Chapter 21.5-ケルカノの日の出-

いつもの癖で、日の出前に目が覚める。いつもの…というには、あれかもしれない。日の出が見られるようになってから、まだ3ヶ月にもならないのだから。10年振りの日の出を、タルコットは、ハンマーヘッドから見た。いつものように自分の車の荷台で、寝袋に包まって休んでいると、外が騒がしいのに気がついた。ハンター達がどよめていた。タルコットはすぐにそのわけを知る。荷台の幌をあけると、空は白み始めていた。


ああ…


圧倒されて息を呑む。それだけでない。外の空気が澄んでいて、地面につり積もっていた黒い塵は、跡形もなく消えている…


タルコットは、日の出をもっとよく見たいと外へ飛び出した。ハンマーヘッドの内部に組まれた見張り台には、すでに多くのハンターが詰め掛けて、満員だった。タルコットは慌てて辺りを見渡す。東の山のほうから空が明るくなってくる…もっと高いところから見たい。目に入ったのは小売店の屋根だ。ちょうどその脇に、ドラム缶が並んでいた。

タルコットは、迷わずドラム缶に這い登ると、そこからちょっと跳躍して、屋根のヘリにしがみついた。両手でヘリをつかめればこちらのもんだ。自分の体を引き上げるのに問題ない…若々しい張のある両腕が、危なげなくその体を引き上げ、タルコットは軽々と屋根の上に飛び乗った。


日の出のほうを見る…ちょうど、その頭が、山の上から飛び出してくるところだった。はじめの一筋の光が差し込んだとき、息を呑んでみていたハンター達から、はああああ、 とため息が漏れた。


ついに…日の光が戻った。


タルコットは、まぶしい光を真正面に受け、目が痛いように思った。しかし、瞬きするのがもったいない…待ち望んだ光。走馬灯のように、この10年の苦しい記憶が蘇り、そして、浄化されていく…


これで…世界は回復するんだ…


タルコットの目から涙が落ちた。


おじいちゃん…真の王が、約束どおり、光を取り戻してくれました…


太陽はいよいよその全貌を山の上に現した。わああああ と歓声があがり、なかなか止まない。ハンター達は互いに抱き合い、手を叩き、中にはうれし泣きにその場に座り込んだ者もいる。タルコットは屋根の上から彼らの様子を見て、自分も、涙が止まらなかった。


そして、太陽からさらに左手の、王都のほうを見る。そこに、今まさに闇に打ち勝った真の王と、その従者たちがいるはずだ。


ノクティス様…ありがとうございます


タルコットは胸に手を当てて敬礼した。


あれ以来だ。なんだか、日の出を見逃すのがもったいなくって、狙ったわけでもないのに、ちょうど空が白み始めると目が覚めてしまう。今日も、見慣れない寄宿舎の中で目が覚める。静かな宿舎では、深夜の見回り組みが戻ってきて、早番の者が出て行く。タルコットはそのどちらにも割り当てられてはいなかったが、やはりベッドから這い出して、宿舎を出た。

タルコットに割り当てられた寄宿舎は、本部と連なるプレハブの一角だ。2段ベッドが5つ並ぶ相部屋で、夜中誰かの出入りがあってなかなか寝付けないような気したが、しかし、こうして目が覚めてみると、体も軽ければ頭もすっきりしている。

タルコットは、昨日見定めていた、仮設住宅裏手の高台を目指して、宿舎を離れた。あの高台からならきっと日の出がよく見える。空が大分白み始めていたので、足早になる。建築中の建物の脇をすり抜け、茶けた土肌の高台を一気に駆け上った。

上まで到着して、東のほうを見渡すと、駅舎の上に覆いかぶさるように作られたアーチの上から、辛うじてケルカノの茶色いレンガの町並みが見えた。残念…この高さではオルティシエまでは見渡せないようだ。

それでも、満足して、今日の始まりを告げる朝日が、静かな町に光を差し込んでいく様子を眺めた。


今日も日が昇りました… ノクティス様、ありがとうございます


あの日の朝のように、太陽に向かって敬礼する。


さて、今日も一日忙しいだろうな… 早番の人たちに混ざって食堂でご飯を食べたら、本部の受付に御用聞きにいかなくっちゃ…


シャンアールに配置予定のハンターは、班分けには入らず、毎日決まった任務が割り当てられていない。そのせいもあって夜番に割り当てられていないのがちょっと申し訳ないのだが、その分朝早くから動ける。受付で聞けば、人手の足りていないチームがわかるだろう。


