Chapter20.3-邂逅-

アラームの音で、プロンプトは目を覚ます。アラネアと密着した背中がホカホカしているが、外が冷えこんできているのがわかる。寝袋から這い出して、上着を着ると、テントからでた。冷たい空気が顔を撫で、息が白くなった。


ノクト…大丈夫かな、こんなに寒くて。


プロンプトは、辺りを見渡す。姿がない…車の中だろうか。テントの裏手に止めた車の中を覗いて見た。後部座席で、ノクトがぼんやりと、ルーナの手帳を眺めているのが見えた。

トントン…プロンプトは遠慮がちに窓を叩く。ノクトは、顔をちょっと窓の外に向けた。プロンプトは、おはよう、と声をかけて、後部座席に入った。


「寒いね!!」


ぶるぶると震える。車の中も、それほど暖かくはない。


「ああ…さすがに外に居られなかったわ」


「そろそろ火をおこそうよ。もうすぐ夜明けだし、オレ、見てるからさ」


「そうするか」


ノクトは、そっと、手帳に張られたジールの花を撫でて、それから手帳を閉じた。大切そうにバックパックの中へとしまう。

二人は車を出て、再び火を起こした。ノクトの体が冷え切った様子なので、プロンプトはすぐにお湯を沸かして、二人分のホットココアを入れる。


ノクトはホットココアをすすりながら、

「あ、そうだ。だいたい、集落の方向がわかったぞ」

と何気なく言う。


「え、そうなの?!」


プロンプトが驚いて、しばし周囲を見渡す。何か目印でもあったかしら…


「夜が明けたら説明する」


ノクトはそそくさとテントの中に入っていった。プロンプトは不思議に思いながら、自分もしばらくホットココアをちびちびと飲んで寒さをしのいだ。念のため銃を持って、何週か、大回りに辺りを見回ってくる。満天の星にしばし見とれる。ああ、これはすごい… ここは遮るものが何もない。360度のパノラマだ…

晴れて雲ひとつない空に、見たこともないほどたくさんの星が光っている。この10年の暗闇の中では、星さえも闇に霞んで見えなかったんだっけ…あの、苦しい10年が、なんだか、遠い昔みたいに思えてくる。

空気が澄んでいるなぁ…と、冷たい空気を思いっきり吸ってみた。


うっ さむっ!!


プロンプトはぶるぶると震えて、慌てて焚き火まで戻った。


空が白み始めて、プロンプトが手持ち無沙汰で早々と朝食の準備に取り掛かると、アラネアもごそごそと這い出してきた。


「おおおお」


アラネアは吐く息の白さを面白がって見ている。それから、さっそく画用紙を持ち出すと、焚き火の向こうに陣取って絵を描き始めた。


前は、まずまっさきに、お腹すいた!って、食べ物をねだったんだけどな…


谷で学校に行き始めてから、アラネアは急に成長した気がする…プロンプトは、アラネアの背中が頼もしくもあり、そしてちょっぴり寂しく思った。


「あーちゃん、寒くない?ココアあるよ」


「うん、あとで」


つれない返事が返ってきた。

ぐつぐつと煮立つ鍋からいい匂いがしてきた。暖かいシチュー。谷で取れた色とりどりの野菜が入っている。プロンプトは、パンを丁寧にあぶって焦がしながら、振り向いてくれないアラネアと、まだ静かなテントを交互に見た。

ひとりで先に食べるかぁ… 諦めて、自分のカップに盛り付ける。


「先に食べるよぉ」


「うん」


最低限の返事しかなかった。

プロンプトは、登ってきた太陽を眺めながらスープを食べる。冷え切った台地に、焼けるような日差しが戻ってきた。こりゃ、あっという間に暑くなるぞ…冷えた体にスープを流し込みながら思う。アラネアはいつの間にか上着を脱いでいた。

プロンプトが食事を終えたころ、アラネアも、ぱあ、と満足した笑顔で画用紙を掲げながら戻ってきた。


おおお… とプロンプトは思わず声を上げる。朝もやのなかに、ぼんやり浮かび上がる廃墟の町並みが、鉛筆で書いたとは思えない墨絵のようなタッチで描かれていた。みると、画用紙をこすったのだろう、アラネアの両手は真っ黒になっている。


