Chapter 21.12-追跡-

お、梅雨の晴れ間だな。


誰かがつぶやいたので、タルコットも顔を上げた。蒸すので開けっ放しになっている揚陸艇の開口部から、雨が小降りになって、空がところどころ明るくなっているのが見えた。ふらっと外へ出て、山脈の方へ視線を向けてみた。雲の切れ間から、穏やかに日差しが差し込んで、山あいの木々を照らしていた… その麓に目を凝らしながら、エンジン音が聞こえないかと耳をすます。


差し込んだ日差しによって、湿った大地からムッと息苦しいような熱気が立ち上る。腕時計を見ると、曇り止めが機能せずに、その表面に細かな雫がついてしまっている。タルコットは、時計の表面を右手で拭った。

15:28

はあああ… 大きくため息をつく。いよいよ時間切れか…

昨日、キリクを送り出した時間は、正確に目に焼き付いていた。14:53…
ロスタイムと思って粘っていたが30分は過ぎた。他の隊員たちは、タルコットを気遣ってか、時間を気にするそぶりは見せない。モルス船長はじめ、タルコットの判断を、ただ静かに待っている。

いつまで待つんだ…? あと1時間か?…僕が決めなきゃいけないんだ

タルコットは、深い後悔と重責に押し潰されそうな気分だった。なぜ、あっさりと行かせたんだ…せめて、バイクに発信器を仕込むとか、およその位置を聞き出すとか、一緒について行くとか…やりようはあったはずだ。

落ち着け、タルコット。悔やんでも仕方がない。これから、どうするかだ。もう、どのみちこの時間からの捜索は無理だろう…5日目は終わった。残されたのは、明日からの4日間。あと4日をどう使うかだ。

「タル坊、ちょっと来てくれ」

呼びかけられて我に帰る。モルスが操舵室の方から顔を出していた。

「はい…」

沈んだ顔で、とぼとぼと操舵室へ入る。モルスと、隊員の1人が何やらモニターを見て相談していた。

「これは…」

「昨日な、あのチャラいのが帰ってくときに、一応、広域でモニタリングさせといた。エンジン音と、エンジンの熱だな…途中までだが、追跡した結果がこれだ」

分析した結果がモニター上の地図の上に赤い点線として映し出される。始めに北上をして、少し山脈の方へ近づいたかと思うと、また少し、戻るように南下して、そして山裾に入ったところで途絶えた。

「さすがに山間に入られたら捕捉できなかったが…山への入り口は検討つけられそうだな。どう思う?」

タルコットは、希望の光を見た気がして、食い入るようにモニターを見る。

「揚陸艇から誘導していただけますか? バイクで、出ます」

「今からか?」

「はい…この入り口までなら、日が沈む前につけると思います。その先に進めそうか今日中に確認できます」

うむ… とモルスは唸った。

「せっかく、雨も上がってるしな…行って見るか」

しかし、と、モルスは今にも飛び出そうとしていたタルコットを制する。

「リスクはある。あの男が遅れて戻ってこないとも限らない」

「揚陸艇は、このままここに待機してください。この山の入り口なら、ギリギリ無線が届く範囲だと思います。無線で誘導をお願いします」

「そこまでたどり着いたその後はどうするつもりだ?」

「進めそうでも、一度揚陸艇まで戻ります。翌朝、日の出とともに上空からサポートを受けてその先に進む…どうでしょうか?」

タルコットの目は必死だ。

「わかった…お前の判断に任せる。だがな、タル坊。残り少ないからこそ焦るなよ。昨日の判断に責任を感じてるかも知れねえが、…まあ、誰でも同じ判断をしたさ。拷問して吐かせるわけには行かねぇんだし。だから、余計な気負いをすんじゃねえぞ」

「…わかりました」

タルコットは、ぐっと辛そうに顔を歪めつつ、頷いた。慰められてるんだろうな…でも、まだこうして信頼してくれている。いや、信頼さようがされまいが、この任務の責任者は自分なんだ…モルス船長も、それを認めてる。

タルコットはバイクで颯爽と揚陸艇を飛び出した。天候はタルコットに味方しているようだ。先ほどよりもさらに、空が明るくなっているように感じる。

ータルコット。そのまま北に10キロ…およそ山脈にそえば問題ない

ー了解です。まだ、タイヤの跡、見えてます。しばらくタイヤの跡を追います。方角それたら教えてください

ぬかるんだ地面に、わかりやすい跡が続いていた…すぐ先で林の中に入るようだ。

ー間も無く林に入ります。方角は?

