Chapter 22.2 -チパシ襲撃-

だるいな…と思って目を開ける。今日も、昼過ぎまで寝ていて、文句は言われないはずだ。しかし、納得がいかないのは、ベッドにはもうルーナがいないってこと…せっかくの休暇でも、これでは意味がない。


一緒に休暇を取るはずだったのに...ノクトはぼやいた。昨日は辛うじて、昼まで家にいてくれたルーナも、今朝は普通に朝からキャンプの炊き出しに出かけてしまった。昨夜、一緒に来ますか? って言われたのを…意地をはって、あんま興味ねぇかな…と言ってしまったのが悪かったのかもしれない。今朝は、誘いもしなければ、出かける前に起こしてもくれなかった…。


また、釣りに出るのもな。ぼちぼち外に出かけて、散歩がてら難民キャンプでも覗いてくるか…


ノクトは大きなあくびをひとつして、ベッドから抜け出す。リビングに出れば…ノクトの朝食が用意されて、布をかけてあった。ノクトはほくそ笑みながら、かけてあった布を取る。トレーのすぐ傍には、ノートが置いてあった。手に取り、ページをめくる。


おはようございます。今日ものんびりしてくださいね。夕飯には戻ります


メッセージと、小さな花の絵。ひとつひとつにルーナの気遣いが籠っている。

トレーに目を移すと、サラダとホットケーキとベーコンエッグが、カフェメニューのように綺麗に盛り付けられていた。
サラダを見て、一瞬、うっと唸る…最近、遠慮なく生野菜が出るようになったな。チマチマ小さく刻んで食べるか…と覚悟を決める。これがルーナと一緒だと、つい見栄を張って一口で頬張り、見てない隙に飲み物で流し込むことになる。料理に混ざってる分には、だいぶ気にならなくなったが…まだ、野菜オンリーの、特に、青臭さが目立つ生野菜は、結構しんどい。渋々、野菜を細かく刻みながら、目玉焼きの一切れと一緒に口に運ぶ。やべ…野菜が少し大きかった。口の中に広がった青臭い匂い…慌てて水で流し込む。

ふううう…

しかし、これでも食えるようになったよな、とノクトは自分を励ました。イグニスがこの姿を見たら、感動で泣き出すんじゃなかろうか…。ごまかしごまかし、他の食べ物に混ぜながら、なんとか完食をした。ダラダラと食器を片付けたあと、洗面に向かう。すっかり日焼けした顔が鏡に映った。鼻の頭だけ皮がむけて、白くなっていた。ヒゲを剃って少しはさっぱりしたが…Tシャツはすっかりよれている。まあ、ここではこぎれいな格好をしているやつの方が少ないし、気にはならない。すっかり荒野のハンターが板に付いたな、とノクトは苦笑する。

家の外に出ると、昼前の強烈な日差しで焼けるようだ。玄関先の植え込みに、日差しに負けじと、淡いピンクいろの小さな花が咲いていた。先週、遠征の際に、押し花にしてよこしたやつだな、と思ってそっと花の頭を撫でた。今朝も水をやっているのだろう…少しだけついていた露が、ノクトの手を濡らした。

ノクトさん、おはようございます!

不意に通りかかった隣の家の住人が、背中から声を掛けて、ノクトはビクッ とした。花の撫でてるのを見られたかな、と、苦笑いしながら、軽く会釈を返した。人のいいおばさんで、時折、おすそ分け、といって手作りのお菓子だの漬物だのを持ってきてくれる。今日も愛想の良い笑顔を向けて、通り過ぎていったが…ノクトはちょっとドキドキしながらその姿を見送った。

…近所付き合いっていうやつにはなかなか慣れないな


王宮育ちに隣近所はない。マンションに一人暮らししていたときでさえ、警備つきで隣近所が近づく隙がなかった。同じ王宮育ちだったはずのルーナは、10年のオルブビネでの生活で、すっかり、庶民生活に慣れていた。隣近所の人達と挨拶を交わし、時に雑談に興じる姿を目にすると、ノクトはなんだか気後れした。


