Chapter 22.1 -戦士の休息-
あれ…懐かしいな、と思って天井を見上げる。装飾が施された高い天井に、朝の静かな光が差し込んでいる。王の間だ。ふと正面を見ると、玉座に誰かが座っているのが見えた。男が…がっくりと頭を落として座っている。
あれは…ノクトは、驚きもせず、平然と玉座に近づく。そしてその正面から、無遠慮に男の顔を覗きこんだ。
ああ…やっぱりオレか。酷い顔して死んでやがるな…
苦渋に満ちたゆがんだ表情で、目は閉じられていた。レギスの剣が、まっすぐにその胸を貫いている。
「ねえ、また、そこへ座れって言われたさぁ…やっぱり座るの?」
背後から馴れ馴れしい声が聞こえた。誰なのかはすぐにわかったが、ノクトは不思議と焦りもしなかった。そういや、あいつはオレん中にいるんだっけ…振り向いて、ちらっとその姿を見る。玉座から降りたその先に、あの男が悠然と立っている。ノクトは、ふん、と詰まらなそうに鼻息を漏らして、また、玉座に座る自分の死体に向き直った。
「…もう座るかよ。ゴメンだな」
「へええ?」
アーデンは大げさに驚いてみせる。
「意外だな」
そして静かになった。…気配が消えたか、と思って振り向いてみると、耳に息がかかるくらい密着して自分の背後に立ってきた。内心、飛び上がるくらいに驚いたが、にやにやと笑っているその顔を見ると、悔しさが込み上げて平静を装った。ムッとして、無視するようにまた玉座を向く。
相変わらず、鬱陶しい…
「おれ、思うんだけどさ。一度そこに座った奴は…また、何度でも座ると思うんだよ。賭けてもいいよ」
ノクトの耳元に囁きかける。中年オヤジの熱い息が耳にかかって、気色悪い。
「大切なものを守るためなら…座っちゃうんじゃないの。国のため…友のため…未来のため…ねえ、ノクト?」
ノクトは、背後の声を軽く聞き流しながら、玉座の死体を眺めていた。血の気のない真っ白な顔…伸ばし放題のヒゲは小汚いし、口はだらしなく半開きになっている。こうして眺めてみると何の感慨もないな…
その死体が、ぱっと切り替わった。がっくりとうなだれる様子は同じだが…座っているのはグラディオだ。玉座が小さく見える…と、ノクトは冷静にその様子を観察していた。また、ぱっと切り替わる。次はイグニス。すぐに切り替わって、プロンプトだ。次にルーナに切り替わったときは、さすがに一瞬顔を曇らせたが、その後も次々と、シドニー、コル、モニカ、レギスやクライレス…それだけでなく、居酒屋店長のやまちゃんまで…ノクトの記憶にあるあらゆる人物が玉座に座って、剣に貫かれる。
シュールだな…ノクトは冷静な頭で考えていた。
「ノクティス…」
優しい声がして、ノクトは目を開けた。カーテンを引いた窓から、強烈な日差しが一筋、差し込んでいた。ベッドの上に横たわったまま、ルーナがやさしく笑って、ノクトの頬に手を触れている。
「何か夢を?」
「ああ…あいつが夢に出てきた」
ノクトはルーナの手に自分の手を重ねた。ルーナは、ふふ、と笑って、驚きもしなかった。
「私の夢にも、時々現れます」
「ほんとか?」
ノクトは驚いてルーナを見る。
「でも…夢でお会いするときは、とても穏やかな方です」
ルーナは心配させまいと思ったのか、そう言い添える。
「オレの夢では…相変わらず、嫌味なやつだ」
ルーナはまた笑った。ノクトは、ルーナの手にそっと口づけをして…それから、そうだ、今日から3日も休暇なのだと思い出し、ルーナの体を抱き寄せた。昨夜あれだけ愛し合ったと言うのに…ノクトはまたその体の上にのしかかろうとする。
「ノクティス…もう、朝ですよ」
ルーナは呆れたように、夫の顔を見る。
「いいだろ…休みの日くらい」
と言って、唇を重ねようとしたが、ルーナがちょっと困った顔して、やさしくノクトの顔を押し留めた。
「私、昨夜…言いそびれてしまって。ごめんなさい、今日は、お昼ごろから出なくてはいけないんです」
え?! ノクトは、驚いてマジマジとルーナの顔を見る。だって…昨夜、ようやく遠征から帰って、そして二人で3日間の休暇を取るようにと、ハルマに言い渡されたはずだ。
