Chapter20.2-彷徨-

「ノクト! 雨、上がってる」


遠慮がちなプロンプトの声で、ノクトは目が覚めた。外はまだ白み始めたばかりのようだ。ノクトは寝袋から這い出して、プロンプトの立っている建物の入り口まで行った。アラネアも、もう目を覚まして、プロンプトの隣にいた。

昨夜の宿にした、レストランの入り口から外を見ると、灰色の雲が相変わらず空を埋めつくているが、確かに雨はやんでいた。しかし、いつまた降り出すとも分からない。


「降り出す前に、あたりを調べておきたいな」


アラネアもついていくといって聞かないので、結局3人で表へ出た。見たところ…動くものの気配はない。手分けして、この先に進めそうな道、そして、トラックが通った形跡がないかを探すことにした。アラネアはプロンプトから離れるな、と言い渡した。この無線でお互い連絡が取れる範囲までにしよう…

アラネアとプロンプトは、倒壊した建物のあたりをうろちょろし始めたので、ノクトは少し道を戻って見ることにした。この県境の町に差し掛かる手前で、左手に折れる道があった気がしたのだ。

昨日は雨で気がつかなかったが…この町の荒廃はすさまじい。王都のそれと近いものがある。多くの建物は破壊され、倒壊している。傾く電柱… 炎上したあとの車両… かなり風化が進んでいる。闇が訪れてはやいうちに、この町は破壊されたのだろうか。廃墟のそこかしこに、動かなくなっている魔導兵の残骸が転がっていた。


建物のこれほどの崩壊は、シガイでは説明できない…帝国軍が破壊したのか…


ノクトは、暗い気持ちで道を戻った。一つ目の横道を見つけて、入ってみる…しかし、すぐに崩壊した建物にふさがれて進めない。風化具合を見ると…倒壊したのは最近ではないだろう。ここは通った可能性が低いな… ノクトはすぐに幹線道路まで戻った。


ーノクト?


プロンプトから通信が入った。


ーああ、どうした?


ーよかった、無事だね。まあ、すぐに心配することじゃないかもしれないけど…倒壊した道の先に、一体、いるよ。


ー魔導兵か?


ーそう…でも、ほとんど壊れてて、まっとうに歩けていない。危険はないと思う。でも、他にもいるかもしれないから気をつけて。


ー了解。いま、道を少し戻ってるところだ。もう一区画みたら戻る。あとは、車で探したほうがよさそうだ。


ーわかった。オレら、この近辺だけみて、レストランに戻るから


廃墟に彷徨う、ほとんど破壊された魔導兵か… 


哀愁さえ漂うその姿を、ノクトは思い浮かべていた。しかし、道の先で出くわしたらやっかいだな…ノクトは剣を構えながら、慎重に道を進んだ。一区画先に、左手に曲がる道が見えてきた。大きなスーパーのような建物の、駐車場の向こう側だ。ノクトは、放置された車が並ぶ駐車場を突っ切って、その先に進む。どうやら…ここから見た限り、先に進めそうだ。この道からさきほどの倒壊した場所を迂回できるかもしれない…

ノクトはトラックが通った形跡を探そうと、あたりの道路を見て回る。

あ、っと思って、その先に駆け出した。道路の真ん中で、ぺしゃんこにつぶされたダンボールが転がっていた。ダンボールは、明らかにタイヤで通った黒い後が残っていた。昨日の雨ですっかり濡れて、道路に張り付いている。原型が残っているところを見ると、最近放置されたダンボールだろう。よく見るとダンボールの下に、尖がった杭が突き出ていた。この杭をよけるために、アルミナの一行が敷いた…という可能性は高そうだ。