本部前の賑やかな通りを進む。内地にも、外から来た難民達が行き交うようになっていた。武器の没収や、統治権の宣言で揺れたチパシも、ゴートナダの遠征から帰った頃には随分落ち着いていた。ゴダールやノクトたちが留守の間、ハルマはキャンプと本部とを行き来しながら、奮闘したのだろう。難民たちが慕うように領主様、だの、ハルマ様などと呼ぶのを目にした。若干、やつれて老け込んだ気はするが、遠征隊を向かい入れて労う様子は、なかなか、領主らしい威厳が見えた。役割が与えられると、人はそれらしくなるのかもな。ぼんやりと考えを巡らせながら、混み合う本通りを進む。時折、顔見知りとなった警備隊の面々と、会釈を交わす。隊員達が、なんだかそれっぽい制服を着ているのは、元はゴダールの道場での、剣闘着だそうだ。自分の家にも同じものが届いていた。休暇の後は、早速、早番での警備隊任務だ。いつのまにか、ハルマとゴダールの指揮下でなし崩し的に働かされているが…それも悪くない、と思ったりする。ここでは、ハルマとゴダールがその責をおっていて気楽だ。


だりいなぁ…暑い日差しを恨めしそうに眺めながら、ようやくキャンプ地に入る。難民キャンプからほど近い、塀の外の平地に、集合住宅の建築が進んでいる。先日のゴートナダの探索のおかげでかなりの住宅建材が手に入って、工事は一気に進んでいた。重機が限られているから人力中心での工事だが…それでも、鉄筋コンクリートの3階立てのアパートメントを建てる計画らしい。意外と、機械がなくてなんとななるよな…と、ノクトは感心して建築現場を眺める。


ノクトはぶらぶらと、難民キャンプの中央広場に向かった。遠くから…昼食の用意に忙しい、賑やかな炊事場が見えてきた。女性達と、数人の男性陣と…和気藹々と炊き出しの準備をしている。ぱっと見…ルーナがどこにいるかわからなかった。よく目を凝らしてみると、女性達の中に混じって、まるで、誰かのお母さんと言った雰囲気で、両隣の女性達と和やかにおしゃべりをしながら、鍋をかき回しているのを見つけた。


チパシの、ただの”ルーナ” か…


ノクトは、しばし遠めに眺めていた。なんの違和感なく、そこにいるルーナを。その姿は、ノクトが想像していたような、一際強いオーラを放つかつての神凪とは違い、言ってみれば地味な、一般女性の様子をしていた。その他大勢に紛れて見分けが付かない…いや、ノクトには、その存在がはっきりとわかるが…きっと他の人にはそれとはわからない。でも…とても穏やかだ。死に間際のこどもを見舞う、張り詰めた空気はそこにはない。


ノクトは、その和をかき乱すのが申し訳なくて、声を駆けるのはやめておこうと思った。


ちぇ…今日も暇になったか…


ノクトは笑いながら、キャンプを離れようと内地の方へ体を向けた。その時、聞きなれない音がかすかに耳を突いて、何気なく空を見上げる。


ぶるるるるる…


なんだ…記憶のあるこの音…ノクトは記憶を探る。音は、すぐに強くなり…近づいてくる。


わああああ!!


悲鳴のような声が広がって、ノクトはキャンプの方を振り返った。難民キャンプの南東の方角から、もの凄い勢いで揚陸艇が低空飛行してくるのが見えた。難民達が、一斉に空を指差して、何事かと空を眺めている。


揚陸艇?!


轟音とともに、揚陸艇が、集落を掠めるように通り過ぎる。明らかに…威圧するのが目的に見えた。しかも、1機だけではない…続けて違う方向から2機めの揚陸艇が頭上を掠める。


人々の声は悲鳴に変わっていた…何事かと不安に空を見上げつつ、逃げ惑う。


「おい!」


ノクトは近くで唖然と空を見上げていた警備隊員に呼びかけた。


「すぐに、内地に避難させろ!!あと、手の空いている奴は武器を持って警備体制に入れ!!」


警備隊員は頷くと、周囲の隊員に呼びかけて、難民の避難を誘導しはじめた。キャンプの向こう側に、見慣れた顔…先に遠征チームで一緒だった若者、クリフとロナルドの二人を見つけた。


「クリフ!ロナルド!」


ノクトが大声で呼びかえると、唖然としていた二人は我に返った。


「お前ら、本部へ行け。それから持てる奴に武器を持たせろ。オレの家に行って剣をもって来てくれ」


二人は圧倒された様子で、黙ったまま頷くとすぐに本部に向かって走り出した。ノクトはそれから、炊事場へ目線を向ける。調理中のメンバーは、炊事場を離れるべきかと迷っているように見えた。ノクトはルーナの傍に駆け寄って叫んだ。


