Chapter 21.1-ルシス暫定政府-

「本当にご存命だと確証はあるのか?」


レスタルム市長の、この日何度目かの質問になる。コル将軍は、いつもは平静な顔にいらだちを露にしながら


「ハイウィンド元長官の報告をご確認いただいたはずだが」


と語気を強めた。評議会の伝統ある黒いテーブルを挟んで向かい合わせの二人は、先ほどから同じ問答を繰り返していた。末席に並んで座っているイグニスとグラディオが、固唾を呑んで議論の行く末を見守っている。


「それは…わかっている。しかし、もうひと月以上も前の目撃情報だろう? 危険な地域に入って、連絡が途絶えた…ということだと理解しているが」


「十分な装備があった、との報告だと記憶している」


コル将軍は引かなかった。オヴァールは、たるんだ自分のあごを撫でながら、話が通じない相手だと深いため息をついて見せた。思わせぶりに、他の面々の顔を眺める。


「いかがかな…みなさまはこの状況でご納得を?」


コル将軍のサイドに座る警護隊幹部、防衛隊幹部、メルダシオ協会の理事らは微動だにしなかったが、その向かえ側に座るレスタルム市長のサイドの面々の反応にはばらつきがあった。テネブラエからの避難民を代表して評議会に参加しているブラントン大使は、なるべく中立を保とうとしていたが、それでも苦渋の表情を浮かべている。アコルド出身者で組織された急進派のアルバ商工会の代表は、オヴァールに同調するように頷いていた。レスタルム協議会からは3人が出席していたが、3人は顔を見合わせて、どう反応すべきか迷っているように見えた。ラヴァディオ自治区長である妙齢のヴィンカー女史は、二人のやり取りを鼻で笑って見ている。


「事実として…このままではアコルド政府との2国間協議もままならない。であろう?」


とオヴァールは、アルバ商工会代表の、ジスキン氏の顔を見る。ジスキン氏は、この10年で商売を拡大したしたたかな商売人だった。人のよさそうな顔に、侮れない鋭い目つきをしている。


「さよう。我々は一刻も早く2国間国交の正常化、そして2国間の同盟を締結していただきたい…この時代にあって、ルシスとアコルドの同盟関係は、世界全体の復興にも大きな影響がある」


「まさしく!いまやルシスと、アコルドのみが、国家として機能している。我々は世界のけん引役だ。これは重要な局面だ」


なあ、諸君。とオヴァールは、立ち上がって、演出がかった大きな身振りで、評議会のメンバーに訴えかけた。


「国の代表が不在では話にならん…アコルド政府も、権限の不明瞭な代表をどこまで本気で相手にするか…私とて、忠実なルシス国民。王室の復興は悲願だ。しかし、ノクティス陛下の留守を預かるものとしても…国としての機能を滞らせてはならないだろう」


オヴァールはそこまで熱っぽく語っておいて、それからコル将軍のほうへ迫った。


「…私もご存命を信じたいがね。しかし、ご存命なら、なぜ帰還されない。ノクティス陛下に、ご帰還の意思はあるのか?」


コル将軍は、くわっと大きな目を見開いて立ち上がった。背の低くてぽってりとしたオヴァールの前に、その長身でいまだ衰えの見えない頑強な男が立ち上がると、それだけでオヴァールの勢いがそがれた。


「ノクティス陛下はご存命で、いずれご帰還される。ルシスを離れたのは、何度も申し上げたとおり、ルシス王家の果たすべきご使命の一部。ノクティス陛下が真の王として闇を払われた事実を、早くもお忘れになったとは思わんが…その陛下の行動にまさか疑念をお持ちか」


「ぎ、疑念など…まさか…」


と、オヴァールはうろたえた。


「し、しかし…やはり此度の出国の目的を開示されないことには。ルシス国民も消息不明とだけ伝えられては、陛下のご存命を疑う者が出てもしかたのないことだ」


「しかも、アコルド政府の目を欺いてニフルハイムに入国したとあれば…それは、あらぬ噂を立てられても仕方のないことでは?」


うろたえるオヴァールに代わって、ジスキンが口を挟んだ。


「アコルド政府から正式に抗議があったとしても、こちらは反論できまい…そうでしょう?」


コル将軍は苦々しい顔をして、ゆっくりと椅子に座った。


「一国の主が…偽名を使って入国したとあれば、まさしく」


助けに船と、オヴァールは声を強める。このまま、一気に優勢に出るかと、顔がほころぶ。


「その件については…アコルドのハンター協会より報告を受けています」


と、その時、淡々と声を上げたのはイグニスだった。オヴァールは途端に警戒した顔をする。いつだっていいときに…こいつは隠しだまを持ち出す。この、何も表情が読めない裏に、緻密な策略をたてているんだ…


