Chapter 23.1 -眠りつく者-

巨大な山のように横たわる四肢…眠るように目を閉じて、頭をうずめて丸くなっているその姿は、赤ん坊が身を丸めて眠っている姿にも見えた。レギスの剣を引き抜いた後、しばらく流れでていた赤黒い血は…もう固まっていた。アラネアの槍は、深く刺さりすぎて引き抜くことができなかった。タルコットが申し訳なさそうにヴィックスに頭を下げるのを、ノクトは面白そうに見ていた。ほんの数十分まえのことだ。


まったく…これだけのことやっておいて、あいつは…


ノクトはほくそ笑みながら、今はひとりで、この巨大な死骸の前に座って、父の剣を磨いている。


遠くの方で、先ほど到着したばかりのゴルゴドス部隊の連中が、アラネア隊と合流して、周囲の探索に乗り出しているのが見える。プロンプトは、キリクの様態を気遣い、揚陸艇に乗り込んでいた。担架で担がれながらも、相変わらず軽口を叩いていた先ほどの様子を思い起こすと、まあ、大丈夫だろうと思う。


ノクトは、おもむろに手を止めて、顔を上げた。巨大な赤子のその体を見上げる。


最終兵器…帝都の地下で、一人眠り続けた赤ん坊...アラネアがいたら、きっと、こいつが何を言おうとしていたかもわかったんだろう。ノクトの脳裏に、ケスティーノで孤独に息絶えた野獣が思い出されていた。


ふっと、ため息をついてまた俯くと、再び剣を磨き始める。赤子の青黒い血は、コルタールのように剣を覆って、なかなか取れなかった。少し砂をかけてその上から布を擦り付ける…少しずつ少しずつ、執念のようなその血糊を引きはがす。


ふと胸元の石が目に入り、また手を止める。今はもう、光はなく、もともとの色よりもさらにくすんで黒ずんで見えた…王都のクリスタルのようにその秘めた力を使い果たしたのであろうか。その時、ノクトは、少し不安を感じて、北東の方を振り返った。立ち上っていた光の柱も、すっかり消えていた。


アルミナは…無事だろうか


それから、急に我が家を思い出された。不安に押しつぶされそうなルーナの顔…早く帰ってやりたい、と思う。


アラネア隊とゴルゴドス部隊は、短時間だけ辺りの探索をすることになっていた。帝都に乗り込んだはずのヴァーサタイル一味の消息を探している。しかし、はじめに巨人が姿を現した辺りは、地盤の大規模な陥没が起きており…近づくのは危険だ。周辺の現況だけを把握したら、撤収することになるだろう…あと1、2時間もすれば、アラネア隊の揚陸艇に乗り込んでチパシへ向けて出発できるはずだ。


ノクトは、分厚い血糊だけをそこそこ引きはがして…諦めた。道具のないここでは、完全に綺麗にはしてやれない。レギスの剣を鞘に収めると、鞘を背負い込んで、揚陸艇とヘリが停泊している空き地まで戻ろうと立ち上がった。


最後にまた、赤子を見る…静かだ。


ーこちら、捜索隊1班。首謀者の1名を発見しました。拠点より南東5km


飛び込んできた無線の連絡に、ノクトの気持ちがざわめく。ヘリの方から、応援の隊員が駆け出していくのが見えた。ノクトは、その後を追うべく、駆け出した。


ばたばたばた…廃墟の瓦礫の間を慌しく通り抜ける複数の男達が見えた。砂煙を巻き上げているので、その方向がよくわかった。体が重く、ようよう追いつけない…緊張のせいか意識されていなかったが、さすがに丸二日寝ていない疲れが出ている。ノクトは息をはずませながら、苦笑して、一度立ち止まる。前かがみになって、激しく呼吸をした。


