Chapter 21.2-アコルド第三中隊-

グスタフは、長官がじっと黙ったまま自分をにらみつけるのを、微動だにせずにそのまま受け流した。このような情景は、長年の軍隊生活で慣れっこだ。相手は、自分の力を確かめるように、この無意味な圧力の時間を好んで使う。しかし、グスタフは、お決まりの無表情を決め込んで、ただその時間を石像のようにやり過ごす。内心、くだらない…と思いながら。

長官はようやく満足したのか…それとも諦めたのか、ふん、と鼻を鳴らして目をそらした。


「それがお前の見解と言うわけか…別人と言うんだな」


「さあ…確証はありませんが。常識的に考えて、ルシスの君主がたった一人の従者と孤児を連れて旅をしている、とは考えにくいもので。長官はどのようにお考えで? 」


長官は苦々しい表情をして、押し黙った。


「…クラウストラの証言がある」


「元首相ですか…最近、歩くのもままならないご老体と聞いていますが、まだ拘留を?」


長官はちょっと目を伏せただけで、これにも答えなかった。


「もう下がっていい。すぐに第二中隊に戻れ。この2週間、調査への協力ご苦労だった」


はっ… とグスタフはそれっぽい敬礼をして、執務室を出た。扉の向こうに立っている衛兵二人の間を通り抜けてから、ちっと舌うちをする。まだ、閣下を拘留しているのか…もうひと月以上になるぞ。協会のほうでも政府に働きかけてはいるようだが…進展していないということか。

国防庁の建物の正面から出ると、車寄せにすぐにジープが近づいてきた。連絡を受けていた第二中隊の迎えの者だ。運転席から部下が顔を出して、お疲れさまです、と声をかける。よほど急ぎでケルカノに向かわせたいらしい…2週間、ほぼ拘留されるような形で国防庁の一角に閉じ込められていたのに、内地の自宅に寄るまもなく強制送還だ。ちっとは休ませてくれよ…一人、愚痴りながらジープの後部座席に乗り込む。


この2週間の取調べは何の目的だったのだろう…ひと月以上前に、同じように急に呼び出されて聴取を受けたときは、容疑者としてであった。グスタフは、ケルカノに赴任するより楽だな、と気楽に身構えて、のんびりと聴取に付き合った。あるいはこのまま、反逆罪で服役するのも、難民相手に汚い仕事をやらされるよりストレスがないような気がしていた。もう2年以上帰っていない自宅の妻子は、軍からの収入が途絶えて困るかもしれないが…なに、あのしたたかな女のことだ。いざとなれば、資産家の実家の援助を取り付けて、生きていけるだろう...。グスタフは、無気力に聴取に応じていた。しかし、ケルカノの汚く面倒な仕事を引き受ける適任者が軍の幹部にいなかったと見えて、結局、たった2週間で容疑が撤回され、そしてケルカノに戻された。

今回の聴取の内容は…あの時とほとんど同じだ。容疑ではなく、調査への協力、という名目だった。実質上監禁されていた部屋も、一応、兵士の詰め所で扱いもずいぶんマシだったが。2国間協議で動きでもあったか…アコルド政府がルシスとの交渉で、カードを欲しがっているのはわかっている。政府は焦ってやがるな…


ジープは首都ヴィエントスの外周を回り、最近、閉鎖が解かれた幹線道路沿いにそのままケルカノへ向かう。内陸へ続く大きな橋を、大型トラックが激しく行き来しているのが見える。橋の上にジープが差し掛かると…酷い揺れだ。早く修復しろって言ってるのに…そのうち、崩落するぞ。

後部座席に部下が用意しておいてくれた今日の新聞が置かれていた。一面は、”2国間協議日程、なかなか定まらず。アコルド政府は不信感を募らせる…” という見出し。長々と、ルシスの政治機能の欠陥をまくし立てあげて、アコルドの優位を讃えている。くだらねぇ、と思って2面を開く。”復興にまったなし!オルティシエ競技場再開にマーケットが好感触” -ひと月まえから再開された金融市場に、復興需要と浮かれている連中の投資熱が高まっている… グスタフは嫌気が指して、新聞を後ろに放り投げた。


