Chapter 21.4-アラネア送還-

本部のプレハブの一番大きな棟に、大きな会議室がある。収容人数は最大で100名だそうだ。学校の活動に使われたりもするらしい…今夜はそこに、およそ50人くらいがパイプ椅子に腰掛けてミーティングに集まっている。前に出て進行しているのは、先ほど度肝を抜かれた型破りなリーダー、リカルドと、ルシスハンター協会の代表としてのアラネアだ。リカルドは遠目から見ても明らかに酒が入っているのがわかるが、そのことをいちいち気にする人はいないようだった。

へえ…普通に会議をはじめたぞ。と、タルコットは驚いてその様子を見守る。


「とうわけで、私とルシスの第一陣は、明日ルシスへ帰還するわ。不安はあるけど、あとのことはこの男に一任したから、なんとか頑張ってちょうだい」


アラネアの帰還は急に決まったらしく、ルシスから派遣されているハンター達には動揺が広がっていた。


「まあ、まあ、そう、あからさまに不安そうにするな」


とリカルドは笑って、ちょっと赤い顔であくびをした。


「気楽にな…そこの女隊長ほどはこき使わないさ。明日から適当に割り振る。ああ、そうそう、次のシャンアールへの出発は、まだ調整中だ。軍の離陸許可が降りるまでに数日かかる。あっちへ配置されているやつも、許可が下りるまではこのキャンプで働いてもらう」


アラネアは明らかにむっとした様子で、リカルドを睨みつけている。この二人…よほど相性が悪いらしい。と言っても、タルコットから見ると、よく雰囲気が似てると思う。


リカルドは、その適当な割り振りをかいつまんで読み上げた。


「ソルダのチームは予定通りうちの医療班に合流してくれ。他の新メンバーはとりあえず班分けさせてもらった。グレイ、トグル、マーカスはそれぞれ班を任せる。…と、あとは面倒だから、ここに張っとくのを見てくれ。今呼び上げた班長は、このあと9時から隣で会議だ。飯は、食堂行って、それまでに済ませといてくれよ。今日到着したやつらの、宿舎の割り振りはこっちにはっとく。ああ、そうだ、最後に夜回りのシフトな。今週分の分担はここに書いたからこれも読んでおけ。以上、何か質問は?」


さっと、前のほうにいたハンターが手を上げた。彼はまだ戸惑っている様子で


「それで…このあと、ルシス代表者の交代要員は…」


と聞いた。


「交代要員?」


と機嫌悪く答えたのは、アラネアだ。


「ルシスもこっちに人を取られて大変なのはわかってるわよね。ルシスだアコルドだ言ってないで、何か不満があるんならこの男に直接いいな。私だってそこまで面倒見てたわけじゃないわよ」


それで、もうハンター達は黙るしかなかった。リカルドは、ふふん、と鼻で笑ってから


「あとはいいな?では、解散」


と言って、さっさと部屋を出て行ったので、他の面々もばらばらと立ち上がって会議室を後にした。タルコットも立ち上がったが、すぐに、


「ああ、タルコット。ちょっと」


とアラネアに呼び止められた。会議が終わって…どうやら機嫌は直ったようで、今はにこにこ顔でタルコットを見ている。タルコットは、ほっと胸をなでおろしてアラネアに近づいた。


「ご無沙汰しています、アラネアさん」


「ああ、ひさしぶり。あんた、また、背が伸びたんじゃない? いいわねぇ、育ち盛りは」


と言って、いつもの調子で頭を撫でる。タルコットはかっと顔を赤くした。幼いころから親しくしているせいか…いまだに子ども扱いされてしまう。ハンター達の数人が、ちらっと二人のほうを見ていた。まいったなぁ…しかし、上機嫌のアラネアに文句も言いづらかった。


「…アラネアさんは、明日、お戻りになるんですね。知りませんでした」


アラネアはため息をついて


「まあね、そんなところ。ちょっとコルのやつがうるさくて…」


「え? コル将軍?」


「ううん、こっちの話」


とアラネアはすぐに話を打ち切った。


「それより…あんた、例のバイク載せてきたって?」


「ええ。まだ、3号機に載せたままです」


「へええ…ちょっと、これから見せてよ。作ってる話は前に聞いてたけど、ついに完成したのね」


いいですよ、と軽く請合って、タルコットは、アラネアをエスコートする。二人で連れ立って、今朝方乗ってきたばかりの3号機の揚陸艇へ向かった。外はもうすっかり暗くなっていた。タルコットはアラネアの足元が見えるように手持ちのライトをかざした。


