Chapter 22.4 -ファグナ解放-

う…強烈な刺激臭が鼻を突く。何か有害なものが燃えたようなにおいだ。これを…と、ノクトを気遣って、サルージ大尉がハンカチをよこした。彼本人も、布を巻きつけてマスクのようにしていた。先を歩いていたハルマも、他の隊員から渡されたタオルを巻きつけていた。


「非常口、あきそうです!」


先ほどから強固な最上部の防弾扉をバーナーで焼き切ろうと格闘していた兵士達が声を上げた。


「お前達はここで待っていてくれ」


ハルマは、隊員の二人に言い渡して、サルージに続いて非常口に近づく。ノクトもハルマに続いた。この最上階から見ると、ちょうど朝日が東の絶壁から上ってくるところだ。タワー以外で上がっていた煙はおおよそ収まったようだ。ノクトは、そっと周囲を見渡した。

非常口に降ろされた非常用防壁は、その一方が焼き切られようとしていた。焼け落ちた隙間から見ると、内部からもかなり焼失していて、脆くなっているように見える。

「おい、そろそろ行けそうだ。ちょっと下がれ」


兵隊を後ろに下がらせて、ハルマがその焼け焦げた入り口を、ひと蹴りで押し開ける。非常防壁は外観からは想像できないほど脆くなっており、あっけなく吹き飛んだ。あけた途端、中から黒い煙が上がった…まだ、火が収まっていないのか? 一同は一瞬、身をかがめたが…煙はすぐに収まった。中に滞留していたものが出て行っただけのようだ。それでも、熱い空気が漂っているのがわかる。


「ひどいな…」


内部の惨状にハルマは顔を歪ませた。

「我々が先導しましょう」


サルージと防火服を着込んだ兵隊2人が前に出た。

「余計な扉は開けるな。内部でまだくすぶっている可能性がある」


サルージ大尉は、部下に指示をすると非常口から中に入る。


先頭のサルージは手持ちのライトで周囲を照らしながら慎重に進む…天井もところどころ焼け落ちて、朝日が差し込んでいれば、足元もかなり危うい。これ以上、上層部に人を入れるのは危険だな…とノクトは思う。

同じことを思ったのか、サルージはすぐに無線を取り出した。


ーこちら、サルージだ。上層部の損傷はかなりひどい。上層階に人を立ち入らせるな。


ー第3小隊のブラッドです。21階まで捜索が完了。26階以上はほぼ焼失している模様。生存者の見込みはないかと。


ーでは、26階以上の捜索は中止とする


ー了解しました


「いずれ…タワーごと崩壊する危険があるな」


ノクトは呟いた。


「こちらも急ごう…これでは本当に、ミイラ取りがミイラになっちまう」


ハルマが言うと、サルージも同意するように頷いて、慎重かつ足早に奥へと進んだ…最後に、ファグナ卿が篭城した居室へ…大理石の柱は真っ黒になって残っていたが、その豪勢な扉はすっかり焼け落ちていた。ほんの一昨日目にしたきらびやかな一室が、まるで見る影もない…焼け落ちた扉の向こう、玉座に、その男は座っていた…今や…黒くミイラのような姿になって。


「確認できたな…」


ノクトは目を細める。


「さあ、もういいだろう」


「いや、ちょっとまっててくれ。ほんの数分でいい」


ハルマは、焼け落ちた扉から中に入った。ノクトはじっと見ていられずに思わずその後に続いた。兵隊たちは廊下に残ったが、サルージもノクトの後に慎重に続き中には言った。部屋の中は…明らかに苦しんで焼け死んだものたちの死体が、特に窓の傍に幾重にも折り重なって倒れていた。窓には、誰かが割ろうとしたのか、わずかなひび割れがはいっている。


くそ… 窓は強化ガラスで、割れなかったようだな…


「あった。待たせたな」


ハルマは、玉座の脇に真っ黒になっていた自分の剣を見つけて拾い上げる。


「使えるのか、それ」


「まあ、磨けばな」


気が付くと、サルージはファグナ卿の遺体に近づいて、じっと疑うようにその姿を観察している。ハルマも玉座に近づいた。ノクトもつられて、その顔をみる。黒い塊となったその顔の輪郭は、ファグナ卿の面影を残しているように見えた。


「…本人だろ」


「ええ…わずかに残る衣服の特徴と…それに、左手の指輪が」


サルージがそっと指差す。仰々しい指輪の土台は、真っ黒になりながらしっかりと形を残していた。しかし、石の方は焼失して、ぽっかりと穴が開いている。ノクトは二人の背中越しに覗いて、