「アコルドのハンター協会の報告によれば、協会は陛下に対し、人道支援を要請しています。ただし、昨今の治安状況をかんがみ、仮の身分にての活動を依頼したとのことです。これは、協会側の判断による特別措置…政治的な意図はないと確認しています。なお、参考までに陛下の人道支援の実績についての報告書がこちらに」


イグニスは、紙の束を黒いテーブルの中央に置いた。かなり分厚い束であった。オヴァールは一応、手にとって、ぱらぱらとめくり、ふん…と鼻を鳴らした。


「本当に…陛下がこれを? 迷子の捜索や…落し物の探索まであるぞ」


と、オヴァールが笑ったので、何人かがつられて笑っていた。


「はい、間違いありません」


イグニスはぴくりとも笑いもせず、真面目に受け答えた。


「協会によれば、今、アコルドのハンター協会は、ケルカノの難民対策に追われて圧倒的に人手不足とか…内地の依頼はほとんどが対応不可能になっていると聞いています。陛下も、よほどの状況に見かねたのでしょう」


それで、オヴァールは、笑いかけた口を引きつらせて、しばし黙った。


「この協会の報告で…アコルド政府が納得すればいいが…」


オヴァールはつまらなそうに言った。


「其れに関しましてはお任せいただければ。補佐官として、アコルド政府に説明をさせていただきます」


イグニスの揺らぎない自信…すでに交渉の実績があるがゆえに、オヴァールはすっかり勢いをなくして、しらけた様子で首を振ると、


「ああ、そうだな。君なら間違いがなかろう」


と呟いた。


「…にしても、そうであれば国内にしてもしかるべき見解を出さねばならないでしょう。理由もなく、今、陛下がニフルハイムにいる…と公表すれば、混乱になる」


「それに関しましても」


とイグニスは続けた。


「もう少しだけお時間をいただければ。陛下の滞在先について有力な情報を得ております。まもなく連絡が取れるはずです」


イグニスがはっきりと断言するので、オヴァール側だけでなく、コル将軍サイドに座っていた面々も驚きの顔を向けた。隣に座っていたグラディオでさえだ。イグニスは…目が見えていないせいかもしれないが、まったく動じた様子がなく、顔をまっすぐに向けている。


オヴァールは驚いてしばらく口が聞けなかった。


「それでは…陛下との連絡を待って、アコルド政府との2国間協議の日程を詰めれば何も問題はありませんな。本日の議題は以上だ。何か異議は?」


コル将軍が結論すると、誰も異議を唱えるものはいなかった。オヴァールは、負け惜しみか、頭を掻いて、仕方がないというように笑っていた。


評議会は終了して、参加者は、王宮の議会場から出ていく。送迎の車が、議員達をレスタルムまで送っていくだろう… メルダシオ協会や警護隊の幹部も、コル将軍の指示に従ってそれぞれの持ち場に戻って言った。議会場に残ったのは、イグニスと、グラディオとコル将軍の3人となった。


「イグニス」


コルは、険しい顔をして呼びかける。


「はい、将軍」


「お前…さきほどの発言は、どこまでがほんとだ?」


イグニスは、にやっと笑った。


「すみません。すべてハッタリです」


え?! とグラディオが驚いた顔をしたが、コルは微動だに表情を変えなかった。


「マジか…お前、大した度胸だな」


グラディオが呟いた。コルはしばらく目を閉じて、黙っていたが…やがて、ぶぶぶぶ…と可笑しな声が漏れてきた。どうやら笑いを堪えていたようだ。ついで、タガがはずれたように、大声で笑いだす。ぐあっはっはっはっ… 野太い笑い声が議会場に響いた。


「いいだろう…では、そのハッタリを本当にしてこい」


「はい。そのつもりです」


イグニスは自信ありげに、余裕のある笑みを浮かべていた。コル将軍はその様子を見て、考えるように黙り込み、少しだけ、難しい表情をしていた…あの、ノクトの出発を知らせたときと同じように。期待と不安が交錯したような表情だった。


ーあの時、ノクトの出発を告げたとき、将軍がまっさきに聞いたのだ。

もし、ルナフレーナが死んでいたとしても…ノクトは戻ると思うか?

