Chapter 20.7-ゆがみ(1)-

-こっちに一体いる

-手伝うか?

-いや、なんとかなりそうだ。今、エドが排除に向かった。そっちはどうだ?

-見た所、動くものはないな… 予定通り鉄塔まで進むわ

-そこで合流しよう

無線から聞こえていたブディの声は、一旦切れた。よし、と、ノクトは無線を腰のホルダーに突っ込み、目の前の瓦礫をよじ登る。前方に被害の少ない建物がいくつか見えたので、地図を取り出して印をつけた。路上に、普通車両の残がいがひとつ…炎上したあとがあって、ほとんどフレームしか残っていない。あれでは使える部品もないだろうな…と思いながら、地図にCと書き、うすくバツを上書きする。

そして、もう一度鉄塔を見上げた。もとは、150mほどの高さだったようだが、頭が砲弾で吹き飛ばされ、今は半分ほど下の鉄骨しか残されていない。ニフルハイム全土をつなぐ電波塔だった。

双眼鏡で覗き込む…鉄骨は、所々腐食しているものの、上の方まで登って行けそうだ。あそこまで行けば街の全貌がわかるだろう。

ノクトは、魔導兵の気配に気を配りつつ、瓦礫を乗り越えて進んだ。時折、資源として活用できそうなポイントを見つけては地図に印をつけた。
この状況下では、資源はなんでも枯渇しているわけだが、目下探しているのは、燃料、住居用の建材、配電設備の各種部品、トラックを修理するための材料だ。

しばらく進んで、倒壊したビルの陰から鉄塔の足元がようやく見えてきた。足元には聞いていた通り、街の電力、通信関係のインフラを管理する建物があった。かろうじて、建物に掲げられた文字が読み取れるーゴートナダ通信局。

建物の窓ガラスはことごとく破壊されてほとんど残っていなかった。建物入り口のガラス扉も同じ…ぽっかりと口を開けている。

-こちら、ノクト。通信局まで到着した。入り口は進入可能だ。

-了解。こちらも、もう少しで着く。入り口で待っていてくれ

-わかった

ノクトは、手持ち無沙汰に、扉から中を覗き込む…ガランとして埃くさい屋内。砲弾で吹き飛ばされたとき、その鉄骨の一部は、そのままこの建物に落下したらしい。上の階から貫くように、太い鉄骨の柱が突き刺さっているのが見えた。その下にあったはずの受付のカウンターは、崩れ落ちたコンクリート破片で半分うまっていた。

いちいち気が滅入ってたらキリがないが…と、ノクトはため息を漏らす。建物の内部には、風化しきっていない遺体も多いだろうな。この10年で大概は白骨化しているが、時折、なんの条件が揃ったのかミイラ化しているものもある。数時間、街を横切ってきただけで、気分が悪くなっていた。

待たせたな、と背後から声がして、ブディとエドがやってきた。エドの背負った皮袋が膨らんでいる。早速目ぼしいものを拾ってきたらしい。

「中の破壊状態が凄まじい…中を通るより、外側をよじ登った方が早いかもな」

ブディもちょっと建物の覗き込んで頷いた。

「そうだな…2人して、先に鉄骨沿いに上がってくれ。俺は通信設備で使えそうなものがないか、行けそうなところまで行ってみるよ」

了解! と言ってエドが先導したのでノクトは後に続く。2人は建物のの左側にまわった。

「確かこっちの方に、非常用のハシゴがあったはずだ…」

「この街はよく出入りしてたのか」

「まあね。だいたい、高等教育になると集落から出てここの学校に入るんだよ。親元を離れて寄宿舎に入り、街の遊びを覚える…そのまま、戻ってこないのも多かった」

エドはニヤリと笑った。

「あったぞ!」

エドはハシゴを見つけて、そのままスルスルと登り始める。ノクトは上を見上げた…ハシゴは、本当に単なるハシゴだ。落下防止の枠さえついていない。見た所、腐食もなくそのまま登って行けそうだが…あの高さまで上がるのは、なかなかのスリルだ。

「こういうのは得意かい?」

躊躇するノクトに、エドが笑って声をかけた。

「以前はな…」

「以前?やんちゃだったころ?」

いや、そういう意味じゃなくて…

エドはさっさと登ってもうだいぶ高いところにいた。ノクトはノロノロと後から追いかけた…アラネアだったら早いんだろうと思いつつ。そういや、アラネアがレイの家に厄介になってから、あまり顔を合わせていない。元気にやってんだろうか。

「ほほう!」

エドは早くも登りきって、鉄骨の上に上がって雄叫びを上げている。

「ノクト!振り返んなよ!」

エドの声が廃墟の街に響く。その声は、半分馬鹿にするように笑っていた。

チクショウ…

歳が近いだけに、妙に対抗心を感じる。ヤンチャなころのような、バカな自分に戻って行く…ノクトは、ガツガツとスピードを上げてハシゴを登り始めた。あっという間に、ハシゴの終わりが見えてきた。エドが半分にやけながら覗き込んで待っている。おらっ と、最後のハシゴを勢いよく掴んだとき、腐食していたのだろう…そのまま、掴んだ金具が抜けた。

うわっ と、エドとノクトは同時に声をあげた。危うく空中に投げ出されそうになったノクトの腕を、エドはしっかりと掴んだ。

ふうう… というため息も2人で同時についていた。エドは、その逞しい腕でノクトを軽々持ち上げて、自分が立つ足場に引き上げた。

ノクトの足がその足場につくと、途端に、うわはははは!!! と、盛大に笑い声が響く。ノクトもつられて、ぶははははは!!! と吹き出した。2人のバカみたいな笑い声は、廃墟中に響いていた。

