Chapter 22.5 -チパシ評議会-

「戻ってない?!」


素っ頓狂な声を上げたのは、プロンプトだ。今朝、ファグナから戻ったばかりのノクトは、ただぐったりした様子で、通信機の前に座っている。


どうでもいいな…


ーええ、3日目になります。タルコットさんと谷を出て、そのまま。てっきり、そちらに戻ったかと思いましたが…どうやら、タルコットさんについていったようですね。


あちゃー… プロンプトは頭を抱えてうずくまった。テヨは通話機の向こうで笑っていた。ノクトはめんどくさそうに


ー別にいいだろ。タルコットは、シャンアールかケルカノに行ってるはずだ


ーそうですね。キリクはもともと、アコルドのハンターですし…


「甘いよ、ノクト! あいつがただ大人しくついて行くわけないじゃん! 絶対なんか、やらかしてるって!」

「騒いだって仕方ねぇだろ。アラネア隊とも、もう連絡が取れねぇんだから」

ー広域通信ダメでしたか?

ーああ。今朝、帰ってくる時に上空から試したんだが、反応なし…

ーそうですか…。 では、ご面倒ですが、しばらくは、毎日この時間に定期連絡をお願いします。ゴダールまでチパシを離れて…ノクトさんには御負担をお掛けして、申し訳ありません。

ーああ。わかった…

通信を切って、ノクトはガックリと脱力する。今朝戻ってから通信に呼び出されるまで家で寝ていたのだが、まだ、疲れが抜けずに朦朧としている。昼寝からの目覚めは最悪だった…ルーナが留守だったので、騒がしくプロンプトに揺り動かされた。開口一番聞かされたのは、昼過ぎにゴダールが第三次遠征隊を引き連れて、ゴートナダに出発したという知らせだ。留守中、本部の方を頼むと言い残して…

ブディは?! と慌てて聞くと、つい今しがた揚陸艇でファグナに飛び立ったという。

くそっ… 完全に押し付けられたな

プロンプトは、通信の終えた機械をいじってメンテをしていた。

「こいつは、広域通信には使えないのか?」

「ダメだねぇ。型が古すぎて、今使われてる波長は拾えない仕様なんだよ。このちっこいアンテナの方向しか受信できないし」

ノクトはため息をついて

「とりあえず、帰るわ…まだ、疲れが抜けねぇ」

「うん、そうして。ファグナ、大変だったんでしょう? お疲れ様!」

プロンプトの労いは、しかし、実際にあの惨状の真っ只中にいたノクトにとっては、あまりにも軽く感じた。ノクトはため息をついて、ふらふらと立ち上がった。まだ、日があるが…このまま明日まで眠ってしまいたい気分だ。しかも、明日から本部に詰めて、ハルマやゴダールの代わりに評議員の連中と面倒ごとの調整をさせられるとは…考えただけで頭が痛い。

どういう名目で、オレが評議会で働くんだ?

ノクトは腑に落ちない様子で、家の玄関をくぐった。

「ノクティス!」

居間に入ると、ルーナが心配そうな顔をしてノクトを待ち受けていた。

「お出かけだったんですか…てっきり今日は休まれると思っていたのに」

ルーナは、心配と不満とを表情に滲ませて、ノクトの頬に手を触れた。

「プロンプトに叩き起こされて…谷との連絡をな。キリクがあれ以来戻ってないらしい。まあ、心配することはないと思うが」

まあ とルーナは驚いて、目を大きく見開いた。

「プロンプトさんは、なんと?」

「なんかやらかしてるに違いないって騒いでたな。ガキじゃねぇんだし、放っておけばいいだろ」

ルーナは、しばし困ったような顔で考えていたが、すぐに気を取り直して、ふっと笑った。

「…そうですね。心配はないと思います」

親友としては何か思うところがあるのだろう…キリクが女だとわかった今でも、ルーナとキリクの2人の間にしか理解されない何かがあるような気がして、ノクトは気になってしまう。

「すぐに夕食を準備しますね。ノクティスは、横になって休んでいて」

ルーナは優しくその手を取って、夫を寝室まで誘導した。いつもなら、そのままベッドに押し倒してしまいたいところだが、少しの間ギュッと抱きしめてキスを貰うと、もう、眠りの中に落ちていった。


