Chapter 20.12-ポルバラオの狂人(2)-

もう調査隊も5日目だ。今日、最後の交代要員が馬車で駆けつけるはずで、ノクトは、誰かがルーナのノートを持ってきてくれないかな、と胸を躍らせた。あと二晩で帰宅だ...出発前のケンカのことなど、もう頭に残っていない。


今日は、ゴダールは、朝からブディとルノを連れて、工場を訪問していた。ブディを連れて行くということは、いよいよ話を進展させるつもりなんだろう。この調査期間中に工場から何か持ち帰ろうと思えば、6日目の明日が最後のチャンスになる。


他のメンバーは、ぞろぞろと集まって、もともと学校だった建物に向かっていた。野営地からは距離があり、無線での連絡もままならないので、一旦、学校から野営地の中間地点に拠点を設け、エドとノクトは、回収現場と中間拠点の二手に分かれて監督をすることになった。午前中いっぱい、中間拠点まで荷物を運び出したら昼食を取り、午後はそこから野営地までを往復する計画だ。


一同は一旦校庭に集まって打ち合わせとなった。学校の校舎のほとんどは、砲撃を受けて著しく破壊されていた…そのすさまじい光景に、うろたえる隊員も多かった。エドは注意を引くために大きな声を張り上げた。


「聞いてくれ。見ての通り、校舎は相当破壊されている。今日の目標は攻撃を免れたあの南端の建物だけだ。それ以外の場所は倒壊の恐れがあるから入るな。1階の教室から机、椅子、黒板、使えそうなものは何でも運び出せ。そのあとは、体育館うらの備蓄倉庫から資材を運搬する。今日は監督者が少ないから、限られた範囲で固まって作業をするぞ。間違っても離れるなよ」


ノクトは、5,6人と指示された教室に入った。椅子を重ねるだけ重ねて持つ。他のメンバーも、子ども用の小さな机を上下に重ねたり、工夫をしてなるべく多くの荷物を持とうと奮闘していた。ノクトたちが手に荷物をもって外へ出ると、次のグループが、黒板や照明器具など、使えそうな内装を取り外しにかかった。


「じゃあ、先発隊、中継地に向かうぞ」


ノクトは荷物をもった男達に声をかけて、エドたちのグループを残して中継地へ出発した。崩壊した街のど真ん中をとおり、中継地点となるバスの駐留所を目指した。足元が悪いので、大きな荷物を両手に持ちながら、一行はのろのろと進んだ。


「これもって帰ったら、こどもたちも喜ぶでしょうねぇ」


隣を歩いていた男がニコニコしながら言った。確か、この男も、こどもをレイの学校に通わせているはずだ。


「そうだな」


ノクトもにこやかに答えた。


「こいつを並べる教室があれば一番でしょうけど…外での授業も暑そうでね。今は、ほら、牧場辺りの木陰に下でやってるみたいだけど、校舎があったらいいよねぇ」


「だな。しかし、家を建てるほうが先だろう」


男は首を振って、


「まあ、体の弱い人はね。私らみたいな元気なのはテントでも十分寝れるわけだし…学校を先に建てたらいいと思うんですけどね」


「内地の学校は難民の仮住まいになってるんだ。家を建てて彼らが移り住めば、まだ校舎として使えるんじゃないかな」


おお、そうかぁ、と男は納得していた。


「内地の子達は、学校はどうしてるんです?」


「この数ヶ月は教室が確保できなくて、ほとんど各家庭でどうにかしてるみたいだな。時々教師が家庭教師に回っているみたいだが」


ふううん、と男は唸って


「内地も大変なんですねぇ… 大きな校舎ができて、こどもたちがみんな、一緒に学べたらいいですよねぇ…」


「伝えておくよ、領主様にな」


あ、ありがとうございます! 男は本気で喜んでいた。


拠点がようやく見えてきた。バスの駐留所には数台のバスが残されていたが、残念ながらすべて燃えつきてフレームだけが残っている。事務所の建物も、消失してもはや土台しか見当たらない。ノクトたちは広けたところに次々と荷物を置いた。ノクトを残して、他の者たちはまた学校に戻ることになっている。