「なに、意地になってんだ。死ぬところだったぞ!!」

笑い過ぎて涙を流しながら、エドが言う。

「お前が煽るからだろ」

笑いながら、ノクトも答える。

バカなやつだ、とお互いに悪口を言いながら、しばらく笑いが止まらなかった。

「ここでヤンチャしてたころの、悪友に似てるよ」

「そりゃ、頭悪そうなやつだな」

違いねえ…と言いつつ、エドは急に静かになり、そいつも死んでしまったがな とつけ加えた。

ノクトも、すっと、笑顔が消えた。

「見ろよ、この有様」

エドは街を見下ろす…

「全部、破壊されてる…あの、闇の訪れた日。2日後には救援部隊を結成してこの街に来た。取り残された村の関係者を連れて帰ろうと思ってな…だが、連れて帰れたのはわずかだ。その数ヵ月後には、大量の魔導兵がこの街に押し寄せてきた。この街の戦闘がいつ村まで飛び火するかもわからなかった。闇の訪れたあと数ヶ月が本当に正念場だったんだ。村を捨てるか捨てないかの瀬戸際まできてた…よく生き延びたよ。あの村も、俺も」

「実際、たいしたもんだよ。お前も親父さんもな…」

エドはふっと笑って

「さあ、感傷に浸ってないで仕事するぞ」

と双眼鏡を取り出した。ノクトも自分の双眼鏡を取り出して、辺りを見回す。

「記憶では…少なくとも三箇所にガソリンスタンドがあったんだが。あと、南東の郊外の方にでかい電気部品の工場があったな…そっちを見てもらえるか」

ああ と言って、ノクトは、エドのそばを離れて、鉄骨を反対側の方まで移動した。街の外れの方が見える…もともとなのか、破壊されたのか、高い建物はなさそうだ。ノクトは肉眼で工場らしき建物に検討をつけて、そして双眼鏡を覗く。傾斜した屋根がいくつか連なって、一番奥の建物に煙突が並んでいた。その一つの煙突から、僅かだが煙が上がっているように見えた。

まさか…?

ノクトは肉眼でも見てみた。雲がかかっているのを見間違えたかと思ったが、工場方面の空はよく晴れ渡って雲の影はない。もう一度、双眼鏡を覗く。煙は…見えない。おかしいな、やはり見間違えたのか?

「どうだい、そっちは? 」

エドがノクトの方までやってきた。

「ああ…工場はそれほど破壊されているようには見えないな。それに、煙突から煙が出ていたように思ったんだが…」

「煙?!ほんとか?!」

エドも双眼鏡を覗いた。

「見間違えかもしれない。一瞬、見たような気がしたんだ」

エドは、うーん、と唸りながら、しばらく工場の方を眺めていたが、やがて諦めて双眼鏡を下ろした。

「あの工場の探索は、今日は無理だな。しかし、近いうちに行こう。きっと使えるものが残ってる」

「そうだな…で、ガソリンスタンドは?」

エドはにやっと笑った。

「一箇所、無事なのを見つけたよ」

2人は無線でブディに連絡をつけて、鉄塔を降りた。ハシゴは見た目以上に腐食していることがわかったので、今度は慎重に、状態を確かめながら降りた。ブディは、先ほどと同じ建物の入り口に立っていた。両手に何やら小型の機械を抱えている。

「お、無線機か…」

「奥にまだ、箱に詰まった新品が山ほどあった。試験的に持って帰って使えそうならまた回収にこよう」

「問題は電池だな…」

「使えそうなものは、いくつか回収したんだが…結構、腐食してたな。よく探せばもう少し見つけられそうだが、時間を食いそうなので今度にしよう」

「やっぱり、何日か泊まりがけにすりゃ、よかったな」

と、エドが口惜しそうに言う。初回の探索は、あくまでも下見だ。安全かどうか確かめたら、その日のうちに村へ戻ることになっている。ゴダールの決定だ。

「まあ、ジープじゃ、詰める量も限られてるし、次はもう少し人数を増やして、大掛かりにやれば効率もいいだろ」

ノクトは、慰めるように言った。

「大型の資材を運ぶには…馬車を使うしかないな。トラックの部品がすぐに見つかればいいんだが」

ブディは唸る。

「あれだけ車軸がいかれて、ほんとに直せんのか?」

エドはノクトの質問ににやっと笑って

「プロンプトが自信ありげだったじゃないか」

まあ、確かに…王宮の地下に眠っていた車を動かしたりしてが…あいつも結構安請け合いするからなぁ。通信機で苦労したのを思い出して不安がよぎる。

肝心のプロンプトと言えば、キリクのバイクを回収するために道づれになって、昨日、村を発ち、徒歩でオルブビネに向かっている。ブディもゴダールも、雨季が終わるのを待つように言ったのだが、キリクはこの先絶対あれが役に立つから!!と豪語して聞かなかった。もとより、キリクはチパシについてからずっと言い続けていたようだ。プロンプトは、キリクに誘われて嫌がるかと思いきや、キリクのバイクがすごい代物だと聞いて、好奇心が湧いたらしい。まあ、道がやばかったら早々戻るからさ、と気軽な感じで言っていた。

プロンプトがいればキリクも無茶しないだろうと踏んで、ゴダールもしぶしぶ許した。

早けりゃ3日で帰るなんていってたな…

ノクトは谷の方角をなんとなしに眺める。ブディによると、ああ見えて、キリクの戦闘能力はかなり高いと言っていた。どんな得物をつかうんだろうか…大きな武器は持っている様子がなかったが。