ー林か… しばらく蛇行してるんだ。山脈側によりつつ大回りして南下してる。

追跡をまくつもりで林に入ったのか…
黒々とした林は、山脈に沿うように南北に伸びている。
林の入り口で、タルコットはバイクを停止させた。タイヤの跡は…案の定、林の下生えや落ち葉で分かりづらくなっている。

ー今、林の入り口で停止中。方角指示をお願いします

ー無駄に蛇行した形跡があるな…そのまま、真東、山に向かって進めるか?大回りして南下するとちょうどその辺りにぶつかるんだ

ー行けそうです。東に進みます

タルコットはバイクの向きを山脈の方へ向けて、スピードを落としつつ慎重に進める。

ーよし、方角問題ない。そのまま進め

行く手は山に近づくにつれて、勾配がきつくなり、やがて大きな岩がゴロゴロと露出するようになった。この"ドワーフ"でなければ、この岩場を登るは難しい。きっと、大回りにあのバイクが通行可能な道が開かれているんだろう。


ぶおおおん、ぶおん 時折、”ドワーフ”のエンジンが苦しそうな声を上げる。問題ない…タルコットが、ひとふかしさせると、不格好なバイクは不思議な動きで、軽々と岩場を跳ねるように、乗り上げていく。


見えた…道だ。


登りきった先に、辛うじてバイクが通れるくらいの、獣道が見えた。最近、バイクが通ったような跡も見える。


ー道に出ました!南下します!


ー了解、方角問題ない


よし…行ける。タルコットは、目をぎらぎらさせてバイクのスピードを上げる。辛うじてバイクが通れるだけの幅、右側は岩場…その先はすぐに登りに差し掛かり、険しい崖になる。しかし、これだけ視界もよければ、その狭い道には目立った障害物もない。いかにも頻繁に使われている道だ…


日は、今度は西に連なる山の向こうに沈もうとしていた。二つの山脈に挟まれるようなこの場所は…日の出も早いようだ。予定より早く暗くなりそうだ…タルコットの気持ちが焦る。


ー目標地点まであとどのくらいですか?


ー直線距離なら数Kmなんだが...高低差や細かい蛇行は測れない。さきほどからあまり距離が進んでいないように見えるぞ。


ー道なりに進んでいます…さほど蛇行しているようには思えませんが…


ータル坊。モルスだ。日の入りまでわずかしかない。そろそろ引き返せ


え…


ータル坊。聞こえたな? 夜間に山道を走行するのは危険だ。すぐに引き返せ。


ーしかし…あと少しで目標地点です。その先が行けるかどうか、そこまで確認させてください


ーこっちはもう、雨が降り始めてるぞ。やがて天候も崩れる


ー目標地点まではあとどのくらいですか?


タルコットがモルスの声を遮るように聞く。躊躇うような間があってから


ーさっきから…距離が縮まってないんだ。タルコット。計測器の不具合かもしれないが…お前、前に進んでいるのか?


何を言ってるんだ?


タルコットはバイクのメーターを見た。暗くなり始めた中で慎重にスピードを落としているが…しかし40km/hは出ている。残り数kmと言われて…いくらなんでも5kmは走ったと思う。


ー何かおかしい…タル坊。止まれ、とにかく止まるんだ。


あと少し…と思ったが… タルコットは悔しそうに唇を噛んだ。しかし、モルスが言うように何かがおかしい…太陽は、もう半分、西の山の向こうに姿を隠していた。タルコットはゆっくりとアクセルを緩めて、そしてバイクを止める。


気がつけば…確かに、南のほうから怪しい雲がせり出してきていた。もうまもなく、雨が降り出すだろう。


ー停止しました。今の地点は?


