chapter 21.11-ライダー-

しとしと静かな雨の山あいを、低いエンンジ音が響く。強くなったり、弱くなったり…時折、タイヤが激しく空転する音とともに悲鳴のようなエンンジン音が聞こえてくる。何か障害物にぶち当たって、うまいことタイヤが前へと進まないのだろう。諦めてエンジン音が小さくなり、ウロウロするような気配がしてから、また、新しいルートを見出して、またエンジンが唸る。

無駄にガソリンを使ってるよなぁ…と、タルコットは思う。ルシスの試験走行でも、雨の山道は想定していた。しかし、ここまでの急勾配は…
ノクティス一行の車両がいくら軍仕様だとしても、このバイクよりも機動力があるとは思えない。しかし、地面の轍はこの急勾配の先に続いている。

タルコットは諦めてエンジンを切った。押していった方が早そうだ。

ーこちら3号機。大丈夫か?エンジン音が消えたぞ

ーこちらタルコット。酷い勾配なので、押して乗り越えます

ーそりゃあまた、ご苦労さん…

気の毒そうなモルスの声が、イヤホンを通して聞こえてきた。イヤホンはライダースーツの胸ポケットに収めた無線機に続いている。アラネア隊の一人が、器用に手持ちのイヤホンを改造して、無線機を手放しで使えるようにしてくれたのだ。しかし、防水としてはどこまで耐えるかなぁ…と、隊員は首をかしげていた。

ルシスを発つとき、装備としてハーフヘルメットにライダーゴーグルを選んで正解だったな、とタルコットは思う。この雨の中、いちいちフルフェイスヘルメットを脱いで連絡を取り合ってるんじゃ、捗らない…


残り、6日… 昨日の午後、ようやくシャンアールを発ったものの、上空からの探索は、うまくはいかなかった。山脈の多くの地点が靄に包まれてしまっていて、集落らしきものを見つけることはできなかった。ノクティスを下ろした正確な地点を探し当てるのにも、結構な時間が掛かった。ようやく見つけた着陸地点に、車の轍と、焚き火を起こした痕跡が見つかり、ひとまず安心したものの、車の轍は山へ向かうものと、幹線道路へ向かうものと両方向に伸びていた。幹線道路の方は、その後を追いかけても、舗装された道路に入った途端、もはやは痕跡は見つけられず…タルコットが、仕方なく引き返してきたのが昨日の夕方。今日は朝から山の方へ向かう道をあれこれと試しているが、不思議にどこを通っても、もとの着陸地点へ戻されてしまう。もはや、バイクを乗り捨てて道無き道を行くべきなのでは… この急勾配を乗り越えてもなお、もとの位置に戻されるなら、何か別の方法を考えなければいけない、と、気持ちが焦る。

普通のバイクよりかは軽い…と思うが…タルコットの息は上がった。勾配が急なだけでなくて、路面のコンクリートがえぐれたり、崩れたり、逆に盛り上がったりして、行く手を阻んだ。この薄暗がりでは、その凹凸もよくわからない。

あと6日だぞ…タルコットは自分に言い聞かせて、気持ちを奮い起こそうとする。とにかく、手がかりを見つけなきゃ。時折、山脈の上の方を見上げるが、雨雲と霧に隠れてよく見えない。

ノクティス様…遭難したわけじゃないですよね…

背筋がゾッとして、慌ててその想像を打ち消した。ご存命のはずだ。そして、ルーナ様とご一緒に、ご帰還されるんだ

なんとか、急勾配を登りきった。その向こうは、登りよりは緩やかに見える。道の先は暗くてよく見えないが、斜面に沿うように左手に曲がったその先は、開けているように見える。

下りの方が危ないんだよなぁ…慎重に行くか。タルコットはエンジンを掛けないままバイクに跨って、両足をつきながら、そろそろと坂を下った。思った通り、あちこちにくぼみや、突起などの障害物があった。闇雲に足っては、足元をすくわれる…

坂道を降りきって、ようやく土の道になる。ぬかるんではいるが、見通しも良い。タルコットはホッとして、またエンジンを吹かした。斜面に沿うように土の道が続く。時折、両脇から木の枝が垂れ下がって視界をふさぎだが、この程度なら走り抜けられる。


ぶるるるる... ようやく調子の良い音が響く。


ーどうだ?


