Chapter 22.7 -トルドー少将-

てっきり、目立たないように夜出発するのかと思いきや、すぐにチパシを出るというので驚いた。ブラントンは詳しい場所を教えない代わりに、24時間以内にチパシに送り届けることを約束したので、念のため、二日分の飲料水と食料が用意された。ブラントンは、申し出の通り、チパシに残ることとなり、ニーチェと、ノクトと、プロンプト、そしてワグの4人でチパシを出ることに決まった。


指名されたワグは、重要な任務に抜擢されたことを喜んでいた。一方、急に呼び出されたプロンプトは、まったく状況がわからず、言われるままに荷物を担いでノクトにくっついてくる。


「二人でいいのか? もうちょっと連れて行ったらどうだ?」


ハルマは、決めた後も不安を隠しきれない様子でノクトに囁いたが、


「多くたっておんなじだろ。あっちが何人いるかわからないんだから。少人数の方がいざというとき身軽に逃げてこられる」


とあくまでも気楽だ。


「それに、こっちが手薄になるのが心配だからな…あの、ブラントンってやつ。ちゃんと監視しとけよ」


「わかってるさ」


ハルマは、はああ、と重いため息をついた。プロンプトは二人のやり取りを脇で見ながら、急に不安になり、


「ノ、ノクト…これ、いったいなんなの?」


と、聞いてきた。


「歩きながら、おいおい話すわ」


ノクトは笑ってその肩を叩くが、ハルマは険しい顔で、


「油断するなよ」


と低い声で言った。プロンプトは、えええ?! と困惑しながら、しかし、肝心のノクトが荷物を背負ってさっさとチパシの南出口から出て行こうとするので、慌てて後を追う。


「おう、こっちがニーチェだ。ニーチェ、これがダチのプロンプト。ワグは知ってるな?」


ブラントンよりもさらに若いニーチェは、会議中は無表情にして一言も口を聞いていなかったが、チパシの入り口をくぐると急に愛想の良い顔を浮かべて、会釈した。


「よろしくお願いします。ここから…ちょっと距離がありますが、我々の拠点までご案内します」


徒歩でいけるような距離なのか? とノクトは怪しんで、しかし、到着までは場所については聞かないで欲しいと言われていたので、黙って後に続く。ワグは、ちゃんと任務中と心得て、辺りへの警戒を怠らずに、ノクトを守るように背後についていた。


「ね、ねぇ、ノクト? どういうこと? どこへ向かってるの?」


プロンプトは小声でノクトに囁く。


「ニーチェ、話しながら進んでいいか?」


ニーチェは、うーん、とちょっと警戒するように辺りを見渡して


「先ほどのお話なら…もう少し集落を離れてから私からさせていただきますね。1時間ほど、このまま進めさせてください」


「だ、そうだ」


と、ノクトは笑って、プロンプトを振り返る。


「えええ?! でも、ハルマが警戒しろって」


「警戒しとけよ。集落の外なんだから、いつ襲撃されても可笑しくないだろ」


「何言ってんの?! ちょっと、もう、わけわかんないんだけど?! オレら狙われてるわけ?!」


「慌てんな…ずっと狙われてただろうが」


ノクトは苦笑する。聞いていたニーチェも、先導しながら、可笑しそうに肩を震わせていた。


「ほら、ワグを見ろよ。ちゃんと警戒してるだろ」


いきなり話題を振られたワグは、恥ずかしそうに


「すみません…集落をここまで離れたのは久しぶりで」


と頭をかいた。


ニーチェは警戒するように武器を構えながら先導していたが、一行は、まるでピクニックにでも行く気楽な雰囲気だった。チョコボの牧場がある丘を迂回するように南側に抜けると、すぐに荒野だ。荒れ果てて地肌がむき出しだが、でこぼこして見通しが悪い地域が続く。