「あんたって相変わらず…」


とアラネアはくすっと笑う。タルコットは、よくわからないまま、笑顔を返しつつ、アラネアを足元を照らし続けた。揚陸艇には明かりが灯っていた。アラネア隊の隊員がそのまま残って詰めているんだろう。アラネアは、勝手知ったる様子で開口部から揚陸艇に乗り込んだ。すぐに、中にいた隊員が、あ、姐さん…と立ち上がって二人を出迎えた。


「ああ、お疲れ様。あんたたちももう、聞いていると思うけど、私は明日ルシスに戻るから…あとは、シャンアールに残ってるビックスとうまく連絡を取り合って頂戴。」


ええ、聞いていますよ と隊員達は気さくに答えていた。


「で、坊やのバイクは?」


「アラネアさん、こっちです」


タルコットは貨物室の端っこから呼びかける。黒い小型のバイクは、ロープで動かないように船体に固定されていた。オフロードに対応させるために、車体に比べてタイヤが分厚くでかい…見た目にはちょっと不恰好だ。


「へええ、意外と小さいのね。結構な馬力が出るって聞いてたけど…」


「小回りを利かせるために、極限まで小さくしたんです。これなら、小型のバンにも乗せられるでしょ。見てくれはちょっと悪いでけど、機動力は相当なもんですよ」


ふうん… とアラネアは感心して、その車体を撫でた。


「面白そう…明日ちょっと転がしてみようかな…」


「え、それは構いませんけど…」


「ダメですよ!!!」


と血相を抱えて二人の会話に割って入ってきたのは、この揚陸艇の船長のモルスだ。古くからアラネアに仕えている男で、今回の遠征では、ルシスに一時帰還しているウェッジに代わって、この揚陸艇を任されていた。


「姐さん!勘弁して下さいね!本当に!!」


「わかってるって、うるさいわね。ちょっと言ってみただけよ」


アラネアは、うざったそうな表情をしながら返事をした。タルコットは不思議そうに二人のやり取りを見ていた。バイクの運転くらい、アラネアさんならお手のもんだと思ってたけど…。


「それより、タルコット。あんた、シャンアールまで出たらどうするの? ノクトと同じところまで運んで欲しいなら、こいつに頼みなよ」


と、アラネアは気を取り直して、モルス船長を指差す。


「ノクトを運んだのもこいつだから。正確な場所、記録してるわよね?」


「ええ、わかりますよ」


モルス船長は、バイクの話が終わったとほっとしている様子だった。


「なんなら、お付き合いしますよ。例の隠れ里が見つかるまで」


「いや、それは…バンアール領を出ての活動は、まだ許可されていないですし、揚陸艇を出すのはさすがに目立つ過ぎますよね…」


アラネアは、急に険しい顔つきになった。


「タルコット、あんたちょっとなめてるんじゃない? この外の世界…一度出たら簡単に生きて帰れるなんて思うんじゃないわよ。あいつも、そのくらいの覚悟はしていったわ」


突然、アラネアに凄まれたので、タルコットは驚いて黙った。


「なんとしても連れて帰らないといけないんでしょ? だったら…体裁なんて気にしてる場合じゃない。あんたはわかいんだし、多少の無理をしても言い訳がたつのよ。私なんかよりはね…利用できるものは利用しなさいっての」


アラネアの厳しい口調には、タルコットへの思いやりが溢れていた。その気遣いに感謝しつつ、やっぱり頼りないと思われてるのかな…ちょっと情けない気持ちも沸き起こる。


「すみません…お気遣いいただいて」


アラネアは、それからまた、いたずらっぽく笑って、


「どうせなら…勢いあまって帝都まで調査に行ってもいいのよ?」


と囁いた。


えええ?! とさすがにこの申し出にはうんとも言いかねた。どうやら、アラネアは、暗に煽っているようだ…アラネアが度々アコルド軍に、帝都の調査を申請して許可が下りないと聞いていた。そのうち、軍を無視して飛び出してしまうのではないかと、イグニスさんたちが心配していたっけ…。


「た、たぶん…ノクティス様も、ニフルハイムの中心地へは入ってないと思いますし…」


タルコットはしどろもどろに応えた。あら、そう? アラネアはつまらなそうに言う。


「しかし、イグニスたちも、随分やっかいな仕事をあんたに押し付けたわね」


さも羨ましそうな様子で、アラネアは呟いた。その点は、タルコットは大いに同意したいところだったが、しかし、一度引き受けた手前、そうも言えずに笑って誤魔化した。きっと、アラネアさんくらいだったらなんでもない任務だったろうに…でも、なんでアラネアさんに頼まなかったんだろ? とタルコットに素朴な疑問がわく。元帝国人って言ったって、レスタルムの防衛庁長官まで務めた…信頼も厚ければ、その機動力、申し分がない筈だ。もっと不思議なことは、アラネア自身も、この任務にタルコットがあたるということに、特に疑問を持っていないということだ。