ー先に進めそうです。このまま数km進みます


ー了解


タルコットは折れ曲がる道の先を目指して、器用に左右の草木を避けながら進んだ。山のほうへ入る道に繋がっていればいいけど… ちょっと先に、風雨で折れた木の枝が散乱していた。あの程度なら、乗り越えられるはず…

しかし、始めの枝に乗り上げたとき、思った以上に車体が上向いたのに気がついた。


しまった… 


何とかハンドルを左に切って、体も思いっきり左側に傾ける。…両輪が着地したところでブレーキをかけて、そのまま、地面にすべり込むように横倒しになり…しかし止まり切らないバイクはぶおおおんっ と激しい音を立てながらタルコットの体を離れてそのまま地面を横滑りするように飛んで行った。タルコットの体も地面の上を反対のほうへと弾き飛ばされる…

タルコットの体はしばし、地面を滑ったが、すぐに藪にぶちあたって止まった。横滑りのおかげで、大した衝撃ではない…ライダースーツは泥だらけになっているが、体の露出もなかったので、ケガはなさそうだ。タルコットはすぐに身を起こした。みると、すぐ先に斜面に突っ込むようなかたちでバイクがころがっていた。前輪がまだ空転している。


やっちゃった… タルコットは青くなってバイクに走り寄った。バイクのエンジンを切って、起こす。巻き込んだ泥や、枝を取り払う…見たところ大きな損傷はなさそうだが...手で押してタイヤの回り具合を確かめる。よかった…軸もゆがんでなさそうだ。

ほっと胸をなでおろしたところで、無線に音声が入った。


ーおい、どうした?


ーすみません、ヘマやってこけました…でも、バイクも自分も無事です


ーそりゃ…そうだが


とモルスは何か口ごもって


ー…こちらでも見えているぞ


えっ… と思って、タルコットは周囲を見渡した。左手の、道が開けた先に、停泊している揚陸艇の光が見えた。


なんで… 方角が… そんなはずは…


タルコットは今、来た道を振り返ってみた。斜面に沿ってうねるように続く山道…木立に隠れてすぐに見えなくなる。


ー...道を戻ってみます


タルコットはまた、バイクに跨ろうとする。


ーいや、タル坊。一回戻って来い。昼飯にしよう。それに…ちょっと面白いものを見せてやる


モルスの声が、思わせぶりだった。タルコットは重いため息をついた。


ー了解です


バイクの向きを揚陸艇のほうへ向けて、エンジンをかける。バイクの走行は、問題なさそうだ。本当に良かった…ここでは修理といってもできるこをは限られている。


タルコットは慎重にバイクを転がしながら、そのまま、揚陸的の開口部から貨物室まで乗り込んだ。待ち受けていた隊員たちが、タルコットの泥にまみれた無残な姿に、わっと声を上げていた。


「お前…派手にやったな」


「ええ…でも、大丈夫です。横滑りしただけですから」


「ばっか。鏡見て顔を洗って来いよ」


隊員達は笑った。バイクもジャケットも、ある程度雨で泥を流してきたつもりだけど…と、タルコットは鏡を見て、自分の頬にもべっとりと泥がついているのに気がついた。慌てて洗い流してみる…その下は痛々しい擦り傷になっていた。目にした途端に、急にひりひりと痛みを感じる…こりゃ、軟膏をもらったほうがいいかも…。