「石がないな」


と言うと、ハルマがすぐに


「ダイヤだよ。燃えたら炭になる」


と答えた。

ハルマは、それから急に気味悪さを思い出したように身を翻して、ファグナ卿の遺体から離れた。タオルで顔を覆っていても、人体の焼けるにおいが酷い…ノクトも気分が悪くなりながら、ハルマに続いて廊下へ出る。サルージも、最後に玉座に一瞥をくべると、ようやく二人の後に続いた。憎き独裁者の屍に思うところでもあったのだろうか…


「大尉…ここから階下の捜索は…」

兵の問いにサルージは首を振った。

「無駄だ。二次災害の危険が高い。上層部の捜索は以上で完了する」

ひどい一日だった…ノクトはぐったりと疲れを覚えながら、ほかの者に続いて非常階段を下りる。昨晩はほとんど眠れていない。

昨日の14:05。サルージ大尉率いる革命軍は、ファグナの正規軍に砲撃を開始。狭い要塞の敷地内は、あっという間に戦場と化した。ファグナ軍の主力は銃器を搭載した揚陸艇1号機と戦車6台、まだ稼動可能な砲台が3機。いずれもこの狭い要塞内の接近戦ではあまり機能しない…革命軍は、はじめに戦車3台と要塞外周部の砲台2機を占拠していたため、油断した正規軍の戦力を無力化するのは難しくはなかった。離陸した揚陸艇の1号機は、戦車により、要塞を飛び立った直後に撃墜…タワー外部に待機した正規軍の多くは間もなく投降…したまでは良かったのだ。タワー内部に立てこもった正規軍が市民を巻き添えにしながら、城壁に備えられた砲台から砲撃を開始。長年の支配に耐えかねていた市民の一部が暴徒化…タワーの正面を革命軍が突破した際に、群集が手に松明を持ってなだれ込んだ。そこから、タワー内部は凄惨な戦場と化した。


タワーに入り込んで暴徒化した群集は制御が利かず、特にタワーの上層部では、敵味方が入り乱れてかなりの人間が死んだらしい…続いて最上部に篭城した最後の正規軍に向けて、暴徒化した群集は火を放った。その火は、老朽化したこの軍事要塞にあっというまに燃え広がり、群集そのものをも巻き込みながら上層の数階を完全焼失させた。最上部の数階には、こどもを含むファグナ家の親族なども立て込んでいた…


狂人的な独裁者は焼け死んだが…


ノクトは胸糞悪いものを覚える。鼻に付いた臭いもなかなか消えない。


非常階段を半分まで下りてきたところで、北の方からチパシへ戻っていた揚陸艇が、こちらに戻ってくるのが見えた。


ーこちら6号機。支援物資と応援部隊到着しました


音声が入って、ハルマは、すぐに無線に答える。


ーご苦労。ハルマだ。ノクトと…革命軍の幹部を連れてそちらに合流する。


ー了解です


地上に着くとノクトたちは、行きかう兵士達の間を取って、要塞を出た。待ち受けたジープに乗り込んで揚陸艇を目指す。平原の手前、右方向の空き地には、けが人たちが累々と横たわっていた…酷いやけどを負って、見た目まる焦げになっていて、もはや息があるのか分からない者たちも多数いた。この野ざらしの野戦病院で、白い衣服をまとったファルナ市の医療関係者が、必死の対応をしている…タワー内部の医療設備は、今は電源が落ちて使用できないそうだ。昨晩の戦闘中に、中層に位置した病院のスタッフも、かなり巻き込まれたと聞いている。

そこを通り過ぎると…その先の広がる平原には、延々とつづく人々の群れ。疲れ切ったまま地面に寄り集まる市民達の間を通り抜けていく…泣いている者、疲れきって正体不明に地べたに寝ている者、寄り添っている親子、呆然とする男…その先に、十数人の市民が、巡回中の兵隊数名に詰め寄っている姿が見えた。サルージは運転していた部下に命じて、ジープを向かわせる。


「何事だ」


武器を持ちながら市民の前に仁王立ちする兵隊達は、上官の登場に困惑の表情を浮かべて振り返った。市民達はすぐに革命軍のリーダーに気がつき、罵声を浴びせる。


「領主殺し!!」


「軍の支配は受けないぞ!!」


男達の激しい怒声があがる。騒然となって、周囲にいた兵隊達が市民を制御するために集まってきた。サルージにつめよろうという人々を、銃を構えながら威圧する。それを見た周囲の市民達がぞくぞくと集まりはじめた。市民の中には女性達も混ざっていて、黄色い声をあげている。


「この人でなし!!エリーゼ様まで殺して!!!」


ファグナ家の女性の名前だろうか…中には、領民に慕われた者もいたのだろう。その死を悼んで泣いている者もいた。サルージは、壁のように立ち並ぶ兵士ごしに、無表情に群集を見返していた。