「あの…」


と、タルコットは、躊躇いつつ、アラネアに聞いてみようと声をかけた。この任務に自分が相応しいのかどうかを… と思ったのだが、しかし、


「いえ、何でもありません」


すぐにうち消す。今更聞いて、どうするんだ。もう、任務は始まっている。引き受けた人間がそれを成し遂げるかどうかだけだ…


アラネアは、タルコットの迷いを分かっているのかどうか、なんだか微笑ましい顔をして、また、その頭を撫でた。


ーそして、翌朝


いちいち見送りになってくるんじゃないわよ、とアラネアに言われていたが、ついつい、仕事の合間を縫って揚陸艇の駐留地点まで立ち寄る。タルコットがついたときには、揚陸艇一号機はちょうど離陸を始めていたところだった。3号機の乗組員たちが、隊長の出発をそろって見送っていた。モルス船長は、敬礼をしている。もう、あそこまで上ったら見えないかな…と思いつつ、タルコットもその隣にたって、揚陸艇に向かって敬礼をした。1号機は、高くなり始めた太陽に向かって上昇し、その日差しを一瞬さえぎってから、さっとルシスのほうへ飛び去った。


「やれやれ…無事帰ってもらって、こっちは肩の荷が下りた」


モルス船長は誰に言うとでもなく呟いた。タルコットはなんとなくその心情を察しながら、同情の眼差しを向けた。二人は意味深に黙ったまま笑顔をかわした。


「今日は朝からこきつかわれてるみたいだな、タル坊?」


「いえ…下っ端ですしね。他に役にも立たないので、肉体労働がちょうどいいです」


タルコットは、さわやかに笑って、では戻ります、と頭を下げた。今日、朝からやらされていることと言えば、昨日運び込んだ物資をあちこちの現場に運ぶ、運び屋だ。といっても、タルコットだけでなく、倉庫にはたくさんのハンターが忙しそうに出入りして、運び屋をやっている。タルコットは、見送りでちょっと抜け出してきたのを申し訳ないと思いながら、全速力で倉庫まで戻った。


「すみません…ちょっと離れてました。次はどこへ運びましょうか」


おい、こっちだ! と声がして、倉庫の外、資材置き場のほうへ向かった。そこに数人の男達が立っていた。中には軍服を着ている者もいて…ちょっと緊張を覚える。


「は、はい」


「悪いが、工事現場の人が足りてなくてな。物資の上げ下ろしだけでも、手伝ってもらえると助かる」


工事現場の監督らしき人が、集まった数人のハンターに指示を出していた。タルコットも、そこへ混じって、すぐ脇に止められた大型ダンプカーに、建築資材を積み込むのを手伝った。小型のクレーンが出払っているので、荷台に数人が乗り、下から数人が自在を押し上げる。見ていると、軍服を着た兵士二人は、すぐ傍にぼおっと突っ立って、手を貸す気配はない。


「おい、あんたら、手伝う気がないならもっと離れてくれ、邪魔だ!」


親方に言われて、若い兵士はばつが悪そうに、後ろのほうに下がった。機関銃を肩から提げて、からかうように二人で何かを話しながら、必死に働くハンターや工事の労働者を眺めている。


なんか…感じ悪いな…


2時間ほど、全身汗だくになりながら資材を持ち上げて、ダンプカーの荷台はようやくいっぱいになった。


「おお、助かったよ!次のダンプカーがすぐにくる。続けて頼むよ」


「わかりました!」


タルコットが元気よく応えて、続いて現れたダンプカーに、近づこうとすると、他のハンターがその肩に手を置いて引き戻した。


「おい、新入り…その前に休憩するんだ」


「あ…でも、まだ、大丈夫です」


「ダメだ」


熟練したハンターだろう。自分の息子に言い聞かせるかのように、タルコットを諭す。


「この暑さだ…油断は禁物だ。来たばかりでまだ体が元気だと思うが、今からペースを覚えろ。ここでは監督もないからな。ハンターは自分で自分の体調を管理する義務がある。一度へばると偉い迷惑だ…慎重すぎるくらいでいい。こまめに休憩を取れ」