兄貴分の隊員が、面白がってタルコットの頬に軟膏をぬり、その上から大きな絆創膏をはってやる。


「うはははははは。こりゃいいな。ちょっと箔がついたぜ!」


タルコットは、しゅんとして


「ちょっと…バイクを点検しますので…」


と、隊員たちを押しのけて貨物室に戻ろうとした。


「おい、タル坊。そう落ち込むなよ。まだ6日あるんだ。ほら、これを見てみろ」


モルスは操舵室のモニター画面を指した。揚陸艇から辛うじてモニターした周辺の地形図が入っている。その上を赤い点がうろうろと動き回っている。青く光る点は…今、揚陸艇が停泊しているこの場所だろう。


「この赤いのがお前さんに取り付けた発信機の動きだ。どうだ、変な動きしてるだろ…」


赤い点は、はじめこそ、左右にはっきりと方向を決めて進んでいるように見えるのに、なぜか途中で引き戻ってくる…あるいは、大きく山肌とは離れる方向へ湾曲して、大回りに円を描きながらこの地点へ戻ってきていた。


「まさか…常に山の方向を見定めて走っていたのに…」


「狐か狸にでも化かされてるみたいだなぁ」


モルスと隊員達は笑うが、タルコットは笑えない。


「これ…リアルタイムに動きを捕捉できるんですか? 揚陸艇から誘導することは…」


「徒歩ならまだしも、バイクの速度だと、完全にリアルタイムでは捕捉できないな」


「徒歩に切り替えて…」


モルスはタルコットの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「まあ、落ち着け。まずはメシだ」


ばらばらと隊員たちが調理室のほうへ移動したが、タルコットはいつまでもモニターに映る赤い点の軌跡を眺めていた。


狐に化かされて…


イグニスから聞かされていたこと…その地は、古い伝承で語られている幻の土地。許可のないものは立ち入れないという。タルコットはおもむろに立ち上がって、貨物室へ向かうと、自分の荷物を漁った。出発のときどうしようかと迷ったが、一つだけお守りに忍ばせてきたのだ。ハンカチに丁寧にくるまれているそれを取り出した。開けてみると…素朴な木彫りのサボテンダーが、その間抜けな表情を見せる。タルコットは、思わず、微笑んだ。

祖父が死んで落ち込んでいたタルコットに、ノクティスが始めて買ってきたお土産だ。その後も、ノクティスは、カエムの家に寄るたびに、いろんなサボテンダーを持ってきてくれたっけ。シリーズの中でもありふれたタイプだったけど、この素朴な木彫りが一番のお気に入りだった。手渡すときの、ノクティスの照れたような表情が、今でも思い出される。


タルコットはもう一度ハンカチにくるむと、今度はそれを、ライダージャケットの胸ポケットに突っ込む。何か、ノクティスに繋がるものと言えば、これしかなかった。


おじいちゃん…ノクティス様…どうか、僕を導いてください


タルコットはしばし目を閉じて祈った。


「ほら、辛気臭い顔してないで、食えよ」


隊員の一人がタルコットの分の昼食のプレートを持って来てくれた。他の隊員も、操舵室や貨物室にちらばって、調理室で受け取った昼食を食べ始めている。タルコットも、ようやく笑顔を返して、プレートを受け取った。


落ち込んでても仕方ないな…まだ6日ある。さあ、どうする?


タルコットは、自分に言い聞かせながら、勢いよく料理を口に運ぶ。


「なあ、もう一度上空から調べてみるのはどうだ?」


昼食をほおばりながら、隣に座った隊員が聞く。


「この天候じゃなぁ…」


と他の隊員が呟く。


「できるだけ低空飛行して、地形をモニタリングしてみるのは?」


「山脈の尾根にぶつかるぞ。どうにも、山すそには近づけないな」


「外部スピーカーで呼びかけるのはどうだ?その集落に、陛下がいるんだろ?向こうから出てきてくれてもいいんじゃないか」


おー!なるほどー!


