Chapter 22.6 -ヴァーサタイルの影-

村長代理! 村長代理!


どこか遠くの方で、誰かが必死に呼びかけている。うるさいな…ノクトは、寝返りを打った。オレはまだ、眠ってるんだ…夢の中まで、勘弁してくれよ… ノクトはしかめっつらをしながら、このうっとうしい夢を振り払おうとする。


第一、外国人のオレがなんで、村長代理なんだよ? 評議員も寄り合いも、誰か突っ込めよ… ノクトはぐちぐちと独り言を漏らす。


応答願います! ノクティス陛下!


声はしかし、どこまでも追いかけてくる。


わかった、わかったって…


場面が切り替わって、ワグの駆けて行く背中が見える。必死にその背中を追いかける。わあああ、という大勢の声…乱闘する若い男たち…支給された制服の胸元が掴み合いで、解れてしまっている…羽交い絞めにされて、大声を出して…


チクショー!


警備隊に赤子同然に軽く押さえ込まれ、威勢がいいのは口だけだ。それでも、まだ懲りずに暴れようとする者がいる。


くそガキどもが!! ノクトは、暴れる一人を後ろ手に締め上げながら、殴ってやりたいと思う…


「ノクト」


静かな声がした。うなされつつ、はっ と目を開ける。ベッドの傍に人の気配があったので、顔を上げた。


「うわっ…」


すぐ傍に、でかい男の姿があったので、驚いて声をあげてしまった…が、ベッドサイドに腰掛けて、笑っているのはハルマだった。


「んだよ…ハルマか…」


ノクトは起こしかけた体を、また、ぐったりとベッドに預けた。


「仮眠中に悪いな...昨晩は、”愚連隊”の乱闘で眠れなかったようだな?」


ハルマは、くすくすと笑った。ノクトは、苦々しい顔を毛布の中に押し込んで隠して、


「…帰ったのか」


と、声を絞り出した。まだ、頭痛がする。任務開始二日目にして、内地で巡回中の分隊が乱闘を起こしたって無線が入り、深夜に起こされて… 全員、本部に連行して、しばらく拘束して頭を冷やさせて…一応聴取をして… こっちも人手がないもんで、昼ごろには解放したのだが…


まだ、外は明るいな…毛布の隙間から窓の方をちらっとみる。数時間は眠ったか…


「つい、さっきさ。本部に行っても、ゴダールも誰もいねぇし、悪いが押しかけさせてもらった。しっかし、ゴダールも思い切るねぇ…ブディから聞かされたときは驚いたよ」


災難だったなぁ…とハルマは、他人事のようにつぶやく。


「…っほんと、ふざけんな、あのオヤジ…!!」


ノクトは、相手がハルマだから…と遠慮なく、舌打ちしてみせる。ハルマは同情するように笑って返しながら、


「ゴダールは、つぎに狙われるのは、あそこの工場だと思ってるらしいな」


と、付け加えた。え… とノクトは顔を上げた。


「なんだ、そんな話聞いてねぇぞ」


「俺もブディから軽く聞いただけだ…やつは、まだファグナに残ってもらってる。ブディ自身もさして詳しく聞いたわけじゃないらしい。かいつまんだ話から推測すると、だ。工場に急いで拠点をつくり…その周辺を居住地域にする」


「はあ? そんな分散して…どうやって守りを固めるんだ?」


「俺もそこまではわからんよ。ちょっと無謀な気もするが…領主を差し置いて勝手に計画されるのも困る」


と、ハルマは笑った。


「まあ、数日したら一度戻るだろ。それまで、できたら俺もこっちに留まりたいが…」


うううん、としんどそうに、ハルマは肩を回した。


「さすがにきつそうだな」


ノクトも同情するように言った。


「…ああ、きつい! まだ、お前の歳だったらって思うよ!」


「そこまで違わねぇだろ」


「違うんだよ! 30から後ってのは…年々違って来るんだよ! お前も覚悟しておけ」


・・・


ノクトはようやく、ベッドの上に体を起こした。


「着替えるから、居間で待ってろ」


「わかった…しかし、その傷すごいな?」


ハルマは、露になったノクトの上半身を見て、無遠慮に傷を指差した。


「まあな…これで、一回死んでる」


ノクトがさらっと言ったので、ハルマは、はん? とよくわからない顔をしながら、寝室を出て行った。


ノクトは、ベッドサイドに脱ぎ捨ててあった自分の服を拾い上げると、さっと着込む。この暑い時間帯に仮眠していたので、酷い汗だ…シャワー浴びてくるか。のろのろと、廊下に出てシャワールームに向かった。いまだに水しか出ないが、水が出るだけでも幸せってものだ…さっと浴びるだけ浴びて、ようやくさっぱりする。それから台所に向かって、手馴れた様子でやかんを火にかけると、二つのマグカップにコーヒーを入れて、居間に向かう。


