Chapter 20.8-ゆがみ(2)-

日が暮れる前に、一行は車を止めた街のはずれでテントを設営した。ノクトの持ち込んだテントと、難民キャンプのテントの2張を8人で使用する。夜は二人ずつ見張りを立てるので実質的には3人ずつがひとつのテントで眠ることになる。ブディは割り振りをきめて、はじめの見張りは、ノクトとマルコの組み合わせとなった。みなが、方々のテントに入ってしずかになると、マルコは明らかにおどおどした様子で、周囲の暗がりを見回していた。


「やはり…気味が悪いね。廃墟のそばって言うのは。夜は魔導兵がよくでるんじゃないのか?」


「お化けじゃないんだから昼夜問わず、でるときはでるだろ」


ノクトは苦笑する。


ブディたちと相談して、焚き火は一晩中、絶やさずにおくことになったていた。魔導兵が焚き火に誘引されるのでは…という考えには、ブディとハルマは首を振った。彼らの経験から推測されるのは、魔導兵は単純に動きや熱ではなくて、何かしらの生体反応を認識しているらしい。ということは、息をしている人間がこれだけ集まっていれば、何をしても刺激されるだろう。

事前の調査で調べたとおり、大群が一挙に沸いて出てくる可能性は低い。魔導兵をひきつけて駆除するのも悪くないだろう…そんな3人の考えは、もしちろん、他のメンバーには黙っておいたが。


「ねえ…あんた。あんたルシスの王様なんだろう? なんだって、こんな危険な仕事をしているんだ」


野次馬的なマルコの好奇心には、なんだかまともに返事をする気力もなく


「さあな」


と適当にあしらった。しかし、マルコはしつこく食い下がって


「なあ、魔法が使えるってほんとうなのか? ちょっとだけ…見せてくれないか」


ノクトはうんざりして、おもむろに立ち上がると、外回りをするそぶりを見せてその場を離れた。マルコは急に心細くなったのか自分も立ち上がって、ノクトの後に続く。


「…悪かったよ。機嫌をなおしてくれ。なんかしゃべってないと落ち着かないんだよ」


「そうか。じゃあ、自分のことをしゃべれよ。どっからあの集落にたどり着いたんだ? あんたの仲間や、家族はどうした?」


マルコは急に暗い顔して押し黙ってしまった。ちょっと意地が悪かったか…ノクトは少しだけ同情して、今にもマルコを置いていこうと足早だったのを、少しだけ緩めた。


「一応、その辺見回っておこう…」


ノクトは焚き火が良く見える距離の範囲で、大回りに円を描くように歩き始める。マルコは、ノクトの後ろからトボトボとくっついてきた。


「...そこそこいい暮らしをしてたんだよ」


マルコがぼそっとつぶやいた。


「事業で成功してな…はぶりがよかったんだよ。領主のユスパウ殿にも何度かお目通りしたし、領内の景気の引導役なんて仰せつかってな。帝都への進出もうまく軌道に乗り始め...次は、一気にオルティシエか、って息巻いていた。...あんたにも見せてやりたいなぁ。俺はついに、ガラール市の高級住宅街に、人目を引く大きな屋敷を構えたんだ」


マルコの目が、その当時を思い出しているのか、急にきらきらと輝いた。


「信じられるかい? でっかい黒光りする門をくぐると、母屋の入り口まで着く前に、噴水を眺める…車は円を描くようにその噴水の周りを回って、それからようやく、仰々しい白い階段がつづく入り口へと着く。シンデレラが降りてきそうな階段さ。執事が玄関で待ち受けてるんだ。深く深く頭を下げてな…」


「そりゃあ、すげぇな」


「どうだい? あんたの王宮は?」


「正直…さほどでもないな。代々、そういう趣味でもなかったしな」


なーんだ、とマルコがつまらなそうな顔をした。


「王様も…さほど贅沢はできないんだな」


「まったくだ。みりゃわかるだろ」


マルコは肩をすくめて首を振った。


「もうちょっと夢を見させてくれよ」


それで、二人は少しだけ顔を見合わせて笑った。

深夜、交代の時間が来て、ノクトが呼びに行く前にブディがテントから出てくる。そのまま隣のテントに入って、次の見張り役に指名したニムスを起こした。ニムスは、いかにもだるそうな様子で、大あくびをした。入れ違いにマルコが、半ば眠くてふらふらした足取りでテントに入った。


