Chapter20.4-結び-

「あのぉ…」


プロンプトは遠慮がちに、アルミナに話しかけた。アルミナは、機械をいじっていた手をとめて、振り向く。プロンプトは、真っ赤な目と鼻に、もらい泣きしたあとが残っていたが、顔は笑っていた。


「あっちがなかなか、終わんないから、ご挨拶でも…と」


アルミナがプロンプトの後ろを覗き込むと、頬を寄せ合うようにしてまだ、同じ場所につったている二人の姿が見える。


「あれは…しばらく、終わらないでしょうね。何せ、10年分の話があるんでしょ」


アルミナはあきれたように言う。


「いやぁ、実質的にはもっとじゃないかなぁ…こどものころに離れたっきり、だったんだもん」


ふううん、とアルミナはあまり興味のない返事をした。


「しかし、まあ…生きていたとは驚いたけど…」


「あはは、だよね」


「貴方は、王様の護衛?」


ええと...と、プロンプトは言いよどんで


「一応…親友かな」


「親友? へぇええ、王様って、家来か何かを連れているんだと思ったわ」


「オレは、プロンプト。アルミナちゃん…だよね?」


「そうだけど…ちゃんづけは、やめてもらえる?」


と、不機嫌な顔をされた。


「呼び付けでいいから」


「そうか、ごめん!」


プロンプトは、いかにも父親ゆずりの強気な女の子だな…と、びくびくする。


「こっちは、アラネアのあーちゃん」


と紹介されたアラネアは、プロンプトの隣でしゃがみこんで、じーーーーっとノクトたち二人の様子を見ていた。


「ふううん、誰の子?」


「誰の子っていうか…海岸で出会ったんだよね」


アルミナは、わからない、という顔をして首をかしげた。


「で…ええと、風車を修理してるんだっけ? オレ、見てくれって頼まれたんだけど…」


「これ」


とアルミナはぶっきらぼうに、ぼろぼろになっている古い冊子を手渡した。


「こいつの取り扱い説明書。見ながら粘ったんだけど…もう、全然わからなくて」

と悔しそうだ。


どれどれ…とプロンプトは冊子を覗き込んだ。


「この風車、羽は動くの?」


「動くわよ。ほら」


と、アルミナは、すぐ傍の大きなレバーを引いた。止められていた羽が、風にのってゆっくりと動き始めた。なるほど…風車そのものに問題はなさそうだ。


「なのに、全然電気を送ってこない。」


うーん…とプロンプトは説明書と機械を見比べながら、あれこれいじってみた。基本的な、発電機能は…生きているみたいだ。発電を知らせる青いランプも灯っている。


「うーん、これは、送電のほうに問題がありそうだね」


「つまり?」


「電気は作られてるけど、電気を送るケーブルがやられてるんだよ。ここにあるのは、予備用の小さな蓄電機だね。本格的なのが、どっかにあるんじゃないの?」


「それは…あれかな、たぶん、通信機の脇のでかいやつ…」


「ケーブルはこいつか…」


と、プロンプトは地面に這わせてある太いケーブルを見た。ケーブルは、およそ道沿いに集落のほうまで続いているように見えた。


「どっかで断線してるんだな。だとしたら、ケーブルを辿っていって断線した場所を特定すれば…なおせるかも」


「本当?!」


すごい! といって、アルミナが尊敬のまなざしを向ける。


「やっぱり…外で教育を受けた人は違うわね。インソムニアって、大きい街なんでしょ」


その目は、大都市にあこがれるティーンエイジャーだ。ふふふ、とプロンプトは、少し安心して、微笑んだ。


「まあ、でかいね。インソムニアは…でも、オルティシエはもっとでかくでびっくりしたなぁ」


「そうなの!」


アルミナが目を輝かせて話を続けようとしたとき… アラネアがすくっと立ち上がった。見ると、向こうからノクトとルーナの二人が、寄り添うように歩きながらこちらに向かってくるところだった。


「わるいな、待たせて…」


ノクトは、泣きはらした目をしていたが、幸せそうな笑みを浮かべ、そして少し照れたように鼻の頭を掻いていた。ルーナは、目を潤ませて、そして、ノクトにしっかりと握られた右手が、まだ振るえているのが見える。


「ほら、ルーナ。プロンプトと、アラネアだ」


ルーナは、よほど握っている手を離したくないらしく、プロンプトに左手を差し出して笑いかけた。


「プロンプト様…やっとお会いできましたね」


ルーナは、泣きはらしてはいたが、そこにゆったりと包み込むような笑顔を浮かべた。


ああああああ、ホンモノのルナフレーナ様だ!!!!!