「それにしても、こんなまっ昼間に出発するとは…追跡されやすいんじゃないのか?」


日差しにうんざりしながらノクトがつぶやくと、ニーチェは振り向かなかったが、


「追跡者を発見するには都合がいいので…」


と小さく答える。ん… こいつもしかして… とノクトは周囲の気配に注意を向ける。延々と無人の荒野が続いていた。人も、生き物の気配さえもないが…


「ねえねえ。ちょっと、写真とっていい?」


プロンプトは、先の高台になった岩場を指差して言う。


「見晴らしが良さそうだな…上がって眺めてみるか。その先の状況も見えやすそうだし。どうだ? それとも、目立つところに上がると頭でも打ち抜かれそうか?」


ニーチェの様子を伺いながら、ノクトが聞く。ニーチェは、ちょっと笑って


「まあ…大丈夫でしょう。あそこを上っていきましょうか。構いませんよ」


と言いながら、プロンプトが早くも岩に登りかけようとしているところに、近寄った。


「警戒していますから、先にどうぞ…」


ニーチェが岩場の下について、外周を気にするように立った。


「では…私が先に行って様子を見ます」


ワグも自分の役目を意識しているようだった。プロンプトがカメラの機材を気にしながらゆっくりと上っていく脇を、荷物を背負ったまま身軽に這い登っていく。頼もしい若造どもだ…ノクトはのんきに感心しながら、プロンプトの後に続いた。


うおお、いいねー!


旅の目的を説明されていないプロンプトは、緊張感がないまま、カメラを荒野の外へ向ける。上空からファグナまで行ってきたノクトとは違い、チパシの集落を出た先の、ニフルハイムの険しい岩肌は、プロンプトには新鮮だったようだ。複雑に隆起した岩山が、強い日差しを受けて、まっすぐに影を落としている。雲は途切れ途切れだが、空は霞んでいて、その先、南西にあると思われるグラナダ山脈は見通せなかった。

プロンプトがシャッターを切っている脇で、ノクトは、なにげなく景色を楽しむような振りをしながら、あたりの気配を感じていた。やはり… 距離を保ちながら、方々に数人の気配がする…すでに、一行は監視の中にいるわけだ。あるいは… これは囮なのかもしれない。


堂々とよくやってくれるぜ… ノクトは呆れつつ、後で少将になんと文句を言ってやるかと、考える。


やがて、ニーチェも高台に上がってきた。


「プロンプトさん…申し訳ないのですが、あまり時間もありませんので、そのくらいに。また、後で休憩も取りますので」


ニーチェは、申し訳なさそうに言った。


あ、そう… 年下に窘められたのが、ちょっと罰が悪く、プロンプトはいそいそとカメラをしまう。ニーチェは、素直なプロンプトの反応に、にっこりと笑って、そして、高台沿いに少しだけ進んでから、向こう側に降りていった。


その先...しばらく、開けた土地が続く。同時に隠れるところもなくなる…ノクトが先ほど感じた人の気配は、消えていた。さすがにここではな…監視者も、追跡者も、そうそう近づけまい。


プロンプトもなんとなく落ち着かない様子で、キョロキョロと辺りを窺いながら、


「ねぇ…そろそろ、行き先を教えてくんない?」


と、ぼやく。


「オレだけ知らないとか…落ち着かないんだけど」


「ワグも詳しくは聞かされてないさ、なぁ?」


ノクトに言われて、ワグは、苦笑する。


「そうですね、そろそろお話しましょう…」


ニーチェは、警戒して先導を続けながら、振り返りもあせずに話し始める。


「向かっている先は、トルドー少将の率いるレジスタンスの拠点のひとつです。ノクティス陛下にご足労頂いたのは、少将との協定に赴いていただくため…我々はボンガロ市のゴルゴトス要塞の奪還を目指して動いています」