やっぱり銃とかかな…それほど腕力があるタイプにも見えないし。


エドが目をつけたガソリンスタンドは、奇跡的に大した破損も見られなかった。地下タンクに備蓄されたガソリンは、まだ生きているだろう…3人にはホクホクした顔をお互いに見やった。当然電力がなければ、給油機は使えない。普段は使われない鉄製の蓋は…かなり頑丈に閉ざされている。中にあるのが石油となれば、焼ききるわけにもいかない…


「ドリルだと...火花が散るだろうな」


「ジャッキだな。あの力でこじ開けるのはどうだ?」


「金属の蓋を狙うより、周囲のコンクリを破壊したほうが早いだろ」


3人はあーだこーだと言い合いながら、ジープでチパシへ戻った。

もう日が暮れようと言うとき、ようやくジープは集落へ着いた。3人がこの日の戦利品を抱えて村に入ると、すぐ手前の難民キャンプが騒がしい…見ればゴダールとハルマを先頭に、村の世話役たちが、難民キャンプの男達と言い争いをしている。言い争う…というよりは、難民キャンプの男達が一方的に何かをがなりたてているようだ。3人は慌てて集団に近寄った。


「ふざけんなよ!!!」


と、先頭に居た男は激しく怒鳴りながら、憮然として腕組をして男達を睨み付けているゴダールに、今にも殴りかかりそうだった。


「こんなくさいところに…いったい何ヶ月押し込んでいるつもりなんだ」


「言っているだろう…こちらもできる限り早急に、避難者の住居を用意しようとしているところだ」


「聞き飽きたんだよ!!あんたらあの塀の中でのうのうと暮らしているじゃないか!!!」


凶暴な目つきをした男達が、そうだそうだと声を荒げて…あろうことか、金属棒などを持って威嚇している。女性と子どもの避難民たちは、みなキャンプの影に隠れて、不安げにこの様子を見つめていた。


「…あなた方が住居を失ったのには同情するが…それは我々の責任ではない。この村に古くから居る住民を強制的に退去させることはできない。これだけの避難民を同時に、通常の暮らしを保障するのがどれだけ困難か…わかるだろう。その食料を確保するだけでも、かなりの苦労をしている。住民達の協力がなければとてもなりたたないんだぞ」


ゴダールはいたって冷静に話をしているが、みるからに疲弊した難民の男達のいらだちはおさまらなかった。


「ふさげるなよ!!俺達も人間だぞ!!お前達は高みの見物か…よその領地が荒廃ているってのに…のうのうと権利を主張しやがって…」


男がその鉄棒を振り上げようとして…ゴダールに護衛など無用だったのかもしれないが、比較的身軽だったノクトがつい、男の前に立ちはだかった。


「いいかげんにしろ…この村が生き残っていなければ、ここに避難したものもすべて生き残れなかったんだぞ」


ノクトは、男をにらみつけた。


「…くそ、ルシスめ!!滅びかけた国の癖に…にくい敵国が窮地でさぞかし気分がいいだろうな!!」


男は口汚くののしって、憎しみの目をノクトに向けた。男の目が、絶望に淀んでいるのがよくわかった…ノクトは、冷静にその目を見据える。


「絶望するのは勝手だが…ニフルハイムでも、ルシスでもアコルドでも…それ以外の場所でも、多くの人間が死んだ。だが、お前は今生きてる…お前は今生きて、何をしようとしてるんだ? その棒でオレをなぶり殺しにすれば満足か? それで、その後はどうするんだ? お前の望む、快適な家と、申し分ない食料が手に入るのか?」


男は、苦しそうに歯軋りをして、ノクトを睨み返していた。ただ、このやり場のない感情をどうにかしたいという、目の中に狂気を湛えていた…男の、鉄の棒を握る手に力がこもるのが分かった…やべぇな…こいつ、いかれてやがる。


あ…!!  という女性の声がした。誰かがかけよってくる足音がした。ノクトは、相手から目がそらせずにいたが…やがて、狂った男の腰に、頬かむりをした少女が、必死にしがみつくのが見えた。少女は泣いていた。男は、ちょっと気がそがれて…そして、力なく振り上げていた棒を下ろした。力なく、娘の頭を撫でる… 目に、正気が戻ったようだった。それを見ていた、周りの男達も、勢いがそがれて、手にしていたものを下ろしていく…。


いつでも…こどもが力だな。ノクトは、涙を浮かべている少女に向けて、精一杯の笑顔を向けた。


「君は? 名前を聞かせてくれ」


え、と、女の子は驚く。男は警戒して、少女を自分の背後に隠した。しかし、少女は父の背中から、不思議そうにノクトの顔を覗いた。


「…ミラ」


少女は小さくつぶやいた。


「そうか、ミラ。ありがとう。君は強いな。オレでは止められなかった親父の怒りをおさめてくれたしな」


ノクトは、笑った。そして、困惑している父親のほうに向き合う。


「で、あんたの名前は?」


男はますます困惑した表情をしたが…娘が名乗った以上、黙っているのも気が引けたのだろう。


「…ジョルオだ。だから、なんだってんだ…」


「そうか、ジョルオだな。オレはノクトだ。知ってのとおりルシスの出身だが、わけあってここでやっかいになってる。あんたがテントに住んでオレが屋根の下ってのが気に食わないなら、オレは今夜からこっちに混ぜてもらうか」


なあ、っといってゴダールのほうを見やる。ハルマは驚いた顔をして、バカなことをいうな、と目で訴えていた。エドとブディは、息を呑んで成り行きを見守っている。ゴダールは、険しい顔をしてノクトを見ていた…が、やがてふっと笑った。


