Chapter 21.9-救難信号-

「6時です」


腕時計を見ながら、そわそわしたタルコットは、つい口走ってしまった。わかってるよ、とくすくす笑いながら、モルスが通信を始める。


ーアコルド第三中隊管制室へ。こちらアラネア3号機。離陸許可を求める。


ー許可する


非常にわかりやすい短い回答が返ってきて、一同はほっとする。もしや、最後の最後で茶々が入るのではと、冷や冷やしていたのだ。


「よし!状況確認!」


操舵席のモニターには、相変わらずどしゃぶりの外の様子が映し出されている。当然だが、周囲に人の気配はない。


「周囲状況に問題なし!」


「よし!エンジン全開、離陸開始!」


ごごごごご… 揚陸艇は下方部にむけて噴出を全開にし、ゆっくりと上昇を始めた。


「高度500」


ケルカノの町が小さくなっていく。雨で視界が悪いが、屋根をあげたばかりの仮設住宅の白い建物が見えた。早朝から大型車両が数台出入りしているのが見えた。モルスの隣に座ってモニターを眺めながら、今日も工事は続いているんだな…と、思う。駐留軍の詰める駅周辺の、巨大アーチも見える。かつてシガイを退けたと言う、アーチ型の照明等。今はもうその役割を終えて、解体される予定と聞いた。本部の建物も、その並びの倉庫や、希望の家の古ぼけた黒っぽい屋根もかろうじて識別できた。

ケルカノは、新しい町として生まれようとしている。ほんの少しだが、それに関わることができたのは、やはり誇らしかった。


「高度1000、1500、2000…」


揚陸艇は徐々に上昇スピードを上げた。やがて、厚い雲の中に入る。下から見上げたときには黒い塊に見えた雲は、今は濃い乳白色をして、揚陸艇の全モニターを覆った。


「2500、3000、3500…」


「雲を抜けます」


モニターが急に明るくなって、タルコットは一瞬目を瞑った。次に見えたのは、延々と続く雲海…東側から雲をつきぬけようとする太陽の上端が見え、そこから、光の筋が幾重にも、雲海の上を走っていった。それが徐々に広がり…雲の上に朝が来る。

タルコットは美しさに息を呑んだ。


「4000、4500、5000…」


太陽と競うように上昇を続ける。今はまだ、太陽のほうが下にあるかのような錯覚を覚える。地上に光をもたらす太陽を、見下ろしている…


「5500、6000、6500…」


高くなるに連れて、進行方向、はるか向こうに、うっすらと雲をつく抜けるような大地が見えてきた。…帝都グラレアの高度4000mを越える台地。その手前にも、4000m級のいくつかの山脈の頭が、くもを突き抜けていた。


「8000、8500、9000…」


「よし、1万で安定させろ。上昇停止」


「9500、10000…上昇停止」


揚陸艇は上空1万mで停止する。


「広域通信開始」


「了解」


すぐに通信を知らせる青ランプが灯る。


ーこちら3号機、ケルカノ離陸。高度1万mに到達。2号機応答せよ


ーこちら2号機。シャンアール城、城下より。よう、おはよう!待ってたぜ!


ヴィックスの陽気な声が返ってきた。


ー待たせたな。これよりシャンアールへ向かう。到着予定は2時間38分後


ー了解だ。歓迎するぜ!おっと、お嬢は無事、帰還したんだろうな?


ーはは、したよ。ご安心あれ。今は変わりに、期待の新人タルコットを乗せている


管制室が一瞬、笑い声に包まれた…タルコットは、苦笑した。


ーなんだよ、武勇伝か。こっちにきたら詳しく聞かせてくれ。好い旅を!


