Chapter 21.6-駐留軍の勇姿-

ケルカノ2日目の朝。昨日と同じように高台に上ると…東のほうからぶ厚い雲が沸き立つのが見えた。黒々としたその塊は、いかにも雨を降らしそうだ。


うわあ…ついに来ちゃったか。今日は日の出が見られないなぁ…


それでも、雲の向こう側がうっすらと明るくなる様子を眺める。肌にじめじめと張り付く湿った空気…雨季の訪れ。今回の任務での最大の障壁。特注のバイクは濡れた路面や湿地での機動にも耐えうるように設計されている。しかし、できれば振り出す前にシャンアールにつきたいと思っていた…


こりゃ、工事のほうも焦るな…今日の割り振りはどうなったろうか。タルコットの脳裏に、希望の家のエドラの顔と、工事を仕切る親方の顔とが交互に浮かんだ。どちらも引かないタイプだ…押し切ったのはどちらだろうか。親方も、職人の頑固オヤジらしく強そうに見えたが…なぜか、エドラのほうが勝つような感じがして、タルコットは親方に気の毒のような気分になっていた。食事の前に…ちょっと受付に寄ってみるか。

タルコットは、曇り空がそれ以上明るくならないのを確かめて、高台を降りた。


本部の受付に立ち寄ると…早速、親方が受付で食い下がっているのに出くわした。


「今朝の天気予報聞いたでしょ? 早ければ夕方にも振り出すよ。なんとしても今日中に屋根をあげたいんだ…そうすりゃ、2棟目を雨季の間に完成できる。だせるだけ、かき集めてくれねぇか」


ああ、やっぱり、と思いながらタルコットは受付に近づいた。今朝の受付は、男性のハンターだ。一日の分担が決められた書類に目を通して難しい顔をしている。


「おはようございます」


声をかけると、受付と親方の二人が同時にタルコットを見た。


「あの、僕の今日の割り振りは…」


しかし、その返事は


「ああ、ええと、あなたは”希望の家”だね。午後5時から、そのまま夜勤で翌9時までってなってる。結構きついなぁ」


誰だよこんな割り振り決めたの…と呟きながら、同情の眼差しを向けて、受付の男性はタルコットを見た。


「ええ、それは大丈夫ですけど…じゃあ、それまで時間がありますから、仮設住宅の建築現場にも入りましょうか?」


とタルコットが言うと、親方はぱあっと嬉しそうな顔をして


「でもお前さん、それじゃあ、きついんじゃないの?」


まんざらでもない様子で、聞いてくる。


「夜勤と言っても、多分、こどもたちは寝入ってますからね。仮設住宅のほうは、一人でも多いほうがいいですよね。さっき、高台から空を見てきたんですけど、雨雲が近づいているのが見えました」


助かるよ!! と親方は上気した顔でタルコットに握手した。受付のハンターは、何か言いたげだったが、


「とにかく…じゃあ、午前は入ってもらうか。こっちでも他のハンターをなるべくかき集めますんで、場合によっては彼は早めに解放してくださいね。過重労働させて体を壊すと大変ですから」


親方に釘を刺すように言い聞かせる。もちろんさ、と親方は請け負って、そそくさと本部を後にした。受付のハンターは難しい顔をして、なんとか他の作業から人をかき集めようと書類とにらめっこしていた。


「人…集まりそうですか?」


タルコットは遠慮がちに聞いてみた。


「そうねえ…遅番の人に一日だけ無理行って出てきてもらうかなぁ」


「軍へ要請するのは…」


受付のハンターは、すぐに頭を振った。


「難民に声をかけたほうが早いな…軍を動かすくらいなら」


と、自嘲気味に笑っていた。そんなもんかな…タルコットは一昨日、工事現場で見た若い兵隊達の感じの悪い様子を思い出した。仕方がないと思いつつ、もやもやしたものを感じる。

受付のハンターは、ため息をついて無線機を取り出した。


ーリカルド。こちら受付のバズ。朝から悪いが応答頼む


ーなんだよ…


酷い声が返ってきた。深く寝ていたところを起こされたと言う感じだ。


ーくそっ まだ6時だと…何の問題だ?