「じゃあ…もってきたテントをその辺にたてろ。しかし、あんたの新妻はさすがに預かるぞ」


「ああ、頼むわ。オレはテント暮らしはなれてるんでな」


なんとなくいきり立っていた男達がばらばらと散っていたったので、ノクトたちは回収品を抱えてとりあえず本部へ向かった。


「お前、本気か?!」


ハルマが声を荒げる。


「寝ている間に殺されちまうぞ!」


「難民とは…ケルカノでも付き合った。夜は気をつけるさ…」


ノクトは余裕を見せて笑った。ハルマは今度は、ゴダールに向かって


「あんたも正気か? この男に何かあったら…」


「そんなに心配ならお前が夜回りしろ」


ゴダールも、割とあっさりとして取り合わない。ハルマは、とても信じられない、という顔をして黙る。

ゴダールはまっすぐノクトに向き合った。


「とにかく…このままにらみ合いを続けていたら、いつか連中が爆発する。手を打たなければならん…ノクト、突破口をつくれるか?」


「どうかな…善処するわ」


本部に、騒ぎを聞きつけて心配したルーナが現れた。ノクトの顔をみるとほっとした表情をして、その傍に寄った。


「騒ぎがあったと聞いて…よかった。ご無事で」


「ルーナ…ちょうどよかった。ちょっとした問題があったんだ。これからしばらく難民キャンプのほうで寝泊りするから」


え… とルーナは驚いた顔をした。


「心配するな。数日だ…」


「それなら…私もご一緒します」


「ダメだ」


ノクトは強く言った。


「はっきり言って…余計騒ぎが起こる。ルーナは、家に居てくれ」


ノクトが断言するので、ルーナもそれ以上言い返せず、悲しい顔をして頷いた。


「心配すんな…オレも付き合う。とても見ていられないからな」


とハルマが言い出した。ノクトは、驚いてハルマの顔を見たが、険しい顔をして睨み返すので、仕方がないというように、笑って見せた。ゴダールも…難しい顔をしつつ、反対はしないようだ。


「じゃ、決まりだな」


もう日が落ちて、辺りは暗くなっていた。ノクトとハルマは、簡単な夕食を本部で終えた後、ジープまで戻ってテントを担ぎ出すと…難民キャンプの一番はずれ、瓦礫の山の傍に場所を見つけてテントを建てた。


「へえ…なかなか、いいテントだな」


広い室内に感心して、ハルマはゆったりと横たわってみた。


「ああ、ダチのテントを借りてきたんだ。キャンプ好きのやつでさ。」


ノクトも思わずその横に寝転がって、テントの天井を見上げた。

ハルマは、ちょっと押し黙って…それから


「なんたって、こんな無茶を?」


と聞いた。


「無茶か?」


「無茶だろ。自分の立場を弁えろよ。復興道半ばのルシスが…お前を失ったらどうなる?」


ハルマの声は真剣だった。ノクトは、ふふ、と笑った。


「ルシスは…オレなしでもちゃんと復興に向かっているさ。10年不在だったんだ…それでも、何の問題もない」


「10年?」


ノクトはしばし黙った…しかし、心を決めてこの10年のことをハルマに明かそうと思った。この集落でもよそ者であるハルマは、おそらく古の信仰についても詳しく聞かされていないのだろう。


「ハルマ…この村の古いお堂の、秘密の信仰のことを知っているか?」


「いや…詳しくは聞かされていない。昔から出入りしているんだが、あそこだけは入れてもらえなくてな。日が昇ったあとだよ…難民が押し寄せて、キリクたちがちょうど到着したところだったか…場所がないってんで、ようやく開放されたんだ。でも…」


と、ハルマはしばし間をおいて…


「…それが、シガイを退けた力の源だってことは、おおよそ検討はついている」


だよな… ノクトは目をつぶる。


「ルーナとオレが、オルブビネに縁があるのも…その信仰に関係している。信仰についてはオレの口から詳しいことはいえないが…ルシスにも、似たような古い言い伝えがあってな」


「ルシス王の魔法のことか?」


「そうだ…オレが、長いルシス王の歴史のなかで、”真の王”として、魔法の源であるクリスタルに選らばれた。この闇の10年は…いわば予言された世界の危機。オレはその予言の中で、世界を救うように運命付けられた。…とても信じられないだろうが」


と、ノクトは自分で笑った。ハルマは、驚いたような目を向けていたが、しかし、笑ってはいなかった。


「10年不在と言うのは…10年の間、クリスタルの中に閉じ込められていたんだ。真の王としての力を得るために。そして、数ヶ月前にようやくこの世界に戻った。最後の敵と戦い、世界に明かりを取り戻すためにな。かろうじて…その敵を打ち破って、今のオレがここにいる。」


ハルマは…黙った。


「信じられないだろ?」


ノクトは笑う。


「いや…」


とハルマは、重々しく口を開いた。


「だとするなら…ここの連中は…みんなお前の前に跪いてもいいはずだ」


「バカ言え、誰が信じるんだ、こんな与太話?」


ノクトは笑って、


「そんなことはゴメンだ。オレは偉そうに世界を救おうなんて意気込んでいたわけじゃない。行きがかり上、そうなったというだけだ。わかってると思うが…伝承の中で言われているほど立派な王じゃない。国の復興を投げ出して、ルーナを探しにきた…もう、魔法も使えない。単なる、無力な普通の人間だ。だけど、何かできることがあるなら力を貸すさ…そうでもしてないと、暇だしな」