プロンプトは、へ?! とあまりのことに、開いた口が塞がらない。


「ど…ど…どういうこと?! 随分気楽に誘ってくれたけど?!」


非難がましい目でノクトを見る。


「あれだ…ほら、ハルマが信用置ける奴を護衛につけろって言うからさ」


「そら、いいけどさ…普通、ちゃんと話してから連れてくるでしょ? 心の準備ってものがあるでしょ?!」


るせーなぁ… とノクトはめんどくさそうにあくびをして


「ちゃんと武装して来いって言っといただろ」


「してきたよ!してきたけどさ!!」


プロンプトはぷんすか、と腹を立てて、ノクトを追い越して行く。


「怒るなよ…お前も興味を持つと思ったんだ。ヴァーサタイルのことでな…」


その名前が出た途端、プロンプトの背中に緊張が走ったのがわかった。


「ちょっと…どういうこと?」


怖い顔をしてノクトを振り返る。


「ニーチェ…オレから話して構わないな?」


ニーチェも、プロンプトの様子が変わったのを感じて、頷いた。


「ちょっと立ち止まりましょうか…話しながら歩くとかなり注意力がそがれます。お二人で話をしている間、周辺を警戒しますので」


ワグもニーチェに倣って、プロンプトとノクトを挟み込むようにして、周囲に警戒した。と言っても…見通しのいい平地で、視界に入るものは申し訳程度に生えている低木くらいだろうか。


「オレも昨日、聞いたばかりなんだが…ハルマがファグナの軍人から聞いてきた話だ。ファグナ領に、ヴァーサタイルを名乗る男が数年前から居座って、ファグナ卿の側近として働いていたらしい。チパシでオレを狙った奴は、そいつが送り込んできた」


「…ヴァーサタイルは死んだはずだ!!」


プロンプトが、怖い顔で叫ぶ。


ノクトは、10年前、ジグナダスの内部で聞かされたプロンプトの告白を思い出す。やはり、プロンプトの中に、まだ、その影がある…


「落ち着け」


ノクトは、じっと、親友の動揺する瞳を覗き込む。プロンプトは、我に帰って、しばし深呼吸をした。


「ごめん…」


「いいさ。多分、やつの名を騙る何者かなんだろう」


ニーチェが警戒しつつ、ノクトたちの話に耳を傾けているのがわかる。


「そいつがな…2週間前に忽然とファグナ領から姿を消した。ここまでが、ハルマが持ち帰った情報だ。そして、トルドー将軍の使者として、今朝早く、このニーチェと、ブラントン少尉という男が現れた。ちなみに、ブラントンは人質としてチパシに残っている」


プロンプトは落ち着きを取り戻して、静かにノクトの話を聴いている。


「ブラントンの話によると…ヴァーサタイルを名乗る一行はボンガロに入ったらしい。彼らの推測では、ボンガロの軍に接触して内紛を誘導したのも奴だろうと踏んでる。そして…ボンガロ奪還のための協力を求めてきた」


「トルドーって人は、その男のこと…詳しいの?」


プロンプトが低い声で聞いた。プロンプトの背中にちょうど張り付くようにして立っていたニーチェは、ちょっとだけ振り向いて


「ええ、我々は、その男のことをかなり調べています。少将にお会いすれば、詳しい情報をお渡しできます」


と答えた。


「わかった… ありがとう、ノクト。そういうことなら、先を急ぎたい」


プロンプトは暗い表情のまま、ニーチェの方を見る。ニーチェは頷いて、また、先を歩き始めた。


そこから、一行は、急に重く沈んだ空気に包まれた。プロンプトは、急かすようにニーチェの後ろにぴったりと張り付いて、後に続いていた。カメラをいじろうという気配もない。ノクトは、その、こわばった背中を追いかける。何事かと、わからないまま、ワグは不安げにノクトの隣を歩いていた。ノクトは、悪いな、と、ワグに向かって目配せをすると、ワグは聞きわけがいいように、少しだけ笑って頷いた。


あんな苦しそうな表情を久しぶりに見たな… ノクトは、心配そうに親友の背中を見つめる。10年前…アーデンに嵌められて、プロンプトに苦しい思いをさせたあの時…ジグナダスでプロンプトを無事助けて…つかの間の急速で告白を聞いて…それで、全部解決した気になっていた。考えてみれば向きやってやれたのは、ほんのわずかな時間だ。


