Chapter 22.8 -同盟締結-

窓のない、洞窟の一画。洞窟だから窓がないのは当たり前か…しかし、あの、奥に作られたトイレが酷いな…とノクトは、げんなりしてそっちの方を見る。一応、壁が掘り起こされて奥まった小さな部屋がこしらえてが、そこにあるのは、バケツとその上に辛うじて座ることのできる簡易便器。とても用を足す気になれない…


壁際に台のように掘り起こされた場所に、それぞれマットがしかれてベッドになっている。プロンプトは、カメラをいじりながら、今日、撮影したばかりの画像をチェックしている。そうでもしないと落ち着かないのだろう…


とんとん、と遠慮がちに戸がノックされて、大げさに閂が引き抜かれる音がすると、ヨールとワグとが、二人分の食事のお盆を持って中に入ってきた。


「食事を持ってきました…」


ワグは、上目遣いに二人の機嫌を確認しつつ、食事をテーブルの上に置いた。


「あんまり快適な部屋じゃなくて申し訳ないですが」


ヨールの方も、見慣れた人の良さそうな顔に、申し訳ない表情を浮かべている。ノクトはため息をついて、とりあえず体を起こした。


「オレ、人間不信になりそう…」


プロンプトがベッドに横たわったまま呟いた。動く気配がない。


「あの…よかったら毒見しましょうか?」


ワグが頭を掻きながら、申し出る。


「そんなめんどくさい殺し方する必要ないだろ。ほら、プロンプト。お前も食えよ」


ノクトは、明らかに腹を立てた様子で、それでもテーブルについて食事を食べ始めた。プロンプトは、ふうう、と切ないため息をついて、ようやくベッドから起きてきた。


「ノクトさぁ、そういうとこ、メンタル強いよね」


「まあな。王室にいたら、それなりに、騙しあいがあったしな」


「うわぁ…こわぁい。一般人にはわからないなぁ、そういうの」


ヨールとワグは顔を見合わせて笑っていた。ノクトは、ちっ と舌うちをして二人を睨みつける。


「何が可笑しい?」


「いや…これは失礼…」


ヨールは、恐縮して、頭を下げる。


「あの…まあ、僕らも言い訳はしません。でも、僕らもそれなりに貢献はしてきたつもりです。敵のスパイを監視もしてましたし…」


ノクトはワグを無視して、がつがつと料理を食う。簡易的だが…悪意は感じられない、スープと、パンと、いかにも缶詰の肉料理…野菜がないだけマシだ。

プロンプトが、覇気のないようすで、少しずつ食べ物を口に入れる。


「ノクトってさぁ、ほんと、正攻法だけだよねぇ。ルシスってスパイ使ってなかったの?」


「使ってただろ…オレはよく知らんが」


ノクトは、さっと、食事を平らげて、どかっと椅子の背もたれにふんぞり返る。


「だりぃな…」


「あ、やばい」


と、プロンプトの食事の手が止まった。


「どした?」


「…トイレに行きたい」


二人は、うんざりした目を例のトイレに向ける。


「あのトイレ…どうにかなんないのか?絶対臭うよな?!」


ヨールは笑って


「炭がおいてあるでしょ? あれを、用を足した後に振り掛けると、意外と臭いませんよ」


「他の部屋もみんな同じトイレですから…」


ワグも苦笑いをした。


「マジ…これなら外ですませてくればよかったよ~」


プロンプトはしかし、我慢ができない様子で落ち着かなかった。


「ううう、ショック!」


ついに席を立って、奥まったトイレの一画に下がった。チョロチョロチョロ…しばらくして遠慮がちに音が聞こえてくる。


「やっぱり、ションベンくせぇ…」


ノクトは、水滴がしたたる土の天井を眺めながら、放心したように言う…ヨールは、苦笑いして立ち上がった。


「新しいものにすぐ変えましょう」


プロンプトはすっきりした顔で戻ってきた。


「炭かけておいたぁ、あんまり臭わないじゃん?」


「くせぇよ、バカ!」


ヨールが嫌がりもせずに、バケツを運び出していた。とんとん、とあけると、覗き窓があいて、先ほどから中の様子を聞いていたのだろう。すぐに扉が開くと、新しいバケツが差し出され、古いものがすぐに外に受け渡される。