「気が利くな…」


ハルマは驚いた様子で、ノクトを出迎えた。


「オレが飲みたかっただけだ」


ノクトは、無愛想に二つのカップをテーブルにおいて、自分も椅子にどかっとすわり、はああ、と疲れ切ったため息を漏らして、それからコーヒーを啜る。


「で、ファグナは落ち着いたのか」


ハルマも大きなため息で答えて、力なく首を振る。


「この数日で衝突が10回はあったぞ…昨晩のが酷くてな。初日に小競り合いがあったろ? 領主派と反領主派…あの連中がまた派手におっぱじめてな…で、しょうがないんでついに、軍も首謀者を拘束した。今日は、それでわりと静かになってる」


「あの大尉には、手があまるみたいだな。やつの部下も軒並み若造ばっかじゃないか」


「ああ…エディもブディも正直なところ、同じ意見だったよ。だが、俺としては静観するより仕方ないと思っていたんだが…」


ハルマは、しんどそうに、頬杖をつく。


「ザイールがいよいよ音を上げてな。自治区として、正式に代理統治を要請したいと言ってきた」


ノクトは、驚きもせずにコーヒーをまた一口啜って


「順当だろ?」


ハルマは、疲れ切った顔で目を閉じた。


「簡単に言うな…こっちだって、暫定統治なんだぜ」


「オレが村長の代理をやらされるよりは、遥かに筋が通ってるわ」


ははは、 と、ハルマは苦笑した。


「引き受けるんだろ?」


「ああ…」


ハルマは体を起こして、しんどそうに笑って見せながら


「まあ、仕方がない。しかしそのために、まずは、ガラールへ調査へ出ることにした。ザイールがそのために揚陸艇1籍を提供するっていうんで…」


「ガラール? 領都だったか?」


「そうだ…避難してきた者の話だと、生存者が残っている可能性は非常に少ないだろうな。オジキの遺体が見付かれば御の字だが…まあ、難しいだろう。数日調査をして、一族の生存者が見付からなければ、それで、正式な統治権を宣言するしかない。それはそれとして…妙な噂を聞いてきた」


「噂?」


ハルマは、そこで、一息入れるためにコーヒーを啜った。なんだか、まだ、重い話が残っているような様子だ。実際、ハルマの顔はますます険しくなった。


「ノクト…お前、ヴァーサタイルという名前を覚えているか?」


「覚えているも何も…」


ノクトは、顔をしかめる。


「そう、あの悪名高き科学者さ。… そいつが、つい一月前まで、ファグナ卿のところにいたと言うんだ」


ノクトは、驚いて思わず、身を乗り出す。


「いや、ちょっとまて…やつは死んでいるはずだ」


「俺もそう思ってたんだが…」


ノクトは激しく首を振って


「違うんだ…やつの死は、プロンプトが確認している。プロンプトとアラネアが、やつを倒した」


え? ハルマは驚いてノクトを見る。


「そうなのか…」


「ああ。あとでプロンプトに話を聞いてみるといい。間違いない…あいつは最後にシガイ化して…そして死んだ」


ハルマは、うーんと唸って、しばし腕組をして考え込む。


「…すると、ヴァーサタイルを名乗る何者か、ということだな」


「だろうな…しかし、そいつがどうしたんだ?」


「そいつが、ここへ暗殺者を送った首謀者らしいんだ。ファグナに現れたのは数年前らしい。ちょうど疫病が流行った頃だな…凄腕の武装集団を率いて突然現れた。あのニムスという男はその中の一人だ。はじめはファグナ卿も警戒したらしいんだが、その男はうまく取り入って、そして、これまでファグナ卿の側近として働いていた。チパシが生き残っていることも、そいつらの調べで早くから把握していたみたいだ。だが…2週間前に、ヴァーサタイルとその武装集団は忽然と姿を消した」