「まあた、朝からすごい大作を完成させたね!!」


へへへへ。 アラネアは鼻の下をこすったので、鼻の下が黒くなった。プロンプトはあわらって、水でちょっとふきんをぬらして、アラネアの手と顔を拭いてやった。


「ノクトが起きてきたら見せようよ!」


プロンプトは画用紙をテントの上にぶら下げて、それから、アラネアにシチューを盛ってやる。


「あついなぁ…」


とアラネアは、もう汗を掻いていた。

アラネアが食事をし始めて、しばらくすると、プロンプトも暑くなってきて上着を脱いだ。太陽はめらめらと燃え立って、乾いた大地を照らした。この気温差は参る… 焚き火を消して、日陰に避難したいくらいだ。


「あっつ…」


ノクトが、汗を掻きながら、テントから這い出してきた。寒い時間に寝袋に入ったので、かなり着込んでいたようだ。上着を脱ぐと汗でべっとりしていた。


「マジか…もう気温があがってんな」


「うん。これ、朝早いうちに食べたら美味しかったんだけどね…」


と、苦笑して、プロンプトは熱々のシチューを渡した。

プロンプトは早々と砂をかけて焚き火をくずしにかかる。アラネアは食事を終えて、少ない水で上手に食器を洗うと、ノクトのほうへ来て


「描いたぞ!」


と、早速自慢げに、テントのロープに下げた絵を見せた。


「うお?!」


ノクトは驚いて絵に見入った。


「すげぇな…なんだよ、これ鉛筆で書いたのか?」


「ねえ、驚くよねぇ。あーちゃん、手が真っ黒になるくらいこすってたよ」


アラネアは大きくなったら画家かなぁ とノクトは、シチューをほおばりながら呟いた。


「ガカってなんだ?」


「絵を描く達人だよ!それで、その絵をみんなが高く買って、飾るの。家とか…駅とか、お城とかね!!」


ほおおお。 プロンプトの説明に、まんざらでもないアラネアは、にんまりと笑って、想像を繰り広げていたようだった。


「わるくないなあ…」


アラネアの反応に、プロンプトとノクトは顔を見合わせて笑った。


「ま、そのためにはもっと勉強しないとな。偉い画家の先生とかについてな」


「その先生はどこに居るんだ?」


うーん、と大人二人は唸った。この時代に、絵を描いて食っている人間がまだいるだろうか…


「オルティシエには、結構有名な画家とかいたよねぇ?」


「そうだな。さがせばまだいるんじゃないか…帝国貴族もいるくらいだし」


と、芸術にまったく造詣のないノクトは適当なことを言った。


ノクトが食事を終えてから、3人はのんびりとテントを片付け、出発の準備を始めた。ノクトは、昨夜一人で歩き回った方向を思い出しながら、プロンプトを連れて方角を確認しにいった。キャンプから少し離れたところに、昨夜、ノクトが忘れないようにと、石を積んだところがあった。その辺りからかき集めた石と小枝で、集落の方向を示す線が描かれている。


「こっちの方向だな…」


明るくなってから改めてみると…その先は、小高く盛り上がった岩に阻まれていた。ノクトは困惑した


光が見えたが…まさか、あの岩を突き抜けるようにして光っていたのか?


「あの、岩場のところ?」


プロンプトが、目を凝らしながら不思議そうに聞く。ノクトはどう説明するか迷って


「…たぶん、あの岩場の向こうだろう。わかってるのは、方角だけなんだ…」


プロンプトはしばらくノクトの困っている表情を見ていたが、ふっと笑って


「よくわかんないけど、ノクトは確信してるんでしょ?じゃあ、とりあえず、あの岩場のところまで行ってさ、迂回できそうなところを探そうよ」


と、言ってくれた。頼りになる相棒だ。詳しく説明できないことも、悟ってくれているらしい。

プロンプトが今日も運転を引き受けた。道が道だけに、リスクは取れない。ノクトは素直に頼りにする。ノクトたちは、道なき道を突っ切るために、農道に沿うようにして並んでいた木の柵をいくつか倒した。腐食していたので、アラネアが勢いよく引っ張れば、簡単に引っこ抜くことができた。