「火を消して内地に避難するんだ!!」


ルーナは青ざめた顔でノクトにしがみ付き


「ノクティス、こどもたちが牧場に!!」


と叫んだ。そうか…学校はあっちの森の中でやってるのか… ノクトはすぐに周囲を見渡し


「ルーナは女性たちの避難誘導を。男達はオレに続いてくれ。こどもたちの避難誘導に向かう」


炊事場にいた数人の男性は、青ざめて、それでもすぐに頷いて、ノクトの後に続いた。ルーナは女性たちに声を駆けてすぐに避難誘導を始めていた。ノクトはその凛とした姿に安心をして、駆け出す…塀の外、南側の緩やかな丘の中腹の、牧場そばの木立の中でこどもたちは学んでいるはずだ。その森の中の学校は、先日持ち帰ったばかりの勉強机や椅子が並べられていた。


ノクトたちが進む方向に、こともあろうか、揚陸艇は降下を始めていた。何をする気だ…ノクトは険しい目つきで降下していく揚陸艇を追う。全速力で走ったので、追いつけた男たちはわずかだった。ノクトの後から必死な形相で追いかけてくるが、もうすでに足元はふらふらになっている。ノクトは一人で、揚陸艇を物珍しそうに眺めているこどもたちの集団に突っ込んだ。レイと、アルミナと、他に補佐として村から来ていた女性数人が、不安な様子でこどもたちを囲っていた。


「村へ戻れ!」


ノクトは叫んだ。


「いいな、落ちついて、村まで戻るんだ。救援もそこまで来てる。慌てるなよ」


ノクトはできるだけ落ち着いた声で子ども達に呼びかけた。レイの顔は真っ青になったが、そこは頼りになるアラネアが


「ほら!みんな避難訓練だぞ!並んで村まで戻るんだぞ!!」


と、こどもたちの前に躍り出て誘導を始めた。それを見て、レイや他の女性達にも我に返って、こどもたちの誘導を始めた。無邪気に揚陸艇に興味津々に覗き込もうとしている子ども達を促して、なんとか村へ向かわせる。揚陸艇のひとつは、こどもたちの視界に見えるほんの数百mの地点に降り立とうとしていた。ノクトは、こどもたちを守るように丸腰のまま牧場のはずれにたった。チョコボの群れが不安げに鳴き声をあげていた。


マジかよ…


着陸した揚陸艇の開口部が開いて…見えてきたのは魔導兵の群れだ。


くそ…ノクトは避難していく子どもたちの後ろ姿を見る。避難誘導をさせる男達は子ども達に寄り添って村へ戻っていくところだ。こどもたちはなんとか大丈夫そうだな…その集落から警備隊がやってくるのを期待して待つが、なかなかその姿がない。


丸腰なんだがな…せめてロナルドたちが武器を持ってきてくれたら


ノクトは武器になりそうなものを辺りで物色した。目に付いたのは…チョコボのために草を集める鋤だ。ノクトは、その脆そうな細い柄を持ち上げた。魔導兵を一体ぶったたいたら吹っ飛びそうだな…しかし他に手に握るものがなければ仕方がない。


揚陸艇の開口部は開ききって、ついに魔導兵達が地面に降り立つ…遠めにその様子を眺めると、動きの怪しい機体ばかりだ。どうも、壊れかけた魔道兵の残骸ばかりが集めれて、放たれている。シャンアールの襲撃の時の様に。

ノクトは、慎重にその様子を伺った。まともに動けない魔導兵たちは、バラバラな動きをして、ターゲットを探してあちこちに散ろうとしていた。これは…突っ込むより様子を見たほうがよさそうだ。


ノクトさーん!!


村の方から声がして、振り向くと、坂を懸命に駆けのぼるロナルドとクリフの姿が見えた。警備隊員の数人が一緒だ。

クリフが息を切らせながら真っ先に坂を上り、ノクトに、レギスの剣と無線機を手渡した。


「ノクト…さん、これを…」


息が切れてほとんど声がでていなかったが、ノクトはふっと笑ってその頭を撫でる。


「よくやった!」


まず剣を鞘から引き抜いて構えると、無線機に呼びかける。


ーこちら、ノクティス。チョコボ牧場そばだ。揚陸艇のうち1機が数百m先に着陸。開口部より、魔導兵数十体が放たれた。揚陸艇は2機あったと思うが、あと1機はどうした?