ープロンプト


ノクトはすぐに無線で呼びかけた。


ーはいはい、こちらプロンプト。朝ごはん用意してるよ、そろそろ戻ってきたら


ー今から戻る。少し手前の道で、一行の通った形跡を見つけたぞ


おおお、と無線の向こうで声が沸き立った。

朝食を終えて車をUターンさせていると、また、雨が降り出した。プロンプトがハンドルを握り、ノクトがナビをする。


「あそこの、スーパーの角だ」


「了解!」


雨は瞬く間に本降りとなった。朝のうちに探索をしておいて正解だったな…


「また、雨かぁ…」


アラネアは残念そうに言う。


「しばらくずっと雨だぞ」


ノクトが念を押すと、ううう、とアラネアは唸る。


「あーちゃん、もうちょっと進んだら、雨があんまり降らない地域に入るからね」


プロンプトは慰めるように言った。

先ほど見たスーパーを抜けて、ノクトたちもダンボールを踏みつけるようにして道を進んだ。時々、分かれ道になると、ノクトが傘を持って降りて、トラックの形跡を探した。何もなければ直進する…およそ、大きな道は外れずに進んでいるようだ。

しかし、すぐに、細い電柱が横倒しになっているところに突き当たった。


「ここまでかぁ…こっちしかないねぇ」


と、プロンプトが右手に折れようとした。


「ちょっとまて、止めてくれ」


「え?なんかあった?」


プロンプトは曲がりかけたところで車を止めた。ノクトは車から降りて、細い電柱をまたいでその先に行って見る。すぐ建物ひとつさきに小さな空き地があった。傘を掲げつつ、空き地の地面を覗き込んだ…やはり。

黒っぽいものが見えたと思ったのだが、焚き火を起こした後だ。そんなに昔のものではないだろう…焚き火の近くには、まだ新しい、食べ物の包装紙が散乱していた。一行はここでキャンプを張ったらしい。しゃがみこんだまま地面をよく見ていくと、焚き火から離れた場所に車のタイヤのあとも見つけられた。

ノクトは細い電柱まで戻ってみた。最近倒れたものなのだろう… トラックはここを通ったはずだ。しかし、どうするかな…


「ノクト!まさか、こっちなの?」


プロンプトは車の窓をあけてノクトに声をかけた。ノクトは車まで近づいていって


「ああ、あっちの空き地にキャンプをした後がある。この電柱は最近倒れたんだな…乗り越えられるか?」


プロンプトも車から降りて、電柱を見る。


「うーん…このくらいの細さなら…板か何か立てかけてその上を通ればいけるかも…」


そこで周辺でちょうどよい板がないか探すことにした。アラネアも暇をもてあましているので、雨合羽を着せて探索に参加させた。

お互い姿が見えるところまでだぞ、と決めて、3人は商店街らしきこの細い通りに散る。ノクトはちらちらと二人の後姿を確認しながら、手近の廃屋の入り口にたち、使えそうなものはないかと中を物色する。しばらくして、プロンプトが、あーちゃん!ノクト! と呼びかけて手を振った。


「こっち!! 使えそう! 手伝って!」


行って見ると、古い民家の裏手、窓に板が打ち付けてあった。板は、釘の部分から腐食が始まっていて、手で引けば、がたがたと緩んでいた。


「もうチョイやれば抜けそう…」


「バールを持ってくるか」


ノクトが車に引き返そうとすると、アラネアが、ぱっと壁によじ登ってその板に手をかけた。


ばりん!!! 


プロンプトが慌てて、衝撃で落ちてくるアラネアを受け止めた。


「も、もう!抜く前に言ってよ、あぶないなぁ!!」


「おう、取れたぁ」


アラネアはにっこりと笑って、板をノクトに渡した。ノクトは苦笑しながら、アラネアの頭を撫でてやった。

細い電柱に横に板を立てかける。なんとかタイヤで乗り越えるくらいはできそうだ。念のため、ノクトが電柱の脇で様子を見ながら車を誘導する。


オーライオーライ…


手を降りながら誘導していると、アラネアが、なんだそれ!と面白がって、自分もノクトの脇に立って真似をした。ぷぷぷぷ。プロンプトが運転席で噴出している。


「おい、まじめにやれ!危ないぞ」


「ごめんごめん」


車は慎重に板を踏み越えて、細い電柱の向こうに出た。

よし… 


再び車に乗って出発する。しばらくは、細い商店街の路地が続いた。アルミナ一行の痕跡を見落とすまいとゆっくり車を走らせる。大きな分かれ道があると、降りてノクトが様子を伺う。途中、道がふさがれていて、迂回をしたり、道を戻ったりを繰り返した。これでは、なかなか距離がはかどらない。


