Chapter20.1-新たな旅のはじまり-

翌朝、アラネアは旅の計画を聞かされて驚いた。もしかして、ここに残りたがるかな…と一瞬思ったのだが、しかしすぐに、


「わかった!!」


と、満面な笑顔を向けた。あんなに学校が好きなのに、意外とあっさりしているな、と思う。

朝食の後、プロンプトはユハと山を降りていき、ノクトはアラネアたちにくっついて学校に向かった。道でこどもたちが、あー!王様だ!ノクトだ!と声をかけて、おはようと挨拶していく。ノクトは、通りで見守る大人たちの視線を感じて、恥ずかしそうに顔を伏せた。


こどもに話したことなんて、あっという間に広まるよな…


学校の建物の前に、イタキとコタンが並んで建っており、こどもたちを出迎えていた。


「おはようございます、ノクトさん!」


イタキは笑顔でノクトを出迎えた。


「テヨが、校長室で待っていますので。ご案内しましょう」


ノクトはこどもたちと分かれてイタキに続く。イタキは細い階段を上って、ノクトを2階に案内した。2階にも、下と同じようにいくつかの教室がつづくが、奥が校長室のようだ。まるで保健室くらいの簡単な扉がついていて、あまり重厚感はない。ノクトは拍子抜けしてその中に入る。テヨが中で、棚の整理をしていた。校長室…というより、研究室のような様相だ。実験台のようなものに、さまざまな薬草やら岩石やらのサンプルが並んでいた。それに、小さな神棚ようなものがあって、古いお堂でみたような小さな石像が置かれていた。


「朝早くからお呼びだてしてすみません」


テヨはノクトに椅子を勧めた。非常に簡易な丸い椅子が二つあって、自分もそのひとつに座った。


「貴方には…父が、随分と無礼なことを申したでしょう。本当に、申し訳ありません」

とテヨは深々と頭を下げる。


「いや、よしてくれ…こっちも散々迷惑をかけた」


ノクトは慌てて自分も頭を下げる。

テヨは、ノクトの様子にふふ、と笑った。


「思っていたルシス王のイメージとは、貴方は随分異なる」


「そりゃ…そうだろうな」


ノクトは頭を掻いた。


「いえ、決して悪い意味ではありません。私は…父のような、頑なな指導者しか知らないもので」


テヨは苦笑した。


「貴方は、とても心を開いた方ですね」


「うそだろ…まさか」


ノクトは絶句した。


「こどもたちに、心を開いてお話をしてくださったでしょう。直にお聞きできなくって残念だった。私はこどもたちや、イタキからかいつまんで聞いただけですが…しかし、貴方が取り繕うことなく誠実にお話をされているのがよくわかりました」


ノクトは、もうちょっと取り繕うほうがいいんじゃないかと、内心苦笑していた。


「まあ、喜んでもらえてよかったわ」


ふふ。とテヨは微笑んだ。


「ところで、今日お呼びしたのは…これをお渡しするためです」


テヨはノクトの前に右手を開いた。手のひらに、白い小さな石のついたネックレスが載っていた。石だろうが…宝石には見えない。鈍い光を放って、まだらな筋がはいっている。涙形に荒く削られてあった。チェーンも、特に貴金属と言う感じではない。


「これは…?」


「これが、我らの魔力の秘密です。貴方はご存知のはず…」


ノクトははっとして、その小さな石を見た。突然、自分の心臓が早くなるのを感じる。


「まさか…」


テヨは真剣な表情でうなずいて見せた。


「六神は、その一番大きな結晶を、貴方の祖先に授けました。しかし、他にも小さな結晶が世界中の地中から掘り起こされていました。これはそのひとつ… 結晶の精度もあまり高くはないが、里の近くまで行けば、これが、貴方を里まで導きます。我ら信仰の仲間…その血をわずかでも引き継ぐものは、この石の力を引き出します」


テヨは、ノクトの手をとって、その手のひらに石を載せた。その時、石は一瞬、わずかに光った。


「ユハがこの地にたどり着けたのはこのためです。まさか、石を持たぬ貴方がたどり着けるとは、父も私も驚きました」


「導かれたのさ…」


テヨは静かにうなづいた。


「お願いしたいのは…これは、プロンプトさんとアラネアさんにも秘密にしていただきたいのです。これは…父にも許しを受けていません。私は、禁を破ってこれを貴方に預けます。無事に里に着いたら、妹に返してはいただけませんか」