と隊員達は沸き立った。呼びかけるか…確かにそれも手かもしれない。イグニスの話では、隠された集落は、決してルシスに敵意はないはずだと言っていた。ことに、ルナフレーナに対しては友好的であるはずだと。


「タルコット、ちょっとこい」


操舵室から、モルスが顔を出して呼びかけた。タルコットは昼食をおいて、すぐに操舵室に入る。


「どうかしましたか?」


「これを聞いてくれ」


隊員の一人が、ヘッドフォンを装着して、なにやら操作している。外部の音をモニターしているらしい。


「スピカー繋ぎますね。音量拡大します」


雨と草木がこすれあうような音がスピーカーから流れてくる。様子を見ながら、隊員が音量を徐々に上げていく。ノイズが酷くなるが...その中に混じって…わずかに、エンジン音?


「これは…」


「およその音源はこの辺り…」


と、広域の略図がモニターに移って、揚陸艇の青い点と、もう一つ、淡く赤い円が描かれる。地点が絞り込めないので、おおよその位置を示しているだけだ。わかるのは揚陸艇からの距離とおおよその方角。


「誰かが、車両で近づいている」


「およその地点は、ここより10km南南西。エンジン音が一定しているから…幹線道路を走っている可能性が高いですね」


「僕、バイクで出ます!」


タルコットは操舵室を飛び出すと、ヘルメットとゴーグル、それに無線機のイヤホンを装着した。


ー全隊員、離陸準備だ。近くに走行中の車両を発見。追跡する。


何事かとタルコットを見ていた隊員達も、慌てて食事を片付けて、持ち場へと駆け出した。タルコットはバイクに跨って、ひとり揚陸艇を飛び出す。


ータル坊。とりあえず幹線道路を目指せ。こちらで正確な位置を特定したら誘導する。


ーわかりました


ー万が一武装している相手だったら、近づくなよ。音からすると軽車両だと思うが


ー了解


見渡す限り人気のない荒野…車両が通るとすれば、この隠された集落を目指している可能性は高いだろう。タルコットの心臓が高鳴った。

バイクは農道を一気に走り抜けて、幹線道路へ出た。その動きは、さきほどの山道とは打って違い、新しく生まれ変わったかのようだ。スピードをあまり落とすことなく、ほぼ直角に左に折れて、南下する。南南西10km…すぐに接触するだろうな…車両のライトが見えないかと正面に目を凝らす。背後では、揚陸艇が開口部が閉まりきっていない状態で強引に離陸を始めていた。その魔導エンジンの大きな音が響く。


何者かも…この音に気がつくはずだ。進路を変えないといいけど。


ー高度50m、低空飛行で追跡する


ーエンジン音は…まだ捕らえていますか


ー飛行中はあの音を捉えるのは難しい…距離から行って近いぞ。そのまま向かってくるならすぐに…


あ! とタルコットは声を上げた。向こうからライトの明かりが見えた…うす暗がりから見えるのは…バイクだ。揚陸艇がハイビームライトを照射して辺りを照らした。暗かった幹線道路がまぶしくなり、向こうから真っ赤に光るバイクが颯爽と向かってくるのが見える。フルフェイスのヘルメットと黒いライダースーツに身を包んだその人間は、ぱっとみた体格では若い男のようだ。


あ、… という間にバイクは、タルコットとすれ違ってさらに北上して言った。揚陸艇がその後をおってライトを照射し続けている。タルコットも急ブレーキをふみ、すぐに方向を変えてその後を追う。


ー赤い走行中のバイク、停止を求む。こちらはルシスハンター協会所属の飛行部隊第3号機。走行中のバイク、停止を求む


揚陸艇のハイビームに照らされながら、赤いバイクは速度を緩める気配がない。タルコットもエンジンを全開にして追いかけた。なかなかいいバイクだな…舗装道路では分が悪い。しかし、その距離は少しずつだが縮まっている。大丈夫。振り切られはしまい。


ー走行中のバイク、停止を求む。こちらに戦闘の意思なし。行方不明者捜索の協力を頼みたい


しかし、バイクは止まるどころか、バカに知るように少しだけ左右に蛇行して見せた。あくまでも、振り切るつもりらしい…


行かせるか…


タルコットがエンジンを全開にしたままじりじり追う。距離が縮まりつつあるのにようやく気がついたのか、赤いバイクのライダーは、ちらっと後ろを振り返り、それから、決心したように道をそれて右手の林に入り込む。


よし…オフロードならこっちのもの


タルコットも追いかけて林に突っ込んだ。


ータル坊


ー見えます!林を山のほうへ向かって抜けています!