あの旅で…それぞれに苦しい思いをして…オレはまだ、誰の話も聞いてやっていない。こっち戻ってから、最後の戦いを終えてから…一方的に聞いてもらってばかりだったな。ノクトは、プロンプトの背中に、イグニスやグラディオの顔も思い浮かべながら、胸が痛くなるのを感じる。


「ノクト!」


そこへ、急に、プロンプトが振り向いたかと思うと、いつのまにか手にしていたカメラをパシャっとやった。ノクトはあっけに取られて、しばし、呆然となった。


「あはは!!油断してたでしょ!ノクトの変顔、ばっちり撮っちゃった!!」


プロンプトは、明るい声で言うと、ゲラゲラ笑った。ノクトは、なんだよ、こいつ…気を使いやがって…と内心、悔しく思いながら


「このやろう…画像消しやがれ!!」


と、文句を言う。


「やだよー、あとでルーナ様に見せるんだから」


プロンプトは撮ったばかりの画像をニーチェに見せに行く。ニーチェが、思わず噴出しているのが見えた。


「ちょ、バカ!! マジ見せろ、それ!!」


ノクトは慌てて二人の後を追った。


日が傾き始めたころ、一行は岩陰に入るようにして長い休憩を取った。そのあと、ノクトは、ニーチェが急に方角を変えたことに気がついた。これまで、およそ南下しているように思ったが…今は、少し戻るような感じで西に向かっている。


ニーチェがふと、先で立ち止まった。続いていたプロンプトがその隣にたって、うわあああ、と声を上げた。その声が、反響しているのが聞こえた。なんだ? と思って、ノクトとワグも駆け足で二人のところまで行く。その先は…ばっくりと開いた断崖。大地が割けるようにして、奈落を作っている。深さは1㎞以上はあるだろうか…夕暮れの日差しの中で、谷底の川面が輝いて見えた。

プロンプトは感動して、思わずカメラを構えて連写する。


「ここから…道が険しくなりますので。荷物はすべてしまって、両手はあけておいてください」


ニーチェは言いながら、自分も手に構えていた銃を背中に背負いなおして両手を空ける。プロンプトもしぶしぶカメラをしまいこんだ。ニーチェは一同が荷物をしまいこんだのを確認して、まるで冗談みたいに、谷間に細く突き出した出っ張りに降り、這うようにしてその出っ張りの上を進む。


「ま、マジ?!」


プロンプトが小さく悲鳴を上げて、食い入るようにニーチェの行き先を見つめる。


「落ちたら終わりだな」


ノクトは、強がりを言いつつ、引きつった笑いを浮かべた。


「急いでください…暗くなると危険です」


ニーチェは、必死に崖にしがみつきながら一行に呼びかけた。それで、しぶしぶとプロンプトが後に続いた。


「おい、ワグ、先にいけ」


それまでしんがりについてたワグを、先に行かせる。さすがに、これは、若い彼を最後にはできない。ワグは、申し訳なさそうに頷きながら、プロンプトの後に続いて崖を進んだ。ノクトとも、慎重にその後に続く…降りてみれば、なるほど、足場は上から見たほど細くはない。両足が並べられるくらいの幅はあった。にしても…時折強く吹く風に、バランスを崩しそうになる。


