Chapter 20.11-ポルバラオの狂人(1)-

ポルバラオ電子。大手メーカーの下請けをする町工場としてスタートし、少しずつ発展した。20年前、導力技術をより庶民の生活に浸透させようと、比較的安価なオリジナルブランド家電も販売をはじめたところ、これがヒットして会社は急成長。しかし、ルシスとの戦況が悪化すると、軍の要請に従って、軍需工場とリサイクル部門に注力した。ゴートナダの歴史ある本工場は老朽化にともない、花形の軍需部門と家電部門を別の都市に移設。電子部品の製造部門の一部とリサイクル部門のみが本工場に残って稼動していた ー これが、10年前の状況だ。

この工場がかつて精密部品の製造を行っていたときに、貴重な水源を確保するため自前で地下1km近くを掘りさげて地下水源を確保。掘り当てた水脈は相当な湧出量があったらしい。この地域では水源の確保は切実な課題だ。まもなく、ゴートナダ市はポルバラオ電子と、緊急時には市民の生活水として利用する協定を結んだ。ゴダールたちの一番の目的はこの水源にある。


「あそこには、他にも停電に備えた自家発電設備もあってな。…住み着かれちまったのは正直痛いな…」


ノクトから話を聞いたエドは、素直な感想を漏らす。


夕暮れ少し前の野営地には、早々ともどった遠征チームのほかに、エドのチームも引き上げていた。貯蓄槽の蓋の開閉が成功して、早めに引き上げてきたらしい。これで、結構な量のガソリンを手に入れたわけだ。遠征チームが戻ってきたとき、野営地がなんとなく浮かれた雰囲気だったのはそのせいだろう。

工場も先客さえいなければ、かなりの収穫だったんだが…とノクトは、ため息をついた。


「親父のことだ…どこまでも筋を通さんと気のすまない男だからな」


「話しをって…あの狂った男を相手にか…正直、まともに話ができるようには見えなかったぞ。食べ物で釣るとか…くらいしか思いつかないな」


「まあ…親父に任せておけよ」


エドがにやっと笑って、資材の積み込みを手伝いに馬車のほうへ行こうと、立ち上がった。その時、無線から緊迫した声が響いてきた。


ーこちら、車両班!!応答せよ!!


プロンプトの声で、背後で、なにやらエンジン音と何かが崩れ落ちるような騒音、そして複数の人間の慌てふためく声が聞こえる。


ーどうした、プロンプト?!


とノクトは応じた。


ーノクト?!戻ってたの?! こちらにけが人一名。救援お願い!


ープロンプト。落ち着いて、状況を的確に伝えろ。怪我の状況と、原因は?


ダゴールの冷静な声が割って入ってきた…野営地の向こう側、ジープの傍で無線を構えている姿が見える。ノクトは、エドに向かって、任せろ、と目配せをして、無線を持ったままゴダールの傍まで駆けつけた。


ーええと、クレーン車が横転…それで一人が下敷きに。クレーンの下から這い出したけど、左腕を損傷してる。肩が脱臼しているか…折れているかも。すごく痛がってる。


言っている傍から、背後でうめき声が聞こえる。


ーエンジン音が聞こえているぞ。すぐにクレーンを止めて、安全な場所まで離れろ。他にけが人は?


ーあとは大丈夫です!


ーすぐに俺とノクトで救援に向かう。


ゴダールが目配せするのでノクトはジープの運転席にすべりこんだ。街の中までは入り込めないが…ゴダールが地図を広げているところを見ると、近くまでいけると踏んでいるのだろう。


ー出血は?


ーそれほど…


ー歩けるか?