「王様にはきついですよね…」


ワグが同情するように言う。


「ばか…この10年、まっとうな部屋で寝てない。風呂に入れないことも、野糞もしょっちゅう。なあ?」


とノクトがプロンプトを見ると、プロンプトはトイレのことなど忘れて食事を再開しつつ、


「そうだね。チパシ来て、毎日、屋根の下に寝られるとか新鮮だよね。ってか…オレら何もん? 言ってて情けなくなってきた…」


ヨールとワグは、また、穏やかに笑った。

プロンプトの食事が終わると、二人は、トレーを持って立ち上がった。


「じゃあ、何か用があればお知らせください。私達にできることがあれば…」


「ちょっとまて」


とノクトは二人を止めた。


「…今日殺したって言う二人のスパイ…誰なんだ?」


ノクトは急に真剣な眼差しになって二人に迫る。ヨールとワグは、顔を見合わせて黙った。


「家族がいるやつなら…遺体は返してもらいたい」


ヨールは、少し考え込んでから


「遺体は回収しています…ご自身で、確認されますか?」


と申し出た。今度は、ノクトとプロンプトが驚いて、顔を見合わせた。


ヨールが誰に許可を得ることもなく、そのままノクトたちを先導して遺体の場所まで連れて行ったので、ノクトは随分と驚いた。ヨールが、方々に立つ警戒中の仲間にただ、会釈して通り過ぎるところを見ると、このレジスタンスの中で、それなりの立場にある人物のようだ。二人は、複雑に曲がりくねった通路を進んで、通路の脇にある小さな部屋に入る。暗く狭い空間があり…布に包まれた二つの遺体が横たわっていた。ヨールは、遺体の顔を見えるように布を捲し上げる。一つは目の上を打ち抜かれており、血で染まって顔がよく判別できない…もう一人は苦渋の表情で息絶えているが、首の辺りを打ち抜かれているようだ。


調理班のやつと…遠征のときに見た顔だな…


「二人とも…こちらに気がついて逃走を図ったようです。できれば、生け捕りにして吐かせたかったのですが...」


ヨールは、低く呟いた。


「ノクトさん、これを」


と、ワグが、奥の棚から箱を二つ出してきて、見せた。


「二人の所持品です。それに、我々が照合したプロファイルもあります」


箱の中には、所持品として銃、短剣、そして、古い写真付きの書類が治められていた。元帝国軍情報部… ポーラ研究所所属衛生班… 怪しげな経歴が具体的な年月まで明らかにされていた。