ーノクト! こっち、風車そばよりプロンプト!もう1機は、ここから確認できるよ! 集落より北東1kmほどに着陸。こっちも魔導兵数十体確認!


ーゴダールだ。今、牧場方向に警備隊員10人、風車に5人を向かわせている


ーハルマだ。内地に避難誘導中。牧場の方が近いか。増援するか?


ーノクトだ。魔導兵はほとんどまともに動けていない…まだ様子見している。刺激せずに、分散したところを狙おう


ーこちらプロンプト! ちょっと考えがある! 魔導兵ホイホイ、試作機これから試してみるね。みんな刺激しないで遠めに観察しておいてくれる?


はあ?


無線を通じて、同時に声が漏れる。


ーなんだ試作機って?


ーホイホイ?


ハルマとノクトの声がダブった。


ー説明はあと! 今から試作機動かすから…無線機連絡交代します!


ーあ、ええっと、はい、こちら風車そばからキートン。プロンプトさんから代わりました


ノクトは、魔導兵の動きに注意しつつ、無線の連絡を待った。プロンプト…何をする気なんだ?


ーえ、それが試作機ですか。はあ…ええと、ラジコンみたいなやつです。プロンプトさん、ラジコンカーを持って揚陸艇着率地点に近づいています…ええと、ラジコンカー、地面に着地。操作しています…魔導兵の傍まで…え、ええええ?!


ーキートン。何が起きているのか見えているままを伝えろ


ゴダールの厳しい声が飛んできた。


ーあ、はい、すみません...ええと、魔導兵がラジコンを追いかけはじめました


ーキートン! プロンプトの傍まで行け! 警備隊も連れて行け!


ーは、はい!


今度はハルマに指示をされて、キートンはかわいそうに慌てた声を出した。


ープロンプトさん、警備隊に指示を…


無線機の向こうから、混乱した声が聞こえる。


ーこっちはOK. このまま魔導兵を崖の方まで誘導する。ノクト? まだ時間稼げる?


ーノクトだ。まだ大丈夫だが…どうなってる? その試作機、1台だけか?


ーちょっとまって、崖に誘導したらそっちに行くから


どうなってんだ?!わわわわ…無線から驚くような声が聞こえてきた。


ー魔導兵が…自ら崖から落ちていきます。北東方面の崖…落ちてるよね、あれ?


ーはい、こっちの魔導兵片付きそう。あ…やばい、揚陸艇1機飛び立とうとしてます。逃げるみたい


ーノクト


ゴダールの声が響いた。


ー首謀者を突き止めたい。そちらの1機を押さえられないか


ー了解…応援よこしてくれ。誰か引き付けてくれたら、オレが揚陸艇に乗り込む


ー今そちらに向かっている。しばし待て


ハルマの声が重なった。


ーノクト! 試作機もってそっちへ向かう!


プロンプトの声も続いた。ノクトのすぐ傍で、待機して無線を聞いていた警備隊員達はみな、了解したようにうなずいていた。実戦経験のある連中だろう。自分の剣を構えて、そろりそろり、と前へ出る。魔導兵を引きつけるつもりだ。


ノクトは、揚陸艇から死角になるような場所を探した。左側にちょっと岩がでっぱったところが続いていた。ノクトは、そっと警備隊員たちから離れてその岩の陰に入った。


魔導兵は揚陸艇の操作はできないはずだ…誰か、人間がそこにいるはず…ノクトは物陰に身を隠しながら揚陸艇にじりじりと近づく。


応援の隊員たちが、ハルマを先頭に坂を上ってくるのが見えた。先にいた隊員は、ひとり躍り出て、離れたところでウロついていた魔導兵一体に斬りかかった。あてもなく彷徨っていた魔導兵たちが、一斉に反応して、攻撃を仕掛けた隊員の方へ向く。隊員たちは、退却するように見せかけて、集落から離れた方へ誘いだそうとする。後からきた応援は、揚陸艇を油断させるために木の陰から様子を伺っていた。

-ノクト。ハルマだ。応援はすぐ真下で待機してる。揚陸艇突入のタイミングを知らせろ

ーもう少し近づく…数分待ってくれ。一人か二人、揚陸艇までよこせるか?