ー悪いな。今朝の天気予報でいよいよ夕方から雨が振るって言うんだ。仮設住宅の現場監督者が応援を要請してきた。


ー今週いっぱい天気は持つって予報だったろうが


ーああ、週明けの予報ではな


ちっ と舌打ちが聞こえる。ううう と唸りながら体を起こしているような物音がする。


ーどれだけ集まるんだ? とりあえず、今日休暇予定だったやつ、全部突っ込んどけ。


ー休暇予定の癖に依頼を受けてるやつが多くてな…


また激しい舌打ち。休暇くらい、やすめよ! と、愚痴る。


「あの…停留中のアラネア隊の隊員はどうでしょうか。頭数に入っていますか?」


「え…」


と、同時に無線からも驚く声が聞こえて


「うううん…あの連中は特別な枠なんだよな。今回は…周辺警備とシャンアールでの活動で契約しているから…アラネアさんがいれば交渉もできたけど…」


「一応、話だけでも…してきましょうか? 僕、アラネア隊とはそこそこ付き合いがあるので」


ーそこにいるのはタルコットだな?


リカルドの声はまだ、寝起きでガラガラしていたが、しかし、笑っているようだった。


「あ、はい…タルコットです。リカルドさん、おはようございます」


タルコットは受付のカウンターに身を乗り出して、無線機に顔を近づけた。


ーよし、じゃあ、そのかわいい顔でアラネア隊に頼んで来い。1時間でも2時間でもいいってな。まあ、現場にくりゃ簡単に抜けられまいて


けけけけ… と不穏な笑いをする。


ーそれから、それが済んだらオレの事務所に来い。もうひとり、そのかわいい顔でお願いして欲しいやつがいるからな


ーどうするつもりだ?


バズが不思議そうな顔をして聞く。


ーグスタフんところへ行ってくるさ。あいつも、かわいい坊やに頼まれては嫌といえないだろ


けけけけ…


ーほんとに? 軍が動くか?


ー動かすさ。で、あと、今日、内地へ戻る予定だったやつに声をかけてみろ。一日くらい滞在を伸ばしてくれるだろ


ーそうだな…まあ、それで最低でも3人くらいなら確保できるか。了解だ。


無線が終わって、バズはにんまりと笑ってタルコット見た。え…? タルコットは何か嫌な汗をかいていた。


「じゃあ、タルコット。朝から悪いけど方々回ってきてくれるか。現場のほうへ出るのは遅れてもいいから。あと、まず、朝飯を食えよ。リカルドのペースに付き合ってると食いっぱぐれるぞ」


「あ…はい、わかりました」


タルコットは複雑な心境で、とりあえず食堂へ向かった。かわいい、かわいいって…ケルカノのハンターもここに詰めているのは熟練ばかりだ。若い自分は、やっぱり、バカにされているのかな…。


そそくさと食事を終えると、なんだかうまく乗せられてしまったような気がしながらも、揚陸艇3号機に向かう。


「おはようございます…」


なんとなく悪巧みの片棒を担いだ気分になって、躊躇いがちに声をかけた。早番の若い隊員たち二人が、周辺警備にでかけようというところだった。


「あれ、タルコットじゃん。どうしたんだ、こんな早くから」


「ええ、それが…」


と本部からの応援要請を伝える。若い隊員は顔を見合わせた。


「警備なんてどうせ、暇だしなぁ」


「まあ、最近はほとんど魔導兵もでないしね。姐さんには、シャンアールに行くまでは休んどけって言われてたけど」


「一応…船長に聞いてみるか。ちょっとした小遣い稼ぎになりそうだし」


意外なことに、二人はよほど暇をもてあましていたと見えて、積極的な姿勢を見せた。タルコットは、嬉しそうな顔をして


「そうしたら、船長に聞いてもらえますか。許可がもらえたら、本部まで来ていただけると助かります」


「わかったよ。その辺ひとまわりしたら船長も起きてくるだろうから」


タルコットはひとまずほっとして、その足でリカルドの事務所を目指した。リカルドは夜勤明けだったろうがもう起きているだろうか? 向かう先のケルカノ駅周辺のアーチを見上げると、さきほど目にした厚い雲が迫ってきていた。夕方まで持つかな…と不安がよぎった。昨日、素人目には、3階部分の鉄骨は組み上がって見えた。壁のコンクリートも、固まっているようだったし、クレーンで片端から屋根の建材を上げて、設置すれば…そんな単純なものじゃないのかなぁ。