「もう少し、起きてようか?」


ニムスを警戒したために言ってみたのだが、ブディは首を振った。


「寝れるうちに寝とけ。明日は朝から忙しいからな」


ノクトは、大人しくブディが出てきたテントのほうへ入った。父親のひとりと、ダンが、よく寝入っていた。その横の、ブディが残した寝袋に入った。なんとなく、外の二人の声が聞こえないかと耳を澄ましたが…気がついたら寝入っていた。


朝早く、見張りのなかったものたちが起こされる。ハルマの指示で朝食の準備に取り掛かっている。ブディとニムスは、それぞれ朝飯の準備まで仮眠を許されるはずだが…ノクトが目を覚ましたときにはテントに一人だった。ブディのことだ。仮眠も取らずにそのまま起きているんだろう。


実際、テントから這い出すと、ノクトが一番遅く起きてきたようだ。他の面子は、いまかいまかと、焚き火の周りに群がって朝食が配られるのを待っていた。日は昇ったばかりで、まだ空気が冷たかった。


父親の二人が暖かい煮込み料理を配膳して回った。アラネアと同世代の娘を持つ、ヨールという男がノクトに椀を渡した。見るからに穏やかな男だ。妻と子ども、3人で逃げのびたことを毎日神に感謝していると言っていた。もとは大工だったとかで、ハルマもノクトも期待をこめて勧誘した人材だ。


「夜の見張り、ご苦労様でした」


「ああ…ありがとな」


ヨールは、にこっと笑って、ノクトの隣に座って、自分も食事を始めた。

ヨールは、他の難民と同じように疲弊した様子だが、しかし、よく見ればノクトよりも若そうだ。家族で集落にたどり着いたのは、ついひと月前のこと。いったいこの10年どんな暮らしをしてたんだろう。


「いつも…アラネアちゃんにはうちの娘が仲良くしていただいて」


ヨールは和やかに笑いながら、少しだけ頭を下げる。


「そ、そうか…」


これって父親同士の会話だよな…と、ノクトは少し面食らう。


「とてもできないことと思います…この時勢に、見知らぬ子の面倒を見るなんて」


ノクトが不思議そうな顔をすると、


「…ああ、あの、学校の紙芝居で。あれって本当の話ですよね?」


ああ…とノクトは納得する。


「今日もやるんでしょうねぇ…私も、はじめの2回しか見てないんですけど、感心しました。娘も勇気付けられたみたいで、楽しみにしていましたよ」


それからヨールは辛そうな表情をして


「私は、隣のボンガロ市からきたのですが…孤児が...そこら中に、溢れていました。せめて何人かだけでもここへ連れてこれたら…」


「…都市として、機能しているのか?」


「最近までかろうじて、機能していたのですが…」


ボンガロは、ユスパウ領の中心、ガラールよりさらに帝都に向かって南東に数十km。もとは隣のカンテール領の一部であったが、十数年前に接収されて軍直轄の都市となった。そのために巨大な軍事要塞が立てられた。はじめこの要塞は県境のユスパウ領内で計画されていたという話もある。ニウル・ユスパウが領地の提供を拒み、そのために嫡男が軍に徴用されたという噂だが、真相は分からない。

闇が訪れてしばらくの間、市内の軍がシガイに対応してなんとか市民の生活を守っていた。やがて配置していた魔導兵の制御が効かなくなり、中心部は激しい戦闘となった。当時、市長権限をもっていたトルドー少将が市民の避難を指示し、ボンガロ中心部の市民はかろうじてこの要塞へ避難した。


「闇が訪れたとき、近隣の貴族領から一斉に応援要請が入って…配備していた魔導兵の隊の大半が派遣されていたんです。それが幸運だったんでしょうね。まさか…魔導兵があんなふうに人を攻撃始めるとは…。はじめは、一時的な戦闘と思って避難をしたのですが…結局、この10年要塞をでることはできませんでした。郊外地域は別の場所に拠点をつくって避難させたようなのですが、その後、その拠点とは連絡が取れなくなったと聞きました」


幸い、要塞には非常用の自家発電設備、直接地下水をくみ上げる水道などある程度のインフラが揃っていた。しかし、食料の確保はここでも問題で、要塞の敷地内に辛うじて残った狭い露地に、生き延びた家畜を飼育したり畑を作ったりしたが、それでは足らず、シガイや魔導兵との戦闘で多大な犠牲を払いながら、要塞の外に塁を築いて使用できる土地を拡張した。