ーこちらからは…15分前の通信のときと、ほとんど動いていないように見える


いったい、どんな仕掛けがあるっていうんだ…タルコットは、がっくりと頭をたれた。


ータル坊。とにかく、慎重に戻れよ。場合によりバイクはおいて来い。来た道と同じ道を、昼間のようには戻れんぞ。


ー夜明けまで…何時間でしょうか?


タルコットは聞いた。日は、ついに山の向こうに沈み、辺りは急に闇に包まれた。


ー一晩、そこにいるつもりか?


ー少しだけ…徒歩で進んでみます。バイクを置いていけば距離も測れるはずです


ーお前、装備は…


ー一晩過ごすだけの水と軽食は持っています


タルコットは、ちょっとだけ水増しして報告した。水を持っているのは本当だが…食べ物は軽食と言えるほどかどうか。背負っている小さなリュックには、ルシスを出発したときに、つっこんだチョコレートが一枚あるだけだ。


ーモルス船長。一晩だけ行かせてください。発信機の信号は、100km範囲まで検地できるんでしたよね?


ーばか。あくまでも理論上の話だぞ。谷に落ちでもしたら検知できるかは保証がない


ー谷には落ちません。ライトも方位計も持っています


モルスの、難しい沈黙が続く。よほど迷っているのだろう…もちろん、この任務のすべての決定権は、タルコットにある。しかし、この、あまりにも若い指揮官の判断にどこまでゆだねるべきか…彼を無事にルシスに帰還させるのも、モルスにとっては、暗黙の重要任務になっている。


ータル坊。いいか、よく聞け。無線が届く範囲までだ。最大でも1時間とする…それ以上は認められない。これは船長命令だ。お前の任務はお前の責務だが…俺も一応、ハンター協会からこの隊の指揮を任命されてる。名目上、お前はまだ、隊員の一人だ。隊員の身の安全を守るのが俺に課せられた義務だ。わかるな?


タルコットは、隊を背負う重責を…今なら少しわかる。モルス船長に敬意を示したいと思った。タルコットは、落ち着いた口調で答えた。


ーわかりました。ご理解ありがとうございます。1時間だけ…進みます。その後は、徒歩にて本艦に帰還します。


ー了解。では、1時間の探索を許可する


タルコットはエンジンを切って、バイクを降りた。時計を見る。バックライトに浮かび上がった時刻は…18:21 キリクが現れないということならば、もうそちらは諦めるより仕方がないだろう。


タルコットは胸元のライトをつけて、足元を照らした。雨が…ぽつり、ぽつりと頬を打ち始めた。しかし、見上げた空は辛うじて、雲間に星も見える。しばらくは、振っても弱い雨だろう。


急ごう・・・1時間だ


タルコットは前を向いて、その細い道を進んだ。わずかにバイクが通れるほどの道…確かに、斜面に沿って登ったり下ったり、蛇行をしている。しかし、分かれ道もなければ、斜面側も断崖絶壁。とてもバイクで他の道をいけるとは思えない。バイクを捨てて、ロッククライミングよろしく、この急斜面を登るのでなければ…タルコットは、急な斜面を見上げる。ところどころ生えている木の枝や幹を頼りにすれば、登れないこともないが…と思う。


雨が少し強くなったようだ…タルコットは、前を進む。時々後ろを振り返る…バイクはもう山肌の向こうに隠れて見えない。前には進んでいるはずだ。


ータルコット


ーはい、順調です。こちら問題ありません。位置はどうですか?


ーお前…進んでいるのか?


ー…そのつもりですが、そちらで捕捉した位置は?


ー30分は発ったな?


