアは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。

「よし、それをルーナ達にも見せてやれ」

わかった! アラネアは、わっと、立ち上がると、ばん! とドアを開け放したまま、奥の台所を目指して駆け出していった。

「扱い、慣れてますねぇ…」

タルコットは苦笑しながら戸を閉め、静かになったベッドサイドの椅子に腰掛ける。

「タルコット…お前も、ありがとな」

急に真面目くさってノクトが礼を言うので、タルコットは、また、じわっと目を潤ませて泣きそうになっていた。

「僕は…そんな、大したことは…」

「ばあか。もっと胸を張れよ。オレの命の恩人で、世界を救ったヒーローだろ」

やめて下さいよ、もう! タルコットは顔を真っ赤にして俯いた。

「ほんとに…できることをやっただけですから」

ノクトはふっと笑った。

「オレもおんなじだ」

タルコットは、神妙な面持ちで、ノクトの言葉を受け止めていた。足掻いて足掻いて…届きたいと思っていた人たちに、自分は追いついたのだろうか。少なくとも、その背中は、見えてきた気がする。

ふふ と、タルコットは意味深に笑った。

「じゃあ、そろそろ、手伝いに戻ります」

「おう。早速、あちこち引っ張り回されてるな」

ははは…と笑って


「…ファグナの揚陸艇がひどい状態なんで、アラネア隊で緊急補修をしてるんです。実は、部品を本部に取りに来て、それで、お目覚めになったと聞いたので…つい抜け出して来ちゃいました」

タルコットは、恥ずかしそうに鼻を掻き、立ち上がる。

「そら、助かるな。で、チパシにはしばらくいるのか?」

ノクトは、他人事のように聞いた。途端に、タルコットは、え?! と大げさに仰け反って、感動も吹き飛んだ驚愕した様子でノクトを見る。

「の、ノクティス様?! 二国間協議のこと、忘れたわけじゃないですよね?!」

ノクトも言われてはっとした。

「…忘れてた」

はあああ… 頭痛い。

「ノクティス様?!」

タルコットはいつになく、叱りつけるような強い口調でノクトに迫った。

「ノクティス様を乗せずに、あの舟は2度と飛び立ちませんからね?!」

ノクトは、急に正面から詰められて誤魔化すこともできずにいた。

「ええと…あと、何日あるんだっけか…?」

「あと、25日です!最大で、ですよ?!」

「わーったって! 慌てんな、ちゃんと考える」

タルコットは、いかにも疑わしいという目を向けながら、

「日程が決まったらお知らせ下さいね!」

と、ダメ押しをして部屋を出ていった。

なんだこれ…形勢逆転。
イグニスたちの代わりに、まさか、タルコットに責められるとは。

ノクトは苦笑して、それからゴローンと、ベッドにひっくり返る。いよいよ帰るのか、そういうことになるのか…しかし、全く実感が湧かなかった。


あんなに眠っていたのに…ノクトはまた、すううっと眠りに落ちていく。気持ちが良いが…しかし、浅い眠りだ。屋敷の人々の気配や…吹き抜ける風を感じながら、ノクトは夢と現を行き来していた。


うとうととしながら、頬を撫でられる感触があって、その手に触れる。柔らかな手を包み込むようにして、そこへ唇を触れる。それから、その腕を引き寄せた。柔らかな四肢が覆いかぶさる。ノクトは腰に手を回しながら、そっと目を開けた。鼻の先が触れて、ルーナの青い目が覗いている。


二人はふっと笑いあって、唇を重ねた。情熱というよりも、優しく柔らかい...静かに舌先を絡めあう。それから、安心したようにルーナは、ノクトの胸に顔をうずめた。ノクトは、まるでアラネアにするように、やさしくその頭を撫でた。


「なあ…」


ノクトの声に、ルーナは答える代わりに、そっと指を絡めた。


「この後、どこへ行こうか…」


ノクトは躊躇いがちに聞いてみた。ルーナの顔は見えなかったが、笑っているような感じがした。ノクトの胸に頬を摺り寄せながら、そっと口づけしているのがわかった。


「どこへでも…ノクティス。貴方の心の声を聞いて…」


ルーナの優しい声を聞きながら、自分の胸のうちに意識を向けてみる。様々な情景が、走馬灯のように駆け抜けていく…父の膝に乗る幼い自分…イグニスや、グラディオとの出会い…学校やプロンプトのこと…王都を旅立ったあの日…ルーナを失い、絶望にくれる自分の姿…最後の戦い…ここまでで、相当に長い旅だと思っていた。それが、また、新しい旅が始まり…王都を出たのだ。ガーディナで見つけた野生児…美しい姿を残したオルティシエ…ルーナの消息に繋がる古いお堂…ケルカノの騒々しい難民キャンプ…苦しい荒野の旅…たどり着いた忘却の地…ルーナの墓…


荒廃したこの世界で、やっと見つけた…今度こそ貴女を守りたくて…


ノクトは唐突に、戦場で死んだブラントンの姿を思い出した。忘れていた苦しい気持ちが、次々と沸きあがった…


く…く…


ノクトの嗚咽を聞いて、ルーナは顔を上げる。そして、今度は自分の胸に、ノクトの顔を包み込む。ノクトは、赤子のようにその胸にすがり付いて、嗚咽を漏らした。


次から次へと辛い記憶が蘇る。時系列もばらばらに…王都の陥落の知らせ…シガイに襲われて死んだ従者…ケスティーノで死んだ野獣…母の葬儀…ファグナの焼死体…赤子を抱いて死んでいた女性…ジャレットの墓…ヴィクトワールの虚ろな目…血の染まる玉座…ルーナの訃報…アーデンの最後…


もう、誰も…傷つくところを見たくないと…そう思っていたのに


「ノクティス…どうか、私にもわけてくださいね…」


あなたの抱えてきた悲しみを…


ノクトは、嗚咽を繰り返しながらルーナの胸にしがみ付いた。もう、誰も傷つけたくない…蚊の泣くような声が漏れる…ルーナの耳にはしっかりと届いたようだ。彼女の腕が、力強くノクトを抱きしめた。







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