ジープは、小さな植木や畑の跡らしいぬかるんだ地面を、踏み潰しながら進む。見定めた岩まではさほどの距離もない。ものの数十分走らせるだけで、立ちはだかる巨大な岩に出くわす… その手前で車を止めて、3人は岩を見上げる。ルシスにもこういう、モニュメントのように地面から突き出す岩場が、いくつか点在していたよな。やっかいなのは、こいつは、進む方向を遮るように、東西に長く横たわっていることだ…

ノクトは近くに、トラックが迂回した形跡がないか探してみた。しかし、岩場の傍にはそれらしいものが見つからない。さて、問題は…どっちの方向から迂回してみるか。


「おい、アラネア」


と困ったときにはその野生の勘に頼る。


「この岩の向こうに抜けたいんだが…どっちに進む?」


アラネアは、困ってしまって首を傾けて、そして…


「わかんない!」

と潔く、諦める。

アラネアの神通力も効かないことがあるんだな…ノクトは、岩を見上げた。


「どっちかしかないんだしさ、考えても仕方なくない? サイコロでも振って決めようよ」


「サイコロあるのか?」


「ないけど…これで、よくない?」


と、プロンプトは小枝を拾って、地面に垂直に立てる。


「どっちへ行けば、集落でしょうか!教えて下さい!!!」


プロンプトは、真剣に念をこめて枝から手を離した。枝は、間延びするほどしばらく立っていたが…やがて、東のほうへ倒れた。


「きまり!こっちだ!」


とプロンプトが威勢よく言ったときだ、ノクトはなぜか反抗心が沸き起こって、


「いや、逆で行こう」


と言った。


「えええ?なんで? あっちってさぁ、ちょっと町のほうへ戻る感じだよね?」


プロンプトは不平を言う。

ノクトは説明に困って、しかし、やはりどうしても、一度町のほうへ戻るのが正解の様な気がしてしまう。


「…もともと、町を抜けた先から農道に入る予定だったしな。なんかこっちの気がする」


プロンプトは折れて、ノクトの言うことに従った。


「最悪、ダメならここまでもどってくればいいかぁ」


3人はまた車に乗り込んで、この長々と横たわる岩場を迂回すべく、西に曲がった。延々と岩場は続いて、ノクトたちはどんどん町へ戻るように進んだ。途中、岩場が迫ってきたので、離れるようにして、やがて近くを並走する農道に入った。時折、大きな石を踏んだりはしたが、まがいなりにも道になっていたので、安心して車を進められた。しかし、その脇を、ぼつぼつと建物が増えてきて、やがて、行き先に町の中心部、破壊された建物の群れが近づいてくる。


「ノクト…どうする?このまま進む?」


プロンプトが不安になって聞いた。左の盛り上がった岩山は、まだ途切れることなく続いて見える。ノクトは、迷いつつ、


「ここまで来たんだ。いけるところまで行ってみよう」


と決めた。

進む先にいよいよ舗装した道が見えてきて、いくつかの崩壊した建物がその先を遮っているのがわかった。ここまでか…と思ったとき、アラネアが窓から外を眺めて、声を上げた。


「あそこは通れそうだぞ?」


車を止め、アラネアが指さす方向を見る。ちょっとみただけでは分かりにくいが…ひとつらなりと思っていた岩が、手前と奥とで2つの塊になっているのが見えた… あの間に、もしかして隙間があるのでは? プロンプトは、建物の間の空き地に車を進めて、アラネアの指差す方向を目指す…時折、建物が遮って見えなくなったが、車の通れそうなところを選んで進むと…やがて、あの立ちはだかる長い岩が目の前に現れ、2枚の巨大な岩と岩との間に、車が通れそうな空間を見つける。

まるで、岩に隠されるようにして作られた車道…かなり雑草が生えているが、わずかに轍が残っている。

トラックが通った形跡はないな…と、ノクトは迷ったが、しかし、昨夜見た光を信じるのであれば、ここを通ればその方向へ抜けられるはずだ。ノクトは、その道を行くことにした。

両脇に岩場が切り立って迫っているのは、わずか数kmの間だけだった。そこを抜けると、右手は岩が途切れて、また、ただ広い、荒野が広がっていた。

となると困るのは方角だ… 昨夜のキャンプからは光の方向が分かったが、岩場を越えてこちら側となると、方向が怪しくなる。ノクトとプロンプトは車を止めて、二人で地図をにらみあった。


