chapter19.11-次の扉-

アラネアを学校に送り出してほっとする朝のひと時、プロンプトは居間のテーブルに地図を広げていた。

「道路が寸断されてるっていうから、車がどこまで使えるかな?」

「道路の状態もそうだが、残りの燃料も問題だ。最短距離で行っても、グラレアまで持つかどうか」

「そっかー…じゃあ、やっぱり寄り道は難しいかなぁ。最後は車を乗り捨てるにしても、帰りはここまで歩いてこなきゃ」

プロンプトは、必要な物資の計算をして、難しい顔をする。

「例えばだけどさ、一度シャンアールまで戻るのはどう?」

「たいぶ遠回りだろ」

「でも燃料も手に入るだろうし、あそこの軍用道路から行ったら、かなり近いんじゃない? 道の状態も、期待出来そうだしさ」

そうだな… ノクトは唸る。
シャンアールにまだ、アラネア隊がいるかもしれない…が、アコルドの茶々も入らないとは限らない。

「危険な賭けだな…シャンアールがアコルド政府の支配下に入っていないとも限らないし…」

ノクトは首を振った。
そうかぁ… とプロンプトは残念そうな顔をする。

「いいアイデアだと思ったんだけどなぁ…」

食料の確保は、おそらくこの地でも協力は得られるだろうが、車の燃料の確保は難しいだろう…仮にこの集落に燃料の備蓄があるとして、外の世界と同様、よほど貴重なはずた。ノクトたちの旅の目的では…クヌギにどやされるのが落ちだ。
まあ、のんびり考えようぜ、と、ノクトはその肩を叩いた。

「それとな、プロンプト。出発のことなんだが…」

プロンプトは、何事かと顔をしかめる。

「うん…」

「いや、3人で出発することには、不満はないんだ。お前らにもお前らの理由があるんだ。オレに止める権利はねぇわ。なんだが…でも、この先、…もしかしたら、どうしても1人でいかなければならないってときが、あるかもしれない。そん時は…」

「わかってる」

プロンプトは言葉を被せる。

「わかってるよ、ノクト」

その顔は、優しく、それでいて、決意しているような顔だ。

「そん時は、あーちゃんと2人で待ってる。どっかでキャンプでもしてさ。何日でも、待ってるから」

そして、にっこりと笑った。

一歩もひかねぇな…

ノクトは、負けた、というように首を振ってみせた。

この数日で御山の気温がぐんぐんと上がっていた。東の空から厚い雲がもくもくと沸き立って流れてくる。ケルカノあたりでは、もう、雨季が始まっただろうか。いつもの朝の墓参りに後、神殿の脇の見晴らしのいい場所に立って、ノクトは空を眺めていた。雲の流れは、御山の頭上を通り、そしてそのまま西の方へ…テネブラエも雨季には相当の雨が降ると聞いたのを思い出す。
恵みの雨… その季節を境に、木々も作物もぐんぐん成長する。この鬱陶しい季節を超えて、生き物たちが一気に命を広げる。しかし、ニフルハイムの中心部には、その雨季がない…乾燥し、痩せた土地が続く。
暑いだけで乾燥した大地…それはどれだけ苛酷だろう。帝都グラレアが高地で栄えたのは、ニフルハイムの他の地域より気温が低く、苛酷な夏を凌ぎやすかったせいだと言われる。それでも、肥沃な土地とは言えなかった。冬には、容赦なく雪に閉ざされる。その苛酷な自然環境に抗うように、高度な導力文明が発展した…幼少のころ、不思議に思ったものだ。苛酷な自然環境が文明を育てるという側面。ルシスはどうだろうか、と不思議になった。側近たちはみな、ルシスの文明はニフルハイムに劣らないと、口を揃えていたが。
それじゃあ、戦争に負けてる理由が説明できないじゃねえか。若い頃のノクトの中に、苛立ちが募ったのを思い出した。

ガヤガヤと複数の人の気配がして、ノクトは墓地の奥の階段の方を見た。男たちが階段を上がってくるのが見える。見たことのない顔だが…神職の一族のものなのだろう。3人いる。
神殿に用だろうか?珍しいな、と思いながら眺める。男たちは、道を上がってすぐ、ルーナの墓に、花が添えられているのを見つけたようだ。気温が上がりすぐに花が萎れたので、今朝方、新しい花束をイサに作ってもらったばかりだった。白いハルエの花は、今年はもうこれで最後だろうと言っていた。
男たちは、花を指差しながら何事かを話し合っていたが、やがて、神殿の先から、自分たちの方を見ているノクトに気がついた。男たちはちょっと手を挙げて合図をすると、ノクトの方に向かってきた。