「サルージ…騒ぎが多きくなるぞ…」


サルージは、ハルマの言葉に小さく頷いて、駆け寄ってきた小隊長に、小声で何か指示を出すと、自分はハルマたちとジープに戻り、揚陸艇着陸地点近くの軍本部へと向かった。ノクトとハルマは、ジープの後部座席から、心配そうに群集たちの様子を眺める…軍は、壁のようになって無表情に市民を押し返すが…見たところ荒っぽいことはしていないようだ。集まっていた市民達は、革命軍のリーダーが去っていく後姿に罵声を浴びせつつ…やがてばらばらと解散していくのが見えた。


見るからに酷い圧制のもとで、まるで奴隷のように支配されてきた領民たち…あのバラックの住居といい、身なりと言い…とても全うな生活をしていない。それでもファグナ卿を支持するのか…一方で、昨夜狂ったように暴徒化した群集…ノクトは複雑な心境で平原の領民達をみる。


ジープは、昨日、急ごしらえで立てられた革命軍の本部のテントの傍にとまった。革命軍の兵隊たちが、それとわかる赤いハンカチを腕に巻いて、いそがしく立ち働いていた。大型の無線機、広域レーダーのモニター、ファグナ領域の地図、没収された小銃などの武器の山…前線の野営基地の様相だ。


会議用の大型の天幕の中に一行が入ると、警備隊の隊長や、今到着したばかりのエドと警備隊の幹部、それに、サルージの部下の小隊長の面々が集まっていた。


「俺から簡単に紹介させてもらおう。こっちは、チパシのゴダールの子息のエドと、警備隊の隊長補佐のカミールだ」


ハルマに紹介されて、二人は軽く会釈した。


「ユスパウ領より支援を感謝いたします。サルージ・ウォルレンです」


サルージは、二人と握手を交わす。


「状況を簡単にご説明しましょう。今朝までにタワー内部もおよそ鎮火。市民の避難も完了しています。タワー内部の捜索は完了…わずかな生存者はすでに搬送済みです。先ほど、ユスパウ男爵にご同行いただいて、最上部の捜索も完了いたしました…ファグナ卿の死亡を確認しています」


サルージが同意を求めるようにハルマを見ると、それに答えてハルマも頷いた。


「間違いない。ファグナ卿の遺体を俺も確認した」


警備隊の面々が、ほっと安堵したように顔を見合わせていた。サルージは後を引き取ってすぐに話を続けた。


「今朝までに正規軍の残存兵はみな投降しました。ファグナ領内の支配権は100%掌握したと言えます。僭越ながら…私より、革命軍によるファグナの暫定統治を宣言いたします。ユスパウ男爵にもご証人となっていただければと」


「宣言に立ち会ったことは認めるが…ユスパウ領として承認を与えることはできない。今更、帝国時代の法律を持ち出すのもどうかと思うが…領邦軍による統治権は認められていない。貴方の統治権には今のところ何も根拠ない…悪いが、ユスパウ領は中立の立場でいさせてもらう」


サルージは、その顔に、多少失望の色を見せたが、すぐに気を取り直し


「お立場は理解します。我々としては友好を望むだけです。統治権については、いずれ正当な手続きを踏みましょう…しかし、何を持って正当とするかは難しいところです。この国が…もはや、皇帝と貴族による統治では立ち行かないことは、貴殿もご認識と思いますが」


ハルマは難しい顔で唸り…


「もちろん…これまでの遣り方を保持するつもりはない。皇帝一族は断絶し、貴族制度ももはや維持が難しいのは認める。俺も既得権益にしがみついているわけではない…そういう意味では君の考え方に賛同はできる。我々はいずれ、ニフルハイム全土をどのように統治していくか、議論せざるを得まい。お互いに暫定的に自治権を持つものとして、立場を認めるという意見には同意する」


サルージは満足そうに笑みを浮かべた。


「ご理解いただきありがとうございます。そのお考えに自分も異論はありません」


「もとより…ユスパウは、人道支援であれば、協力は惜しまないつもりだ。医療物資が不足していると聞いて、搬送させたが、取り急ぎ必要な支援はあるのか?」


「物資については、当面、タワー内部に備蓄された食糧があります。農地には大きな被害はない…生産体制は早いうちに通常レベルに戻せるでしょう。ただ、領民の住居が3割程度焼失しています…あれらを住居と呼べれば、ですが。本格的な復興計画はこれからですが…優先して住居の整備を進めるつもりです。住宅建材の資材を、多少、ユスパウ領よりご提供いただくことは可能でしょうか」