ーそうですね…


タルコットは腕時計を確認する。嫌な沈黙が続いていた。


ータルコット。こちらからは、距離が確認できない…30分前と同じ位置で発信機の信号を捉えている


ーまさか…バイクからの距離はかなり離れているはずですが…


タルコットは慌てて、来た道を少し戻ってみた。ほんの数歩だった…もどった先に、明かりを向けてみると、すぐにバイクが見えてきた。


おかしい・・・ 30分は進んだはずなのに…


ータルコット、どうした?


心配そうな声が聞こえてくる。


ーバイクが・・・見えました。すぐそばです


その声が、少し震えているのに、自分でも驚く。


ータルコット


再び、モルスの声が聞こえてくる。


ー危険だ。何か、おかしなことが起きている。山では、距離感覚も狂うと言われているからな


ーそういうレベルではないと思いますが・・・


ーああ、俺もそう思う。だからこそ、これ以上は危険だ。バイクの傍にいろ。夜明けまで動くな


タルコットは時計を見た。19:03… 


ー夜明けまでの時間は…


ー明日の日の出は…5:47の予定。しかし、雨が降り出している。これから強くなるかもしれない。こちらの体感的に空が明るく感じられるのは、6:30以降だな。タルコット、雨を避けられそうか? 


タルコットは、小雨となった空を見上げた。無線で話しながら、もうバイクの傍まで戻ってきている。雨を避けるように、木の枝がせり出す斜面に寄りかかるようにして体を預ける。激しく振り出したらどうか分からないが、今のところ雨は凌げる。

なぜだが、タルコットはこの、怪しげな山の中で一晩を過ごしてみたいと思っていた。どうにも近づけない謎は、人知では測れない何かがあるのだ。


ー一晩、ここで過ごします。雨を避けられる場所も見つけました。


タルコットは、強く言い切った。


ーヒートシートもあります。多少の雨なら問題ありません。


揚陸艇のほうでは何か話し合ってでもいるのか、しばらく応答がなかった。5分ほどして


ーわかった。とりあえず1時間おきに連絡を取る。応答がなかった場合、救助隊を編成してその場所へ向かう


と通信が入った。


ー了解です


タルコットは、苦笑しながら答えた。よほど心配をかけているようだ。


はああ… ノクティス様を探して遭難でもしたら、きっと大目玉だな。


タルコットは斜面に寄りかかったまま、木々の合間から、黒々とした空をみた。失望するイグニス、グラディオの顔…そして、怒り狂ったアラネアの様子が思い浮かんだ。自分のみに何かあったら、イグニスは責任を感じるに違いない… はじめから無茶だったんだ…そう思われるだろうか?


タルコットは、のろのろと体を起こして、リュックからヒートシートを取り出した。手のひらサイズに折りたたまれていたそれは、袋を破って広げると十分にタルコットの体を包む。まだちょっと暑いくらいだが…しかし、雨は避けておいたほうがいいだろう。山では、地味に体温を奪われるのが致命傷だ。

それから、ボトルを取り出して水を少し飲むと、チョコレートをひとかけら口に入れる。チョコレートの味が広がった途端、空腹を思い出した…育ち盛りの青年にこの空腹はきつい。食べたら余計つらいのか…食べなきゃ良かったかも、と後悔する。ぐううう と腹が鳴った。このふた月くらいでまた身長が伸びていた。グラディオは、旅の間、靴のサイズが合わなくなるぞ、と笑っていた。冗談ではなく、実はちょっと足の先が当たる感じがある。揚陸艇に戻ったら、予備の靴をもらわなきゃ… この調子なら、すぐにノクトを追い抜くな、とイグニスも笑っていた。そしてやっぱり頭を撫でられた。これから伸び白のあるやつは羨ましいと言って…


伸び白なんて…イグニスさんたちに、追いつけるわけが…


追いつくためにここまできたんだけど。少しでも追いついて、同じ土壌で役に立ちたくて、そうしてここまで来たんだ。そして、今、間違いなく、自分が一番、ノクティスに近いところにいる… タルコットは胸元のポケットからサボテンダーを取り出して見る。