通信は終わった。


「よし、ヴィックスをあんまり待たせんな。太陽の位置と、グラナダ山脈使って、位置調整しておけ。雲で下界がわからない。ずれると大回りだぞ」


「了解…方位調整しました」


「よし!全速全開、シャンアールへ向かえ!」


ラジャ! と声が合わさって、管制室が高揚感に満たされる。まさに、雲海に乗り出す船のようだ。揚陸艇は位置を見定めて、水平に移動をし始めた。徐々にスピードがあがる。


「15分おきに、位置補正しろ。速度300ノットで安定」


「了解」


揚陸艇が安定走行に入ると、モルスはほっと、胸をなでおろした。


「まあ、2時間ちょいだ。くつろいでおけよ。どうせまた、こき使われるぞ」


とモルスは笑いながら、タルコットに声を駆けた。


「ええ…それなんですが、9時前にシャンアール到着予定と思いますが、今日中に、忘却の地方面に、出発可能ですか?」


うーん… とモルスは唸って


「こっちの仕事もあるからなぁ…持ち込んだ物資の受け渡しと、あっちの2号機のメンテもあるし、要因の交代もヴィツクスと打ち合わせなけりゃならないから、1,2日欲しいが…まあ、お前も焦らされるよな」


「すみません、わがまま言って…」


タルコットはしょんぼりとうなだれたが、しかし、また思い直して


「あの…例えばですが、物資の受け渡しを済ませたら、忘却の地の近辺で下ろしていただいて、シャンアールに戻っていただくと言うのは…」


モルスは、嗜めるようににこっと笑って、その頭を撫でた。


「焦るな、タル坊。10日あるんなら、一番ベストにその時間いっぱいを使い切ることを考えろ。お前ひとりが、のこのこ慌てて出て行って、成功確率が上がると思うか?」


あ… とタルコットは恥ずかしそうに俯いた。


「陛下を下ろしたあともな…ちょうど10日後にもう一度近辺に出向いたんだ。周辺をしばらく回遊して無線で呼びかけたがダメだった…。着陸地点にも下りてな、周辺のタイヤのあとから追跡も試みたんだが…」


と言って、モルスは首を振る。


「一度、連絡が途絶えるとサポートのしようがない。こっちもなるべく急ぐ。時間をくれ。仕事が片付けば、残りの期間は揚陸艇を待機させてお前をサポートできる。そのほうがよっぽど、確実じゃねぇか?」


タルコットは自分の浅はかな考えを恥じるように、小さく頷いた。


焦ってはだめかぁ… はあ、とため息をつく。あと10日間しかない。いや、あと10日間ある…連絡がつけばいいんだ。10日以内に、連れて帰るわけではないし…揚陸艇が待機していれば、連絡がつき次第海上にでて、ルシスと交信もできる。モルス船長の言うことが正しいな。


雲の上の景色は変化に乏しい…1時間ほど呆然とモニターを眺めていたが、目印にしているグラレア山脈はあまり、近づいたという気がしない。15分おきに位置調整の点呼が入って、操舵室は緊張感を保っていた。部外者のタルコットだけが、漫然とくつろいでその様子を眺めていた。


貨物室で、バイクの手入れでもしようかしら…でも、急な乱気流でも起こると厄介だな…


タルコットはうつらうつらとし出した。結局、昨日も今日の出発の準備で忙しかったなぁ…そんな言い訳をしながら、目を閉じた。


ー位置補正は?


ー問題なし


ー気流、軽度上昇中。前方、極端に気圧変化してます、迂回しますか?


ーああ、迂回しろ。左舷転回


ー了解。左舷転回


ー転回後、もう一度、位置補正な


操舵室の緊張感あるやり取りは、規則正しく、耳に心地よかった。プロの仕事だ。アラネア隊の気持ちの良いところは、無駄な圧迫感がないところだ。隊長の人柄が、そのまま、隊全体の雰囲気を作っている。


そういえば…いつかアラネアが、冗談半分に入隊するかって、聞いてきたことがあった。実際、悪くないな、と思ったのだが、ハンターも駆け出しにすぎない自分には…と答えていた。