「見たところ、通り道に危険はなかったが、念のため固まって行動してくれ」


ノクトは、メンバーの一人に予備の無線機を渡して、5人の男達の背中を見送った。幸いここから学校まではほぼ直線の道のりだ。向こうのほうから第2陣のメンバーが、荷物を背負って向かってくるのが見えた。ノクトは、手伝うためにちょっと通りのほうまででて、一行を迎える。大きな黒板…綺麗にはずせたみたいだ。3人がかりで担いでいる。あとの3人は窓ガラスを枠ごとはずしてかかえている。


ーエド、第1グループの5人はそちらに戻ったぞ。今、第2グループの6人がこっちに向かっているのが見えてる


ー了解。こっちで3人作業中だ…いま、5人が戻ってきた。全員いるな


ノクトは安堵して、無線を後ろポケットに突っ込むと、他の人より大きな窓ガラスを一人で抱えている男の傍によって、手を貸した。


「ご苦労さん…ガラスは、気をつけて、そっちの平らなところへ置いてくれ」


男達は指示に従って、慎重に荷物を下ろすと、また、学校のほうへ向かって行った。


ーエド、また、こっちから6人戻るぞ。そちらはどうだ?


ーちょっと取り外しに手間取っているな… 3人だけ先に行かせる


無線の向こうで、とんかんとんかん、内装を解体する音が聞こえてくる。


ー了解。そのあと、全員でそっちへもどろうか?


ーいや、大丈夫だ。もう少しでなんとかなりそうだ。次は倉庫の物資を回収する


何回か男達が順調に往復して、物資の運搬は順調に進んだ。積み上げてみるとなかなかの量だ…机と椅子が30組、窓が10枚、ダンボールに詰め込まれた筆記用具と教材類、大型の黒板が二つ、バケツ3つ、点くか点かないかわからない蛍光灯の束ーようやく電気を引くことに成功した本部で使用したいらしい。ノクトから見て、用途が微妙なものもある。教室の引き戸が3組、空の水槽、子ども用の虫眼鏡数十個…使えるものは全部っていってたからなぁ…と、ノクトは積み上げられた物資を見て唸った。


あれ、そういえば、次のグループがなかなか来ないな、と思って無線を取り出した。


ーエド、どうだ? 次のグループはまだ出発してないのか? こっちには今、オレひとりだぞ


ーノクト、ちょっと待ってくれ。


その声に何か違和感があった。


ー特に心配はないが…ちょっと時間がかかる。そのまま待機していてくれ


何かあったのか? ノクトは、なんとなく落ち着かない気持ちで通りのほうを眺めていた。しばらくして、男達の集団が手に荷物を抱えて向かってくるのが見えた。あとからぞろそろと続いて、あちらにいたメンバーのほとんどが戻ってきているようだった。


ーノクト、悪いな。ちと早いんだが、これで一旦、全員引き上げる


ーああ、わかった


エドの声がどことなく沈んでいるのが気になったが、しかし、ぞろぞろ歩く男達の最後にエドの姿も見えてきて、ノクトは安堵して一行の到着を待った。男達はそれぞれに、ダンボールなどを抱えていた。近づいてくると、みな押し黙って、どことなくくらい表情をしていた。ノクトは不安になって頭数を数えてみたが、1,2,3… 間違いなく、出発したときと同じく総勢16名が揃っている。


「ご苦労さん…あの辺りに積み上げてくれ」


ノクトは気になりつつ、男達に指示を出した。男達は軽くうなずきながら、指示に従って荷物を積み上げていた。


「じゃあ、早いが休憩するぞ。長めに休憩を取る。昼飯が欲しいものは、こっから取っていてくれ。この駐留所を出るなよ」


エドが、昼食を詰めて持ってきたクーラーボックスを空き地の中央に置いた。しかし、奇妙なことに男達は誰も近づこうとせず、ため息をついたり小声で話しながら駐留所の方々に散って、思い思いに腰を下ろしていた。


