Chapter20.6-王の婚礼-

ノクトがテヨと話ができたのは、翌日の夕方だ。それまで、風車の電力供給が安定しなかったため、電力の状態を見ながらアルミナとゴダールがかわるがわる通信を行っていた。必要な話は二人が済ませるだろうと、漫然と構えていたノクトが、テヨが話をしたがっていると呼び出されたのが昼ごろで、そこから実際に安定して通話ができるくらいの充電に夕方までかかった。


ーもしもし?


ノクトは遠慮がちに声を出した。プロンプトが電力状況を確認しながら、グッドサインをだしている。


ーこちら、チパシのノクティス…もうすぐ日暮れだが、暑くてまいるわ


ははははは、と笑い声が聞こえてきた。


ーこちら、オルブビネのテヨです…ようやく、声を聞かせていただけましたね。


昨日、はじめて通信が通じたときとは違い、テヨの声はいつもどおり、落ち着いていた。


ーああ、待たせたな。なかなか電力が安定しないんだ…


ーいいんです。本当に…貴方とプロンプトさんには感謝してもしきれません。アルミナを見つけていただいてありがとうございました。


ー見つけるも何も…集落まで来ただけさ。それに、こちらも、礼を言わせてくれ…おかげで、ルーナに会うことができた


少しの間が入る。


ー…さぞかしお怒りだろうと思っていました


ーまさか。会わせてくれただろう…黙っていた事情はだいたいルーナに聞いたよ


ー私は、危うく、父が貴方にも墓を掘らせるのではないかと冷や冷やしました


ー確かに。それは、ありえたな


ノクトは笑った。


谷に匿われて3年…ルーナの精神的な落ち込みが酷くなり、見かねたクヌギは、ルーナに自分の墓を掘るよう指示した。生きる意志のないものは地中に眠るがいいと言いはなって。ルーナは実際に、相当の時間をかけて一人でその墓穴を掘り起こした。その時の心境を…本当に死ぬつもりであったと語った。しかし、掘り終えてみると、不思議な清清しさに満たされていた。墓は、古い役割にとらわれたルナフレーナを葬り…そして、新しく生きようとするノヴィアを生み出した。ルーナは実際に、墓に収めた棺にも、横たわったらしい。そのときの不思議な感覚を、ノクトにこう語った。

それは、苦しいものではなく…なんという安らぎであったでしょうか。今まで自分は、回復することを、できうるかぎり前と同じになること、それを癒しだと思っていましたが…それは間違いでした。真に癒されるとは、古い自分を捨て、新しい自我に芽生えることー


冷静に考えると、よほどの荒治療とは思うが…クヌギらしい。


ー…父は、貴方はなんとしてもルシスに帰るべきだと…まだルシスで果たすべきことがあると考えていたようです。だから、生死がわからない以上、打ち明けるべきではないと…


ノクトは、唸った。もし…ノクトがノヴィアの正体を知ったら、確かに、冷静ではいられなかっただろう。そして、万が一、チパシの集落に一行が見つけられなかったら…ニフルハイムを延々と彷徨い続けたかもしれない。


あれだけ悪態をつき、自分を蔑んでいるように見えたクヌギが、…オレに、ルシスの王としての役割を期待しているってことか…?


あの男の真意は…まったく、わかりにくい、と苦笑する。


ーところで、チパシまでの道ですが、聞いたところでは寸断されたと…


ーああ、おそらくな… 県境の山道が酷い状態だ。しばらく通るのは危険だろう。…道路を復旧するにしても、雨季の終わりを待つ必要がある

ー迂回する道もありますが、県境はどこも似たような状態かもしれませんね。

通信機の向こうで溜息が漏れる。

ーこうして連絡は取れてるんだ…安心しろよ。雨季の終わりまでたかだかふた月だろ

ーそうですね…

ー心配してるのは、アルミナのことか?

