Chapter 21.8-離陸許可-

あ、雨が強くなってきたな と、タルコットは意識の片隅で思っていた。さきほどまでも、しとしとと静かな雨音を聴いていたが、それが急に強くなり、激しく屋根に打ちつける音に変わった。


強い雨の音…嫌いじゃない...


心地のよい、深い深い眠りの中で、そう思う。体は、どこにあるかもわからないくらい重く、動かない。それでも、心地よい布団の感触がしっかりと自分を受け止めていて、不安を感じなかった。


雨季が来たんだ…屋根は間に合った…よかった…


ほおっ…と、深いため息が漏れた。そしてまた、意識が遠のいていく…



がやがやという声。なんだろうな。いつもより騒がしいな。

誰かが、すごい雨だ! と叫んでいるのが聞こえた。どれどれ… バタバタと騒がしい足音がいくつも続いた。


はーい、起きた子からすぐに着替えてー!


遠くのほうから女性の声。あれ…女性用の寄宿舎は離れていたはず…寝ぼけた頭が不思議に思う。


ねえ、お兄ちゃん、まだ寝てるよー


寝かしてあげなさい。疲れてるのよ


あれ…少しずつ、違和感を覚え始める。僕…どこで寝ているんだ?

タルコットの意識がようやく目覚め始めたその時、


「お寝坊さん!!」


きゃっきゃと笑い声が上がったかと思うと…ドサっ と重たいものが覆いかぶさってきた。タルコットは驚いて目を開ける。タルコットの顔を、数人の子どもたちが、可笑しそうに覗き込んでいる。


わわわわわ… 


何事かと慌てたが、何人もの子ども達がタルコットの上に乗っかっていて、すぐには身動きが取れなかった。


「お兄ちゃん、起きたー!!」


こどもたちが囃し立てる。


「ほら、かわいそうでしょう!降りてあげなさい!」


女性のしかりつける声が聞こえて、きゃー、とこどもたちは散っていく。タルコットはようやく体を起こした…部屋の大半の布団は、すでに片付けられていた。まだ着替えをしている子や、ようやく布団から這い出してきた子もいるが、ほとんどの子達が、もう着替えもおえて、朝から賑やかに走り回っている。


そうだ…昨日、夜勤だったはずなのに…


さあっと、血の気が引いていく。


「おはよう、タルコットさん!」


エドラが笑って声をかけた。


「ご、ごめんなさい!寝落ちしたみたいでっ…」


タルコットは慌てて布団から出ると、自分の布団を片付け始める。昨夜…確か、9時くらいに小さな子達を寝かしつけて…その時、布団に一緒に寝転がって、絵本を読んだんだっけ…覚えているのはそこまでだ。


「僕…絵本を読んだまま寝てしまったみたいですね…」


落ち込んだ顔で、エドラに告げた。


「エドラさんが帰られた後です…リリカさんと、ベルタさんが先に休んで、後で僕と交代するはずだったのに…」


辺りを見渡すと、ベルタはすでに姿がない。遅番を終えて帰宅したのだろう。リリカは、すぐそこで子ども達の世話を焼いているところだった。


「すみません!本当に!!」


タルコットはエドラとリリカに頭を下げた。二人は笑って、いいのいいの、と手を振った。


「疲れてたのよ。仕方ないわよ。こどもたちは絵本を読んでもらって、喜んでたし…気にしないでね」


「でも…リリカさん、お休みになれましたか? 僕…朝まで寝込んでしまって」


「ええ、ベルタと交代で休んだから大丈夫。普段から夜は二人体制なのよ。だから心配しないで。私も、もう少ししたら次の人と交代するから」


ようやく部屋の布団が片付いて、机が並べられた。次は朝食の準備だ。調理室のほうからは、すでにいい匂いが漂ってきている。タルコットは、大きな子ども達に混じって、配線の手伝いに向かう。昨夜の夫婦が、今朝もにこにこして、ひとりずつお盆に載せた食事を渡してくれる。運ぶ順番はまず、小さい子達の小さいお盆から。それが済んだら自分の分を受け取る手順だそうだ。タルコットは両手に二つの小さなお盆を受け取って、せっせと配膳をした。小さい子ども達がおわると、エドラとリリカの分だ。見れば、今朝の食事も、ひとつだけ大盛りのお盆があった。あれが自分の分なのだろう…


昨夜と同じように、タルコットは男の子たちのテーブルについた。朝食が始まるころ、次の交代の女性が二人やってきて、小さな子ども達の側についていた。


「はーい、では、いただきまーす!」


エドラの声に合わせて、一斉に食べ始める。こども達は今日も威勢よく朝ごはんをほおばる。


「兄ちゃん、今日もいるの?」


と隣に座った男の子が聞く。


「いや…今日はお休みなんだ。ごめん」


男の子たちは一斉にブーイング。なんだよー、昨日、全然遊べなかったじゃないか!!