くくくく…と、ようやくハルマも笑った。


「…で、ルシスの王はこの、鬱屈した難民達にどう立ち向かうんだ?」


「さあ?」


と、ノクトはあくびをして、いい加減な返事をする。


「わかんねぇな。まあ、とりあえず、思いついたから、しばらくここで寝泊りして考えるわ」


「なんだよ…あてになんねらねえな」


「あてにすんな」


それで、することもないので二人は黙った。もう寝るか…と思って、寝袋にいそいそと入り込もうとしたとき、テントの入り口のジッパーが開いた。暗がりのなか、ひょこん、と小さな頭が覗き込む。


「ノクト!!ずるいぞ!!!」


アラネアだった。


「お前…なにやってんだ?」


「ノクトだけ、テントでずるい!!あーちゃんもテントで寝る!!」


と言って、許可も求めずにずかずかと入り込む。


「待て、お前、レイには話してきたのか」


「うん、言ったぞ。今日はノクトと寝るって」


アラネアは平然と言う。ハルマは、冗談だろ、という顔をノクトに向けたが、ノクトは、いつものことだと言うように、首を振って見せた。


「しょうがなねーな…いま、お前の寝袋もとってきてやる」


ハルマはもはや呆れて物もいえず、テントから出て行くノクトの背中を見送っていた。ノクトがジープからアラネアの寝袋を持って戻ってくると、アラネアはすでにいびきを掻いて眠っていた。ハルマは唖然とその様子を見守っていた。


「すぐに寝ちまったぞ…明日朝から忙しいとか言ってな」


まったく…と、ノクトはため息をつきながら、眠ったアラネアの体を寝袋に押し込む。


「こいつ、いつも忙しくてな。明日は何するつもりなんだか」


「学校だってさ」


へ? とノクトは裏返った声を上げた。


「学校?」


「そう。明日からレイとここで学校を開くそうだ」


そんな話、本部では聞いてなかったと思うが…とハルマも不思議そうな顔をしていた。


学校か…


ノクトはごろんと横になりながら、思いをめぐらす。ケルカノの難民キャンプの空気を一変させたこどもたち…こどもが、突破口か。

ノクトは、日帰りの探索の疲れが急にどっと押し寄せて、眠りに落ちていった。


ノクトー!起きろー!


このやかましい朝…最近なかった、懐かしい響きだ。相変わらず、朝からうっせー…ノクトは、半ばうっとうしくも思いながら、目を開ける。


テントの中には、自分ひとりだった。ハルマも、アラネアも起きているらしい…いい匂いが外から漂ってくる。キャンプでは食事ごとに炊き出しをしているんだっけ。ノクトはだらだらと起き上がって、テントを這い出た。キャンプの中心で炊き出しの煙が上がっているのが見えた。アラネアの元気な声が、あっちのほうから聞こえてくる。難民達はそれぞれテントから這い出して、炊き出しのほうへ向かっていた。

ケルカノに比べれば難民の規模はさほどではないように見える…ケルカノのあの恐ろしい行列が思い出されて不安になったが、行ってみれば炊き出しに並んでいる列はわずかだ。ノクトもあくびをしながらその列に並んだ。


「なにやってんだよ…お前はこっちで手伝えよ」


ハルマの呆れた声が聞こえてみてみると、アラネアもハルマも、他の世話役に混じって配食を手伝っていた。


「おお、わりぃ、わりぃ…」


ノクトはだらだらと、炊き出しのスタッフのほうへ近寄った。

昨日の騒ぎを起こした男達も、方々で食事を取っている姿が見えた。そこには、昨日露わにしたような激しい感情は見えない…代わりに、絶望感と虚しさが漂っている。


「こっちに炊事場でも作ったらどうなんだ? 彼らが自炊できるように」


ノクトは難民達の様子を見ながらハルマに話しかける。


「…そりゃ、ここに新居住地域を計画するに当たり、いろいろと考えてはいるんだ。一月以内に、内地に改装した住居に、10数家族は移り住めると思う。…しかし、このテントの群れ…気が遠くなる」


ハルマは暗い顔をした。


「ゴートナダはどうだったんだ? いっそのこと、あっちに移住させるって話も出ている」


「インフラが壊滅的だからな…すぐには難しいだろうな」


ノクトが言うと、ハルマは苦しそうに首を振った。


太陽が昇ってから、ニフルハイムに辛うじて生き延びた人々は、わずかな希望を求めて、県境のゴートナダを目指していた。チパシは無名な集落だったが、夜の明かりや、火の煙を目にした人々が、この集落を見出して押し寄せた。今、ここへたどり着いている難民は、せいぜい、ユスパウ領内の人間だ。さらにニフルの中心部はいかほどの被害だろうか…ニフルハイムの傷は深い。とても、チパシだけでは負いきれないだろう。それでも、ゴダールは、少なくともユスパウ領に生き延びてきた人々に対し、復興をする責務を感じている。いや、むしろ、その責務を、ハルマが負ってくれることを期待しているように見える…

うまくしてケルカノに連絡がついたとしても、ケルカノの状況を考えると、ルシスの救援がここまで手が回るとは思えない。復興道半ばなルシスだけで、世界のすべての傷を負うことは不可能だろう。世界が、その持てうる力をすべて繋がなければ…。


配給に並ぶ難民はすぐに途絶えたので、ノクトたちは他の世話役と交代して、朝食にありついた。アラネアは、今日、レイと開く学校のことで気分が高揚していた。レイと学校を開くんだぞ! すごい学校なんだ! …ノクトは笑った。アラネアは、どのような鬱屈とした空気にも気圧されない。そのエネルギーはハルマにも波及したようだ。暗い顔をしていたところに、ようやく笑顔が浮かんでいた。


