Chapter 20.10-いびつ(2)-

「なんだよ、今日はため息ばかりだな」

とエドに言われて、ノクトは、また下を俯いている自分に気がついた。いかんいかん… と慌てて、監督らしく顔を上げて、隊員たちの動向を見守る。エドは、他の隊員に混じって軽々と資材を肩に担ぎながら、野営地に向かっていくところだった。からかうようでもあり、心配するようでもある、そんな意味深な目配せをして、通り過ぎていった。

ゴートナダの調査隊第2陣は、総勢20名の大掛かりな組織となった。ノクト、エド、ゴダール、プロンプトに加え、ルノが今回から監督役として難民ー正確には彼は旅人な訳だがーから抜擢されて、集団を率いていた。メンバーは入れ替わりだが、最長で7日間の滞在を予定しており、ノクトと、エドは全期間を通して監督をすることになっていた。明後日には、ゴダールと、ブディが入れ替わり、プロンプトは、トラック修理のための材料が手に入り次第、戻ることになっている。他の隊員もおよそ3日で交代する。

7日か…長いな。 

ノクトは、また、ため息をついてしまった。思い出されるのは、昨夜のことばかりだ…ルーナとちょっとした言い争いになった。その時の彼女の怒りの眼差しも、明日早い出発ですしひとりでゆっくりお休みください、と、冷たく言い放った言葉も、そのまま客室に篭ってしまった後ろ姿も…思い出される度にノクトに重くのしかかる。2人が生活を始めてから、こんなことははじめてだ。

なんだよ、心配しただけだろ…


昨夜はルーナの態度に唖然とし、理不尽な思いがして、憤りさえ感じたのだが…しかし、久しぶりにひとり寂しいベッドの中で悶々として、募るのは後悔ばかりだった。出発は、夜が明ける前の早朝だったから仕方がないが…起きて居間へ出ても、ルーナの眠る客室は静かなままだった。よりによって7日も留守にする直前に、こんな喧嘩をしなくても…


ノクトは、急に不安に押しつぶされそうになり、今にも仕事を放り出して家へ帰りたい衝動に駆られた。…首を振る。そんなみっともないこと、ルーナが許してくれるわけない。


「すみません、ええと、ノクトさん?」


と、声をかけられて、ノクトは慌てて顔を上げた。いかんいかん…また、俯いて考え事をしていた。見ると、今回から調査隊に加わった若い男が、いぶかしげに覗き込んでいた。


「わ、わるい。考え事してたわ。どうした?」


「ここの資材はもう運び終えてしまって…あと、どうしたらいいですか? 予定よりまだ時間もありますんで…」


ノクトは慌てて…ええと、確か、今日はこの資材だけ運んで、後はテントの設営のはずだったよな…と打ち合わせで配られた紙を見た。しかし、日差しはまだうんざりするような強さで、確かに予定より大分早い。


「そうだなぁ、ええと…」


ノクトは、資材置き場の周りでうろうろしている数人に向かって、とりあえず 「ちょっと、休憩していてくれ!」 と叫び、それから無線を取り出した。


ーこちらノクト。 エド、いまどの辺だ?


ーおう、ちょうど荷台に積み終わったところ。なんだ?何か問題か?


ー資材が予定より早く運び終えてしまってな。 どうする? まだ予定より2時間ほど早いが... キャンプの設営を始めるか?


んんん…と、エドは唸りながら、


ーちょうどこっちに4人いるんだ。設営はこれだけいれば十分だな。そっちには、5人か?


ーああ、そうだな。今、ひとり戻ってきた。…じゃあ、休憩したら、この辺を探索してみるか…あんまり離れると厄介だが。


ーお前の目の届く範囲にしておけ。何か得物があったら、順次こちらに運ばせてくれよ


ー了解だ


さあて…とノクトは、辺りを見渡した。瓦礫のつみ上がったところへちょっと上っていって、辺りを見渡す。ノクトと…難民からリクルートした隊員5名。魔導兵の危険がなく...また、建物倒壊の恐れのない場所を探索して、何か使えそうなものが回収できたら御の字だ。ノクトがどこへ向かうかと考えあぐねていると…資材置き場で休憩していた者達から、ノクトさーん! と呼びかけられる。


「ああ、どうした?」


「あれ、使えないですかねぇ?」


と、隊員のひとりが指差しているのは...造りかけの建物の向こうに隠れていたクレーン車だ。見たところ、損傷はしていないようだが…ノクトは、思いも寄らないものを言われて、唖然と見上げる。


「...だれか、重機に詳しいやつがいるか?」


「見てみましょうか? 前は現場にいたんで…」


と、呼びかけた男は、何気なく言う。じゃあ、頼む…とノクトが言うと、男は飄々とクレーン車に近づいていって、機械を調べ始めた。他の隊員は、その様子を興味津々と眺めたり、手持ちぶたさに辺りを物色していたりした。