「ご、ごめんね…ええと、でも今日は仕事が入っていないはずだから…」


と言いかけたところで、エドラが割って入ってきた。


「ダメよ!今日は、タルコットさんはお休みなの!!わかった?!」


ちぇっ…と男の子達は、拗ねた顔をした。タルコットは、何か言いかけたが、エドラが怖い顔をしてそれを許さなかった。


はは…絶対に依頼を受けるなって、リカルドさんにも言われてたっけ…


でも、昨日、ちゃんと夜勤を受けられなかったし…こどもたちと遊ぶだけならいいんじゃないか。タルコットはもんもんと考え込みながら朝ごはんを食べる。そんなタルコットの考えを見抜いてか、食事が終わったところを見計らって、エドラがまた近寄ってきた。


「はい、タルコットさんのお仕事はこれでおしまい。雨が降ってるから、リリカと帰ってね」


「え…でも、せめて片付けますので…」


「いいのよ。リリカがちょっと急ぐんでね。こっちにあまり余分な傘がないの。悪いけど、寄宿舎までリリカの傘で帰ってもらえる?」


あ…昨日、自分が傘を持たずに来たから。


タルコットは、またポカをやったと思って、うなだれた。


「ほらほら、急いで」


ええええ?! もう帰っちゃうの?! こどもたちのブーイングも酷かった。タルコットは、ごめんね、と頭を下げつつ、強引なエドラに玄関まで連れて行かれた。


「悪いわね、ゆっくりさせられなくて。食事が終わっちゃうとまた、大騒ぎになるからね」


「いえ…こちらこそ、すみませんでした。夜勤をちゃんとこなせずに」


エドラは、にこにこしながら、こつん、とやさしく頭を小突いた。


「もう、いいって言ってるんだからしつこくぶり返すんじゃないの。こっちは、本当の助かったのよ。私も、こどもたちもね。」


タルコットは、恐縮するように、はい…と答えた。


玄関では先に出ていたリリカが傘を差して待っていた。


「すみません、お待たせして」


「いいのよ」


リリカは、にっこりと笑い返す。


「リリカ、頼んだわよ。ちゃんと寄宿舎まで送り届けてね。間違っても本部に寄らせないでね」


「わかりました。責任を持って引き受けます」


リリカは決意を示すように、こぶしを握って見せた。


傘がひとつしかないので、タルコットがリリカから受け取って、二人は雨の中を歩き出した。一晩中強い雨が降ったのだろう…昨日まで乾いていた大地の様相が一変して、あっちでもこっちでも大きな水溜りや、水路ができている。排水のための側溝をキャンプ中にせっせと掘っていたが、この強い雨では対応しきれないようだ。早速決壊しているのを、ハンター達が雨の中、修復作業に出ているのが見えた。


「昼間の暑さはほっと一息だけど…早速これでは先が思いやられるわね」


リリカは、ため息をついた。


「ほんとですね…もともと乾いた大地では、水はけが悪いって言いますし…」


タルコットは、心配そうに作業者達を眺める。


「タルコット君! ダメよ!」


「えっ…」


「手伝いに行こうかって考えてるでしょ。ダメよ!もう、ハンターの基本。休めるときにきちんと休む」


リリカは、かわいい顔に精一杯のしかめっつらを作って、タルコットを睨んだ。ちっとも凄みがなかったので、タルコットは思わず、くすっと笑った。


「あら?」


「いえ、すみません、つい…」


リリカは、はーん? と考えを巡らせていた。


「そういえば…ランが、あなたが失恋したって触れ回ってたけど、本当?」


ひっ…と思わず、変な悲鳴を上げる。


「ち、違いますって…もう、昨日のことは忘れて下さい!本当に!」


タルコットは、昨日、イリスの婚約のことを話しながら、感極まって思わず涙してしまったのだ。涙はすぐに収まったが…しかし、ばっちり女性達にもその様子が見えていた。タルコットはその時の恥ずかしさを思い出して赤面する。