軍の敷地に入る前に、簡易なゲートで胸の身分証を見せる。初日にリカルドと一緒だったときは顔パスだったのを思い出す。事務所は、ひっそりとしていた。早すぎたかしら…  中に入ってみると、リカルドが両足をデスクに投げだして、椅子にふんぞり返りながら眠っていた。

「ええと…リカルドさん?」

遠慮がちに声をかける。
リカルドはビクっと体を震わせて、

「はぇな…もう来たのか」

しんどそうに体を起こした。

「すみません…」


「ああん…いいさ。アラネア隊の方はどうした?」


「はい。2人ほど来ていただけそうです。船長の許可をとったら後ほど合流します」

「ほんとか?」

急に目が覚めたみたいに、ぱっと嬉しそうな顔をした。

「へぇ、やるなぁ坊主」

それから腕時計を見て

「まだ早いが…グスタフを叩き起こしに行くか。こっちも叩き起こされたしな。巻き添えにしてやる」

と、にやにや笑いながら立ち上がった。

「あの…グスタフさんと言うのは?」

「ケルカノ駐留軍の親玉だよ。まあ、ついて来いって。紹介してやるから」

タルコットは嫌な予感しかしなかった。リカルドの後を追いながら

「それって、離陸許可の権限を持ってる人物ですよね?…あの、僕が行くのはまずいと思うのですが」

ん? とリカルドは不思議そうにタルコットを見る。

「ついでに離陸許可も頼んで来いよ。一石二鳥だろ」

えええ?! 極秘任務のことも知っているくせに、そんなことを言うの…?


タルコットは焦る。軍の幹部と接触なんかして…勘付かれたら、おしまいじゃないか。しかし、リカルドは御構い無しに、どんどんと、軍の本部に向かって進んで行く。


「心配すんなって。お前なら気に入られると思うぜ?」


けけけけ… リカルドは笑って、不安そうなタルコットの背中を叩いた。

軍の本部かつ宿舎でもある白い二階建ての建物に入る。朝早くから押しかけて来たリカルドに、入り口の衛兵はギョッとして

「ちょ、ちょっと。許可なく立ち入るな!」

と言いつつ、すでに及び腰だった。

「緊急用件なんだ。お前の上官の上官を叩き起こしてこい。グスタフ少佐だ。下手すりゃ、仮設住宅の工期が延びて、余計な予算が必要になるってんで政府高官からどやされるぞ。お前らの給料を返上するか? なにせ尊い血税だからな」

けけけけけ 

可哀想な衛兵は、青ざめて、この非常識な呼び出しを受けるべきか、それともこの場所で狂人を追い返すべきかと迷った。しかし、どちらにせよ上官にどやされる気がして追い詰められた顔をしている。

やれやれ、優柔不断なやつだ、とリカルドは飽きれたように呟くと、突然、二階の方を向いて

「グスタフ少佐!緊急の用件だ!すぐに降りてこい!」

と大声で叫ぶ。

グスタフ! 続けてもう一度叫ぶ。まさか、反応するまで叫び続ける気かな… しんと静まっていた建物がガヤガヤ騒がしくなり、あちこちの窓から兵士が顔を出している。

ガラッと二階の窓が開いて、迷惑顔の男が下着姿の上半身を窓に乗り出して

「静かに待ってろ!クソが!」

と叫ぶと、また窓をしめた。リカルドは、にやにや笑って、兵士達がジロジロ睨みつけるのも無頓着だった。横にいたタルコットは…心臓が縮み上がる気がした。

軍に対してこんなことをして、平気なのかな…

さきほどの衛兵は、まだ青ざめて立ち尽くしている。この後の運命が、吉と出るか凶とでるか、審判の時を待っているかのようだった。
間も無くグスタフ少佐が軍服を着込み、しかしまだ乱れた髪のまま降りて来た。衛兵には目もくれずに、建物から出てくると、何も言わずに、2人の前を通り過ぎる。