「これも、持って行っていいですか?」


と、他の男から声が上がったので、ノクトは資材置き場の奥のほうへ行ってみると、そこにあったのは、コンクリートブロックの山だ。見たところ、破損してはいないようだが、生垣の材料くらいにしか思い浮かばなかったので、


「こういうのって…使えるのか?」


と、聞いてみた。様子を見に来ていた数人の男達は顔を見合わせながら


「まあ、つかおうと思えば家の建材に使えますよ。もろいから…せいぜい平屋の壁くらいだねぇ。倉庫の壁にはよく使ってますけど」


うーん、とノクトは唸る。一度に運べる物資は限られているので、できるだけ有用なものに絞りたい…


「場所だけ覚えておこう。使えそうならまた、後で取りに来る」


と、地図にマークだけをつけて、運搬は見送った。


「これはどうですかぁ?」


と別の方角から声があがり、ノクトはまた、反対側の方へ足を運ぶ。二人男が瓦礫をよけて、その下に埋まっていた資材を見つけた。分厚い覆いの下にあったのは、建材用の鉄骨の束だ。


「お!これは使えるな!!」


と、ノクトが思わず声を上げると、二人の男は、にやっと笑ってハイタッチをした。


「おい、みんな、これを運んでくれ!」


と、ノクトは暇をもてあましていた隊員に声をかけて、鉄骨の山を運搬させる。


ーエド、こちらノクトだ。鉄骨の資材を見つけた。使えると思うのでそちらに運ばせる


ー了解だ。こっちもテントの用意がもうすぐできる。そろそろ合流するか?


ーそうだな…じつは、クレーン車が見つかって、動かせるかどうか見てもらってるところだ。


ークレーン車?!詳しいやつがいるのか?


ーああ、そうらしい。


ーOK。そりゃ、使えたら大変なもんだな。きりのいいところまで調べたらこっちへこい


ー了解


見つかった鉄骨は、見た目よりもはるかに重量があって、一人3本でも束にして持てば、結構しんどそうだ。クレーン車のエンジンルームを覗き込んでいる一人を除いて、4人が運んでも、何往復かする必要がありそうだった。


ノクトは鉄骨を運搬していく連中を見送りながら、クレーン車と格闘している男の傍に寄った。一応、周囲の警戒をしつつ、男の作業を見守る。


「どうだ?」


「さほど痛んでないよ。動くんじゃないかなぁ。ちょっと時間もらえますか? 今日中では終わらないと思うんで」


「そうだな…約束の時間には一度キャンプへ戻ろう。明日以降は、また、他のやつにも相談して決めさせてもらっていいか」


「じゃ、あと30分くらいできりあげますね」


男は職人気質に淡々と答えながら、作業を続けた。

ノクトは、監督、という名分で時折周囲に警戒の目を向けながら…しかしまたぼんやりと、ルーナのことを考えていた。

よくよく考えたら、幼少のときに一緒にすごして…それ以来はじめて出会ったっていうのに、いつの間にか夫婦になっていたのだ。普通の恋愛だったら…恋人として長く付き合って、ケンカもしたり、ぶつかったりもして、そういういろんな経験を乗り越えたうえで夫婦になるんだろうが…

いろんなことが、すっとばされているんだよな。時間が必要なんだよ、きっと…

ノクトは言い訳するようにぐるぐると考えをめぐらせていた。ルーナとケンカをするなんて…ルーナが自分に怒るなんて、いや、ルーナを怒らせてしまうなんて想像だにしなかったので、相当なショックなのだ。


はああ…


とノクトは、知らず知らずにまたため息をついている。


「なんすか…今日はずっとですね」


と、男は淡々と無感情に言う。エドだけでなくて…どうも、周囲のみんなに気づかれているらしい。まったく、カッコ悪いな…ノクトは、顔をしかめる。


「…わりぃな、ちょっと考え事が…」


「夫婦喧嘩っすか? わかりやすいですね、ノクトさん」


男は機械をいじりながら、淡々と続ける。ノクトは、反論しようと口を開いたが…何もでてこずに黙る。


「新婚ですよね? ケンカは、はじめてっすか?」


そういや、この男の左手の薬指には結婚指輪が光っていた。確か、自分の妻子のほかに、妻の親戚も連れて避難をしてきたとか聞いていた。歳はノクトより下に見えたが、こどもは二人いたはずだ…


「ケンカしたら…どうするんだ、あんたんところでは…」


と、ノクトは情けない声で聞いてみる。


「そら、妻帯者の基本のきだよ、ノクトさん。謝るのさ、ひたすらね」


「ひたすら?」


「そうだよ。ケンカの原因なんかどうでもいいんすよ。どっちが悪いとか、まったく意味がねぇ。かあちゃんがいなかったら、家族が成りたたねぇ、俺はやっていけねぇって、それだけがわかれば、あとは潔く頭を下げるだけっすよ。そのぐらいの価値がねぇ相手なら、さっさと別れるほうがいいね」


と、神凪を相手になんでもないように言う…ノクトは、ぽかん、として、淡々と結婚観を語りつつ、せっせと手を休めない男の後姿に見入った。


「わかりやすいな…」


「でしょ? 難しく考えないほうがいいよ。特に女房に対してはね、男はバカでいいんすよ」


ノクトは、あっけに取られた。熟練の夫婦とはそんなものなのだろうか?あとで、エドにも聞いてみるか…


ーノクト?