「どうしたんだ?」


ノクトが、エドに近寄って小声で話しかけた。


「ああ…あまり気分のいいものじゃなかったからな。よしておけばいいのに、体育館をのぞいたやつがいてさ。大声を上げるもんだから、全員で見ちまった」


学校の体育館は避難所になっていたのだろう…床に、折り重なるようにした白骨の山…その大きさや衣服の残骸から、多くがこどもたちの遺体のようだった。中の荒れ具合から想像するに、おそらくシガイの襲撃を受けたのだろう。


「それで終わらなくてな…備蓄倉庫のひとつにも逃げ込んだやつがいて…そっちはミイラ化してた。二人いたが、見るからにこどもだな…」


はあああ、とエドは大きくため息をついて、崩壊した建物の日陰に入って腰を下ろした。辛うじて、水筒の水を飲むが…食欲はないのだろう。しんどそうに頭をがっくりと垂れる。


そうか…ノクトはしばらく言葉がでなかった。


「弔ってやりたいな…」


ようやく小さく呟いては見たが、エドは答えなかった。


2時間ほど休憩して、最後にぱらぱらと数人が昼食を取りに来たが、それでも用意していたかなりの量が残ってしまった。エドは、午後に備えて強引にパンをかじったが、あまり美味しくなさそうな顔をして辛うじて飲み込んでいた。ノクトは、つきあってオレまでへばっては意味がないだろうと思い直して、ひとり、食事を完食した。


ノクトは立ち上がって、


「そろそろ、野営地へ戻るぞ。大きなものから片付けよう。荷物を持ってくれ」


と、エドに代わり、一同に呼びかけた。エドも黙々と、大きな引き戸を2枚重ねて持ち上げた。一行は重く押し黙りながら、野営地へ向けてぞろぞろと歩き出した。ここから野営地までは、緩やかなのぼりが続くか見通しもいい。ノクトはそれとなく後方についてメンバー全員がいるとの時折確認しながら進んだ。エドは険しい顔でノクトの少し後ろについていた。


く...く… 


何か声がすると思ってノクトが振り向くと、エドが下を向いている。その頬から、汗か何かが流れているのが見えた。


「エド…」


「ほっといてくれ…苦手なんだよ…こどもの死体は…」


ノクトは、何も言わずに前を向いた。時折、エドのすすり泣く声が後ろから聞こえたが、もう振り向かずにおいた。


野営地が見えてきて、ノクトはほっとする。ゴダールたちが戻ってきているらしい。ジープが止まっているのが見え、やがて、3人が手を振って近づいてきた。ブディは、男達に指示を出して、資材を野営地の隅に積み上げさせた。もう少しで空の荷台を引いて馬車が到着するはずだ。

ゴダールが重苦しい空気にすぐに気がついてノクトの傍に寄ってきた。


「何があった?」


「ああ…」


とノクトが説明しようとすると、ちょうどエドが後ろから追いついた。エドは、もう泣いてはいなかった。


「学校に大量のこどもの死体が見つかってな。それでみな、気が沈んでるんだ」


エドが言うと、そうか...とゴダールも眉間にしわを寄せた。


「午後は休ませよう」


「まだ、物資が中継地に大分残っているが」


ノクトは遠慮がちに言う。


「いいさ、物資は明日でもな。みな注意力が低下して、こういうときは事故が起こりやすい。やめておこう」


ゴダールは、すぐに、次の指示をまっている男たちのところへ行って、同じように休憩を言い渡す。男達は暗い顔のまま頷いて、テントへ行ったり、木陰に入ったりした。他のメンバーが休憩に入ったのを確認すると、監督者の5人はジープの傍に集まった。