ーええ… 私がお願いしたこと、覚えておいでですか

ーもちろんだ

ー改めて、妹をよろしくお願いします

ー任せろ。こちらは今の所大きな危険もないし、腕の立つのが揃ってるからな

テヨも、妹のこととなると過保護だな…ノクトは苦笑した。


通信を終えて、離れたところの木陰に避難していたプロンプトに手を振る。


「終わったぞ」

「そう、じゃあ、オレ、メンテしてから戻るからさ。ノクトは先に帰っていいよ」


ノクトは親友の意外な言葉に面食らって


「なんだよ、付き合うよ。どうせもうすぐ夕飯なんだし…」

プロンプトは、それには答えずに、通信機をいじり始める。

「それとさ、あーちゃんが、今日からしばらくレイさんとこで世話になるって。あそこの家族にすっかり気に入られたみたいで」

「そうか。相変わらずすげーな、あいつは」

ノクトは笑った。

「あーちゃんも、オレと2人じゃ寂しそうだっからね…ほら、あの寄宿舎、無駄に広いし。これから改装して、難民の家族を受け入れるらしいんだけど。」

ノクトは、なんとなく胸が痛くて黙る。

「あと…今夜からオレもさ、夕飯はキリクたちと取るからさ」


え…と、ノクトはプロンプトの顔を見る。なんだよ急に…。プロンプトは、笑って


「毎日毎日押しかけられて迷惑って顔してたよお。そりゃ、新婚だもんね」

ノクトは罰が悪そうに、うつむいた。

「そんなこと…」

「いいんだよ。2人ともこれまで大変だったんだからさ。しばらく2人でゆっくりしなよ。実は昨日、ゴダールさんに説教されてさ、みんなして猛反省したの。ブディも、明日は2人はゆっくりしてくれって」

「ゆっくりって…」

「ピクニックでも行ってきたら? 」

プロンプトがウィンクする。
さあ、そうとわかれば、早く帰った帰った、とプロンプトはノクトを追い払う。お、おう…ノクトは戸惑いながら、一人で丘を下った。


なんだか気を使われたみたいだな… 


確かに毎日のように、アルミナやプロンプト、アラネアが夕食に来ていた。最近ではそこにキリクが混じることも多くなっていて、賑やかだった。内心、うっとうしいな、と思いつつ、ルーナは客人が来ることを喜んでいるように見えたし、顔には出さないようにしていたのだが…と、ノクトはちょっと罪悪感を感じる。一方で、ああ、今夜から二人で静かな時間が持てるな…と、素直にほっとした。


家の戸の前に立った。明かりは灯っているが、いつもとは違い、家の中は静まりかえっている。ノクトは、そっと戸をノックした。ルーナはいつもの通り、待ちきれないように扉をあけて、ノクトを向かい入れる。満面の笑みを向けて…今日は、遠慮する必要がないんだよな…ノクトはたまらずに抱き寄せてキスをした。


「ただいま」


ルーナは年下の夫の節操のなさを、可笑しそうに笑って、たしなめるようにその頬に手を触れた。ノクトはちょっと恥ずかしくなって、顔を赤くした。

居間のほうを見ると、食卓に、二人分だけの料理が用意されていた。いつものにぎやかさに比べると、がらんとして見える。


「今日は静かだな…」


「寂しいですか?」


「まさか。ようやく、ゆっくりできるだろ」


ノクトはいたずらっぽく笑った。そして、二人は寄り添うように食卓についた。


「テヨと話したよ。ルーナにもよろしくって」


「テヨ様はさぞかし、安心されたでしょう…あの方は本当に妹思いですから。アルミナのことだけでなく、あの若さでいつでも谷の民に心を掛けて…ご立派な方です」


ルーナの言葉からは、テヨへの尊敬が伺えた。はるか年下の若者ではあるが。


「ああ、頼りになるやつだ。テヨなら…あの親父の跡をついでも何の心配もないな。オレの若いころとは大違いだわ」


ノクトのことばに若干の僻みが聞こえた。ルーナは笑って、拗ねた横顔をつっついた。


「もう、そんなことをおっしゃって…」


「ほんとうさ、オレがあの歳のころは、グラディオたちにどやされてばかりだったわ…今も、立派とはいえないけどな」


ルーナは急に真剣な顔をして、首を振った。


「いいえ、ノクティス様は…本当にご立派です。私は今までも…これからも貴方を誇りに思います」


ノクトは少しだけ胸が苦しくなるような気がして、目を伏せた。テヨから聞かされたクヌギの真意を、急に思い出していた。ルーナを見出す数日前まで、ルシスに帰ることなどまるで想像できなかった。王都を旅立つときも…あるいは、もうルシスへ戻らないかもしれないと、脳裏を掠めていた。ルーナも、テネブラエには戻らない覚悟で、一度その名前を捨てた…ノクトがルシスへ帰るといえば、きっとついてきてくれるとは思う。テネブラエの民の多くはルシスに避難しているというし、二人の帰還は両国民に歓迎されるだろう。