今日も土木関係かな…あそこは慢性的な人手不足みたいだから。


タルコットは軽く肩を回して体をほぐしながら、土手を降りて行った。

受付で話を聞くと、予想したとおり、昨日の土木関係の手伝いの続きとなった。きっと出発までの数日は、工事の手伝いだな、と思う。指定された時刻までにまだ時間があったので、タルコットは夜中に手作りしたボールを持って、昨日、こどもたちが遊んでいた空き地によってみる。朝早かったが、もう数人の子ども達がたむろして、缶をけったりして遊んでいた。


「ええと…ミナちゃんはいる?」


こどもたちは首を振る。


「ミナはこっちのキャンプじゃない。あっちの建物のほうだ」


子どもたちが指し示したのは、本部の建物と医療班のテントの間にある木造平屋の建物だ。あれって、なんだったっけ? と思いながら、タルコットは礼を言って空き地を離れた。難民の仮設住宅はこの並びにはなかったはず…医療関係の建物かしら。元気そうに見えたけど、何か治療が必要なのかな…


平屋の建物は近づいてみると、どこかにあった古い建物を移築したのだろう。全体的にぼろぼろなのをところどころ補強して使っている形跡があった。こちら側に縁側があって、女性が、ちょうど雨戸を開け放っているところだった。


「あの…こちらに、ミナちゃんて女の子はいますか?」


タルコットは女性に聞いた。


「あら、ミナにお客さん? 今、朝食を食べてるけど…ちょっとまってね」


ミナ!お客さんよ! と女性がカーテン越しに部屋の中に呼びかけると、窓ぎわのカーテンがわっと一斉にひらいて大勢の子ども達が窓に顔を押しあてた。興味津々、タルコットに注目している。指をさしたり、笑っているこどももいる。


わわわ… タルコットは驚いて、一瞬後ずさりした。なんだ、このたくさんの子ども達?!


そのうち、ミナが他のこどもたちを押しのけて、引き戸になっていた窓のひとつを開けると縁側まで出てきた。


「お兄ちゃん!!ボールもってきてくれたの?!」


ミナはぱああ、と顔を明るくして言った。あまりの喜びように、タルコットは今更になって、昨日作った手作りの不格好なボールが恥ずかしくなった。ちょっと背中に隠していたが、他に渡すものもないので、恥ずかしそうにミナの前に差し出した。


「…不格好でごめんね。タイヤの廃材で作ったんだ。ちょっといびつだけど…丈夫だし、よく跳ねるよ」


ミナは、わっ と嬉しそうに不格好なその黒いボールをつかんだ。そして、家から覗き込んでいる子ども達に向かって、掲げてみせる。


「ほら! ボールもらった!」


わああああ と家の中の子ども達も大騒ぎを始めた。女性達がこどもをなだめて食事に戻すのに苦労していた。なんか悪いことしたなぁ…タルコットは縁側から身を乗り出して、


「手伝いましょうか?」


と声をかける。


「あら、そうしてもらえる? 助かるわ」


見ると、ただ広い畳の部屋に、長い座卓がいくつか並べており、こどもたちの食事が散乱している。タルコットは女性達に混じって、興奮して走り回るこどもたちを捕まえては席に座らせた。


「ほら!ご飯を食べよう!…食べないと、お兄さんが食べちゃうよ?」


こどもたちはきゃっきゃと喜びながら、慌てて自分の席へ戻った。ミナも嬉しそうにボールを抱えて席に戻っている。


「お兄さん、お名前、なんていうの?」


隣に座っていた小さな男の子が、かわいらしい声で聞く。タルコットは、そのかわいらしさに思わず満面の笑みを浮かべて、


「タルコットっていうんだ。よろしくね。君の名前は?」


男の子は急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめて、いやいやと首を振った。その隣にいた少し大きい女の子が、笑って、


「この子は、ジンジャーよ。私はランって言うの。タルコットって、素敵な名前ね」


女の子はおかっぱ頭に、大人びた笑顔を向けて、タルコットに向けてウィンクする。はははは…女の子にはかなわないなぁ。タルコットは苦笑いした。

賑やかな朝食はなかなか捗らなかった。小さなこどもたちはすぐに飽きてしまって歩き出すし、隣の子どもにちょっかいはだすし…カオスだ。お世話係の女性が3人ほどいたが、てんやわんやだ。それでも、女性達は手際よく子ども達を捕まえて、食事の終わった子達から廊下の流しに連れて行き、かたっぱしから歯磨きをさせる。