「お前達も休め」


ゴダールはエドとノクトに向かって言った。ノクトは、


「いや、オレは大丈夫だ。現場を見なかったしな」


と答えたが、エドは、


「オレは休ませてもらう」


と素直に言って、さっさとテントのほうへ下がっていった。ゴダールは黙ってその後姿を見ていた。


「…ああ見えて、神経が細くてな」


ゴダールは苦笑いをした。


「普通だろ。子どもがいれば、なおさらさ」


ノクトはかばうように言う。ダゴールは、ふっと笑って、肩をすくめて見せた。


「それより…工場の狂人はどうしたんだ?」


ルノとブディは顔を見合わせて


「どうかな…」


そして、ゴダールの顔を見る。ゴダールもしばし迷っているようだった。


「一応…話はしたんだ。聞いているかどうか、わからんがな。明日、大勢で来て、建物の外にある廃材をもらいたいとは伝えた。不満があればやめるともな」


「特に興奮してもいなかったし、納得したんだと思いますけど...」


ルノはしかし、言葉とは裏腹に自信はなさそうだ。


「では、馬車で乗り付けるんだな?」


「そうだな…まあ、もし、気が変わってやっこさんが暴れだしたら、その時は早々打ち気って引き上げよう」


ぷっぷー! というクラクションが聞こえてきて、4人は驚いて音のするほうを見えた。集落のほうから、軽トラックが軽快に走ってくるのが見える…運転席から嬉しそうに手を振っているのはプロンプトだ。


「おお!直ったか!」


4人は歓声をあげる。野営地の方々で沈んでいた隊員たちも、顔を上げたり、テントからでてきたりして、軽トラックの到着を見守っていた。軽トラックはジープの傍まで来て止まる。


「ひゃほーーー!!」


興奮した様子で、プロンプトは運転席から降りてきた。助手席からはカイトが。二人ともよほど嬉しいらしく顔が上気している。


「良くやった二人とも!!」


ゴダールが珍しく感情的に声を上げて、二人の頭をむちゃくちゃに撫で回した。


「へへー!汚名挽回!」


プロンプトは無邪気に喜びながら、カイトとハイタッチをした。その時トラックの荷台から、ロナルドとクリフの二人が降りてきた。


「あれ、お前ら…」


へへへ、と二人とも照れたように笑って


「あっちにいても暇なんで...手伝いに来ました」


と言った。


「そうか…二人とも良く来たな!」


ゴダールは嬉しそうに駆け寄って、二人の頭もぐちゃぐちゃと撫で回した。ロナルドは照れて顔を赤くしながらノクトのほうに駆け寄って、


「ノクトさん!これ、預かってきましたよ!」


と人懐こく笑う。手渡されたのは、ルーナのノートだ。ノクトの顔も途端に明るくなった。


「ありがとな」


そして、みなに背を向けるようにして、そっとノートを開く。また違う押し花が貼り付けられていた。その下に、”ご無事で安心しました。どうぞご無理なく。もうすぐ会えますね” と書かれている。顔がにやけるのを、どうにも止められなかった。


「ノクト、エネルギーをチャージしたところで、中継地まで物資を取って来い。近くまでこの軽トラで近づけるな?」


ゴダールは調子よく前言を撤回して、ノクトの背中を叩いた。


軽トラの威力は絶大だ。中継地に残してあった物資をすべて乗せてもまだ余裕があった。割れ物が多かったので、積み込みに気を遣ったが、ノクトと、若者ふたりが荷台に乗り込んで、荷物を支えながら戻った。

夕暮れ近くなっていたが、予定通りの運搬が完了したことになる。しかし、明日、工場に行くのに備えて、荷物は一旦、トラックから降ろされた。そのころになると沈んでいた隊員たちも少しずつ気分が回復したようで、資材の積み下ろしを手伝ったり、夕食の準備に取り掛かったりと動き回った。