「お騒がせをします…あなたが、ノクトさん?」

先頭の、髪を短く刈り上げた男が聞いた。ノクトよりも若くみえる。クヌギと同じ、髪は白に近い銀髪だ。この一族に多いのだろうか。

「そうだ。オレに用か?」

「いえ、アラネアさんから話を聞いていたものですから。学校で、指導をしているテヨと言います」

テヨは笑顔を向けて握手を求めた。

「お、…先生か。あいつが世話になってる」

ノクトは、握手に答えた。

「随分迷惑をかけてるんじゃないか?」

「まさか!アラネアさんは、熱心な生徒ですよ。他の子どもたちの、いい刺激になっています。心から学ぶのを楽しんでる…学びの本質を教えられますよ」

「そう言ってもらえると、嬉しいが…」

度量が広い、いい教師のようだな…と、ノクトは思った。

「ところで、あのお花はあなたが?」

「ああ、今朝、イサに作ってもらったんだ」

「ハルエですね。あれは、再会の花と呼ばれています。ご存知ですか?」

「いや…初めて聞いたな」

「イサが気を利かせたのでしょう」

と、テヨはにっこり笑った。そして、ちょっと頭を下げると神殿のほうへ行ってしまった。後ろからついていく男二人は、テヨよりはるかに年上に見えたが、明らかにテヨを敬っている様子が伺えた。

先生ってのは、ここでも偉いんだな…

ノクトは気になって一行の様子を目で追う。神殿の入り口で、あとの二人の男は中に入らずに待っていた。テヨだけが、躊躇うことなく中に入っていった… 
ノクトは一行の動向が気になって、しかし、この目立つ場所でまじまじと見ているのも、気が引けた。なんとなくルーナの墓まで戻り、その前で胡坐をかきながら、時々神殿のほうを見る…ここからは、入り口が見えないが、ついてきていた男たち二人が、ほどよく神殿から離れたところで立ち話をしているのが見えた。テヨを待っているらしい…テヨは何の用だろう。

ノクトは墓の上に飾られた涼しげな花束を見る。白い…レースのような可憐な花びら。再会の意味があるとは知らなかったな…
ノクトはその意味を切なく感じながら、たたずむ。

ほどなくして、神殿のほうから気配がして、振り向いた。離れて待っていた男のところに、ユハが近づいていく。ユハは男たちとなにやら話をして、それから、ノクトのいる墓地のほうへ向かってきた。

「まだ、ここにいるか?」

「いや、別に…あんたは?」

「今日はもう仕事が終わってね」

と、肩をすくめて見せる。どうやら、神殿を追い出されてきたらしい。

「親子水入らずで話がしたんだろう」

「親子…クヌギの息子か」

「そうだ。聞かなかったか」

「ああ、学校の先生としか…」

行こう、と誘われて、ノクトもユハたちに続いて丘を降りた。ついてきた男たちは、親しげにユハと話を交わしながら、ユハの家の前まで一緒についてきた。そこで分かれようというとき、男の一人がノクトに声を掛けた。

「ノクトさん、あんた暇なら学校を見に来るかい?」

え、とノクトは驚いた顔をしたが、ユハは、それはいいな、と付け加える。

「今日はテオは一日がかりで、学校にはこれないだろうし…たぶん、外で写生でもさせてると思うが」

「じゃあ…せっかくだし、顔をだすか」

ノクトはこれまで、学校のある地域まで下っていくのを遠慮していたのだ。秘密主義のこの御山で、ルシスの血をひく自分が出歩くのは、クヌギがいい顔をしないだろう、と思っていた。もっとも、誰に止められていたわけでもないし、プロンプトはときどき顔を出していたようなのだが。プロンプトは今日は麓まで降りて留守だった。サヨイに手伝いを頼まれているとか言っていた。
ノクトはやや緊張して、いつもはアラネアの背中を見送るだけの道を、男たちについて下った。道を折れるとすぐに下のほうに、山の中腹にぽつぽつと民家が見えた。道に沿った先に、寄り合いほどの大きな建物が見える。もっとも、その建物も石作りだ。
わああああ と子どもたちの声がして、下の斜面のほうを見ると、画用紙を持ったこどもたちが、大喜びで方々へ散っていくのが見えた。写生っていってたっけな…
男の一人はそのまま分かれてさらに道を下っていった。残った一人は、先ほど声をかけてくれた40くらいの男だが、学校の関係者なのだろうか。こどもたちが写生をしている辺りにノクトを案内してくれた。

あー、コタン! と子どもたちが男を見て口々に呼ぶ。

「おー、よーかけてるか」

男は教師らしく一人ひとりの絵を見て回る。こどもたちは興味津々、うしろにくっついているノクトを見る。

「誰だ?」

「あーほれ、あーちゃんとこのノクトだよ」

あー!ノクト!!!