ー無理そう。ちょっと動かしただけで、痛みが酷くて…


助手席に乗り込みかかっていたゴダールが、さっと車をおりて、誰かを大声で呼びとめて、何か指示をしている。誰かは慌ててどこかへ走っていくと、なにやら資材置き場で回収した丈夫なブルーシートを持ってきた。ゴダールは両腕にブルーシートを抱えて、助手席に乗った。


「よし、出せ。はじめの突き当りを左だ」


「了解」


ノクトは、ジープを発進させた。ゴダールはブルーシートを後部座席につっこんで、また地図をひろげる。


「10分で割と近くまでいけるだろう…次は右だな。その細い路地に入れ…道なり、左のほうへいけるか?」


ノクトは慎重に障害物を避けながら、指示の通り廃墟を進んだ。


「おっと、行き止まりだ…」


道を、瓦礫が塞いでいた。


「いい、ここまでくれば十分だ」


ゴダールは車を止めさせると、ブルーシートを持って車を降りた。ノクトも続いた。徒歩でのルートと違うので、方向がさっぱりだったが、ゴダールの後に続いて細い建物の間を通ると、すぐに昨日の資材置き場にでた。空き地に男がうめきながら横たわっており、プロンプトとカイト、それにもう一人が心配そうに覗き込んでいる。


「大丈夫か」


ゴダールが声をかけると、一斉にこちらを見て安堵した表情を見せた。


「ご、ゴダールさん、ごめんなさい! オレが監督なのにちゃんと見てなくて…」


プロンプトは泣きそうな顔をしていた。


「反省は後にしろ。まずはけが人を運ぶぞ。これを担架がわりにするから、折りたため」


ノクトはブルーシートの使い道にようやく合点が行って、その端を他のメンバーと持つと、ちょうど人を乗せるのにいい大きさまで折りたたんだ。その間、ゴダールは、けが人の様子を見ていた。剣術をやる者だけあって、応急手当は心得ているらしい…


「腕はひびくらい入っているかもしれんな…肩は脱臼だ。おい、誰かハンカチか何かを噛ませろ」


と言われて、けが人はますます青い顔をしたが、ゴダールは気に留める様子もなくテキパキと布を噛ませる。


「そんなに力むな、力むと余計痛む…ん、まずい!魔導兵がいるぞ!!」


ゴダールの突然の叫びに、一斉に驚いて、みなゴダールの視線の先を追った。しかし、そのその先には倒れたクレーン車が見えるだけだ。次の瞬間、ぐうううううううううう、と酷い唸り声が上がって、一行はまたけが人に視線を戻す。けが人が激しく悶えているのが見えた。


「ほら、終わったぞ。一瞬だったろ」


とゴダールは笑って立ち上がった。あっけに取られたほかのメンバーは、気の毒にひどい汗をかいて真っ白な顔をしたけが人を見る。しかし…見るからに、腕は動くようになったようだ…


やれやれ…こっちも荒治療だな


ノクトは苦笑した。気の毒なけが人は、一通り、唸りきって痛みが過ぎたのだろう…消耗した様子で、今は呆然としていた。ちょうどよく折りたたんだブルーシートをけが人の傍に敷いて、せーの、と掛け声に合わせ、けが人をシートの上に移す。もう痛がっていないのが救いだ。


「そっちの端を持て、車まで運ぶぞ」


4人がかりでシートの端と端を持って、ゴダールの誘導で車まで運んだ。トランクに乗せていた道具類を後部座席に移して、そこへ、ちょっと足を折り曲げれば、寝かしたまま乗せることができた。


「プロンプト、運転しろ。ノクト、お前は他の連中を連れて徒歩で野営地まで戻れ」


慌ててプロンプトが運転席に滑り込み、ノクトはゴダールに頷いて見せた。車は、けが人を気遣うようにゆっくりと発進した。


「やれやれ…で、あんたらはほんとに大丈夫か?」


車を見送ってからようやくあとの2人を振り返る。カイトは、クレーンを横転させた責任を感じているらしく、青ざめている…自分も運転席から投げ出されのだろう。顔に擦り傷を作っていた。


「カイト? 大丈夫か?」


「ええ…自分は。 いや、ほんとにすんません…」


ノクトは、どうせいまごろ、プロンプトが絞られているんだろうと思って、彼には何も聞かずにその肩を叩いた。


「あんたも大丈夫か?」


もう一人の中年の男も頷いて見せた。ショックを隠しきれない様子で暗い顔をしていたが、しかし怪我はなそうだった。


「ほんじゃ、ぼちぼち出発しよう。遅くなるとまた、ゴダールにどやされるからな」


チラッと見たクレーン車は、豪快に横倒しになっていて…見るからに首が折れ曲がってダメになっていた。せっかく動かせるところまでこぎつけて、悔しかろう、と気持ちを察する。あとで、プロンプトのやつも慰めてやらねぇと…