プロンプトは感激して、その左手を思わず両手で包み込むように握る。


「はい!やっと!!!お会いできて光栄です!!」


その声は上ずっていた。


「プロンプト様には、プライナをお助けいただいただけでなく...ここまでノクティス様をお守りいただいて本当に…」


ルーナは、また、感情が高ぶって泣き出してしまった。


「と、とんでもないですよ?!ええと?!ノクトが大活躍だっただけで、オレは別に?!」


すっかり舞い上がっているプロンプトに、ルーナは笑顔を取り戻していた。


「お前…握りすぎ」


ノクトはさりげなく二人の手を振りほどいた。あ…と、プロンプトが残念そうな声を上げる。

ルーナはアラネアのほうを見た。


「こちらが、アラネアさんですね。はじめまして、ルナフレーナです。私に会いに来てくださったんですね。ありがとうございます」


その時、アラネアの顔がぱああああ、 と明るくなって、目が輝いた。


「うん!会いに来たぞ!」


そして、アラネアは、わっとルーナの胸元に飛び込んだ。ルーナは、思わずノクトから手を離して、アラネアを両腕でしっかりと抱きとめた。


「ありがとうございます…ノクティス様を連れてきてくださって…」


アラネアは、嬉しそうに顔をうずめている。まるで、母親に会いに来たこどものようだ…。


えーと、と、アルミナはこほんと咳払いをした。


「ああ、ごめんなさい!!アルミナを紹介してませんでした。もう、ご存知と思いますが…オルブビネの神主様のご息女、アルミナです」


「そんな堅苦しい紹介じゃなくても…」


と、アルミナはちょっと口を尖らせた。


「こちらが、ノクティス陛下ね。まさか、神凪だけでなく、あなたまで生き延びるとは…父がよほどいらいらしたでしょう?」


ノクトは苦笑しながら


「だが、親父さんには散々世話になったんだ。感謝している」


と応えた。


「でも…なんで言ってくれなかったの、ルーナ様のこと。知ってたらあんなにさ…」


プロンプトは首をかしげた。


「それは、あの…私が悪いんです。ごめんなさい!!」


とルーナが突然頭を下げるので、プロンプトは、おろおろした。


「私が…神主様にお願いをしたのです。たとえ誰が尋ねてきても、死んだことにして欲しいと。」


「まあ、話はおいおいだ、プロンプト」

と、ノクトは打ち切った。ルーナが、ひどく取り乱して消耗しているのを心配しているようだった。


「感動の再会はすんだ?」


とげとげしい声がすると思って一行が振り返ると、キリクが先ほどと打って変わって、あきらかにイライラした様子で立っていた。


「…ったく、いきなりノヴィアを泣かせているとか、どういうつもり?」


ノクトを睨み付けて敵対心を露にしている。ルーナは、涙を潤ませつつ笑いながら、キリクのほうへ駆け寄って、その首に抱きついた。


「もう…今日は許してください。ねえ?」


その様子を見て、ノクトとプロンプトは度肝を抜かれていた…どういうことだ。

しかし、ルーナは、まるで悪びれもせずにすぐに、ノクトの元へ戻ってきて、その手をもう一度握って寄り添う。ノクトは、内心どぎまぎしながら、しかし、対抗心を燃やしてしっかりと手を握り締め、キリクを見返した。