「応急的にテントを20張程度なら都合がつけられると思う。建築資材も検討するが…周辺地域の廃墟から到達することも検討してくれ。こっちも復興の最中だからな」


サルージは、ごもっとも、というように目を伏せて同意してみせた。


ノクトは二人のやり取りを聞きながら、椅子に座った安堵感からか、意識が遠のくを感じた。やべ…こんな重要な会議で…。しかし、抵抗むなしく、がくっ…がくっ… と時折身を震わせてしまう。

エドがそっと、その肩に手を置いて囁いた。


「ノクト…もう、いいぞ。揚陸艇で仮眠しろ」


ノクトははっとして身を起こした。一同が眠りかけたノクトに注目していたので、罰が悪かった。


「わ、わりぃな…こんなときに」


「いんだ、ノクト」


ハルマは、笑った。


「お前には十分すぎるほど働いてもらったからな。あとは、後始末でしかない。お前は先に揚陸艇で休んでいてくれ」


ノクトは、もう、これ以上は限界と認めて、席から立ち上がると、ふらふらと天幕を後にした。


「…で、復興計画のことなんだが…」


背後でハルマが話を再開しているのが聞こえた。

それからどうやって揚陸艇にたどり着いたかも、もはや朦朧として覚えていない。気がつくと、貨物室にある小さな簡易ベッドに横になって、正体もなく眠り込んでいた。


わああああ…


なんだか騒がしいな… 朦朧とした意識の中で思う。遠くの方だが…大勢のひしめき合うような喧騒…怒声…罵声…そして悲鳴が聞こえる。


はっ…として目を開けた。はじめに見えたのは揚陸艇の天井。ノクトのためか、照明を薄暗くしてあり、非常灯だけが灯っていた。そして、ベッドの脇に、だるそうに座っているエドの姿と、その向こうの開口部からすっかり暗くなった外の形式が見えた。


わあああああ…


争う群衆の声が外から聞こえて、ノクトは我に帰り、体を起こす。


「おいっ…いったい…」


ノクトは驚いてエドに呼びかけた。エドは、ああ…起きたか、とだるそうに呟いていた。


「ちょっと前から、小競り合いがはじまっていてな。ファグナ卿の支持者と、反対派の市民が衝突してる…革命軍が事態の収拾を図っているようだが、なかなか収まらないな」


エドは、おい、ノクトが起きたから照明をつけてくれ、と操舵室の方へ声を駆けた。まもなく、怪しげに点滅しながら貨物室の照明が付いた。


「まあ、仕方がない。他所の領地のことだ。オレらはここで待機。さっき、ハルマも来て相言い渡した」


明るくなった待機室には、ノクトとエドのほかにも、警備隊の隊員たちが詰めていた。


「そうか…オレは、すっかり寝込んじまったみたいな。ハルマはまだ、動き回ってんのか」


「まあ、それがヤツの役回りだからな。お前はお前の役目を十分に果たしたさ。うちの領主を生きて連れて帰ったんだから、十分すぎるだろ」


エドは、しんどそうな顔に、かろうじて微笑みを浮かべて見せた。


わあああああ…


時折、強くなったり弱くなたりを繰り返しながら、しかし争う声は続いている。ぼん! ぼん! 破裂音がしたので、さすがにじっとできなくて、ノクトは揚陸艇を飛び出した。エドも、その後ろに続いていた。催涙弾だろう…要塞の入り口付近で小競り合っていた集団に向かって、何か打ち込まれたあと、その周囲に煙が沸き立ち、群衆は苦しそうに身をかがめていた。その隙に、ガスマスクをした兵隊達が群衆の中に割って入り、争いの中心にいた男たちを拘束し始める…


まあ、これで収まりそうだな…ノクトは、祈るの様な気持ちで眺める。


「起きたか」


声を駆けられて振り向くと、革命軍のテントから、サルージと連れ立ってハルマが現れた。


「ノクト。お前は明日夜明けと共に、チパシにもどれ」


「…いいのか?」


ノクトはやや戸惑って聞く。


「もちろんだ。十分役目は果たしてもらった。チパシの方でも動揺しているだろうからな。しばらくあっちの面倒を頼む」


「あんたは残るのか」


「まあ、しばらくな。他領とはいえ…俺にとっては無関係ではないからな」


ハルマが着ていた貴族の正装…さすがにマントは取り外していたが、この騒動の中ですっかりくたびれて、汚れていた。それでも、その責任を負って胸を張っている姿は、高貴な雰囲気が漂っていた。


「じゃあ…任せるわ」


ノクトは、安堵したようにニヤッと笑みを浮かべる。


「安心しろよ。必要になったらすぐに呼び出す」


なんだよそれ… 二人は顔を見合わせて、ケラケラと笑った。




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