あんたのそういうところさぁ、いいところでもあるし、惜しいところでもあるわね


その時の、意味深なアラネアの言葉が思い出される。


「船長!緊急救難信号受信しました」


突如、操舵室に緊張した声が響いた。とろとろと夢想の中にいたタルコットも、すぐに目をあけて身を起こす。


「位置特定しろ。どこだ?」


「南西20度の方向…進行方向よりやや東です。通信開始します」


ーこちら、上空1万m飛行中。アラネア隊3号機。救難信号受信。発信者は応答せよ


がががが… とノイズが入ったあとで、音声が届いた。


ーこちら、ブランシェル駅近郊より救難信号発信。私は、ローラン・ドーシェル。シャンアールへ向かう市民50名を率いている。急病人あり。揚陸艇の協力を要請する。シャンアールまでの搬送を求む


通信技師は、船長の判断を仰ぐように振り返った。モルスは、ちらっとタルコットを見やったが、迷わずに、


「協会規定により、救助に向かう。降下準備」


操舵室の空気が張り詰めた。


ーこちら3号機。これより、支援に向かう。信号は受信しているが、周辺状況の情報を求む。揚陸艇の着陸可能地点はあるか?


ー助かる…およそブランシェル駅南西、10km付近だ。海側に多少、平地があると思うが…視界が悪く、すぐには確認できない。着陸できそうか?


ー了解。肉眼で確認する。急病人の様態の詳細を求む。


ー9歳の男児、昨夜より発熱。今朝40度まで上がり、痙攣発作が2回起きてる。当初、ただの風邪だと踏んでいたが、肺炎の可能性あり...


ー意識の有無と、脱水症状の有無を知らせろ


と、モルスが横から口を挟む。


ー意識はある。今は眠っているが…脱水症状は、母親が言うにはない


ーいいか、ガキに痙攣はよくある症状だ。慌てず、水分補給だけしておけ。揚陸艇は、慎重に着陸地点を確かめて降りる。


ーわかった…助言感謝する


通信から届いた声が若い声だったので、タルコットは驚く。自分とさほど変わらない印象さえ受けた。50名を率いているリーダーは若者なのか。揚陸艇はどんどん下降を続けて、雲の中をつきぬけ、やがて、どしゃぶりの雲の下へと出た。すぐ眼下見えたのは、旧鉄道の線路と駅舎だ。


「広域通信開始、ケルカノとシャンアールに同時に繋げよ」


ーこちら、アラネア隊3号機。ケルカノ合同本部、ならびにシャンアール支部に連絡


ーこちらケルカノ合同本部


ーはいよ、シャンアール支部。なんだ?


ーブランシェル駅付近で救難信号受信。急病人発生。これより救助に向かう。シャンアールに向けて移動中の市民のうち、50名がブランシェル駅付近に滞在と予想される。うち1名、9歳男児に高熱と痙攣との情報。医療班につなぎ、助言求む


「500mまで降下。着陸可能地点を探せ」


モルスの指示する声が、通信の声と交差した。操舵室の面々は、通信から聞こえてる声と、船長の指示とを器用に聞き分けて、対応していた。何もできない自分がもどかしい…ただ、邪魔にならないようにと息を潜める。着陸したら…すぐ出動できるように、救急用具の準備をし、雨具を着込んだ。


ーこちらケルカノ合同本部、医療班。意識の有無と脱水症状は?


とモルスと全く同じことを聞いた。


ー今のところ問題ないようだ。ただ、肺炎の可能性ありとの連絡。だが、報告者は素人だな。あまり当てにできない。先方はシャンアールまでの搬送を希望している。問題ないか?


ーこちらシャンアール。点滴の対応は可能。肺炎だと、薬剤がない。


ーこちら3号機。積み込んだ物資の医療用品はどうだ?ケルカノ医療班、把握しているか?


ーこちらケルカノ医療班。今回の積荷に抗生物質があります。遠隔での問診である程度推定は可能…でも、確定にはX線撮影と血液検査が必要よ。ブランシェルなら、ケルカノまで搬送しても同じ距離だと思うけど。


ーこちら3号機。シャンアールへの帰還を希望しているとは思うが、とりあえず、現地で患者の様子を観察してからの判断としよう。シャンアールへ出発したほかの集団はもう到着しているのか?