こりゃ…流れ作業だな。


タルコットは圧倒されながらその様子を眺めていた。と、時計を見る。いつの間にかこんな時間…


「あの…すみません。僕、次の現場に行かないといけないので…」


タルコットは申し訳なさそうに声をかける。


「ええ、ありがとう!あなた…たしかシャンアール組みのハンターよね。ケルカノにはいつまで?」


ここの責任者だろうか。少しふっくらした中年らしき女性がたずねて来た。いかにも、園長先生、といった雰囲気だ。


「どうでしょう…許可がおり次第出発なので。明日か、明後日にはおそらく」


そう、と女性は残念そうな顔をして、


「出発前には一度寄ってちょうだいね」


わかりました、とタルコットは笑顔で答えた。また来るね! しがみつく子ども達を振りほどきながら家を後にする。


あの建物…何だっけ。タルコットは資材置き場に向かいながら、本部周辺の配置を思い出していた。…そうだ、配置図に、確か”希望の家”って…書いてなかったっけ? あれは孤児院だったはず…


タルコットは、今の賑やかな子どもの様子と、孤児院と言う言葉がなかなか結びつかなかった。そうか…あの子達は親がいないんだ…僕と同じだな。勝手な親近感が湧いて、静かに微笑んでいた。


迫る雨季を前に、仮設住宅の建築は急ピッチで進められていた。雨が降り始める前にせめて屋根をあげておかないと、雨季の終わりまで工事を中断せざるえない。軽量鉄骨方の3階建て集合住宅の二棟目だ。先に完成した一棟目にはすでに住民が移住していて、その窓にたくさんの洗濯物がかかっているのが見える。水道やガスのインフラもちゃんと引いているようだ。この2号館が完成すれば、かなりの難民が入居できる…でも、とタルコットは、今日は高い足場で作業員の補佐をしながら、キャンプのほうを見下ろす。どう考えても、すべての難民の住居は間に合わないようなぁ…見下ろすテントの群れ。100や200ではきかないのはすぐにわかる。


嘆いても仕方ないか…できることをすすめるしか。


タルコットは、顔を上げて、足場の合間を身軽に移動した。命綱もつけずに、平気な顔で飛び乗ったり、渡ったりをしていたものだから、現場の職人は目を丸くした。


「おい、兄ちゃん、こっちも手伝ってくれ」


「はい、わかりました!」


タルコットはすぐに笑顔を向けて、呼ばれたところへ駆けつけた。


早いお昼、職人達に混じって、工事現場で肉体労働者用のやや豪勢な弁当を広げた。タルコットも含めて汗だくになった男たちは、しかし、さすがに熟練の職人達なだけあって、まだまだ余力のある様子で笑顔を浮かべながら、おしゃべりに興じている。


「しかし、あんた、鳶むきだね」


と、年配だが頑強な体つきの男がタルコットに言った。


「バカ言え、ハンターって言えば、もっとキツくて危険な仕事もするんだぜ。それに稼ぎもずっといい。なあ?」


と職人仲間が異論を述べて、タルコットの顔を見た。


「えええと、まあ、そういう時もありますね。でもシガイもいなくなったし、今は格段に危険な仕事はすくなくなりました」


タルコットは笑顔で答えた。


「あんた、ハンターらしくないよなぁ」


と、わりと若い方の…といっても、タルコットよりははるかに年上だろう、男が呟く。


「ハンターってこう、いつも難しい顔してるもんだろ。きっと危険なことばかりやってたからそんな顔になるのかね。あんたは、いつもにこにこしてて、いいよな」


はははは、と、ちょっとからかうように笑う。はははは、とタルコットも苦笑でこたえながら、いつも緊張感がないってことなのかな…と鼻をかく。


長めの休憩を取って、一同はまた、作業に戻った。午後、さすがに疲れを少し感じたが、職人達の動きに鈍るところがないのには感心した。さすが、プロだな… 遅れをとらないようにしなきゃ。気を引き締め、力を振り絞る。夕暮れ、作業が終わる頃には、さすがにクタクタになっていた。これを生業にしてるんだから、なるほど、男たちの頑強さは、熟練ハンターにも引けを取らないわけだ。職人たちは、汗だくの顔に一日精一杯働いた気持ちのよい笑顔を浮かべて、この後の時間をどう過ごすか相談している。風呂、浴びたらとりあえず酒だろ… オレはちょっと、軍の詰所まで行って家に電話してくるわ…

話を聞いていると、職人のうち大半はアコルドの内地からのきているようだった。難民からも作業員を雇っているという話だが、さすがに危険を伴う高所の仕事には、素人は使えないのだろう。