「トルドー少将は良くやったと思います…軍が生き残りをかけて、命がけで拡張した敷地です。それでも完全に安全な場所ではなかったが…軍に護衛を受けながら市民も必死に農耕に取り組みました。お互い命を懸けなければとても生き残れなかったでしょう…日が昇ったのを見たとき、本当に、軍人も市民もなくみな歓喜して…それなのに。」


「なにがあった?」


ヨールは首を振った。


「正確には…わかりません。はじめは、要塞の外に調査隊が派遣されて、外にまだ魔導兵が残っているとかで…掃討作戦が行われました。魔導兵の数はさほどでもないという話で、この作戦が終われば家に帰れるだろうとみんな心を躍らしていたのですが…そんな最中、突然、軍がトルドー少将の病死を発表したんです」


「病死…」


「おかしな話なんですよ…その数日前に元気な姿を見たって言う人が何人もいて…それから、軍の中心だった人たちが何人か姿が見えなくなって…噂では、軍の内紛じゃないかって…ここまできて…」


ヨールは悔しそうに顔をゆがめる。


「ほんの一月ほどでどんどん治安が悪くなって、市民への食料の配給が滞ったり…耐えかねて、勝手に要塞を出て廃墟に住みだす人が増えたんですけど、軍が彼らへの配給をストップしたりとか…もう、無茶苦茶です。それまで、ここと同じように運よくたどり着いた難民を受け入れたりもしていたんですが、それどころでなくなっていました。しかし、他に行くにも帝都のほうがもっと酷いことになってるって、難民達が口をそろえていうもんですから、ニフルハイムはもうだめだろうって…私達はテネブラエを目指していたんです」


残念ながら現在のテネブラエは無人の可能性が高いが…しかし、運よく彼の家族を含めた十数人の人間が、このチパシにたどり着いた。20人ほどは途中で道を分かれてアコルドを目指したらしい…無事にたどり着いていれば、とヨールは祈りをこめてつぶやいた。


食事が終わって、まだ暑くならないうちにと、ブディが今日の作業の指示をした。

今日はグループを大きく二手に分ける。ひとつは昨日に引き続き、建築現場から資材を運ぶ。もうひとつのグループは、昨日、ブディがガソリンスタンドまで連れて行く。地下の備蓄タンクの蓋を開ける方法をブディが検討する傍ら、スタンド内にタイヤなどの使える資材もかなりあったので、他のメンバーは資材を運搬する。ブディについていくのは、ヨール、ダン、ニムス。ハルマも午前中はこちらに同行する。ノクトが、マルコ、もう一人の父親ーその名を、ルノと言ったー と資材運びを継続する。午後にはハルマも合流する予定だ。二つの現場はそれなりに距離があるので、昼食はそれぞれに取ることになって、各チームが朝のうちに用意された弁当を担いで出かけて行った。


「マルコ…今日はもう少し頑張ってくれ」


ノクトは、はじめから釘を指しておく。マルコは、頭をかきながら


「昨日はほら、馬車の移動があったからね…今日は頑張りますから」


と、言った。どうにも頼りにならないと思ったが、午前中はその言葉通り、足は遅いながらにさほどの休憩も取らず、交互にノクト、ルノとペアになりながら資材を運搬した。3時間ほど休まず資材を運んで、太陽も高くなって暑さに3人ともしんどくなってきたので、一度、夜営地の傍で休憩を取ることにした。日をよけようと、テントに腰を下ろして、水を飲む。


ー定期連絡。


とちょうどよく、ブディから通信が入る。


ーああ、ノクトだ。こっちは、暑さにへばって夜営地で休憩中。


ノクトは、半ばぶっきらぼうに応答した。実際、汗だらだらのマルコだけでなくて、ノクトもルノも、日をさえぎるところのない資材運びにしんどくなっていた。


ー無理せず、適宜休憩を取ってくれ。暑さがバカにならんからな。こっちも休憩したあと、第一陣が資材を持って夜営地に向かう。ハルマも一緒だ


ー了解。


通信が終わって、となりでへばっていたマルコが、


「人数少ないのもやっぱ不安になるね…みんなで一緒に行動したほうがいいんじゃないの?」


と、情けない表情をする。


「しんどいなら、ちょっと横になれよ。あと15分で再開するぞ」


マルコは、はああ、とため息をつきながら、テントの奥に入って横になった。あっというまにいびきをたてはじめたので、ノクトとルノは振り返って、そして顔を見合わせて笑った。