テヨは、妹を思う兄の顔をとなって、ノクトを見つめていた。ノクトは石を握り締めてうなずく。


「わかった。里を探す間だけ使わせてもらおう」


テヨは安堵した表情を見せた。しかし、テヨは、その後少しだけ躊躇うように黙った。決意したような表情をして、やがて顔を上げる。


「そして、もうひとつ、お願いしたいことが。妹のことなんですが」


「それも、信仰の秘密なんだな?」


テヨは、難しい顔をして頷いた。


「ご存知の通り…我々の魔力は、ルシス王家のそれよりはるかに弱い。この石の力を使っても、せいぜいできることは、人の目を欺く程度のこと…。しかし、稀に、血族のうちに先祖がえりを起こすものがいます。妹がそれです」


「先祖がえり…」


「妹は…強い魔力を持ちます。そしてその力で、この10年、この谷を守ってきました。神殿を一歩も出ることなく」


一歩も… ノクトは息を呑んだ。テヨは少しだけ苦しげな表情をしていたが、しかし、ふっと微笑を浮かべた。


「しかし、貴方のおかげで、ようやく妹を解放してやることができました。黒い霧が晴れたおかげで…」


その表情には感謝の気持ちが浮かんでいた。


「そうか…それはよかった」


「心配しているのは、その妹の力のことです。妹の力はまだ強いのです。我々の信仰では… 谷を守ること以外に魔力を使うことは硬く禁じられています。力は…使い方によっては身を滅ぼします。妹がもし、己を過信してその力を使えば…命の危険があります」


「つまり、力を使わせなければいいんだな?」


「お願いできますか。貴方からもよくよく言い聞かせて、危ないことから遠ざけていただきたいのです。父に似て、頑固な妹です。父の反対を押し切ってこの谷を出ました。私は、この10年の妹への負い目もあって、彼女の旅立ちを後押ししました…しかし、今は少し後悔しています。父は妹が外の世界に出れば…力を使わざるを得なくなると…そう考えていました。妹はもちろん、力は使わないと誓っていったのですが」


テヨは顔を曇らせる。


「しかし、今もし、一行が危険にあっているなら…」


「ええ…だから、それを心配しています。無事でいてくれればいいのですが…」


ノクトはその肩を叩いた。


「親父さんに似たなら、きっと無事さ。簡単にやられる気がしない。きっと探し出して、兄貴の言葉を伝えるよ」


ありがとうございます、とテヨは笑った。しかし、またすぐに真剣な顔つきに戻って

「そして…貴方も。もう力は使わないでください」

と付け加えた。


「オレの力はもう…」


ノクトは言いかけたが、テヨは首を振った。


「この石を持てば、少し力がもどるかもしれません。あるいは…妹の魔力に共鳴するかもしれない。しかし、貴方も、もう力を使うべきではありません」


テヨは、強く言い切る。急に年長のもののように貫禄のある態度に変わっていた。


「…使えば、貴方の、あるいは妹の身を滅ぼします。代々のルシス王が、その身を削ったように」


テヨの目に何がしかの魔力が宿っているのだろうか…その目を見ていたら、ノクトは、途端に、あのクリスタルの気配を感じて、背中に悪寒が走った。久しぶりに思い出される魔力の感覚… 


「わかった…あんたの忠告を守る」


ノクトも真剣な眼差しで答えた。


いよいよ、谷を立つ日が来た。ノクトは、朝早く目が覚めて、いつもの通り、墓地へと向かう。今日は、もう、日が昇りきる前から蒸し暑い。長い雨季はもうすぐそこだ。雨雲に追いかけるように旅立つことになる。

昨日は昼真っから、麓の寄り合いでノクトたちの送迎会だった。夕方には切り上げたのだが、それでもまだ、酒が残っている。ノクトよりも調子よく飲んでいたプロンプトのほうが心配だが…


あいつ、今日運転できるのかな?