無線からプロンプトの声がした。

ーああ、なんだ?

ーまだ野営地に戻らないの? こっちは、いまついたとこ。

ノクトは腕時計を見て

ーそうだな。そろそろ戻るわ

ー了解。気をつけてね!

はああ とオマケのため息をついて、男の方を見た。男は、察して作業の手を止めて、開いていた操作盤の蓋を閉めた。

「じゃあ、戻るか?」

ういっす と男は素直に返事をした。先ほどの鉄骨がまだ残っていたから、かつげるだけかついで、2人は並んで歩き始めた。

「ええと…あんた、名前は」

「カイトっすよ」

そうだった…聞くのは今日2回目だよな、と思って

「悪りぃな…覚えが悪くて」

と謝る。

「いいっすよ。ちょっと、お疲れなんじゃないすか? 先週、襲われたのって、ノクトさんでしょ? 偉い人なのかもしれねぇが、ちゃんと休みは貰わないと持たないっすよ」

淡々と諭すので、面白い男だな、と思った。ノクトやルーナの素性など、あまり興味がないようだ。2人が素性を公にしてから、内地では明らかに村人の態度が変わった。難民の中には、特にルーナに対して特別な目で見るようになった年寄りや女性が多いが、男達はセンセーショナルな話題には乗らないようである。

一方で、ごく少数だが、ノクトに対して並々ならぬ憎しみを抱く連中がいる。ゴダールが言うには、ニフルハイムの差別主義者たちだ。帝国の権威を信奉し、帝国による世界統一こそが理想と考える連中で、そもそも発端となる騒動を起こしたのはこの連中だった。ニムスは、彼らの憎悪にうまく火をつけて騒動を起こし、マルコに銃を渡して、ノクトの暗殺を画策した。ニフルハイムの民を懐柔しようとする、ルシスのサルを駆除しろ…と囁いて。
マルコの取調べは、ルシスとノクトへの侮辱、罵詈雑言ばかりで、ニムスとの関係を洗い出すのに相当骨を折ったらしい。取調のあと、ゴダールが、珍しくげっそりとした顔をしていたのを思い出す。

他の差別主義者たちの中には、マルコのように挑発的で武器の引きわたしを拒んで拘束されたものも2人いたが、あとの者はダンも含め、大人しく武器の引き渡しに応じて、しぶしぶながら、ニムスがいかようにして彼らに近づいたか、口を割った。

「あんたは、ルシスに対してとくになんとも思わないのか?」

ノクトはなんとなく聞いて見た。

「そうっすねぇ…こんなになる前は、可哀想な国だとは思ってましたけどね。皇帝に目をつけられちゃって…あんなに怒らせる前に、素直に支配下に入っちゃえばお互い楽なのにね。失礼な話ですけど…まあ、これが帝国の下級市民の一般的な感覚で。オレら下々のものは、偉そうな貴族と役人に支配されるのが慣れっこでしたからね…あいつら、ルシスも他の植民地も、土人だってバカにしてましたけど、ま、結局、帝国国内の下級市民も同じように見下してましたしね。ルシスから見ると、帝国人てみんな冷酷で、偉そうな連中に見えたでしょ?」

んー とノクトは唸って

「まあ、一般的にはそういう見方も多かったかもな。しかし、ルシスの中にも、皇帝のような強大な支配者を求める連中はいたさ」

「権力なんてねぇ…」

と、カイトは廃墟を見渡しながら呟く。

「行き着くところはコレですよ。オレら下級市民もね、バカだったですよ。大概のことは我慢してりゃ安泰だと思って、黙ってましたしね。お上に楯突くのはめんどくさいからって、人任せにしてたツケがこれ…」

カイトはちょっとだけ感傷的な表情を見せていた。

「だが、これからは違うだろ?」

カイトは、自信なさそうに首を振って

「どうすかね…歴史は繰り返すっていうから」

「繰り返してたまるかよ」

ノクトは強く言った。はは そうっすねぇ と、カイトは恥ずかしそうに笑って、頭を掻いた。

夕暮れ、2人が野営地に着くと、もう他のメンバーは、戻っていて、夕食の準備が着々と進んでいた。20人の野営地は賑やかだ。テントが5張り。簡易の炊事場が組み立てられて、2つの竃に大きな鍋がかかっている。それとは別に、冷え込む夜に備えて野営地の中心に焚き火が用意されていた。回収した資材は、馬車の荷台の脇に積み上がっており、数人が中身をチェックしながら、エドの指示で少しずつ荷台に積んでいた。