「村長代理!」

翌朝、本部につくなり、そう呼びかけられて、ノクトはギョッとした。

あのやろう…

ノクトの脳裏に、ニヤニヤと笑うゴダールの顔が浮かんだ。

「お疲れのところ申し訳ありません。評議員は集まっておりますので、すぐに会議室の方へ…」

声をかけて来たのは、警備隊の若きサブリーダーのワグだ。警備隊も、幹部の連中があちこち駆り出されて、残された若者にお鉢が回っているのだろう。日焼けた顔に申し訳ない表情を浮かべながら、ノクトを会議室に誘導する。ノクトがしぶしぶと会議室へ入ると、顔は見たことがあるものの、名前の一致しない評議員の面々が待ち受けていた。


オレにどうしろと… ノクトは冷や汗をかく。


見ると、評議員は、ほぼシルバー世代な面々で、身なりも普段着なものだから、評議会というよりは老人会とでも言った方がしっくりくる。ノクトが上座に誘導されて座ると、隣に座っていた議長らしき年配の男が、軽く会釈をしながら、口を開いた。

「それでは…ノクティス陛下もいらっしゃいましたので、始めさせていただきます。陛下、議長のノーマンでございます…どうぞよろしく。ええ、皆様ご存知の通り、第三次遠征隊の調査期間は10日。村長殿は不定期にて戻るとのことですが、その間、男爵もファグナとの行き来で頻繁にご不在になりますため、緊急対応といたしまして、陛下がチパシ評議会に村長代理としてご参画いただくとこになりました。陛下には、ご尽力を賜わり、誠に感謝いたします」

評議員の面々は、いかにも安堵した様子で、深々とノクトに頭を下げた。

マジかよ… 

ノクトは、益々、ゴダールへの恨みを連ねながら、引きつった笑顔を返した。

「すでにファグナの昨日までの状況は、回覧したレポートによりご報告済みと思いますので、本日の議題からは割愛させていただきます。さて、まず、本日の議題の一つ目は、キャンプの調理班からの発議でございます…ええ」

ノーマンは書類を持ち上げて、老眼鏡をかけ、目を細める。やや、顔をしかめながら

「…ファグナへの支援活動としてメンバーの派遣をしたいとの申し立てでございます。目的は主に、住居を失った領民への炊き出し、身の回りの世話」

ノクトは初っ端から、頭をガックリと垂れた。まさか、ルーナからは何も聞いていない、と思いながら、

「却下だ。当面、治安が不安定だ。民間人による支援は難しい。衝突に巻き込まれるぞ」

ノクトが即断すると、ごほん! ノーマンは勿体ぶって咳払いをした。

「…村長代理殿。一応、ご判断の前に、評議員の意見を聞く手順となっています。そのあと評決…そして、評決で僅差の場合は、村長権限にてご決定いただく決まりです」

「そ、そうか…そりゃ、わるかったな」

ノクトは口ごもりながら、内心、知るかよ!と悪態をついた。

「では、評議員より意見のあるもの」

「陛下のご意見に賛同します」

ワグが即答すると、他の面々も、私も、私も、とすぐに続いた。ワグの目は同情するように、ノクトに、笑いかけていた。

「では、全会一致で本件は却下。続きまして、警備隊の人手不足について…警備隊補佐官のワグ殿より、ご発議を」

ワグが、頷いて立ち上がり、前方のホワイトボートに紙を張り出した。

「警備隊の再編成の件です。遠征隊と、ファグナへの派遣でチパシに残る警備隊員は、全体の60%、18名となっています。昨日のゴダール殿のご提案に従い、内地への警備は寄り合いの方へ協力を要請しまして、警備隊の方はキャンプの詰め所ならびに外周への警戒に集中しました」


A班、B班、C班…と張り出された紙をみて、ノクトは、あれ、と思う。


「オレの名前が抜けてるぞ…」


「陛下には、村長代理として御注力いただくために、警備隊の任務からは除外させていただきました」


「それは…助かるが」


外堀を固められたな…とノクトは、苦い顔をする。


「それでは、この再編成について何か意見のある方」


議長はノクトの反応など、気にならない様子で、淡々と議事を進行する。


「ああ…それなんですけどね」


と、言いにくそうに口を挟んだのは、ノクトのちょうど向かいに座っていた男で、警備隊のワグをのぞき、ほとんど高齢者の評議員にあっては、割と若い方と言えた。


「昨日、ゴダールさんに言われて、寄り合いの理事会にかけあってみたんだけど…その…あんまりいい回答が得られなくて」


はあ? 男の隣に座っていたおばさんが、いまさら何言ってんの、というように凄い形相で男を見た。男は小さくなって、おどおどしながら


「そんな言われても…寄り合いも若手に声はかけてくれたんだけど、ゴダールさんに言いつけられて、農地の方で忙しい人が多いもので、手を上げてくれるものがないって…それで…」