揚陸艇は、大体の位置を見定めて、ハイビームを林に照射しながら低空飛行を続けている。真っ暗な林の底が、ところどころ光の中に浮かび上がる。ライダーは中々の腕前のようだ…林に入ったが、器用に左右に蛇行しながらさほどスピードを落としていない。しかし、路面の悪いところの駆動力は、”ドワーフ”の方が上だ。


タルコットは、勝ち誇ってにやっと笑ってから、エンジンを一気にふかした。ぬかるんだ地面をもろともせず、木立を避けながら、赤いバイクに迫る。ライダーは明らかに焦利を見せて、タルコットのほうを見やった。


「止まれ!!止まってくれ!!!危害は加えない!!!!」


タルコットは必死に叫びながら、ライダーを追う。ライダーは、まだそんな余裕があったのか、右手をちょっと上げると挑発するように親指を下に下げて見せる。


くそっ…


ータル坊


ーもう少し!!


ライダーは、急に左手に方向を変えて、林を抜けて、でこぼこと岩場の多い荒地のほうへ出た。よほど自信があるらしい…


ー林を北に抜けた!


ー了解!


揚陸艇はすぐに場所を特定してまた、ターゲットにライトを当てる。起伏の激しい、苔むした岩がごろごろと転がるような場所に出て、自分の腕を見せ付けるかのように、左右に蛇行しながら振り切ろうとしていた。タルコットも、しかし、怯んではないなかった。揚陸艇の明かりのおかげで進行方向の障害は、よく把握できた。”ドワーフ”は、その不格好なほどのタイヤで、凹凸の上を軽快に飛び跳ねながら進む。


ライダーはまた、タルコットのほうを振り向いて、悔しそうに首を振っていた。


「止まれええ!!!」


タルコットはまた叫びながら、ライダーに迫る。ライダーは再び幹線道路に出るつもりなのか、再び左に折れて、平たい畑のあとのようなところを、山から離れるように進んだ。タルコットも、すぐに平地に出て、その後を追う。


「止まれええええええええ!!!」


ライダーの正面をふさぐように、揚陸艇がさらに降下してくるのが見えた。しかし、ライダーは怯むことなくその手前を、直角に右に折れる。タルコットもすぐに続いた。


ー追跡は任せてください! 上空から捕捉を


ーわかった


揚陸艇は再び上昇したようだ。と、突然、前方を走っていた赤いバイクが、急ブレーキをかけて停止した。タルコットも慌てて、急にレーキをかけ、赤いバイクから数10m先に止まる。揚陸艇はすぐ上空について、二人をライトで照らした。


バイクに跨ったまま、ライダーがこちらを見ている。フルフェイスのヘルメットでは、その表情はわからなかった。まだエンジンがかかったままなので、タルコットも警戒を崩さなかった。


タルコットは激しく息を切らしながら…


「僕は…タルコット・ハスタ。ルシスのハンターです。貴方にお聞きしたいことがある。どうか…協力をお願いします」


その時、明らかにライダーは何かしらの反応を見せた。そして、バイクのエンジンを切ると、バイクから降りて、ヘルメットを外す。


思ったとおり…若い男の顔がそこに現れた。綺麗な顔立ちをしたその若者は、何が可笑しいのか、今にも噴出しそうな顔をして、タルコットを見ている。敵意はないようだが…タルコットも、エンジンを切ってバイクから降りる。それからゴーグルを目から外して首に下げた。


「わわわわわ!」


若い男はついに噴出した。


「マジで!超かわいいんだけど!?」


ぶはははははははは… 腹を抱えて、バイクにもたれかかりながら笑う。


ーおい、タル坊? 大丈夫か?