「おはようございます!」


レイの声がして、3人は顔を上げた。レイと、アルミナ、ルーナが連れ立って、教材などを抱えてこちらに向かってきた。


「おはよう」


ノクトはルーナの目をまっすぐに見て微笑んだ。ルーナも、安堵したようにノクトに笑い返していた。


レイの顔は緊張と、そして、強い意志のようなものがみなぎって、紅潮していた。あとから聞いた話では、レイを強く後押ししたのはアラネアだ。アラネアの、絶対に学校が欲しい!こどもたちが待っている!という声を聞いて、しりごみしていたレイは一歩踏み出したのだ。

レイたちは、配給の終えた広場に、学校の会場作りを始めた。まずは、広場にござを広げる。半円形に広げたそれは、アルブビネ式の教室のようだ。前方には、持ち込んだ黒板を立てる…その背後に自立するように加工がしてあった。そして、レイの手書きの教科書が、ござの上に置かれていく。

会場の設営が終わると、アラネアがどこから借りてきたのか、ラッパを取り出して盛大に吹き鳴らした。


学校が始まるぞおお!! 誰でもこい!! みんなこい!!!


ラッパを吹き鳴らしながらキャンプを練り歩く。レイ、アルミナ、ルーナは、ひとつひとつテントを覗きながら丁寧に声をかけていた。男二人は感心して、その様子を眺めていた。

すぐにこどもたちが集まりだして、ゴザは満員になった。入りきれない子ども達は、その周辺に立ったり、地べたに直に座ったりしていた。レイとアラネアは、黒板の前にたち、いよいよ開校を宣言する…


「これより! チパシのみんなの学校を始めます!!私は校長のレイ先生です!どうぞよろしく!」


レイははじめこそ緊張で声がうわずっていたが、挨拶が終わった途端、腹が据わったように落ち着いた表情になった。


「はーい、じゃあみんな!文字が読める人、手を上げて!」


うわああ、 と、うれしそうに多くの子どもが手を上げたが、中には、嘘つくなよ、と突っ込まれて手を引っ込めるものもいた。


「それじゃあ、上手にお手紙が書ける人は?」


子ども達は静かになって、手がバラバラとと下がった。


「じゃあ、100まで数えて、数を足したり引いたりできる人?」


そのまま手を上げていたのは、わずかなこどもたちだった。


「教えてくれてありがとう! この学校では、みんなが、面白い本を読んだり、大切なお友達にお手紙を書いたり、大きな数を数えたりできるようになります!とても楽しい学校にします! そして、毎日授業の終わりには、紙芝居のご褒美がありますよ!」


そして、レイの授業がはじまった。レイがお手本に、黒板に文字を書く。一文字ずつ丁寧に、なんの言葉につかわれるのか、楽しく小話を挟む。そして、アラネアが生徒代表として、レイの隣に文字を書いてみせた…下手くそだが、力強い文字。書ききると、アラネアは満足そうに笑顔で、こどもたちの方を見る。へたっぴだ、と笑う声もあれば、しーんとして、真剣なアラネアに見入る子もいる。


さあ、みんな書いてみましょう。


レイが言うと、こどもたちはレイ手書きの教科書を、何人かで覗き込みながら、紙のうらや、地面に、鉛筆や小石や木の棒で、文字を書いた。誰もが一生懸命な様子だった。レイや、アルミナや、ルーナはこどもたちの間を見て回って、話をしたり、一緒に手を動かしたりしていた。初日の授業は、わずか3文字をこどもたちと練習して、しかし、あっというまに2時間ほどがすぎていた。


「はい、それでは、今日の授業はここまで! みんな、すごいがんばったね!そんなみんなのために、毎日授業の最後には、紙芝居をします。」


アラネアが意気揚々と、前に躍り出てレイの隣に立ち、レイは手作りの紙芝居を高く持ち上げた。その絵は…アラネアとレイの合作なのだろう。アラネアの迫力のある絵の上に、レイが柔らかい色彩を重ねている。表題は、”アラネアの冒険”。


ー昔々、ルシスの古い村に、アラネアちゃんが住んでいました。世界にまだ、朝がなかったころのお話です。ある時、村は、怖い化け物に襲われました。アラネアちゃんは、必死に走って逃げました。


おどろおどろしいシガイの姿が、描かれている。小さな子どもたちは、ひっと、小さな悲鳴を上げていた。


ーアラネアちゃんはとても足が速いので、化け物から逃げることができました。しかし、お母さんとはぐれてしまいました。お家がわからなくなって困っていると、大きな生き物が、アラネアちゃんの前に現れました。


大きな生き物の絵は…きちんと、ガルラの特長をとらえていた。


ーそれから、その大きな生き物は、アラネアちゃんの新しいお母さんとなって、アラネアちゃんに食べ物をくれたり、一緒に寝てくれたり、怖い化け物から守ってくれたりしました。しかし、その大きな生き物は、あるとき、暗い洞窟の中に横たわり、死んでしまいました


暗い洞窟に横たわるガルラと、それ見て泣くアラネアの姿。それはとても悲壮感ある絵だったが、紙芝居の横で、アラネアが泣きまねをすると、その姿がとてもコミカルだったので、子ども達は思わず噴出していた。


ーあるとき、太陽が空に昇りました。アラネアちゃんはびっくりしました。はじめてみる太陽です。とてもまぶしくて、とても暑い…はじめ怖がっていたアラネアちゃんは、だんだんと興味が沸いて、太陽の見える海岸へ出て行きました


次の絵は…海の上に上がる太陽と、それをまぶしそうに見えるアラネア。


ー太陽って…怖いと思ったけど、暖かくてやさしいんだな。アラネアちゃんがそう思ったとき、突然、大きな唸り声が聞こえます。見ると、黒い怪物がものすごい速さで海岸のほうへやってきます。その黒い怪物には、二人の人間が乗っていました。