「なかなか町を抜けられないね…トラックの形跡も見つけられないし」


「他にいけそうな道はなかったから、およそ同じところを走ってると思うが」


二人は不安になってきていた。ノクトは地図を眺める。とにかく、この県境の町をぬけないことには、ニフルハイムの高地に入れない。大きく道をそれたりはしていないはずだ…

道が行き止まりになって、右に折れる。しばらく進むと、大きな道にでた。もとの幹線道路に戻ったようだ。左に折れると…その先は建物がまばらになっていくのが見えた。


「やっと県境を越えたか…」


「ああ、しんどかったぁ」


「その辺で休憩しよう。そしたら交代するわ」


3人は車を止めて、昼食を取ることにした。先の道はむき出しの大地の合間を緩やかに上っていた。建物は疎らだ。ここをあがり続けると、高山地帯に差し掛かり、このうっとうしい雨もやむはずだ。見上げると、遠くに続く大地がまるで雲の上に突き抜けているように見える。あの先に行けば乾燥地帯に入るだろう。


「本当、この長雨はうっとうしいな…」


ノクトは、パンをかじりながら外を見やる。アラネアも、うんざりした顔をして、激しくうなずいている。


「地味にじめじめ暑いしねぇ…でも、この先乾燥地帯に入ったらさ、それこそ、焼けるような日差しなんでしょ」


「車からでなきゃいいだろ。夜は涼しいらしいし」


「今日中に、集落まで着くかな…」


「どうかな。道の状態しだいだろうな。ここまで、予定より大幅に時間を食ってるしな」


谷を出発するとき、一応、万が一のことも考えて3日の行程は想定していた。その後、ノクトたちはグラレアにも向かう予定で、合わせて10日分の水と食料は提供されていた。それ以外にも、チパシに持ち込む予定の物資や、ケルカノからまだ手付かずの救援物資が残っている。狭いジープのトランクルームは、今は物資でいっぱいだ。

食料の心配はないとして…心配があるとすれば、道が悪くて迂回しつつ進んでいる間に、一行の痕跡が見つけられなくなることだろうか… とりあえず里を目指すとしても、すれ違いになる可能性も多いし、道をそれたところで救援を待っているとしたら、見つけるのは容易ではない。


万が一、チパシまで行って、一行の姿がなかったら…もう探しようがないよな。


その時、自分は気持ちを切り替えて、すぐに帝都へ向かうのだろうか…ノクトは想像してみた。見つけてやりたいが…しかし、当てもなくニフルハイムを彷徨っても仕方がない。


しかし、何かひっかかる…


これが、もし、ルーナだったら…ノクトは物資がつきるまで、何日でも荒野を彷徨ってその姿を探しただろう。


そこまで考えたところで、ノクトは、急に胸苦しさを覚えた。


「ちょっと、外の空気吸ってくるわ…」


傘を持って車を出た。ノクトが急に顔色を変えて車を出て行ったので、プロンプトとアラネアは、驚いた。降りしきる雨の中、ノクトが車から離れた場所で、たたずんでいるのが見える。