ーえっと…多分。なぜか笑われてます。


ー見えてるよ。とりあえず、付近に着陸するぞ


ー了解です


「悪い悪い…」


とまだ、笑いがおさまらない様子で、ライダーは顔を上げた。笑いすぎて涙を浮かべていた。


「ほんとにいたんだ、タルコット・ハスタって。オレ、君の名前を騙った悪者を知ってるよ」


「ノクティス様をご存知ですか?!」


タルコットは、ぱああっと喜びで顔を明るくした。


「ああ、それそれ。そうか、君、王様を追いかけてきてこんなところをウロウロしてたんだ。あの、帝国軍の揚陸艇って君のお仲間? ルシスの所属って言ってたけど、ほんとなの?」


「ええ、今はそうですよ。ハイウインド隊長は元帝国軍ですが、つい数ヶ月前までルシスの防衛長官を務めていた方です」


「ハイウインド…もしかして、竜騎士のアラネアのこと?」


「そう…ですよ」


タルコットは、そういえば昔そんな名称で呼ばれていたこともあったな、と、記憶を手繰り寄せて答える。


「へぇえ。あれにいま乗ってんの? あれはいい女だよね? 会いたいな!!」


ライダーは期待をこめて揚陸艇のほうを振り返った。


「残念ながら…先日、ご本人はルシスに帰国されてしまいました」


「なんだぁ、つまんないの」


タルコットは、この不真面目で軽い感じが、今しがた繰り広げた危険な追跡とどうにも結びつかなくて、困惑した。この人…ハンターかな? すごい腕前のようだけど、軍人と言う感じじゃないし。


「あなたは…ハンターですか?」


うーん、とライダーは唸って見せて


「一応…アコルドでハンター登録はしているんだよねぇ。稼ぐためにね」


「お名前を聞かせていただいても…」


うふ。とライダーは意味ありげに、微笑んで


「いいよ♪ かわいい子は大好きだから。男の子でも女の子でも」


と意味深な前置きをした。


「キリク・グラウパ。キリクって呼んで、タルコット♪」


熱っぽい眼差してウィンクをされた。タルコットは、うっ と心持ち後ろに退きながら、


「ええと、ではキリクさん、ノクティス様は今、この辺りの隠れ里にいるんでしょうか。どうしてもお会いしたいのです。案内いただけませんか」


「キリクって呼んでよ」


キリクはしつこく迫った。タルコットは困ってしまって、口ごもる。3号機が、幹線道路向こう側の空き地に着陸を終えて、開口部が開くのが見えた。数名の隊員が、少し警戒した様子で揚陸艇すぐ傍まで降りてきていた。


ータル坊。大丈夫なのか?状況を説明しろ


ーはい、大丈夫です。ノクティス様を知っているようです。今、交渉をしています。


ー交渉か…揚陸艇に来てもらったらどうだ?同意が得られればだが…


タルコットは顔を上げて、


「で、…では、キリク。あの、良かったら揚陸艇で話をしませんか。雨も降っていますし…」


「本当?!ラッキー!!あれ、乗ってみたんだよね!!!」


と、以外にも軽いのりでキリクは即答した。


ー乗るそうです…今からそちらに向かいます


ー了解だ。何者だ?