「迷ったんですけど…調理班の方で、昨日から体調を崩された方がいますので。今、キャンプの方で風邪が流行しています。何人かお休みされているんです。やはり、お手伝いに行かなければいけません」
ノクトは泣きたいような気分になって、がっくりとルーナの胸に顔を押し付けた。
なんだよ、それ…
小学生みたいにだだを捏ねたい気分で、乳房に顔を擦り付ける。ルーナは、ノクトを宥めるように、優しく頭を撫でた。
「ごめんなさい、ノクティス…なるべく早く戻るようにしますね」
「…明日も? まさか、明後日も行くのか?」
ノクトは胸に顔をうずめたまま聞く。
「どうでしょう…お休みになってる方が早く回復すれば、あるいは…」
その声は自信がなさそうだった。ノクトは、はあああ、とため息をついた。そして…気を取り直して顔を上げる。
「昼まで時間があるってことだよな」
ルーナは笑って、ノクトの首に腕を回した。
昼過ぎ…遅すぎる朝ごはんを二人で取ると、ルーナは、まるで急にスイッチが切り変わったみたいに、いそいそと炊き出しに出かけてしまった。難民キャンプに立ち上がった調理班。その集いがルーナには楽しいらしい。一日ゆっくりなさってくださいね…とノクトを気遣う言葉を残したが、出かける様子は…まるでうきうきとしていた。ノクトは、腑に落ちない。
昨夜、夕食のときに楽しげに話してくれたところによると…調理班では、ルーナは普通に、’ルーナ’と呼ばれ、そして、チパシの女性のひとりとして馴染んでいるということだった…ほんとだろうか、とノクトは訝しがる。悪いが、その辺の女性達と一緒にいたら、どうしたってルーナが浮くと思うんだが… 神々しいほどに美しい、神凪が、地元の女性達に混じって炊き出しをしているという絵柄は、ノクトにはどうにも想像がつかなかった。
後で覗いてくるかな… いや、と、自分で打ち消すように首を振る。キャンプまで行ってしまったらこき使われるに決まっている…昨日も、遠征からの帰り道、警備隊の面々が、対応に追われているのが目に入った。
3日の休暇は絶対だぞ
ハルマのやつも、強く言ってたしな…
ノクトは長らく触れていなかった釣具を取り出して、風車の手前の小川を目指した。
「あれ、ノクトひとり?」
川の小さなめがね橋の上から糸を垂らしていると、機材を抱えたプロンプトが通りがかった。ノクトは詰まらなそうに
「ああ」
と短く答えた。
「釣りしてんの久しぶりに見たわぁ…でも、なんでそんなつまんなそうにしてんの」
「ほっとけ」
プロンプトは、何を思ったかちょこんと、ノクトの隣に腰を下ろして、しばし、川を見下ろした。
「なんだよ、お前。仕事じゃないのか」
「うん、通信機のメンテにね。昨日定期連絡のとき、調子が悪かったって言うからさ」
しかし、急ぐようすもなく、釣り糸の様子を眺めている。
「ここ、でかい魚いる?」
「こんな浅瀬じゃ、ちっこいのしかいないだろ」
「でもさ、沢山釣ればフライぐらいにはなるでしょ。釣ったらルーナ様が喜ぶよ。そう言えば、ルーナ様は?」
ノクトはぶすくれて…
「キャンプの炊き出しに行ってる...あっちで風邪が流行って人手が足りないんだとさ」
あちゃー… とプロンプトは同情するようにノクトを見た。
「それで一人寂しそうなんだ…そりゃ気の毒だね!」
「うっせーな。お前ももう行けよっ」
おお、機嫌悪い! プロンプトはからかうように言って、立ち上がった。
「そんなに暇なら本部にでも行ってみれば? もう次の遠征隊の話がでてるよ。今度は工場を拠点にするかって」
ふううん… ノクトは気のない返事をした。
「じゃあ、メンテ行ってくるねぇ」
「おお、行って来い」
プロンプトは鼻歌を歌いながら、丘を登って行った。あいつはご機嫌だな。ノクトは、ぼんやりとその背中を見送る。まもなく風車にたどり着いて、機材を広げているのが見えた。
プロンプトは、ゲラゲラ笑いながら逃げ回る。その時、ばしゃーん!!! とまた水の音がして、2人は我に返った。さっきのトカゲが、橋から川に飛び込んだようだ…置いてあった竿が、川に引きずり込まれていくのが見える。
ノ、ノクト…?
「…」
くそっ…つけていたのはオルティシエで手に入れたレアもののルアーじゃなかったっけ?