キリクは、チッ と舌打ちをして


「堂々と偽名を名乗りやがって。悪いけど、そういうコソコソしたやつ、好きじゃないんだよなぁ」


「…悪かったよ。ちょっと回りが気になって警戒していただけだ。あんたらには打ち明けるつもりだった」


ふん。 とキリクは気に食わないように、鼻を鳴らした。


「ブディのやつが、あとで本部に来て欲しいってさ。お堂のはす向かいの建物だよ」


「わかった。すぐ行く」


キリクは、まったく気に入らないという様子で、ルーナのほうを時々振り返りながら、しかし、諦めて一人で先に集落に戻った。


いつの間にか日が傾いていた。


「もうこんな時間ね。戻りましょう」


アルミナが言って、それで一行はようやくだらだらと動き始めた。ルーナの手はまだ震えていた。まるで、ノクトから離れるのを恐れているように…ノクトはしっかりとその手を握って、ルーナをエスコートする。もう、何も恐れることはない…オレはここにいる。強く手を握り返すと、ルーナは恥ずかしそうに笑って見せる。

アラネアは、今はもう、ルーナに執着もせず、プロンプトとアルミナと一緒に、二人の前を歩いていた。早速、谷のことをアルミナに言って聞かせる。テヨはお兄さんだよな? クヌギはほんと、イジワルだよな…

ノクトとルーナは、そんな3人の背中を笑いながら眺めていた。


本部、と言われる建物は、昔、備蓄用の倉庫かなにかだったのだろう。簡易なトタンの屋根で作られていたが、この集落では間違いなく一番大きな建物のようだ。建物の前で、ルーナは不安な顔をしてノクトを見た。ノクトは、安心させるように、話が終わったら会いに行く、といって聞かせた。近くにいたアルミナは、呆れたように、ほら、あそこが二人の家だから…とお堂から程近くの古い民家を指差した。


「ルーナ…大丈夫だ。もうそばを離れない」

ノクトがルーナをしっかりと抱き寄せて、ルーナは震える腕でしがみついた。人目を憚らない2人の抱擁は、辺りにいた人々の目を引いていた。

しっかりと抱き合ったあと、ルーナは、恥ずかしそうにしながら、おずおずとノクトから離れて行った。ノクトに、ルーナを頼むと言われたアラネアは、ルーナの手を引いて、アルミナの後に続いて行った。

3人の姿を見送ってから、ノクトはプロンプトを連れてようやく本部の建物に入った。入ってすぐ正面のカウンター越しに、ブクルニクブスクが顔を上げですぐにノクトを認めた。その隣には、ぶすくれたキリクの姿があった。

「遅いよ!」

イチャイチャと見せ付けやがって、と、呟いているのが聞こえたが、ノクトはしかし余裕のあるところを見せ付けて、不敵な笑みを向ける。

「悪いな、待たせて」

「いや、こちらこそ、すまない…つもる話もあるだろうが」

ブディは一行を奥の部屋へと案内した。奥の部屋といっても、もとはだだっ広い一つの部屋を、ベニヤで後から仕切ってあるだけだ。物資やら工具やらの散らかった雑然とした部屋から奥へ進むと、会議室のような部屋が用意されていた。大きなテーブルを取り囲み、椅子が並んでいる。何人かが隅に寄り集まって話をしている最中だったが、一行が入ってきたのを見て顔を上げた。

「紹介するよ、こちらがこのチパシの長のゴダール、その息子のエドと、世話役のハルマだ」

ゴダールと、紹介された男は、その深く刻まれたシワの中に思慮深さをたたえた男だ。若くはないにしても、まだまだ若輩者に遅れはとらないだろう、凄みのある目をしている。体つきを見ても…只者ではなさそうだ。この闇の10年集落を守り続けただけの力を感じる。歳は…生きていれば父レギスくらいなのだろうか。その息子と紹介されたエドは、父親譲りの肝の座った顔をしていたが、ちょうどノクトたちと同じくらいの年頃に見えた。ハルマはその2人の間、兄貴分といったところか。短く刈り上げた2人とはちがい、ボサボサに髪を伸ばして後ろで束ねている。何故かにやにやと笑み浮かべて、ノクトたちを眺めていた。どことなく飄々とした男だ。