「遅くなった」

「おう、ご苦労さん。その辺に降ろしたら、2人とも飯まで休憩してくれよ」

エドは馬車の荷台から2人に声をかけた。ああ… とノクトは片手を上げて答える。鉄骨を、積み上がった資材のそばに置く。それからカイトと連れ立って、くつろいでいる連中に混じって、焚き火の傍に腰を下ろした。

「お疲れさまです」

他の連中が、労いの言葉をかけつつ、2人にコーヒーの入ったカップを渡してくれた。ノクトは、コーヒーを啜りつつ、プロンプトとゴダールの姿を探した。プロンプトは、調理場にいて、何やらルノと楽しげに話しをしながら、夕食の準備をしていた。ノクトに気がつくと、ちょっと振り向いて笑顔を向け、手を振って見せた。ノクトは、だるそうに右手を上げてそれに答えた。

ゴダールは、ジープの脇で熱心に話し込んでいる。そのうちの1人は…あれは、キリクか? 赤いバイクがジープの脇に止まっていた。あのテカテカのデカブツか…ははあん、とバイクに見入る。ちょっと行ってみてこようか…と、腰を浮かせかかったが、キリクはゴダールに頷いて、ヘルメットを被ると、颯爽とバイクに跨って集落の方へ帰って行った。今回の調査隊に名前は入っていなかったし、さしずめ、伝令係と言ったところか。

日が沈む前に、と、慌てて食事が配られ出した。一通り食事が行き渡ると、プロンプトが自分の食事を持ってノクトのところまでやってきた。その頃になってようやく、ゴダールもエドも、焚き火の周りにやってきた。

「今日はご苦労だった。飯を食べながら聞いてくれ」

ゴダールが、くつろぐ一行に向かって話しはじめる。

「先ずは各班の状況を整理しておこう…A班だが、ガソリンスタンドの使える物資は大方引き上げた。スタンドの建物が無傷なので、今後拠点として使うことになった。明日は、そのための物資をいくつか運び入れる。貯蓄タンクの開閉には目処がつきそうだ。明日はエドがこの班の監督に回れ。他のメンバーは今日と同じ、ドミニクが今日に引き続き作業の指揮をとる」

言われて、ノクトの左手の方に座っていた中年の男が軽く頷いて見せた。元は、プラントの設営などを生業にしていた技師らしい。

「B班の資材運搬は完了したらしいな。重機が見つかったと聞いたが、使えそうか?」

ゴダールがノクトの方を見た。

「ああ。使えそうなものは大方回収した。重機については…カイト、説明してもらえるか?」

いいっすよ、とカイトが軽く引き取って


「建築資材運搬用の小型のクレーン車すよ。戸建て住宅の現場とかでよく使われてたやつです。エンジンかけてみないことにはわかんないっすけど、みた限り動きそうですね。当たり前っすけど、鍵がないんで、配電盤あけて直にエンジンかけるのが一苦労で」

「ああ、それなら手伝うよ。そういうの慣れてるから」

とプロンプトが口を挟んだ。

「プロンプト、車両班の方はどうだ?」

ゴダールが、そのままプロンプトのほうを向く。

「トラック解体が終わったんで、あとはパーツを運ぶだけかな?半日もかからないと思うけど」

「では、カイトは車両班に加わわってくれ。車両班は午前中は、パーツの回収にあたる。午後はクレーン車の修理だが…プロンプト、カイトとあと2人つれてけ。人選はお前に任せる。残りはルノと野営地で待機。午後には一回目の交代メンバーが空の荷馬車で到着する。ルノたちは資材の積み込みに当たってくれ」

「了解!」
「了解です」

プロンプトとルノが答える。

「予定通り、4名は明日朝一番に荷馬車で集落へ帰還する。向こうでの対応は、ブディから指示を受けてくれ。残りの資材班のメンバー2人と、ノクトは、俺とジープで郊外の電子部品工場へ調査に出る」

予定になかったことなので、ノクトは少し驚いたが、了解、と答えた。

続いて夜の見張りの当番が発表されて、ミーティングは終了した。1日目の見張りからはノクトは外れていた。遠征チームは明日は日の出とともにすぐに出発ということだった。

食事を終えたものから、冷え込む前にと、バラバラと割り当てのテントに潜って行った。早朝から集落を出発して、午後から肉体労働だったから、誰もが疲労を感じて、横になりたがっていた。数人の元気な若者たちが、焚き火の周りにたむろして、くつろいでいる。プロンプトは、初めの見張りに立つために早々にテントに入って仮眠を取っていた。