「災難だったな…でも、見たところ、後遺症が残るような怪我でもなさそうだし、不幸中の幸いと思って、喜ばねぇとな」


カイトは、とぼとぼとうなだれて横を歩いていたが、ノクトの言葉に少しだけ頷いた。

日暮れ前になんとか野営地にたどり着くと、ジープは見当たらなかった。ゴダールの話によれば、そのままプロンプトに運転を任せ、けが人を集落へ運ばせたということだ。ついでに、明日帰宅予定だったルノも乗せて行った。明日は、ブディがジープを運転してこちらへくるだろう。


けが人の発生に野営地は落ち着かない様子だ。ゴダールは、昨夜同様、夕食に集まったところでミーティングを始めた。


「今日もご苦労だった。みなも知っている通り、本日の午後、車両班でクレーン車横転による事故があり、けが人が1名発生した。幸い命に別状はなく、みたところ後遺症が残るケガでもない。しかし、我々の監督不行き届きなのは間違いない。みなに不安を与えたことを詫びよう。ところで、この隊に志願してもらったときに説明したとおり、調査中に起きたことはすべて評議会で責任を負う。ケガの治療、その間の家族への手当てを含めてな。もし、意思を変えてすぐに帰還を望むものがあれば、許可する。誰かいるか?」


メンバーは、しん、と静まってお互いの顔を見やった。手を上げるものはいなかった。


「…よし、それなら助かる。明日以降の計画は今回の事故を受けて少し変更する。監督者を増やすから安心してくれ。みな、復興への気持ちがはやるだろうが、ケガをしてはもともこともない。安全第一で頼む」


それからゴダールは、メンバーの多少の入れ替えを発表する。カイトは、当初の予定を変更して、明日の朝に、荷馬車で資材を集落まで届けるメンバーに変更された。


「君の負担は少し大きすぎたな。今回の事故の一因は、疲労による集中力の低下もあるだろう...それと、この後はプロンプトの助手として、トラックの修理に取り組んでもらいたい。トラックが使えるようになれば我々の機動力が倍以上になる。頼めるか?」


カイトは、ぎゅっと口を結んで、頷いて見せた。


「それと…明日、俺は集落に戻る予定だったが変更する。しばらくこちらへ残ることにした。電子部品工場は、期待通り状態がよかったんだが、先客がいた。我々としても、平和的に資源の共有を交渉したい。引き続き俺が交渉にあたる。明日からのこちらの指揮は、予定通りブクルニクブスクに引き継ぐ」


最後に夜の見張りの当番が連絡されて、ミーティングは終了した。

今夜は夜番かぁ、と思って焚き火の前で佇んでいると、ゴダールがやってきて隣に座った。

「ノクト、夜番の後は昼まで寝てろ」

えっ… とノクトが驚いていると

「長丁場だからな、順番に休む。明日はお前だ。いいから、午前中は寝ておけ。午後は、また、工場へ向かうぞ」

ゴダールは意味深ににやりと笑った。

寝起きの悪いノクトのことだから、プロンプトもルーナもいなければ、本当に昼に起きれるかと不安だった。深夜に見張りを交代してテントに入ると…案の定、次に気がついたのは、呆れるようなブディの声で起こされた時だ。

「子どもみたいによく眠れるもんだな」

ノクトは驚いで、跳ね起きた。

「寝過ごしたか?!」


すっかり気温が高くなっているのに寝袋に入っていたせいで、全身汗だくになっていた。


ぷっ とブディが吹き出す。

「ほんと、熟睡してたんだな。ちょうど昼飯だよ。愛妻から預かりものもあるぞ」

と、ブディは、小さなノートを渡す。粗いわら半紙に自分で糸を通した手作りのノートだ。表紙は、それっぽい厚紙に、青いペンで絵が描いてある…繊細な線で描かれたジールの花。