「ニーチェ!!後どのくらいだ?!」


ノクトは、背筋がぞっとずるのを誤魔化すように叫んだ。


「あと少しです!がんばって!!」


ニーチェが、必死に前方から叫ぶ。ノクトの場所からは、ワグの背中しか見えないが…その足取りはしっかりしていた。


「プロンプト!大丈夫か!」


「大丈夫! もう少しで広い場所につけそう!」


ノクトはほっとして、崖下を見ないようにしつつ、足元に気を配ってワグの後に続いた。


「ノクトさん…広い場所見えました!」


ワグのホッとした声が聞こえる。


「そいつはよかった…」


はああ、ノクトはため息をつく。ワグが、よいしょっとよじ登るようにして突き当たりの岩場を越えると、一段高いところからプロンプトが手を伸ばしているのが見えた。


「はい、こっちこっち…お疲れさん!」


プロンプトはもう安全な場所にいて、すっかり余裕のある表情だ。ノクトも続いてプロンプトの手につかまった。ぐっと、力強く持ち上がられて、プロンプトの逞しさに驚く。こいつ…こんなに力があったか。視界は急に開けて、崖の中腹にぽっかりと明いた洞窟が見えた。薄暗くなり始めたあたりに、洞窟の奥からちらちらと照明が光るのが見えた。


「お疲れ様でした。こちらです」


ニーチェは、安堵した様子で一行を洞窟の中へと案内した。同じように軍服を着込んだ男達が両脇に立って、一同を出迎える。男達は、武器を手に持って、一同を警戒していた。


ふん…まあ、当然と言えば当然か… ノクトも警戒をしつつ、大人しくニーチェについていく。ニーチェは、洞窟の随分奥まで一同を誘導した。その途中、いくつか分かれ道があったようだが…洞窟は、自然にできたものをさらに掘り下げたようで、なかなか複雑な構造をしている。ノクトはさりげなく様子を窺いながら来た方向を見定めておこうとするが…しかし、すぐに方向が怪しくなる。


ちっ… ここまで来たら、腹を決めるしかないか…


行き止まりとなっている広い場所まで来た。所狭しと武器や弾薬が積みあがった奥に明かりが灯っていて、ちょっとしたスペースにいくつかの椅子が用意されている。中央に座っていた男が、ノクトたちが現れたのを見て立ち上がった…口ひげを生やした50過ぎくらいの男…背丈はそれほどでもないが、日に焼けた太い両腕を組むと、威圧感がある。


こいつか…


「ご足労感謝する…ノクティス・ルシス・チェラム…ルシス王」


男は無表情に言う。ノクトと、プロンプトが横に並び、緊張した面持ちで男に向き合った。ワグはその後ろに、遠慮がちに控えている。


「あんたが、トルドー少将か」


男はゆっくりと頷く。


「お荷物を預かりましょう」


ニーチェは3人に声をかけて、重いバックパックを受け取ると、後ろへ下がって行った。


「さて…」


トルドーは意味深に深いため息をついて見せた。


「…正直に言うと、ちょっとばかり、失望している」


プロンプトがムッとして、腰の銃に手を当てているのがわかった。


「ここまで呼び出しておいて、説教か?」


ノクトは、相手の勢いに飲まれまいと、平然と返す。


「…ノクティス。この、危険きわまりない会談に、そんな若者を連れてくるとはな。命を落とすにはあまりにも若いと思わないか」


トルドーに言われて、プロンプトが心配そうに、ちらっとワグのを方を振り返った。ワグがごくりとつばを飲み込むのが聞こえた。


「回りくどい話はよせ。さっさと本題を切り出したらどうだ。オレに説教するのが目的なら、とっとと帰らせてもらうぞ」


ノクトも腕組をして、トルドーの目を見据える。


「帰れると思うのか?」


トルドーは呆れるように首を振った。その時…ざざ…と音がして、周囲にいた者達が一斉にノクトたちに銃を向けた。ニーチェも同じだ…しかし、同時に、プロンプトの銃がまっすぐに少将に向けられていた。プロンプトは、きっと睨みつけたまま、その銃口はまっすぐにトルドーの脳天を向いている。


緊迫した空気の中、誰もが微動だにしない。


「甘く見ないでよね… 銃声が聞こえたら、引き金を引くくらいの時間はあるよ? オレたちと一緒に、あんたも死ぬ?」


プロンプトの声は低く、落ち着いていた。


頼りになるぜ… ノクトはふっと、笑を浮かべ、そして、余裕の表情でトルドーを見やる。しかし、トルドーにも、焦る様子は全く見られなかった。それどころか、ゆっくりと首を振る。残念なものを見るように。


