Chapter 22.11 -眠りを妨げる者-

バリバリバリバリ…

軍用ヘリの騒々しいプロペラが回りはじめてから、一瞬にして浮上したのを感じる。揚陸艇に比べると遥かにスムーズに上昇した。すぐに向きを変えて旋回…白み始めた空に大きく円を描く。スピードはさほどでもないが、揚陸艇では不可能な、器用な動きをする。

ノクト…大丈夫?

隣に座っていたプロンプトが、心配そうに覗き込んでいた。狭い機内には、同じ並びにあと2人、向かいに操縦席への入り口を挟み込むように2人の兵が座っていた。うな垂れるように頭を下げているノクトに、静かに注目している。

「ブラントンは…こんな素人と組まされて、運が悪かったな…」

けたたましいヘリの中では、聞こえるか聞こえないかの小さな呟きだ。プロンプトは悲しそうに俯いて、何も言葉をかけなかった。

「閣下」

迎えに座っていたこのヘリの指揮官の男が、まっすぐにノクトを見ていた。

「戦場では、誰でも命を落とします。熟練者でも…若輩者でも。ブラントンは、最後に貴方とご一緒できたことを、誇りに思ったはずです」

ノクトは、感謝を示すようにかろうじて会釈してみせる。言葉は…出てこない。


思い返すと…一刻を争う作戦中に、排除すべきターゲットを人質のように縛り上げた…あれを、ブラントンはどんな気持ちで見ていたんだろうか。平和ボケした素人だと呆れていたろう…その素人の自分が生き残り、戦場を生き抜いてきた熟練のブラントンが死ぬ。ノクトには皮肉に思えて仕方がない。


ノクトは何かを振り払うように首を振り…目を閉じた。けたたましいプロペラ音にじっと耳をすませていると、その音に混じって、銃撃の音や、撃たれて呻く男の声が聞こえてくるような気がする。凄惨な戦場が、ノクトに迫ってくる…ここが戦場じゃないのが、奇妙に思えた。

ゴルゴドス要塞は、今はもう、制圧されて、静かになっているんだろうか。それとも、今この瞬間にも、腹を撃たれて、死に瀕している者がいるんだろうか…

「帝都だよ…ノクト」

プロンプトが、低い声で呟いた。途端に、ありありと見えていた戦場のイメージが搔き消され、ヘリの無機質な室内が見える。はっ と息を漏らして窓の方へ目を向けると、遠くの方に、巨大な魔高炉の口と、高々と聳え立つジグナダス要塞が、朝の靄の中に陽炎のように浮き立つのが見えた。

そうだな…まだ、終わってない…か

ノクトは、ぐっと、腹に力を入れなおした。

ーこちら、F2号機。帝都上空に到達

ーこちら、ゴルゴドス管制室。ターゲットは確認できたか?

ー帝都上空に飛行物体は確認できず…

ーなんとか上空から探せ…

「まず、ジグナダスから調べたらどうた?」

ノクトが座席から大きな声をかける。操縦士は頷き

-隊員よりジグナダス要塞の探索が提案されています

ー許可する

ヘリはジグナダスを目指して大きく旋回した。プロンプトは、揚陸艇を見つけようと、必死に目を凝らして下界の様子を伺っている。

「離陸まで10分のラグか…揚陸艇の方が速度があるから、とうに目的地についててもおかしくないよね」

「例の兵器のところに行ったと思うか?」

「他にないでしょ…この戦況下で一発逆転を狙うんだったら」

「だとすると…順当に考えれば、ジグナダスだよな」

プロンプトは考え込む素振りをみせる。

「何か気になるか?」

「ジグナダス…確かに隅々まで調べたわけじゃないけど、そんなに広い地下空間があったなぁ、と思って」

ノクトがクリスタルに閉じ込められた時、プロンプトたちは、大量のシガイのために、探索もそこそこに要塞を離脱したと聞いている。要塞の中だけでもかなりの広さがある…闇雲に探し回っては、彼らに追いつけないだろう。

まずは揚陸艇を探し出したほうが良さそうだな…

「ひとまず、ジグナダスのヘリポートへ着陸しましょう。あそこなら、帝都をよく見渡せます」

指揮官が言った。ノクトも、プロンプトも同意するように頷いた。

バリバリバリバリ…

10年の眠りについていた帝都に、プロペラ音が鳴り響く。他の都市同様、街は著しく破壊されている。しかし、ジグナダスは不思議とその原型を保って、帝都を見下ろしていた…10年前、内部はとうに壊滅的であったはずだが。