サボテンダーが魔法をくれないかな…


雨の勢いがだんだんと強くなって来た。気温はさほど下がってはいないが、タルコットはぎりぎりまで木の幹に身を寄せるようにして雨を凌いだ。ヘルメットから滴った雨水が、首の隙間から服の中に入り込むが、どうしようもない。


ーこちらヴィショップ。揚陸艇より、定期連絡。現在20:02。そちらの状況は


ーこちらタルコット。雨が少し強くなってきましたが、問題ありません


ー了解。体調に変化があったら、すぐに知らせろ。下手な意地はるんじゃねえぞ


タルコットはちょっと笑って


ー了解です…でも、心配しないでください。警護隊の訓練でも、似たようなのがありましたから


ーああ…あの、くそキツイって噂の訓練か。お前も参加したんだな。物好きだなぁ


ーアラネア隊の独自訓練だって、相当キツイって噂ですよ


ーあれは訓練っつうか…地獄だな。いつも、訓練中に死人が出るんじゃねえかと冷や冷やする


あはははは、とタルコットは笑った。無線の向こうでヴィショップも笑っていた。


ーま、笑えているうちは、元気そうだな。とりあえず、1時間後にまた連絡するが、その後、仮眠を取れ。眠って凍死するような気温じゃねぇし、深夜にかけて雨が強くなるかもしれない…雨の弱いうちに寝ていたほうがいいぞ


ー了解。次の連絡の後、仮眠を取ります


空腹で眠れるかしら… しかも、昼間、キリクを待ちぼうけしたせいで、あまり体を動かしていなかった。なかなか寝付けなそうだ。


山中で一夜を明かすときには…訓練で学んだことを思い返す。体力の温存・・・その一方で、神経を研ぎ澄ましておく。危険な野獣の生息、もしくは敵の存在があればなおさらだが、そうでない場合も、天候の変化、土砂災害の予兆・・・わずかな音の変化、水の匂い、空気の流れ・・・自然相手には野生の勘を働かせろ。


タルコットは斜面を流れ行く雨水の様子を眺めた。ちょっとライトをつけて光を当ててみる。透明な雨水が表面をさらさらと流れているだけだ。これが・・・土まじりに茶色くにごったら、危険だ。


天候によっては、今夜は寝ないほうが良さそうだな。場合によってはバイクをおいて移動しないといけない。


ーこちらヴィショップ。タルコット応答せよ


あれ、もうそんな時間か・・・タルコットは腕時計を見た。20:52 まだ少し早いが・・・


ーはい、タルコットです。どうかしましたか。


ー今、わずかだが、広域モニタリングでエンジン音を捉えてる


ーえ!


タルコットはヒートシートを脱ぎ捨てて立ち上がり、斜面を降りて道に出た。


ー位置は?


ーその近辺をうろうろしている。山道を進んで、そちらに向かっている可能性もある。


タルコットは、雨が降りしきる夜の闇に目を凝らし、耳を澄ませる...雨音の中を、とぎれとぎれに、かすかなエンジン音が届いた。


ーこちらでもエンジン音確認しました


音を頼りに進むか・・・?しかし、先ほどと同じようなことになるのでは・・・


ーエンジン音、途切れた・・・いや、まて、また捉えた。


ー・・・こちらに近づいてます


やがて、はっきりとしたエンジン音が耳に届いた。そして、まもなくカーブの先の盛り上がった岩の先に、バイクのライトが当たったのが見えた。


ーバイク確認しました


ー警戒しろ


ー了解


タルコットは、腰に巻きつけた双剣にそっと手を添えた。バイクは迷いなく、タルコットに向かってきて、やがてスピードを落とすと、すぐその目の前に止まった。タルコットの胸元のライトに照らされて、その赤い車体がキラキラと光る。