ノクトはハッとして、ノートを開いた。初めのページに、家の生垣に生えている野花を押し花にして貼り付けていた。その下に、"お怪我はありませんか?"という、メッセージ。

懐かしいノートのやり取りに、ノクトはニンマリせずにいられなかった。

「鼻の下伸ばしてないで、はやく飯を食え!」

ブディは可笑しそうに笑いながらテントを出て行った。

ノクトは、思わず次のページに、メッセージを書き込む。

"元気だ。ルーナは元気か?そばにいられなくてごめん"

明日の朝、集落へ戻るメンバーに託そうと思う。3日目の朝だ。帰るまでにまだ4日ある…

テントから這い出すと、乾いた空気の中に、強烈な日差しを感じて、思わず立ち止まる。ほとんどのメンバーは、街の方へ出払っていて野営地は静かだった。残っていた数人は少し離れた木立の日陰で昼食を取っている。ノクトも、足早に木陰を目指す。

ノクトは、あっ… と驚いた声をあげた。ブディの横に座って、握り飯を齧っていたのは、昨日集落に戻ったはずのルノだった。

「なんだ、戻ってきたのか?」

「ええ、まあ、一晩休ませてもらったらスッキリしたんで、くっついてきました。けが人も出たし、人手がいるでしょ?」

と、サバサバと笑っていた。

「そりゃあ、助かるわ」

ノクトは日陰に入って、ルノの隣に腰掛け、ルノからおにぎりを受け取った。

「うちの女房と、他の母ちゃんたちと、貴方の奥さんとで夜があける前から握ったんですよ」

お? おにぎりを頬張りながら、唸る。ルノが言うには、難民キャンプに調理部が立ち上がって、日々の炊事を引き受けているらしい。ほとんどは母親たちだが、元料理人とかいう、こうるさいオヤジも数人まじっているらしく、握り飯の中には、芸術的に肉をまいたり、野菜をまいたりした豪勢なものも混じっていた。

「ハルマさん達が先週、炊事場をつくってくれたでしょ? 屋根付きのさぁ、あれがほんと便利で助かってますよ。水道管も引いてくれたんで、川まで水汲みに行かなくて済むし」

からからと、ルノが笑うと、昨日の事故や狂人のことでモヤモヤしていた気持ちも、和らいぐようだった。

「そういや、ゴダールの姿がないな」

「ああ… 昼には戻ると言ってた。」


言いながら、ブディは無線を振ってみせる。オレには休むように言っておいて、今日も朝から動いてんのか…ノクトはゴダールの体力に驚愕する。


「ばけもんだな…この間、太刀裁きも見たが…」


ノクトが呟くと、ブディは首を振って


「鍛え方が違う。比べるんじゃない。見た目の年齢に騙されるなよ。彼は生きる伝説みたいなもんだ」


オレも一応、古い伝承の”真の王”なんだけどなぁ…とノクトは苦笑した。

そうこうしているうちに、バラバラと物資を担いだ隊員たちが、野営地の戻ってきた。エドとゴダールも混じっている。午前中の作業は、ガソリンスタンドと野営地を結ぶ車道の確保で、大勢借り出されてひたすら瓦礫の撤去をやったらしい…担いでいるのは、その時周辺で発見された資材だろう。隊員たちは額に汗かき、明らかに疲労を浮かべていた。昨日やったからわかるが、瓦礫の撤去作業はなかなか堪えるよな…と、ノクトは労いの目を向けた。

野営地で待機していたメンバーは、到着した隊員から資材を受け取ったり、水や昼食を配ったりした。午前中借り出された連中は、午後はテントで仮眠するなり長い休憩を取ることになっており、昼食を受け取ってから方々に散る。


「おう、来たな」


と、ゴダールはブディに近寄った。


「午後はノクトと出かけるから、あとの指揮は頼む…といっても、回収した物資の積み込み位にしておけ。元気なやつがいれば、数人連れて調査に出てもらってもかまわない。エドと適当にしろ」