「本当に違いますから!その…なんというか、姉のように慕っていた方が婚約したので、感極まったと言うか…」


「あら、じゃあ、やっぱり失恋なのね!」


とリリカは容赦なく断言した。


「いいじゃない、隠さなくても…」


「勘弁して下さい…」


こんなこと、ルシスのハンター達に広まったら…もう、帰れないぞ。タルコットは半べそになった。


「あはは、心配しないで。誰にも言わないわよ」


リリカは、イリスがルシスで有名なのも知らずに、気楽な感じで言う。タルコットはもう、祈るしかなかった。どうか希望の家にルシスのハンターが入りませんように…学校関係者にもルシスのハンターがいませんように…あのおしゃまな女の子がすぐに忘れますように…

しかし、それは儚い願いのような気がした。


二人はまもなく、男性用の寄宿舎の前まで来た。タルコットは傘を返しながら、


「ありがとうござました!」


と頭を下げた。本当は…謝罪をしたかったが、先ほどエドラに蒸し返すなと釘を刺されたばかりなので、やめておいた。


「いいえ、こちらこそありがとう! シャンアールに行くまでにまだ時間があったら、またよろしくね」


「はい、もちろんです…今度こそ夜勤も」


ふふふ、と笑って、リリカは女性用の寄宿舎のほうへ去って行った。

タルコットは、なんだか脱力して、寄宿舎の建物に入った。昨日の、工事の余波もあって、珍しくベッドの上でたたずんでいるハンターが多かった。


「よお、お帰り」


と声を駆けられて、見ると、タルコットの隣のベッドの下段に、バズが寝転がっていた。


「あれ、そこって…」


「ああ、ここにいたのが今日、内地に戻ったんでな。ちょっと配置換えだ。よろしくな」


「はい、こちらこそ」


ふふふん、と笑いながら、


「ほんとはリカルドがこのベッドを使いたがってたんだが、お前の横だと知って…あいつ、個室を持ってるのにな」


ははは…タルコットは、疲れた笑いを返した。


「俺は午後から出るけど…お前、ほんとに仕事に行くなよ」


「あ、はい。すみません、お気遣いいただいて…今日はそうします」


タルコットはごろんと、自分のベッドにとりあえず横たわってみた。それから、することもないので、スマホをいじってみる…早速、待ち受けのイリスの写真が目に入る。なぜか、一人焦ってスマホの電源を落とす。ちらっと辺りを見たが、みな疲れてぐったりするばかりで、誰もタルコットを気にかけていない…


バカだな…もう


それから、今日一日どうしようかと考える。本でも読んでいようかな…それより、離陸許可はどうなったんだろうか…今夜のイグニスさんの連絡までに、なんとかならないだろうか。

グスタフ少佐の顔が浮かぶ…まさか一人では頼みに行けないし、やっぱり本部に行って、リカルドに頼んでみようか、と迷う。今日中に許可が下りなければ…判断は任せると言われていた。どうする…陸路を行くか。辛うじて背負えるガソリンタンクは、確かアラネア隊にも予備があったはず…担いでいけば、多分、シャンアールまでは走ることができる。


もし明日出発するなら…物資もいろいろ用意しておかないといけない。ガソリンタンクの分、もっていける量が限られるから…タルコットは、落ち着かなくなった。


結局、すぐにベッドから体を起こし、自分の荷物から折りたたみの傘を取り出した。


「おいおい…早速どこへ行くんだ?」


と、バズが雑誌から顔を上げて、呼び止める。はは、まるで監視されてるみたいだな…と思いながら、


「ええ、ちょっと買い物です。雑誌か何か…買おうかと」


と、苦し紛れの言い訳をした。バズは、特に怪しいとも思わなかったのか、


「大したものはないぞ…まあ、内地で辛うじて発行されているやつが2,3置いてある程度だな」


と言ったきり、雑誌に目を戻した。タルコットは、そうなんですね…と受け流しつつ、傘を持ってそそくさと外へ出た。


売店は本部の建物と同じ棟にある。受付カウンターとはちょうど反対の端だ。なんとなく、本部の受付カウンターから姿を見られるのがはばかれて、売店よりの入り口から中に入った。店構えは小さく見えるが、裏の在庫には、ハンターに入用な武器や道具類もそろっているということだ。タルコットは保存の利く食料で、コンパクトに運べるものはないかと物色した。小さな缶詰、乾燥食材…まあ、道が悪いのを考えても、二日あればつくはず…食料は最低限にしなければ。山越えがちょっと心配だなぁ…タイヤの破損に備えて修理キットも。