と、こどもたちはなぜか納得した様子で声を揃えた。ノクトは…なんだか、嫌な汗をかいた。アラネアは、なんて話しているんだろうな…。

あーちゃんなら、あっちだよー、と、こどもの一人が手を引いてくれる。さらに斜面を下って、アラネアは、地面からむき出した岩の前にいた。その前にこどもたちが群がって、アラネアの描くのを覗き込んでいた。教師らしき若い女性も、その中にまじっていた。彼女はすっかり感心した様子でアラネアを見ていた。

アラネアは、いつものように夢中で紙に向かっていて、ノクトに気がつきもしない。ノクトはこどもたちに混じって、そっと後ろからアラネアの描く様子を見ていた。
あ… とノクトは驚きの声をあげた。画用紙に描かれている絵は、鉛筆で、微細に描かれた苔むした岩…その描写があまりにも真に迫っている。岩肌のひとつひとつの影が、絶妙に再現されていて、岩の重量さえ感じる。

絵は好きだと思っていたが…まさか、こんな精密な絵を描くようになっていたとは…

「ほんとうに、言葉をなくしますね」

ノクトの様子を見て、女性の教師は小さな声で囁いた。

「アラネアさんは、とても、すばらしい才能を持ってます。感性もすばらしいけど、学ぶ意欲がすごいの。こどもたちは、ちょっとまえに文字も読めなかったアラネアさんが、すぐに自分たちに追いつきそうだって、焦ってますよ」

女性の声は興奮していた。
これまで、アラネアへのほめ言葉なんて、優しい人々の気遣いとばかり思っていた。女性の言葉に、ノクトは、がん!と、頭に響くような衝撃を感じていた。分かっているつもりで…オレはまだまだ、アラネアを見くびっていたらしい。

すごいな、こどもの成長は…

圧倒されるような、変化。まぶしいくらいに。
ノクトに気がついたこどもたちが、好奇心をむき出しに、徐々に周りに集まってきた。
ねぇ!と、男の子の一人が木の枝を持って、ノクトに構えた。

「剣を教えて!」

なんだ…あの、初日のチャンバラの場にいた子どもか?

ノクトは、苦笑した。さすがに授業中だから、と躊躇っていると、こどもたちがわあああっと寄ってきて、次々と枝を手にする。

剣だ!剣の使い手だ!

そばにいた女性教師は、ふふふ、とおかしそうに笑ってその様子を見ていた。いいのか?? と思ってその顔を見ると、どうぞ、というように、うなづいてみせる。

ううう… あの時より相手が多いな

ノクトは、めんどうだな…と思いつつ、適当に武器なるものを探した。大振りの枝が、アラネアの描く岩のそばに落ちていた。ノクトは何気なく、ひょいっとそれを拾い上げるとこどもたちのほうに向き直った。

わああああああ、 とこどもたちが歓声を上げて、それだけで逃げていくものもあれば、遠くから自分も枝を拾って参戦してくるものもいる。ノクトが、大げさに一振りすると、わああああとまた歓声があがって、半数くらいは逃げていった。残った子供も、大半は、きゃっきゃっと笑いながら、腰が引けている。
ノクトは、軽い脅しのつもりで、枝を大きく振り上げると地面に叩きつけた。土が大きくえぐれてはじけとぶ。こどもたちは、大喜びで逃げ回った。

「なんだ、誰も向かってこないのか?」

ノクトは、やや飽きれて子どもたちを見やる。そのとき、ノクトの背後から声がした。

「ノクトおおおおおお!!!!!」

アラネアが、ぶっとい木の枝を抱えて、ノクトに向き合っていた。目は怒りに燃えているように見えた。

「あーちゃんが、描いていたのに!!!!ゆるさん!!!!!」

どうやら、ノクトが持ち出した枝は、アラネアが写生していたものだったらしい。目が本気だ。

「あ、わりぃ…」

ノクトは冷や汗を掻きながら、アラネアに向き合った。アラネアの本気の目は…野生のそれだ。ノクトでもひるむくらい、すごみがある。

ううううう… アラネアは久しぶりに野生の本性をあらわにして、目をギラギラさせている。太い枝を持っているが、素手で襲い掛かってきてもおかしくない…
取り巻いていたこどもたちは、いつの間にか、遠巻きに息を呑んで、二人の対決を見ていた。
ううううう… 唸りながらノクトのそばにじりじりと近寄る。ノクトがごくりとつばを飲み込むと、アラネアはさっと右手をだした。

「返して」

へ?