ヘリポートは、その高いタワーの最上部にあった。特に破壊された形式はない。操縦士はゆっくりと見定めて降下させる。

「揚陸艇はいないね…」

プロンプトは、窓から下を覗き込みながら呟いた。

ヘリが着地して、一行はヘリポートの上に降り立った。屋上の方々に散って下界の様子を見て回る。ノクトも、渡された双眼鏡を覗く。揚陸艇が停泊できるような広い場所… 帝都の中心部は、ビルの倒壊が激しく、ヘリでさえも着陸が難しそうに見える。

一旦、帝都から離れた場所へ退避したんだろうか…

トルドーによると、ヴァーサタイル一味は外には拠点を持たず、傭兵団よろしく、各都市を転々としているらしい。ニフルハイムの中心地に、ボンガロ、ファグナ、チパシ以外にも、機能している都市はあるらしいが…しかしその規模は、限られると聞いた。他にも逃げ込む場所があるのかどうか。

しばらくして、諦めたように方々から隊員が戻り、ヘリの側に集まってきた。みな、一様に首を振って、収穫がなかったことを告げている。指揮官は難しい顔して唸る。

「帝都に、他にヘリを止められる場所はあるのか?」

ノクトが聞く。指揮官は首を振る。

「宰相は、軍事拠点を集中したがったので…帝都にはジグナダス以外に大型の軍事施設がありません。ヘリポートを持つビルもいくつかありましたが、この有様では…」

「中心部から離れたところに着陸したのかな…」

プロンプトが、帝都の郊外の方へ視線を送りながら呟く。

「要塞内部を探索しますか?」

「いや…揚陸艇を探すほうが先だろうな」

結局、一同はもう一度ヘリに乗り込み、低く飛行しながら帝都の周囲に着陸出来そうな場所を探すことにした。

「燃料から考えると、後、3時間ほどの飛行が限度です」

操縦士は淡々と告げる。長期滞在するような準備もない…数時間の捜索をして見つからなければ、一度、ゴルゴドスに戻るより他ない。

-こちら、F2号機。ジグナダス要塞ヘリポートより周囲に、揚陸艇発見できず。これより、帝都上空から捜索再開

ー了解だ。燃料の残りは?

ー連続飛行は3時間が限度と思われます

ー2時間の捜索を許可する。その後、帰還せよ

プロンプトは、目をギラギラさせて、窓に張り付いている…なんとしても見つけ出したいのだろう。ノクトも、たかだか数時間の捜索で諦めるのは、気持ちが落ち着かなかった。

ノクトは、席を立って、操縦席に身を乗り出した。

「悪いな、トルドーと話せるか?」

操縦士は頷いて、通信のスイッチを入れる。

-こちらノクトだ。さっきから話してるのは、トルドーだな?

ーそうだが、どうした?

ーもうちょっと情報をくれないか…あんた、ヴァーサタイルと直接話したんだろ? やつはなんと言ってた? なんでもいいから思い出せ

トルドーは、記憶を探っているのか、沈黙している。

ー地下、という以外、何かないのか? どんだけの大きさだ? 帝都の中心なのか、外なのか…

ーそうだな…"地中深く"、と言っていた…軍の関係者もほとんど知らないと…思いもよらない場所だそうだ。自分の案内がなければ、到底、見つけられない、と

「帝都に、そんな場所、ある?」

プロンプトが、いつの間にかノクトの隣に身を乗り出して、同じように操縦席に頭を突っ込んでいる。

「帝都の地下には、多くのインフラが走っています。市民に秘密にされた軍の地下通路ならいくつもありますが…地中深くとは言わないでしょうし、軍関係者なら誰でも知っています。秘密理に、地中深くに施設を持つことなど、不可能に思えますが…」

指揮官も、ノクトの背後から、言葉を挟んだ。


ーそういえば、…”この10年でどのくらい成長しているか、楽しみだ”、と言っていたよ


思い出したようにトルドーが呟いた。


成長…?


ー10年で…収まりきらなくなっているかも、とも言ってたな。


ー”生き物”…なのか?