はあはあはあ…


ぱーーーーん という乾いた音が、突如として廃墟に鳴り響いた。ノクトははっとして、疲れを忘れたように飛び出すと、隊員達の向かった先に急ぐ…


ーおい、発砲が聞こえたぞ


ー捜査隊1班、発砲しました。心配ありません。首謀者一名は死亡…


すぐに声が聞こえてくる。なんだって…

瓦礫の一山を超えたところで、複数の隊員が横たわる人影を囲っているのが見えた。


「殺したのか!!!」


ノクトは、その背中に非難するような声を浴びせながら、駆け寄った。隊員達が驚いてノクトを振り返る。横たわる人影の傍に跪いていたひとりが、立ちあがって小銃をしまうのが見えた。男は、ノクトの方に、困惑するような顔を向けた。


ノクトは、次の非難の言葉を吐こうとして、遺体の前に回り、それから、はっとして息を止めた。こめかみに至近距離から打たれた弾痕を残し、若い男がぐったりと瓦礫に寄りかかっていた。…その口からは血を流し、右手で押さえていたその腹は…深くえぐれたような傷を中心に大量の血液で染まっていた。見れば、男が辛うじてあるいてきたとおもわれる数mに渡って、黒くなった血のあとが続いている。


「あまりに苦しがっていましたので…」


銃をしまった男の声が、ノクトの背中に向かって呟いた。ノクトは、振り向かずにそっと頷いた。そして、遺体の前に静かに跪いて、その虚ろになった目を見た…白く美しい横顔に、見事な濃い金色の髪が垂れていた。


「これが…ヴィクトワール? 随分と若いな…」


「ええ…ただの子どもですよ」


男の声は、沈んでいた。その声には、憎しみが感じられなかった。ノクトは意外に思って振り返る。男は、寂ししそうな顔をして、若い男の死に顔を眺めている。


「…貴族にしては腰が低くて、素直な奴でね。隊では、結構可愛がられていました。しかし…かなりの名家ですからね。腹のうちには思うところもあったのでしょう」


ノクトは、ふっと息を吐いてまた、その綺麗な横顔を見た。そして、祈るような気持ちでその瞼を閉じてやった。


それから1時間ほどして、揚陸艇は離陸する。ノクトはようやく自分の疲労に向き合って、貨物室の座席に深くもたれかかる…タルコットが心配そうに覗き込んだので、笑ってその頭を撫でてやる。脇のスリット式の窓から、ゴルゴドス部隊の軍用ヘリが飛び立つのが見えた。彼らは、揚陸艇から離れるように西のボンガロの方へ旋回した。


ヴィクトワールの遺体は、丁重に白い袋に入れられ、ゴルゴドス部隊の軍用ヘリに運び込まれていた。しかし、結局のところ他の連中については、消息は知れなかった。ヴィクトワールのあの様子から見ると、どうにも目覚めさせた怪物に巻き込まれた死んだのではないかと思う。トルドーは後日、本格的な調査隊を派遣するといっていた。プロンプトは、多少、不満を顔に浮かべてはいたが、今は、ただ、簡易ベッドに横たわるキリクの傍にいて、その表情は明るい。


「いったいさぁ、あれから二人でどうしてたわけ?!」


プロンプトは口を尖らせながら、キリクとタルコットの顔を交互に見やる。


ははは… とキリクは笑って誤魔化していた。応急的処置のせいで全身が包帯でぐるぐるに巻きになっており、お化け屋敷のキャラクターのようだ。


「タルコットはさぁ、すぐにチパシに行こうっていったんだけど、あの船長がさぁ」


タルコットは頭を搔いた。


「…すみません。その…ノクティス様の言いつけを守らず…」


「ばあか」


ノクトはまた笑って、その頭を撫でる。


「そういや、2号機で来てたはずじゃないのか。これは1号機だよな」


と、ノクトは貨物室の中を眺めて呟いた。アラネアが普段乗り回している1号機は、他の2機よりも一回り大きい。


「ええ…2号機は、ケルカノで武装解除されていて、武器を積んでいなかったんです。僕はそのままでもすぐに駆けつけたかったんですが…アラネア隊のほうで、1号機を派遣してくれることになって、その到着を待っていました」