グラディオは正直、胸が苦しくて何も答えられなかった。しかし、イグニスは、まっすぐに将軍を見て、すぐに答えた。


帰ってきます。ノクトは必ず。


あの時と同じように、コル将軍は自分で納得するように頷いていた。それならいい。短く呟いて、席を立った。

コル将軍と分かれて、王宮の廊下を歩きながらグラディオは、涼しい顔をしているイグニスに迫る。


「お前…本当にどうするつもりなんだ? アラネアが1ヶ月前に目撃して以来、情報はないんだろ?」


「ああ…でも、調べてわかったこともある。ノクトの行き先だが…」


「アラネアが言ってた、”忘却の地”か?」


「そうだ…その伝承は、わずかだがルシスにも残っていた。先日、ヴィンカー女史とようやく話ができてな…」


「え?! あのオバハンを口説いたか?!」


イグニスは苦笑して


「ヴィンカー女史は、元、カーティス大学の学長だぞ」


「ああ、だったか?で…その女史が何か知ってたか」


「…匂わせた程度だがな。しかし、ようやく、ラヴァディオ自治区のあの小さな集落が、最後まで避難を拒んであの場所にとどまったか…わかった気がする。あそこにも古い伝承があるんだ。そして、入れてはもらえなかったが、古来の神を祭る洞窟…集落の秘密がそこにある」


「火山の麓だったか…」


「ああ。集落はそこを中心に形成されている。ノクトの行き先について、実はこちらのもっている情報を少し開示した…女史はすぐに思い当たった。彼女も大変興味を持っていたよ…彼女たちにも、その場所がはっきりとわからないと言うんだ。しかし…俺のシナリオについては、その可能性はあるだろうと」


「ルナフレーナ様が匿われたかもしれないという、あれか」


「そうだ。女史によると、彼女達の古い伝承を信仰するもの達の中には、ルナフレーナ様を神と同等に信望するものたちもいると…」


はああ… とグラディオは自分の胸に手を当てて、大きく呼吸をした。


「そうか…本当に、生きていらっしゃるかもしれないんだな」


「そう願う…でなければ、ノクトを迎えにいく羽目になるな」


「で、どうするんだ。そこまで誰かを行かせるか?」


「そうだな…」


とイグニスがにやけるので、グラディオは慌てて


「まさか自分で行くつもりじゃないだろうな。ずるいぞ」


ふふふ、とイグニスは笑った。


「そうしたいところだが…さすがに目立つだろ。この顔じゃあ、ごまかしようがないしな」


イグニスは、意味ありげにグラディオのほうを向く。


「もちろん…お前でも目立ちすぎる。俺達は顔が割れている。アコルド政府を刺激するだけだ…知ってのとおり、アラネアの揚陸艇が来週、交代要員のハンター達を連れてケルカノに出発する」


「誰を紛れ込ませるんだ? デイブか?」


「いや…」


イグニスは満面な笑みを浮かべた。それで、グラディオもすべてを悟った。


「そういくか…」


「不満か?」


グラディオも笑った。


「いいや…ちと羨ましいがな。しかし、適任だろ」


それから1週間後、青年は上空からルシスを眺めていた。揚陸艇に乗るのははじめてではなかったが、しかし…夜が明けてから乗るのは初めてだ。日差しの下に露になる荒れ果てた大地…ここかしこに街で復興が始まり、重機が出入りするのが見える。荒野を走り回る野獣の姿も…ああ、ルシスは…ルシスはまた蘇るんだ。純粋な青年は、素直に感動を覚えて、いつまでも揚陸艇の小さな窓に張り付いて離れない。

やがて…海岸線が見えてくる。初めて超える海…心臓が高鳴った。幼いころ、見送ったボートの後姿を思い出す。寂しいようで、羨ましいようで…何が待ち受けるかわからないその先の世界に、自分もいつか行きたいと…そんな大それたことを考えていた。


まさか本当に海を越えるなんて…しかも、空から。


任された任務の重さなどすっかり頭から吹き飛んで、青年は顔を輝かせる。


「タルコット! ピクニックに行くんじゃねぇぞ!」


先輩ハンターが、あんまり無邪気な青年の様子に、からかうように声をかけた。


あ、はいっ!! すいません!!


青年は我に帰って、先輩のところに備品の整備を手伝いに向かった。青年の様子を見て、アラネア隊の操縦士の一人が、くすっと笑いを漏らした。





















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