「こちらは、ノクティス陛下と、その従者のプロンプト殿…」

ブクルニクスが今度はノクトたちを紹介した。

「いや、プロンプトは従者じゃない…友人だ」
と、ノクトはすぐに訂正する。

「それに、陛下はやめてくれ。オレは公務でここに来たわけではないし、正直言うと…まだ、即位もしていない。ただ、一個人としてここにいる」

居合わせた一同は、驚いて顔を見合わせた。キリクひとりはふふん、と鼻を鳴らして

「ルシスからこんな荒野まで、”個人的に”ルナフレーナを迎えに来ただけってこと?」

「およそは…まあ、そんなところだ。だが、実は彼女が生きていることを、谷では聞かされていなかった。オレたちは、帝都を目指すついでに、アルミナの捜索を依頼されてきたんだ」

「帝都?!何しに?!」

キリクがさらに裏返った声で聞く。

それは…とノクトは口ごもった。さすがに、ルーナの死にショックを受けて彷徨っていたとは言えず、

「まあ、いろいろと事情があってな…」

と誤魔化した。

「はじめ偽名を名乗ったのは申し訳なかったが、国を出てからはずっと、タルコット・ハスタというハンターとして活動している。オレにできることがあるなら、もちろん、協力する」

ブクルニクブスクはやや困惑した表情を浮かべ、ゴダールと視線を交わしていたが、やがて気を取り直して、ノクトたちに向き直った。

「なるほど。貴方の立場はだいたいわかった。もとより、貴方とルナフレーナのことを知るのは、ここにいる者たちとアルミナだけだ。その点は安心してもらって構わない」

「アルミナの母親は、どうしたんだ?」

ノクトの質問に、ブクルニクブスクは悲しそうに首を振った。

「アルミナの母親は、私の妹だ」

ゴダールは言った。

「ここが彼女の里でね…ちょうど10年前、体調を崩していた私たちの母親を見舞うためにこの地を訪れていた。闇が訪れた直後に谷との通信が途絶えてしまったので、慌てた彼女と数人の者が谷を目指してこの集落を出た。止めるべきであったろうな」


ゴダールは、寂しそうな笑みを浮かべた。


「そうか…それは、残念だな」


まだ、希望のすべてが失われたわけではなかろうが…しかし、それを口にするのは残酷な気がして、ノクトは黙った。


「帝都に向かうまでにしばらく力を貸してくれるなら、助かる。この周辺の状況を教えよう。貴方たちの旅で目にして来た外の世界の状況も知りたい。もちろん、谷のことも」


ブクルニクブスクが真剣な面持ちで切り出す。それなら…と、プロンプトがウェストのベルトに下げているカメラ用のポーチからがさごそとなにやら紙の束を取り出した。ノクトは不思議そうに見ていた。


「実はオレ、谷に居た時にテヨに頼まれてさ、レポートを書いているんだよね…」


と紙の束をブクルニクブスクに渡す。


「ここまでの旅で知りえたこと…たぶん、この先あちこちで聞かれると思ったし、ルシスに帰っても報告書あげろって言われるの間違いないからさ」

知らなかったノクトは思わず、ブクルニクブスクたちと一緒にその紙面を覗き込んだ。それは、プロンプトの手書きで起こされたレポートだ。王都を出発してからの大まかな日報、オルティシエはじめとする都市の状況、アコルド政府の動向、ハンター協会の対応、そして、ケルカノからこれまでの道程とそれぞれの地域での状況が事細かにレポートされている。その形式が…手馴れている様子だったので、ノクトは驚いて親友の顔を見た。


「なんだよ、ずいぶん様になってるじゃないか…」


「ああ、こういうのさ、この10年で結構やらされたから。コル将軍とか、レスタルム市長の調査とか引き受けてたからさ。はじめは、相当どやされたのよ? こどもの作文じゃ報告書にならないって…」