「工場まで行くのか?」


「ああ…明日はお前に付き合ってもらう。今日は、ちょっと顔を出してすぐ戻る予定だ」


ゴダールは策でもあるのか、ニヤっと笑っていた。

遠征チームは昨日と同じ編成だった。どうりで、あの坊主たちが、ルノたちと待機していたわけだ。ゴダールは自分の昼食もそこそこに、すぐにメンバーに声をかけてジープに乗り込ませた。ジープには、貢物…というべきだろうか。食べ物を詰め込んだバスケットが用意されていた。くだもの、今朝届けられたパン、魚の瓶詰め。そして、誰の発案なのか、小さな花の鉢植えが添えられている。


ノクトと後部座席に乗り込んだクリフは、バスケットを見て、随分下手にでるんですね… と小さな声で呟いていた。


「さあ、ロナルド。もう慣れたな? 昨日とは別のルートで行く。ガソリンスタンドまで道が開通したからな」


ロナルドはまだ、少し緊張しているように見えたが、ゴダールは、もう大丈夫だろう、という態度を見せて、淡々と話しかける。


「そう、そのまますすめ。わかりやすいように印をつけさせた…そう、あの赤いペンキを追えばいいんだ」


道路の脇に積み上げられた瓦礫に時々赤いペンキが塗られていて、目印になっていた。ロナルドは、走りはじめこそ緊張してが、徐々にスピードを上げて目印にそって進んだ。午前中借り出された連中の汗の成果だ。道路は綺麗に片付けられていて、わずか15分ほどでガソリンスタンドまでたどり着けた。


「よし…止めろ。試験運用だ。ジープが壊れないことを祈ろう」


貯蓄槽の古いガソリンを給油するつもりらしいな… 3人は黙って車を降りて、ゴダールのするのを眺めていた。ゴダールは、金属製の重たい蓋を持ち上げると、誰かが手製で作ったと思われる手動ポンプのホースの片側をその中にたらした。ホースの反対の端をクリフに渡して、ジープの給油口に突っ込ませる。


「クリフ、よく水面を見ておけ。あがってきたら言うんだ」


そして、手のひらサイズの風船式のポンプを握ったり話したりして給油を行う。ジョゴジョゴジョゴ…頼りない音とともに、少しずつ液体がホースを伝わっていくのがわかる。


「で、出てきました…」


とクリフは真剣に給油口を覗き込みながら言った。


「よしよし…そのまま良く見てろよ」


ガソリンの匂いがあたりに充満した。


「あ、えええと、た、たぶん!」


クリフが自信なさげに、言う。ゴダールはポンプを握る手を止めた。


「よし、いいだろう...垂らさないようにそちらの端を上に向けろ」


クリフは恐る恐るホースを抜き出すと、高く持ち上げてホースの中に残っていた液体を貯水方のほうへ戻した。最後に上を向けたままホースをゴダールに渡すと、ゴダールは貯蓄槽からもホースを引き抜いてプラスチックのケースに戻した。


「上出来だな。早速走らせて見よう」


ゴダールが機嫌よく笑ったので、クリフは安堵したような顔をした。4人は早速ジープに乗り込む。ここから、昨日の郊外に出る道があるらしい…また、ゴダールの指示に従い、ロナルドが道を進める…しかし、その先はまだ、瓦礫の撤去が住んでいない区間だった。スピードを落として、かなり慎重に道を進む。


がりっ という音がして、ロナルドがブレーキを踏んだ。


「あ、こ、こすったかも…」


「こするくらいに気にするな」


ゴダールは笑って車から降りてみた。助手席側の道に建物の瓦礫から鉄骨部が突き出ていたところで、こすった様だ。ホイールに傷がついているのが見えた。


「大したことはない。ほら、出せ」


ロナルドは、そろそろ運転をかわってくれないからなぁ、とげっそりした顔をして、仕方なくまたハンドルを握った。


「そこを左だな…ゆっくりでいい。…そこで止まれ」


曲がった先は、また、瓦礫の積みあがった区間となっていた。


「よし、後ろの二人も待たせたな。仕事だぞ」


と、ゴダールが言うので、そら、楽なドライブで終わるはずがないよな、と苦笑しながらノクトは車から降りた。瓦礫が散らばっている区間は、昨日ほどには広範囲ではない…と慰めながら、撤去をはじめる。ゴダールがでばるほど大きな塊もなかった。青年二人は、あきらかにげんなりした様子で、しかし黙々と瓦礫を運んでいた。その脇で、ゴダールは軽々と大きな塊を一人で持ち上げて、道路の端に向けて投げ込む。放り投げられたコンクリート片は、建物の壁にぶつかって重い音を響かせながら、粉々に砕け散っていった。

