Chapter19.10-再生-

場違いなほどに明るい日差しが差し込んでいる。まずはじめに、ぴかぴかの、削りだされたばかりの墓石が、どっしりと地面に設置された。そして、その前の、まだ手付かずの地面を、せっせとシャベルで掘り起こした。ひとつ差し込むごとに掘り起こされる土の量は、驚くほどに少ない… その白くて細い腕では、振り下ろしたシャベルは、さほどの深さにもつき刺さらない。

しかし、飽くことなく、繰り返し土が掘り起こされる。少しずつ…少しずつ、その深さは深まっていく。十分な広さになるころには、夕焼けの光が差し込んでいた。ようやく、真新しい棺が、掘り起こされたばかりの穴に下ろされた。まだ誰も眠っていない空っぽの棺が、土の中で口をあけている。

ルーナは、そこへゆっくりと体を横たえた。まるで、幸せに満ちた笑顔を浮かべ、血の通った生き生きとした肉体が、棺に横たわる。祝福するように、無数の花びらが、その棺の上に降り注ぐ。まるで…本当に…満足したような表情…

その上に、ゆっくりと棺の蓋が閉じられようとしている…


はっ として、ノクトは目をあけた。いつもの白い天井が見えた。


ーのくとぉおお、あさごはんだぞぉおおお


家の表から、アラネアの声がする。いつものように、朝飯に呼びにきたのだろう。うううん、と隣のベッドで、プロンプトがうなる。


「ほら、めしの時間だぞ」


ノクトは、ベッドの上に体を起こして、プロンプトの声をかけた。足元のベッドカバーの青い刺繍が、目に入った。今日も、生き生きと花開くジールの花…


朝ごはんに呼ばれてリーベリ家に赴くと、アラネアが昨日の学校の話を続けている。学校へ行き始めて、5日はたったか…明日はお休みらしいが、アラネアにはそれが不満のようだ。


「あ、あ、…あ、ら、ね、あ」


アラネアは、ノクトたちの前で名前を書いてみせる。へえええと、ノクトとプロンプトは覗き込む。5日もあれば名前が書けるようになるのか…


「きっと、来週はお手紙が書けますね。アラネアさんはとても飲み込みが早いって、指導をしている者もそう言っていました」


イサは、我が子のことのように嬉しそうにノクトたちに教えた。

確かに…頭は悪くないよな、とノクトは思う。これまで一行の窮地を救ってきたアラネアの機転は、野生の勘といってしまえばそれまでだが…しかし、常識的な物差しでは計れない知性を感じるといえば…感じる。


「いってきまーす!」


いつものように、アラネアが元気よく挨拶をして、シノ、スイと一緒に学校に出かけていく。すっかりおなじみの光景となった3人の後姿を、ノクトとプロンプトは見送っていた。


「さあて、今日も行きましたねぇ」


プロンプトは、うきうきした様子で言う。


「今日はどの辺に行くんだ?」


ノクトは聞く。プロンプトは、この数日は御山の周辺を撮影して回っていた。家の近くにいるときは、イサの手伝いもして畑の手入れなどの力仕事もやっていたようだが。


「今日は、オレ、ちょっと下まで降りてくるね。ユハさんにも許可もらったしさ」


「おう、そうか。行って来い」


じゃあ、オレは、一日、墓の前でのんびりしてくるか…


ノクトもこの数日は、半分は墓の前でのんびりと思いをめぐらし、半分は…なぜか神殿の掃除やら、その周辺の片づけやらに借り出された。暇があれば大概が墓の前にいるので、クヌギかユハに声を掛けられて手伝いをすることが多い。といっても、少しは借りを返さねばと思っていたノクトにとっては、ありがたいことだった。

一昨日借り出された神殿の床拭きは、なかなか体力仕事だったが、自分が泥で汚したこともあって、文句も言えなかった。それに、体力仕事を少しずつこなすおかげで、体の調子も回復してきたのは確かだ。クヌギの不機嫌な態度にもすっかり慣れ、今は日常のひとコマになっている。