ーオレが行く。二人で抑えよう

ー了解

ノクトは揚陸艇のすぐそばの岩陰まで来ていた。身をかがめながら揚陸艇の脇から開口部は回ろうとする…しかし、その時揚陸艇の魔導エンジンの音が鳴り響く。まずい…こっちも離陸する気か。

ノクトは身を起こして、閉まり始めた開口部に駆け込んだ。すぐに驚いた兵隊がひとり、ノクトに銃を向けようとしたが、すぐに剣でなぎ払い、そして柄で峰打ちすると、あっけなく気を失って床に倒れた。揚陸艇は離陸を始めていた。開口部が半ば閉まりかけたところへ、ハルマが飛び込んで来た。二人は目配せをすると、そのまま操舵室に雪崩れ込んだ。操舵室にいたのは2人…1人は操縦士のようでノクトたちに気がつくもいかんともできず、もう1人は指揮官のようだ。二人に銃を向けようとしたが、引き金を引く間も無くハルマに手をねじり上げられて、銃を落とす。拾った銃をノクトは拾い上げて操縦士へ向ける。


「すぐに着陸させろ!」


気の弱そうな操縦士は真っ青になって、頷くと、すぐにレバーを引いて揚陸艇を降下させる。ががががん…上昇しかけていた揚陸艇は、激しく揺れながら着地した。


「名と所属を名乗れ!」


ハルマが指揮官の腕をさらに締め上げて、問い詰める。


「や、やめろ…!!」


痛みにうめきながら男は叫ぶ。


ー6号機、どうした? こっちは離脱するぞ…だめだ、応答がない。すぐに退却しろ!


通信機からもう1機の揚陸艇らしき音声が入るが、近くの空域から離脱したのだろう。音声はすぐに途切れた。


「くそっ…」


「ほら、さっさと吐け!」


ハルマは、また、腕を締め上げた。


「わ、わかった…話すから!もっと手を緩めてくれっ…!!」


うぐぐぐぐ…いかにも痛そうに顔を真っ赤にしながら訴える。ハルマは少しだけ腕を緩めてやった。


「下手な時間稼ぎをするなよ!」


「と、当機は…グルーナ・ファグナ卿の所有機…ファグナ領軍だ。歯向かえば領軍への反旗とみなすぞ!!!」


「なに寝ぼけてやがる。ここはユスパウ領だぞ!」


「領主不在は、近隣の領主により代理統治権を…」


「あいにくだったな。オレがハーヴェルム・ユスパウだ。領民をいきなり襲撃するような真似をしておいて領有権を主張するとは…呆れるな!」


ハルマは片手で起用に自分のベルトをはずすと、それで男の腕を後ろ手に縛り上げた。


「おい、お前、後ろの開口部を空けろ」


ノクトは操縦士に命じた。操縦士は、操縦番のスイッチを入れた。開口部がががががが、と大げさな音を立てて開いていく。


「よし。お前も手を後ろに組め」


操縦士は青ざめたまま、言うとおりに後ろに手を組んだ。


「何か縛るものがあるか…」


ノクトのズボンにはベルトはしていなかった。


「これを使えよ」


とハルマは、今縛り上げた男のベルトを抜き取ってノクトに渡す。


ーこちら、ゴダール


ーハルマだ。揚陸艇は押さえた。3名の兵士を拘束中…外の魔導兵はどうなってる?


ープロンプト到着しました! ごめん、攻撃開始してるからホイホイの誘導が効かないみたい…今、片端からみんなで駆除してるけど、多分大丈夫だと思う!


プロンプトの声の背後から、がしゃん、がしゃんとやりあってる音が聞こえてくる。どうやら銃器の音は聞こえない。


ーエドだ。外は心配すんな、十分加勢が来た。すぐに片付く


エドの声を聞いて、ハルマとノクトはホッと胸を撫で下ろした。外も問題なさそうだな。


ーゴダールだ。拘束した兵士は本部まで連行しろ。プロンプト、揚陸艇の扱いはできるか?