わからんねぇ…アコルドの外で使えもしない貨幣を、今だ集めて楽しんでる連中の神経は…。


ケルカノに難民が押し寄せ、物資が不足する中で、オルティシエの再開発の計画が、大々的に進んでいた。政治家の口癖は、いつでも、”復興が最優先事項”だ。政府の宣伝文句に踊らされた内地の国民は、お祭り騒ぎをしている…というのも、情報網は今はラジオ頼みで、唯一のラジオ局は政府の管轄下にある。ラジオは毎日のように、アコルドの目覚しい復興の様子を伝えている…ケルカノに押し寄せる難民や、アコルドの外に延々と広がる荒野の話はひとつも出てこない。ハンター協会では独立系ラジオ局の設立を進めているらしいが…ここでもアコルド政府の茶々が入っていた。もう、ゲリラ的にやっちまおうぜ とリカルドが言うのも、今回ばかりは真っ当に聞こえる。


部下に運転を任せて、グスタフは、うとうととし始めた。どうせあっちについたら、すぐにあちこちから呼び出されて、対応を迫られるに決まってる…ハンター協会も煩いしな。いっそ、こっちから出向いてやるか…いや、目をつけられてるんだ、そいつはまずい。どうせ、リカルドが押しかけてくるだろう…。

グスタフは考えるのやめて目を閉じた。


ー少佐…


と、遠慮がちに呼びかける声がして、グスタフは目を開けた。砂埃で黄色く染まっている景色が目に入り、キャンプに戻ってきたことを知る。すっかり寝入っちまっていたか…グスタフは体を起こして、その暑苦しい外界へ出る。

すぐに詰め所の方から、血相を抱えた部下が何人か飛び出してきて、グスタフに相談を持ちかけようとするのが見えた。グスタフはうんざりしつつ、詰め所のほうへ向かおうと体を向けたが、


「よう、お早い帰りだったな」


と馴れ馴れしい声がして振り向く。リカルドが、中途半端に伸びかかった坊主頭を撫でながら、こちらに向かってくるところだった。


「少しはのんびりできたか?」


「おかげさまでな…で、なんだ? こっちも今日は部下の相手で忙しいんだが」


「お前の使えない部下なんかほっとけよ。忙しい振りをしているだけだろ。ほら、いいから事務所まで来い」


リカルドはそういうと、さっさと協会の事務所に方へ向かっていく。ったく…さっそくこれだ。こっちは睨まれているってのに。

グスタフは、部下のさえない顔をとリカルドの傲慢な背中を見比べて、しばし迷ったが、部下のほうへ軽く手を向けて合図をすると、そのままリカルドの背中を追いかけた。…正直なところ、今日は真面目に仕事をする気にならない。どうせなら、あっちでサボらせてもらうか。


ルシスのハンター協会との合同本部がキャンプの向こう側にできたので、軍の敷地内の協会事務所は、今は閑散としていた。半分が倉庫のようになってしまい、そしてダンボールに囲まれるようにして残されたデスクは、いつの間にかリカルド専用の仕事場になっていた。