「ノクト…」


アラネアが心配そうに呟く。


「あーちゃん、大丈夫だよ。ちょっと休憩しているだけだから。ほら、早くご飯、たべちゃいな」


プロンプトは安心させるように笑って見せた。

ほどなくして、ノクトは車に戻ってきた。ちょっと泣いたような赤い目をしていた。


「ノクト、オレ、まだ大丈夫だから、午後も運転するよ」


プロンプトはなるべく平然とした様子でノクトに声をかけた。


「そうか…悪いな」


続けて、ああ…ええとな、とノクトは口ごもった。


「その…よく考えたんだが、もし、チパシにアルミナたちがいなかったら…もう少し、その周辺を探してみないか」


アラネアはぽかーんとして、それから、なんだそんなこと、と言うように


「いいよ!」


と答えた。プロンプトも笑って頷いている。


「見つけてあげたいもんね」


「ああ…」


もし、生きていないというのなら…せめてその遺体だけでもな。


ノクトはその言葉は飲み込んでおいた。


「じゃあ、出発!」


プロンプトはエンジンをかけた。

赤茶けた山肌に囲まれるようにして道が登っていく。雨で、乾いた土が流れ出して、道路を茶色に染めていた。


「うわぁ、がけ崩れでも、起きないといいけど…」


プロンプトが不安な声を上げた。しかし、その予感は的中する。1時間も上がらないうちに、崖が崩れかけて、流れ出した土砂で道の半分ほどが埋まっていたる箇所に出くわした。


「どうだ? 通れるか?」


「うん、なんとか行けると思う…」


道幅はまだ余裕があるものの…いつ崖が崩れてくるとも限らない。二人は緊張した。車は、スピードを落とし、土砂をよけながら道路を進む。黄土色の土砂の上を、激しく雨水が流れているのが見えた。

車は…何とか土砂をよけて通り抜けた。二人はほっと胸をなでおろし、プロンプトは、スピードを上げた。両側を荒れた山肌で挟まれるように道路は続いてる。この、岩盤の弱い地域を早く抜けなければ土砂崩れに巻き込まれかねない…。


「…あそこは、すぐに道がふさがれるな」


「だろうね。帰りは別のルート考えないと」


ノクトは地図を見て唸る。雨季ははじまったばかりだ。先ほどの土砂崩れは最近のものだ。一行は間違いなくこの道を行っただろう。この先、土砂で道が寸断されたら、もう後戻りはできない。その時は車を捨てる以外にないかもしれない…

ノクトは祈るような気持ちで、進む方向を見つめていた。


「大丈夫!すぐにこの辺抜けるよ。スピード上げるから、ノクトもあーちゃんもシートベルト締めて!」


プロンプトはノクトの不安な表情に、強気な笑顔で応えた。

二人は言われるままにシートベルトを締めた。プロンプトは、道の状況を確かめながら、ぐっとアクセルを踏みこんだ。見通しのよさそうなところでは、スピードを上げ、障害のありそうなところでは、ぐっと下げる。カーブを曲がるにも、直前でスピードを落として一気に曲がる…後部座席で乗っている二人は、左右に揺れる車の中で、ドアや上部の手すりにしがみついた。


なんだよ…走り屋の運転だな…


ノクトは、ミラーに移ったプロンプトの目つきが、人が変わったみたいに鋭くなっているのを見ていた。プロンプトはむしろ、危険な状況下でのドライブを楽しんでいるみたいだ。

おかげで車はぐんぐんと距離を稼いだ。ところどころ土砂が流れ込んだり、倒木があったりしたが、プロンプトは左右にハンドルを切って、障害物レースのように切り抜けて行った。あまりに強気な運転なので、ノクトは内心、どこかでぶつけるんじゃないかと冷や汗を掻いていた…しかし、ケスティーノの化け物に追われたときと同じだ。今は、時間との勝負…プロンプトを頼りにするしか他ない。


「あ、見てほら!あーちゃん!ノクト!」


と、プロンプトが声を上げた。後部座席で必死にしがみついていた二人は、前方のほうを見た。見ると、先の道路に明るい光が差し込んでいるのが見えた。


「雲を抜けるよ!」


もうそんな必要もなかったのだろうが…プロンプトは、一気にアクセルを踏んで雨雲を降りきろうとする。光が差し込んだ先は、高い台地…ボルプ地方の始まりだ。


「抜けたー!!!」


プロンプトは、レースを勝ち抜いたように歓喜の声を上げた。雨雲が、ナイフで切り裂いたようにすぱっと終わり、ノクトたちは青空の下に出た。そしてその先は、なだらかな道だ。ボルプ地方の玄関口、ゴートナダの町が始まり、建物がたちならぶのが見えてきたが…が、町に入った途端、すぐにプロンプトは車を急停止させた。