「ノクト…見て」


プロンプトが、遺体のひとつの右手のあたりの布を捲し上げていた。


「ほら…この右手…親指と人差し指…ここ。タコができてるでしょ。その銃の形とちょうど整合する…使い慣れてる銃みたいだね」


所持品として箱に収められていた銃には、ファグナ家の紋章が刻印されていた。


「隠し持っていたのか…所持品検査はしてたんだが」


「どこか、集落の外に埋めておけば見つけられないでしょう…しかたないですよ」


ワグは慰めるように言った。

スパイであったことは…間違いないようだな。ノクトも深くため息をつく。


「ノクト…オレ、やっぱり、話を聞きたい」


プロンプトが遺体を見つめながら静かに言った。


「話?」


「ヴァーサタイルのことだよ。詳しく調べたって言ってたでしょ?」


ああ… ノクトは呻きながら、そっと、ヨールの顔を見る。ヨールは、二人に頷いて見せた。


すぐに案内されたのは、トルドーの自室のようだ。特に警備する人間も立っておらず、ヨールは気楽な感じでその扉をノックする。


「どうした? 」


「ノクティス陛下とプロンプトさんが、お話を聞きたいとのことで、お連れしました」


んんん!! と伸びをするような声が響く。ベッドから降りたか? ごそごそと音がする。


「いいぞ」


ヨールは、扉を開けて、二人を中に促す。…ノクトを先頭に中に入った。あまり広くない部屋に、簡易ベッドと机があった。散乱する衣服…いかにも男所帯の部屋だ。空気を入れ替えるための換気扇が、天井に取り付けられて回っていたが、気をつけないと頭を打ちそうだった。あまりに狭いためか、二人が中に入ると扉が閉められた。ヨールたちは中に入らないつもりらしい。


「酷い部屋だろ」


トルドーは疲れ切った顔でベッドの端に腰掛けていた。ノクトたちは自分達の閉じ込められていた部屋の方がマシかもしれない、と呆れ顔で眺めつつ、足を踏み入れる。


「レジスタンス活動なんて、若者のするものだな。年寄りには応える」


と言って、ため息をつきながら、二つあった椅子の上に詰みあがった衣服だの書類だのを無造作に床に落とす。


「座れ…で、何が聞きたい?」


「ヴァーサタイルのことです」


プロンプトがすぐに口を開いた。


「これを見てください」


自分の、手首に嵌めていたバングルをはずしてみせる。


「なんだか…わかりますか?」


トルドーは訝しげにじっと見つめていたが、やがて首を振って


「いいや…魔導兵の手首にも似たようなものがあったが」


「そうでしょ。オレ、魔導兵のもとのクローン人間なんだよね」


トルドーは、え、と驚いた顔をしてプロンプトを見る。


「…あなたは、魔導兵がどんな風に作られるか、知っていましたか?」


その声には、責めるような響きがあった。トルドーは、静かに首を振った。


「知らない…いや、正確に言うと、知らないで済むようになるべく耳をふさいでいたな。軍内部でもいろんな噂は飛び交っていた。すぐには信じがたいものが多かったし、信じたくもなかったな」


プロンプトは、手首にバングルを嵌めなおした。そして、その腕を眺めながらぽつりぽつりと、呟いた。


「まず…クローン人間を作る。しかもね…もとになっているのはヴァーサタイルの遺伝子だって。それから、自我が生まれないように試験管の中で大きくして…シガイ化させるんだよ。魔導兵はそれが元になってできるんだ。オレは、赤ん坊の頃盗み出されて、ルシスで育った」


プロンプトが顔をあげ、真剣な目でトルドーを見る。ノクトは固唾を呑んでその様子を見守っていた。


「ヴァーサタイルはオレが殺した…最後は、あいつ自身がシガイになって、魔導兵器と融合したんだ。だが、オレが倒した…間違いない」


「…ヴァーサタイルが死んだことは私も把握している。10年前に辛うじて…ポーラ研究所の壊滅は連絡を受けていたからな。しかし、ヴァーサタイルを名乗っている者は…おそらくもと研究員の誰かだろう。研究所の内部事情に詳しい奴だ」


「そいつの、目的は何なの?」


プロンプトの目が怖かった。


「許せないんだ…たとえ、ヴァーサタイル本人じゃなくてもさ。そんな風に人を、なんでもない材料みたいに扱ってさ…そして、世界をめちゃくちゃにしてしまう兵器を作り出そうっていうやつ…許せないんだ。だから、そいつがヴァーサタイルと同じことをしようとしているなら…オレは全力で止める」


プロンプトの気迫に、トルドーも、ノクトも、息を呑んでいた。


「君の覚悟はわかった…私の知っていることを話そう。彼らは盛んに帝都への調査を画策している。ファグナ卿には受け入れられなかったようだがな…多分、彼らはファグナ卿を見限って、ボンガロに入ったのはそのためだろう。はじめ、私にコンタクトをとってきた。帝都に眠る巨大兵器に興味はないか、とね…」