ーさあな


「地中深く…地中深く…」


プロンプトが呪文のように唱えながら、考え込んでいる。兵士の一人が、へへっと笑いながら、帝都の地中って言えば…どこでも掘り下げれば行き着くのは魔高炉だろ、と呟いた。ノクトとプロンプトは、咄嗟に振り返って兵士を見た。言った本人は、冗談のつもりだったのだろう…二人の視線に、困惑する。


「魔高炉…魔高炉って、降りられるのか?」


「まさか。底へ着く前に、何もかも溶けて蒸発します」


指揮官は呆れたように言った。


****


帝国貴族の中でも、今ではこれほどまでの金髪は珍しいだろう…特に、古い血筋ほど、このような身体的な特徴を強調したがる。しかし…兄のアントワーヌ・ド・ノアイユに並ぶと、この髪の色も褪せて見えた。ヴィクトルは、懐かしい社交界の、煌びやかなサロンを思い出す…美しく着飾ったご婦人方の中にあって、母、マリー・ド・ノアイユの美しさは飛びぬけていた。特にその金髪…金糸で作られたのではないかと見まごうほどの光沢。それをそっくり引き継いだ兄が、その横に立つと、貴族の子女たちは揃ってため息をついた。ヴィクトルはいつでも、この煌びやかな舞台の隅の方にいて…そして、兄と母の姿を、遠くに眺める。


自慢の…兄。ノアイユ家の嫡男…その影にあって、色褪せている弟。


父の急逝で、兄がノアイユの領主に収まった時、ヴィクトルが向かわせられたのは…片田舎の戦略都市、ボンガロだった。満足な劇場も、一流のレストランもない…貴族筋の別邸の一つも断っていないようなそんな辺鄙な場所…一歩足を踏み入れたときから、嫌悪感しか沸かなかった。しかし、遠縁の叔父の、若き補佐官としてゴルゴトスに配属されていなければ、激しくなったルシスとの前線に送りつけられるだろうと脅されていた。正規の帝国軍に入隊してわずか3ヵ月後のことだ。入隊後の初期訓練も、なんだかんだと理由をつけて、うまく回避できたのは良かったが…ゴルゴドスに来てみれば、ヴィクトルが補佐官どころか、一平卒の軍人としても何も身につけていないことは、すぐに明らかになった。当時、ゴルゴドスの最高責任者だった叔父は、借金の一部を肩代わりしてもらった負い目から、甥っこに立派な制服と肩書きを与えた以外は…何もしなかった。与えられた重役用の一室で…さほど意味のない会議をいくつかこなし…無駄に査察といっては、訓練を見学させる。基地内を歩けば、背後から、兵士達が馬鹿にしたような目を向ける…屈辱的で、退屈な毎日。


そんな毎日だ…それも幸運だったとあとから思い知らされる。なぜなら…頼みの叔父は、その後、すぐに汚職と…その汚職が引き金となって判明したスパイ容疑により、逮捕された。金が欲しかったのであろう…武器の横流し、横領、そして…致命的なことは、軍の内部情報をもお金に変えていた。有罪判決を受けて処刑されたのは、それからわずか10日後…ヴィクトルがゴルゴドスに来て、半年も経っていなかった。


それまで、平民出身の冴えない男としか認識していなかったトルドーが、突然の昇格を受けて、上官となる…それだけでもよほどの屈辱であったが、トルドーは若いヴィクトルに、下級兵士と同等の訓練を命じた。恐れていた通り…訓練では、何一つ、下流階級のほかの兵より勝ることができなかった。


ここは…本来いるべきところではない。ヴィクトルは自分に言い聞かせる。私は駒を動かすべき者であって、駒になるための訓練など無意味だ…


世界に闇が訪れて…ゴルゴドスは混乱する帝国各地に魔導兵の一団を派遣した。トルドーは、優先してノアイユ領の要請に応じた。その指揮を取るか、と問われたのだが…ヴィクトルは応じなかった。不思議だ…故郷に錦を飾り、兄を…そして、見向きもしなかった美しい母親を見返すチャンスでもあったのに。しかし、故郷へ行けば…すぐにその指導権を、兄に奪われるのは目に見えていた。そのせいだったのか…あるいは、何かの予感だったのか。


派遣した魔導兵の一団は…到着後間もなく、領邦軍を攻撃しはじめ…辛うじて帰還した兵が、頭首である兄の戦死を伝えた…


あの時、自分が感じたのは…絶望感だったろうか。それとも、実は気持ちのどこかで、せいせいしていたのではないか。ヴィクトルは、揚陸艇の片隅にこどものように膝を抱えて、額から垂れ下がる自分の長い金髪を眺めながら、ぼんやりと思い返していた…色白の顔は、ますます青ざめていた。自分の髪の合間から覗いて見えるのは…血を流して倒れている男達の姿だ。今ここで感じる絶望感と、どちらか上であったろう…