「それでどうするんだ?」


ノクトはいらっとして聞いた。


「その…しばらく外の人の内地への出入りを制限したらどうかって…」


男はすっかり目を伏せて、俯きがちになって、ぼそぼそとその語尾はほとんど聞き取れなかった。


「内地に難民の移住が始まっている以上、出入りの制限なんてできないだろう。寄り合いの元締めは誰なんだ?」


「寄り合いの理事長は、本通り突き当りの家の、マルタさんです」


議長は淡々と告げる。


「そいつは頑固オヤジか?」


ノクトの質問に、評議員の数名はくすくすと笑いを漏らした。


「まあ、マルタさんのところも、ゴダールさんに次ぐ古くからの家ですからね。農地と牧場の大地主の連中をまとめている寄り合いなんです。ここ最近は、土地の権利関係でも、ゴダール村長に随分反感を持っておられまして」


と、議長は顔色も変えずに淡々と答えた。


「ちなみに、その寄り合いのメンバーが評議員の中にもおります。みなさん、挙手を」


議長に促されて、10名ほどいた評議員のうち4名が手を上げた。その中には、先立って発言をして、今はすっかり小さく縮こまっていた男も、含まれていた。


「マルタ家とゴダール家は、昔からソリが悪いんですよ。ゴダールも旧家ですけど、ほら、どんどん他所の人を呼び込んだりしていたから、マルタさんは気に入らなくて」


うふふふふ、と、寄り合いのメンバーひとりの妙齢の女性が、ゴシップを楽しむように説明する。


「難民引き受けにあたっては…領主様とゴダールさんとで、かなり強引に土地を接収しましたでしょ。といっても、この10年放置されていた土地ですけど…」


「ゴダール家がなかったら、このチパシは生き残ってない。彼らは命がけで守ったんだ。土地の提供くらい、当然だろう!」


手を上げていなかったので寄り合いの所属ではないのだろう…これまた気難しそうな男が、突然、怒ったように声を上げた。それで、一同はシーンとしたが、寄り合いのメンバー達は、むっとした表情を見せた。


「それは…一番危険な仕事をゴダールさんが引き受けてくださったのは、本当に感謝してますけど…でも、寄り合いだって、この10年、随分と、持っている資産を無償提供してきたんですよ。多くの農地も解放しましたし。だから村民が飢えずにすんだんじゃありませんか!」


ゴシップの女性は、きっと、した表情で強く言い返した。いきり立った二人はにらみ合っていたが、それ以外のメンバーからは、またはじまった…というような、しらけた空気が漂っていた。


「寄り合いが自警団を出せないっていうなら、ほうっておけばいいだろ。内地なんて、キャンプや外周に比べれば治安もいいし、巡回警備なんていらねぇかもな」


ノクトも、ぶっきらぼうに言い放った。しかし、寄り合いとして手を上げたメンバーは、見る見る顔を青くした。


「いや、さすがにそれは…他所者も移り住んでしますし…それに、内地といっても、塀に近い地域が心配で…」


「警備隊に人がいない。ないものはない。それともなんだ、24時間寝ずに番をしろとでもいうのか。それこそ、ぶっ倒れるまで」


そ、そういうわけでは… 寄り合いの面々は顔を見合わせ、口ごもった。


「し、しかし…ファグナは領外ですし、首を突っ込むのもどうかと思うんですよ。内紛に巻き込まれる前に、早く引き上げてきていただいたほうが…ね? チパシの警備隊は帝国の軍隊ではないんだから」