ノクトは不安に思いながら坂を上る。墓地がすぐ見えてきた。ノクトは、今朝方摘んできた花を添えた。ハルエも終わり、花壇は急に寂しくなってしまったので、小さな野生のレンゲを摘んできた。

静かな墓の前に、レンゲの淡い紅色が映える。


ルーナ…行ってくるよ。また、会いにくる…


ノクトは静かに目を閉じて祈りを捧げた。

ふと、背後に人の気配がして振り向く。クヌギが、その難しい顔をして、睨み付けるように立っていた。


ついてこい、というようにクヌギは手振りをして、そして神殿のほうへ歩いていった。ノクトは、最後の説教かな…と思いながらその背中を追った。そのまま振り返りもせずに神殿へ入っていく…ノクトは、少し躊躇ったが、それに続いた。


クヌギは、奥の祭壇までは行かず、鏡の間に立ってノクトを待っていた。


「何をあやつに吹き込まれたかしらんが…」


とクヌギは苦々しそうに言う。


「…お前の身を滅ぼすのは私の知るところではない。しかし…娘を巻き込めば許さんぞ」


クヌギは目に凄みを聞かせてノクトを睨み付ける。

ノクトは、この頑固な男が、娘を思う父の気持ちを滲み出していて、かわいらしささえ感じた。


「オレは、ただ、あんたの娘さんを探し出すだけさ。あとは、谷に帰るよう言えばそれでいいんだろ?」


クヌギは、忌々しいさを全身で表し、そして、目を背けて祭壇のほうを向いた。


「…生きているとは限らん。もう一月たつ…」


「生きているさ」


ノクトは言い切った。その時、クヌギの背中が少しだけ動いた。


「あんたの娘だろう…あんたによく似てるって、テヨが言ってたわ。であれば、簡単に死にそうにないな」


ふふ、とノクトは笑いを漏らす。クヌギは、振り向かなかった。背中を向けたまま、しかし、その背中に、娘を思う、そして、10年の間、消息の知れない妻を思う気持ちが、現れているような気がした。

なんとなく…ノクトには、ルーナの墓を前にして取り乱した自分に、クヌギが怒りを覚えた理由がわかるような気がした。同じような苦しみを、この男も味わっているのだろう。


「チパシへ赴いた一行は…私の反対も聞かず独自の責任で発った。お前がその責任を負う必要はない」


クヌギは淡々と言った。


「彼らに同情は必要ない。お前は、お前の道を行け」


この男なりに、気を遣っているのか…


まったく素直でない。ノクトは、半ば飽きれ、そして半ば感謝の気持ちが沸いて、その背中に向かって軽く頭を下げた。


「…わかった。心使い感謝する」


沈黙する背中がもう話はない、と訴えていたので、ノクトは神殿を後にした。鏡には、旅立つノクトの、しっかりした足取りが写されたが、アーデンの気配も、ルーナの気配もしなかった。


朝食を終えて、一行は、ユハの家の前に止めてあった車に乗り込もうとしていた。アラネアは、珍しくぐずぐすしていた。急に寂しくなったかな… ノクトが先に後部座席に乗り込んで見ていると、アラネアはさげていたかばんからがさごそと紙を取り出して、シナとスイにひとつずつ渡した。


「手紙だぞ!!」


アラネアの顔は、恥ずかしそうに赤らんでいた。ああ、そういえば、昨日の晩、わざわざノクトたちの居間に居座って何かやっていると思ったら、手紙を書いていたのか… 

わっと喜んでシナが開くと、なにやらミミズののた打ち回ったような汚い文字が並んでいた。


「あ、り、が、と、う…」


シナはようやく書きあげたわずか一言だけの手紙を、丁寧に読み上げた。アラネアが、嬉しそうに笑う。いつも冷静なシナが、感極まって泣き出してしまって、そして、冷静な母親のイサも、同じように顔を赤くした。ユハは、娘と妻とを腕に抱き抱えて、アラネアを車に乗るよう促した。