そして夕食時。また、焚き火を囲んでミーティングとなる。ゴダールは、しばらく黙ったまま顔を見渡した。


「今日は…いろいろと思うところもあるだろう。打ち合わせの前に、学校で見つかった多くの子ども達のために黙祷を捧げたい」


そういって、目を閉じた。みなも食事をしていた手を止めて、目を閉じた。静かな中に、焚き火のはぜる音だけが響いていた。


「よし…それでは、打ち合わせを始めよう」


目を開けると、中には、涙をぬぐうようなしぐさをしている者もいたが、みながしっかりと顔を上げて、ゴダールに注目していた。


「調査もあと二日となった。最終は、片付けのみで早々引き上げるつもりでいるから、実施的に明日一日が最後の仕事だ。電子部品工場だが、一応、話はついた。ただ、あまり大勢で押しかけると相手を刺激して気持ちを変える可能性がある。幸い、プロンプトとカイトの活躍で軽トラが手に入った。かなりの機動力だ。明日は、朝から軽トラで電子工場に向かう…メンバーは、オレと、ノクト、ルノ、クリフにロナルドの5名。他のメンバーは…」


とゴダールが言いかけたとき、エドが立ち上がって


「学校へ行きたい」


と口を挟んだ。


「子ども達を埋葬する…ひとつひとつ墓をつくってやる事はできんが、校庭に大きな共同墓地を作るだけなら1日でいけるだろう。スコップがいくつかと、小型の掘削機がある」


ゴダールは、しばし、黙って考え込んだ。


「…一日か。お前一人では到底無理だろうな。エドについて手伝いたいものはいるか?」


しん…として、隊員たちはちらちらと顔を見合わせていたが、そのうち、遠慮がちにおそるおそる手があがり始めた。カイトも手を上げていた。


「6人か…いいだろう。エド、お前一人で面倒を見ろ。念のため言っておくが、弔いに行ってけがなどさせるなよ。笑えない話だ」


エドはうなずいて、静かに腰を下ろした。


「プロンプト、お前は乗せられるだけの物資をジープに乗せて朝いちで集落に戻り、馬車で戻れ。この中で、馬車を引けるやついたな?」


男が一人手を上げる。


「よし…プロンプトについて一度集落に戻ってくれ。他はブディの指示に従って、資材の運搬に当たってくれ。ポイントは近場から選ぼう。明日の朝知らせる。以上だ」


ノクトさん、ノクトさん… ミーティングが終わってばらばらと人が散っていく中で、ロナルドとクリフの二人が、にやにやしながらノクトに近づいてきた。二人は、ノクトを挟み込むように両脇に座り、


「あの、美人の奥さん!どこで捕まえたんですか?!」


と顔をのぞきこんできた。ノクトは、言われて悪い気がしないとニヤけながら、そうかこのくらいの若者になるとルーナのことも知らないんだなぁ、と世代差を感じずにいられない。