しばし、怪力のゴダールを呆然と眺めていたクリフが、顔をあげて、あ…と小さな声を上げた。その視線の先をみると…道路の数百m先から、動く人影が見える。しかし、その奇妙な動き方は…魔導兵だ。

ノクトが手に持っていた瓦礫を放り出して、背中の剣を構えたが、ゴダールは


「待て!」


と言った。それからクリフのほうへ振り返る。


「剣を構えろ」


クリフは驚いて目を見開く。


「どうした? お前に支給した剣は飾りじゃないぞ?」


やれやれ…いきなり厳しいな、とノクトは苦笑する。


「心配すんな…バックアップしてやる」


ノクトは慰めるように言った。クリフは、青い顔をしながら剣を引き抜くと、両手で構えてみる。


「お前は基本はできているんだ…昨夜、教えたようにやればいい。相手はほとんど戦闘能力もないただの壊れかけの機械だ。ほら…ノクトと二人で排除して来い」


クリフは覚悟を決めたように頷いて、ノクトから前へは出ないようにしながら…それでもターゲットのほうへ進んだ。魔導兵は、見た限り両腕、両足があるのだが、さびかかっているのか、がしゃがしゃと派手な音を立てながら、足を引きずるように前進している…手に持っているのは、もとは長い剣のようだが、途中から折れて、短剣ほどになっている。


「オレが正面から引き付けるから、背後から…剣を振り下ろせ」


クリフは頷いて、ゆっくりと遠巻きに迂回するように魔導兵の背後へ回る。ノクトは、魔導兵の注意を引き付けるように、左右に剣を振って見せる。魔導兵のうつろな赤い目は、ノクトをしっかりと捉えていた。魔導兵はターゲットを見つけて、腕を振り上げる。左手は、不具合があるようで途中までしかあがらず…右手だけで折れた剣を振りかざした。


「クリフ、いまだ!躊躇うな!」


クリフは、うわあ、と声を上げて魔導兵の背中に剣を振り下ろした。がしゃん!! と鈍い音がして魔導兵は倒れた。しかし、まだ動きが止まっていないと見て、ノクトがとどめの剣を振り下ろす。魔導兵の頭と、剣を振りかざしていた右腕が、破壊されてはじけとんだ…残された四肢の動きも止まった。


たったひと太刀だったが、クリフはよほど消耗したようだ。へなへなとどの場に座り込んだ。


「よし。初回にしては上出来だな。さあ、そいつも道路わきに避けてくれ。すぐに出発しよう」


なんだかんだと日暮れが近づいていた。4人は慌てて、目立った瓦礫を避けると、ジープに乗り込んだ。


すぐに昨日の郊外へつづく大きな道に出て、一同は安堵した。ここから工場はすぐに見えてきた。ロナルドは、ついに、工場の資源再生棟まで運転しきった。


「ロナルド、よくやったぞ」


ゴダールが、その肩を叩いてやると、それまで消耗しきった顔に、照れくさそうな笑顔が浮かんだ。


「クリフ、そいつを持て」


ゴダールはトランクにつんだバスケットを指差す。クリフは…一瞬、驚いた顔をしたが、しかし、黙って言うとおりにバスケットを持った。ゴダールを先頭にして工場に入る…ゴダールは、入り口で大きな声で呼びかける。


「邪魔するぞ。昨日、ここにきたゴダールというものだ」


人の気配がしたが、返事はなかった。ゴダールはまるで、旧知の友人を訪ねるかのようなご機嫌な様子で、鼻歌を歌いながら奥へと進んだ。その後ろをクリフ、ロナルドと続き、最後がノクトだ。クリフは明らかに不満な様子をして、しぶしぶバスケットを抱えている…まさか、自分から手渡せというんじゃ…。