ノクトは、はたと冷静になって、それから慌てたように身を乗り出す。


「おい…じゃあ、アコルドを無視してきたのか」


タルコットは罰が悪そうに、ぽりぽりと、人差し指で頬を搔いた。


「いちおうさぁ…言い訳はしてきたよ? 2号機が故障で立ち往生したことにして…それで、緊急対応で1号機がルシスから駆けつけた。3号機がシャンアールで、アコルド軍に押さえられちゃったから」


「え?! シャンアールにアコルド軍が?!」


ノクトとプロンプトが驚いて同時に声を上げる。


「そうなんです…ノクティス様と通信でお話した直後です。アコルド軍がシャンアールまで進軍して…シャンアールの代理自治を一方的に申し立てたんです。バンアール伯爵が、ハンター協会も通じて正式に抗議をしていますが、今はこう着状態です」


「そりゃ、まずいな…」


ノクトは苦い顔をして、腕を組み、どっしりと座席にもたれかかる。


「ようやくこっちが収まりそうだってのに…」


キリクは、ひとり不謹慎に、ふふふ、と笑ってその様子を見ていた。


「まあ、まあ。ほら、2号機の方はシャンアールに戻らせたからさ。話によると、シャンアールに出張ってきている軍の規模は、大したことないってさ。みんなで叩けば簡単に潰せるんじゃない?」


「キリク!」


冗談とはわかっているものの、プロンプトは怖い目をして、その頭を小突く。ノクトは、もう、何も考えたくないと、うんざりした顔で目を閉じていた。


「ノクティス様…2国間協議は…」


タルコットが心配そうに聞いた。


ああ...そうだった。 ノクトはがっくりと、頭を垂れた。


「頭いてぇな…どっから手をつけたらいいんだか。…ええと、約束まであと何日あるんだ?」


「僕と通信をしたのが、ちょうど12日前です。ノクティス様」


12日… つい最近のような気もするし、はるか大昔のような気もする。いったい、自分が王都を出て、そのくらいたったんだっけ? ノクトは、もう、頭が回らないのを感じていた。


「だめだ…もう、疲れてなにも思い浮かばない。オレは寝る…」


と言ったその瞬間だった。ノクトが意識を失って、がっくりと床の上に崩れたので、貨物室は騒然となった。しかし、心配する周囲を他所に、ノクトは穏やかに寝息を立てていた。


ー着陸準備に入ります


という館内放送を、ノクトも聞いていた。ちっ…さっき寝たばかりじゃねぇか。意識は覚醒しているようだが…しかし、体が動かない。まったく自分のものでないように、まぶたさえも開かない。


こりゃ…ダメだな…


金縛りだろうか。極度の疲労のせいだろう。なんどか体を動かそうとして…しかし、その所在さえもはっきりしない。ノクトは潔く諦めた。今、自分は横になっているんだろうか…まあ、誰かがなんとかしてくれるだろう。いっそのこと、家まではこんでくれりゃ、楽だな…


ーノクティス様の魔力は、戻ったんでしょうか…?


タルコットの声が聞こえる。


ーいや、一時的なものみたいだよ


プロンプトが応えているようだ。そうですか…タルコットの残念そうな声が聞こえた。


それから、急に、体が軽くなったのを感じて、はたと目を開けた。しかし、辺りは暗闇だった。あれ? と思って見渡す…誰もおらず静かだ。


「ノクト…やるねぇ」


いつもの嫌味な声が聞こえてきて…なんだよ、夢か。ノクトは脱力して、声のするほうをめんどくさそうに振り返った。


暗闇の中で、その背中だけがなぜか、ぼっと光のなかに浮き上がった。アーデンはゆっくりとノクトの方を振り向いた。その顔は、不気味に笑っている。


「やるよねぇ、君…たいしたもんだわ」


うぜぇな… ノクトは、相手にしない様子で横を向く。


「ねぇ、ノクト? 他の奴をあそこへ座らすなんてさ…俺も考え付かなかったな」


え? と、驚いて、ノクトはまじまじとアーデンの顔を見た。アーデンがおかしそうに笑みを浮かべながら、あごを突き出して、あちらを見るようにと促した。ノクトは、促された方向に視線を向ける…途端に当たりは明るくなって、いつもの玉座の間が、現れた。