「返してよ、その木!!」

ああ… ノクトは慌てて、持っていた枝をアラネアに渡した。アラネアは、ほらっ!!と怒ったようにアラネアは別の枝をノクトの手に叩きつけるように渡した。アラネアは、ぷいっと背中を向けると、写生していた場所にもどり、慎重に絵と見比べながら枝を元の位置に置いた。そして、無心に絵を描きはじめる。

あっけに取られてノクトはその背中を見ていた。ありゃ、ホンモノだな…
その時、わああああ と声がして、油断したノクトの背中をがん!! と叩くものがあった。

「いってぇええ!!」

振り返ると、2,3人のこどもがわぁあああ と逃げて帰るところだった。

「よおおし、手加減しないぞ!!」

ノクトはわざと大きな声を張り上げて、こどもたちを追いかけ始めた。きゃあああ、とうい声があちこちからあがって逃げ回る。そのうち、年長の男の子たちが集まってきて、果敢にノクトに挑んできた。坊主頭のこどもは、なかなかの体格をして、枝の振り方も様になっていた。

ちったぁ、こういう訓練もさせているのかな…平和なこの地では戦闘訓練など皆無かと思ったが。

ノクトは、多少加減して、何回かこどもたちに打ち込ませた。しかし、本気になって一振りすると、あっというまに持っていた枝が吹き飛んだり、割れたりした。こどもたとは、へえぇ と感心してみせた。見ていた女性教師が、拍手をした。

「はい、じゃあ、あとは写生に戻って。午後は、ノクト先生に特別授業をしてもらいましょう」

ええ?!

ノクトは驚いた顔をして女性教師を見たが、彼女は笑っている。わああああ とこどもたちは大喜びをして、そして大人しく写生に戻っていった。

「名乗り遅れましたね。私は、イタキといいます。ノクトさん、よろしくお願いしますね」

「おい…特別授業って。何も教えられねぇぞ」

イタキは、からからと笑って
「すべてから人は学べるものですよ」
と言った。

「貴方の経験を少しお話してくれればそれでいいの。特にこの外の世界の話は、こどもたちもなかなか聞く機会がないから」

「しかし…いいのか? 外の話をして…それに、こどもが聞いて楽しい話はあんまりないぞ」

「どうぞご心配なく」

ノクトはいたく不安になったが、イタキは取り付く島もなかった。
こどもたちはお腹がすくまで夢中で絵を描いていた。やがて昼に近づくと、お腹がすきはじめた子から勝手に弁当を広げて食べ始めていた。アラネアは、まだ飽きずに画用紙に向かっている。ノクトはその脇に座って、その様子を眺めていたが、こどもの一人がやってきて、イサから預かったと弁当の包みを届けてくれた。

「おい、アラネア…まだ食わないのか」

「先に食べて」

アラネアは振り向きもせずに、冷たく言い放つ。ノクトは、しぶしぶ一人で弁当を広げた。作り立てなのだろう、まだ暖かい。握り飯のほかに、漬物、卵焼き、野菜の肉巻き…など、色とりどりの豪華な弁当だ。ノクトは、イサに感謝をこめて、手を合わせて、いただきます、と食べ始める。
プロンプトは下で、サヨイと楽しく飯をくってるんだろう…一方、オレはガキの相手か、とちょっとプロンプトが羨ましい。といっても、イタキもなかなか綺麗な女性だ。少し前、学校を見に行ったプロンプトが、あーちゃんの先生が超美人!と騒いでいたのを思い出した。
確かに綺麗だが…教師ってのは、ちょっと苦手なんだよな…。

教師との思い出にはあまりいいものがない。レギスの意向で、一般人の学校に通ったものの、教師たちはみな、ノクトとの距離のとり方に戸惑っていた。そりゃ、そうだよな…こども心に、ノクトも戸惑う彼らに同情したものだ。
あとから聞いたら、王族関係者が伝統的に通う名門校もあったようなのだが、いったいどうして学校選びがああなったのか、ノクトにもよく分かってない。以前親父に聞いて、ルシスの一般的な感覚を身に着けてほしいからだの、と適当なことを説明された気がするが、何かもっと入り組んだ事情があったのかもしれない。だが、結果的によかったと思っている。プロンプトという親友にもめぐり合えた。クラスの連中とはそれなりに距離は置いていたが、騒ぐのは大概はじめのうちだけで、後は割りと身分とか意識せずに過ごせた。

ノクトが弁当を食べ終えることになって、アラネアはようやく、筆をおいた。

「できた!!!」

ぱあああ と嬉しそうな顔をして、画用紙をノクトに向ける。

「どうだ!!」

おおお… ノクトは思わず唸った。苔むした岩と横たわる倒木…コケの一本一本が区別されるみたいに執拗に描きこまれていて、絵全体は黒っぽくなっていた。そのせいか、重厚感があって、ものすごい迫力で迫ってくる。