と、プロンプトは思い出し笑いをして、頭を掻いていた。


「これは・・・助かる」


ブクルニクブスクも唸った。


「あの、必要だったら書き写してくださいね。コピー機とか、ないでしょ?必要なだけ貸しますんで…」


「そうするよ。谷の報告はないようだが」


「それはまだ手をつけてないんで…」


ノクトとプロンプトはそれぞれに知りうるところを口頭で説明したが、ブクルニクブスク達が発ってから一月半ほどの谷の様子など、それほど変わったところはなかった。


「とりあえず…谷に特にかわりがないようで安心したよ」


ブクルニクブスクも胸をなでおろしていた。

それから、ゴダールからこの集落の状況も説明された。通信機の故障と、立て続けに起きた風車の不調により電力が絶たれ、他との連絡が途絶えたこと…この集落が信仰の力によってシガイから守られたこと…食料の確保が困難を極めたが、豊かな水源によってなんとか生き延びたこと、そして、この10年、ニフルハイムの中心部より難民を受け入れ続けていることなどが聞かされた。


「ニフルハイム中心部の荒廃は酷いだろう…」


と、ゴダールは表情を険しくして言った。


「このチパシは、ユスパウ領の端に位置する…領の中心部はここから30kmほど帝都に近い場所にあるが…わずかに生きてたどり着いた難民の話によるとそこも壊滅的のようだな」


「ここまでに通った町も酷い状況だった…ニフルハイムで何が起きたんだ?」


ノクトは、県境の町並みを思い出して聞く。崩壊した建物と、彷徨う魔導兵…


「聞いた話では…闇が訪れてしばらくの間、魔導兵がシガイ相手に戦闘を始めたようだが…しばらくするとその戦闘は、市民を巻き添えにし、最終的には、魔導兵だろうがシガイだろうが、ただ目の前を破壊することが目的になったようだ。動くものは殺され、目の前に立ちはだかったものは破壊する…想像も絶する地獄だな」


ゴダールはまるで祈るように、しばし目を閉じる。


「この集落は、魔導兵の襲撃は受けなかったのか?」


「受けたさ」


ゴダールに代わり、ハルマが答えた。


「数年はオジキも粘ったようだが…おっと失礼。当時の領主、ニウル・ユスパウがオレの叔父に当たる…最も、縁遠かった叔父で、あまり親しくはなかったがな。領邦軍も1,2年は凌いだようなんだが、そのうち、狙い撃ちされたようだな。どうも、ニフルハイム全土を荒廃させるのが首謀者の目的だったようだ。大量のシガイと魔導兵が放たれた…その一部がこちらにも流れ着いた。シガイは集落には寄り付かなかったが…魔導兵は向かってきた。むろん、ここも、見ての通り土豪を張り巡らせて対策はしたが…根性比べみたいな数年が続いて、正直しんどかったよ」


ハルマは、貴族筋ではじかれもの、といったせいか、リカルドに似て、皮肉を帯びていた。現状として、ここ数年は、魔導兵の襲撃は、単発かつ、断続的なものであったらしい。もっとも集落を危機に貶めているのはやはり食料の確保だろう…ケルカノほどではないにしても、日が昇ってから難民の数は着実に増えている。アルミナ一行の物資の支援はまさに、救いの神だった。ここ、チパシは、もとより周辺のやせた土地の中にあって、数少ない豊かな水源のある場所なのだ。


ゴダールたちは、それでも、もっとニフルハイムの中心部に、生き延びて救援を待つ人々がいるに違いないと考えていた。…自分達が生き延びるだけでも必死な状況でありながら、それだけの思いをめぐらせる彼らに、ノクトは頭が下がる思いだった。ここ、チパシの力だけではそれらの救援はとても無理だろう…ゴダールたちが、谷からの救援、もっと言えばアコルドやルシスからの救援を期待するのは当然の成り行きだった。


ケルカノにルシスの救援部隊が駆けつけたことは、彼らに一筋の希望をもたらしていた。しかし、ノクトの目から見ても…世界の傷は深い。ルシスそのものも復興が待たれる状況で、支援する余力は限られている…


ノクトは胸に重いものを受け取りながら、本部を後にした。そして、心の半分で、ルーナの姿を追い求める。あれが、幻ではないと…わかっていはいるが、不安になる。それは、ルーナが別れ際に、震えた腕で自分を抱きとめたのと同じだ。