「巨大兵器…」


「眠れる巨大なバケモノだそうだ。私が興味を示さなかったので、次に、ヴィクルに狙いを定めたんだ。奴は、貴族のボンボンさ…ヴァーサタイルに次の皇帝になれると囁かれて、本気にしたらしいな」


トルドーは、呆れたようにため息をつく。


「バケモノって、どんな?」


「興味がなかったんで、詳しくは聞かなかったが…魔導技術の集大成だそうだ。聞いたときは眉唾ものだと思ったが…こうなってみると、本当に帝都にヤバイものが眠っているのかもしれないな」


ごくり。 プロンプトの喉が鳴った。その目は、落ちんばかりに開かれて、食い入るようにトルドーを見ていた。


「ノクト…」


プロンプトは、ようやく開かれていた目を閉じた。


「ノクト…ごめん」


もう一度その目が開かれたとき、プロンプトはいつもの冷静な様子に戻っていた。しかし、申し訳なさそうな顔をしてノクトを見る。


「なんだよ…」


「オレ、この人と行くよ」


プロンプトははっきりと言った。


「ノクトが、この人のやり方が気に食わないのはわかってる。でも…ごめん。これはオレの問題なんだ。オレは…それでも構わない。オレは、その男を止める。そして、帝都にやばいものが眠ってるなら…それを破壊する」


ノクトは、言葉が出なかった。ただ、受け止めるように俯き、目を伏せた。


「それなら歓迎する。…正直、私もその兵器は趣味ではない。それに、ボンガロの奪還よりもその集団の壊滅の方が重要だと考えている。ここで潰し損ねると次にどこへ現れるかわからんからな」


トルドーは右手をプロンプトに差し出した。二人が固い握手を交わすのを、ノクトは複雑な思いで眺めた。


翌朝…差し込み始めた日の光の中に、4人の人影が浮かび上がっていた。遮るもののない大地の上に立って、切り立った谷を長めながら、出発の準備が整えられていた。きた時に担いできた荷物を、プロンプトではなく、ヨールが代わりに担いでいる。プロンプトは身軽なままノクトに近寄って、その肩をぽんと叩く。


「ノクト!心配しないでよ!」


その顔は、いつもの笑顔だ。ノクトは、暗い顔に辛うじて笑みを浮かべながら、親友に応えようとした。しかし、不安がどうしても顔ににじみ出てしまう。


「オレは...正直なところ、まだ、決めかねてるんだ」


「わかってるって…いいんだよ。ノクトはノクトの道を選んで」


ノクトは、落ち込んだ様子で頷いた。


「…死ぬなよ。プロンプト」


プロンプトは親友の顔を覗きこんだ。


「死ぬわけないでしょ」


「そうだな…」


ノクトはようやく笑った。ノクトは、いつまでも見送るプロンプトの姿に、後ろ髪を引かれながら、ヨールとワグに続いて、帰路についた。


ノクトの落ち込みもあって、一行はほとんど口聞かず、静かに淡々と道を進んだ。往路はノクトたちの方向感覚を奪うために、あえて迂回路を使ったのだろう。帰路は思いのほか捗って、昼前には集落が見えてきた。意外と早かったな…と思いながら、胸にもやもやとしたものが沸き起こって、急に足が重くなる。しかし、近づくと、そうも言ってられなくなった。どうやら集落の方が騒がしかった。


「多分…昨夜のうちに姿を消したものが数名いるので、騒ぎになっているんでしょう」


と、恐らくその騒ぎの一因と思われるヨールが、申し訳なさそうに言う。ノクトはため息をつきながら、先を急いだ。きたときと同じ南側の入り口をくぐると、すぐに通りを慌しく行き交う警備隊に出くわす…不安げに本部に詰め寄っていた難民の家族のうちから、ヨールの妻が飛び出して夫に泣きながら抱きついた。他の家族達がノクトに迫ってくる…うちの人を知りませんか… ノクトは何も言えずに首を振って家族達を振り切った。そのまま本部の建物に入ろうとすると、後ろから名前を呼び止められた振りかえる…ルーナが、目に涙をいっぱいにためて、立ち尽くしていた。