「合同本部にもいかず、ここでサボりか? いい身分だな」


「ああ、ルシスのハンター達は優秀なんでな。おかげで、楽をさせてもらってる」


リカルドは笑いながら、どかっと自分の椅子に腰を下ろし、それから足元をなにやらごそごそと探ると、酒のビンを持ち出した。見るからに高そうなブランデーの瓶だ。


「一杯おごるぜ。もう、今度こそ、帰ってこないかと思ったが」


グスタフは、もとより自分もサボるつもりで来たので、どかっと空いている椅子に腰掛けてグラスを受け取る。


「こんなもん、闇市で手に入るのか? 」


「いや、置いてったんだよ。例の男が」


その香りを楽しみながら、ふふん、と満足げに口に含む。グスタフも匂いを嗅いでみた。こりゃ、相当の値打ちもんだな…


「へええ…やっぱり身分が違うと飲んでるものも違うな」


「いや、本人はほとんど飲まないらしいぜ。ところで、長官は相変わらずか?」


「ああ…副長官もな。閣下もまだ拘束されているらしい…聞いているか?」


「そうか…協会のほうには別の場所に移したとか、言ってたな。監禁されているには違いないが、ムショではなさそうだ…と願うよ」


はああ とリカルドがため息をつきながら、

「で、…将軍の方は?」

と続けた。グスタフも思わず酒をあおりつつ、首を振る。

「近づけもしない。オレは警戒されてる。妙なお友達との噂もだいぶ広まっちまったからな」

くくく… と、リカルドは怪しく笑い

「連中、妬いてるんじゃないか」

とくだらない冗談を言う。グスタフは、お代わりを注ごうと酒瓶に手を伸ばしたが、リカルドはさっと取り上げた。あん? グスタフはムッとした顔をして見せた。

「お前は酒があるとすぐアル中になるタイプだな。もう2度と手に入らないしろもんだぞ。安酒のように煽るんじゃない」

「…あと、一杯だけよこせ」

しかし、リカルドは、にやにやしたまま、瓶をよこさない。くそっ…一発殴ってやろうか。

「リー!やっぱりここで、サボってた!」

と、突然、戸が開いて、怒りを露わにしたデイジーがなだれ込んできたので、リカルドはさっと酒瓶を足元に隠し、グスタフも何気ない様子を装って椅子に深く腰掛け直した。

「グスタフ少佐…戻ったのね」

「…どうも。この男が留守中に悪さしなかったか聴取してたところだ」

デイジーは呆れて、

「部屋が酒臭くてかなわないわ。もう少しマシな嘘はつけないの?」

と、2人を睨みつけた。

「午後にルシスから交代要員が到着するって、言ってなかった? アラネアが、イライラしてあんたを探してる」

「あー、デカイ方のアラネアな。あいつは、キツイな…」

リカルドが顔をしかめると、グスタフも同意するように頷いた。

「あら、できれば少佐も、と言ってたけど」

デイジーにいわれて、グスタフは顔色を変えた。

「そういうことなら…オレは詰所に戻る。あの女は、この狂人以上にめんどうだ」

リカルドは、身を乗り出して

「追い払いたいなら、さっさと、帝都の探索を許可すりゃいいんだよ!」

と迫る。

「バーカ。そんな権限あるなら、こんな臭いところで狂人と酒を飲んだりしてない。オレはしょっ引かれて、ルシスと戦争が始まる…それでいいなら許可を出してやる」

リカルドは、つまらなそうに首を振って

「もう少しうまくやってくれないもんかね」

と嘆いた。期待外れで悪いな、と言って、グスタフは慌しく席を立った。あの女隊長に出くわすのはごめんだ。女房に似て、美人のくせに気が強い…

グスタフはもう、背後で騒いでいる2人のハンターには気にもとめず、事務所を出た。外は外で、騒々しい音が聞こえてくる。着々と進めている仮設住宅の建設のせいで、大型トラックの出入りが激しい。第一棟の大型の集合住宅はつい先月完成して、キャンプのテントの数もようやく減った。加えて、つい先日も、シャンアールが難民の引き受けを表明して、こちらに到着したときより3割り増しの人数を率いて、シャンアールへ出発していた。増える一方と思われていた難民の数は、なんとか収まりの兆しが見えてきた。

しかし…とグスタフはまた、苦虫をつぶしたような顔をして、思う。仮設住宅は、ハンター協会を通じて2国間でその資金を折半する交渉を進めているが…どういう名目でそんな主張ができるのか、アコルド政府はルシス側の負担の増加を求めている。難民を押し付けておきながら、バンアール領を対等の自治区としては認められないと言い張る…帝国全土の権限を掌握していなければ国家としての機能が不全だと。


あるいはあの強烈な女隊長に許可を与えて、一緒に揚陸艇に乗っちまうか…それで、このめんどくさい連中ともおさらばできるな。


グスタフは首を振った。ハンター協会もまった、グスタフを軍の中で抑えておきたいと思っているし、軍は軍でめんどうな協会の相手をグスタフに押し付けている。自分がいなくなったら…両者が簡単に決裂するのは目に見えていた。


まったく、お人よしすぎる…とグスタフは自虐的に笑って、部下が待ち受けている詰め所に向かって行った。








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