「あれは、すごい才能ですね」


ルノは、ノミのせいで刈られてしまった坊主頭を、いつもの癖で撫でていた。かわいそうに、最近、同じテントで寝泊りする家族ごとノミにやられてしまったらしく、家族5人(妻、娘、息子二人)が、いま、そろって丸坊主になっていた。しかし、その顔にはあまり悲壮感はなくて、家族5人を守ってきたたくましさが感じられた。


「どこでも、どんなときでも寝れるって言うのは大事なもんですよ。こんな状況でいちいち気を病んでいたら、体力が奪われるばっかりでね」


あはははは、とルノは笑った。


「だろうな。あんたは、逞しそうだな」


「逞しいっていうか、厚かましいって言うかね。まあ、うちの一家は、みんなそんなんで揃ってますんで」


「あんたはどっから来たんだ?」


「名前もないような小さな集落ですよ。場所は…どういえばいいかなぁ。一応、バンアール領内に入るようなんだけれども、人里はなれた山奥でして」


「バンアール?それなら…シャンアールは無事だぞ。なぜこっちに?」


「らしいですね」


と、ルノは、驚きもせずに言った。


「バンアール領内って言っても、はずれもはずれで、しかも4000m級の山を隔てた裏側だったんですよ。山岳地帯に住まう古い集落がありましてね。不思議な縁で十年前に移り住んだんですが…以前はユスパウ領の東端、リドラって田舎町にいたんです。何にもないところですよ。通り過ぎる人たちのために、ちょっとしたガソリンスタンドと小売店とレストランがひとつずつ。他には、まあ、自給自足の農家みたいなのしかない、辺鄙なところで。それが、あの恐ろしい夜が来るほんと一月ほど前じゃないかなぁ。見るからに軍用の車両が頻繁に通るようになってね。たまに、その山岳地帯から町に買い物に下りてくる人がいて、その人と親しかったんだけど、彼がね、言うんですよ。もうすぐ闇が降りてくる。一日中夜になる。そこらにシガイが溢れて、ニフルハイムが滅亡するって…」


ノクトは、ルノの顔をマジマジと見た。淡々と語るルノは、無垢な田舎者の顔をしていた。語ることの重大性を何も感じていないように。


「まあ、奇妙な話だとは思ったんですがね。でも、女房も私も、前からその山岳での暮らしに興味があったもんですから…面倒見てくれるっていうんで、勢いでついていったんですよ。毎日、お天道様が、自分より下の地面から上るのを見られるって言うんですよ。ね、すごいですよ、実際その日の出は!」


ルノは、まるで闇の話など興味がないように、山岳地域での日の出を語った。危機感を感じられないルノの言葉に、ノクトは、唖然としていた。


「この10年間…どうしてたんだ、その山岳の集落は?」


「ああ、それが、その地域には不思議とシガイが出なくてね。だから、下がこんなに大変なことになっているって、知らなかったですよ。ただ…町々に争いが起こって火の手が上がっているのが見えるんですね、山の上から。それが、恐ろしかったなぁ…」


「山岳地帯にはシガイがでないのか?」


「私んとこはそうでしたねぇ…他は違うんですかね?」


うーん、とノクトも回答に困って黙った。シガイは…どこにでも沸いて出るような気がしていたが…しかし、もともと人の寄り付かないような山岳地帯でどうしているかなんて、思ったこともなかった。廃墟となったルシスの町々で、累々と沸き起こるシガイは目にしたのだが…。


「しかし、それで、どうしてチパシに?」


「ええ、ようやく日が昇ったんで、両親を探しにね…はじめは一人で降りてこようと思ってたんですが、女房もこどももついてくるっていって聞かないもんで。まあ、5人集まればなんとなるか、と思って、私も、いい加減なたちなもんで」


あはははは、とルノは屈託なく笑う。ルノの上二人は16,14になる大きな子で、一番下だけがまだ8歳だが、しかし、どれも逞しそうだった。難民という悲壮感がこの家族に漂っていないのは、助けを求めて彷徨っているのではなく、親類を探して旅しているかならなのだろう。