とりあえず必要なものは揃ってるな…いよいよとなったら夜の間に買い揃えておくか。売店は、24時間活動をし続けるハンターのために、基本的に無休で営業していた。


さっきバズが言ってた雑誌も置いてあった。3冊だけ。派手な見出しの女性向け雑誌と、軍の広報誌と、車の雑誌。へぇ と思って、思わず車の雑誌を手に取る。このご時勢、車は一般人には流通していない。アコルドではまさか流通しているのかな…と思ったら、手にとって納得した。10年以上前に発行されていたやつだ。懐かしく思って、思わずそのまま購入した。


「お…なんだ、ほんとにちゃんと休んでたな」


リカルドの声がして、タルコットは振り返った。手に雑誌を持っていたのがちょうどよかった…とタルコットはなぜかほっとする。


「今、ベッドを覗きに行って来たんだぜ。物抜けの殻だったから、早速言いつけを破ってどこぞで手伝ってるんじゃないかと思ったが」


リカルドはニヤニヤ笑っている。


「今日は…のんびりさせて貰ってます」


タルコットは、見せ付けるように雑誌を胸の辺りまで持ち上げて、ぎこちなく笑った。


「あー…というところを悪いんだがな、実はちょっと顔を貸してくれ。グスタフがお前を呼んでるんだ」


え…タルコットに、嫌な予感と良い予感とが同時に沸き起こる。もしかして離陸許可が…いや、自分の任務がばれてしまったのでは…。

彼の不安を見透かしたように、リカルドは笑って、


「いい知らせだと思うぜ。しかし、その前に、お前に確認しておきたいそうなんでね…」


「は、はあ…」


タルコットは、リカルドについて本部の建物を出た。傘を差して並んで歩きながら、リカルドはご機嫌に昨日の成果を話して聞かせた。


「いい画がたくさん取れたぜ。へへ、軍の撮影班だけでなくて、こっちも独自に撮影させててな。アコルド軍の勇姿をばっちりだ」


「それ…どうするんですか?」


「使うんだよ。この、ハンター協会が独自の広報誌でな。今だかつてないぜ。アコルド軍を褒め称える記事なんて」


けけけけけ


その笑いには当然含みがあった。


「アコルド軍、難民支援に貢献す! 大々的に宣伝してやるさ。やつら、否定できないだろな。こっちに乗っかって自分達も宣伝するしかなくなる。そして難民問題にようやく、世論の関心を持ってこれる。そこまで注目されて…物資も金も出し惜しみするんじゃ、国のメンツに関わるよなぁ。特に、ルシスより持ち出しが少ないなんてこと、ありえないだろ? 世界で唯一経済が安定した国だって自分で宣伝してるんだぜ」


あははは…と、タルコットは苦笑いする。どうにもリカルドから聞かされると、いいことも悪巧みにしか聞こえないからいけない。


おう、ご苦労さん! 


途中、側溝の修復に出ていたハンター達に声を駆けながら、通り過ぎた。やっぱり手伝わなくっていいのかな…と喉まででかかったが、どやされると思って黙った。


リカルドに連れて行かれたのは、ケルカノの駅舎だ。辛うじて駅の形を残すその建物は、今は軍の詰め所として使われている。中央の本来改札だったところから、中へ入る。すぐに受付らしきカウンターが見えた。中にいた兵士は、ちょっと複雑な表情を見せたが、ただ、進め、というようにあごを突き出しただけだった。


「おう、ご苦労さん! 通らせてもらうぞ」


リカルドは、ゲラゲラ挑発的に笑いながら兵の前を通り過ぎ、遠慮なく奥へと進んだ。衛兵が立ついくつかの扉を通り抜け、一番奥が、少佐の部屋のようだ。元は駅長室なのだろう…そのときの看板がまだ残っている。