ノクトの表情も険しくなった。


「どこへ…」


「ザイールが言うには、帝都じゃないかと」


「帝都?」


「その男…ファグナ卿に、盛んに帝都への調査を申し出ていたらしいんだ。その理由については、ファグナ卿とその男の間だけで話し合われており、極秘にされていた…結局、ファグナ卿も決断ができなかったようだが」


「帝都に…何があるんだ?」


「さあな」


ハルマは、首を振った。


「あるいは、そいつがヴァーサタイルなら、怪しげな研究材料でも残っているんじゃないかと思ったが」


「ヴァーサタイルを名乗るくらいだ…研究所の関係者って可能性は高いある。しかし、研究所は帝都から離れた場所にあったよな?それも…アラネア隊が壊滅させたって聞いたが…」


「だが、帝国軍の総本部も帝都だ。あそにこ何かやばいものがある…としても、不思議はない」


「ジグナダス要塞には、オレも入った…」


ノクトは、しばし、黙って考え込む。ジグナダス要塞で、プロンプトを探して彷徨った記憶…クリスタルの奪還が目的だったから、要塞を隅々まで見て回ったわけではない。


「ちょうど10年前の話だ。要塞の内部はシガイだらけで、生存者もいなかった…残っているのがシガイだけなら、消滅しているはずだ…」


二人は重く沈黙する。


「考えても仕方ないな」


ハルマは沈黙を破り、そして笑った。


「想像だけ膨らませれば、悪い予感ばっかりだ。いずれは、帝都に調査に行かなければならんだろうが…今は、憶測を出ない」


「…そうだな」


ノクトの顔は笑っていなかった。ハルマは、難しい顔して黙るノクトを、しばらく見ていた。


「行く気なのか…以前も、帝都に行くって言ってたよな?」


「ちょっと…考えてる」


「オルティシエにも行く約束があるんだろ」


ちっ… と、ノクトはめんどくさそうに、舌打ちして、頭をかく。


「1年後くらいって言っておけばよかったな…」


「ばか言うな。アコルドとルシスの会談は…ニフルハイムにとっても命運が分かれる。お前にその意思があるなら、行ってもらいたいと思ってる」


「わかってる…」


と、ノクトは、俯いて頭を振りながら


「しかし…ヴァーサタイルの関係者が何か帝都でやらかそうっていうなら…それは、ルシスにも無関係じゃない。いや、この世界のどの国にとっても無関係ではいられないだろう…」


悪夢が再び蘇るのか… ノクトの胸には嫌な予感しかなかった。ヴァーサタイルを名乗るのが何者だろうと、もし…あの悪夢をもう一度呼び起こそうと言うなら、全力で阻止しなければならない。


ぽん、と、ハルマが肩を叩いて、ノクトは我に帰った。


「想像の域を出ないさ。今は、その辺にしとおけ」


ハルマは笑っていた。


「それより、今夜の内地の巡回警備をどうするか…それは解決したのか?」


ううう、とノクトはまた、頭痛を覚えて頭を抱える。


「…昨夜騒ぎを起こしたのは、分隊の一部さ。幸いリーダーは含まれてなかったし…ちょっと言って話をしてくるわ。これに懲りて大人しくなってくれることを祈る」


「ふふ。愚連隊のリーダーか。俺も顔を拝んでくるかな」


「それはかまわんけど…ハルマ、お前も休めよ。また、老け込むぞ」


うっせーよ、とハルマは、ノクトの頭をちょっと小突いて立ち上がった。


「さあ、さっさと済ませてしまおう。俺も、それが済んだら屋敷に戻って寝るからな」


ノクトも笑って、立ち上がった。


二人して連れ立って、とりあえず、マルタ家の屋敷を目指して歩いていると、すれ違う領民達が、領主様がお帰りになった、と安堵した笑顔で会釈を返した。中には、村長代理様、と声を駆けてくるものもあった。声を駆けられるたびに二人は苦笑して、顔を見合わせた。