3人は、息を呑んで町の様子を見た… 徹底的に破壊尽くされた町並み… 何一つ、無事な建造物は残っておらず…道は、建物の残骸に埋め尽くされている。

誰も口を利かないまま、車から降りた。夕暮れの、傾いた日差しだったが、それでも熱く肌を焦がすように突き刺さった。乾いた台地から土煙があがり、その向こうに、わずかに、この町のシンボルであったであろう鉄塔の、半分頭をもげた足元だけが見えた。


「これ…とても…」


進めない。プロンプトの声が、途切れる。

砲弾でも打ち込まれたように、ところどころ、アスファルトがえぐられている。道と言う道が…たぶん、意図的に破壊されている。

帝都から離れたこの町でこの状態なら…帝都はいったいどうなっているんだ?それとも、県境だからこそ狙われて破壊されたのか? 


ノクトは、我に返った。今は、この町の惨状に目を奪われているときではない…アルミナ一行は、この町を抜けられなかったの確かだ。しかし、きっと他に道を見出したに違いない。


「プロンプト、運転を変わろう。手前まで戻ってみる。この町に入り込む以外に、抜けられそうな場所があるかもしれない」


ノクトは運転席に乗り込んだ。呆然としていたアラネアとプロンプトは、ノクトに促されて、ようやく車の後部座席に乗り込んだ。ノクトはUターンをしてもと来た道を戻り始める…どこか強引にでも、車で入り込める場所はないか…。

少しばかり戻ったところで、ガードレールが途切れて、荒地のほうに入り込めそうな場所が現れた。ノクトはゆっくりとスピードを落として、あたりの地面の様子を伺う…


「あれだ…」


ノクトは車を止めた。草もほとんど生えていないような乾いた台地が、町の手前に広がっていた。その、ちょっと盛り上がったところを、車で強引に進んだような削れた後が残っていた。ノクトは車を降りて、その先の地面を調べてみた。タイヤの跡を見つけるのは容易だった。タイヤの跡は、地面の上を、ずっと、南東のほうへ続いて見える。


「直線距離で行ったらさぁ、あの集落ってちょうどこの方角だよね」


プロンプトも車を降りて、ノクトの隣で地面を眺める。


「そうだな…この跡を追っていくか」


ノクトたちのジープなら、このオフロードを進むのは難しくない。しかし、軽トラックで出発した一行がこの道を選んだのはかなりのリスクだ… どっかで立ち往生している可能性は高いな、とノクトは思った。

幸い、粘土質のこのあたりの土は、しっかりとトラックの通った痕跡を残していた。ノクトは痕跡の跡を追って慎重に車を進めた。タイヤの跡は、時折、トラックでは乗り越えられない段差や、低木を迂回して、およそ集落の方向へ向かおうとしているのがわかる。しかし…それも、1時間ほど進んだところで、忽然とタイヤの跡が途絶えた。


消えた…


ノクトは車を止める。その先は、粘土質の地面に変わって岩盤がむき出しになっている。土との境のあたりにわずかにタイヤの跡が残っている。ノクトは周辺の平たく続いている岩盤の上を見て回った。岩盤の途切れた地面の当たりも…長いこと時間をかけて見て回るが、タイヤの跡が見つけられない。振り向くと、プロンプトとアラネアも、方々で同じように地面とにらめっこしていた。


「どうだ?」


遠くから声をかけると、二人は顔を上げたが、それぞれに首を振っていた。

日はもうすぐ沈もうとしていた。日が沈んだ途端、気温がかなり下がると聞いている。そろそろ夜営の準備をしなければいけない。地図とにらめっこしながら、集落の方向に見当をつける。行く先に細い農道らしきもの…点在するわずかな畑の跡地…いくつか破壊された建物も見える。