「おい、タルコット。お前さん、明日もこれるかい?」


そそくさと片付けをしていると、親方に声をかけられた。


「どうでしょう…シャンアールに出発するまでの滞在になりますから。出発がいつになるか、本部で確認しますね」


「ああ、そうしてくれ。滞在している間、来てもらえると助かるよ。これなら、なんとか2日もあれば屋根があげられそうだ…それまで天気が持ってくれればな」


と親方は、建物を見上げた。タルコットも真新しい建物の壁に夕日があたるのを、しばし眺めた。


一日の作業の報告に、夕方は一度本部へ寄ることになっている。離陸許可が下りたかどうかも、確認しなきゃ…あと、シャワーも浴びれるといいな。タルコットは汗だくの体をタオルでぬぐいながら本部へ向かう。作業班にもよるらしいのだが、基本的に入浴は2日に1回のペースだと聞いていた。完成した集合住宅の1号館でも取水制限がしかれている。水の確保にはかなり苦労しているらしい。

本部のプレハブに入り、すぐに受付カウンターに向かった。数人のハンター達が報告に立ち寄っていた。タルコットもその列に並ぶ。


「あ、あなた!」


と呼び止められて振り返ると…朝方寄った希望の家の女性がいた。今朝はこどもたちに囲まれて落ちついて見れなかったが、胸元の名札を見ると…希望の家:責任者 エドラ・ランゼルと書いてある。


「よかったわ、今、ちょうど受付であなたを指名しようとしてたところ…」


「指名、ですか…」


「ええ。聞いたらまだ離陸許可が下りてないって言うから。あと数日はかかるみたいね。しばらく、希望の家のほうに手伝いに来てもらえないかしら。夜勤もあるの…できたらね」


ええと、とタルコットは戸惑って受付の女性を見た。デイジーと言ったか、彼女はにこにこ顔でタルコットを見ていた。


「こどもたちに大人気だったみたいね。行ってもらえる?」


「ええと…離陸許可の申請はどうなっていますか?」


「それが、かなり苦労してるみたいなのよ」


デイジーは頭を振った。


「リーが何度も軍に掛け合ってるんだけどね…いろいろ政府からも横槍が入ってるみたいで」


「そうですか…」


それはまずいな… タルコットは困った顔してうつむく。女性二人はタルコットの様子に顔を見合わせた。


「なんだか気の毒だけど…許可をまってる間、手伝いに来てもらえるかしら」


エドラは、申し訳なさそうにしつつ、期待の眼差しでタルコット見る。


「あ、ええ、もちろんです…ただ、工事現場のほうでも手伝いを頼まれていて。どうしましょうか?」


「ああ、それなら!」


とエドラは声を上げて


「こっちで調整するから、ねえ?」


とデイジーを見る。デイジーは笑った。何が何でも引き抜くつもりかな…タルコットは苦笑しつつ、しかし、人の調整は本部の仕事なので後は任せることにした。翌朝、改めて割り振りを聞きにこよう。


幸運にも、入浴の許可をもらえて、裏手にあるシャワールームに入る。水の管理のために、本部でカードをもらわないと使えない仕組みだ。一応、2つある個室は男女に分かれて割り当てられていた。男女ともに個室の前には、順番待ちのハンターが数人並んでいた。混んでるから、後にしようか、と思っていると、男側の個室からすぐに人が出てきて交代していた。回転が早そうだと思って後に並ぶ。そういえば、1人につき五分しかシャワーが出ないんだっけ…

警護隊の訓練に混ぜてもらった時も、こんなだったなぁ、と、懐かしく思い出しながら、自分の番を待つ。15分もすれば順番が回ってきた。前に入った男が、さっぱりとして個室から出てくると、タルコットはすぐに個室に入る。

-5分だ。頭ん中で刻んでろ!

訓練の時の掛け声が思い起こされる。タルコットは、ひとりで思い出し笑いをしながら、さっと衣服を脱ぎ捨てた。カードキーを壁の差し込み口に入れると、その上のタイマーがカウントダウンをはじめる。

躊躇わずに頭からシャワーを浴びる。石鹸を手で泡立てると、まるで犬でも洗うかのように頭からつま先までを一気に洗い上げる。残りの時間で、爪に入った泥をかきだす…カウンターを見ると残り10秒…完璧だ。
タオルで全身を拭って着替えを終えるまでに、2分とかからなかった。

訓練の時は、なんの役に立つかと思ったけど…タルコットは笑いながらシャワールームを出た。早いね、と次に待っていた男がにかっ と笑って、シャワールームに入っていった。

さっぱりしたところで、食堂に向かう。時計を気にしながら…イグニスさんとの約束は23時だ。あまり夜遅くに出歩くのも目立つし、早めに3号機に向かうか…と考える。食堂は、まだ時間が早いこともあって、人は少ない。遅番のハンターたちがバラバラとたむろして、仕事前のくつろいだ時間を過ごしていた。

アコルドもこき使いやがる… と文句を言ってる声が聞こえてきた。ルシスのハンターだろうか? 