マルタ家の屋敷の石門が見えてきた。ノクトは、何気なくふらっとその門をくぐった。しかし、なんだか慌しい気配を感じた。庭先に、使用人サンベェの姿が見えたので、ノクトは声を駆けた。


「おい。トラを探してんだが」


「ぼっちゃんなら、広間の方で会議をなさっておいでで…会議中は誰も入れるなって言われてるもんですから」


サンベェは、剥げかけた頭をかきながら、申し訳なさそうに言った。ノクトとハルマはちょっと顔を見合わせて、


「じゃあ、気がつかれないように覗かせてもらうぞ」


と言って、遠慮なく母屋へ入ろうとする。サンベェは、え?! と驚いた顔をしたが、二人が構わず母屋に入っていくので、呆然と見ているよりほかなかった。二人は、気配を消しつつ、母屋の玄関を入る…ノクトは広間の場所がわかっているので、そっと足音を忍ばせて廊下を進む。やがて、突き当りの引き戸の向こうから、トラの怒鳴り散らす声が聞こえてきた…


「お前ら!!!俺にこれ以上、恥をかかすんじゃねぇぞ!!!」


二人は目を合わせて、扉越しにじっと中の様子を伺った。


「ガキじゃねぇえんだから、制服着てる間は、手出しすんな!! あっちは、チンピラでこっちは警備隊だぞ!! やべぇことしてねぇなら、睨みつけてあとは放っておけ!!わかったか!!」


ういっす… 中々ら、子弟たちの声がする。


「今夜は俺もでるからなぁ!! 恥かかせた班、あとでボッコな!!」


ういっす…


ノクトとハルマは顔を見合わせて笑い、こっそりと廊下を戻ってそのまま玄関から外へ出た。


「期待以上じゃないか…」


ハルマは石門をくぐりながらつぶやく。


「まあ、お手並み拝見だな。また、夜中にたたき起こされるかもしれないが…」


ノクトは大きなあくびをしながら、気楽に答えた。


その夜、また呼び出されるんだろうな…とうんざりしつつ、サイドテーブルに無線機を置いて、ベッドに入った。昼間の仮眠のおかげで少し疲れが取れていたので、ノクトは久しぶりにルーナを抱き寄せた。ルーナは喜んでそれに応じたのだが、ノクトの方は、ルーナを愛撫しながら、時折、サイドテーブルの無線機の起動中を知らせる小さな赤ランプが目に入り、気になってしまう…


ううう、くそっ… とつぶやきながら、自分の脱ぎ捨てたTシャツを無線機の上に被せた。ルーナは、同情するようにノクトの頬を優しく撫で、そして、その背中に手を回して、ぎゅっと自分の身に引き寄せた。ノクトは、瞬く間に、興奮の中に引き戻って、熱い口付けを返した。慌しい毎日の中で、それでも愛し合わなければ、いつ愛し合えるというのだ…ノクトは、無線機が鳴り響かないことを祈りつつ…そして、いつの間にか無線機のことを忘れて、ルーナに夢中になっていく…。


その夜、ノクトの心配は他所に、無線に連絡は入らなかった。


無線が鳴ったのは、朝のことだ。

久しぶりにゆっくりとした気持ちで、二人で朝食を囲っていると、どこからか、ジジジジ…という電子音のようなものが鳴り響くのを聞いて、二人はしばし、不思議そうに顔を見合わせた。


何の音だ…?


スープを口に運びながら、ノクトが思案していると、ルーナははっとして、


「ノクティス、無線じゃありませんか?」


と慌てて立ち上がった。ノクトも、ああ…とうんざりした様子で、立ち上がり、二人して寝室へ入る。案の定、昨晩ノクトが脱ぎ捨てたTシャツを取り上げると、下で無線機が受信を知らせる青ランプを点している。


ー応答ください…ノクティス陛下


ノクトはすぐに無線機を取り上げて、答える。


ーノクトだ。気付かずに悪かったな。食事が終わったら本部へ行く予定だったが…


ー…よかった! こちら警備隊本部。 朝早くからすみません。できるだけ早く、本部までいらしていただけると助かります。ハルマ殿にも向かってきていただいています。


ノクトは、ため息をつく。


ーわかったよ…今度は何事だ?