オレは願いをかなえてルーナを見出し…世界はようやく完成した。ルーナを連れてルシスに戻るのは順当なのだろうが…なぜか、まだすっきりとしない。


ルーナは心配そうにその顔を覗き込む。ノクトは、すぐに顔を上げて、安心させるようにその頬に手を触れて微笑んだ。


「なあ、ルーナ。これまでのこと…後悔はない。正直しんどかったがな。オレ達は、そのしんどい使命を全うして…一度死んだんだ。だが、これからは…もう、使命のためにルーナを苦しめたくはない。貴女に嘘はつかせない」


「あら」


とルーナは驚いた顔をした。


「私がノクティス様に嘘を?」


「ついたろ。…幼いころからずっとな。ずっと自分は大丈夫だと、手帳にもそんなことばかり描いてあった。それに、別れ際に…会いに来てくれただけで十分だ、とも言ったよな。…あれは本当か?」


ルーナも、そのころの辛さを思い出したのか、急に目が潤んだ。ノクトは慌てた。


「ごめん、辛くさせたか…」


ルーナは目を潤ませながら首を振って、そして微笑んだ。


「…ええ、確かにおっしゃるとおり、嘘です。貴方の声をこうして傍に聞いて、そして手を触れたかった。ずっと…」


そして、自分の頬に触れていたノクトの手を取って、手のひらにキスをした。ノクトもあの辛い別れを思い出して感情がこみ上げた。目を潤ませながら、ルーナの額に自分の額を寄せる。


「もう、決して…オレに嘘をつくな。辛いときは、辛いと言ってほしい…」


ルーナの瞳からぽろっと涙がこぼれた。


「はい…そして、ノクティス様もそうしてください」


ノクトも頷いて見せた。

その夜、二人はまた、お互いの傷にやさしく触れながら、長い夜を過ごした。


次の朝、ルーナはバスケットに二人分のお弁当を用意して、明らかにテンションが高い。何もすることがないので、プロンプトの提案どおり、ピクニックにでも行こうということになったのだ。このくそ暑い中にピクニックか…と、あまり気乗りしていなかったノクトも、嬉しそうなルーナの様子を見て、まあ、これも悪くないな、と思い始めていた。

弁当の用意ができると、二人はチョコボの牧場に向かった。左手にバスケットを抱えつつ、右手にしっかりとルーナの手を握って、ノクトは、風車とは反対方向の緩やかな丘を登った。ルーナは日よけにと、ケープを頭に巻いていたが、その姿もまた美しかった。ノクトはついつい、その顔に見とれる。


チョコボたちの牧場は、強い日差しをよけるために、森の中にあり、二人はチョコボに混じって日陰に入った。その毛並みを撫でたり、餌を食む様子を眺めたりして、静かな時間を過ごした。

チョコボの牧場の傍で、弁当を食べた後、そのすぐ傍の小高い丘に登る。見晴らしがいいから、とルーナがノクトを誘った。ちょっとした急坂を登って、二人は、崖の上にでた。チパシの外の、荒れ果てた荒野が望めた。遠くのほうに、ゴートナダの町もみえる。


ルーナは、息を呑むように、しばし荒野に見入っていた。傷ついた世界を憂うように…そこには、懐かしい神凪の表情があった。


「…なあ、ルーナ」


ノクトはその横顔に呼びかける。ルーナは、ノクトのほうを振り返って、いつものように微笑んだ。憂いは消えていた。


「ルーナは…この先、どうしたい?」


突然の問いに、困惑した様子を見せる。それから、ノクトの真意を探るようにその目を覗き込んだ…


「昨日も言ったとおり、オレ達は一度死んだ。…今この場所にいるオレ達は、何のしがらみのない、名前のない二人だ。もし、そうだとしたら…どうしたい?」


ルーナは、ノクトの問いかけを受け止めるようにしばし目を閉じた。そして、ゆっくりとまた荒野のほうを向く。


「ノクティス様…この間お話したように、私は、一度、ルナフレーナと言う名前を捨てました。それは、本当に、”ルナフレーナが死んだ”と言う意味においてです。これ以降、彼女と縁のあるものをすべて絶って、そして、まるで違うノヴィアという新しい人生を生きると…強い覚悟でした」