リカルドたちの姿を見た衛兵が、とんとんとノックをして来客を知らせる。


通せ


低い声が中から聞こえた。衛兵は、仰々しく扉を開けて、中に入るよう合図する。リカルドは、相変わらずにやにや笑いながら中へと入る。タルコットはちょっと緊張した。

中に入ると…すぐに重厚な机が見えて、グスタフが座っていた。


「ああ、雨の中、ご苦労さん。離陸許可を与えるにあたり、ちょっと確認しておきたいことがあってな」


少佐は明らかにタルコットに向けて問いかけたのだが、リカルドがすぐに


「なんだよ、今更。揚陸艇が要請どおり武力解除しているのは、検閲済みなんだろ」


少佐は明らかにむっとした様子でリカルドを睨んだ。


「お前には聞いてない。何のためにこの坊主を連れてきたんだ」


リカルドは、はいはい、といって、自分の背後に控えていたタルコットを、少佐の前に押し出した。


「いくらでも聞いてくれ。素直なやつだからな。何でも話してくれると思うぜ?」


な、なんでもって…タルコットは無責任なリカルドの発言に、胃が痛くなりそうだった。落ち着け…ヘマをしたら、最悪拘束される…。


「じゃ、仕切りなおしだ。なんていうことはない、簡単な質問に答えてくれればいい。ひとつ、離陸許可の申請に、その目的について、シャンアールへの物資輸送、隊員の交代とある。間違いないか」


「え…はい、そう思います。しかし…申請者はアラネア隊のモルス船長です。直接確認していただいたほうが…」


グスタフは首を振って


「抜き打ちで、申請者以外からも聞き取り調査をさせてもらっているんだ。もちろん、知っている範囲でいいさ」


少佐はもったいぶって書類を眺めながら、ええと、と次の質問を考えているようだった。その態度にはあまり真剣みが感じられない。

なんだろ…やらせなのかな。


「揚陸艇の大型火気の解除はこちらで確認した…乗組員の所持している武器だが、この一覧に間違いないか?」


と、紙切れを渡される。乗組員の一覧と、所持している武器が記載されている。


「僕の知る限りでは…しかし、他の方の分までは把握していないので」


「揚陸艇の内部で、そこに記載されている以外の武器を見たことは?」


タルコットは、真剣にそのリストを上から目で追って


「ない…と思います」


「そうか、ならいい」


と、少佐は一覧をすぐに取り返した。それからおもむろに立ち上がって、窓際により、激しく振る雨の様子を眺める。


「雨季が来たか…機動力も制限されるだろうな」


誰に言うとでもなく呟いた。


「そうですね…」


「君は純粋はハンターだ。揚陸艇を管理するアラネア隊は、ちょっと君らとは様子が違う。知ってると思うがやつらは傭兵あがりだ。金次第で敵にも味方にもなる。ルシス暫定政府もコントロールできている気がしないな。彼らが散々、帝都への調査を申請しているのは知っているだろ」


「ええ…話を聞いたことは」


グスタフはタルコットのほうを振り返って、その目をじっと見た。


「彼らが無茶をしないかと心配でね。どう思う?」


「しかし…あの隊は、今は、ルシスのハンター協会の管理下にあります。ハンター協会から、今回の遠征の任務は人道支援に限ると言われていますので、その範囲をでることはないと」