オレも寝るかな…と、思っていたところへエドが、くつろいだ様子でコーヒーを片手にやってきて、どっしりと隣に腰を下ろした。

「ため息は収まったか?」

ノクトは、苦々しく思いながら、ついつい、それにため息で答えてしまう。

「なんだよ、まだそんなか」

「…頭がいてぇな」

「ルーナとケンカか?」

ノクトは、苦々しく押し黙った。なんでみんなわかるんだろうな…

「図星だろ。わかりやすいんだよ、お前は」

「そりゃ、どーも…」

「なんだよ、原因は? 女は結婚した途端に強くなるからなぁ」

「ケンカってほどじゃない…ただ、よくわからないんだが、急に怒り出して…」

ゴニョゴニョ…と、ノクトは口を濁す。はあん? とエドは不思議そうな顔をした。ノクトは仕方なく重い口を開いた。

「ほら…この間、亡くなった子どもがいただろ。あれ以来…ルーナが変なんだ。難民キャンプに行く度に、女性達が拝みに来ては、あちこち付き合って病人を見回ってるようなんだが、家に帰るとずっと考えこんでて…明らかに様子がおかしい。無理してるに決まってる…だから…、少しの間、難民キャンプに行くのはやめたらどうかと…そう言っただけなんだが」

ああ… と、エドは合点がいったようだった。

「ルーナはなんだって?」

「なんでそんな事を言うんだって、突然怒り出して… わけがわからない」

ふーん、とエドはさして大事でもないというように、聞いている。ノクトは、もう少し深刻に受け取ってくれてもよさそうなものを…と不満に思いながら、

「なんで怒ったか、わかるのか?」


と聞いてみた。


「いや…まあ、わかるような気もするし、わからんような気もするし。相手は他人で、しかも女だ。結局、考えたってオレらにわかりっこないさ。だが、ルナフレーナってのは、かなりの頑固者だと思ってるぜ。何があっても信念を貫き通す…そういう人間だろ。どっちかってぇと、ルシスのチャランポランな坊ちゃんより、肝が据わってるよな」

ぐっ… とノクトは言葉が詰まった。悔しいが、しかし、うまいこと言い当てている。

「悪かったな、チャランポランで。しかし、もう、神凪でもなんでもないんだぞ… 前みたいに、ひとりで背負いこんじまうじゃないかと、心配なんだ」

ふふ とエドは笑った。

「よかったじゃないか、ちょうど家を離れて」

「何がだよ、最悪のタイミングだろ」

「そうか? お互い、頭を冷やせるじゃないか。それに…なんだかんだと心配して、待っているのはあっちの方だと思うぞ」

はっ とした。そう言われた途端に、ノクトの脳裏に、ひとり家の居間に佇んで、夫の無事を祈るルーナの姿が浮かんだ。第2陣のこの調査が決まった時、ルーナは少しだけ不安な表情を浮かべて、ノクトの身を心配していたっけ…。
ルーナも、つまらない事で喧嘩したことを、悔いているかもしれないな…自分を恋い焦がれてひとり留守をする新妻を想像しては、急に愛おしさがこみ上げてくる。


エドは、ノクトのにやけ顔を見て呆れるように笑い、じゃあ、おやすみ、とテントへ向かっていった。



…ノクトさん?

朝早く、遠慮がちな声が聞こえる。

…ノクト!もう出発する時間でしょ?!

プロンプトの声が聞こえる。確か、ノクトがテントに入った時、見張りに立つためにプロンプトがテントを出て行った…しかし、次の交代の時には、戻ってきていたはずだ。

ノクトが悶々と眠気と戦っていると、やがて体を揺らす者があって、ノクト!ノクト!という、懐かし声も聞こえた。ノクトはようやく目を開けた。当然、目に入ったのはプロンプトで、寝起きの悪い親友に困った表情を浮かべていた。

「わ、悪いな…いま、起きる」

ノクトは重い体をゆっくりと起こした。腕時計を見る。出発と宣言されていた時刻まであと30分だ…

「朝ごはん、できてるよ?食べる?」

呆れたようなプロンプトの声が聞こえた。ああ、とノクトはかろうじて返事をして、テントを這い出した。白み始めたばかりの空。冷え切った空気が、顔をさす。ノクトは思わず、身震いして顔をしかめた。ようやく慣れてきたと思ったのだが…荒野では、寒暖差はさらに激しい。


「ほら、つったってないで。もうみんな準備始めてるんだから」


プロンプトが暖かいスープとパンをトレーに乗せて、ノクトに手渡した。


早朝の野営地は、すでに慌しかった。遠征チームのほかの3人は…ジープに乗せてあった物資をテントに移している。集落へ戻るチームも、馬車のあたりに集まっていた。エドが最後の資材の積み込み具合を確認して、指示を出していた。のうのうと寝過ごしたのはノクトひとりのようだ。