「二人とも、神凪を知らないの?!」


プロンプトも面白がって寄って来た。


「ええと…昔、巫女さんだったんですよね? って、お袋に聞きましたけど…」


「ああ、俺も、ばあちゃんに聞いたよ」


はああ、とプロンプトは呆れて、


「神様の使いだよ。それで、実際に神様とお話できた人なんだから」


「え?昔、アコルドとかに住んでたっていう…?」


「水神とか、雷神とか、あれだろ。え、あれって真面目な話なんですか?!」


とクリフは驚いてプロンプトを見る。


「まあ、そりゃ、今となっては信じらんねぇよなぁ…」


ノクトも頷く。


「ルーナとは…まあ、幼馴染だな」


「ルーナ様も、テネブラエの女王様だもんね。王様つながりだよね」


「王様つながりって?」


若い二人はきょとんとする。


「まさか…ノクトが王様ってしらない?現役のルシスの王様だけど」


ええ?! と二人は声を上げて、マジマジとノクトの顔に見入った。


「それ、ネタじゃないんですか?!」


なんのネタだよ… ノクトは苦笑した。


「それであの美しいお嫁さんかぁ…」


なんだか二人はがっかりしている。


「ノクトさんに、モテテクとか、あるのかと思いましたよ。なんだ、王様かぁ。ずるいなぁ」


ロナルドは、子どもじみたことを呟いた。


「モテたいんなら、プロンプトに聞けよ。こいつのほうがモテるぞ。女性経験も豊富だしな」


ノクトは笑った。プロンプトは、まんざらでもない、という顔をしてみせた。


「でもプロンプトさんは…」


と二人は顔を見合わせた。


「彼氏…いますよね?」


ぎょっ として、プロンプトが思わず立ち上がった。


「え、何いってんの!?」


それから、急に何か思い出したように、落ち着かない動きをして、


「あ、ああ…ええと、オレ、そういえば、見張りだった。仮眠してこよう~」


と3人から離れて言った。なんだよ、あいつ…


「まあ、オレも見張りだから、寝るわ。また明日な」


ノクトもあくびをしながら立ち上がった。明日は朝早いって言うのに、なぜかプロンプトと二人ではじめの見張りだ。ノクトがテントに入ると、プロンプトは寝袋にもぐりこんでカメラをいじっていた。


「あれ、ノクトも仮眠するの?」


「ああ、起こしてくれ」


「ちゃんと起きてよ?!」


ノクトは適当な返事をしながら、さっさと寝袋に入った。プロンプトが、かちゃかちゃといつまでもカメラをいじくっているのをうるさいと思いながら、しかし、すっと眠りに落ちたようだ。


…ノクト! もう、ノクトったら!!


…私、かわりに行きましょうか?


…ええ?! すみません、なんか…


遠くのほうで、いつものように親友の困った声がする。うるさいな…ぎりぎりまで寝かしとけよ。親友の呼びかけに、ノクトは寝返りを打つだけだ。やがて、複数の人の遠慮がちに話す声が聞こえて、誰かがテントから出て行った。


「ノクト!!!」


耳元で大きな声がして、続いて、布か何かで頭を思いっきり叩かれて、ノクトはようやく目を覚ました


「…なんだ?見張りか?」


「なに寝ぼけてんのよ、もう!」


プロンプトはかんかんになっている。見ると、テントの入り口から、外が白み始めているのが見えた。


「…あれ?」


「あれ、じゃないよ! 見張りを完全にすっぽかしたからね! あとでヨールさんに謝ってよね?! 代わってくれたんだよ、見張り!」


あ、ああ…と、ノクトは気のない返事をして、テントから這い出した。そういえば、ヨールか...昨日、馬車を使えるやつって言われて手を上げていたの、道理で見覚えのある顔だと思った。


テントから出ると、プロンプトは寝ぼけているノクトの手を引っ張って、炊事場まで連れて行った。何人かの隊員が、朝ごはんの準備をしているところだった。


「オレ、もう、出発しないといけないから、ノクトが手伝って!!」


プロンプトがにらみつけるので、ノクトは、へいへい…と返事をして、かまどの前にかがむと、火をおこしにかかった。


「ちゃんと働くんだよ!!」


プロンプトは、念押しの一言を残して、ジープのほうへ行ってしまった。その後ろをヨールが、ちょっとノクトのほうへ頭をさげるようにしてから続いた。ジープはまもなくして、野営地を出て行った。

そうか…ヨールも朝が早かったのに、交代してもらって悪かったな。ノクトはまだ眠い頭でぼんやりと考える。


「ノクトさん? こっちにも火をつけてもらえますか?」


見ると、ロナルド&クリフの若者ペアも、包丁を持って材料を刻んでいるところだった。ノクトは急に罰が悪くなって目が覚めた。隣のかまどに真剣に向き合って、さっと火をおこす。長い旅の中で、料理はプロンプトにまかせっきりだが、火をおこすことだけは得意になった。しかし、このご時勢、火をおこすのは日常のスキルなのだろう…若者達がさほど関心を示さないので、微妙にへこんだ。


オレって…相変わらず生活スキルが低いな…


若者ペアも、他の数人の男達も慣れた手つきで朝食の準備をしている。ノクトは、炊事場にいてもさほど役に立てないので、火が弱くなっていた焚き火に薪を足しに向かった。日の出とともにバラバラと隊員たちが起きてきた。まだ冷たい空気の中で、焚き火に集まってくる。朝食ができあがって、配膳が始まったので、ノクトも炊事場に戻って配膳を手伝った。ノクトは、珍しく遅く起きてきたエドに、煮込み料理の入ったカップを渡した。