「西に進んだ時間から考えると…そろそろ、方角を確かめた位置辺りだと思うんだけど」


「じゃあ、この辺りから、道を外れるか?」


古い車道のあとは、このまま岩を沿うようにして進んでいる。アラネアは、勝手に車を飛び出して、岩場を登り始めた。あ、と思った二人は、しかし、その様子を眺めていた。危なげない手つきでぐんぐん岩を登っていく…そして頂上に到着して向こう側をのぞきこんでいる。


「アラネア!どうだ?!今朝、止まったあたりか?」


ノクトは大声を張り上げて、岩の上にいるアラネアに呼びかけた。


「うーんん、もうちょっと先かなぁ? あの、木の辺りだ」


アラネアは、右手の先のほうに、台風か何かで幹が途中から折れている木を指差した。


「わかった!降りて来い!あそこまで車で進むぞ!」


アラネアは手を振って、それから、なんでもないようにするすると岩場を降りてきた。あんまり早くに降りてくるので、プロンプトが、滑り落ちたのかと思って慌てたくらいだった。何度見てもなれないなぁ…苦笑する。

アラネアが後部座席に乗る込むのを見ながら、ノクトが今度、運転席に入った。まだしばらくは見通しのよい場所だ。自分でも問題ないだろう。アラネアが先ほど指差した木まで、数分の道のりを走らせる… そこで、ノクトは、胸のあたりにあるあの白い石が反応するのを感じた…。


近づいたな…


ノクトは、迷いなくハンドルを右に切った。下草がぼうぼうに生えて見通しが悪いが、ノクトはそのまま車を進める。ジープは時折、倒木か岩かに乗り上げながら、しかし、前進を続けた。


「交代しよっか…?」


プロンプトが心配して言ったが、ノクトは首を振った。呼んでやがる。はっきりと、あの小さな石が、熱くなっているのを感じた。背丈ほどもあるススキの群れを突っ切ると…車は、道に出た。農道らしき…しかし、砂利が敷いてあって、最近でも使用されている形跡のある道だ。


「出たな」


ノクトはほっと胸をなでおろした。


「この道沿い?」


「だろうな」


ノクトは左に道を折れて、あとは、気楽な気持ちで道なりに走った。話に聞いていた通り、だんだんと植物が生い茂るようになり、辺りは鬱蒼としてきた。

太陽が高くなるにつれ、外の気温はぐんぐんと上がった。車のエアコンを聞かせてはいるが、ノクトの運転する腕が赤く焼けている。


「ちょっと休憩すっか…」


腕がひりひりするのを感じて、ノクトは車を止めた。


「もう近くまで来てると思うんだが…」


ノクトは暑さにへばって、ボトルの水をがぶ飲みした。


「エアコン効いてても、そこ熱いでしょ?オレ、交代するよ」


昼飯に、朝のうちに用意したサンドイッチを配りながら、プロンプトが言う。アラネアも、外の日差しにうんざりした視線を投げていた。昨日まで、あんなに雨に文句を言っていたのに…。

ノクトは胸の石を確かめるように、Tシャツの上からそっと触ってみる。この暑さでわかりにくいが…たしかに、石の反応は強くなっている。ノクトを強く呼び寄せている。


もうすぐだな…さて、とりあえず、そこに人の姿があればいいが…


誰も居ない廃墟にぽつんと、お堂だけが残されている...そんな光景が、ノクトの脳裏をかすめた。


昼食を済ませて一行は再び出発した。プロンプトが運転を変わったが、ノクトは石の反応に気を配りつつ、運転席まで身を乗り出して辺りの様子に気を配った。アラネアは暇をもてあまし、後部座席に横たわって占領しては、大きな声で歌を歌っている。


となりのおしょさんが、柿食ってね、渋じゃ渋じゃと大騒ぎ…

ぶぶぶぶぶ とアラネアは渋い顔をしてつばを飛ばして見せる。


なんつー歌だ…


「暑苦しい歌だな…」


とノクトは飽きれて言う。


「じゃあ、次はこれ」


しょーべんごぞーの虹がでるぅ 

知らぬ殿様、さわやか霧じゃ 顔から浴びて大喜び…


ぶはははははは なにそれー!