あいつが…狂っていることははじめからわかっていたじゃないか。


ヴィクトルは自分に言い聞かせる…そうさ、はじめからわかっていた。自分が…兄を差し置いて、ノアイユを継ぐばかりでなく…皇帝になろうなどとは。


ほんの、数時間前のことだ。ヴィクトルは、いらいらした様子で、操舵室に入った。


「さあ、ヴァーサタイル! これからどうするのか、そろそろ説明してもらおうか!」


10年前少年だったこの男は、そこから闇の中でさほど成長できなかったようにあどけない顔のまま、しかし、不釣合いに少しだけ髭を生やしていた。


「閣下…ヴィクトワール様。もちろん、ご説明いたしましょう」


もはや髪の毛のない、でこぼこした頭に、ところどころ歯が抜けた口…右目は、白くよどんでいて視力はないように見える。病気なのか…背中はひどくまがって、肩の上が隆起していた。はじめてその姿を見たとき…シガイの生き残りかと、心底不気味に思ったものだ。

男は、動きの悪い両腕を精一杯広げて、いつものように大げさな態度で、慇懃に頭を下げる。


「なんということはありませぬ。我らの部隊は、こうしたこともあろうかと…帝都で終結する手はずとなっております。御覧なされ…帝都上空に入りましたぞ。以前、申しましたとおり…ボンガロなどは、ただのオマケ。捨て置きなさい…やはり、皇帝には、帝都こそ相応しい」


「寝言をいうな!…見ろ! 今の帝都はただの廃墟だ! 私に、廃墟の皇帝となれというのか!」


ヴァーサタイルは、遺憾そうに眉間にしわを寄せて、首を振る…しかし、その顔はいつでもにやけている。


「嘆かわしい…そのような、つまらぬ凡人の目で見てはなりませぬぞ。閣下は…これより新時代の皇帝となられるのですから。卓越した目で御覧なさい…帝都はただの瓦礫の山か? 否。 この、破壊された世界が欲しがるすべてのものが揃っている…無尽蔵のエネルギーを生み出す魔高炉…そして、世界を再び跪かせる破壊の神…そう、貴方様は神をしもべとするのです」


くくくくく… 笑わない目で口元だけが大きく裂けるようににやける。見るたびにぞっとする笑顔だ。実際、ヴィクトルは悪寒がして、身震いした。しかし…この男の部隊を使って、トルドーの側近を次々と暗殺し…ゴルゴドスの支配権を得たことは事実だ。肝心のトルドーを殺し損ねたために、わずかなうちに、支配権を奪い返されたが…もう、引き返すことはできない。


ヴィクトルは落ち着きを取り戻して、あくまでも上位を示すためにヴァーサタイルを睨みつける。ヴァーサタイルは、大げさに、かしこまって見せて、目を伏せた。


「ふん…それで、そのお前の言う、破壊の神は、どこに眠るのだ。お前が、そいつを操り...一瞬にしてゴルゴドスを灰にすると言ったな…言葉通りにしてみろ」


かしこまりました…と、男は、曲がりきらない腰を無理に曲げて、深々とお辞儀をする。その動きがあまりに滑稽なので、ヴィクトルは、鼻であざ笑った。


「それでは…魔高炉を目指せ」


ヴァーサタイルは、恐ろしく低い声で、操縦士に命じた。


「魔高炉? 魔高炉のどの辺だ?」


「はい…魔高炉でございますよ。まさに、その魔高炉の…深淵にございます」


ヴァーサタイルの目が、ぎらっと、光る。それまで黙っていた彼の部下達は、急にざわめいて、お互いに顔を見合わせた。あの応戦の中、乗り込めたのはわずか3名の部下だったが…いずれも、彼の重臣というべき男達であった。


「それは…いったい、どういうことで?」


「聞かなかったか。何度も言わせるな…我々は魔高炉のその深淵に下りていくのだ」


部下の男達は顔を見合わせて、そして、不穏に目配せをしあった。


「ヴァーサタイル…これまであんたの策に頼って…危険な仕事も随分こなしてきたがな。しかし、さすがに自殺に付き合うのはごめんだ」


「案ずるな…道はわかっている。燃え尽きたりはせんよ」


ヴァーサタイルは不適に笑って、男達を見る。男達は、少し迷った様子で顔を見合わせたが、やがてふっと笑い、


「もう…このあたりが潮時だろ。ニフルハイムの主要地域を全部敵に回しちまった…あとは、糞みたいな小さな集落くらいにしか駆け込みようがない。最終兵器ったって…この人数でどうしろっていうんだ」