「プロンプトさん…銃を下ろしてください」


そのとき、静かな声がして、二人ははっと、目を見張った。ワグがそっとプロンプトに近寄って、その腕に触れていた。


「下ろしてください...お願いします。お二人を傷つけたくありません」


プロンプトはさすがに動揺が隠せなかった。ノクトの目をチラッと見る。ノクトは、仕方がない、というように目を伏せた。プロンプトは、腑に落ちない様子で…しかし、そっと銃下ろす。そのままワグはプロンプトの手から銃を取り上げる…プロンプトは抵抗しなかった。ワグは、黙ったまま、今度は、ノクトの背負っていた剣に触れる。ノクトは憮然として、背負っていた鞘ごとワグに手渡す。二人はお互いに目を見なかった。ワグは、ノクトから剣を受け取ると、そのまま、ニーチェのいる場所まで下がって行った。


「随分大掛かりな演出だな…で、どうするんだ? 殺すだけならここまで連れてくる必要もなかっただろ」


「もちろん…殺しても何の得もない。ユスパウが協力を拒んむのはさほどのことでもないとして…ルシスとアコルドの交渉は決裂…ニフルハイムでは大々的に戦闘が始まるだろうな。せっかくの再会を果たしたルナフレーナは、今度こそ失意の元に死ぬかもしれない」


ノクトはムッとして、トルドーを睨みつける。


「そういうのを望む連中もいるんだろうが…私の趣味ではない。第一面倒だ…殺し合いならこの10年、シガイ相手に十分やってきた」


トルドーは、やや疲れた様子でどっしりと椅子に腰を下ろした。


「座れ。こちらの要望を伝えよう」


憮然として、ノクトはトルドーと向き合うように椅子に座った。プロンプトも、ちらちらと辺りを伺いながら、ノクトの隣に座る。


「単刀直入に言おう…欲しいのは、揚陸艇1隻。いや…正確には、ガラール市まで要員を数名運んでくれるだけでいい。それと…ボンガロに潜入する人員が数名欲しい…ハンターは隠密活動が得意だろ。まあ、ノクティス、君とその友達でも構わんがね」


「脅迫するつもりか」


トルドーはまた、残念そうに首を振った。


「…ノクティス。残念だが、ユスパウ領のほやほやの領主も、剣士ゴダールも、そして、誠実なるルシスの王もな…君らの目はそろいもそろって節穴だ。のうのうと、平和に過ごせると本気で思っている。その誠実さと、信念だけで和平が築けると…ファグナ領の内紛は、幸運だったな。二人でのこのこ殺されに出向いたようなものだったが…しかし、同じ幸運がなんども起きるなんて期待するんじゃない」


トルドーの言葉は、若輩者を諭しているような、妙な優しい響きを持っていた。ノクトはまずますいらだって


「悪いな…それがオレらのやり方だ。いわゆる帝国軍人のやり方とは違う…あんたは、この先、ニフルハイムをどうするつもりなんだ? また、勢力争いをして、次の皇帝になるつもりか?」


「そういう話は、すべての危機が去ってからにしよう、ノクティス」


トルドーはめんどくさそうに言った。


「そんなことを言うのは、君に危機感がないからだよ。いいかい、ゴルゴトスを掌握したヴィクトワール・ド・ノアイユという貴族の若造は、ヴァーサタイルの甘言に従って、ユスパウ領への進撃を開始する。私の見立てでは…この1週間以内にな」


ノクトは驚いて、目を見張った。


「どうかね…これでも、和平の話をしようというのか?」


ノクトもプロンプトも…苦しそうに押し黙った。


「我々は、ユスパウを守る義理はないが…ゴルゴトスを奪還するにはチャンスだと思っている。協力を得られるのであれば、それなりの見返りの用意もある。ユスパウにとって悪い話ではない。その上で…奪還が成功すれば改めて、同盟を結びたい」