ーええ?! うーん、一度触らせてもらったことなら…


ー魔導兵の相手は他に任せて揚陸艇に向かえ


ー了解


ノクトは操縦士の腕を後ろに縛り上げると、操舵室で伸びている兵隊の様子を確認しに行く。兵隊はまだ、ほうけた顔で伸びている…まあ、大丈夫そうだな。そこに、プロンプトが降りた開口部の足場から上がりこんできた。


「ノクト!大丈夫?」


「ああ、問題ない。3人いるんだが、この通り一人のびててな。運ぶのに人手がいる。お前、縛り上げるものを持ってるか?」


「ええと、修理用のケーブルがあるよ」


プロンプトは電線のケーブルを取り出して、気を失っている兵士の手を後ろ手に縛り上げた。縛り上げる手付きは慣れたものだ。へえ…やっぱ、この10年では必須のスキルなのかな、とノクトは感心してみていた。


ーこちらのノクト。連行するのに人手が必要だ。あと二人ばかり来てくれ。外は片付いたか?


ーエドだ。もう少しだ。ちょっと待っててくれ。


開口部から覗くと、揚陸艇から少し離れた場所で数人の警備隊員が魔道兵と格闘している様子が見えた。見た限り危なげない太刀さばきに、伊達に10年を生き抜いてきた連中ではないな、と頼もしく思う。そのうち、エドがふらっと、隊を離れてやってきた。


「おう、ご苦労さん。で、やっこさんは?」


「操舵室にあと二人いる」


ちょうどその時、すっかり従順になった操縦士を先頭にして、ハルマが指揮官を連行して操舵室から出てきた。


「ははん? 立派に領邦軍の軍服まで着て…なんだこの紋章は?」


エドは、指揮官の胸元の、剣とそれを取り巻く月桂樹の刺繍を見る。


「ファグナ領軍だとよ」


何事も悟られまいと下を向いて沈黙している指揮官に代わり、ハルマが答える。


「ファグナ? あの絶壁の街かよ。そら、随分離れてるな。領地は接していないはずだぞ」


「その辺りは、ゆっくりとこいつに聞くさ」


いかにも面倒を持ち込んでくれた、というしかめっつらをして、ハルマは指揮官をにらむ。指揮官は、額に汗を浮かばせながら、ぐっと口を結んでいた。


騒然とした襲撃事件だが、夕暮れには、集落に安堵感が戻っていた。内地に一時避難させた難民達はみなキャンプに戻った。けが人も出なかったし、魔導兵は集落の外で片付けることができたので、人々に恐怖心もそれほど与えなかったようだ。むしろ、警備隊の活躍に、熱い信頼が寄せられた。自分達は間違いなく守られるのだと。


しかし、ハルマやゴダールたちの内心は穏やかではない。連行した指揮官は、ファグナ領軍の正当性と、その軍事力を主張する。


「早々と降伏したほうが身のためだ」


ハルマたちが平和的な手段によって聴取を試みると、その態度はだんだんと横柄になった。ノクトは冗談交じりに、何発が殴ってみろよ、と言ってみたが、ゴダールは笑って相手にしなかった。


「もっといい手がある」


ゴダールは、指揮官に、解放を提案した。無条件の解放…しかし、それはこの荒野への追放を意味した。


「お前の主が、襲撃に失敗した配下を捜索するだけの慈悲があれば…助かる見込みもあろうな」


ゴダールは、ほくそ笑んだ。指揮官を十分の青ざめさせるだけの効果はあったようだ。他の二人の兵隊は、さほどの脅しもなく洗いざらい話をしていたので、領主のグルーナ・ファグナ卿の人物像はおよそ察しがついていたのだ。


指揮官も最後には洗いざらいを話した。3人の聴取をつなぐと見えてきた全体像は…


夜もくれてから、本部にチパシの評議員、そして、どういう地位がはっきりもしないが、もはや中心人物として認識されているノクトやプロンプトも同席して、会議が始まる。


ゴダールとハルマがあらたまって、会議室に現れる。二人は、最後の指揮官の聴取を終えてきたばかりだ。難しい顔をして会議室の前方に座ると、ゴダールがごほんと、重々しく咳き込んで話を始める。


「詳細な聴取記録はあとで回覧するとして…私とハルマとで3人の聴取から分析した今回の襲撃の背景を説明しよう。知ってのとおり、ファグナ領はここより南南西、130kmほどの場所にある。帝都の手前、雪原の始まりの絶壁の街だ。恐らく、彼らは周辺地域の探索をして、まだ残存する集落を洗い出しているな。ここチパシからファグナ領、領都のファグナまで残存する集落がないのだろう。彼らの目的は、物資の収奪だ。主に、食料のな」