玉座に…誰かが座っていた。がっくりと頭を垂れているのは…長い髪を垂らした少女に見える。


まさか… ノクトは目を見開いて玉座に駆け寄ろうと階段を上がった…


がががががががが… 揚陸艇の振動を感じて、ノクトは目を開けた。いつの間にか座席に座らされて、きちんとシートベルトをつけていた。酷い汗をかいている…しばらく、目が回って視界が定まらない。


ががんっ…  着陸して、揚陸艇は止まった。すぐに、目の前の開口部が開いていくのが見えた。慌しく隊員たちが立ち上がって、けが人のキリクを担架で担ぎ出そうとしているのが見えた。


ノクトは、はっとして、シートベルトをはずすと立ち上がった。心臓がばくばくと波打っている。タルコットはノクトの顔色に驚いて、大丈夫ですか…と声を駆けたが、ノクトは振り向きもせずに、ひとり開口部を降りた。


チパシは傾き始めた日差しの中にあった。揚陸艇を降りると、離れた場所で、心配そうに様子を伺うルーナの姿が目に入った。


「ルーナ!!!」


ノクトは、叫んでその傍に駆け寄る。ルーナは泣き崩れそうになりながら、しっかりとノクトを抱きとめた。


「わるい…心配かけた」


ルーナは、激しく肩を震わせて泣きながら、首を振っていた。そして、夫の心臓の音を確かめるように胸に顔をうずめている。ノクトも、この数日の辛い出来事が急に思いだされて、苦しそうに目を閉じてルーナを抱きしめる… しかし、このままじっとしてはいらなれなかった。


ノクトは、嫌な汗を大量に垂らしながら、ゆっくりとルーナの体を離した。


「ルーナ…アルミナはどうした?」


ルーナは、泣きそうな目をぎゅっとつぶって、少し頷いた。まさか… ノクトの呼吸が速くなった。


「アルミナは…ゴダール様の屋敷に…」


ルーナは震える声で告げる。それから、そっと、ノクトの手を引いて、ゴダールの屋敷へ歩き出した。


ルーナは、ノクトの少し先を、黙ったまま歩き続ける。手を引いてはいるが…その顔は見えない。


生きて…いるんだろうな? 


ノクトは、聞こうとして…しかし、声が出ない。心臓が、破裂するばかりにどくどくと激しく波うっている。ルーナと繋いでいる手が、冷や汗でべたべたになる。ルーナは、強くその手を引き続けた。二人で引き受けなければいけない現実に、覚悟を決めて立ち向かうかのように見えた。


やがて、ゴダールの屋敷が見えてきた。屋敷の者達が、二人に気がついて振り向く…その表情には、安堵と不安が混じっていた。そっと頭を下げる者も、目を伏せる者もいた。屋敷全体は…重く沈んで静かだった。誰もが口をつぐみ、沈黙している。


ルーナは、中央の玄関から入り、廊下を進んだ。途中、待ち受けていたゴダールの妻が、涙を浮かべながらルーナを抱きとめ、そして、労うようにせいいっぱいの笑みを浮かべて、ノクトの肩を撫でる。ノクトも、感謝を示すように頭を下げた。そして、ゴダールの妻に促されるまま、奥の部屋に入る… 窓際のベッドに、小さな体が横たわっているのが見えた。その傍で、ゴダールが険しい顔をして、ベッドを覗き込んでいた。二人が部屋へ入ると、そっと振り向いた。


「ゴダール…アルミナは」


自分で見ろ、といように、ゴダールは首を振った。ノクトは、重い足を引きずるようにして、ベッドへ近づいた。


真っ白な顔した少女が、目を閉じて横たわっていた。叔父に似て、深い栗色だった髪の毛は、すっかり色が抜け落ちて、銀色に輝いていた。そうか…この銀の髪は…。ノクトは、クヌギとテヨの髪の色の秘密を理解して、愕然としつつ、視線を首筋に移す…亀裂のような無数の傷が差し迫っているのが見えた。ノクトははっとして自分の手を見る。先ほどまで残っていた傷は、いまはもう、うっすらと消えかかっていた。