「見つかるといいな…」


ノクトは、つぶやいた。


「どうですかね…女房んとこのは、この町にいたんですよ。これを見れば、あいつも諦めがつくんじゃないかな」


ルノはあっさりと言った。


おっと… 気がつくと約束の休憩時間がとうに過ぎていた。


「おい、マルコ。行くぞ!」


ううううん、…とマルコはよほどしんどそうに、しかし、置いていかれるのが不安なのか、なんとか体を起こしていた。こいつは…もう使い物になりそうにないな、とノクトは思う。案の定、二人の後をとぼとぼ着いてきたかと思うと、資材置き場についたなり、日差しをよけて建物の影に入ると、いきなりどかっと、座り込んだ。


「あああ、あの、ちょっとだけ…」


ノクトは諦めたように頷いて、ルノと、でかい角材の端と端とを担いだ。


「もし…魔導兵を見かけたら慌てずに夜営地までこいよ。どうぜ壊れていて、全うに追いかけてこれないから」


「わかったよ…すまんね。ちょっとだけさ。次は担ぐから…」


ノクトはあまり期待しない愛想笑いを返して、ルノと夜営地を目指した。


「あの人…さぼってますね。まあ、しかたないですね。サボりたい人を、無理やり働かせてもしかたないですから」


ノクトの背後で、ルノは悟ったようなことをつぶやいた。


「まあ、体力がないんだろ」


いやいや、とルノは首を振った。


「あれは、計画的ですよ。しかし、仕方ないとは思います。ああでもしないと、生き残れない状況もあったんだと思うんですよ。いざというときに力を使い切っては生き残れないですからね。正直者はバカを見るんです」


単なる愚鈍と思っていたルノが、見透かしたことを言ったので、ノクトは驚いた。


「あんたには…そんな風に見えるのか」


「すみません、まあ、なんというか、若いときの癖で…。若いときは大都市にいたんですよ。それこそ…帝都グラレアにね。これでも、将来有望っていわれてた秀才だったんですよ」


あはははは とさっきと同じように笑って、頭をかいていた。


「役人目指して有名な大学に入ったんですがねぇ…もう、人の足の引っ張り合い、激しい競争、汚い人間関係にすっかり精神がまいってしまって…で、まあ、ちょっと山寺に一時期もぐりこんだっていうか…」


それで、山岳地帯への村へ入ったということか…ノクトは休憩中に聞いた突拍子もない話がようやくつながった気がした。


「ちょっと修行増の真似事みたいなことをしたもんで、妙に人を見透かしたようなことを言ってしまって。女房によく叱られるんですよ、お前さんそんなに偉い人かいってね。まいるね、こりゃ」


ノクトは一緒に笑いながら、しかし、ルノの眼力には、信頼に足る何かがあるかもしれないな、と思った。ちょっと前にゴダールから聞いた話だ…たどり着いた難民には、一通り、どんな経緯で避難してきたか聞き込みをしているらしいが…話したがらない者も多い。悲惨な記憶を閉ざしていることでもあるし…中には、他人には到底言えないようなやり方で、なんとか生き抜いてきたという者もいる。ゴダールは深く追求しないことにしている。ここへたどり着くまでの間どのような業があっても、それを裁く権利はないと考えていた。

マルコは…いかにも、そんな業を背負う人間に見えた。

ノクトたちが資材を荷台に積み上げて、また、資材置き場へ向かおうとしたときだ。

ノクトさん!ノクトさん! てっきり資材置き場で待っているとばかり思ったマルコの声が、聞こえてきた。何事かと慌てて、ノクトとルノは声のするほうへ走った。マルコが、町のほうから必死の形相で走ってくるのが見えた。


「どうした?!」


「ああ、あっちのほうに、魔導兵の姿が!!!」


ノクトは、ルノに夜営地で待つように言って、剣を鞘から抜きとって構えると、マルコの指差す方向へ進んだ。


「どっちだ? 排除するから、ちゃんと教えてくれ」


マルコは、いやいや、ノクトの前に立って、前方を指さす。


「ほら…あの、あの、倒壊した、あの建物の向こうだよ」


指す方向に、ちょうど、2階建てくらいのビルが倒壊して倒れているのが見えた。その瓦礫の山がうずたかく積もっていて、その向こうが見えない。


「わかった…お前はそこにいろ」


ノクトは、やや緊張しながらその倒壊するビルに近づいた。


ーこちらノクト。魔導兵を発見。今から排除する。市街地に入ってすぐの場所だ。


ー何体だ?