ー来訪者です…無線ではちょっと…


と、言いよどんだので、ノクトは不審に思い


ーわかった。すぐに向かう


と答えて、すぐに無線を切った。


「お出かけですね」


ルーナは、すでに気を利かせて、ノクトの着替えを用意する。


「朝食も…持っていけそうなものを包みますから」


と言って、ルーナは慌しく台所へ向かう。あーあ、久しぶりのゆっくりした朝だったのに…ノクトは、がっかりしながら、しかし、一方で嫌な予感に急かされるように着替えをすませた。ハルマまで呼び出されていると言うことだ…愚連隊の騒ぎのレベルではないだろう。

まあ、昨日は呼び出しもなく、ゆっくり愛し合えたし…ノクトは慰めるように自分に言い聞かせて、最後にキスぐらいしたい、とルーナを追いかけて台所へ向かった。


本部に入ると、さっそく入り口でワグが出迎える。この若者も、連日、いつでも現場にいて、いつ休んでいるのだがわからないが、ハルマやノクトに比べると、いくばくも疲れているようには見えない。これが若さってやつなのかな…ノクトは羨むようにその元気な顔をマジマジと見る。


「ハルマ殿はすでにいらしています…裏手の別室の方へ」


と、二人は連れ立って本部の入り口からでて、つい先週に、付け焼刃で増設された建物裏の新しい部屋へ向かう。


別室は、機密性の高い重要会議ならびに、緊急時の取調べや拘束室の役割もかねていて、入り口には、警備に人を立たせていた。入り口の警備隊員に会釈して、二人は慌しく、内外から施錠可能な扉を開けて中に入った。


天井付近に幅の狭い通気用の窓だけの、壁に囲まれた部屋…しかし、重要会議の際になるべく圧迫感をなくそうと、広さには余裕があり、中にゴダール家から持ち込まれた調度品が配置されている。2重扉の中の戸を開けて入ると、ゴートナダから回収された照明に明かりが灯っていて、ハルマと向かい合わせに応接セットに座っていた人物が、立ち上がってノクトを出迎えた。


ハルマの迎えにいたのは二人だ…正規の帝国軍の軍服を着ている。久しぶりに見たな…と重いながら、ノクトは男達が差し出す手に、大人しく握手で答えた。


「ノクティス陛下ですね…私は、ブラントン少尉です。こっちは部下のニーチェ2等兵です」


「ああ…」


ノクトは戸惑った。ハルマはワグの方を向いて、


「悪いな、席をはずしてくれ。後はこっちで対応する」


と声を駆けると、ワグはすぐに頭を下げて部屋を下がった。2重扉の外側の扉がしまる音を確かめてから、ハルマは一行の方を向き


「まあ、座って話をしよう…ノクト、彼らはボンガロの、トルドー少将の使者だ」


と声を駆けた。


「トルドー少将…病死したとか聞いたよな」


ノクトがハルマの隣の、重厚なソファに腰掛けながらつぶやくと、ふふ、とブラントン少尉は笑って


「ぴんぴんしてますよ」


と答えた。


「手短に本題に入ろう…俺の帰還を知って、来た…ということだったな。先ほどの話しぶりからすると、ファグナでの一件も知っているようだったが…」


ハルマの口調は厳しく、その表情は、警戒を顕していた。


「ええ、そうです…失礼ながら、このチパシはひと月以上前から監視させていただいています。ファグナからスパイが送り込まれていたことも、把握しています」


「そして、あなた方もスパイを送り込んでいる…ということか?」


「否定はしません」


ブラントンは表情を変えずに、淡々と答える。


「信じていただけるのならば…ですが、我々にユスパウ領の支配権を主張する意思はありません。あくまでも…我々の保安上必要な措置として講じました」


「気にいらねぇな」


ノクトはむすっとして、腕を組み、ソファにふんぞり返る。


「こそこそと状況調査か…友好が結びたいんだったら、ストレートに接触してきたらどうなんだ?」


ブラントンは、ノクトの目をすっと見据えて


「言い訳はしません。しかし…ルシスの要人が滞在する上に、ファルナ領からもスパイが送り込まれているとなれば、我々も警戒せざるを得ませんでした」


ノクトは、ぐっ...と押し黙った。


「我々の警戒の対象はもとより…チパシの長ゴダール殿でも、ユスパウ殿でもありません。しかしながら、我々からすると…あなた方の領地運営の方法はいささか無防備かと。そのため、接触も慎重にならざるを得ませんでした」