ライダーはフルフェイスのヘルメットをはずした・・・キリクが、にんまり笑っていた。


「あーあ、こんなところまで入り込んじゃって…立ち往生?」


ーキリクです


ー了解。こちらでも音声聞こえてる


タルコットは、きっ と警戒した眼差しを向けた。


「あれ? タルコット、もしかして怒ってんの? 遅くなって悪かったよ。でもさ、ちょっと聞いてくれる。あの集落の元締めって、超頑固オヤジなんだよ。できれば関わりたくないって感じ…それを、僕がその息子とさぁ、一日がかりで説得してさぁ。その苦労を分かって欲しいなぁ」


「それでは・・・」


「ああ、約束どおり連れて行ってあげる。だけど、条件があるよ。君にくっつけてる発信機をはずしてくること。あと、無線機もここに置いていって」


「え…無線機も」


「そうだよ。それだって、位置特定可能でしょ? 一応さぁ、隠してるんだからさ、あの集落」


タルコットは、少しだけ考えて


ーモルス船長。仕方ありません、要求を呑みます


ーしかし…その男を信用するって言うのか


ーはい・・・一応、戻りましたので…信じます。僕ひとりで行かせてください。


「心配しないでよぉ。取って食ったりはしないからさ。ノクトに連絡が取れればいいんでしょ? まあ、明日か明後日には取れるんじゃない?」


ーだそうです・・・二日いただけますか?


ータル坊。無茶すんじゃねぇぞ。危険を感じたらすぐ離脱しろ。


ーわかりました。発信機と無線機は、この場所に置いていきます。明日回収をお願いします。


「あーそうそう、ちゃんと伝えて。ここまで取りに来てもいいけどさ、この先に進もうとしないことだね。無理に進めば危険だよ。許可のない者は通れないようになってるの。ここまできて、遭難者を出してもつまらないでしょ?」


ー聞こえましたか?


ーああ聞こえた・・・2日は大人しく待機するが、それ以上はこちらも捜索に踏み込むぞ


ーわかりました。必ず2日以内に戻ります


ー発炎筒は・・・持ってるな?


ーはい・・・


ーいざと言うときはそれを使え。上空2kmまでは飛ばせる。見晴らしのいい場所で使えば、こちらで捕捉できるはずだ


ー了解しました。では、通信を終えます


タルコットは、ライダージャケットに差し込んでいた無線を取り出した。そして、ポケットの裏に装着していた発信機も、キリクに見せるようにして、それから、投げ捨てていたヒートシートに来るんで、目に付くところに置く。


「これでいいでしょう。先導お願いします」


「じゃあ、僕のお尻にくっついてきて」


にやっと笑って、ヘルメットを被ると、バイクの向きを変えて今、来た道のほうへ走り出す。タルコットもすぐにバイクに跨って追いかけた。不思議なことに・・・一つ目のカーブを曲がると、すぐに風景が変わった。昼間、あんなに道を走っても全く代わり映えしない景色だったのが、すぐに道は深い森の入り口に差し掛かる。


どういう仕掛けなんだ…これって、魔法なのか?


暗い森の中を、赤い車体はそのまま進んだ。タルコットも後を追った。不思議なものを見た。森の先に、ぼおっと弱い光が点在していた。どうもキリクはそれを目印に進んでいるようだ。バイクがその傍を通り過ぎると…それは、石が弱く発光しているように見えた。静かな森の底に、転々と光る石…その神秘的な光景に、タルコットは息を呑む。何か、不思議な力が働いているんだな。


やがて森を抜けた。わっと、空が広がって、タルコットは驚いた。谷間に出たようだが・・・しかし、下ってきたような感覚はなかった。森を走っている最中、ずっと登っている感じがしたが・・・


そして、明らかに違う空気。雨は降って、相変わらずじめじめはしているが…しかし、空気が澄んでいる。土と水のいい匂いがする。暗い闇の中でよく分からないが…時折、バイクのライトに照らされる木々は、みな、緑豊かに生い茂っている…まるで、10年前の風景を見るようだ。


秘密の…隠された集落…


タルコットは、息を呑んだ。

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