一家は、車が動き出しても、いつまでもノクトたちを見送っていた。

道を降りていくと、学校の前までこどもたちがびっしり通りに出て、一行に手を振っていた。あーちゃん! と叫ぶ声が響く。みんなたいてい笑っていたが、中には目を潤ませているものもいた。アラネアは、窓をあけて威勢よくみなに手を振り返す。

校舎の前で、テヨと教員たちが立ちならび、やはり同じように手を振っていた。テヨは胸に手を当てて、祈りを捧げるように少しだけ目を伏せ、そして、車が目の前を通り過ぎる瞬間には、その頭を下げた。

御山を降りて麓を通り過ぎるまでも、方々でこどもたちが車の後を追い、大人たちは仕事をとめてお辞儀をしていた。最後にオヨケ爺の古い家屋の前を通り過ぎて、お爺がその縁側からのどかに手を振っているのをみると、それが、最後の見送りとなった。ノクトたちは、道沿いに進み、山間を進む。のどかな田園風景が背後に過ぎ、徐々にうらさましい景色に変わっていく。


「…谷を出たね」


荒々しいむき出しの山肌が見えてきて、プロンプトはハンドルの握りながら、ため息をついた。


「いい村だったなぁ…」


「また、くるだろ」


「そうだね」


アラネアは、誰かいるんじゃなかろうかと、いつまでも車の後ろを見ていた。

ノクトは地図を広げて、印をつけてもらった地点を見つめる。道路さえまともなら、休みつついくとしても明日の昼には着くだろうが…

2時間ほど走って、道はようやく山を抜けた。舗装した道路が現れた。山脈沿いに走る幹線道路だ。ひと月前に出発した一行がおそらく通っただろうと思われる道を、まずは進むことにしていた。どこかで道が寸断されているなら、トラックが道をそれた痕跡を残しているかもしれない…


「途中で引き返してこなかったってことは、それなりに進んだってこだよね。でも距離的にそこまでないもんなぁ… もしたどり着けたら、誰かが戻ってきていいもんだけど。ひとつき前だよね」


「そうだな…まあ、車がやられて立ち往生してるって可能性はあるだろ。里で何かあって、帰るに帰れなくなったとか…」


トラックはそれなりの物資を積んで出発したらしいから、よほどのことがなければ生き延びている可能性は高い。心配なのは車ごと大破するような大きな事故か…さまよう魔導兵との遭遇か…帝国軍の残党か…

熟練のハンターが二人…よほどのことがなければ、切り抜けられると思うが。


「ケスティーノのみたいな怪物かいたりさ…」


プロンプトはぞぞっとして、身震いしていた。


「わからんな… あるいは、ちょっとばかり出発が遅れて、こちらに向かっているところかもしれないし」


「すれ違ったら最悪じゃない?!」


「他に道があるとは思えない。迂回するつもりじゃなきゃ、どこかで会うだろ」


ノクトはいい加減なことを言った。

幹線道路はしばらく、順調だった。まっすぐに見通しのいい道路が続いていた。


「やばーい、こういう変化に乏しい道路って眠くなる…」


「交代するか?」


「んー、それより歌でも歌ってよ」


はあ?! ノクトはふざけんな、というように取りあわなかったが、アラネアが、よしきた!といわんばかりに歌を歌い始めた。


よく知らない不思議な旋律…それに、聞き取れない詩


ヨーガナーノノシートぅ バアアアラぁ ウンデウンデ


「ん? なんだ? 何語だそりゃ」


「谷の古い言葉だぞ。神様の歌だ!」


と言って、アラネアは、またよく分からない歌を続ける。まるで子守唄のような間延びしたメロディ… プロンプトはうわっとあくびをして、


「だめだー、その歌、眠くなるうう」


と訴えた。


「おい、とりあえず、適当に休憩しよう」


「了解~」


プロンプトは、他に車が通るわけもないのに、律儀に道路の端に車を寄せて、停車した。

停車してすぐに、プロンプトは座席を倒して昼寝にかかる。ノクトはアラネアと車を降りて、もくもくとした大きな雲が流れていくのを見た。


「いよいよ降るかもしれないな…」


降り出す前にテントを建てたいな、とノクトは思う。

道路の両脇は荒地が続いていた。両側とも遠くのほうには山が連なるのが見える。西側は、それほど高い山ではない。黒々として、例の植物が覆っているようだ。東側は、谷から離れるにしたがって、荒れた斜面がむき出しになっていて、茶色の土肌と灰色の岩肌の混じった光景が続いていた。アラネアは、もらってきた画用紙を広げて、早速絵を描き始める。プロンプトが昼寝をする小一時間…ちょうどよいかもしれない。