ーどうやらハンターのようです


キリクはヘルメットをハンドルにかけたままバイクに跨ると、さっとエンジンをかけて、先に揚陸艇に向かってしまった。タルコットも慌てて後を追った。

はいはい、通るよぉ キリクは、隊員達に実に気さくな様子で声を駆けて、遠慮なくバイクのまま揚陸艇の貨物室まで乗り込む。タルコットはあっけに取られてその後を追った。なんで、この人あんなに逃げたんだろ…


「どうもどうも。歓迎どうも。いやぁ、美人の隊長さんがいなくて残念だけど、へえぇ、これが揚陸艇の中なんだぁ? 結構狭いじゃん。長期旅行には向かないね」


キリクは無遠慮に感想をつぶやきながら、揚陸艇の中を歩き回る。操舵室に入ろうとして、さすがに隊員の一人に止められた。


「なんだよ、ケチ!」


「キリク、話を聞いてもらえますか。僕達はノクティス様を探しています。どうしても、お会いして話をしないといけないんです。あなたは、この近くの隠れ里へ向かっていたんでしょう?」


タルコットは、まるで行楽気分のキリクの前に立ちはだかって、必死に訴えた。キリクは、あああ、とちょっと困った顔をしてしばし考え込んだ。


「まあ、王様だしね。そら、見つけないと困るよなぁ…」


「あの…僕の任務は連れて帰ることじゃないんです。お話して、お伝えしなければならないことがあるんです」


「ええ?! 連れて帰らないの?!」


キリクは大層驚いていた。


「そんなわがままきいてんの?とっとと、連れて帰ってよ…あれ、待てよ、するとプロンプトも帰るって言うかな?」


「プロンプトさんもご存知ですか?」


二人とも無事なんだな、と思って、タルコットは、また嬉しそうな顔をした。


キリクは、考えるようなそぶりをして、ただ、ああ…と答えた。


「とにかく…一刻も早くノクティス様とお話をしなければいけないんです。ご協力いただけないでしょうか。隠れ里の秘密は守りますので」


うーん、とキリクは唸って、考え込んだ。


「…いろいろ面倒なことがあってね。勝手に連れて行くと、大目玉食らうしなぁ」


キリクは、しばらく一人でうんうんと唸った末に、やっと心を決めたように


「一日待ってくれない?」


と言った。


「一日…」


「そう。許可もらってくるからさ。あの集落、外部の人を勝手にいれちゃいけいことになってるんだよね。だから、オレが先に行って、許可をもらってくるからさ。あ、タルコットの分だけね。そしたら、一緒に連れて行ってあげるよ。と、言っても、ノクトはいま、あの集落にはいないんだけど、でも連絡を取ることはできるから」


タルコットは迷った。この人が戻ってこなかったら… 


「…タルコット。オレを信じられる?」


キリクが、また、意味深な熱い眼差して、タルコットの目を覗き込んだ。うっ…と後ずさりたい気持ちが沸いたが、しかし、他に手立てはない。


「わかりました。信じます。キリクを…信じます。だから、お願いします。1日のうちに戻ってきてください。もし、万が一…ダメだったときも、ここまで戻ってきてくれますか?」


キリクは、少し驚いたような顔をした。そして、すぐに真剣な目を見せた。


「オレ…嘘はきらいだからね。いいよ。オレの命に駆けて、24時間以内にここまで戻るから」


タルコットはその目の覚悟を認めて、わかりました、と答えた。


「モルス船長、いいですね」


タルコットは、貨物室の片隅でじっと様子を伺っていたモルスに向かって確認をする。


「ああ…この件はお前が責任を持ってるんだ。俺は口出ししねぇよ」


モルスは真面目な顔をして答えた。


「では、キリク。この場所で待てばいいですか? お願いします。何とか許可をもらって戻ってきてください」


「わかったよ!ほんと、君かわいいなぁ!」


キリクは、くしゃくしゃとタルコットの頭を撫でると、フルフェイスのヘルメットを被って、さっとバイクに飛び乗った。そして、ふざけた様子で、見守る一行に手を振ると、揚陸艇を出て、北のほうへ走り去る。


ーエンジン音、追跡中。離陸して追いますか?


操舵席から放送が入った。


「ほうっておけ」


モルスが気の抜けた様子で答えた。



















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