黒い車の上に載っているのは、プロンプトとノクトだ。


「はい!今日のお話はここでおしまい! 続きは、また、明日の授業の後でね!」


とレイが紙芝居を片付けた。こどもたちは、ええええ! と不満の声を上げたので、紙芝居は大成功だったようだ。あのあとどうなるの? あの怪物って車だよね? などといいながら、昼食の準備がはじまった広場の方々にこどもたちは散っていった。


ノクトとハルマは、午後、呼ばれて本部に向かった。昨日の、ゴートナダの探索の報告と、今後の活動方針を決めるためだ。ブディ、エド、ゴダールが会議室で二人を待っていた。


「2頭引きの馬車で行きは荷台に乗っていって、向こうで使えるものを回収して…帰りは徒歩で帰る。滞在時間を1日半として…最大限効率よく回収をしようとすれば、8人くらいは欲しい。…最低でも5人だな。魔導兵も数体はいるし、最低でも二人は周囲を警戒している必要があるだろう」


ブディが言うと、ゴダールは難しい顔をして、


「さすがに8人の確保は難しいな。5人だとして…ブディ、エド、ノクトとあとの二人は内地から選ぶか…」


としばし考えるように目を瞑った。

ノクトはすぐに、


「ちょっと考えがあるんだが…」


と言いかけたが、そこへ被せるように、ハルマが口を開いた。


「俺からも提案がある」


ノクトははっとしてハルマを見た。ハルマは、いつになく真剣な目つきで、ノクトを見つめ返していた。それで、彼になにがしかの考えがあるのだろうと思って、ノクトは黙った。


「昨日騒いだ連中…というわけじゃないんだが、難民から人手を確保しよう。連中の住居の資材として利用するんだ…協力を要請するだけの理由がある。彼らは、無力な保護すべき集団じゃない。疲弊はしているが、力を使いたがっているはずだ」


ノクト以外の3人は、驚いた顔をして、ハルマを見た。


「ニフルハイムの傷は深い…俺たちの力だけでは復興は無理だ。まだまだ、困窮している連中が中心部に取り残されているはずだ。今、命があるものたちすべてが、その力を出し切って連携しなければ、復興など到底できない」


ゴダールは、しばし難しい顔をしてハルマを見ていたが、やがて、昨日のノクトに見せたように、ふっと笑った。


「一晩で、随分人が変わったみたいじゃないか…」


独り言のようにつぶやく。


「わかった。では、今後、資材の回収と新居住地域の計画はお前に任せる。俺は内地の調整で手がいっぱいなんでな、お前が引き受けてくれれば大助かりだ」


ハルマは一瞬怯んだように見えたが、すぐに気を取り直して胸を張った。


「引き受けたよ。この男は助っ人に借りるぞ」


といって、ノクトの首を引き寄せた。


「おお…?」


ノクトは苦笑した。


ハルマの計画では、ブディ、ノクト、ハルマの3人に加え、5人を難民から確保する。しかし、難民を奴隷のように命令して強制的に働かせることはできない。ノクトとハルマは、それぞれ、めぼしい者ひとりひとりに声をかけることになった。ノクトは真っ先にジョルオに声をかけた。ジョルオは戸惑っていたが、承諾した。騒ぎを起こしたほかの男達の反応には温度差があった。ジョルオを含め、色よい返事をしたのは3人だ。難民達は、それぞれ別々にこの集落にたどり着いており、もともと繋がりはない。まったく統率が取れていないのだ… 昨日の騒ぎも、誰が先導したというより、誰かの騒ぎにたまっていた鬱憤を晴らそうと便乗しただけのようだ。

あと二人は、騒ぎには参加しなかったものたちから確保できた。その二人は、こどもをレイの学校に生かせている父親達だった。


夜明けと共に、男達が集落の入り口に集まってきた。ハルマに起こされて眠気と戦いながらノクトが来た時には、ブディは先導する予定の車に滞在するための物資を詰め込みおわって、声をかけていた男達も集まっていた。
しかし…ノクトはひとり、見知らぬ男が混じっているのに気がつく。そう言えば、代わりにジョルオの姿がない。

「あんたは…?」

男は眠そうな目をこすりながら

「ジヨルオのやつが今朝になって腹がいてぇっ言うんで、交代したんだ。オレはニムスだ」

と言った。ニムスは…他の難民のように細く痩せ細ってはいるものの、どこかしら鍛えられたような体つきをしている。ノクトは何か引っかかるものを感じながらも、

「そうか。それは助かる」

と言って、男の肩を叩いた。思った通り、ボロボロのシャツの下に、硬い筋肉の感触があった。

「では、馬車の荷台に乗ってくれ」

ブディが声をかけると男達はばらばらと荷台に乗り込んだ。ノクトは、ハルマに目配せして、最後に荷台に乗る。ハルマは応じるように、少し目を伏せから自分は、馬を操るべく前へ座った。

「ゴートナダは、どうなんだ? まだ魔導兵がうろうろしてるのか?」

男のひとりが不安そうに、聞いた。騒ぎを起こしたひとりで、確か…マルコといった。ハゲ頭の中年の男だが、どうしてあんな騒ぎに参加したのかと思うくらい、非常に気の小さい男だ。彼ははじめ、ノクトにこの遠征に誘われて、気がすすまないような返事をしたのだが、ノクトが去ろうとした時に、慌てて参加を申し出た。そして、ついイライラして騒ぎに便乗してしまったのを謝罪した。