昨日の男は、物陰から、ぎょろぎょろする目でこちらを睨み付けている。今日も警戒をしているようだ。


「悪いな、今日も騒がせて。なに、今日は短い用事だ。ただ、これを渡したくてな」


と、バスケットを持ったクリフを、そのまま自分の前に押し出す…クリフは、ぎょっとしてしばし立ち尽くした。


男は、ぎょろぎょろとクリフの頭の先から足までを嘗め回すように見た。そして、最後に手に持ったバスケットに視線が止まった。


「ほんのささやかな、友好のしるしだ。受け取ってくれ」


そして、手渡すようにとクリフに目配せする。クリフは、無言で抗議したがゴダールは一瞬だけ恐ろしい目でクリフを睨み付ける…それが答えだった。クリフは、しぶしぶと一歩、男に近づく…と、その時、男は急に奇声を発して、腕を振り上げた。


「待て!」


ゴダールは咄嗟に、クリフを制するように右腕を突き出した。狂人は、近づきさえしないが、威嚇するように物陰からわめき散らしている。


「近づかなくていい… そこにバスケットを置くんだ」


ゴダールは静かに言った。クリフは、ちょっと青ざめながら頷いて、すぐ足元に、そっとバスケットを置いた。

ゴダールは気を取り直して男に笑いかけると


「邪魔したな。ここにおいて置くから、気に入るようなら食べてくれ。また、明日来る」


と言って、一行に工場から出るように合図をした。一行は、足早にもと来た道を引き返した。男のわめき散らす声は、一同が建物の外へ出るまで続いていた。


ゴダールに目で合図されて、ノクトは運転席に入った。青年二人はすっかり消耗した様子で後部座席になだれこんだ。クリフはまだ顔色が悪かった。俯いたまま


「こんなことに…意味があるんですか…」


と呟いていた。ゴダールは、穏やかな顔で二人を振り返って、


「意味と言うのはな、あるかないかじゃない。見出すものだ。見出せないものにとっては、世界のあらゆるものは無意味だ」


そして、さあ、帰ろう、と呼びかけたので、ノクトは静かに車を発進させた。


翌朝、青年達は当初の計画通り、他の数人とともに馬車で集落に戻った。ノクトはロナルドにルーナ宛のノートを託した。青年二人は疲れていた顔に少しだけ、にやけた笑みを浮かべて、ノクトのノートを受け取った。中を見るんじゃないぞ、とノクトはわざとらしく付け加えておいた。

ゴダールは今日も、工場の訪問を続けるらしい。街中、ガソリンスタンドの脇を抜ける道が確保できたので、車で1時間半も飛ばせば工場にいける。今日はルノがゴダールに付き添うことになっていた。というのも、ルノは狂人に強い興味を示していた。


「この10年をひとりで生き抜いたとすれば...大変なことですね。人としての感覚を忘れてしまっていてもおかしくない。周辺にまだ魔導兵もいる事だし・・・早く保護したほうがいい」


ルノは狂人に親近感さえわくようだった。

二人は午後から出かけていって、夕暮れ日が沈む前には野営地に戻ってきた。


「どうだった?」


と早速ルノを捕まえてみると、ルノは頭をかいて、


「ダメですねぇ…一時間くらい話しかけてはみたんですけど」


ゴダールは首を振って


「いや、上出来だった。あんたのおかげで、あの場所に二人で1時間居座れたからな」


「話をしたのか?」


ルノは笑った。


「話を時々振ったりはしたんですけど…まあ、基本的には私とゴダールさんとで世間話をしてきただけですね」


「それでいいんだ」


ゴダールは上機嫌だった。

ゴダールが毎日のように訪問するので、野営地のほかの隊員たちの間にも、工場の狂人の話が話題に上っていた。そんな狂人、ほおっておけばいいのにな…という者も多かったが、気のいい者達は、ゴダールさんに任せておけば間違いないだろう、といさめたりもした。しかし、すぐに進展があるとは思えないと、ノクトも多少うんざりしていた。7日間の調査期間が完了したら…ゴダールはどうするつもりだろう? また、次の調査隊を結成したときに、訪問を続けるのだろうか… ノクトにも一抹の不安がよぎっていた。





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