真ん中に立っていたリーダー格の男が、腕組をしてヴァーサタイルを見下ろす。その両脇の男達が、タイミングを合わせて、銃を向けようと腕を構えた…その時だ。


動かないと思っていたヴァーサタイルの腕が、急に滑らかに持ち上がったかと思うと、びゅびゅっ… と小さな音がした。腕を隠したマントのから細い煙が上がっている…同時に、男達がその場に崩れ落ちる。


ヴィクトルは驚いて、思わず飛びのく…男達は3人とも、見事に額の中央を打ち抜かれていた…


操縦士は青くなって震えていた。ヴァーサタイルはその肩に、両手を触れて、親しげに撫でる。


「いいな…そのまま進むがよい」


「き、貴様…な、何を…!!!」


ヴィクトルは恐怖のために、もはや足が立たずに、がくがくとその場に崩れ落ちながら、辛うじて、口を開く。


「ご安心くださいませ…閣下」


ヴァーサタイルはその白濁した目を向けて、笑う。


「これらの者は所詮手足でございます…私の手足はいくらでも代わりがございます。先ほど申しましたとおり…代わりの者たちが間もなく帝都に終結いたしましょう…何、それまでの間、私一人いれば十分…」


揚陸艇はいよいよ魔高炉の大きな口の真上についた…操縦士はだらだらと汗を垂らしながら、震える手で操縦桿を握る。その後頭部には、ぴったりと銃を突きつけられていた。揚陸艇はこの高度でも、魔高炉から溢れる閃光に包まれ、モニターには光しか見えなくなる…


そんな…最後は、この狂人と…焼け死ぬのか…


ヴィクトルは、這うようにして操舵室の端っこまで進み…もはや、身を守るものなど何も無く…力なく膝を抱えて目を閉じる。


びぃびぃびぃびぃ… 強烈な魔導エネルギー反応を感知して、揚陸艇内に警報が鳴り響いた。ヴィクトルはようやく長い回想から我に帰り、自分の膝から顔を上げて、真っ白になったモニターを見た。


「そうだ…案ずるな。そのままゆっくりと下降するのだ…東の縁に沿って降りろ…その中腹に入り口が見えるはずだ」


モニターには、白く輝く高炉内部の土壁が見える…立ちはだかるその巨大な壁。ヴィクトルは不思議と恐怖を忘れて見入っていた。いや、あまりにも恐怖がすぎて…おかしくなってしまったのだろうか。


ヴィクトルは、興奮に顔を輝かせるヴァーサタイルの隣に立った。


「御覧なさい…すばらしいでしょう。これが、ニフルハイムを世界の頂点に導いた無限のエネルギー…まさに、神の領域」


時折、揚陸低が、いまだ活動をつづける魔高炉の魔導波を受けて、がたがたと揺れた。そのたびに操縦士は玉のような汗を垂らす。


「入り口とは…あれか」


ヴィクトルの声は冷静だった。


「いかにも…」


モニターに映し出されたのは、魔高炉の裏がわ…その中腹にぱっくりと口を開けた、強大な洞窟…


はあああ… ヴィクトルの顔も、やがて興奮に輝いていく。


揚陸艇は、巨人の口のように開いたくらい洞窟に入った。魔高炉の閃光が背後に遠のき、恐怖でがたがたと震えていた操縦士は、心持ち、落ち着きを取り戻して見えた。


暗いくらい洞窟は…この強大な揚陸艇が、迷い込んだハエくらいにか見えないほどに巨大だ。ここに…世界を破壊する神が眠っている… ヴィクトルは、不思議な高揚感を覚える。皇帝イドラも成し遂げなかった力…それが、この10年の長い眠りから覚める。目覚めさせるのは、イドラでも…兄でもない。この自分だ。


やがて、洞窟の終わりが見えてきた。洞窟の一面を覆う巨大な扉が見えてくる…魔高炉から直接動力を得ているのだろう。ところどころに備え付けれている照明が、煌々と光っている。一画に、制御装置のようなものが見え…揚陸艇はその近くに降り立った。