ルーナの眼差しは、そのときの覚悟を示すように力強かった。


「ノクティス様…ルナフレーナは本当に、確かに死んだのです。私はこの数年間、新しい人生を歩く喜びで満たされていました。誰でもない、本当の自分がようやく生まれような気がしたんです。…でも、世界に再び日が昇るのを目にしたとき…忘れていた悲しみが再び私を襲って。それでも…前を向くべきだと。貴方の残した世界をしっかりと受け止めて、ノヴィアは生き延びなければならない...でも、何のために」


ルーナの声はだんだんと苦しそうになった。ノクトは、たまらずに、彼女の肩を後ろから抱いた。ルーナはその腕にやさしく寄りかかるように顔をもたげる。


「チパシの救援の話があがったときに…私は、この世界で自分がどう生きるべきか見極めるために、傷ついた外の世界を見ようと思ったのです。しかし…その傷は深かった。自分の無力さに打ちのめされそうになるほどに…」


そして、荒れ果てたニフルハイムの大地をもう一度眺める…


「まだ…自分の胸のうちを、自分でもわかりかねています。でも、ただひとつ確かなことは…貴方のそばをもう決して、離れたくない…」


ルーナはノクトのほうを振り向いて、まっすぐにその目を見た。両手でノクトの頬に触れ、悲しそうな目にそっと微笑を浮かべて口づけをした。ノクトはルーナをしっかりと抱き寄せた。


「大丈夫、もう離れない。この先どこへ行こうともな」


その時、なぜかルーナが、可笑しそうにふっと噴出したので、ノクトは不思議そうにその顔を見た。


「キリクに…すごく呆れられてしまいました。あんな覚悟で名前を捨てたのに…貴方が現れたらその覚悟がすべてどこかへ消えてしまったって。」


「そうか…」


ノクトは、キリクの名前が出て内心ドキッとした。


「…キリクとは親しいんだな」


なかなか口にできなかったことがポロっと出る。しまった…と思いつつルーナを見ると、彼女は、屈託のない笑顔を返して、頷いているだけだった。


「キリクは…私にはじめてできた、親友です。キリクが谷に来たのはほんの3年前なのですが、ちょっとしたきっかけで、私のこれまでの苦悩をすべて聞いてくれたことがあって…それ以来、私がくじけそうになるとずっと、励ましてくれていたんです」


親友…とはっきりと言われると、ノクトに複雑な心境が沸き起こった。ルーナには…これまで、親しいと言える友人の気配がなかった。神凪という難しい立場なら、仕方がなかったかもしれない。それが、ノクトの知らない時間、ルーナとすごした親友…ガードの固そうなルーナが、異性との親交をはぐくむこと自体が、ノクトにとって信じがたいことだ。

しかし、屈託のないルーナの笑顔を見ていると、邪推する自分が浅ましい感じがする。


「キリクは…谷の人間じゃないんだな…」


ノクトはショックを誤魔化しつつ…かろうじて、当たり障りのない感想を述べた。


「違います…3年前にキリクがひょっこり現れたときは、本当にみな驚きました。あの闇の中を一人ですから…」


「え? 一人で?」


これには、ノクトも素直に驚いた。


「バイクで方々回りながら一人で谷に来たみたいです。バイクなら小回りが利くしシガイにもつかまらないなんて言ってましたが…みなとても信じられなくて。本当は、すぐにチパシにも行って見ると言い出したのですが、クヌギ様はお許しにならず、これまで谷に留まっていました。」


「もとはどこの人間なんだ?」


「それが…いつもはぐらされてしまって。クヌギ様ならご存知なのかもしれませんが」


ルーナは苦笑した。なんでも知っているわけじゃないなんだな…と、なぜかノクトはほっとしてた。


あまりの暑さに、ノクトたちは早々と高台から退散した。強い日差しに追い立てられるように丘を下る。急坂なのでルーナに手を差し伸のべながら、


「ところでルーナ…その、もうやめろよ…”様”をつけるのは」


と言った。あ…、とルーナは驚いた顔を向けた。


「もう…夫婦なんだからさ」


ノクトはちょっと恥ずかしそうに鼻を掻きながら、言う。ルーナもはにかむように、俯いて、それから、にっこりと笑った。


「そうですよね…わかりました」


そして、ノクティス…と遠慮がちに小さな声でつぶやいた。恥ずかしそうにほほを赤らめて。ノクトは、またつい胸がきゅんと締め付けられて、思わずルーナを引き寄せては、その唇に軽くキスをした。