「お、朝から珍しいな。ご苦労さん」


エドは笑って、受け取った。昨日より、表情が明るくなっていたので、ノクトは安心した。焚き火を囲って朝食をとる。プロンプトたち以外は、今日の朝はゆっくりとした計画だ。ゴダールも珍しくみなに混じって食事を取っていた。ゴダールは、いつも慌しくしていて、いつ休んでいるのか、食事を取っているのかわからなかったのだ。


ノクトは、せめて役に立とうと、朝食の終わりに炊事場にたって、汲み置きしておいたタルの水を使って洗い物を請け負う。隊員たちが、申し訳なさそうな表情で、使用済みの食器をノクトに手渡した。ノクトは、ようやく自分も使える仕事があったと、喜んで洗い物に励んだ。エドは面白そうに傍で見ていた。


「へええ、いつもやらされているのか?」


「やらされてない。自分でやってんだ。料理とかは苦手なんでな」


エドは、ちょっと罰が悪そうな顔をして頭を掻いていた。家で役に立てないのはエドも同じなのかもしれない。


ゆっくりした朝の時間が過ぎて、それぞれのチームが出発の準備をしていた。はじめに出たのは、エドのチームだ。必要な機材を担いで、6人は出発した。手に、その辺りでつんだ花を手にしている者もいた。続いてブディのチームも、出発する。結局、一番手近な、警察署と消防署をターゲットにしたらしい。二つのチームが出発したのを見届けて、ノクトたちはようやく軽トラックに乗り込む。


運転はルノが請け負った。田舎なんで、軽トラはよく乗ったんですよ! と、彼は相変わらずサバサバと笑っていた。ゴダールが助手席で、後は荷台だ。暑いので片側の幌を捲し上げておいて、3人は幌のあるほうへ寄りかかっていた。


「あの男…ほんとに話が通じたんですかね?」


クリフが、運転席には聞こえないようにと声を低くしてノクトに聞いた。


「さあ、どうかな。オレもあれ以来、行ってないんだ」


クリフは、ふーん、と、やはり不満げな様子で唸っていた。

見慣れた景色が流れて、一行は工場の敷地に入った。入った途端、ノクトは何か違和感を覚えた。荷台から身を乗り出すようにして、辺りを見回す。ゴダールも何かを感じたように、窓を全開にして外の様子を伺っていた。


なんだ…この感覚… 


この間来たときと同じように、静かだ…しかし、何かが違う。敷地内の道路に、わずかに瓦礫が散乱している…脇に積み上げてある廃材が崩れた様子も見えた。


ノクトは神経を集中して辺りの気配を感じ取る。


軽トラックは資源再生棟に横付けされた。あ、と、声を上げる。わずかだが…入り口から煙が立っている。ノクトとゴダールは、車が止まるか止まらないかのタイミングで、車外に飛び出した。


ゴダールは何かを見つけたようで、真っ先に工場の入り口前のほうへ走っていた。ノクトもその後を追った。ゴダールが立ちつくた先に…あの狂人が、地面に倒れふしていた。その顔は恐怖でおののいてゆがんでおり、その背中には、切りつけられた後が見えた…地面は血に染まっていた。


ノクトは何かの気配を感じて工場のほうを振り向く。工場の搬入口から見えたのは…しっかりとした足取りの、魔導兵…。これまで廃墟で目撃したものとは違う、破壊された形跡のない、10年前、戦闘に投入された時の様子そのままの魔導兵だ。ノクトは、剣を抜いて構えた。


軽トラックから、剣を構えたクリフが降りてくるのが見えた。ゴダールは、軽トラックに向かって下がるように手振りする。軽トラックは静かにバックするが、クリフは剣を構えたまま動かない。

ノクトはじりじりと魔導兵に近づいた…魔導兵も、応じるように剣を構える。その足の動きは、まさに生きている人間のそれだ。滑らかに、間合いを計るように動いている。赤い目は、ノクトをしっかりと捉えていた。じわじわと近づく…敵の間合いに入るのは危険だろう。あちらから近寄らせよう… と思ってノクトは、剣を振り上げた体制のまま魔導兵の動きを見守っていた。