「武器は支給してくれないのか?」

とんがった顎の痩せた男がおどおどして、聞く。これも騒ぎを起こしたひとり。ダンと言ったか。ハルマが声をかけて来たやつだ。

「安心しろ。魔導兵はそんなに多くはない。運悪く遭遇したら、こっちで対処する。」

騒ぎを起こしたこの3人は、とくに知り合いという感じでもなさそうだ。それ以上話もせず、お互いにそっぽを向いている。一方、父親達はお互い顔見知りらしく、静かに話をしていた。

まさか、ルナフレーナ様に教えていただけるとはな

ああ…娘が久しぶりに明るい顔をした…

馬車は古い農道をまっすぐに進んだ。ジープは、あまり離れないようにと前方をゆっくり走る。日が昇ってあたりが明るくなると、男達は暑さに上着を脱ぎはじめた。

マルコは、ただでさえ、でっぱった腹に、だぼだぼのズボンを履いていたが、腰に上着を巻きつけると、まるでサーカスのピエロのように滑稽だった。そう言えば、ニムスだけははじめから上着を脱いで腰に巻いていたのだった…武器を隠そうとすれば隠せるかもしれない。ノクトはチラチラと彼の腰を気にした。

昼近くになってようやく、ゴートナダの町が見えて来た。先導していたジープが止まって、ブディが降りて来た。

「この辺りで、休憩しよう」

男達はまた、ばらばらと荷台を降りて体を伸ばした。

「乗っているだけでも、さすがに…数時間ぶっ通しはきつい」

マルコはダラダラと汗を流しながら、腰を伸ばしていた。これだけの食料難でその体型を維持できるのが不思議だな…と、ノクトは呆れて、その緩みきった腹を眺める。

ノクトは、食事を配ろうとトランクを漁っているブディに近づいた。ノクトはただ、手伝おう、と言っただけだったが、ブディはノクトの方を向かずに、

「あの、突然来たやつが気になるか?」

と聞いた。

「ああ…身体つきを見ると、ただもんじゃなさそうだ。それに、腰に巻いてる上着の中身が気になる」

「身体検査をしよう」

「え、しかし、いきなり…」

「疑心暗鬼になるより、お互いのためさ」

と、ブディは言うと、すかさず、

「ニムス!悪いが、ちょっとこちらまで来てくれ!」

と呼びかけた。ニムスは、ちょっと怪訝な顔つきをしたが、おとなしく、ひとり車の方まで来る。ブディは慣れたもので、他の連中の視界を遮るように車の前方まで誘導すると、

「ちょいと、昨日の騒ぎで神経質になっててな。悪いんだが、身体検査をさせてもらっていいか?」

と聞いた。ブディの表情は非常に柔らかく、さほどの強い疑いもないんだが、と、相手を安心させる雰囲気を醸し出していた。さすがだな…と、思う。やましくなければすぐに応じるだろうし、やましければ動揺するはずだ。ニムスは、ちょっと、呆気にとられるような表情をしたが、首をすくめて

「まあ、構わねぇよ」

と、素直に両腕を上げてボディチェックの体制を取った。ブディは手早く衣服の上から、体に触れる。まるで警察がするように鮮やかだ。

「問題ない。助かったよ。これで落ち着ける」

「どういたしまして」

ニムスは、可笑しそうにニヤリと笑った。

「ついでだから、手伝ってくれ。みなに食事を配る」

と言って、もう何事もなかったように、食料の入った箱を渡す。あいよ、ニムスは素直に受け取って、男達が腰を下ろした木陰の方へ運んでいった。

「勘ぐりすぎだったか…」

後ろ姿を見送りながら、ノクトが小声で呟く。

「いや」

ブディは、声を低くして答えた。

「確かにただもんじゃない。警戒したほうがいい…武器はどこかで手に入るかもしれないし、油断した相手なら後ろから首を締めれば済む。交代で見張ろう。あいつに背中を向けるなよ」

ノクトはブディの言葉にやや驚きつつ、小さく頷いた。

昼食後、また一行は出発する。今度はノクトが運転を代わり、街のはずれまで進む。ブディに言われて、もう、街まで距離もないため、先に進んで待つように言われた。先に、街の様子を調べてとりあえずの安全を確認する。近場に魔導兵の気配はない…

今日の予定は、近場の回収ポイントで少しの作業、あとは、野営の準備。2泊3日の遠征は、中日となる明日が本番だ。計画では、ブディ1人がさらに遠方まで探索する予定だったが…予定は変更。グループを二手に分けて、回収に当たる。
しばらくして、馬車がたどり着いた。ブディが今日の配置について説明したのだろう…馬車が止まるや否や、二手に分かれた。父親1人とダンがブディについて、先日の通信局までめぼしいものを回収しに出かけると、残りのメンバーは目をつけておいたポイントで資材の回収にかかる。先日持ち帰った無線がうまく機能したので、ノクト、ハルマ、ブディの3人が無線を持って出かけた。ノクトとハルマは残りのメンバーを率いて、車と馬車と止めた場所より、徒歩で20分ほどの場所を目指して誘導する。そこは、10年前当時に建築中であった新興住宅街だ。建築資材がそのまま山済みとなっていた。

二人一組になって角材を運び出す。暑い日差しの中、何往復もするのは地味に堪える…マルコは早々に、息が上がって水をがぶ飲みするので、見かねたノクトが、物資は限られていると忠告するほどだった。マルコは、面目ないという表情を見せながら、他の面子が必死に資材を運ぶのを度々休憩しながら眺めていた。人材の選択を誤ったかな…と、声をかけた身としては責任を感じる。


使えねぇデブだなぁ…

父親の一人とペアになって角材を運びながら、ニムスがボヤくのが聞こえた。






















0コメント

  • 1000 / 1000