おーい、とその時、呼びかける声がして、二人は慌てて離れた。見るとブディが牧場の柵によりかかりながら二人を待っていた。多分...キスには気がついていないのだろう。ルーナは恥ずかしそうにノクトの背中に隠れるようにした。ノクトはできる限り平静な顔を急ごしらえして、坂を下った。


「どうした?」


「ふたりでゆっくりしろ、なんて言っておいて申し訳ないんだが…ちょっと相談があってな。ノクト、顔をかしてもらえるか?」


ノクトはちらっと、ルーナを見た。ルーナは、平静さを取り戻して、微笑んで頷いていた。


「荷物は…私が持って帰りますから」


と、ノクトの手からバスケットを受け取る。


「遅くはならんさ、すぐにお宅にお返しするよ」


「ふふ。どうぞ、ごゆっくり」


ノクトはルーナと分かれて、そのまま牧場を横切るようにしてブディの後に続いた。


「本部か?」


「いや、ゴダールの屋敷だ」


ゴダールの屋敷につくと、これまで入ったことのない、奥の客間のようなところに通された。家の者がすぐに飲み物を二人に振舞った。


「今日も暑かったでしょう…」


井戸でくみ上げられた冷たい水で、果物を漬け込んだシロップを割ってある。ノクトとブディは汗を拭きながら、一気に飲み干した。二人が生き返ったようにため息をついていると、ゴダールが部屋に入ってきた。


「待たせたな」


ゴダールは、ブディとちょっとだけ顔を見合わせると、すぐに切り出した。


「実はな…おせっかいとは思うんだが、二人で結婚式を挙げないかと思ってな」


はあ?! とノクトは驚いて裏返った声を上げる。


「なんだってまた…」


「いろいろと事情があるんだ…」


ブディは苦笑して口を挟む。ゴダールも苦笑いをして


「ちょっと..お前達が目立ちすぎるんだ」


と言った。


目立ちすぎる… ハルマも似たようなことを言っていたっけ、とノクトは思い出す。


「どちらかというとルナフレーナの方だがな…最近になって、かつての神凪じゃないかと思うものが増えてきて、俺やブディに聞いてくる村人が後を絶たない。適当にごまかしては来たんだが…もう限界だろう」


「で、いっそのこと、二人の正体を公にしたほうがいいんじゃないかとね。…この村も、この10年の間に外からも人が入ってきて、正直、公表すべきかどうか迷ったんだが…しかし、こうなってはいっそのこと明らかにしたほうが、こちらも保護がしやすい」


ブディの言い回しには少々引っかかるものがある。


「保護って…」


「実は…外から入ってきた者達の中に、少し怪しい動きをしている連中がいる。難民が増えて、塀の外の治安も不安定だ。今、住居の計画を新しくたてているところだが、二人にはこの屋敷の近くに移ってもらう。それも…いろいろと、利権がらみでめんどうでね。二人を優遇するのに、古い住民たちにはそれなりに説明がいる」


「しかし…正体を明かしてかえって反発を招くんじゃないか? ルーナはともかく…オレは敵国の人間だろ」


ゴダールは、笑って


「無用な心配だな。むしろ、ニフルハイムの民は、皇帝の支配下で苦渋の時代を生きてきた…今となっては、ルシスに対する反感はほとんどない。村の古くからの住民は、ルシス王に纏わる古い言い伝えも知っていることだしな」


そうか…と、ノクトはしばし、考え込む。二人の正体を明かすのに…結婚式は人目を引いて、村の祝福モードを盛り上げる都合のいいイベントなのだろう。なし崩し的にルーナとの生活をはじめてしまったノクトにとっても、けじめをつけるいい機会かもしれない。


「わかった。オレのほうに不満はない…が、一応、ルーナの意思も確認していいか?」


もちろんさ、とゴダールは笑った。

ルーナはこの提案を喜んで受け入れた。はじめ、恥らいつつノクトを伺うようにみて、ノクティスさえ良ければ…と言ったが、内心喜んでいるのがよくわかった。やっぱり、女性にとっては、特別なことなのだろう。そうは言ってもこの状況下だ。ノクトは、さほどの期待もしていなかった。形ばかり、式のような真似ごとをして終わりだろうと思っていたのだ…しかし、それから1週間がおおごとだった。