集まった面々はざわついてお互いの顔を見た。


「単純、といえば、単純だけど…」


プロンプトが、ノクトの隣で呟く。


「ファグナ市はあの、絶壁の要塞で、この10年の間生き延びてきたらしい」


ハルマはゴダールの後を続ける。


「驚くべきことに、まだ、武力を温存している。今回は、この地域にほとんど武力がないと言う見込みで揚陸艇に銃火器の搭載はなかったようだが…指揮官の証言が本当だとすると、戦闘可能な揚陸艇が、少なくともあと2機は存在する。さらに、可動可能な戦車が少なくとも3機。さらには、2ヶ月前に要塞内の軍事工場を再稼動させたと言う話だ」


どよめきは大きくなった。


「グルーナ・ファグナ卿とは、ちょっとばかし面識があるが…以前は、ありふれた野心家だったと記憶している。今は、帝国の支配権を狙っている狂人だな」


ゴダールが、笑を含みながら言った。しかしその笑いには、軽さはなかった。


「こんな時代に軍需工場を再稼動したのは正気の沙汰ではない。兵士の話では…領民は奴隷同然に使役されているらしい。領民は飢餓や病で、すでに10年前の1/4程度まで減っているようだが…物資に困窮したグルーナは、温存した武力を行使して、周辺地域からの収奪を思いついたらしいな。…あの指揮官が、この10年でいくつかの集落から略奪を繰り返したと証言している」


どよめいていた人々が押し黙った。


「で、この後、どうするかだが」


ゴダールがハルマに目配せする。ハルマはしぶしぶ後を引き取って


「揚陸艇1機は離脱して、ファグナ領内に戻っている。我々は抵抗勢力として、ファグナ卿に報告されているはずだ。黙ってはないだろうな」


と重々しく告げた。一同は沈黙した。


「策があるんだろ?」


ノクトは極めて軽い感じで、沈黙を破った。


「二人で何か策を考えたんだろ。もったいぶらずに聞かせろ」


ゴダールは思わせぶりに、にやっと笑ったが、一方ハルマは、暗く重い表情をした。


「…和平交渉に向かう」


会議室は一気にどよめいた。


「和平交渉…今、聴いた話だけでは、とても話が通じる相手に思えないが」


評議員の一人がもっともなことを言った。


「ならば、攻め入るかね? それとも、攻め込まれるのを待つか? 攻め込まれたときには、戦車相手に死闘を繰り広げるんだな、最後の一人が倒れるまで…」


ゴダールが腕組みをして、覚悟を問うように一同の目を見た。一同はまた押し黙った。


「…和平交渉が決裂したらどうするつもりだ?」


エドが、怖い顔をして父親に詰め寄る。


「その時は希望するものとアルミナを連れて、お前がオルブビネまで先導しろ。俺はここを動くつもりはない」


ゴダールは、息子を睨み返した。


「俺も、動くつもりはない」


ハルマがすぐに続けた。


「オルブビネは、すべての市民を受け入れるか難しいところだ。特に外部から来たもの達は難民も含め、受け入れは難しいだろう。その場合は、シャンアールを目指すしかない。シャンアールで受け入れの可能性は?」


ハルマがノクトの方を見る。


「たぶん…あそこなら受け入れるだろうな。ケルカノのハンター協会と連携しているはずだ」


「残るものたちはここで死を待つっていうの?!」


プロンプトが青い顔をして声を張り上げる。


「落ち着け、まだ、交渉が決裂するって決まったわけじゃない。ようは、交渉を成立させればいいんだろ。多少不当な要求でも飲むつもりか?」


ノクトがプロンプトを制して、冷静に聞いた。ゴダールは、またにやっと笑った。ハルマは苦渋の表情で


「…そうだな。戦闘になるよりかはマシだろう。もし、いくばくかの物資の提供で手を引くと言うのであれば条件を飲む」


「しかし…一度そんな要求を呑めばきっと…」


評議員の誰かがまた、不安な声を上げる。


「当然、向こうはとことんつけあがってくる」


ゴダールが、ふふん、と鼻を鳴らしながら平然と答える。


「だが、そんなことは10年前には日常茶飯事だった。大したことではない。向こうも攻撃するより生かしたほうが得だとすぐに気がつく。あとは、うまく付き合うだけだ。そのあと、いつまでグルーナが権力を維持しているかもわからん。グルーナに対抗する勢力が現れないとも限らない。これがニフルハイムの現状だ。ここで生きようと思ったら、こういう輩を相手にしていく必要がある。それがしんどいのであれば、この地を去るしかない。俺はここに残る。ここは俺の土地だ。死ぬまでな」