「見返りだと…」


「そうだ。ボンガロにはまだ使える重機も数多くある。復興に必要だろ? それに…うっとうしい魔導兵を駆除したいとは思わないか?」


「…オタクらが駆除してくれると?」


トルドーは首を振った。


「こっちも手が足らんのでね…人は出せないが、役に立つ物を貸し出してやる。魔導兵はな…本来すべての固体に識別番号が振ってあって、位置が特定できるようになっているんだ。発信機は内臓されていてな」


あ… とプロンプトが声を上げた。


「すべての魔導兵の場所がわかるってこと?」


「そうだ…ゴルゴトスを奪還すればそういう便利なものも手に入る。我々は2ヶ月ほど前に、シャンアール向けて大量の魔導兵が放たれたことも把握しているし…チパシに魔導兵が投入されたのも知っている」


プロンプトは思わず、ノクトの顔を見た。


「そしたらゴートナダの復興も一挙に進んで…」


ノクトは、しかし、気に食わない顔で押し黙っていた。


「なんだ、不満か?」


トルドーは呆れるように言った。


「他に何を望む?」


「別に…あんたのやり口が気に食わないだけだ。こそこそとスパイを送り込み...罠に嵌める」


トルドーは、うんざりした様子でまた、首を振る。


「そして…その結果、有利になっているのは誰なんだ? ノクティス…君の誠実さは美しいが、国を滅ぼすぞ…」


「はじめから囮にするつもりだったんだな?」


ノクトは、覆い被せるように言い放った。トルドーは、黙った。


「真昼間に目立つように集落を出て…あっちのスパイを誘い出したのか。どうなんだ? そして…お前達のスパイはあとどれだけいる?」


トルドーが難しい顔をして目をつぶる。


「あんたは...チパシを利用する道具としか思っていない。どうやって信用しろと?」


「そうだな…保証するものなんて何もないが、しかし、ゴダールやユスパウは信用にたる何かをもっているというのかね? ゴダールが…かつて前線でルシスの兵隊を数万と殺してきたことを、君は知っているのか?」


ノクトは、はっ と息を呑んで、思わず顔をしかめた。


「…どうやら、聞いていなかったようだな。ゴダールは30年前にルシスとの前線で、名を上げた帝国の英雄だ…君の父君とやりあったこともあったかもしれない。これまであのちっぽけな集落を守ってこれたのも、その時の功績で貴族筋の支持をうまく取り付けていたからだ…でなければ、あそこまで傍若無人に振舞えないよ。なかなか、したたかな男だ。それでも、信用できると言うかね? 都合の悪い過去には目を瞑るか…君の言う信用なんて、ご都合主義のお友達ごっこだな」


ノクトは、ぎりぎりと歯を食いしばり、トルドーを睨みつける。プロンプトは不安げに、ノクトの顔色を伺っていた。


トルドーは、眉間にちょっと手を当てて考えるしぐさをしてから、おもむろに立ち上がって、傍にいたものに何か指図するように手を振った。


「君らには…もう少し、現実に目を向けてもらう必要がありそうだな」


その時、奥の暗がりから、縛り上げられた男がひとり連れてこられるのが見えた。明かりの下まで連れてこられたその男の顔は…まったくの無表情で別人かと思われたが間違いなく…見覚えのある者…


「ヨール…」


ノクトは驚いてその顔を覗きこむ。


「知っている顔だろ。 今回炙りだしたスパイの一人だよ…あの昼間に、集落をひそかに抜けて君らの後を追跡していた。ボンガロからの避難者はもっと注意すべきだったな」


「まさか…」


「家族がいるのに…か? …女、こどもはいい目くらましだ。君の誠実さは、難民の信頼を勝ち得たかね? そんなもの、私からしてみれば、平和ボケしたお人よしの妄想だね。その...いたいけなワグ青年が、難民から警備隊のサブリーダに抜擢されたように…お人よしの君に取り入るのは実に簡単だ」