「これでもマシになったよ。ルシスの手前カッコがつかないっていうんで、形だけでも物資を提供するようになったしな。」

「あんな、すずめの涙みたいなのでねぇ。感激するねぇ…」

「ラジオ聞いてると腹が立ってくるよな。何が復興優先 なんだか」

少し離れた席でひとり食事をとりながら会話に聞き入った。どうやら、ルシスとアコルドのハンターが一緒のチームのようだな…ハンターには国境はないっていうけどハンター同士の意識はやはり近いんだ。そう思うと、なぜか誇らしい気持ちが沸き起こる。

それにしても、イグニスさんが言ってたアコルド政府の評判は本当なんだ…。イグニスから言い渡されていた極秘任務の期限は…わずか10日だった。ある程度の場所に目処がついていたし、揚陸艇を使えば数日で片がつくと思っていた。頼みの離陸許可が下りないとなると…陸路を取るしかないだろうか。あのバイクの欠点は、さほど燃料を積めないことだ。長距離移動には向かない…しかし、他に車両が手に入ると思えないが。

徒歩で…と考えて見る。距離で行って無茶とは言えない。シャンアールにさえたどり着ければ、あそこの2号機で連れて行ってもらえるはずだ。


たとえばボトルにガソリンを詰め込んで、シャンアールまでバイクで飛ばせれば…


タルコットは、落ち着かない気持ちになり、早々と食事を切り上げると、食堂を出た。外はすっかり暗くなって、タルコットと入れ違いに食堂を目指すハンターたちの姿があちこちから現れた。タルコットはひとり、本部の建物群から離れて、揚陸艇へ向かった。まだ時間は早すぎるが…相部屋のベッドも落ち着かないし、バイクの手入れでもして過ごそう。

「こんばんは」

声をかけてから、揚陸艇に上がる。ひとりの隊員が、暇そうに操舵室でくつろいでいたのを、驚いて体を起こした。

「あれ、早いね? 船長たちはメシに行ってるけど」

「早すぎましでしたか?すみません。バイクの整備でもしようと思って」

「ああ、別に構わんけど。メシは済ませたのかい?」

「ええ。お先にいただきました」

タルコットは、貨物室の床に縄で固定されていたのをほどいて、バイクの整備をはじめた。といっても、出発前には十分すぎるほど、シドニーが整備してきたのだ。タルコットは改めてその美しさに惹かれる。普通に見たら不恰好かもしれないこのデカイ車輪、小さいのに信じられないような馬力を出すエンジン…秘めたる力がこの、不恰好な姿に込められている。黒地に描かれたエンブレム…遠目からは小さくてわからないが、斧をふり上げるドワーフだ。

「へへ… ずいぶん惚れ込んでるんだな。その、ずんぐりむっくりに」

タルコットは、照れ臭そうに笑いながら、

「開発はじめたころから、付き合ってるので、愛着湧いちゃって。テスト走行も数え切れない位したんですよ。僕が操作を誤って、試作機を丸々ダメにしたこともあるんです」

タルコットは、機器に問題がないのをチェックして、そして丁寧に布で磨いてピカピカにしてあげた。留守番の隊員は、タルコットの満足そうな顔を微笑ましく眺めていた。

ーそして、23時

「妨害電波は?」

「問題なし」

「暗号化、ランダムに発生させろ」

「ラジャ。…7秒周期で安定」

「よし、じゃあ、繋ぐぞ。いいな、最大で36秒だ」

船長が、ちょっと険しい顔で告げる。タルコットもやや、緊張して頷いた。船長が右手をあげると、ルシスからこっそり持ち込んだ特殊な交信機器にランプが灯る。

-こちらY

すぐに声が聞こえる。

-こちらT。定期連絡です。イシューはひとつ。着陸許可の見通しがたっていません

-情報漏液の可能性は?

-今のところなし。ノーマークです。陸路なら出発できるかと

-船長の意見は?

モルスがタルコットの横から、全くわからん と短く答える

-では、あと2日待て。それ以降はそちらの判断に任せる。こちらは13日目までなんとか粘る。

-了解です


-T、しつこいと思うが言わせてもらうぞ。自分の身の安全が第一だ。無理とわかればすぐに帰還しろ


タルコットは思わず、一瞬の沈黙をしてしまった。


-りょ、了解です。


-以上、次は48時間後


モルスは手を振り上げて合図し、電波を切った。そんなこと言われてもなぁ と、隊員の一人が操舵室から呟くのが聞こえた。

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