「すげぇな…」

圧倒されて、ノクトが呟く。ふふん、とアラネアはノクトの反応に満足したようだ。そして、くるくると画用紙を丸めると、丁寧に紐で結んで、それからようやく弁当を広げる。よそのこどもたちは、そろそろと弁当を片付けて校舎のほうへ引き上げ始めていた。アラネアは、あっという間に弁当を平らげたので、追いつくのは簡単だった。
こどもたちがぱあっと寄ってきて、アラネアとおしゃべりを始める。あーちゃん、あーちゃんと呼ばれている様子を見ると、ここでも人気者らしい。こいつ、本当に、どこへ行っても心配がないな… ノクトは感心する。ノクトの子ども時代、大概は人を避けて、距離を置いて、いつでも不機嫌そうだった自分と比べると、羨ましいくらいだ。

ノクトはアラネアたちに続いて、校舎に入った。といっても、ノクトがイメージした学校の建物とはだいぶ違っていた。いくつかの大きな部屋がある。ひとつは図書室か…壁際に本が敷き詰められているが、中は広々とした場所に絨毯が敷いてあって、クッションだの、ゆったりしたソファだの、くつろげる場所になっていた。その隣は…工具がたくさん用意されている部屋。広々とした作業台に、作りかけの工作が転がっている。その隣は、大きなホールだ。およそ半円になるように、ばらばらに椅子が置いてある。こどもたちはそこへ入っていき、おのおの適当な椅子に座ったり、あるいは、床に座ったりしている。

「あ、ノクトさんはこちらへどうぞ」

イタキに声をかけられて、ノクトはしぶしぶ、半円の中心におかれた椅子に腰掛けた。こどもたちの視線が一気に集中して、ノクトは怯んだ。その目は期待に膨らんでいた。

マジか…なんにも用意してないぞ。何を話せばいいんだ…

ノクトは嫌な汗を掻いていた。話で盛り上げるのはアラネアのほうが得意なのに…代わりにしゃべってくれないかな…

「じゃあ、これからノクトさんからお話を伺いますね。何か聞きたいことがある人!」

と、イタキが言ったので、ノクトは胸をなでおろした。質問に答えりゃいいんだな。

「どこから来たんですか!」

と、最前列にいた小さな男の子が元気よく声を上げる。オーソドックスな質問にほっとする。

「ルシスと言う国から来た。ここから、ずっと遠いところにある国だ」

「王都のインソムニアですよね。このあたりかしら…」

と、イタキは背後の壁に貼ってあった大きな地図で、その位置を知らせる。おおお、と教室がどよめく。

「どうやって来たの?」

質問が続く。ノクトは立ち上がって、地図をなぞりながら
「まず、港まで車で出る…車はわかるか?」

「エンジンでうごく機械だろ!」

少し大きな子が、したり顔で言う。

「そうだ…まあ、あとでプロンプトに写真でも見せてもらえ。その機械で、ボートが置いてある港まで出たんだ。ボートで海を渡る…お前ら、海は見たことがあるか?」

こどもたちはきらきらした目でノクトを見つめ、みんな、首を振っていた。そうだよな…

「海って言うのはな、塩辛い水がずっとずっと続いている。この地図のこの地面の周りは、海なんだ。この水の上を、ボートで渡る」

「泳がないの?」

「泳いでわたれる距離じゃない。一日泳ぎ続けてもつかない。途中で疲れて死んでしまうぞ」

へええええ 
変なところで感心されたな…と苦笑しながら、ノクトは先を続ける。

「ええと…ボートでこんな感じに海を進んで、そして、オルティシエという町に入った。水に囲まれた美しい町だ。町の中を、船で移動する。建物はみな海の中に建っているんだ。地図で見ても、小さな島ばかりだろう…」

ほおおおおお

こどもたちは引き込まれる。見てみたいなぁ、と誰かの呟きが聞こえた。

「そして、また、ボートでこっちの大きな大陸に渡った。ケルカノは、このあたりかな?」

ノクトは自分の怪しい知識に、しばし迷う。地図は、何かを元に拡大して手書きで書かれているようで、地形以外には、地名もなければ主要道路や鉄道の記載もなかった。
助けを求めるようにイタキを見たが、イタキも肩をすくめていた。

「ええと…オレの記憶が怪しんだ。だいたいのイメージだぞ。あとで、ちゃんとした先生に聞いてくれ」

といって、ノクトはまた指でなぞり始める。

「ケルカノって町をでて、鉄道沿いに車で進んだんだ。もっとも今、鉄道は走っていないが…」

「テツドウってなに?」

小さな子が恥ずかしいそうに隣のこどもに聞いているのが聞こえた。他の子どもが、
「導力で動く大きな鉄ののりものでさ…」
と説明しているのが聞こえた。

「それで、うー、このあたりかな。山の道にはいって、シャンアールって大きな城があるところを通ってな。そこから、飛行艇にのってこの近くまで来た。飛行艇ってのは、空をとぶ乗り物だ」