とプロンプトが小学生並みに大うけした。ノクトは、やれやれと首を振った。


お、近いぞ… その時、急に、きいいいいいん、と耳鳴りが聞こえたかと思うと、ノクトの心臓が早くなった。石にも強い反応があり…熱い。


「ノクト!あれ!!!」


プロンプトが嬉しそうに、前方を指差す。木立の合間から見えてきたのは… 岩や廃材などを積み上げた土豪だ。その上を鉄線が張り巡らせて侵入者を防いでいる。その向こうは、テントや古い家屋がひしめき合う集落… 人々が歩いているのも見えた。思ったよりも、大きな集落のようだ。その入り口には、簡単に侵入できないように木製の衝立が置いてあるのが見える。入り口の手前には…白い軽トラックが止めてあった。


「トラックだ!!!!」


プロンプトは歓喜の声を上げた。


「ああ、あったな…」


ノクトもほっとしていた。アルミナの一行は、無事にここまでたどり着いたのだ。

トラックの前輪のタイヤが破裂していた。そのままむりやり車を動かしたのだろう、車軸も曲がっているのが見えた。…あれでは、もう動かせそうもない。


ノクトたちは、塞がれた入り口の手前で車を止めた。塞がれた…といっても、大人二人あれば、簡単に動かせるような衝立が置かれているだけだった。3人は、車を降りて、とりえあず、集落に足を踏み入れた。手前は、ぼろぼろのテントがひしめき合って…はだしの子どもたちが呆然とノクトたちが来るのを見ている。ケルカノの状況に似ている…このテントは難民のものか?

テントの奥は、古い民家が立ち並んでいるのが見えた。町は、もともともっと小さいものなのだろう。外側に、廃材などで打ち立てた壁とはべつに、元の町並みを思われる古い土塀が、内側にぐるっと取り囲んでいるのが見えた。こちらは、方々の出口はすでに開かれていて、忙しそうに人々が行きかっているのが見えた。土塀の奥には、古いお堂の尖がった屋根も見える…


「おい…」


手前のテントのこどもたちに呼びかけたが、こどもたちは怖がってテントの中に隠れた。


仕方ないな…


ノクトたちは、車を入り口に置いて集落の中を突き進んだ。あのお堂を目指せば、集落の中心人物に会えるだろう…そうすれば、アルミナの一行にも取り次いでもらえるはずだ。

内側の、一つ目の土塀を越えたところで、ノクトはまた、胸の石が激しく反応するのを感じた。その時、通りの先に、ハンターらしき男二人が、しきりに何か話しているのが見えた。一人は、ノクトたちと同じ歳ごろだろうか、後ろに長く伸びた髪を束ね、いくつもの危機を乗り越えてきたような凄みのある顔をして、見るからにリーダー格の様子をしている。一人は、長身だが、それよりは少し若く見える。リーダーはおもむろにノクトの方へ向いた。彼が胸に手を当てたのは偶然だろうか…あるいは、その胸にも同じような石が隠されているのかもしれない。彼は驚いた表情をして、何者かとノクトの顔を見ている。