そんな…チパシのみんなは… トルドーの皮肉に、プロンプトが辛そうな顔をして目を伏せる。しかし、ノクトはまだ、怯まない目でトルドーを見ていた。


「…この男をどうするつもりだ」


「危険だ。生かしてはおけない…だが、君らも目の前で処刑されては、後味が悪いだろう。明朝、君らが去ってからにしよう」


プロンプトが息を呑んだ。ノクトも目を閉じた…そして


「わかった。要求を呑んでもいい」


と、突然切りだした。プロンプトは驚いてノクトを見る。


「揚陸艇で要員を運び…オレとプロンプトがゴルゴトス奪還に協力する。ハルマは、オレが説得しよう。だが、条件がある。一つ…チパシに送り込んだすべてのスパイを明らかにしろ。その罪を責めるつもりはない…お互い疑心暗鬼になるより話が早い。警備隊で協力してくれるならこちらも助かる」


と言って、ちらっと、ワグの方を見る。ふーん…とトルドーは唸った。


「で、他の条件は?」


「その男はチパシで預かる」


その場にいた数名が思わず、驚きの声を漏らしていた。ヨール本人は、訝しがるようにノクトの方を一瞬見たが、すぐに目をそらして下を向いた。トルドーは難しい顔をして目を瞑る。


「…バカなことを言うな。それはやめておけ。この男は、よほどの手練だ。君達が捕捉しておけるわけがない。すぐに取り逃がすぞ」


「この条件を譲る気はない」


「正気か?」


ノクトとトルドーは、長いことにらみ合ったまま黙った。あたりにまた、緊迫した空気が流れた。プロンプトは、ただ大人しく目を瞑って、じっとしていた。ノクトにすべてを預けている、という様子で。


「ならば…こうしよう。今回の作戦が終わるまで、処刑は延期する。我々にもリスクがあるがな…しかし、この男の処遇は、ボンガロの奪還が済んでから改めて交渉しよう」


「ダメだ」


ノクトは即答した。


「明日連れて帰る。それ以外の条件は飲めない」


「…この状況下で交渉を決裂させて、無事に帰れるとでも?」


トルドーは呆れたように言った。ノクトは、それ以上何も言わずに、ただ、トルドーを睨みつける。一歩も引く気がない…その意思を示す。


トルドーが、根負けしたように、ため息をついてみせた。


「やれやれ…どう思う?この男、折れそうにないか?」


誰にとでもなく、つぶやく。


「そうですね…まあ、ノクトさんは折れないでしょう」


穏やかにそう答えたのは、ヨール本人だった。


え?! とプロンプトは驚いて顔を上げたが、ちっ…ノクトは照れ隠しに舌打ちをして、はずかしそうに両手で顔を追う。くすくす…と後ろの方で誰かが笑いを漏らすのが聞こえた。


「このヤロウッ…ほんとにむかつくな!!」


「すみません…」


ヨールは申し訳なさそうに笑いながら、さほど強く縛られていなかったようで、自分でロープをほどいてみせて、立ち上がった。トルドーは、ヨールの肩に手を置いて


「お前の作戦が悪いんだ…まったく小細工がすべて無駄になった」


と疲れたように呟いた。


「ちょっとまて…しかし、他に捕らえたやつがいただろう」


ノクトは慌てて、聞く。


「察しがいいな…二人ほどあぶりだせた」


「そいつらをどうしたんだ?」


トルドーは首を振って答えなかった。


「殺したのか…?」


「やれやれ…やはり交渉は決裂か…」


トルドーは、諦めた、というように両手を投げ出してみせる。


「おかげさまで、こちらはカードを使い切ったよ。最初に言ったように、君らを殺しても何にも得がない…明日の朝、解放してやろう。しかし、協力が得られないのであれば、こちらも、ユスパウを巻き添えにしないとは言い切れない…脅迫ではないさ。それが事実だ。万が一、考えを変えたなら早めに言ってくれ。作戦の決行は二日後だ」


トルドーは、それだけ言い渡すとノクトとプロンプトを置いて、広間を去った。


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