あれ… タルコットは戸惑ったが、リカルドは当然と言う顔で、その後ろからついて行った。タルコットも慌てて後に続いた。

「拗ねないで空を見ろよ、少佐」

「空がどうした」

その声は明らかに怒っている。

「雨雲だよ」

リカルドの言葉に、グスタフは突然足を止めて、そして空を見上げる。それから、舌打ち。

「…クソッ。工事の進捗は?」

「あと一息なんだよな。人をかき集めてくれりゃ、今日中になんとか屋根を上げられるってさ」

グスタフは驚いて振り向く。

「兵を出せって言うのか?」

「ああ、それが一番手っ取り早い。暇な兵隊を働かせても、一銭も余計にかからないだろ。これが…工期が遅れて見ろ。政府の掲げた復興計画が達成できない上に、余計な費用がかかる…まあ、土建屋は政府高官とは仲がいいよな。内地で大盤振る舞いしてもらってる上に、さらにたかる理由ができるわけだ」

「バカ!追加の予算が下りるまでにどれだけ時間がかかるか…役人の審議する分の給与を回してくれりゃ、早いんだよ…」

話がわかるねぇ! と、リカルドはもう同意を得たような様子で、その背中を叩く。しかし、グスタフの表情は険しかった。

「簡単に言うな…兵を動かすにも方便がいる」

「そうだなぁ…あいつら、ほっとくと、ただ嫌がらせに来るだけだからな」

うーんとリカルドも唸った。

「おい、タルコット、お前何か案はないのか?」

えええ?! 突然振られて、タルコットはたじろいた。しかも、名前を呼ばれた途端、グスタフが訝しげな目を向けた。

「…タルコット?」

「そう。しかも本家だぜ?かわいいだろ?」

リカルドはニヤニヤ笑って言う。本家って…この人も、ノクティス様を知っているのか? タルコットは、どう繕っていいかわからず、オタオタするばかりだ。

「なんか案があるだろ?」

「案て…何のですか?!」

「案だよ…あの、やる気のない兵隊を、せっせと働かせる方法。ルシスの魔法に何かないのか?」

「そんなの、ルシスの魔法にありませんから…」

第一、魔法は王様しか使えないのに。タルコットは、苦い顔をしながら、うーんと頭をひねった。確かに、ハンターも職人も見下してるような兵隊を投入したところで、戦力になる気がしなかった。しかし、贅沢も言ってられない。雨雲はすぐそこに迫ってきている…

「ええと、たとえばですけど…」

とタルコットは苦し紛れに言ってみた。

「写真を撮ったらどうですか?」

「写真?」

「ええ…その、宣伝に使うとか言って。どうでしょう…?写真取られてると、結構、意識すると思うんですけど…」

リカルドと少佐はちょっと顔を見合わせた。

「そりゃ、つかえるかもしれないな…政府広告に乗せるとか何とか言ったらどうだ?軍がまさに難民の仮設住宅の建設に協力しているところを撮影すれば…政府高官が喜んで使うと思うぜ」

グスタフは、ちょっと考えるような素ぶりを見せたが、その表情は満更でもなかった。

「…そういえば、ちょっと前から役人に、軍の活躍が伝わる絵柄が欲しいって言われてたんだ。めんどくさくて放っておいたんだが」

リカルドと少佐は、自然とお互いの顔を見て笑っていた。

「その名目なら、軍の撮影班も投入できる」

「いいねぇ!政府広告にのせるって触れ回って撮影班も投入すれば…そりゃサボれないわな。ついでにお前も視察に来いよ。それで兵士の士気が上がるぜ?」

「…上がるかよ」

と、少佐は遠慮したい空気を醸し出しながら、さりげなく明答を避けた。

話がまとまったので、グスタフとすぐ別れて本部へ足早に戻った。少佐は少佐で、慌ただしく軍の詰所となっているケルカノ駅の建物に向かっていた。すぐに指令を出すつもりなのだろう。少佐は、20人は動かせるだろうと言っていた。タルコットの胸にも希望が湧いて、自然と笑顔になる。