「よく言う…そっちは、内紛で追い出されてきたんだろ」


ノクトがムッとして言い返す。ブラントンは苦笑した。


「失礼しました…おっしゃるとおり、我々は今は、レジスタンスの立場です。しかし…どうぞご理解ください。まだ、このチパシにもスパイが残存する可能性が高い…」


「ファグナ卿は死んだ…今度はどこのスパイだ?」


ハルマが眉間にしわを寄せて、問い詰めた。


「以前、送り込まれたスパイの首謀者をご存知で?」


ブラントンは、二人を試すように聞く。ノクトと、ハルマはちょっと顔を見合わせた。


「…ヴァーサタイルを名乗る男がファグナにいたとは聞いている」


ハルマは警戒しつつ、静かに言った。


「ご存知でしたか」


ブラントンはそう言いつつ...しかし、驚きもしないのは、およそ予想していたことなのだろう。


「それなら話が早い…我々の調べによると、ヴァーサタイルが率いる集団が、2週間ほど前にボンガロに入りました。謀反者との接触はその前からあったようです…おそらく、ゴルゴドス要塞の内紛を指南したのは彼らと踏んでいます。そして…その手の者は、まだこの地に残っている可能性が高い」


「もったいぶらずに教えたらどうだ?」


ハルマは、怖い顔をしてブラントンを睨んだ。ブラントンは、意味深に微笑んだ。


「もちろん…我々も協力したいと願っています、ユスパウ殿。確信はありませんが、ファグナ領にゆかりのあるもの…ヴァーサタイルの集団に属していた可能性のあるもの…数名の疑わしき人物を特定しています。少将の許可があれば、すぐにでもご提供できるかと」


ブラントンの年齢は、ノクトよりは若干若いように思われた。しかし、その顔は、軍事的、政治的な駆け引きを多くこなしてきた余裕に満ちており、誠実そうな顔にしたたかな笑みを浮かべて、二人の男を翻弄しようとしているように感じる。

ハルマとノクトは、少し部が悪いものを感じて、ただ…侮られまいと余裕の表情を作りながら、ちらっとお互いの顔を見やる。…さあ、どうする? ノクトは、だんだんとめんどくさくなりながら、ハルマに任せる、という意味で目を伏せる。ハルマは諦めたようにため息をついた。


「はっきりと言え」


ハルマはぶっきらぼうに言った。


「回りくどいのはお互い時間の無駄だからな。ご存知の通り、こっちも数週間前に付け焼刃で領主に納まった。政治的な取引も素人だ。ただ…俺もこいつも悪運が強くて、勘はいいつもりだ…騙すつもりなら覚悟するんだな」


ブラントンは、ふっ…と力が抜けたように息を漏らした。


「いえ…騙すつもりなど。わかりました。私としてもあなた方の真意を探る役目がありましたので…少々、回りくどいことを言いました。お詫びいたします。単刀直入に申しましょう…我々はユスパウ領と協定を結びたい。ボンガロ奪還に協力いただきたいのです」


そして、二人の反応を見るように、しばし沈黙する。ハルマは、難しい顔して唸った。


「ユスパウ領は…中立を守る。いかなる紛争にも肩入れすることはできない」


「貴方の立場はよく存じています。ファグナでも…うまく中立を貫いていらっしゃる。しかし、あえてご協力をお願いしたい…それだけの合理的な理由が、貴方々にもあります」


ブラントンは強気に食い下がった。


「合理的な理由…?」


「左様…これは交渉です。我々も、単に協力を得るだけでない…奪還はユスパウ領にとっても利益をもたらします。ご存知の通り、ボンガロはユスパウ領の隣接する地域…これが、ファグナ卿を狂わしたヴァーサタイルの一味に主導権を握られることの危険性はご理解いただけると思います。しかし…それだけではありません」