アラネアが絵に集中しだしたので、ノクトは手持ち無沙汰で、ぶらぶらとその辺を歩いてみた。道路のアスファルトは状態がよく、さすがに軽トラックの軌跡は残っていない。まあ、道がこの状態なら、道なりに進んだと思って間違いはないだろう…


にぎやかな谷を抜けて荒野に久しぶりに出ると…急に寂しさを感じる。ノクトは、自然と谷のほうへ振り返っていた。ルーナの墓が思い浮かぶ…その墓の前に行きたくなる。


墓が恋しくなるなんて、オレも重症だな…


この何日かは旅の準備で慌しくしていたせいか、落ち込むことも少なかったが…こうして暇をもてあますと、暗い気持ちが戻ってくるからいけない。

はああ っとノクトはため息をついた。


あ! と、突然アラネアが空を見上げた。


「雨だ!」


ノクトもつられて空を見る…確かに、いつのまにか、灰色の雲が空一面を占めていた。しかし、降ってきたか? まだノクトにはわからない。アラネアは紙をぬらすのがいやらしく、そそくさと片付け始めた。

と、ノクトのほほにも雨粒があたる。


「降ってきたか…」


ノクトとアラネアは車に乗り込む。うとうとしていたプロンプトが、二人の物音に気がついて、目を開けた。


「ん?どかした?」


「ああ、降り出してきたわ」


話している途中から、フロントガラスにぽつぽつと雨があたり、見る見る間に本降りとなった。


「あー…まあ、しばらく道がよさそうだから大丈夫だと思うけど」


「とりあえず、出る前にメシでも食っておくか」


3人は、この日のためにイサが気合を入れて作ってくれたお重を開けた。わあああ、と鮮やかな惣菜の数々に、歓声があがる。こりゃ、食べきれないな…

祝い事の仕出し弁当のように、中身も豪勢なら、彩りも美しい。わざわざ、野菜が花形に切りそろえられていたり、塩付けにされた花びらが添えられていたりして、とても素人の料理とは思えない。


「これは、お店を出せるレベルだよね?!」


「そだな」


アラネアは、ものもいわずにお重を突っついて、その味にも感銘を受けていた。プロンプトは小エビのから揚げを見つけて箸をつける。


「あー!プロンプト、さっきからえびばっかり!!ずるい!!」


アラネアが言いつける。


「だってー、おいしんだもん、この川えび」


プロンプトがぺろっと舌を出した。アラネアは慌てて自分もえびをほうばる。ノクトの分は…申し訳程度に残った小さなひとかけら。苦笑しながらそれをつまむ。


「食べ過ぎたらまた眠くなるぞ。また、夜にしよう」


ノクトが言わなかったら、二人は際限なくお重をつついていたのに違いない。ゆっくり弁当を楽しんでいる間に、外の雨は強くなっていた。しかし、見通しのよいこの道路をまっすぐ進むだけなら問題はなさそうだ。

三分の一ほど中身を残して、しぶしぶお重をしまう。プロンプトは、案の定、重くなったおなかをさすっていた。


「うー、ちょっと食べすぎた…」


さすがのアラネアも、うー、と同じように唸って腹をさすっていた。


まったく…


「ノクトー、もうちょっとしたら交代してね」


「ああ、了解」


プロンプトは気を取り直して、シートベルトを締め、アクセルを踏む。アラネアは、お腹がふくれて、とろんとした目つきで外を眺めていた。ノクトも雨の流れ落ちる窓を眺める。ついに、長い鬱屈とした雨季がはじまったのだ。朝も夜も蒸し暑く、じめじめする季節が。