リカルドと2人で本部に入ると、ちょうど数人のハンターが入れ違いに出て行くところだった。リカルドは受付のカウンターに近づき、

「あいつらもか?」

「ああ。アラネア隊の2人ももう現場に向かってる。で、そっちはどうだった? 」

リカルドはにんまり笑って

「やっぱり俺の目に狂いはないねぇ。このタルコットが大活躍だったぜ」

と、タルコットの頭を帽子の上から乱暴に撫で付けた。

「中隊が20人出すぞ」

「20人?!」

バズはさすがに驚いて、声が裏返った。

「マジか?!一体、どんな手を使ったんだ?!」

「撮影班も引き連れてくる。政府の広告宣伝用さ。今回ばかりは気持ちよく協力してやってくれ。懸命に働く兵士たちの勇姿を映すからな」

なるほどねぇ とバズは感心していた。

「それと、予備の無線をひとつ貸せ。こいつに持たせる」

え? タルコットは戸惑いつつ、バズから無線機を受け取った。

「いいか、タルコット。これから現場へ向かうが、お前は働くな。監督だ。兵隊らが騒ぎを起こさないか見張ってろ。やつらがヘマしそうだったら、すぐに無線でオレにチクれよ」

ええと、はい…

現場で見てるだけで働かないなんて…いかにも気の進まない役割だ。

建築現場に向かうと、すでに作業は開始された。リカルドは現場監督者のところへ出向いて、間も無く兵士20人が派遣されてくることをつげる。監督者はひどく驚くとともに

「そいつら…使えるのか?」

と、ごもっともな問いを投げかけてきた。

「ああ見えて、一応高所訓練も一通りやってんだ。高所で使ってくれて構わないぞ。ヘタするやつがいたら、俺とこいつで見張ってるからすぐバックアップする。心配するな」

それでようやく親方は安心したようだった。タルコットは、早速、建物の足場を上がり、まさにこれから屋根を据付ける最上部に陣取った。リカルドは地上で兵士の到着を待っている…タルコットは、軍の詰所の方へ視線を向けた。すぐにその気配があった。詰所に近いところから、難民たちが何事かとどよめくのが聞こえてきた。あの、重々しいゲートから、隊列を組んで兵士が進んでくる。激しいフラッシュの嵐…大げさだなぁと、思いつつ、気合十分なのは助かる。
同じように足場の高いところにいた職人やハンターが驚いてその様子を見てた。

「なんだい?!軍が出動してるのか」

「心配はないですよ。あの…実はここに応援に来るんです。これで、今日中に屋根があげられますよ」

へええぇ にわかに信じられない、といった表情をしつつ、職人の男は作業に戻っていった。あんまりあてにしている様子がなかった。

兵隊たちは勿体ぶって美しく整えた隊列のままキャンプを進んで来る。まるでお祭りの山車のように進みが遅かった。

-おい、あいつら、今、どの辺だ?

地上のリカルドから通信が入る。

-もう少しで本部の辺りまで到達します

ったく、クソ遅いな と悪態をつく声が聞こえてきた。タルコットは苦笑いした。

ようやく隊列が現場に到着した。仰々しく整列したところで、また、撮影が始まる。見兼ねたリカルドが割って入って、作業の割り振りを指示していた。間も無く兵士たちは分散して現場に散っていく…いつもよりは動きがいいようだ。5人ほど足場を上ってくるのが見える。

最上部で指揮をとっている年輩の職人は、凄んで睨みつけながら、

「ぼおっとしてるやつはすぐに突き落とすからな!ここでは、1人の不注意が他の連中の命に関わる。わかったな!」

身軽な若い兵士ばかり選んで送られてきたようだ。年齢は自分くらいか。まだ、あどけない顔が、さっと緊張しているのがわかる。

職人と2人1組になって、若い兵士たちは必死に屋根を受けるためのジョイントの設置に励んだ。この間みた、感じの悪い様子と全く違う姿だ。誰もが、慣れない作業に必死に食らいついている。
時折、撮影班が足場に上がってきてカメラを向けると、余計に緊張するようだ。ここから見下ろす限り、他の場所で働いてる兵士達もいい動きをしている。
地上を見ると、いつの間にか難民達が物見に集まってきていた。軍が出動している、ということと、仮説住宅の屋根が上がる、という2つの出来事が、彼らの関心を呼んだようだった。

-おい、そっちはどうだ?問題なしか?