エドは、腹の据わったオヤジとは対照的に暗い顔をして俯いた。家族のこと…幼い息子のことを思ったのかもしれない。


「しかし…アコルドや、ハンター協会は、ルシスは…」


と誰かが呟いた。


「ハンター協会は、紛争には関与しない。ルシスも、他国の紛争には関与しない。内部干渉になるからな。アコルドは干渉したがるかもしれないが、それは…支配者をかえるだけだろう。オレは勧めない」


ノクトは、すぐに割ってはいる。


「ルシスは協力しないって…それが貴方の判断なのですね」


ノクトの傍にいた、警備隊の幹部の男が、失望する目でノクトを見た。ノクトは首を振って


「今のオレにはそんな権限はない。しかし、ルシスに残った連中はたぶん、そうやって判断する。第一、連絡の取りようもないんだ。仮に、運よく連絡が取れたところで…ルシスがここに入り込んだら、もっと大きな火種を起こす。アコルドを刺激する」


プロンプトもアコルドの情勢を知っているだけに、苦しそうに頷いていた。


「いいか、今、この時点で確実に大きな軍事力を保っているのがアコルドだ。アコルドに軍事力を行使する口実を与えたら、ニフルハイム全土に大きな戦闘が起きる…やがてそれは周辺諸国に飛び火するだろう」


ゴダールが脅すように低い声で付け加えた。再び、会議室に重い沈黙が訪れた。


「なんとしても和平交渉を成立させる」


重い沈黙を破って、ハルマが強い言葉を放った。


「確保した揚陸艇で、明日か…遅くても明後日にはファグナに向かうつもりだ。操縦士は幸い、従順だ。こちらの指示に従って揚陸艇を操作するだろう」


「お前一人で乗り込むつもりじゃねぇよな?」


ノクトは、なんとなくハルマの考えが読めていたので、笑いながら言った。ハルマは、申し訳なさそうに一瞬目を伏せて、しかし、覚悟を決めてノクトの目を見据えた。


「同行を頼めるか」


プロンプトは困惑して、ノクトの顔を見たが、ノクトは相変わらず笑っていた。


「だろうと思った。まあ、いいわ。何かあったとき、こっちをまとめる奴が必要だからな。ゴダールは連れて行けないし、エドはそのあとの役目がある…残ってるのはオレだけだな」


「他に、警備隊から数名を選ぶ。多すぎれば刺激するだろうから少人数に抑える」


ゴダールはすぐに続けた。


「危険な任務だ…本人の意思を尊重して人選してくれ」


ゴダールに見つめられた警備隊の幹部は、覚悟を決めるように頷いた。


「まず、私が同行します。他の人員もすぐに決めます」


会議は深夜にようやく散会となった。警備隊幹部は、同行者の選定のためにすぐに本部を出て行った。プロンプトは、青い顔をして何度もノクトの顔を見ては、しかし何も言い出せずにいた。


「だいじょぶだって。あんまり心配すんなよ」


「何いってんの!だって、ルーナ様になんていうのさ!」


「これから返って話しすっから。まあ、もしものときは、ルーナを頼むな」


「ばか!!!!」


プロンプトは半泣きになってノクトに胸を叩いた。


「やっと生き残って、やっとルーナ様に会えて…それでこんな危険なことに飛び込むなんて!!!オレも連れて行くべきでしょ?!置いていくってどういうこと?!」


ノクトはめんどくさそうに頭を掻いて


「そら、さっきの会議で決まったんだからしょうがねぇだろ。オレの意向じゃねぇし」


「だったら、ノクトが主張してくれてもよかったじゃない!」


「…まあ、オレも、お前にはルーナとアラネアの傍にいて欲しかったからな。そのほうが安心できる」


ノクトは、泣きそうな親友の頬をぽんぽんと叩いた。


「頼むわ。オレの留守中、あいつらのめんどうみてくれ。そのほうが安心して出かけられる」


プロンプトは半べその顔になんとか笑顔を浮かべて、


「わかったよ…でも、ちゃんと無事に返ってきてよね。じゃなきゃ、許さないから!」


とノクトの肩をこぶしで打った。


「わーったよ。まったく、信用しろっての」


ノクトは、笑って答えた。

















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