ニフルハイムの高地に差し掛かれば、この雨雲を抜けるだろう。うまくすれば今日中に、その入り口までいけるはずだ。

しばらく順調に車を飛ばしていた。アラネアはことんと眠りに落ちていた。プロンプトは寝ないように、うだうだとどうでもいい話をしていた。


「アルミナちゃんだっけ…すごいよね、10年も閉じ込められてたなんてさ。まあ、ノクトも閉じ込められてたけど、その時、彼女7歳だったんでしょ?狂うでしょ、そんなの」


「オレの場合は、ほとんど意識があってないようなもんだったからな…そんな苦痛は感じなかったが。こどもがあそこに閉じ込められるのは、さすがにきついよな」


「今は…その、ふつうなの、その子?」


プロンプトがちょっと、引っかかるようなもの言いをする。


「ああ…別になんとも言ってなかったな。ただ、閉じこもっていたせいか、普通の人より体が小さいって言ってたな。遠目からみたら、まだ、こどもに見えるってな」


「ふううん」


それからちょっと間があって、だが、また眠くなりそうだったのだろう。話を始める。


「それで、ええと、家を貸してくれてたノヴィアさんてどんな人?」


「さあ、なんも聞いてない」


「年とか?」


「しらねぇな」


もう!とプロンプトは不満そうに唸る。


「ルーナ様がお世話になったんだからさぁ、その変はおさえといてよ!」


「まあ、会ってからでいいだろ。礼はしたいとは思ってるよ。いろいろと話も聞きたいしな…」


といって、ノクトは沈んだ様子で黙ってしまった。プロンプトは、しまった、と言う顔をして、次の話題に切り替えた。


「それで、二人のハンターってのは?」


「んん、名前を聞いたんだけど、忘れたな…なんだっけ?」


「オレも聞いたよね、それ…なんだっけ? えええと、ブブブブブ みたいな感じ」


「なんだよそれ」


といって、ぶっとノクトが噴出す。


「そんな感じの音だったよ、ねぇ?!」


「そうか?」


「結構な熟練のハンターなんでしょ」


「って、言ってたな。でも、年は、オレらくらいだと言ってたぞ」


「オレらも、熟練の域でしょう?!」


プロンプトは力を入れて言う。


「熟練ねぇ…まあ、年齢だけ考えればな」


「え?!おかしくない?! あれ、ノクト知らないか、オレのハンターランク!!」


「おお、聞かせてくれ」


じゃじゃじゃああん! とプロンプトは、胸ポケットからハンター証を取り出してノクトに見せる。ノクトは受け取ってまじまじと眺めた。


「お、グランドマスター?」


いまいち、すごさが分からないノクトは、首をかしげる。


「いっとくけど!それ、デイブと同じランクだから!!!」


プロンプトは憤慨して言った。


「マジかよ?!」


「マジも大マジ!!ちなみにいうと、グラディオも同じだよ。でも、ランクあがるの、オレのほうが少し早かったんだからね!!」


どんなもんだい! プロンプトは鼻の下をこする。10年前、ノクトのハンターランクはどこだったろうか…もう思い出せないが、ぜんぜん大したことはなかったはずだ。


「へええ、そりゃ、熟練だな。間違いねえわ」


「だよね?!」


プロンプトは興奮して話したおかげで、だいぶ目が覚めたようだった。会話はそこで切れたが、機嫌よく鼻歌が聞こえてきた。ノクトは、ふっと笑って、自分は外を眺める。灰色の雲は遠くまで続いていて、やみそうになかった。まあ、ケスティーノで出くわした雨ほどには激しくはない。雨季特有の、じめじめしとしと、の長雨だ。


「あ、あれ?!」


プロンプトが声を上げて、車のスピードを落とした。


「どうした?」


「うん、道路に何かある。ちょっと見て来て」


「わかった」


プロンプトが車を止めた。その目の前に、道路に亀裂が入っているのが見えた。ノクトは、傘をさして車を降りた。見ると、地盤がずれたのだろうか…道路をまたぎ、その周辺の大地に大きな亀裂が入っている。亀裂の幅は50cmほどだろうか…しかし、道路の亀裂の上には、ちょうど車が通るのによさそうな幅で、板が2枚横たえてあった。