それまで黙っていた寄り合いの男が言うと、何人かが追随して頷いていた。ノクトは大きくため息をついた。


「領外だが、内紛が激しくなったら、すぐにニフルハイム全土に飛び火するだろうな。一度、襲撃されてるだろ。ここだけ守っていれば安全だと、本気でそう思うのか?」


一同は黙ったが、寄り合いの連中は…納得のいかない顔をしている。ノクトは頭痛を感じながら、


「とにかく…ファグナの対応は領主が決めたことだ。オレの権限ではどうすることもできない。不満があるなら、ハルマが戻ったときに言ってくれ。それまで、当面はこの体制でなんとかするしかない。お前らでなんとか考えて…」


と言いかけた。


「ま、まってくださいよ...」


と慌てて、寄り合いに話をしてきたと言う気の弱そうな男が、すがりつくように割って入った。


「…僕らでは、とても、マルタさんを説得できません! あの…村長代理からぜひ、お話いただけませんか」


評議員たちは、一気に沸き立って、そうだ、それがいいと口を揃えた…ノクトは、呆れてものも言えずに、議長の それでは満場一致で…という声を聞いていた。


マルタ家は、なるほど、ゴダール家に次ぐ旧家と言われるだけあって、本通りの突き当たり、緩やかに坂を下った先にある屋敷は、生け垣がぐるりと囲ったところに、母屋と、いくつかの離れが建つ立派なものだった。ゴダール家が、代々引き継いでいる重厚な古い建物なら、こちらは、割と新しくて近代的な造りが多い。


「それも、ちょうどねぇ、10数年前なんですよ、母屋を立て替えたのは。ほら、ゴードナダでご商売もされていたでしょう…儲けが上がるたびに故郷に錦を飾るっていうか、やたらと新しい建物が好きでね。だから、さすがに無償提供はできないと、がんと突っぱねて。あの建物のうち、使われてるのは一部みたいなんですよ。困ってる方に貸してもバチは当たらないのにね…」

案内を引き受けたご婦人は、自分も寄り合いの一員だということを忘れているかのように、マルタ家のゴシップを披露する。あんたはどれだけのものを提供しているのかと、聞きたくもなったが、敵に回すのも怖いので黙っておいた。

「あの時がピークだったのよ。いよいよゴードナダの一等地に別邸も作るかって噂もあったくらい。それが世の中こんなになっちゃったでしょ? そらもう、落胆しちゃって。一番の絶頂期がくるはずで、ゴードナダにいくらでも豪邸を建てたはずだって言うのよ。はやくそうしてたらよかったのよ。そうしてたら、今頃無事ではなかったでしょうよ」

うふふふふふ。

平然と怖いことを言うな…ノクトはゴクリと唾を飲み込んだ。

なるべく関わりを持ちたくないオバさんだ。恨まれたらめんどくさいし、妙に親しみを持たれても困る。特に、ルーナには近づけたくない…ノクトは、安穏にこの場を切り抜ける方法を思案しながら、婦人に続いてマルタ家の石造りの門をくぐった。

「ああ、陛下はこちらでお待ちになってくださいね。まずは、わたくしが行って、話を聞くようにいいますから…」

婦人は、散々悪口を言っていたのも忘れているように、さも親しげに母屋の玄関に入っていく。

マルタさーん、マルタさん! ちょっと!

大きな声が、門の方まで聞こえてきた。誰かの声が応えたようだが、そのまま上り込んだのか、会話はすぐに聞こえなくなった。

このまま帰りてぇな… 

ノクトは、ぐったりと疲れを覚えながら、お寺のようなその立派な石門の裏手に寄りかかって、日差しを防いだ。空気が乾燥しているので、日陰に入れば割と過ごしやすかった。ふっと、ため息をついて、母屋の方を眺める。しん…として、まるでノクトの訪問など忘れられているようだ。

「なんだい、あんた」

手前にあった離れの、小さな建物の裏から、麦わら帽子と前掛け姿をした老人が、ひょっこりと姿を現した。手には箒を持っており、いかにも、庭の手入れの最中という様子だ。

使用人かな…と思いながら、ノクトは気楽な感じで

「勝手に入って悪いな。ここの主人に話しがあるんだ。村長の代理で、きた」

と、答えた。

「今、評議員の…ええと、バーナー夫人だったか…が、母屋の方に掛け合ってるところなんだが」

「ああ、バルナのカミさんか。あんた、そんなところで待ってても、無駄だよ…今頃、家に上がり込んで、うちの長男の嫁と茶の間でくっちゃべってるよ」

嫁… と聞いて、この老人がどうにも、その主人らしい、と気がついた。頑固者らしいシワのよったおでこが目立ったが、話ぶりがいたって穏やかなので、拍子抜けした。てっきり、クヌギみたいな、いかにも取っつきにくい男を想像していた。