無線からリカルドの声が聞こえてきた。

-ええ、こちら問題ありません。みな、よく働いてくれています

-へへ。俺の人選がいいんだよ

あはは。やっぱり大人しそうなのを選んでこっちへ送ってきたんだな…

-ありがとうございます。助かりました

タルコットは素直に礼を述べた。リカルドは、無線の向こうで、うへっ と変な声を出した。

-お前は純粋培養だなぁ。どんな育ちなんだ

と言われて、タルコットは苦笑する。

-一般人ですけど…

-偽物よりお前の方が、育ちが良さそうに思うな。いっそのこと、入れ替わったらどうだ?

なんと答えていいのか…タルコットは困って黙った。

-あははは!冗談だよ! 

ゲラゲラと遠慮なく笑う声が響いて、タルコットは脱力する。なんか、遊ばれてるなぁ…

「よし!第一弾行くぞ!」

大きな声がした。クレーンが、屋根の建材を持ち上げていた。最上部にいたメンバーはみな、固唾を飲んでクレーンの動きを見守った。建物の最東部に資材がゆっくりと運ばれてくる。その場所に控えていた職人と兵士は、受け取るために姿勢を高く上げなければならない。その若い兵士は、足元が明らかに不安定だった。タルコットは、颯爽と兵士の側に立って、資材を受け止めるべく態勢を取った。間も無く、その周辺に配置していた職人ひとりと、ハンターひとりとタルコットで屋根の建材の一部、ちょうど一室分だろうか? ーに手をついてゆっくりとクレーンの動きを誘導した。若い兵士も、後からなんとか態勢を安定させて、資材に手を伸ばした。

オーライ、オーライ!

職人は、前面にでてクレーンに指示を出しながら、その一端を支えていた。第一弾の屋根の建材は、ゆっくりとジョイントの位置を確かめながら降ろされて行く…

ごとん 

気持ちのいい音がして、建材が無事、ジョイントに嵌ったことを知らせる。


「よし!いいぞぉ!ロープを外してくれ!」

四隅につけられた金具を外して、クレーンのロープを切り離す。

クレーンは、職人の合図に従ってゆっくりと上昇すると、建物を離れて、次の建材を運び上げるために地上にロープを下ろす。

よし! と、叫んで、職人は屋根を下ろす次の箇所に移る。一方、建材を無事に積み上げた場所では、兵士とハンターが懸命にジョイントの金具を絞めにかかっていた。

「緩んでると、ちょっとした振動でずれるからな!」

職人は、去り際に強い語気で言い放った。
若い兵士は、顔を上気させて、必死にジョイントの金具を締め付けていた。タルコットは、自分も手伝おうと隣のジョイントの前に屈んだ。

「ああ、それは自分の仕事ですから!」

若い兵士は慌てて言った。

「どうぞ、自分にやらせてください。次の屋根も来ますんで、あっちを手伝った方がいいと思います!」

兵士は、屋根を下ろすのがよほど骨が折れるとわかって、隣のチームを気遣っているようだった。

「わかりました。では、こちらはお任せしますね」

タルコットは、有り難く申し出を受け入れて、次の位置へ移った。見ると、いよいよ第二弾の建材が持ち上がろうという頃だった。クレーンの遠巻きに、難民達がどんどん集まってきていた。危ないので、人々が前に入り込まないようにと兵の一部が警備をしている。見物している中には、子どもたちも多く混じっているようだ。撮影班は今度は集まった難民達の姿をしきりに写している。

「よし!第二弾が来るぞ!」

先ほどの職人が声をあげた。周囲にまた、緊張感が走る。クレーンは、ぐんぐんと、屋根を持ち上げている。あまりに急いだせいか、大きく左右に揺れ、見ていた観衆からどよめきが起こった。

「ばか!!焦るんじゃねえ!!!」

親方の怒鳴り声が地上から響いてくる。クレーンは態勢を整えるべく、一度建物から離れて、それからゆっくりとまた近づいて、今度は慎重に建材を運び上げた。

オーライ、オーライ!