「ルーナ…」


ノクトは疲れた顔を向けて、それでも腕を広げ妻を迎えいれた。ルーナは泣きながらその胸にすがりついていた。


「何も言わずに行くなんて…」


「悪い…ハルマから聞かなかったか?」


「昨日から、あちこちで騒ぎがあって、お話しするチャンスがなかったものですから…」


「そうか、そりゃ、悪かった…」


ノクトは、不安に震えている妻の体をしっかりと抱きしめる。それから、そっと体を離して、


「悪いな…緊急のことがあって。夜までには戻るから…」


と額を寄せ合いながら言い聞かせる。ルーナは、涙目で、ようやく笑って見せて、頷いた。


「ノクト!こっちだ!」


ハルマの声がして、見ると、昨日と同じ、本部の増設された応接室から顔を出していた。ゴダールの姿がそのすぐ後ろに見えた。今、行く! と応えながら、ヨールとワグの方を振り返って、ついてこいと合図をする。二人も、心配して駆け寄った家族や知人をなだめてから、慌しくノクトの後に続いた。


中に入ると、狭い応接室にかなりの人が詰め込まれていた。ソファには、昨日と同じ様子でブラントンが座っており、その横に、警備隊の幹部…確か、ゴダールと一緒に遠征に出ていたはずのキイスという男が所狭しと腰を下ろしている。向かいの席にゴダール、ハルマと続き、ノクトがヨールとワグを連れて中に入ると、途端に暑苦しくなった。


座るところもないので3人はそれぞれ、ソファの脇に囲むように立ったが、ゴダールは席を立ってノクトを真ん中に座らせた。


「ご苦労だったな…一人足りないみたいだが?」


ゴダールはさして心配した様子も無く、言った。


「プロンプトは…本人の意思でトルドーのところに残った。作戦に参加するそうだ」


ハルマは驚いていたが、他の面々はそうでもない。はあ、とノクトはため息をつきつつ、


「まずは、おたくんとこのスパイを全部紹介してくれないか。話はそれからだろ」


とヨールとブラントンの顔を交互に眺めながら、言う。


「全部で5人だな」


と口火を切ったのはキイスだった。ハルマとゴダールにはもう話がついていたのだろう…驚いたのはノクトだけだ。


「俺が把握している範囲ではな…他にいたか?」


キイスは隣に座るブラントンに親しげに話しかける。


「そうですね。それですべてです。少将が大げさに盛ったかもしれませんが…」


ノクトはげんなりした様子で、ソファーにもたれかかり、


「で、残る一人は誰なんだ?」


と聞いた。


「やつは今、工場の方に残ってもらっている。難民キャンプの…クルーニという男…地味だから顔がわからんかもしれないが」


「そうかい…」


ノクトはもはや興味なさそうだった。


「まあ、正確に言うと…俺はスパイといえるかどうかだが」


キイスは首をかしげた。


「トルドー少将とは、帝国軍時代の知り合いなんだ…彼らが接触してきて協力を要請されたのがひと月前ほどだったか。俺としては、ヴァーサタイルの送り込んだっていうスパイをあぶりだすのが目的だった。少将の動きを警戒しつつ協力させてもらってた。いざというときは二重スパイになるつもりだったがな」


ゴダールは何が可笑しいのか、キイスの説明を聞きながら笑っている。


「だが…ゴダールには気付かれてるって思ってたけどな」


さあな、と、当のゴダールは明言をさけると


「協定の交渉内容をとっと教えろ、ノクト」


と、容赦なく促す。


ったく、働かせやがって…


ノクトはいらいらした様子で、トルドーがどんな態度で交渉をしようとしたのか…その一部始終をぶっきらぼうに一同に伝えた。さらに、ヴァーサタイル側のスパイが二人殺されたこと、その素性、それから、ヴァーサタイルが帝都になにかやばいものを隠していることなどを、早口につけ加える。