彼らの夜営の跡が、あの辺りにあるかもしれない…


「あのあたりでキャンプにしよう」


ノクトは二人に声をかけると、車まで戻って、前方に見える建物の残骸を目指した。

途中、岩に空すべりしてタイヤが空転した。やばい…脱輪したか…冷や汗を掻いたが、2,3回エンジンをふかしたら、車は前進した。目で見るとおよそ平らに見える岩盤は、微妙な凹凸があって、溝の深さや幅を見誤ると危険だ。


「ノクト、交代して」


「ああ、頼むわ」


ノクトは素直に応じて、運転をプロンプトに変わった。日差しが沈む前に岩盤を抜けたい…プロンプトもよくよく進む方向を確認しながら、左や右にところどころ迂回して、ノクトの指差した建物を目指した。目標は見えていて、直前距離は大したことがなかったのだが、なかなかまっすぐには進めず、ようやく岩盤を切り抜けて土の上に降り立ったときには、太陽がほとんど地面の下に沈んで、あたりは夜になる前の最後の薄明かりだけを残していた。プロンプトは、元は2階建てだったのだろう…半壊して、2階部分の鉄骨がむき出しになっている建物の影に、車を寄せた。

どんどん暗くなっていたったので、ランプをともしながら、空き地にテントを組み立てた。暗くなるのとともに、急に冷え込んできた。乾いた台地は、容赦なく冷却される。夜中には相当の寒さになると、聞いていたっけ…。あたりの廃材を拾って、焚き火を起こすと…3人はその周りに暖を取って、ようやくほっとした。

プロンプトが一日の運転に相当疲れを見せていたので、ノクトがお湯を沸かして、簡単にカップめんでの夕飯となった。さすがのアラネアも、寒さを感じたらしく、大人しく防寒着を着込んで、面をすすっていた。カップめんから白い湯気が立ち上っていた…昼間の焼き付けるような暑さが嘘のようだ。


「この気温差は体に応えるな」


「夜中はもっと冷えそうだよね。今夜はみんなでくっついて寝ようよ」


「食ったら先に寝ろよ。オレが先に見張ってるから…」


と言って、ノクトはちょっと先まで出てみた。この場所は、町からは少し高台になっていて、破壊された町並みがよく見えた…あの、町の入り口からみた鉄塔の残骸の影が、三日月の光にうっすらと浮かび上がっている。

地図によると、チパシの集落へは、この町を抜けた先を、東に折れる道に入る…舗装されていない田舎道だと言っていた。そこからほとんど植物の生えないような地域を抜けて、オアシスのように突如森が現れたら、そこがチパシだ…と言っても、これは闇に覆われる10年前の話だ。

ノクトは、町のはずれのほうを見てみる。このまま町には戻らずに、東に抜ける道のほうへまっすぐ出られるだろうか…


「ノクト…!」


プロンプトが緊張した低い声で、ノクトの背中に呼びかけた。


「右手のほう…!」


ノクトの隣に立って、指を指してみせる。…小さな赤く光る点が、ゆらゆらと動いているのが見える。目を凝らすと…魔導兵だ。ゆっくりとだが、光に吸い寄せられるようにこちらに向かってくるように見えた。動きは緩慢で、前後に激しく揺れているところをみると…ほとんど壊れかけて、戦闘能力があるとは思えない。


「…念のため、排除しておくか」


「じゃあ、オレが…」


と、プロンプトは銃を構えようとしたが、ノクトはそれを止めた。


「…いや、他にもいるかもしれない。発砲音で刺激したくない。オレが背後から近づいて、なるべく目立たないようにやる。プロンプトは、焚き火を始末してくれ。今夜は火を消しておいたほうがよさそうだ」