先ほどと同じように、熟練の職人が建材に手を添えつつ、クレーンを誘導した。一度目でなんとなくコツをつかんだタルコットも同じように建材に手を添えつつ誘導を手伝う。その場所を担当していた若い兵士と、職人とで位置を安定させて、そしてゆっくりと建材を下ろす。


ごとん!


「慣れたもんだな!」


仕切っていた職人は嬉しそうにタルコットのほうを見て笑った。


「兄ちゃん、次も頼むよ」


「はい、わかりました!」


タルコットはさっと、次の位置へ移動する。合計で15ある屋根建材は、同じ要領で次々と下ろされた。迫る雨雲を気にしながら、作業は休みなく続けられた。屋根を無事設置終えたメンバーから休憩に入る…タルコットは、いつの間にかクレーン誘導係として、取り仕切る熟練の職人と一緒にいつまでも最上部にいた。

半数ほど屋根が降りたときに無線に通信が入る。


-おい、次の屋根を下ろしたら休憩しろ。


-え、あ…はい。でも…あと少しなんで


-自分の体力を過信するな。そこではちょっとしたことが命取りになる。なに、今こっちにも手が空いたハンターが何人か応援にきたんでな。今から交代に行かせる。


-わかりました


先ほどからペアを組んでいた職人も、


「おう、兄ちゃん、休憩しな」


と声をかけてくれた。熟練ながら頑強な体つきはしているが…もしかすると60は越えていそうな職人だ。タルコットは心配そうに


「ええと、あなたも休憩したほうが」


と聞いてみた。


「へへ。心配するなよ。こっちは40年以上この仕事してるんだ。自分の体のことはよくわかってる。それに、あんたら交代する間にちょっと休ませてもらうよ」


職人は孫でも見るような目つきで嬉しそうに微笑んで、そして、タルコットの頭をぽん、ぽんと叩いた。あはは…毎日よく撫でられるな、と苦笑しながら、悪い気はしなかった。


タルコットは言いつけどおり、次の屋根を下ろし終わると、上がってきたハンターと交代して足場を降りた。リカルドが待ち構えていて、現場の隅っこの日陰まで引っ張っていくと、弁当を押し付ける。


「ほら、座れ。座って、ゆっくり食えよ。食い終わるまで動くなよ」


そしてまた、頭をくしゃくしゃとやられる。タルコットは、もはや抵抗せずに、なんだかそうされることに喜んでいる自分がいた。やだなぁ…なついちゃった犬みたいじゃない。

すぐ側に兵隊が立って、見物人たちを制止していた。いつも疲れきって生気のない難民たちの顔が興奮で上気していた。屋根があがるたびに、どよめきや歓声があがっていた。飛び上がって手を叩く子どもの姿もあった。タルコットは、ほっこりとした気分になって、難民達を眺めながら弁当を食べた。


弁当を食べ終わって、すぐに立ち上がる。リカルドの姿を探したが…近くにはいないようだ。弁当食べるまでは動くな…と言っていたから、食べ終わってからまた足場に上がればいいだよな。タルコットは、迷わずに足場へ向かってまた最上部に上がった。


「随分早いじゃねぇか」


と、先ほどの職人は驚いた顔をした。


「いえ、ゆっくり食事させていただきました」


タルコットはにっこりと笑い返した。先ほど交代に上がったハンターも、高所作業に離れているらしい。タルコットも加勢して3人でクレーンを誘導すると、かなりスムーズに進むことがわかった。やっぱり戻ってきてよかった…厚い雲の合間から、夕暮れの光が差し込んでくる。東側から明らかに黒い雲が押し寄せて、ゴロゴロと不穏な音も聞こえてきた。難民達が空を不安そうに見上げている。