罰が悪いと思いながら、慌てて朝食を掻き込むと、自分の荷物をもってジープに近づいていった。


「悪い、待たせたか…」


ゴダールは、にやっと笑って腕時計を見る。


「いや、時間通りだな。では、出発するか」


ノクトは昨日の打ち合わせどおり運転席に入る。ゴダールが助手席で、ナビをつとめ、あとの二人は後部座席だ。ゴダールは昨日の昼間のうちに、あの鉄塔まで行って、工場まで車両が通行できそうなルートを特定したらしい…広げた地図に、そのルートをなぞった後があり、また、他にも上から見たときに発見した資源回収ポイントが山ほど書き込まれていた。ノクトとエドがはじめにあの鉄塔に登ったときに調べた内容とは比べ物にならない情報量だ。ゴダールの仕事に比べると、二人は遊んでいたようにしか見えないな、とノクトは苦笑した。


ぷ、ぷー。 ノクトは2回ほどクラクションを鳴らして、他のチームに出発の合図を送ると、アクセルを踏みこむ。サイドミラー越しに、数人が手を振っているのが見えた。


「だいぶ南のほうを迂回してすすむことになるぞ」


とゴダールは地図を睨みながら言う。


「街に入る手前で左に折れてくれ…しばらくジグザクに進むから、スピードは落とせ。細かく指示を出す」


「わかった」


ノクトが鉄塔の上から眺めたとき、この破壊された街の中をとても車両で通り抜けられるようには思えなかったのだが、ゴダールが、次の角を左だ…二区画先を右…というとおりに進むと、瓦礫の向こうに辛うじて車両一台分の通り道が残っていたり、上からはわからなかった地下道が生き残っていたり…驚くほどに一行はスムーズに街の中を進んでいた。

ノクトは感心していたが、ゴダールのほうは当然という顔をしている。


「この数m先だが…もしかすると障害物があるかもしれん。上から見たところでは、人の手で移動させられるレベルに見えた。ここが山だな。そこを超えられれば、工場までのルートは確保できる」


ゴダールの宣言どおり、先の道路が、細かい瓦礫などで塞がっているのが見えた。瓦礫の手前でノクトは車を止めた。確かに…その先数百mほど、吹き飛んできた瓦礫や、電柱の倒壊したのや、放置された古い車両などが見える。人の手で脇へよければ、車両が通れる場所を確保できそうだ。


しっかし、これは骨が折れるな…とノクトは、瓦礫の散乱する道路を眺める。


「ほら、せっせと運べ。眺めてても終わらんぞ」


ゴダールが笑って、ノクトの背中を叩いた。

まずは、一人で持ち運べるものからばらばらと脇によけて行く。しかし、4人がかりでもどうにも持ち上がりそうにない大きさのコンクリート片が、どっしりと道の真ん中を塞いでいるのが見えた。ノクトはそのすぐ傍まで近づいてみた。どこかの壁の一部が吹き飛んできたようだ… 断面から鉄骨がのぞいている。


「ゴダール、ちょっときてくれ。これはさすがに運べないぞ」


ゴダールは呼ばれてノクトの傍まで来ると、コンクリート片を観察した。


「これを人の手で運び出すのは無理だろ…他の道を探そう」


ゴダールは、ノクトの言葉にふふん、と笑った。


「この程度なら、破壊すればいいだろう。ちょっと下がれ」


ノクトは不思議に思ったが、言われるままにその場を離れた。ゴダールは背負っていた自分の太刀を鞘から引き抜いて、大きく振りかざした。その姿勢のまま、しばし呼吸を整えている…やがて、ゴダールの目がきらりと光った。


ふんっ  と、息を吐くのと同時に、ゴダールの両腕が一瞬、大きく筋肉で盛り上がったように見え、そして、ぶおんっ とすさまじい勢いで太刀が振り下ろされた。


ばごごごごごごん… 大きな音が響き、砂煙が立つ。強大なコンクリートの塊は…粉砕されて、小さな塊となって砕け散っていた。うわあああ… と、他の二人が、ノクトの背後で驚きの声を上げているのが聞こえる。


マジか…


ノクトもあっけに取られて、ゴダールが何事もなかったように太刀を鞘に納めるのを見ていた。


「ほら、これで運べるな」


「ああ…」


剣の使い手とは聞いていたが…エドやハルマほど体も大きくないゴダールの太刀が、これほどの威力を見せるとは…バケモノだな、と思う。いい年をしているゴダールに、エドやハルマの頭が上がらないのも頷ける。


粉砕したコンクリート片を各々が抱えて道路わきに移動し、最後に、放置された車両を4人がかりで道の端のほうへ押しだすと、ようやく道路は通行可能になった。日はすっかり高くなっていて、4人は汗だくになっていた。


「ご苦労。これで道は開かれたな。休憩しよう」


ゴダールの言葉に、一同は、ほっと胸をなでおろした。日陰に入って、早めの昼食を取る。この場所で随分と時間を食ってしまったが、帰りはかなり楽なはずだ。


昼食後、運転手をロナルドという青年に交代した。ロナルドは運転経験があったのだが、ブランクがあったので相当緊張しているように見えた。


「ロナルド、そう、力むな。慣れるまでゆっくり進めばいい。なに、軍用車両だ、よほど頑丈にできているから心配するな。道の障害物に気をつけろ…」


ゴダールとしては、車両を扱える人材を増やしたいという意向がある。この先、道はそれほど入り組んでいないから、練習にもってこいというわけだ。ロナルドは真面目な顔に、冷や汗を掻きながら、運転の感を取り戻そうと必死になっていた。