ーこちらシャンアール。第一陣と、第二陣は到着している。ブランシェル駅に滞在しているのが最後の集団だ。ケガ人がいたために、出遅れたと聞いている。状況により、2号機も救援に向かう


ー了解。


「高度500mまで降下。高度安定」


「よし、キャンプの位置を確認。付近に着陸可能地点を探せ」


ーローラン、応答せよ。こちら3号機。ただいま、付近を高度500mで飛行中。そちらから確認できるか?


ーこちらローラン。…ダメだ。雨が強すぎるせいか、こちらからは見えない。


ーキャンプはテントを立ててるな? 近くに目印は?


ー実は…雨風を避けるために崖の陰に入っている。線路の高架下だ。ブランシェル駅を越えてしばらくのところ…上空からは見えづらいかもしれない。


ー照明器具を持っているか? 目印にしたい。広いところに出て振ってくれ


ーわかった。防水性のランタンがある。対応する


「着陸可能地点は?」


船長が大きな声を上げる。


「ま、まだです。船長、視界不良。この高度では判定不能です」


「周辺障害物は?」


「最大で60m、崖と並行している線路高架」


「よし…300mまで降下。おい、貨物室、隊員空いてるやつ、周辺に光がないか、さがせ」


タルコットも、操舵室からでてすぐの小さな窓に駆け寄って、張り付いた。この窓では下界はほとんど良く見えない…それでも、少しでも目が多いほうがいい。ちらっと貨物室を覗くと、それぞれ、隊員が小さい窓に張り付いて真剣に外を見ていた。


ーおい、誰か光が見えたら言えよ


艦内放送で船長の声が響く。


ん?あれか??


貨物室のほうから声が上がった。タルコットは、貨物室に入った。


「見えましたか?!」


「ああ…どうかな。一瞬光った気がしたんだが」


左舷の窓に張り付いていた隊員が、自信なさげに言うのでタルコットも側によって同じ窓から覗き込んだ。ブランシェル駅のホームが左下に見える…駅よりさらに右手の空き地のようなところで、ちらちらと何か光って見える。


「見えた! 駅より3km北西方向!」


タルコットは大声で叫んだ。


ーモニター!捉えろ!


ー捉えました!


タルコットは慌しく操舵室に戻る。可動カメラのひとつがその光を捉えていた。激しく振る雨の中を、懸命にライトを振る人影が判別できた。


ーこちら3号機。光を確認した。着陸地点を探す。


ーこちらローラン。揚陸艇のエンジンらしき点滅を確認


その声の後ろで雨風のひどいノイズが入る。


「おい、ハイビーム照射しろ。ターゲット位置、捕捉したか?」


「ハイビーム照射」


「ターゲット位置捕捉しました。近辺探索中…付近600m先に平地を目測確認。視界不良のため、地形判別不能」


「よし、位置捕捉しろ。高度100mまで降下。底部モニターとハイビームオン」


「底部モニターとハイビームオン」


モニターに、揚陸艇の真下の様子が映し出される。


「あらら…資材置き場のあとみたいですね。資材が散乱しています。ここは着陸できません」


「ほら、みんなまた、周辺状況よく見ろ。とにかく降りれそうなところを探すんだ」


と船長は指示をしつつ、タルコットを振り返って


「タルコット。着陸したら、とりあえず、先発で現地向かえ、貨物室の一人をつれてけ。医療班が指定した抗生物質と無線機を忘れるな」


「はい、了解です。準備します」


ほとんど準備ができていたが…指定された抗生物質がまだだ。タルコットは貨物室に入り、物資のリストから、医療用品を探し当てる。取り扱いが慎重な薬剤類は、キャリーケースにいれて積み上げられていた。