タルコットは辺りを見回してみた…確かに、一緒に資材を積み込んでいた大半のメンバーは木陰に入って水をのみつつ、休憩していた。タルコットは、素直に、わかりました、と答えて、自分も腰を下ろせる日陰を探した。10分も休めばいいだろう… 作業の邪魔にならないようにと資材置き場を少し離れる…その時、トラックが行きかう資材置き場に向かってボールがころがってきた。その後を、慌てて追いかける子どもの姿が目に入る。タルコットは飛び出した。


「危ないよ!」


こどもはびくっとして、幸いすぐに立ち止まった。タルコットは転がってきたボールをキャッチして、トラックを避けながらこどものところまで行く。


「はい…こっちは危ないから、入ってきちゃダメだよ」


タルコットはやさしい笑顔を向けながら、ボールを子どもに手渡した。こどもは恥ずかしそうに頬を赤くしてボールを受け取った。


「ありがとう…」


声を聞いてはっとした。髪を短く刈って、やせこけていたからわからなかったが…女の子のようだ。


エミ!はやくしろー! 遠くから、友達が呼びかける声が聞こえる。


「わかった!今行く!」


エミと呼ばれ子は、ちょこんとお辞儀をして、空き地の友達のところへ駆けて行く。こどもたちは10数人はいただろうか。ぼろぼろになっているひとつのボールを、キャーキャー笑いながら追い掛け回はじめた。


キャンプの子ども達は元気だな…


タルコットはほっとした気持ちで、また、現場へ戻ろうときびすを返す。その時、またポーンとボールが大きく飛んできて、タルコットの頭を掠めて言った。あっ と手を伸ばしたが遅く、ボールはトラックの下に入り込んだ…続けて、ばーーーんん!! と派手な音が鳴って、トラックは急ブレーキを踏む。


タルコットは慌てて、トラックの後輪のほうへ近寄る…破裂したボールの残骸が、タイヤのすぐ後ろに伸びていた。大きな破裂音がしたので、あたりは騒然となった。何か大きな事故かと思って、多くの工事関係者やハンター達が駆け寄ってくる。


「なんだ? パンクか?」


タルコットは、かつてボールだったゴムの切れ端を掲げて、


「ああ、ご心配なく。こどものボールを引いたようです」


なんだよ、人騒がせだなぁ… 集まった男達は口々にぼやいて持ち場に戻って行った。


まあ、大事じゃなくてよかったけど そう思ってタルコットが空き地のほうを振り返ると、先ほどの女の子が近くに立ち尽くしていた。ああ… タルコットは申し訳なさそうに近づいて、残骸を見せた。


「ごめん…トラックに引かれちゃって…」


その途端、女の子はわあああああ と大きな声を上げて泣き出した。


「みんなの、大切なボールなのにいい!!!」


うわあああああん。


こ、困ったな… 


空き地で様子を伺っていた子ども達も、何事かと集まってきた。


「あ!ボールがやぶけた!」


「もう使えないぞ!」


「どうするんだエミ!」


次々とこどもたちがはやし立てるので、エミはますます、絶望的な声をあげて泣いた。ごめんなさい、ごめんなさい…


「ちょ、ちょっと。みんなで遊んでいたんだろう。エミちゃんだけが悪いんじゃない」


タルコットは見かねて女の子をかばったものの、


「でも、エミがへたっぴでいつでも遠くへけっちゃうんだよ!」


「こいつ、ちゃんとつかまないんだもん!」


特に男の子たちは納得がいかない様子で、容赦なく怒りをぶつけてくる。


「あー…わかった! じゃあ、こうしよう。僕が新しいボールをみつけてくるから」


こどもたちはシーンとして、顔を見合わせる。


「本当? 他にボールなんてあるの?」


こどもたちは疑わしげにタルコットを見つめた。どうだろうな… タルコットは内心不安になりながら、しかし、後にも引けないと思って


「ああ、約束するよ。なんとか見つけてくる。僕も、このボールが飛んできたときキャッチできなかったからね…だから、許してくれる?」


しょうがねぇなぁ… 男の子達はしたり顔で頷いた。その時、がらんがらんと大きな鐘の音が鳴り響いた。あ、学校が始まるぞ! 誰かが叫んで、そして一斉に、仮校舎のほうへ子ども達がかけていく。あっという間に、辺りは静かになった。しかし、エミだけがひとり、ぽつんとタルコットの前に立ち尽くしている。エミは、もう泣き止んでいたが、うっすらと涙を浮かべて、不安げにタルコットを見つめている。


「お兄ちゃん…本当にボールがあるの?」


タルコットは、精一杯の笑顔をうかべて、


「約束する。ちゃんと見つけてくるからね」


と女の子の頭を撫でた。エミはようやく安心して笑顔を向けると、自分もあわてて、学校のほうへ走って言った。






















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