すぐにハルマの声が返ってきた。


ーわからない…マルコが目撃した。今から確かめる


ー了解。こっちもそちらに向かっている途中だ。


瓦礫の山の端っこにたどり着いて、意識を集中するが…ここからでは、魔導兵の気配は感じない。倒壊したビルのつみ上がった残骸を登るために、ノクトは通信機を後ろポケットに詰めると、剣ももう一度鞘に収めた。この向こうなら…上りきったところで、剣を抜けばいいだろう。倒壊した残骸は、結構な高さに積みあがっている。振り返ると、マルコが不安そうな表情で、ノクトを見上げていた。その先に…待っていろと言ったのに、ルノが、近づいてくるのが見えた。


ったく、しかたねぇな…


ノクトは呆れつつ、瓦礫の頂上に上りきって、その先を見下ろした…どこだ。瓦礫のてっぺんから、向こう側の通りが見渡せたが、魔導兵の姿は見えない。しかし、辺りが瓦礫だらけで、見分けがつかないのだ。ノクトは目を凝らして辺りを見回した。


「マルコ!どの辺だ?!」


ノクトは、振り向かないまま大声を張り上げた。その時ー


ぱあああん !!!  と、軽快な発砲音が鳴り響き、ノクトのすぐ脇に、銃弾がぶちあたって、砂煙が沸き起こった。ノクトはとっさに、瓦礫の向こう側に体を隠して、瓦礫の隙間から背後の様子を伺った。


うわあああ と人がもみ合う声がして、見下ろすと、ルノとマルコがもみ合っていた。マルコの手には銃が見える…ノクトは慌てて瓦礫の山を下ろうとした。その時、どこからからハルマがわっと、現れて、鞘がついたままの剣を振り下ろした。マルコの手にあった銃が、遠くへ吹き飛ばされ、マルコは右手を抱えてうずくまるのが見えた。


「大丈夫か?!」


ノクトが転がり落ちるように瓦礫の山を降りると、ハルマが振り向きながら


「ああ、こっちはー」


と言ったときに、遠くからまた発砲音が響く。夜営地のほうだ…ノクトとハルマは、ルノにマルコの見張りを頼んで、慌てて夜営地に向けて走り出した。すぐに見えてきたのは、ジープの前で硬直しているニムスと、かなり離れた距離から彼に銃を向けているブディだ。

ニムスは…ジープを狙っていたのか、運転席側に手をかけるそぶりをしていたが、ブディに銃を向けられて諦めたらしい。さっと身を翻して、車の向こう側に飛びのくと、そのまま後ろも振り向かずに駆けて行く。


「止まれ!!!!」


ブディの声が響く。しかし、背後からは撃たれないという確信でもあるのか…ニムスは振り向きもせず、足も緩めずそのまま走り続ける。ブディが必死に狙いを定めているのがわかった。しばらくして…また銃声が響いた。しかし、ニムスの足元の手前で砂埃がわずかに起こっただけで、ニムスはそのまま走り続けた…その背中は、やがて、藪の向こうに消えた。

ノクトが呆然とその様子をながめていたが、気がつくと、ハルマはそばにおらず、マルコの捕捉に戻っていた。ノクトは、ハルマがマルコとルノの傍まで到着したのを見届けて、自分はブディに駆け寄った。


「すまん…取り逃がした。頭を狙うべきだったな…」


ブディの顔には、苦々しい表情が浮かんでいる。


「いや…」


と言ったが、ノクトもそれ以上が続かない。捉えられたマルコは、右手が赤くはれ上がって、大げさに痛みを訴えて暴れていたが、容赦なく縄で両腕を後ろに結わえ付けられ、資材と一緒に荷台に放り込まれた。事件が起こって、一行は日程を変更して、集落に戻らざるを得なくなった。残ったメンバー…ルノ、ヨール、ダンの3人は重く暗い表情をしながら、ブディの運転するジープに乗り込み、ノクトはうるさくわめき続けるマルコを見張るべく、積荷の上に座って、ハルマの操る馬車に揺られた。


マルコと…ニムス…二人のつながりに、いろいろな憶測が飛び交うが、ここでこれ以上の時間を費やすのは危険だった。他に仲間がいないとも限らない…一行は、集落への帰路を急いだ。

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