「カーブは慎重でいい…そうだ。ほら、見てみろ、向こう側に瓦礫が飛び出しているだろ…切り返せ。かっこつける必要はない」


ロナルドは、恐る恐る何度も切り返しながら、ようやく細い曲がり角を通り抜ける。


「ああ…すみません、ちょっと交代してもらえませんが。久しぶりなので緊張して」


「もう少し頑張れ、3区画先を左…」


とゴダールは、涼しげに笑みを浮かべながら容赦がない。かわいそうにロナルドは、どうにも許してもらえないと悟って、あとは黙って必死にハンドルを握った。


「よしよし...慣れてきたら少しだけスピードを上げてみろ。もうすぐ工場が見えるぞ」


郊外に出たのだろう…道幅は広がって、見通しのいい直線に入った。建物がまばらになり、空き地が多くなる。中心地からはずれているせいか、このあたりの建物はそれほど破壊されていないように見える。ようやくロナルドも安心したのか、少しだけアクセルを踏み込んだ。広い通りの突き当たりに、工場の大きな門が見えてくる。


慣れてきたようだな... ノクトも、青年の顔に余裕が見えてきて、微笑んだ。


「だいぶ、感が戻ってきました」


ロナルド自身もうれしそうだった。


「そうだろ? はじめだけさ。やれば体が思い出す。」


ゴダールは、青年の方をぽんぽんと叩いた。

と、言っていた矢先… あ! と声が上がったかと思うと きーーーーーーーーーーーー ! と大げさな音をたてて急ブレーキがかかる。ノクトたちは前のめりになって、そしてシートベルトに引き戻されて、座席にしたたかに体を打ちつけた。ゴダールは、咄嗟に身構えたようで、平静な顔をしていた。


「どうした?」


落ち着いた声で聞く。


「す、すみません!!」


ロナルドはすっかり慌てていた。


「な、なんでもなかったんですけど…煙が見えたものでつい、驚いて」


煙? ロナルドの指さす工場の屋根のほうに、一同の視点が集まる。確かに…工場の奥に並んだ煙突のひとつから、細い煙がたっているのが見えた。


「そういえば、前にも一度鉄塔から見えた気がしたな…」


ノクトは呟いた。


「よし…運転をかわれ」


ゴダールが助手席を降りると、ロナルドも慌てて運転席から降りて、席を替わった。ゴダールは慣れた手つきでハンドルを切ると、ひらっきぱなしのゲートから工場の敷地に車を進めた。工場は放置されて荒れ果てた様子こそあったが、外部から攻撃を受けたような形跡はぱっとみではわからなかった。ゴダールはおよそ煙突の方向に検討をつけているらしく、そのまま敷地内を奥まで進んでいく。


「みんな周囲の状況をよく観察してくれ…人の気配、それから魔導兵の気配…あとは使えそうな物資がないかどうか」


ゴダールに言われて、3人は窓に張り付くようにしてあたりに気を配った。工場は閑散として人の気配は感じられない…プラントの壁や天井がところどころ崩れ落ちて穴が開いていた。その隙間から…荒れ果てて何かの配線がむき出しになっている様子が見える。それから、何か工場の部品を運んでいる途中で放置された台車や、ゴミ捨て場に集積された金属片の山…しかし、動くものの気配はない。


車は突き当りまで進んで、大きな建物が見えてきた。真四角の味気ない建物にはほとんど窓がなく、天井には細い煙突が並んでいる…先ほど見えた煙突群はこれだろう。煙突のひとつから細い煙があがっている。


ゴダールは、建物の脇に、いつでも逃走できるように車の向きを出口のほうへ向けて止めた。


4人は車からでて、建物の灰色の壁を眺めた…中央に大きく開かれた搬入口には、古い電化製品が山済みとなっていた。搬入口の上に小さな看板があり...資源再利用棟 と書かれている。これは宝の山かもしれないな…と、4人の期待が高まっていた。しかし、その奥からわずか人の気配がする…


「ノクトとロナルドはここに残れ…いつでも車で出られるようにしておけ」


ゴダールはそういい残すと、もう一人の青年、クリフを連れて、工場に入った。クリフは、徴兵に取られた期間があり、多少武器の扱いに慣れていると言う話だが…その顔は緊張で蒼くなっていた。ゴダールは、大勢の気配は感じられず、それほど危険はないと判断して彼を連れて行ったのに違いない。ノクトと取り残されたロナルドも不安な様子だった。