ノクトは二人に近寄って

「オルブビネから遣わされたものだが…あんたがリーダーか?」

と聞いた。


「オルブビネから?!本当か?!」


驚いた顔をする。


「ああ…3日前に谷を出てきた。わけあってあそこで世話になったんだが、ルシスのハンターの、タルコット・ハスタだ。あんたは…アルミナと一緒に出発したハンターか?」


「ルシスのハンター?」


と、男は訝しがったが、しかしすぐに


「そうだ、アルミナと一緒に谷から来た…ブクルニクブスクという者だが…」


「ああ、ほら!ブブブの人!」


と横で聞いていたプロンプトが思わず指をさして言う。


「ブブブの人?!」


わはははは、なんだそれー!!! と大うけして笑い出したのは、もう一人の若いハンターだ。


「それ傑作だね!ね、ブディ?」


と、ブクルニクブスクの肩を叩いく。


「あたしらは、ブディってよんでるの」


軽いノリで、若いハンターはノクトたちに笑いかけた。ノクトとプロンプトよりは少し身長が高いが、肩幅が華奢な感じがして、20台半ばの青年だろうか。

ブクルニクブスクは、苦笑して、


「こっちは、キリク。一緒に谷から来たやつだが…で、あなた方は?」


と、プロンプトとアラネアのほうを向いた。


「オレはプロンプト。こっちは、アラネアのあーちゃんね」


よろしくー!と軽いノリで手を上げると、キリクは嬉しそうに応じて、さっそくその手にハイタッチした。


「あんたらの捜索をテヨに依頼されてな…車は入り口に止めてある。少しだが、物資をつんでる」


「それは助かるな…しかし、谷ではよほど心配しているだろう」


とブクルニクブスクは顔を曇らせた。


「車が途中でやられてしまってな…」


「そうみたいだな。まあ、無事なら、クヌギも不満はないだろう。ところで、アルミナも無事なんだな?」


「ああ、アルミナも…ノヴィアも無事だ」


とそこで、なぜか押し黙って、ブクルニクブスクはまじまじとノクトを見つめていた。石の反応が気になるのかもしれないな…ノクトは、しかし周囲に人が多いのが気になって、今は名乗るのが憚れた。まあ、あとで、折を見て打ち明けるか…


「じゃあ、とりえあず物資を運べばいいか?」


「そうだな。手伝おう」


ブクルニクブスクに誘導されて、ノクトたちは車を集落の中心まで乗り入れた。そこから、古いお堂まで物資を運び入れる。お堂は扉が開かれていて、ところ狭しとダンボールが積みあがっていた。前にアルミナたちが運びこんだ物資もまだ残りがあるようだ。そこに、ノクトたちの運び入れた分も積む。お堂に入ってからというもの…胸元の石が激しく反応して、服の下からも光るのが気になった。

ダンボールの合間から覗くように祭壇が見えた。お堂の中はこんなありさまだが、祭壇は手入れが行き届いているようだ。石像の前には、水の入った椀と、花とが添えてあった。フラン地区と違い、ここには、ルーナや自分の写真はない…ノクトはほっとする。


一通り、荷物を運び終えて、一行はお堂の前でほっと一息を着いた。


「ところで、テヨは通信機がどうとか言ってたが…状況はどうなっているんだ」


ノクトは聞いた。


「機械は何とか修理できたと思うんだが、肝心の電力がね…」


ブクルニクブスクは、お堂の裏手に見える丘のほうを指差した。


「あの、古い風車が頼りなんだが…」


「壊れたのか」


「ああ…電気系統に詳しいやつがいなくてね。あんたたちはどうだい?」


ノクトとプロンプトは顔を見合わせる。


「まあ…ええと、それなりには?」


とプロンプトが自信なさげに応える。ブクルニクブスクは、顔を明るくして、


「それは助かるな!ちょっと見てもらえるか。あれさえ復活すれば、通信機が動かせる。今、ちょうど、アルミナとノヴィアが様子を見に行ってる」


アルミナか…ノクトは、とりあえず石を返してしまおうと思った。集落に入ってからというもの、石がやたらと反応するので落ち着かなかった。

ブクルニクブスクは、集落の土豪の外、小高い丘のほうに見える風車を指差した。


「あれだよ…歩いていって、20分くらいだな」


「じゃあ、とりあえず、見るだけ見てくるか」


「そだね…」


プロンプトはプレッシャーを感じているのか、不安な顔だ。

ブクルニクブスクと分かれて、ノクトは、まっすぐに風車を目指して集落を横切った。


「風車かぁ…オレ見てわかるかなぁ…」


プロンプトが丘のほうを見上げて言う。


「まあ、他に分かるやつもいないんだし、ダメもとだろ」


ノクトは無責任に言った。アラネアは、集落の様子に好奇心を駆られてきょろきょろしていた。その辺で待っているか? と聞いてみたが、しかし、首を振った。これから向かう風車も気になって仕方がないのだ。

丘の上に1つだけ立っている風車は、見るからに作りが古い…まさか、本当にあれで電力を供給するのか?