「なるほど。君が言うなら間違いないな」


グスタフはふふふん、と笑った。それから、ぴらっと、一枚っぴらの紙切れを取り出して、冗談のようにそこへ、ばーん っと判子を突いて見せた。


「ほら、離陸許可だ。日付は明日。これでいいだろ」


タルコットはぽかーんと口を開けて、差し出された紙を見ていた。


「ばあか、気を変えないうちに早く受け取れ」


リカルドが耳元で囁いたので、我に帰って、慌てて書類を受け取った。


「あ、ありがとうございます」


「なに。こちらも昨日は助かった。おかげで、軍に入ってはじめて役人を喜ばせたしな」


少佐はもう、リラックスした様子になっていた。


「そりゃ、よかったぜ。ひとつ貸しだな」


「貸しか…まあ、これで俺が出世できたら貸しってことにしてやる」


二人の男は、意味深な目配せを交し合った。


駅舎から二人して出たとき、タルコットは興奮していた。どうして…間違いない。濡れないように折りたたんだ許可証は、胸のうちポケットに収めていた。


「おい、やるじゃねぇか。少佐相手にはったりなんざ」


駅舎を少し離れてから、リカルドが近づいて囁く。


「え…はったりって…」


「ん? ありゃ、素か? 怖いねぇ…」


けけけけけ


「何も…嘘をつかなければいけないことを聞かれなかったと思いますが」


リカルドはにやりと笑って


「行くんだろ、帝都まで?」


低い声で聞いた。


「え、いや、その予定はないんですが…」


「なんだよ、つまんねぇな。行って来いよ」


「で、でも」


とタルコットは慌てて、リカルドを見た。


「リカルドさんに散々止められたって聞きましたよ…なんで…」


リカルドは、急にぐいっと近づいたかと思うと、傘を差したまま強引に肩を組んできた。そして耳元で囁く。


「俺はな、アラネアよりお前を信用しているんだよ」


どこまで本気かわらかない目が、タルコットを睨みつける。ぎょっ として言葉を失っていると、今度はさっと、忘れたようにいつものおどけた表情に戻り、そしてタルコットから離れた。そして自分の事務所のほうへ、一人で向かっていく。


「明日は朝早いんだろ…これでまた会えるかどうかわからねぇが、まあ、うまくやれよ」


けけけけけ…


リカルドは振り向きもせずに事務所へ向かう。タルコットは慌てて


「リカルドさん!」


と呼び止めた。ん? リカルドはちょっと足を止めて振り返った。


「その…お世話になりました!」


斜め45度のぴしっとしたお辞儀をする。その顔には、感謝の気持ちがありありと表れていた。


「なんだよ、おい…泣かせるつもりか?…まったく、年長者をたぶらかしやがって」


リカルドは珍しく照れた様子で鼻を掻き、いかにも嬉しそうな顔でニヤニヤと笑いながら、事務所に入って行った。


さあ、ぐずぐずしてられない…すぐにアラネア隊に知らせないと。


リカルドの背中を見送ってから、タルコットは足早に本部のほうへ向かう。ええと、本部で離陸許可を伝えて、それから寄宿舎によって荷物をもう引き上げてしまって…と考える。出発は明日なのだから、寄宿舎を出払うのは明日のでもいいのだが…しかし、寝袋で揚陸艇に宿泊したほうが早いだろう。

本部へ向かう途中に、希望の家の前を通りかかって、あ、と思わず足を止めた。そうだ…挨拶だけでも。縁側から、こつこつとノックをすると、ちょうどよくエドラが顔を出した。


「あら…どうしたの?」


「すみません、実は、離陸許可が下りまして、明日出発することになりました」


「そう…」


エドラが驚いて、しかし嬉しそうな顔をした。


「今、大きい子達は学校のほうへ行ってしまっていてね。聞いたら寂しがるでしょうけど…でも、よかったじゃない。あなたの本当の仕事がシャンアールにあるんでしょ?」


「え、ええ…あの、すみません、夕方少しだけでもお手伝いができれば…」


「ダメよ!」


とエドラはぴしゃりと言う。


「気持ちは嬉しいけど…あなたの本来の仕事に戻って頂戴。そのために、今日はしっかり休まなきゃ。シャンアールには長く滞在する予定なの?」


「それが…まだ見通しが立ってなくて」


「そう…でも、いずれ、また、ケルカノを通るでしょ? ルシスに帰国するにしても」


「ええ、恐らく」


「じゃあ、そのときにまた、寄って頂戴。こどもたちと楽しみに待っているから」


「わかりました」


タルコットはまた、お世話になりました! とお辞儀をしていた。エドラは、困ったように笑いながら、へんな子ねぇ、お世話になったのはこっちなのに、と呟いた。


希望の家を後にして、わたわたと本部の建物に差し掛かる。そこまできて…そういえば、親方にもお世話になったな、と思い立って、建物を通り過ぎて工事現場のほうへ向かった。屋根があがったこのあとは、順次内装の工事がはじまると行っていた。現場は、昨日の賑やかさが嘘のように静かで、見ると、数箇所の部屋で電気の配線などの工事がはじまっていた。タルコットは、現場監督の詰め所である小さな白いテントを覗き込んだ。のんびりとした雰囲気の親方と、現場監督の数人が、酒を片手にご機嫌に話をしている最中だった。