まず、式場となるお堂から、積み上げられた物資を本部へと移動させた。ただでさえ雑然としていた本部は、あっというまにダンボールの箱で埋まり、会議室は机の上まで箱がつみあがる。お堂は、綺麗に清掃され、飾り付けがされる。壊れ掛けた床板は張り替えられ、そして、お堂に明かりをともすためにプロンプトが奮闘した。ゴダール家裏の送電設備を通らずに、まだ生きている送電線の一部から直接新しい配線を敷いたのだ。お堂の明かりが灯ったとき…一同から歓喜の声が上がった。

さらに、式を前にしてノクトたちの引越しがはじまる。転居先は、申し訳ないくらいに立派な戸建ての家だ。これまで住んでいたのが、店舗を急ごしらえで家に改造したものなので、小さいながらに真っ当な家で住まうのはとても贅沢な気がした。家には、小さい庭までついており、誰かが気を利かせて、花が植えて込んであった。

ルーナは新妻らしく喜びもし、そして、申し訳なくも思った。自分たちが前いたところでは、難民の様子が良く分かり、屋根の下に住まうだけでも贅沢だと思っていたのに… しかし、もはや隠せなくなった神凪を保護するには、古い住民達が住まうゴダールの屋敷周辺に居住するのが、ゴダールたちにとっても好都合なのだ。

最後は…花婿の改造だ。いよいよ式が明日と言うときに、衣装合わせだと言われてゴダール屋敷に呼ばれてみれば…問答無用に風呂場に備え付けられた椅子に座らせられて、髪の毛を切られた。切ったのは村の古くからの理髪屋だ。慣れた手つきで、ノクトがのばしっぱなしにして、後ろで結んでいた髪の毛を、まずはばっさりと切り落とした。


「ここまでするかよ…結婚式なんて、花嫁だけ綺麗にしておけばいいだろう」


とノクトは文句を言ったが、張り付いて写真を取りまくっていたプロンプトは憤慨して


「なに言ってるの!!美しいルーナ様の横に立つんだよ!!!ノクトが綺麗にしてなかったら申し訳ないじゃないの!!」


と声を荒げた。

それで、仕方なくノクトはされるがまま…伸ばしっぱなしだった髭も、理髪屋の手で、ついに綺麗に剃られた。


「おお!!ノクトもなかなか、見違えるじゃん!!」


プロンプトは激しくシャッターを切った。ノクトは久しぶりに髭を落とした自分を鏡で見て…ふーんと唸る。


「こんな顔だったっけな…」


「10年前に比べたらさ、顔がひきしまったよ!髭の印象が強かったからそのせいかと思ったけど。随分、かっこよくなったんじゃない?」


そこへゴダールが入ってきた。


「お、男前になったようだな」


ノクトの顔を見て笑う。


「次は衣装合わせか…あんたは細身だから、息子より俺の礼服のほうがよさそうだな」


と言って、自分の服をいくつかノクトのために並べた。ゴダールの見立てどおり、彼の服はノクトにぴったりと合った。古いが…よく仕立てられた黒のジャケットに、ベスト。白いシャツの、糊の利いた襟がのぞく。


「バチっと決まってる!ルーナ様も綺麗なんだろうなぁ…明日、楽しみだなぁ」


プロンプトはうきうきしたように言った。


婚礼の朝、花嫁花婿は、準備のためにはやくから引き離されて、ゴダールの屋敷の別々の部屋にこもる。当然、花婿の準備はさっさと整ってしまい、ノクトは他の主要な男性陣と連れ立って、はやばやとお堂に入った。窓のない閉ざされたお堂に、特別に照明が増設されていて、美しく飾られた花々を照らし出していた。ノクトは言われるままに祭壇の前にたって、花嫁の到着を待った。次々とお堂のまわりに人が集まってきているのを、開かれた扉越しに見ていた。はしゃぐような若い娘達の声が聞こえている。お堂の中には、ゴダールの縁のものたちを中心に、ところせましと客人が椅子に着席している。ゴダールの妻が、入り口からお堂を覗き込み、準備ができたと、ブディに合図を向ける。客人たちは立ち上がった。そして、お堂の外で楽隊の音楽が始まった。