「わかった!」


ノクトは、光る目の位置を確かめながら、大きく迂回するように左手のほうに進んだ。プロンプトはすぐに砂をかけて火を消しにかかたが、魔導兵は、ターゲットを見定めたように進みを止めていなかった。ノクトは、十分に後ろに回ってから少しずつその背後に近づく。がしゃん…がしゃん…という、不規則な金属の稼動音が聞こえてくる。近づけば、すでに右腕は破壊されて失われており、左足も不完全なようだ…動く影を見ていると、瀕死の傷を負って、最後の命を振り絞って前進する生身の兵士のようにも見えた。

元は人間と言うカラクリ人形… ノクトは、その背後から一気に剣を振り下ろした。がしゃあああああんん、という派手な音を立てて、上半身が吹き飛んだ。下半身はその場に崩れるように倒れ、小さく痙攣して、やがて動きを止めた。念のため、上半身を見に行くと、その目にわずかに光っていた明かりが、すっと消えていくのが見えた。


もし…なにがしかの魂が残っているんだったら。安らかに眠れ


ノクトは、祈るのように胸に手を当てた。


ーノクト?


心配したプロンプトの声が、無線から聞こえる。


ー終わった。これから戻る。


ー方向わかる?


ーそうだな、ちょっとだけ明かりをつけてくれるか。小さいやつで大丈夫だ


闇の中に、小さな白い光がともるのが見えた。


ー見えたわ。そっちへ帰る


目が慣れれば、細い月明かりの中で、夜営をしている傍の廃墟の陰が見えてくる。小さな光はその下に、心配そうにノクトの帰りを待っていた。ノクトは、まるで、自分が壊れた魔導兵になったような気分がした。頭脳が破壊されて、使命も何もかも忘れて、ただ意味も分からず刺激だけを受け取って、目に入ったその光をめざしているような気分がした。

意味も分からず帝都グラレアを目指す自分は、確かにそんなようなものかもしれない。

プロンプトはテントの傍に、心配そうに立っていた。アラネアは、顔だけテントからのぞいている。


「おう、もう心配ない。お前らは寝ろ」


「でも、外で見張ってるの寒くない?」


「動いていたらそこまででもないさ。寒くなったら車にいるわ」


「了解。じゃあ、5時間で交代ね」


プロンプトは、腕時計のアラームをセットして、テントにもぐりこんだ。しばらく、テントの中からアラネアとプロンプトの話し声が聞こえてきた。雨がやんだから、絵が描けるな。明日早起きしたら描くといいよ。そんな会話が2,3続いて、そして静かになった。ノクトはしばし、周辺の状況に目を凝らしていた。赤く光る目は…見当たらない。それから、また、チパシの集落のほうを見る。距離から言うと、かなり近づいてきたはずだ。もう明日は、トラックの通った跡を見つけるのは難しいだろう…まずは、集落に向かうしかない。

それから、はっとして、胸にさげていたネックレスのことを思い出した。服の下から引っ張り出してみる。里に近づけば導くと言っていたな…。

あたりの気配をうかがう… ノクトは少し建物から離れて、およそ里の方向だろうと見定めたところに向かって歩いてみた。あまり離れると、暗闇の中で建物を見失う恐れがあるので、慎重に後ろを振り返り、位置を確かめつつ離れていく。今夜は月が細いので、空に輝く星の数は息を呑むほどだった。ノクトは、白い石を握り締めながら、自分の中に残るわずかな魔力を感じて、念じてみた。


…かすかだが、何かを感じる。何かが、ノクトの呼びかけに応えている


その時、ぼおっと、右手の中の白い石が光りだした。ほんの弱い光だが、この暗闇の中では、はっきりとノクトの顔を照らした。


応えているものがあるはずだ…


ノクトは辺りに目を凝らした。満天の星空の下に…地面からも星のように光る小さな点が見えた。


あれか…


ノクトが強く念じると、応えるようにわずかに強く光る…間違いない。集落は無事か。少なくとも、ノクトに応える何かは、そこにあるわけだ。


どうか…一行が生き延びていますように。


ノクトは静かに祈った。






































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