その時、さっと視界を横切るものがあって、あまりにすばやく何が起きたかわからなかったが…魔導兵は次の瞬間、真っ二つに分かれて、吹き飛んだ。ゴダールが、剣を振り下ろした姿勢のまま、静止しているのが見えた。

驚いて、一同は何が起きたかを見守っていた。吹き飛んだ魔導兵の体が動かなくなるのを見届けると、軽トラに乗っていた3人が車から降りてこちらに向かってこようとしていた。ゴダールは、すぐに其れを制止した。


「他にもいるかもしれない。そこでまて」


そして、ノクトと二人で工場の内部と、それから、工場の敷地を見て回る。他に魔導兵の気配はなかった。1体だけだったようだ…しかし、故障のない、完全体の魔導兵。


安全を確かめて、ゴダールはようやく剣を鞘に納めると、男の亡骸に近寄った。ノクトは、言葉なくその後ろに立った。


「どう…しますか?」


クリフが遠慮がちに問いかけた。


「…何もしない。まずは、この者を弔わねば…」


ゴダールは静かに言った。その時、目から一筋の涙が落ちるのを、ノクトは見ていた。


死んだ男を埋葬するのに、夕暮れまでかかった。

大した道具もなく、工場内でようやく見つけてきたスコップで交代で穴を掘り、これも工場内で見つけてきたカーテンの布で遺体をくるみ、土に埋める。しかし、誰も、不満を口にしなければ、不満そうな表情も浮かべなかった。男の生活用品を一緒に埋葬したいと、ゴダールが言い出したときも、真っ先に資源再利用棟に入って、あまり衛生的ではない生活用品を両手に抱えてきたのは、ロナルドとクリフの二人だった。ルノは始終、ため息をついて、胸に手を当てていた。資源再利用棟のすぐ近くにようやく埋葬を終えたときには、ひとりふらっと離れたかと思うと、一時的な墓標としてふさわしい石を見つけてきて、埋葬した場所に置いた。


改めて、一同が墓の前に揃い、胸に手を当てて追悼する。ゴダールが、チパシの伝統的な祈りなのだろう...死者を送り出す言葉を口にする。


「神に代わり…チパシの長として、この男を弔う」


ゴダールは、額に手を当てて、祈るように言葉を発する。


「この男…闇の時代をひとり孤独を背負いながら生き延びた…ただ一人で生き抜いた力には恐れ入る。まさに、ポルバラオの主に相応しい…奥底から揺さぶる力を持ち合わせていた…その安らかな眠りを祈る。もし彼が生前熱望したものがあるのであれば…どうか、死してその心が満たされましたように」


一同は長いこと、目を閉じ、黙祷を捧げていた。ノクトは、しばらくしてうっすらと目を開けてみたが、ゴダールが苦しそうな表情で、涙を流し続けているのが見えた。


ーこちら、エド。工場班、応答せよ。


その音声を捉えたのは、車が街中に差し掛かったときだ。ルノが行きと同じように運転をしていた。もうすぐ日が落ちようというころだ。ゴダールが無線の音に見向きもしない様子だったので、運転席に乗り込んでいたノクトは、すぐに応答した。


ーこちらノクト。すまない。帰りが遅れた


無線の向こうから安堵したため息が聞こえる。


ー無事ならいいんだ。何かあったのか?


ー工場に魔導兵を一体発見…排除したが、住み着いていた男はすでに死んでいた


無線の向こうから、別のため息が聞こえる。


ーそうか。他の連中は無事だな?


ーああ…


と言って荷台に、若者と一緒に乗り込んで、知らぬふりをしているゴダールを見やる。


ーならいいさ。野営地のほうは問題ない。予定通りだ。もう日が暮れるから、慎重に戻ってくれ


ー了解


さすが息子だな…親父の状況も、まるでわかっているみたいだ。 ノクトは、昨日の親子のやり取りを思い出しながら、羨ましくもあり、微笑ましくもある不思議な感情を味わいながら、暮れていく廃墟の町並みを眺めていた。



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