ノクトは、本部を出て足早に、程近く、ルーナの家といわれた場所を目指した。プロンプトが何事かを話しかけていたが、すべて上の空だった。内心、ひどく心乱れながら、なるべく平然とその扉を開いた。すぐに、待ちきれないようにルーナが扉をあけた時は、ノクトの顔にも、また満面な笑みが浮かんだ。ノクトは、すぐにその手を取らずにいられなかった。用意された質素な食卓に、ノクトとプロンプトもつく。アルミナとアラネアと3人とで用意したと思われる夕食は、乏しい材料ながら、盛り付けが工夫されていた。ルーナの、ノクトへの思いが伺える品々だった。ノクトはそれぞれの皿に手をつけながら、しかし、ルーナしか見えていない。プロンプトやアラネアがさりげない話題を提供しても、アルミナがそれに、お愛想の受け答えをしても…なんでもよかった。ノクトはルーナしか見ていない。その顔に笑みが浮かび、その口に笑い声がのぼればそれでいい。


楽しい夕食の時間は過ぎて、ノクトたちは割り当てられた宿へ向かうため、ルーナたちの古い家を後にした。そこは、しばらく使われていなかった季節労働者用の宿舎で、古い建物の中に、慌てて、ノクトたちのためにベッドのマットを入れ替えた跡があった。電気の通っていない建物のシャワールームには、気を使って、薪で沸かしておいたお湯が用意されていた。ノクトたちは順番にシャワールームに入って、樽に用意されたお湯を手桶ですくって体を洗った。

プロンプトが、アラネアのベッドに寄り添って、谷で貰ってきた本を読み聞かせる…ノクトは、その様子を眺めながら落ち着きなく部屋を行ったりきたりする…

アラネアが寝付くまではまとうか…と思いつつ、遅い時間になるほど、迷惑がかかると思う。ノクトは、思い切って二人のほうを向いた。


「ちょっと…でかけてくる」


アラネアはびっくりしてベッドから顔を上げたが、プロンプトは、ああ、了解!と簡単に答えて、ノクトのほうをあまりに見ないようにしていた。

ノクトは、プロンプトに感謝の気持ちが沸きながら、慌しく宿舎を出る。通りを足早に進んで、すぐに古い民家が見えてくる…ノクトはわずか1時間ちょっと前に出たばかりのその扉を、もう一度ノックする。

しばらく、中から二人の女性がやりとりする声が聞こえた。何度か押し問答する声が聞こえて、最後に、いいのよ…という声が聞こえたかと思うと、扉があき、中から、冷えた夜に備えて、上着を着込んだアルミナが現れた。その後ろに、恥ずかしげに控えるルーナの姿があった。


「悪いな…」


ノクトは、自身も恥ずかしそうに鼻を掻きながら、アルミナに声をかけた。


「いいよ。私はキリクのところへ行くから」


アルミナは、淡々と言って、ノクトの脇をすり抜けるように外に出た。ノクトはほとんど振り返りもせずに、入れ違いに家の中に入った。

ルーナは、恥じらいつつ笑みを浮かべて、ノクトの手を引いた。何も言わずに、家の奥の部屋へと手を引く…先ほど夕食を囲った小さな居間の奥には、普段、アルミナと一緒に過ごしているのだろう、寝室があった。ルーナは、暗がりの中で、ただ、ノクトの胸に頬をうずめて、ほっと息を漏らす…


月が高く上って寝室の窓を照らす。窓には、申し訳程度に、古い布がカーテンとして掛けられていた。その隙間から、月の光が二人の間に差し込んでいた。ルーナは、どうしても高ぶる感情を抑えきれず、また、目に涙をためて、ノクトの胸に刻まれた深い剣の傷を、恐る恐る手で触れていた。ノクトは、その仕返しのように、ルーナの、右わき腹に残った古い刺し傷を撫でて見せて、そして、いたずらっぽく笑った。それで、ようやくルーナも、涙をためたままの瞳で、可笑しそうにノクトに笑って見せた。

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