「オレ見たよ!!!この間!!」

オレも!私も!と言う声が次々とあがった。

「そうそう。あの時、みんなで大騒ぎになったよね」
とイタキも相槌を打った。

「ノクト、空を飛んだの?!あれに乗ってきたの?!」

こどもたちの羨望のまなざしが一斉にノクトを見る。

「ああ…アラネアもな、一緒に乗ってきたよな」

子どもたちは今度は一斉にアラネアを見た。ふふん、とアラネアは自慢げに鼻を鳴らしていた。

「そこからはまた、車だな。とっても迷ったんだ。山の周りをうろうろして…最後は歩いてこの集落に入った」

大冒険だぁ… すごい旅だぁ… とこどもたちが感心して声を上げた。

「はい!夜寝るときはどこに寝たんですか?」

「町にいるときは家の中だが、荒野に出てからはテントだな」

「ごはんはどうしたの?」

「プロンプトが作ったな」

こどもたちは、トイレはどうしたんだ、とかお風呂はどうしたんだ、とか、テントで寝るのは怖くないのかとか、思いつきでなんでも聞いてきた。ノクトは変なことに興味を持つな、と思いつつ、適当に答えた。特にトイレの話は、キャンプのときは、テントから離れたところにひとりで行って、地面にうんこをするんだ、といったら、子どもたちは大喜びだった。

まあ、ガキにうんこの話はテッパンだよな…

ノクトは、イタキの様子をちらちら気にしたが、イタキも一緒になって笑っていた。

「ノクトは、剣士なのか?」

と、突然誰かが言った。話が飛んだな…と思いながら、ハンターをなんて説明しようかと考えていると
「違うだろ、旅人だろ」
と、異を唱えるものが現れた。

「違う、戦士だ!」

「探検家だよ!」

こどもたちは口々に違うことを言って騒ぎ始めた。子どもたちの好きな冒険物語のキャラクターをあげるものもいた。

「違うぞ!」

突然、アラネアが大きな声を上げる。

「ノクトは王様だぞ!」

教室はしん、となった。
ノクトはぎょっとして、イタキの顔を見る。イタキは平然として、ノクトにちょっと微笑みかけた。事情は知っているらしいが…

「王様って、なんの王様?」

こどもたちが不思議そうにアラネアを見る。

「ノクトはルシスの王様だ。な?!」

とアラネアはしたり顔で、ノクトに同意を求めた。こどもたちの目が一斉に、ノクトを見た。

まいったな…

ノクトは答えに詰まる。しかし、こどもたちの目が、答えを待っている。

「まあ…そうなんだが…」

ノクトはようやく、煮え切らない返事をした。

ええええええええええ  と教室はざわめいた。

「王様って、王様って何をするの?」

もっともな質問が、小さい子どもからあがった。

「王様によるだろうな… たぶん、普通の王様は、国を治めるんだ」

ノクトは冷や汗を掻きながら、しどろもどろに答える。

「国を治めるって?」

「政治をするんだよ…難しいか。そうだな、国のみんなが困ったり、争いをしないように、みんなで守るルールを決めたり、みんなで必要なものを作ったりする。たとえば、こういう学校とかな? あとは外の国と、話し合いをしたりな」

学校を作るのかあ テヨみたいな人のこと? ばか、テヨは王様じゃないだろ。校長先生だろ と子どもたちがあれこれ言い争っている。

「王様って偉いんだよね?」
と、誰かが聞く。

「どうかな…」

ノクトはすっかり困って、しきりにあご髭をこすった。

「偉いんだろ!家来がいっぱいいる!」

「お城に住むんだよね?」

「王冠は?!王冠はないの?!」

わあわあと、質問があがって、収拾がつかない。イタキは、ぱんぱんと手を打ってこどもたちを静かにさせる。

「はいはい、質問は順番にね。いっぺんに言ったらわからないでしょ」

それで、しんとなって、こどもたちは急にけん制して、誰が次の質問をするのかと、お互いの顔を見た。その時、一番前に背中をまっすぐにして座っていて、いかにも秀才と言う感じの男の子がさっと手を上げた。

「王様で一番大変なことはなんですか?」

おおお、 すごいことを聞く。と他の子どもたちは感心している。

「…そうだな」

ノクトは、王としての仕事などまだひとつもやったことがないのを、いまさらながらに気がついて、何を話せばいいかと迷った。

「一番大変なのは…いつも、他のみんなのことを考えているってことかな」

こどもたちは、ぽかーんとした。

「つまりな…自分のしたいことはいつでも後回しだ。明日は、どこへ行きたい。今日は何したい。誰と一緒にいたい…全部後回しだ。毎日毎日、困っている人がいたらその人をどう助けるかを考える。争う人がいたら、どうやって争いをやめさせるか考える。危険があったら、どうやってみんなを守るか考える。明日もあさってもその次も…将来ずっと人々が幸せに暮らすにはどうしたらいいかを考える。考えるけど…答えがないんだ」