「ほら…こっちにあがんなさい」

老人は、離れの裏手にノクトを導いた。向こう側に、生垣を望むように縁側があり、縁側に面した引き戸は開かれていた。老人は、縁側から、草履を脱いで中に上がり、すっと、奥へ消える。ノクトは遠慮がちに縁側に腰を下ろして老人を待った。

縁側に面したこの部屋は、ひろびろとした書斎にみえた。 部屋の奥に大きくて仕事のしやすそうな勉強机と、本棚が見えたが、しかし、本棚にも入っている本はいくつもなく、机の上も、何もない。部屋全体が、なんだかがらん、としていて、使っている形跡がない。ただ、縁側には、使い古した座布団と、お菓子の入った木皿が置いてあり、主人が庭仕事の合間に使用しているように見える。

マルタの主人は、奥からお盆を持って現れた。湯呑みが二つ載っている。無愛想だが、別に不機嫌というわけでもなく、淡々とノクトに茶を渡した。

「熱い茶で悪いけどね」

わざわざ淹れてくれたのか、と、ノクトは驚き

「いや、ありがとな」

と、礼儀に答えるために、茶をすする。老人も同じように茶を啜ってから

「で、なんだい。ゴダールがいよいよ、ここを貸せって言ってんのかい? こっちも、空けとくより使ってもらった方が、手入れもせんですむし助かるけどね」

と言うので、本題とは違うのだが、ノクトは思わず

「使ってもいいのか? 難民の住居に?」

と、上ずった声で聞いた。

「まあ、この通り小さいし、風呂は母屋にしかないんだけどね。それでよけりゃ、構わんよ」

「そうか…そりゃ、助かるわ。あんたはてっきり嫌がるかと…」

はあ と、老人はため息をついて、

「まあ、もとは、孫のために建てたもんだからさ。夜ばかりなっちまってしばらくは、戻るかもと待ってたんだけど、3年くらいして、もういいから好きに使えってゴダールには言ったんだよ。そしたら、もう少し待ってみたらどうだ? なんて言うから、それっきりになっててよ」

老人は汗を垂らしながら、また、熱い茶を啜った。

「お孫さん…帰ってこなかったのか」

ノクトは改めて、このがらんとした部屋を見渡した。

「ああ…帝都のよぉ、かなり有名な大学に行っててな。合格したときゃ、うちだけでなくて村中浮かれたわな。控えめで真面目なやつで、それはコツコツ勉強ばかりしてたんだが、それがあっちに言った途端、すっかり偉そうになっちまってさ。学問に集中できるような離れがなきゃ、しばらく帰省もしないって言うんで…それで、思い切って建ててやったんだが…」

「そりゃ、贅沢だな…」

「だろ? 俺には学がないからわからんが、大学たぁ、そんな偉いもんかね。実際、頭にも来たんだけどよ。ちょうど甥っ子の夫婦がゴードナダで土建屋始めてよぉ、金を貸したけど金では返せない。代わりに家を立て直してやるなんて、言うから、そのまま、トントンと話が決まってさ…まあ、無駄になっちまったねぇ…」

老人は、長いため息をついた。

「…死んだもんの悪口言っても仕方ねぇな」

「その甥も亡くなったのか?」

ふうう。老人の鼻から息が漏れる。

「どうだかね。村に戻らなかったてことは、そうなんだろ。孫や甥だけじゃねぇさ…長男もな、戻らんかったわ。あの長男の嫁はな、口が悪いし、バルナのカミさんとつるんでは、あることないこと振り撒いて迷惑だろうが…堪忍してやってくれよ。こどももおらんと、跡取りだったはずの夫に先立たれて、さぞかし、肩身が狭かろうて。うちの女房には、かなりいびられたしな…数年前に女房が死んだときは、せいせい、してたよ。うちの女房もあんまり、行いのいい女じゃあ、なかったからなぁ。お天道様を拝めずに死んだのも因果かもしれないねぇ…」

老人は、止めどなく回想しながら、この10年の親族の悲劇を淡々と語った。バルナ夫人や、他の評議員の語ったその姿とは、掛け離れて、ただ起きたことをそのまま耐え忍ぶ、苦労人のように思えた。