その板に上に、タイヤの黒い後…間違いない。軽トラはこの上を通ってる。

ノクトは車に戻った。


「地面に亀裂があるんだが…あの板の上を通ればいけそうだ」


「あの板、アルミナちゃんの一行が置いていったのかな?」


「たぶんな」


プロンプトは板の場所を確かめるように慎重に車を進めて、そして、亀裂を超えた。どの先はまだ、普通に進めそうだ。


「交代するか?」


「ああ…いいよ。だいぶ眠気も覚めたし、大丈夫そう」


プロンプトは再びスピードを上げる。雨のせいか、アラネアはよく寝ていた。昨日、リーベリ家最後の夜は、もしかすると興奮して、遅くまでこどもたちで話でもしていたのかもしれない、とノクトは想像する。


こいつは、あちこちで家族を作ってくるよな…


ノクトには、やっぱりそれが、少しだけ羨ましい。


「あっついねー、ちょっとエアコンいれようか」


「そだな」


ガソリンをケチってエアコンを我慢していたのだが…プロンプトはついにエアコンのスイッチを入れた。すううう、と涼しい風が入ってきて、ノクトはほっと息をついた。すでに、自分のTシャツも、じっとりと汗で濡れていた。

アラネアが、昼寝から目覚めたとき、ちょうど雨も小降りになってきていた。


「あーちゃん、よく寝たねぇ」


「そろそろ、休憩すっか」


「そうだねぇ、オレもちょっとトレイ行きたい」


プロンプトは、傘を差さずに用が足せればなぁ、と、周辺を見渡した。その時、行き先の異変に気がついた。


「ノクト、あれ!!!」


言われて、ノクトも運転席のほうへ身を乗り出して前を見る。ちょうど県境なのだろう…度尾路沿いに建物がいくつか並んでいたのだが…そのうちの高いビルが倒壊して、その瓦礫が道路を埋めつくているのが見えた。


車は、瓦礫の前まで近づいて止まる。


「…どうする?」


「ちょっと、様子を見てくるわ」


ノクトがそういったが、結局3人がそれぞれ傘を持って車を降りた。プロンプトは用を足しに、適当な建物の影に入っていった。アラネアは、倒壊したビルの、残った1,2階部分、鉄筋がむき出しになっているところを熱心に観察している。ノクトは、道路の上を何かの痕跡はないかと前かがみで見て回った。

雨も降っているし…軽トラがどう動いたのか、よく分からない。

プロンプトが戻ってきて、ノクトの傍に来る。


「あっちのほうへ迂回すれば、向こう側にいけるかもしれないけど、行ってみる?」

と、道路の左側をさして言う。ノクトは少し考えて…


「もう暗くなり始めている。明日まで待とう。できれば、トラックの通った痕跡を見つけたい」


と言った。

ノクトたちは、念のため、車を建物の影に目立たないように止めて、そして、倒壊の恐れがなさそうな古い1階建ての店舗をえらんで、その中で一夜を過ごすことにした。ゆがんだシャッターを押し破って中に入る。埃くさい空気が立ち込めていたので、たまらず窓を明けた。幸い、中はそれほど荒れてはおらず、もとはレストランだったのだろう。テーブルや椅子がそのまま残されていた。ノクトたちはテーブルをよけて、広いスペースを作ると、そこに寝袋を置いた。ランプのもと、テーブルの上で夕食にする。昼の残りのお重があったので、あとは、夜用にと作ってもらったおにぎりと合わせて、簡単に済んだ。

カウンターに入り込んで、何か使えるものがないかと物色したが、残念ながらめぼしいものはなかった。

食事を終えると、アラネアはノートと教科書を取り出して勉強をはじめたので、ノクトとプロンプトは大いに驚いた。


「お前…なにやってんだ?」


思わず言ってしまったノクトを、プロンプトは怒った顔をして小突く。


「茶々入れないの!!」


アラネアはまったく気にした様子がなく、教科書としてもらった本を懸命に読んでいた。たぶん、小学1年生向けの本と思うが、しかし本人の顔は真剣だ。声をだして、一文字一文字、確認するように読む。二人は感心して、だまってアラネアを見ていた。昼寝のせいもあってか、この日アラネアは、おそくまで、ランプの明かりで教科書を読んでいた。


















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