ノクトは、ほおお、 とため息をついた。こどもたちは、息を呑んで静かに聞き入っていた。

「王様は本当は強くはない…でも、みんな強い王様のほうが好きだろ。だから、一生懸命に強く見せる。でも、本当は、一番困っていて一番助けてほしいって思ってる。わりぃ…世の中には、もっとカッコいい王様もいるんだろうが…オレはそんな王様だな」

なんだか、神主様みたいだな… と誰かが呟いた。いや、そうじゃないだろ…と、また教室のあちこちで、いろんな声があがった。
アラネアは堪えきれなくなったという様子で、すくっと立ち上がった。

「ノクトは、カッコいいぞ!!そりゃ、ダメなときもあるけど!でも、あーちゃんが助けるから大丈夫だ!」

アラネアはまじめな顔をしていたが、教室は笑いに包まれた。

ありがとな…ノクトは、笑ってその目を見つめ返した。

学校がはけて、ノクトは、アラネアと、シノ、スイと並んで家路を歩く。アラネアはやや興奮した様子で、今日の学校のできごとをあれこれと思い出して話をした。ノクトの講義のあとでイタキが行った算数の授業では、アラネアは大きな数の足し算を答えて見せると言う、見せ場もあった。ノクトの面前で活躍を見せられたのがよほど嬉しかったのだろう。あーちゃん、ちゃんと答えられたよな? と何度もノクトに確かめる。ノクトは、しつこいなぁ、と思いながら、付き合って相槌を打った。

ノクトはこどもたちに一日付き合って疲れも出て、夕飯前に昼寝でもするかと、ユハの家の前で3人と別れた。家に戻るとまだ、プロンプトは戻ってきていない。まあ、夕飯までには戻るだろうと思って、ベッドにそのままどっしりと体を横たえる。

しかし、きつかったな…あの質問は。

屈託のないこどもたちに、王様とはなんだ、と詰められるとは。誰もノクトを責める意図はないのに、内心突き刺さるものがあって、胸が痛かった。

王様か…

頼むぜ、王様…はやく答えを見つけてくれ… ノクトは独り言を漏らしながら、目を閉じた。

「ノクト!ノクト!!」

プロンプトの声がして、ノクトは目を覚ました。気がつくと窓の外は暗くなっていた。すっかり眠り込んだみたいだ。

「ああ、なんだ、飯か?」

ノクトは寝ぼけながら体を起こす。

「ちが…いや、違わないけどさ。ユハさんたちが来てる。話があるって」

え? ノクトは何事かとプロンプトに続いて、居間に出た。ユハと、テヨが真剣に何かを話し込んでいたが、ノクトが入ってくるのを見て顔上げた。テーブルには、ノクトたちの夕食が用意されていた。

「わるいな、押しかけて」
とユハが言って、それからテヨが、
「急ぎでお願いしたいことがありまして、参りました」
と続けた。

「ちょっと話が長くなりそうなんだ。で、夕飯はこっちに運んでもらったから。まあ、メシを食いながらぼちぼち話そう」

ユハがすすめるので、一向は冷めないうちにと、料理に手をつけた。

「相変わらず、イサの料理は巣晴らしい。ご一緒させてもらえるなんて、幸運です」

テヨが褒めると、いやいや、とユハが謙遜したが、その顔はまんざらでもなかった。

「親父との話はすんだのか?」

ノクトは、メインディッシュの煮魚をほおばりながら聞く。

「ええ… 食事も取らずに先ほどまでかかりきりでしたが、ようやく。ご存知のとおり頑固な男なのでね」

とテヨは笑った。

「まったく、頭が下がるよ。君じゃなきゃとても説得できなかっただろう。助かった」

とユハは、感謝の言葉を述べた。

年は若いが…学校を運営しているだけでなく、唯一神主に対等に渡り合える有力な人物なのだろう。それは、単に、その息子だと言うだけではなそうだ。

「頼みたいことってなんだ?」

「それなんですが…実は、たくさんあります」

ノクトとプロンプトは顔を見合わせた。テヨは、意味ありげに笑っていた。

「ひとつずつお話しなければなりませんが…まず、この10年の黒い霧が晴れたこの土地が、どういう立場にあるか…あなた方なら容易に理解できると思います。我々は長いこと魔力で守られたこの土地で暮らしてきました。人の目を欺き、外の世界から隔絶することで守ってきた土地です…しかし、その役目は終わりました。貴方と、神凪が役目を終えたように」