「他の村じゃぁ、村ごと全滅しているって話だろ。まあ、これだけ生き残っているだけでも、感謝せんといけんのだろねぇ。…不思議とねぇ、息子は諦められるんだが、あの孫がねぇ…俺もわかけりゃ、帝都まで探しに行きてぇけどな」


ノクトは慰める言葉が見つからず、黙って聞きながら、熱いお茶を啜った。


「ほれ、食うかい?」


老人が菓子の入った皿をよこす。


「ああ…悪いな」


ノクトは、とりあえず、小さな菓子をつまんで口に放り込むと、


「実は…今日は、内地の警備の話で来たんだ」


とようやく切り出した。

「警備?」

「昨日、評議員の、ええと…若めの男…気の弱そうな」

「ユウジのことかい?」

「ああ、たぶん、それだ。その男があんたんとこに、相談に来ただろ。警備隊の人手が足らないんで、内地の警備に寄り合いから人を出して欲しいんだが…」

ははあん、と、老人は納得がいったやように唸った。

「ユウジのやつが、いまいちハッキリしねぇから何だと思ったが、そういうことかい。昨日、やたらとモゴモゴ言うんだよ、内地に人手が余ってるかどうかって。そんなもん、ありゃしねえ。ゴダールの言いつけで、みんな朝から晩まで畑に出てるって言ってやったんだわ。そうかい、警備の話かい」


ノクトはすっかり安堵したが、


「じゃあ、協力してもらえるか?」


と、頼むと、んん… 老人は困ったように唸った。


「じゃあ、あれだな。今夜集めるわ。お前、19時にこれるな?」


「へ?」


よし、と、老人は一人合点すると早々と草履を履いて外へ出るので、ノクトも慌てて後に続いた。


おい! サンベェ! サンベェ!


老人は、その歳からは想像がつかないような、よく通る声を出して、人を呼んだ。この広い屋敷だ…どこにいるともわからない人を呼び出そうと思えばこうなるのだろう。しかし、その声は、しんと静まった敷地内によく響いて、間もなく、母屋からすぐそばの、離れの中から、いかにも使用人という感じの腰の低い男が出てきた。


「はい、ご主人…」


「サンベェ、寄り合いの家に声を駆けてな、19時にうち集まれって言ってこい。あのな、若い集な。息子をよこせって言って来い」


「わかりやした」


使用人は、ちょこんと頭を下げると、慌てて石の門を出て行った。


「これでいいだろ。あとはお前がなんとかせぇよ」


と老人は、急に背中を向けて、母屋の方へ帰って行った。


夜に来ればいいのか…ノクトは、判然としない様子でしばらく佇んでいたが、どうもバルナイ夫人も母屋から出てくる気配もないし、もうここにいても仕方がないと思って、石門をくぐった。


そしてその晩、早めの夕飯の後で、ルーナは面白いものでも見るように、にこにこしながらノクトを見送った。この、マルタ家というものを、ルーナもそこそこ認知しいるようだが…ノクトがことの経緯を説明しても、可笑しさを堪えるように微笑みながら、しかし、詳しいことは話そうとしなかった。


まあ、マルタさんとお話されたんですね


と言いながらのその笑顔。満足したような…

ノクトは、道すがら妻の言動を思い返しては、なんとなく嵌められた感がなくもない。今回の村長代理…まさかと思うが、ルーナも一枚噛んでいるんだろうか? ゴダールとルーナが申し合わせて…そこまで想像して、ノクトは首を振り、ばからしい、と自分で一蹴する。


まだ、賑やかな本通を進んだ。本通に、ちらほらと飲食店があるのに、はじめて気が付いた。時折、店の中から、酒を飲んで陽気になった客の声が聞こえる。10年前の闇が訪れた後、しばらくして、実質的に貨幣経済は廃れた、と聞いていたが…しかし、表向き見えるその構えは明らかに’居酒屋’だ。ノクトは、興味津々と様子を伺いながら、寄り合いに遅れるといけないと思い、足早に通りを進んだ。