「あの…ごめんください。お休み中にすみません」


「おや!坊主じゃないか!」


親方達は嬉しそうな顔をして、タルコットを招き入れる。


「あんたもどうだい、一つ」


とコップを差し出されたが、


「すみません、まだ未成年なもので…」


「硬いねぇ…硬い。それがいいところでもあるんだけどねぇ。ちょっとくらいゆるいほうが、魅力が出ると思うんだけどなぁ」


と、残念そうに親方が言う。ははは…と苦笑いしながら、


「実は、離陸許可が先ほどおりまして、明日シャンアールに出発することになりました。こちらでは散々お世話になりました」


と、また例のお辞儀をする。それで、酒の回っていた親方達はたいそう仰天した。親方は、赤ら顔に急に涙をためて


「もう、この坊主たらよ、本当に最後まで泣かせるじゃねぇか。世話になったのはこっちだっていうのによ…」


と言う。タルコットはあやうくもらい泣きしそうになりながら、


「いえ…駆け出しの自分には、本当に勉強になりました。ありがとうございます」


親方はついに涙をポロリとおとして、それをぬぐいながら


「あんたさぁ、あのあんたの親分から聞いたよ。昨日、軍を説得してくれたのもあんただってね」


「ええ?! いや、僕はほんとに、リカルドさんに付き添っただけで…」


いいやっ と親方は頑として首を振った。


「あんたの機転がなけりゃ、軍は動かせなかったって、強く言ってたよ。本当大したもんだよ、あんた。今日も顔を見に行こうかと思ったんだけど、あんたの親分がさぁ、今日だけはあんたをつかっちゃいけねぇって怖く脅すからさ。ほんとに、礼を言わなきゃいけないのは俺らのほうさ。ありがとう!ありがとう!」


大分酔いも回っていたのだろうが、その言葉には真実味があった。タルコットはすっかり恐縮して、少しだけ頭を下げると、ようやくテントを後にした。


強く降りしきる雨の中で、しばし佇む。なんだか胸のうちがいっぱいになっている。たった数日だったのに…こんなにこの場所で受け入れられて。ここを離れるのが寂しいくらいだ。


しかし…と首を振って歩き出す。自分には、自分にしかできない仕事が課せられている。なんとしても、ノクティス様に届かなければ。タルコットは、気持ちを取り直して、本部へ向かった。


本部でも、あちこちに礼を言って回っていたら、すっかり午後も時間が過ぎていた。昼も食べずに大慌てで寄宿舎の荷物を引き上げると、土砂降りの中を揚陸艇に向かう。どんな土砂降りでも、雲の上に出てしまえば関係ない、と聞いていたが、果たしてこの厚い雲を簡単に抜けられるのだろうか。タルコットは少し不安になって空を見上げる。

揚陸艇は、土砂降りの中を、相変わらず開口部を開いた状態でたたずんでいた。傘をさしていたものの、背負ったバックパックを庇ううちに、下半身はほとんど濡れてしまっていた。


「失礼します!」


雨音に負けじと声を張り上げてから、中に乗り込む。驚いた顔した隊員たちがすぐにタルコットを出迎えた。


「どうした、こんな土砂降りの中を?」


「離陸許可が下りました!」


タルコットは、嬉しそうに濡れた手をシャツで拭うと、胸ポケットから紙を取り出して掲げて見せた。


ーそして、23時。

緊張と興奮が織り交ざった雰囲気の中、交信が始まる。低気圧のせいで、電波が悪いと思うぞ…と船長が心配したとおり、先日より、安定して更新できるまでに時間がかかった。23時を少し回って、ようやく安定機動を知らせるランプがともる。


と同時に、


ーこちらT


とタルコットから声を出す。


ーこちらY。良かった。安定に時間がかかったな


ー昨夜から激しい降雨がはじまりました


ー雨季に入ったか


ーはい。そして、離陸許可下りました


ほっとため息が聞こえた。


ーでは予定通り


ー出発は明日6時の予定


ーその先は?


タルコットがどう答えようかと迷っていると、モルスがすぐ横から


ー当機は最大限協力をする


と述べた。


ー助かる。期限は本日より10日


ー間に合わせます


タルコットはすぐに答えた。


ー何度もしつこいようだが、無理をするな。身の安全を優先するように


ーわかりました


通信は切れた。一同がほっとため息をつく。


「さあ、明日は忙しいぞ!当番以外は、すぐに寝ろ。15分後に全館消灯する!」


モルスのうれしそうな声が響いた。

































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