毛布の胸のあたりが、静かに起伏しているのが見えて…ノクトは、脱力して、がっくりと膝をついた。


「生きて…いるんだな?」


「…今のところ、息はしている。俺が突入したときには、光の中に立ち尽くして、ほとんど意識はないように見えた」


「突入…?」


ゴダールは、深くため息をついて、ふたりに椅子を差し出すと座るように促した。ルーナは、夫をなだめるようにその体に手を触れて助けお越し、椅子に座らせる。そうしてから、寄り添うように自分も、隣の椅子に腰掛けた。


「はじめに異変に気がついたのは…ルーナだ」


ルーナは言われて頷くと、ノクトの方を見て話し始めた。


「昨日からずっと…アルミナはお堂に篭りきりで、祈りを捧げていたんです。私も、その場にいました。私はずっと怖くて…すがるような気持ちで、祈っていました。そのまま、二人で夜明けまでお堂にいました。夜が明けて…アルミナが言ったんです。あなたが生きているって…だから心配しないようにと」


ルーナはちょっと躊躇って、言葉を切った。それから、心を決めたように、顔を上げた。


「私が不思議に思っていると…アルミナは…打ち明けてくれました。幼い頃から、知っている人の生死ならわかると言うのです。本当は…10年前にお母様が亡くなられた事もわかっていたそうです。けれども、その事実がなかなか受け入れられなかった…だから、テヨにも、クヌギ様にも告げなかったと」


ゴダールは黙って聞きながら、辛そうにそっと目を閉じた。ルーナも、目頭に手を当てて、涙をふき取っていた。


「今朝…私は一度お堂を後にして、家に戻りました。アルミナがお堂を動こうとしないので、食事を用意しようと思って…しかし、食事を用意して戻ったときには、内側から鍵をかけられていました」


「アルミナが、邪魔されないように鍵をかけたんだ」


ゴダールが口を挟んだ。開かれたその目には、涙がたまっていた。


「覚悟を決めていたんだろうな…きっと、その力で、お前の身に危険が迫っていることを感じ取っていたに違いない。あの恐ろしい咆哮が、チパシまで響いてきたとき…俺もすぐに表に飛び出して、異変に気がついた。お堂から、光の柱が立ち上っていた…その光がな。みるみるうちに広がってこの集落全体を包んでいた」


「…その光を、オレも帝都から見た」


一同はしばし、重く口を閉じた。ゴダールが…悔しそうに首を振り、深く息をつく。


「お堂に駆けつけたときに、ルーナがその前に立ち尽くしていてな、アルミナが中に閉じこもっていると言うんだ。…それまで、この子の力のことを、私はすっかり忘れていたよ。テヨには釘を刺されていたが…しかし、チパシに来てから、力を使うそぶりも見せなかったし、オレにはルシスの魔力と言うものの実感が無かった。凄惨な30年前の戦場で、お前の父が示した力は目にしている。しかし、この小さな子に、まさか同じような力があるとはとても想像できなかった…扉をつきやぶって中に突入したとき、アルミナは、石像と共鳴するように立ち尽くして、強い光を放っていた。俺はただ、呆然とするだけだった。ルーナが声を駆けてくればければ、何もできなかっただろう…」


「…ルーナが?」


ー石像を破壊してください!!ノクティスは大丈夫です!!


ゴダールは、その、力強い声を思い出していた。


「…君には感謝する。あのとき君が石像を破壊するように言ってくれなければ…アルミナは助からなかったかもしれない」


ルーナは、力なく首を振った。


粉々に砕けた石像の中から、クリスタルの卵形の結晶が姿を現した。ゴダールは、神棚にあった燭台を手にして、輝く結晶を破壊した…結晶は粉々に砕け散り、そうして、ようやく、チパシを取り巻く光は収まった。アルミナは意識を失って、その場に倒れ伏した。それが、ノクトがあの巨人と死闘を繰り広げている間に、チパシで起こったことだった。