「ロナルド、オレは工場のほうを見ているから、反対のほうを見張っていてくれ。もし異変があったらすぐに助手席へ乗れ。後の二人は後部座席に飛び込めるようにな」


「わ、わかりました…」


ロナルドは、念のため武器として渡された鉄製の棒を手にして、緊張して外の様子を伺っていた。ノクトは、車に寄りかかって、工場の中の様子を伺う…大勢の気配はないが…敵意のない相手とは限らない。…ニムスや、チパシを離れた怪しげな男達が住み着いている可能性もある。


今のところ外には気配を感じないな…工場内で異変を感じれば、車に残して踏み込むか…


その時ー


うわああああ と工場内から奇声が聞こえてきた。ノクトは、とっさに工場のほうへ走り出し、ロナルドも慌ててそれに続いた。小さい入り口から入ると、細い廊下の奥から怒鳴り声が聞こえてくる…男のようだが、ゴダールの声ではない。しかし…相手はひとりのようだな…とノクトは思う。廊下の突き当りの先は、急にただっぴろい空間が広がり、ベルトコンベアと、それを取り巻くようにたくさんの機械が並んでいる。怒鳴り声はさらに奥の機械の陰から聞こえた。太いダクトが高い天井まで続いているのが見えた。


「触るな!!触るんじゃない!!!」


男の声が威嚇するように怒鳴り散らしている。


「落ち着け…こちらに敵意はない」


淡々としたゴダールの声も聞こえた...どうやら、それほど緊迫した様子はない。ノクトは、相手を刺激しないようにとゆっくりと声のするほうへ近づいた。ロナルドが、がちがちに緊張した様子でノクトの後ろに張り付いていた。


大型の機械の向こうは、少しだけ開けた場所になっていた。壁際に金属を再融解するための溶鉱炉があり、火が燃えているのが見えた。その前で奇声を上げているのは、髪の毛も髭もぼうぼうにはやして、ぼろをまとっている男だ。明らかに気の触れたような危ない目つきをしていて、手に持った棒を振りかざして奇声を上げている。その口からのぞいた歯はぼろぼろになっており、半数以上が抜けているように見えた。溶鉱炉の周辺には…寝床にしているようなぼろ布とマットレスの塊や、缶詰の空き缶が転がっている。男はここで生活しているのだろう…


「ああ、来たか」


ノクトの姿を認めると、ゴダールは場違いなほどに穏やかに笑って見せた。


「ほら、これがさっき話した友達二人だ。こちらはノクト、その後ろはロナルドだ。ロナルド…こちらの人が怖がるから武器を下ろせ…そうだ」


ロナルドはもっていた棒を、言われるままに下に下ろした。ゴダールは満足したように頷いて、それからまた、狂人に向き合う。


「突然押しかけてすまなかったな。貴方の家を奪うつもりはないんだ。どうだろう…そろそろ貴方の名前を聞かせてもらえるかな。」


男は、警戒心をむき出したまま、くさい息を吐きつけて、


「うるさい!!!出て行け!!!この家はオレのもんだ!!!なんにも渡さないぞ!!!!」


と、叫んだ。ゴダールは、ふうう、とため息をついた。


「わかった。今日はこれで失礼しよう。日を改めてくる。何か必要なものがないか? たとえば食べ物... 欲しければ持ってくるが」


あくまでも穏やかに語りかける。しかし、狂人の耳には何も届いていないようだ。狂人は、うわあああああ と雄たけびをあげて、また棒を振り上げてみせる。しかし、直接襲ってくる気はない…あくまでも威嚇なのだろう。男の、やせ細った体をみるかぎり、襲い掛かるほどの力があるとは思えない。


「わかった悪かった… さあ、みんな、失礼しよう」


ゴダールがみんなを促して、一行はぞろぞろと工場の入り口のほうへ戻る。ロナルドも、相手の腕力が弱そうだと見て少し安心したようだ。工場の外に出ながら、


「あいつ、狂ってますね」


と、言う。


「あそこにあるものを…独り占めする気かな」


クリフも不満げに呟く。


「他の建物からあたりますか?」


ゴダールは首を振る。


「刺激したくない。今日はこのまま、戻るぞ」


えっ と若い二人は驚いて、顔を見合わせた。


「せっかくここまで来て…ですか? あいつの家はあそこだけだろうし…他の建物ならいいのでは…」


ロナルドが遠慮がちに言うと、クリフは、少し怒った様子で


「あんな狂人に付き合うんですか? こんな緊急時ですよ。みんな物資が必要で困っているのに…こっちのほうが人数が多いんだ。怖がることなんてない」


と言ってのけた。ゴダールは、急に怖い顔をして黙った。何も言わず…ただ、鋭い目を向けただけだが、二人の青年はすっかり縮み上がっていた。


「...いいか。いかなる理由でも人を虐げる口実を許せば、それはすぐに雪だるま式にふくらみ、いずれお前自分の首を絞める。覚えておけ」


仁義を通すか… ノクトは、しょげて小さくなった二人の背中に向かって、少し同情するように微笑んでいた。






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