ノクトの方ががっくりと落ちる…小魚5匹と引き換えか…高くついたな。ノクトは、空を見上げて、大きく深呼吸した。
「…プロンプト。責任取れ」
「へ?!」
プロンプトは冷や汗を掻いた。
プロンプトはそのまま、ノクトの家まで連行された。何事かと思ったが、ルーナのために一緒に夕飯つくりを命じられると、なぁあんだ、そんなこと、とホッと胸を撫で下ろす。手に入れた獲物はたった5匹の小魚。これをより豪華に見せろというのが、ノクトの指令だ。
「やっぱ、フライだよねぇ…さばいたら食べるとこなくなっちゃうし…骨ごとバリバリ食べれるようによく揚げてさぁ」
「いいから、やり方を教えろよ」
「ノクト、自分でやるつもりなの?」
「うるせーな。お前は手伝いな…」
ははん…自分で作った、といってルーナ様に振舞いたいんだな、とプロンプトはほくそ笑む。
「じゃあ、ほら、小麦粉といて、衣つけてあげるんだから」
プロンプトはノクト夫婦の台所をあさって、必要な材料を見つくろう。
「メインはそれでいいとしてさぁ、フライだけってわけにいかないでしょ。スープと、リゾットでも作る?」
「おう、いいな。どうやるんだ?」
プロンプトはそれっぽく、ノクトに材料を切らしたり、鍋を混ぜさせてやったりして、自分で料理している感じを味合わせてあげた。ノクトは不器用ながらに、一生懸命に料理に取り組んでいた。…その姿を見ると、思わず微笑んでしまう。
もう、ラブラブなんだから…
そして、つるんでいた友が、家庭を持ってしまったことに、ちょっと寂しさも覚える。最近、全然話してないっていうのに、ちっとも気にしてくれないんだから…。しかし、同時に、まるで保護者みたいな気分にもなる。王子である以外に…戦闘をのぞけば、なんでも不器用だったノクトが、結婚式を挙げたときには、ほんとうにボロ泣きしてしまった。それがもう、今は妻を気遣って料理まで作っているなんて。
「おい、まだ、いいのか…魚は」
ノクトは、油の中でじわじわいっている魚達を、びくびくしながら観察している。
「丸かじりするなら、低温でじっくり揚げないとね…焦がさないように気をつけて」
「お、おう…」
プロンプトは、嬉しさと寂しさといろんな気持ちがない交ぜになりながら、でも、ほんと幸せな風景だな、と思った。ゴートナダの調査ではそれなりに緊張もあったけど…でも、10年前みたいな戦争もないし、シガイもいない。本当に平和になったんだな。
「そろそろ…いいなじゃないか。黒っぽくなってきたぞ?」
「ああ、そうだねー、じゃあ、ほら、こっちの網の上に上げていって。油を切って」
ノクトは恐る恐る菜箸で油から魚を引き上げる。途中、落としそうになりながら、なんとか網の上にあげた。火を止めて…食事が歓声だ。
「揚げたてがおいしいんだけどね。ルーナ様もそろそろ戻るかな?」
外は夕暮れの日差しになっていた。炊き出しは、ちょうどこれからが配膳の忙しい時間だろう。
「しかたねぇな…プロンプト、一つ味見しろよ」
「え?いいの?!5個しかないでしょ?」
「いいさ。それでちょうど二つずつになるしな」
プロンプトはちょっと、じーんとして、それから嬉しそうに笑顔を浮かべながら
「じゃあ、ノクトの手料理、いただきます!!」
と、揚げたてあつあつの魚を一匹頬張った。
「んまいっ!!」
「そうか?うまいか!」
ノクトは、無邪気にプロンプトの反応を喜んだ。その時、玄関の戸が開いた。
「遅くなりました。今、帰りました!」
慌てた様子でルーナが入ってきた。よほど急いできたのだろう。汗にまみれて髪を振り乱している。
「あら…」
食卓に料理が整いつつあるのを見つけて驚く。
「お邪魔してまーす!」
プロンプトは、出来立てのフライを皿に持ってリビングに入った。
「あら、プロンプトさん」
「今、ちょうど揚げたてですよ! ノクトの手作りだから」
ノクトはちょっと照れくさそうに、プロンプトの後ろから現れる。まあ…ルーナは、目を見開いて、感動していた。
「ノクティスがこれを…」
「ま、まあ、その、プロンプトに手伝ってもらってな」
「ノクト、がんばってたよぉ」
そして、メインの皿をテーブルに置くと、プロンプトは自分の荷物を持ってさっと、玄関へ向かった。
「あら、ご一緒に召し上がらないんですか」
ルーナは驚いて引きとめようとしたが
「あー、ごめんなさい。実はこれから約束があって」
プロンプトは適当な嘘を言いながら、ノクトに向かって笑顔で手を振る。いい夜を!
ノクトは、ちょっと、うるっとした目で、感謝の意を伝えた。
「プロンプトさん、近いうちにお食事に来てくださいね」
ルーナは、恐縮して言った。
「はい、必ず!」
プロンプトは満面の笑顔を向けて、ノクトの家を後にした。
0コメント