テヨの表情に哀愁は感じられない。むしろ、新しい時代を堂々と向かえる、若者の勇ましい目をしている。

「長い贖罪の時代は終わり、我らの神の魂も、苦しみから解放されました。我々一族の魔力も、やがて消えるでしょう。この場所は、そうそう長く隠しておけません。我々はこれから、その存在を明らかして、外の世界と繋がりなおす必要があります。もちろん、各地に点在する隠れ里に、ゆるいつながりはありますが…それも、この10年の間途絶えていました。外とのつながりを取り戻すのに、貴方にもお力を貸して欲しい。だが…今すぐ、何かして欲しいという話ではありません。我々も、貴方に頼りきるつもりはありません。これから、我々も時間をかけて自分たちの行く末をしかと見極める必要があり、変わっていく必要があります」

ノクトは、この若者のしっかりと地に足の着いた様子に、すっかり感心した。親父は頑固一徹でこれまでを守るだけで必死なようだが…息子のほうはちゃんと未来を見ている。

「もちろん…力になれることがあれば協力は惜しまないつもりだ」

ノクトは言った。

「ありがとうございます」
とテヨはちょっと目を伏せてから、すぐに
「さて、直近で言うともっと厚かましいお願いがあります」
と続けた。

ん? とノクトは、不思議な顔をした。

「実は…あなた方に、行ってきて欲しい場所があるのです。この土地と、帝都グラレアのちょうど中間あたりにある隠れ里のひとつです。チパシ という集落になります。このオルブビネの谷と親密に交流のあった里は限られていますが、その数少ない集落のひとつです。実は、その集落に向けて、ひと月ほど前に、この谷から4人の者を派遣しました。二人は長らく外の世界をめぐりながら谷のために働いてくれた熟練のハンターです。一人は、この家の持ち主のノヴィアという女性で、残る一人は私の妹のアルミナです」

テヨは少しだけその顔を曇らせた。

「…10年前の黒い霧で閉ざされたとき、私たちの母がちょうどその集落へ赴いていました。それから連絡が取れないままです。その集落には、こちらと通信をするための機械が用意されていたのですが、その通信が途絶えたのです。単なる故障ならいいのですが…。4人は救援物資をトラックに積んで、その集落に立ちました。計画では、あちらで通信機を修理するか、それが無理であれば一月以内に谷に戻る予定でした」

「それは…心配だな」

テヨはうなずいた。そして真剣な顔をしてノクトを見た。

「我々は、他に長距離を移動できる車両を持っていません。しかし、燃料であれば、いくらか用意ができます。ノクトさんたちは、車でいらっしゃいましたよね?しかも、軍用の車両と聞いています。この先の道がどうなっているか誰にも分かりませんが…今、一番現実的な移動手段はその車しかありません。妹たちを探しに、チパシまで行ってはもらえませんか」

ノクトは、黙った。プロンプトがノクトの顔を見た。

「ちょうど…グラレアに向かう予定だったし…ねぇ?」

「そうだな…もし、その集落まで行って見つけられなったら、その時はそのまま帝都に向かうつもりだが、それでも構わないか」

「ええ、もちろんです。集落にいなければ…もう、探すあてがありません。残念ですが、捜索は諦めるしかないでしょう」

テヨは覚悟を決めたように答えた。

「…まあ、手がかりがあるようなら、なるべく周辺を調査してみるさ」

ノクトは慰めるように言う。テヨは頭を下げて感謝を伝えた。

「出発は…急いだほうがいいだろうな」

「ええ、助かります。こちらで、物資の準備をしますので、2,3日いただけますか」

「わかった。車がこの近くまで持ってこれるといいんだが…」

とノクトが言うと、ユハとテヨは顔を見合わせて、ちょっと笑った。

「実は、あなた方の車の位置は、把握しています。行き止まりのように見えたと思いますが、実はあの道は…」
とテヨは申し訳なさそうに言った。

「そうか…まんまと騙されたな」

ノクトもプロンプトと顔を見合わせて笑った。

「私が一緒に行こう、道がわかる」
とユハが申し出た。

「じゃあ、オレ、明日、ユハさんと行ってくるよ」

「ああ、頼むわ」

話がついて、一行は緊張がほぐれた。ノクトはノクトで、燃料が手に入り、帝都グラレアへの道が具体的になってほっとしていた。

「ノクトさんは、また、明日、学校まで来ていただけるでしょうか。もう少しだけ、お話したいことがあります」

「わかった」

テヨはただやさしく微笑んでいただけだが、ノクトは、不思議な緊張感を覚えた。テヨが打ち明けようとしていることが、信仰の秘密にかかわることなのだろうと予感して。

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