集落の、反対側の出口から積み上げた土豪を抜けて、ノクトたちは、緩やかな丘を登った。丘の手前には、清らかな小川が流れていた。この水のおかげで、この辺りは乾燥地帯にあっても、この森を維持できているのだろう…といっても、木立はすっかり、黒い植物に入れ替わっている。


「この川さぁ、釣りができるんじゃない?」


「お、おー」


川を渡る小さな橋の上から、プロンプトとアラネアが川を覗く。


「どうかな。あんまりでかい魚はいねぇみてぇだぞ…」


ノクトは気のないことを言って、すたすたと丘のほうを進んで行った。

古い風車は、近づくと、その羽の一部が破れかけているのが見えた。電気系統の問題だけではなさそうだ。あれを修理するのは難儀だな…とノクトは思う。風車のほうまで続く小道の先に、やがて、二人の人影が見えてきた。一人は、風車の足元の機械を熱心にいじっているようだった。もう一人は、それを後ろから覗き込んでいる。体の大きさからいって…機械をいじっているほう、小ぶりで茶色の髪の毛を後ろまで伸ばしているのがアルミナだろうか。てっきり、クヌギと同じ、銀髪だと思ったが。後ろに立つ女性は、砂よけに白いケープを頭に巻いていたが、身長を見る限り普通の成人女性の体つきだ。

ノクトは、小道をそのままあがって、二人に近づこうとした。しかし、二人に近づくだいぶ前に、小さい女性のほうが、はっとして、ノクトのほうを振り向いた。ノクトの胸の石が、激しく反応したのと同時だった。思ったとおり、その顔は16,7の少女だ…彼女がアルミナだ。同じように、秘密の石に強い反応を感じたに違いない。先祖かえりしたその魔力で、10年の間谷を守った…ルシスの…血を引く者。

少女が振り返ったのにつられるように、その後ろで様子を見ていた女性も振り返った。

ノクトの視線と、振り返った女性の視線がぶつかった。


ノクトは、違和感を覚えて足を止める…遠くで、ケープの下の顔ははっきりとは見えない。しかし、懐かしく感じるそのシルエット…どこかで見たことがある。

女性も、しばらくの間、ノクトの顔を不思議そうに見ていた。

二人はしばし見詰め合って、立ち尽くしていた。

しかし、次第に彼女の体が震えはじめた…


「あああ!!」


女性から小さな叫びが上がり、たまらず、口元を両手で押さえているのが見えた。


ノクトは…その様子を見て、彼女が誰であるかを確信した。自分の瞳孔が開き、心臓が激しく波打つのを感じる。まるで金縛りにあったように動けない…しかし、呪縛を振りほどくように、ゆっくりとまた、歩き始めた…急いで歩み寄れば、また、幻と消えるのではないかと怖かった。


信じられない…本当なのか…


ノクトは近づきながら、ケープの下のその顔を見ようと凝視する。ケープの下から、色あせて白くみえる髪の毛がのぞいている。その顔は、10年の月日と、たくさんの苦悩を刻んでいた…しかし、ノクトには変わらず美しく見えた。涙で潤んだ青い瞳は、今にも吸い込まれそうな光を放って、ノクトを見詰めている。


「…神様」


辛うじて搾り出したような彼女の声は、震えていた。彼女はもう、こみ上げる激しい感情に呑まれて、今にも足元から崩れそうだった。


ノクトは、激しい自分の鼓動を聞きながら、今は足早に彼女に近づいた。ようやく手を伸ばせば触れるという距離にきて、崩れ落ちそうなその体に手を伸ばし、躊躇いなく、しっかりと、抱き寄せる…


「…ルーナ!!!」


ノクトの声も震えていた。涙が零れ落ちる。今は、高ぶる感情に任せるまま、腕の力が、強く…強く、締め付けるようにルナフレーナその人を抱きしめていた。


「まさか…ほんとうに…」


ルナフレーナは確かめるようにノクトの頬に手を触れた。そしてとめどなく涙を流しながら、腕をノクトの首に回して、強く…強く抱きしめ返す。ノクトは、自分も激しく嗚咽を漏らしながら、その泣き声に応えるようにまた強く抱きしめた。その、感触を確かめるように、二人は、何度でも何度でも強く抱きしめなおす。

そして、ノクトは、その頭に手を回すと、躊躇うことなくその唇に自分の唇を重ねた。ルナフレーナも躊躇わなかった。二人にはまるで、タガがはずれたようにお互いの唇に酔いしれた。熱く深い口付けは、いつまでも続いた。


あーちゃん、見ちゃダメっ…


遠くのほうから聞こえたプロンプトの声は、やはり震えていた。


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