「CA-10…これか。みません、このケースを取り出したいんです。ロープをはずしてもらえますか?」


貨物室に控えていた隊員が、さっと近寄って、ポケットからナイフを取り出すと手馴れた様子で、ロープの一部を切る。


「この、最上部だけ取り出せればいいな?」


「はい、お願いします」


隊員は、一部のロープだけを切断して、強引にケースを引っ張り出した。ケースをタルコットに渡すと、他の物資が荷崩れしないようにロープを張りなおす。


タルコットはケースを開けて、衣料班から指示された薬をバックに詰め込む。


ー隊員に告ぐ。これより着陸する。直ちに着陸体制に入れ


タルコットは慌てて、先ほど解いたキャリーと、もって行くリュックとを両腕に抱えて、近くの座席についた。ベルトを締めて、荷物が散乱しないように、両腕両足でしっかり抱え込む。


通告からわずか数分後…がががががががが 船体が激しく揺れる。揺れがようやく収まったかと思うと、すぐに貨物室の開口部が開き始めた。操舵室から一人の隊員が入ってきて


「タル坊。大体の位置はわかるから俺が先導するぞ」


と言った。隊員はすでに雨具を装着して出発の準備を整えていた。


「了解しました。よろしくお願いします」


タルコットは急いで用意しいてたリュックを防水シートでくるむと、雨合羽のフードを被って、外に出た。


雨がかなり強い。風は…先ほど、無線で聞いた状態よりは幾分収まっているように感じる。雲が厚くて暗いが、時間は午前7時を過ぎたくらい。胸に貼り付けた小型ライトではこころもとなかったが、幸い、誘導する隊員が手持ちのライトを持ち出してくれていた。彼は無言で先導してく。タルコットは、離れないように気をつけながら彼の後を追った。進む前方から、こちらに向かって光を振る人影が見える。よかった。割と近くに着陸できたようだ。やがて、揚陸艇からもハイビームで辺りを照らしてくれた。辺りの状況が、まぶしいくらいの白い光の中で露になる。これが、ケルカノから先…ニフルハイムの廃墟群か。タルコットは、左右に、朽ち果てた建物が並ぶのを認めた。今歩いているのは、もともとは畑か何かだろう。わずかに畝のようなあとがみえる。タルコットは、もはや雑草しか生えていないその土地を踏み荒らしながら先へと進む。先方の明かりは、歓喜するように激しく円を描いていた。こんな悪天候の中、こどもが高熱を出したら、心細いだろうな…タルコットは、若いリーダーの気苦労を思う。


「助かる!!!ローランだ!!」


ライトを持って待ち受けていた人物が大声を上げた。


「ルシスハンター協会所属の者です。医療物資を持ってきました。とりあえず、患者の様態を確認させてもらえますか?」


タルコットも同じように声を張り上げてみせる。


「こっちだ。ついてきてくれ!」


タルコットは今度はローランの誘導に従って先に進む。ローランは、声は若いが、長身のようだ。この雨の中、彼も雨合羽を着こんでフードを被っているので、ちょっと様子がわからない。ローランに続いて10分ほど線路の高架沿いに歩く。やがて、その先に、崖の下に寄り添うように立てれたテントの群れが見えてきた。その脇に、荷馬車もあるようだ。2頭の馬が、激しい雨の中を身を寄せ合って耐えていた。


「こっちのテントだ!」


とローランが、奥の小さなテントまで誘導していく。ひと世帯用の小さなテントだ。家族だけで使っているのだろう。連れ立って大勢は入れない様子なので、ローランの先導に従って、タルコットだけが中に入る。小さなランプが灯っており、奥に男の子が寝かされていた。顔は熱に真っ赤になっており、息が荒い。その脇を両親と兄弟らしき面々が心配そうに囲んでいる。