「立ちのぼる光は…他にもあったが…」


「アルミナの祈りに呼応したんだろう…ニフルハイムの内地に、他にも隠れ里がある。今は無人かもしれないがな…」


ノクトは再び、アルミナの顔を見た。その表情は…静かに、穏やかに見える。ただ祈ることしかできない…と、悔しそうに呟き、ノクトにこのネックレスを託した姿が思い出される。その胸のうちに、どれだけ重いものを抱えていただろうか… それを、自分はただ、気休めと思って受け取った。ノクトは、苦しそうに顔をゆがめて、うなだれた。

ゴダールは立ち上がって、慰めるようにその肩に手を置いた。


「ノクト…今は、お前も休め。テヨには連絡がついている。あいつも、昔こんなことがあった。数日こん睡状態が続いたが…生きて返った。我々ができることは、祈るだけだ」


「…テヨと、話したい」


「明日にしたらどうだ」


「話したいんだ…」


ゴダールは仕方ない、というようにため息をついた。そして、ついでこい、と合図をする。ノクトは、ルーナに目配せして、アルミナのそばにいてくれるように頼んだ。ルーナは何も言わずに、頷いて、二人を見送った。


夕暮れの日差しの中、二人は重い足取りで風車を目指していた。ゴダールは、ノクトより先に進み、二人とも、黙ったままだ。その背中は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも…また、不安におののいているようにも見えた。その、どれも本当かもしれないと、ノクトは思う。自分は… どっしりと重いものがのしかかっているのを感じる。テヨとの約束を破って、アルミナを危険にさらした…テヨに何といえば、いいのか…。しかし、それでも、今すぐに話をしなければと、駆り立てられる。揚陸艇の中で気を失ったほど、体は限界に来ているのに…しかし、今はとても眠れそうにない。


やがて二人は風車の足元にたどり着く…なれた手つきでゴダールは通信機のスイッチを入れた。


ーこちら、ゴダールだ。誰かいるか?


すぐに応答が入る。


ーはい、コタンです。


ー悪いが…テヨを呼び出せるか? ノクトが戻ってきた。テヨと話がしたいそうだ


ーちょっとお待ちくださいね…少し時間がかかるかもしれません。テヨは、先ほどの御連らの後から、神殿に篭っていますから…


ー時間がかかってもいい。通信機の前で待っている


ーわかりました


通信は切れた。コタンの声も重く沈んでいる…神殿に居るというテヨ。妹の身を思って、祈りを捧げているんだろうか… ノクトの胸が苦しくなる。

呆然とした様子で、二人は通信機の周りに腰を下ろし、それぞれに空を見上げたり、地面にじっと視線を落としたりしていた。この1,2週間の間に繰り広げられた多くの出来事が、ノクトだけでなく、じっとりとゴダールにも重いものを背負わせているのを感じる。二人は…すっかり疲れきっていながら、逃れられない渦の中にいる。


ーお待たせしました…


1時間も待ったであろうか…声がして、二人ははっと我に返った。辺りは、夕日が沈みかかって暗くなり始めていた。ゴダールは、通信機のスイッチを入れ、そして、その場から少し実を離す。ノクトは促されるようにして、マイクに近づいた。


ーノクトだ…


ーノクトさん…ご無事で、戻られたんですね


テヨの重く沈んだ声が返って来る…しかし、冷静な様子を保っているように感じる。ノクトは、口を開こうとして…しかし、声が出ない。なんと言えばいいんだ…わからなくなって、首を振る…そして、漏れてきたのは嗚咽だった。


ーテヨ…わるい…


情けない泣き声が漏れた。泣いてる場合じゃないのに…怒りと憎しみを受け止めないといけないのに…


ー…ノクトさん。よく、ご無事で帰られました


テヨの声は、穏やかで、暖かかった。


ー…ご安心ください。妹は助かります。数日で…目を覚ますでしょう。妹の命のことは、私にはよくわかるのです


ノクトは、くっ…くっ…と嗚咽を漏らしながら、地面に額をこすりつけるようにして、テヨの声を聞いていた。その背中を、ゴダールの大きな手が、やさしく撫でていた。

0コメント

  • 1000 / 1000