「あと…2つだな。一気に片付けるぞ」


「はい!!」


地上からは、手の空いた兵士やハンターが次々と足場に上がってきて、屋根をあげた後のジョイントの金具の締め付けに取り掛かかっていた。それでも、最後の仕上げまで終わったのは、まだ半分くらいか… 屋根を下ろしたら自分も手伝わなくちゃ、とタルコットは思う。屋根の結合部を完成させるまでが今日の目標になっていた。遠くに響く雷の音に、兵士達の表情も真剣になっていた。


おおい、いくぞおお


と声がして、次の建材が持ち上がる。熟練の職人は、額に汗を浮かべつつも疲れの見えない様子でクレーンを誘導する。屋根を下ろし終わったら、すぐに引き上げてもらおう。後は僕たちでもできるはず…まるでジャネットとは別のタイプだが、頭も撫でられたときから不思議な親近感が沸いていた。


息のあった3人は、この建材もスムーズに下ろし終わる。あとひとつ…

ごろごろごろ… 不穏な音がまた近づく。東の空と、住宅の屋根とを、見物人たちは交互に眺める。


最後のひとつだぁ


よし、あげるぞぉ


地上と最上部で掛け声が交わされる。現場全体に緊張が走り、自然と見物人も静かになった。クレーンが最後の建材をゆっくりと持ち上げる。遠慮がちなしずかなどよめきが、ほんの一瞬だけ起こった…そして、沈黙。

職人は、最後に気を緩めまいと険しい顔をして、建材を受け止めた。さきほどよりも慎重にクレーンを誘導する。


「最後まで気を抜くなよぉ。きっちり決めるぞおお!!!」


はい!! と周囲に配置していた作業員達が声を上げた。もちろん、タルコットも。兵士も、職人も、ハンターも…みなが一致して最後の屋根を受け取ろうとしている。建材は、みなの手の届くところまで降りてきて、誘導係の3人がしっかりと配置を見極める…そして、ゆっくりと下ろされる。


ごとん!


かがんでいたものたちが、ゆっくりと手を離して、立ち上がった。最後の屋根が収まった。


よし!!無事降りた!!!


地上に向かって、熟練の職人が大きく手を振ってみせる。


わあああああああああ…


見物していた大勢の難民達から、一斉に歓声が沸き起こった。難民達は立ち上がり、拍手をし、抱き合い、そして、作業員達に手を振っていた。


わああああああああ…


その様子を、最上部から、作業員達はしばし、呆然と眺めていた。歓声が、あとからあとから、最上部へ押し寄せてくる。


「やったな!」


誰かの興奮した声が上がった。振り向くと、隣り合わせにいたハンターと兵士が、ハイタッチをしていた。


「やったな!!!」


堰を切ったように、あちこちから声が当たって、お互いに笑顔を向けながら、握手を交わしたり、抱き合ったりしている。


わああああああああ…


地上を見ると、地上にいた作業員達も、難民達に混じって歓声を上げ、やはりお互いに抱き合ったり、握手を交わして喜んでいる姿が見えた。


最上部の取り仕切り役である職人は、その様子を嬉しそうに眺めながら、ほっとため息をついた。彼の顔に、やっと疲れの表情が見えた。それからにこにことした顔のまま声を張り上げた。


「ほおおおら、喜ぶのは、はぇぞ!男同士抱き合って、足を滑らせたらいい笑いもんだぞ! ほら、てぇ空いてるやつ、みんな最後の仕上げにかかれ! もうすぐ振り出すぞ!!」


作業員達は兵士も、ハンターも、職人もみな、取り仕切り役のご機嫌などなり声に、くすくすと笑いながら、腰をかがめて作業に戻った。タルコットが地上見ると、地上はまだお祭り騒ぎのようだった。帽子を降り投げている兵士もいた。じわっと涙が浮かび、それを手でぬぐうと、自分も最後の仕上げをするためにジョイントへ向き直った。

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