「ルシスのハンター殿を連れてきた」


ローランがフードを捲し上げると…日焼けはしているが、高貴な雰囲気をかもし出した青年の顔が現れた。やはり。歳は若そうだ。

母親は、すがるような表情でタルコット見た。


「ああ…よかった。息子をお願いします」


タルコットもフードを捲し上げた。その時、居合わせたものたちは、少しだけ驚いたようだ。頼みのハンターがあまりにも若かったせいかもしれない。


「すみません、そちらを濡らすといけないので、ここで脱がせてもらいますね」


と、タルコットは静かに微笑みながら、濡れている合羽を入り口付近に脱ぎ捨て、それからいたって落ち着いた様子で、寝かされている男の子に近づいた。

持ってきた荷物の中から、聴診器を取り出す。


「ちょっと失礼しますね…」


タルコットは、眠っている男の子を服を少し巻くしあげて、聴診器を当てた。ちょうど深い呼吸をしているので、呼吸音がよくわかる…肺に雑音はないようだ。それから、手首を取って脈拍を計る。


「あんた…医者なのか?」


ローランが驚いた様子で、聞く。


「いえ…ハンターは、初期訓練で、基礎的な応急処置と問診の方法を習うんです。医者ではないので正確なことは言えませんが」


タルコットはにこっと、笑って見せた。


「見たところ…そこまで大きな症状ではないと思います。ちょっと失礼…」


と無線を取り出した。


ーこちらタルコット。患者様態について報告します。呼吸音異音なし、脈拍105、顔色は…発熱のため発赤。目は…黄疸の反応はありません。検温…40.2℃。脱水症状ありません。睡眠中につき意識確認は未実施


ー了解だ。今、医療班に繋いでる。ケルカノ医療班? 今の転送したが受信しているか?


ー聞こえてますよ。状況了解です。高熱の発生時間からして、無理に動かさずに様子を見たほうが良さそうですね。室温は?


タルコットは腕時計のメーターを確認して


ー22度。問題ありません


ー経口補水液ありますよね?


ーはい。とりあえず、手元には500mlボトルを3本用意


ー十分でしょう。あ、そうだ、喉の様子も見えるかな


タルコットは、胸ポケットから小さなライトを取り出すと、男の子のあごを持ち上げて、口を開けさせると喉を覗いてみた。


ー…かなり、赤いですね。炎症確認しました


ーOK.じゃあ、抗生物質試しましょう。体重わかる?


「ええと、お子さんの体重はどのくらいかわかりますか?」


両親は顔を見合わせた。


「確か、ケルカノで一度身体測定をしていただいて…」


「26!」


と、お兄ちゃんらしき男の子が叫んだ。


ー体重、およそ26kg


ー了解。ドナマイシン20mg というのがあるでしょう。食後に1錠飲ませて。砕いて食事に混ぜても、水に混ぜてもいいわ。起きたときでいい。眠れるときは寝せてあげてね。とりあえずは、夕方まで待機。16時にまた様態の報告を。


ー了解です


タルコットは無線機を胸ポケットへしまうと、男の子の衣服を治した。そして、不安そうに見守る家族のほうを見て


「お聞きになったように、とりあえず、深刻な状況ではないようです。夕方まで様子を見させてもらいますね。水分補給用の医療用水と、薬があります。万が一、様態急変のときはケルカノの医療班に運びますのでどうぞご心配なく。」


タルコットは安心させるように、にっこりと笑いかけた。


「なんだ…やっぱりただの風邪なのか。大げさに大騒ぎしてしまって申し訳ない…」


父親のほうは、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ああ…よかった。急な発熱だったものですから、私、慌てて...」


母親は安堵して泣きそうな顔だった。


「当然ですよ。こんな天候だし…こんな荒野で移動中ですからね、不安にもなりますよね」


タルコットは、二人を庇うように言った。


「タルコット…」


ローランが背後で呟いているのが聞こえた。


「はい?」


「いや、失敬…前に同じ名前のハンターに助けていただいたことがあって…ルシスにはありふれた名前なのかな」


ドキッとして、タルコットは、表情がこわばる。


「ええと…そうですね。僕ひとりってことはないと思いますが」


「そうか…いや、本当に助かった。自分はこういうことには疎くて。しかし、ハンターが初期訓練で学ぶような医療知識であれば、集団を率いるものとしては学ぶ必要があるな」


勇者様と同じ名前なんだねぇ…と男の子が、父親に囁いているのが聞こえた。













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