「何か補足はあるか?」


向かい側に座るスパイ一同を睨みつけるように聞いたが、男達はまるで緊張感のない様子で、笑って首を振っていた。


ゴダールは、ソファの端に腰掛けながら、にやにやと意味深に笑みを浮かべて、じっと聞いていた。それから、さあ、どうする? とハルマの方を見る。ハルマの方は難しい顔をして黙る。


「ハルマ…利用できるものは利用したらどうだ?」


煮え切らないハルマに、ゴダールが言った。


「どのみち…このままでは巻き込まれるぞ」


「中立を破って…肩入れすると?」


「中立公正か…」


ゴダールが、バカにするように笑った。


「いつでもな…一番初めに犠牲になるのは弱い者達だ。何を一番に守るべきか…腹を決めろ」


ノクトは信じられない気持ちでゴダールの進言を聞いていた。したたかな男…トルドーの言葉が思い出される。ハルマは、難しそうな顔をして唸った。


「どっちみちリスクは負うわけか…肩入れしなくても進軍されるんだったら、同じか」


重苦しい呟きが漏れる。


「いいのか…ハルマ…」


ノクトは、戸惑いを露わにする。


「ノクト、お前は何を不安がってる? 」


ゴダールは笑ったまま、ノクトを見据えた。


「殺された二人への同情か?…俺は同情しない。もちろん…こちらで捉えていたら、もう少し丁重に扱ってやったかもしれないがな…しかし、その代わり、こちらの誰かが死んでいたかもしれん。もう戦争は始まっている…目を背けてもそれが事実だ」


「それがあんたのやり方なのか…このチパシを守ってきた…」


ノクトの脳裏に、トルドーから聞かされた30年前の話が思い出される…ルシスとの前線で、大勢の命を奪った非道な兵士…


ゴダールは、何かに気が付いたのか、ノクトの顔をちょっと見つめると、ふっとまた、小さく笑っていた。何もかもが見透かされているような余裕の笑み…ノクトは、ゴダールに対して初めて不信感を覚えていた。


「個人的に聞きたいことがあるようだが…その応えはYesだ、ノクト。チパシは帝国の一部…イドラ皇帝の顔色を伺わなければ存続できない。どんな汚い手を使ったか興味があるなら、あとで聞きに来い。好きなだけ聞かせてやる」


ハルマは、ゴダールとノクトのやり取りを横目で見ながらじっと聞いている。複雑な心境で、同情するようにノクトを見ていた。そして、考え込むように目を瞑る…自分自身に決断を迫る苦渋の表情… ノクトは、ハルマを見られなかった。今、ユスパウの、ニフルハイムの未来を、苦しくも引き受けようとしているのは自分ではなかった。


「…わかった。同盟を結ぶ」


ハルマは重苦しく、口を開いた。


「揚陸艇一隻で要員を運搬する。名目は…ガラール市の調査だ。生存者の調査を行う…これにも協力をしてもらおう。生存者がいないことがわかれば、それでいい。俺は正式な統治宣言をしてすぐにファグナへ向い、代理統治を宣言してあっちの混乱を押さえ込む。ガラール市で要員を下ろしたら、後の指揮は少将に一任する。ユスパウから戦闘に参加するものはは、内密に有志を募ろう…人数は制限させてもらう。こちらが手薄になるのも困るからな。遠征隊は中止してすぐに帰還させてくれ」


ゴダールは、異議なし、というようにすぐに頷いた。


「これは我々にとっても最後のチャンスだ。失敗すれば…ユスパウだけではないだろう…ファグナも危ない。いや、…ニフルハイム全土が火の海になる」


ハルマは覚悟を迫るように一同を見た。


「そして…ゆくゆくは、アコルドやルシスも巻き込まれるな…」


ノクトが、苦しそうに付け加えた。


「戦闘にはオレも参加する。要塞へ潜入するのは慣れてる…プロンプト一人に行かせられないしな」


ハルマは何か言おうとしたが、しかし、思い直して口を閉じた。

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