揚陸艇から出ると…その洞窟の巨大さを改めて実感する。ヴィクトルは遥かに高い天井を見上げる…それから、魔高炉のほうに開いている口を振り返る。ごうごうと、恐ろしい音を立てて、魔高炉が燃え滾っているのが聞こえていた…激しい閃光。あそこを降りてきたのか…

よく見れば、揚陸艇の外殻が、高圧のエネルギーを受けてゆがみ、その表面は溶けかかっていた。


ごくり… ヴィクトルはつばを飲み込んだ。


「さあ…こちらでございます」


ヴァルサタールは知った様子で、巨大な扉の足元に、冗談のように備え付けられた小さな制御装置の方へ誘導する。男は…これまで見たこともないような、かくしゃくとした足取りであった。今まで、体が不自由だと思っていたのは、見せ掛けだったのか。ヴィクトルは唖然とし…そして、頼もしくも思った。狂人は…ただの狂人ではない。冷静に計算をつくす、狂人だ。その男が、操れるというのであれば…世界を跪かせることのできるその最終兵器は、思うがまま…。


ヴィクトルは、その美しかった顔に、狂気の笑みを浮かべていた。


制御装置は、扉の手前、地中に唐突にぽつんと突き出していた。小さなモニターが、輝いているのが見える。10年の間、魔高炉のエネルギーが耐えることなく注ぎ込まれ、こうして、主人の訪れを待っていたのだろう。


ヴァーサタイルが、いよいよ興奮に上気した顔で、制御装置のモニターを食い入るように見つめる。


「おお…やはり…すべて無事であったようだな…」


モニターに映し出された情報をひとつひとつ確かめる。慣れた手つきで、次々と操作をしている。


ががががが… その時、背後で音がして二人は振り向いた。揚陸艇が浮上していくのが見えた。操縦士が…二人を置いて、離脱を図ろうとしたのだ。


「あやつめ…!!」


ヴィクトルは怒りを露にして、悪態をついたが、揚陸艇はすでに向きを変えて、今しがた突入してきた魔高炉への入り口の方へ向かっている。


「ほうっておきなさい…この先は、支配者のみが立ち入るのが相応しいでしょう。あれは、所詮、この場所の意味も理解できぬ虫けら…」


それから思わせぶりに、揚陸艇を見ていろ、とあごを突き出してみせる。ヴィクトルは、揚陸艇がスピードを上げて魔高炉の出口に進んでいくのを目で追った…その動きは、操縦士の恐怖を示すように、左右に怪しく蛇行していた。


揚陸艇が、洞窟を出て、魔高炉を上昇しようとした…そのタイミングを見計らって、ヴァーサタイルは、なにやらモニターに手を触れる。


ごごごごご… 魔高炉の閃光が強くなり、突発的な魔導波が沸き起こった。揚陸艇は、必死に上昇しようと数回左右に揺れたあと、湧き上がった閃光に飲み込まれ…そして、消えた。


は… ヴィクトルは、その光景を、恐ろしくも感じ、そして…美しいと思った。


「すばらしい…魔高炉の制御もできるのか」


「お気に召しましたか…私の目に狂いはございませんでしたな。やはり、貴方様こそ、この無限の力を支配するのに相応しいお方」


くくくくく… ヴァーサタイルは笑うと、制御装置に向きあい、そのうえに自分の右手を掲げた。


「それでは…閣下のしもべたる神の姿をとくとご覧いただきましょう…」


ヴィクトルはヴァーサタイルの横で、彼のすることにじっと見入る。ヴァーサタイルは、自分の右手につけておいた汚い包帯を取り除くと、その下から、何かの刻印のような刺青が顕れた。


バーコードに見えるが…


不思議そうに見ていると、ヴァーサタイルは、思わせぶりに笑って、そのしるしをヴィクトルに見せてやる。それから、そっと、モニターの上部に備え付けられたセンサーに差し出した。センサーから照射された赤いライトが、ヴァーサタイルの手首の上を照らした。


ぴこん 


何かを認識した音がする。


ー固体識別00201E、認識しました。LEVEL4での制御を許可します


モニターから、無機質な音声が聞こえる。


「さあ、帰ったぞ…」


ヴァルサタールは、やさしく呼びかけながら、モニターに手を触れる。すぐに反応があって、壁一面の巨大な扉が、大きな音を立てて動き始めていた。













0コメント

  • 1000 / 1000