ブラントンはもったいぶるように黙った。


「なんだよ、早く言え」


ノクトはイライラして、口を出す。


ブラントンは、ちょっと頭を下げると


「申し訳ございません…これ以上、詳しくは…。誠に恐縮ですが、少将と直接お会いいただくことはできませんか。場所は…このチパシの外で」


ノクトとハルマは驚いて、顔を見合わせた。


「どういうつもりだ?」


ブラントンの顔から笑みが消えて、真剣な目で二人を見つめた。


「…ご不満も御最です。しかし、どうぞ、ご理解ください。チパシに残るスパイは、かなりの手練…ここに集い、そして内密な話をすることは、リスクが高い」


「こちらのリスクはどうなる? よくわからん連中に荒野まで着いていくというのか?」


話にならん、と、ハルマは首を振った。ブラントンとニーチェは、突然、ソファーから降りて跪いた。


「このニーチェが、お二人をご案内します。武器は所持していただいて結構…古くからのチパシの者であれば、警備に数人お付けになっても構いません。私は、人質としてここに残る…それではいかがでしょうか?」


ブラントンの顔から余裕がすっかり消え、その目は必死だった。自分でも無茶を言っているのがわかるのだろう。


「もちろん…お二人の命に比べれば、私の命では釣り合いが取れないことは承知です。ごらんください…信じていただけないかもしれませんが」


と、ブラントンは自分の薬指にはまった指輪を、力をこめてなんとか引き抜く…。長年指に収まっていた指輪は、ブラントンの指にあわせてゆがんでいた。薬指には、しっかりと日焼けの後が残っている。


「私には妻子もおります…今はボンガロに人質同然となっています。妻子にとってみれば…この私の命でも軽くはありません。生きて、家族を取り戻す使命があります」


大した演出だな… とノクトは半ば呆れ、半ば感心して、机に上に置かれた銀の指輪を見た。


「じゃあ…あれだな。オレがひとりで行くか」


ノクトは、気楽に言った。


「馬鹿いえ、それこそ、お前には関係のない話だぞ。そんなことはさせられない」


ハルマは怒ったように言う。


「この状況で…ユスパウがお前を失ったらどんなことになる? 冷静になれよ」


ノクトも負けじと、言い返す。


「それはこっちのセリフだ」


ハルマは怖い顔をしてノクトを見た。


「ハルマ、まあ聞けよ。お前が出向いたんじゃ、公にユスパウが協定を結ぶ以外にないだろ。オレが行けば…協定は内密に進められるんじゃないか?」


え… と、ノクト以外の3人が驚いた顔をした。


「どうも聞いてるとな…少将の狙いは、表立ってドンパチやろうって話じゃないな」


ブラントンが、一瞬、動揺しているのがわかった。


「こっちには対して武力もないし協力のしようがない…ボンガロの内紛が起きたときに、いきなりドンパチに巻き込まれるのはごめんだが…多分、策があるんだろ、少将に。ヴァーサタイルの一団が絡んでるんだったら、あいつらの次のターゲットはユスパウなのは間違いない…話が本当なら、協力するだけの価値はある」


ハルマが腕組みをして、じっと考え込みながら、


「そういうこいつらが、ヴァーサタイルの手先じゃないってどうして言えるんだ?」


「…さあな? 匂いかな?」


はあ? ハルマがいらっとして、睨みつけるので、ノクトは 冗談だって…と笑った。


「ニムスを思い出してさ。あいつ…自分の命が惜しくなかったら、多分、オレかハルマの命くらい確実にしとめられただろ。そのほうが、忠実な部下が生きて帰るより首謀者には喜ばれたさ。したたかで、狂信的な臭いがする連中だが…そんなに自己献身的じゃねぇてのがオレのイメージだ」


いささか根拠に欠ける…とは、ノクトも思った。しかし、この状況で確実に信用できる情報などあるだろうか…ヴァーサタイルを名乗る男の怪しい行動を思うと、リスクを取っても協力者と繋がりたい…ノクトの勘が訴えていた。


ハルマは難しい顔をして唸る…ノクトひとりを危険に晒すことは躊躇われた。しかし、この状況下で、二人が同時にチパシを離れるのは、ありえない選択だ。


「もとより…お前は俺の部下でもなんでもないし、指揮命令する権利は本来ない」


ハルマは、苦しそうにつぶやいた。


「…プロンプトと、誰か腕の立つ奴を連れて行けよ」


心配すんなよ。 ノクトは、今は親友とも呼べるハルマの右腕を、そっと叩いた。


























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