寄り合いかぁ… と、オルブビネでの寄り合いを思い出し、また、飲まされるだろうかと思いながら、昼間に訪れたばかりのマルタ家の石門をくぐる。時間は19時少し前だったが、明らかに大勢の人の気配がして、がやがやという声が母屋の方から聞こえてきた。ノクトは、完全なアウェイだな…と重い足取りで母屋の玄関に近づく。すぐに、昼間に見た、下男のサンベェがノクトに気が付いて、ダンナァ、こっちですわぁ、と母屋の奥のほうへとノクトを誘導して行った。母屋の奥には、30畳ほどの大きな広間があり、老若男の面々が、畳の上に適当にくつろぎながら、主の登場を待っていた。


「じゃあ、ダンナ、あとは頼みます」


サンベェは、広間の前方にノクトを誘導すると、さっと頭を下げて、自分は奥へ下がった。


え…


集まっていた寄り合いの若者集…(と言っても、ノクトより上の世代が多かったが…) が一斉に、ノクトを見た。マルタの主人の姿はない。


マジかよ…


50-60人はいたろうか。後ろの方に座っていた者たちは、背伸びをして、あるいは中腰をして、物珍しそうにノクトを見る。ありゃ、ルシスの…神凪の…結婚式をした… がやがやと騒がしくなる。


「ええと…」


ノクトは、口ごもった。


おい、聞こえねぇぞ! と、後ろの方から声が上がった。ノクトは、はあ、と大きくため息を付いた。腹を決めるか…


「えーと…時間をとらせて悪かったな。今日は、村長の代理で来たんだ」


ノクトは、思い切って声を張り上げた。一同は、お互いに顔を見合わせたりして、ますます騒がしくなる。


「おい! 悪いんだが、静かにしてもらえるか! 後ろの方が聞こえねぇだろ!」


ノクトは、いらいらして叫んだ。それで、広間は少しだけ静まって、じっとノクトに視線が注がれる。


「聞いていると思うが…今、村にはゴダールもいないし、ハルマもいない。それで…まあ、ゴダールがオレを村長の代理に任命した。二人が不在中の緊急対応ということだ」


再びざわめく。


「で、本題に入るが、しばらくの間、この寄り合いに内地の警備を委託したい」


ざわめきは一層大きくなり、収集がつかなくなってきた。ノクトは、うんざりしながら、また声を張り上げるか、と腹の底に力を入れた…がその時、


「おめえら!!うるせんだ!!後ろまできこえねぇだろ!!」


広間の後ろから、どすの聴いた声が響いて、途端に、広間はしんっ… と静まった。多くの者は、振り返りもせずに、誰かがわかったようで、急に肩をすくめて小さくなった。声の主は…姿が見えないと思っていたマルタの主人だ。老人は、一番後ろに一人だけ座椅子を持ち出して、どっしりと座っている。目がぎらぎらと光って、昼間話した穏やかな様子とは全く違っていた。


なるほど…これが、寄り合いで恐れられている頑固オヤジの姿か。


ノクトはあっけに捉えて、老人を見る。


「おう、悪かったな。話を続けてくれ」


「あ、ああ…わかった」


ノクトは咳払いを一つして、ようやく大人しくなった若集に向かって説明を始める。


「知っての通り、和平交渉に赴いたファグナ領で、内紛が勃発した。ファグナ領主およびその親族は全員死亡したと思われる…ユスパウ領は中立の立場で、内紛によって生じた避難民の支援をしている。続いて、ゴダールは第3次の遠征部隊を率いてゴートナダにいる。以上の二つの要因が重なって、今、チパシに残る警備隊はわずか18名でしかない」


若集は、自分達の頭領が怖くてか、今度は、隣の者同士でひそひそ話をしている。


「ファグナ領での内紛は、チパシの難民キャンプにも動揺を与えているし…先の襲撃もあって、当面、チパシ外周の警備も重要だ。18名の警備隊員ではとても負い切れない。そこで、内地での警備は寄り合いの方で頼みたい。幸い、キャンプや、チパシ外周に比べれば、内地の治安は悪くないと思っている。不安を感じる内地の住民達のために、一肌脱いでくれ」


若集の連中はますます首をすくめて、誰もが指名されるのを恐れているような様子だった。ノクトは、少しは気骨のある奴が名乗り出ないかと、ぐるっと広間を見渡した。しかし、誰もノクトと目をあわせようとしない。