わああああああ と、外で歓声があがるのが聞こえた。美しい花嫁に、息を呑んでいる人々の背中が見えた。ノクトは、自分も胸が高鳴っているのを感じた。やがて、急ごしらえの白いワンピースで着飾ったアラネアが、いつになく頬を赤らめて、恥ずかしそうに花嫁を先導してくるのが見えた。アラネアの手から、ピンクや白や黄色の、色とりどりの花びらがまかれた。楽隊の音楽は厳かに、静かなテンポになっていく…花嫁の姿が、お堂の入り口に現れ、ノクトは息を呑む。

エドの妻が7年前に着たと言うドレスは、素朴ながらにその母親が一年を掛けて編みこんだ総レースの細身のドレスだ…清楚に首の周りまでレースで覆っている。短い袖もレースで縁取られていた。ルナフレーナの清純さを引き立てている。ルナフレーナは静かにお堂に足を踏み入れた。その手を引いているのはアルミナだ。アルミナはやや緊張した面持ちでルーナの足元を踏まないようにと、俯き加減でいた。服は、親族から借りたのだろう、紺のビロードのワンピースを着ていたが、アルミナには少し大きいようで、肩があまっているのが見える。

ノクトは…もう、ルナフレーナしか見えていない。ルーナはケープ越しにまっすぐにノクトを見て、微笑んでいた。短い髪の毛を白いリボンで巻くようにまとめていて、耳の後ろに小さな白い花が飾られていた。ゆっくりと…花嫁は花婿の隣に立つ。楽隊の音楽はやんで…一同は息を呑んで二人を見守った。


礼服を着込んだゴダールが二人の前に立っていた。ゴダールはまず、二人の後ろに参列するものたちに顔を向けた。


「チパシの古いしきたりに基づき、ノクティス・ルシス・チェラムと、ルナフレーナ・ノックス・フルーレの結婚式をとり行う。ここに参列するものはみな、二人の誓いの証人となり、二人がよき夫婦となることに力を貸さねばならない。愛し合う夫婦と、そこから生まれる家族は、村にとっての宝だ…ここに沈黙し、ここに参列するものはこの誓約を受け入れたものとみなす」


そして、誓約を拒むものが席をたつための沈黙の時間を持つ…もちろん、席をたつものはいない。


「では、ここに、二人の夫婦の誓いをはじめる。この女を妻に望む者、その名を明らかにし、己の誓いを語れ」


ノクトは、やや緊張して、すうっと深呼吸した。昨日、プロンプトとあーでもないこーでもないと考えあげた原稿が、すっかり頭から吹き飛んでいた。ただ…目の前の美しい花嫁を見る。


「私は…ノクティス・ルシス・チェラム。ただ一人の、つまらない男として、貴女の魅力の前にひれ伏し、貴女を敬う者だ。私のこの命を…貴女に捧げる。この命を持って貴女を生涯守り、いかなる時もその手を離さない。貴女の顔から微笑が消えることのないよう、すべての力を注ぐ」


ノクトは熱っぽくルーナを見つめながら、誓いを終えた。ルーナの目が潤み、そして会場からため息が漏れるのが聞こえた。


「では、この男を夫に望む者、その名を明らかにし、己の誓いを語れ」


ルーナも深呼吸をして、一瞬目を閉じた。その目が再び開いたときには、涙があふれんばかりだった。


「私は…ルナフレーナ・ノックス・フルーレ…」


ルーナの声は震えていた。


「ただありふれた…一人の人間として、貴方の尊さに畏れさえも感じる者です。私は、私の血肉のすべてを貴方に捧げ、貴方の命となることを喜びとします。…いかなるときにも貴方の傍にいて、貴方と私の…すべてを分かち合います」


そして、ルーナの目から涙が落ちた。


「…それでは、我らの神の御前で、誓いの口付けを交わし、夫婦として結ばれるがよい」


ノクトはルーナのケープを捲し上げた。そして、美しい頬に落ちた一筋の涙を手でぬぐって、そっと唇を重ねた。


ほおおお… とため息があちこちから漏れる。すぐ最前列からは、あー、ちゅーした!というアラネアの呟きが聞こえた。


「ここに、チパシの長として神に代わり、この二人を夫婦として宣言する」


途端に、わあああああ という喜びの声が上がって、拍手と歓声が二人を取り巻いた。それは、瞬く間にお堂の外に控えた観衆にも広がり、村の隅々まで波及していった。ノクトとルーナはお互い見詰め合ったまま、あまりの歓声に驚いて笑った。チパシの村から、無人の荒野に向けて、しばらく歓声が響き渡っていた。

























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