「警備ったって...いったい何をすんだね? ほとんどが、ただの百姓だぞ」


どこからか、ボソッと声が上がる。


「主に夜間の巡回だな。日ごとに時間を変えて、夜明けまでの数時間ごとに複数人で巡回する。地区ごとに分けるとか…そのあたりは任せるが。怪しいものが見たら、無線で本部まで連絡すればいい。それで警備隊が駆けつける」


「おい、トラ。おめぇ、どうだ? どうせ、夜にふらついてんだ。ちょうどいいだろ」


マルタの主人が、すぐ近くにだらだらと足を延ばしていた若い男に呼びかけた。


「はあ?! オレが?!」


金髪に染め上げた短い髪は、いまどき珍しく、整髪料でぱつんぱつんに固めて逆立っている。ああ、確か10年前のプロンプトがあんな感じだった…とノクトは思い出して噴出しそうになった。


「そうだよ。どうせ、ろくに畑もてつだわねぇんだ。夜に村を回るたぁ、得意だろ?」


「じじい、ふざけんな!」


マルタの主人を恐れないとは…身内なのかもしれない、と思いながら、ノクトは二人のやり取りをじっと見る。トラと呼ばれた若者は、口ではいきがっているが、若干、びびった様子で老人に向き合っていた。しかし、にやっと笑って


「おうおう、じゃあ、オレをリーダーにするっていうなら、引き受けてもいいぜ。なあ?」


と、どうにも寄り合いのごろつきのような感じの、そばにいた数人の若者に目配せをする。


「そりゃ、助かるな。じゃあ、決まりだ」


ノクトは、すかさず口を挟んだ。えっ… と、にやけていたトラは、驚いた顔してノクトを見た。


「お前を村長権限で、内地の警備隊分隊の隊長として任命する。で…その周りにいるの、友達か? 1,2,3…4人いるな? そいつらは、副隊長な。さすがに5人で回すのはきついだろうから、隊長権限で、あと、適当に10人くらい指名しろ。隊長、副隊長の5人は、明日、本部で本隊の警備隊の幹部と打ち合わせだ。朝は弱いだろうから…14時に本部まで来い」


トラと、その周辺にいた若者達は、あっけに取られてお互いの顔を見合わせた。肝心のトラが、何かを言おうとすくっと立ち上がったものの、自分から言い出したので、どう苦情をいったものかと、結局言葉が出なかった。


「では、以上だ。寄り合いの協力に感謝する」


わっはっはっはっは… 突然、マルタが笑い出して、と同時に拍手をした。居合わせた連中は、度肝を抜かれたが、合わせるようになんとなく拍手をした。広間は拍手で包まれて、いつの間にか、聴衆の視線はトラと、そのダチの周りに集まっていた。5人は、気圧されるように心持寄り添って、あいまいな笑顔に汗を浮かべていた。


「トラっていうのは、マルタさんのお孫さんですよ。次男ご夫婦の、その次男坊さんで。と言っても、ご長男の方は、帝都の大学に出たまま行方知れずなんで、実質的には、跡取りでしょうねぇ」


翌日の評議会で、ノクトの報告を聞くと、議長のノーマンはいつものように淡々と説明をした。


「しかし…まさか、マルタさんが住居も貸してくださるなんて。さすがだわぁ、高貴なお人はオーラがあるっていいますけど」


昨日マルタ家を案内をした途中のまま、どうしたのかわからないバルナ夫人が感心してみせる。


「しかし…あの孫とつるんでる連中は、ほんとうに使えるのか? 真面目にやるとは思えんが」


昨日の会議で、バルナ夫人とやりあった男が、不安そうにつぶやく。


「不満があるなら、よそを探してくれるか」


ノクトはぴしゃりと言うと、評議員たちは沈黙した。


「とにかく、連中が14時に集まる。ワグ、簡単な指導をしてやってくれ。あと、あいつら自分達でシフトを組むだけの脳があるかどうか分からないからな。名簿を作らせたら、お前が組んでやって欲しい。それと、今夜は、トレーニングと思って、3-4回巡回させるのに、警備隊の誰かをつけてくれ。あとは…無線の使い方の指導がいるな」


「武器は持たせますか?」


んん… とノクトは唸る。いかにもチンピラ風情だったが…


「ゴダールのところに、練習用の木刀があったな。あれでいいんじゃないか? その代わり、制服を支給してやれ。テンション上がるだろ」


ワグは笑いながら、承知しました、と答えた。


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