ノクトはのんびりした気分で、今日も庭先から一輪の花を引き抜くと、墓地のほうへ向かった。今日の花は、小さな花弁を花火のようにたくさんつける黄色の花…茎が無数に枝分かれして、その先にそれぞれ小さな花をつけている。名前はなんというのだろう…あとで、イサに聞いてみるか。

イサが作ってくれた花束は、すっかりしおれてしまっていたが、花びらの藍色がまだ鮮やかだったので、捨てるのに忍びなくてそのままになっている。ピンクや赤や白の、毎日一輪ずつ添えられた中に、今日の黄色の花が加わる。


今日も綺麗だ…


ノクトは、ルーナに微笑んで見せて、そしてその前に、どっかりと座る。

こうして、語りかける毎日も、涙をこぼさずに済むようになったのは、一昨日くらいだろうか。ノクトは、少しずつ、自分の回復を感じ、その一方で、まだぐずぐずとしていたい誘惑に駆られる。


あと、どのくらい…ここでこうしていいようか。


ノクトは自分に問うてみる。しかし、ここでこうしていないというのなら、何をするんだ?

ノクトは、空を仰いでみた。木陰の合間から、よく晴れた空が見えた。どこまでも、続いている空…たぶん、ルシスまでも、あるいは、二フルハイムの帝都、グラレアまでも。


どこへ行く…オレは…もう、正真正銘、何も持っていない…


どこまでも空っぽな自分を感じてみる。空虚だが…静かだ。誰の声も聞こえない。風の音が、時折耳に届く。


無になっていく自分… 目的も、何も、ない。


ノクトは気がつくと、そっと目を閉じていた。しかし、暗闇という感じはしなかった。むしろ、白い…白い空間。そこに何が現れるのか…じっと待っている。


オレは、どこへ…


何もない空間に問う。神でも人でもない。すべてのはじまりの、そこにあった虚無。ルシスの呪いも…アーデンの憎しみも…人々の祈りも…神凪の願いも… 何にもない、その始原に。オレは、なんである? そして、どこへ向かう?


ノクトは、ほお…と、小さな息を吐いた。


ルーナ…オレは…その先に進むわ…


ノクトは、頭を墓石に押し付けた。


その夜、次の日は学校も休みということもあって、リーベリ家の食卓も、リラックスした雰囲気が漂っていた。御山にあがってから、下の集落と打って違って酒を勧められることがなかったのだが、この日は、食卓に果実酒が持ち出されて、大人たちに振舞われた。神職の一族にとっては酒は、かえって特別な飲み物として、儀式のときや祝い事などでしか振舞われないらしい。時折食卓に上がるのは、たしなむ程度のアルコールの弱い果実酒だけだ。

同じ地域の中にあって、御山と谷の集落ではまったく異なる文化を持っているように見える。ユハの漏らす言葉の端はしから読み取れるのは、二つの異なる民族が、共同して暮らしているらしいということ。おそらく…もとは別の民族なのだろう。しかし、容姿や名前からさっするに、御山と谷の集落はゆるやかに交わり、今に至っている。ルシスの血を引く神主の一族が先か…谷の民が先か…それはわからないが、お互いに不必要に干渉せず、神職の一族の力に守られつつ、谷の民も御山を尊重する…そんな、不思議な共生が、この忘却の地を形作っている気がした。

ゆったりとした夕食を終えたあと、ノクトは、大事な話があるから明日は墓参りに付き合え、とアラネアに告げておいた。アラネアも、そして聞いていたプロンプトも、あれ、と驚いた顔をしてノクトを見た。

翌朝、ひさしぶりに、旅の仲間、3人水入らずの時間となった。イサが気を利かせて、新しい花束をアラネアに持たせてくれた。青いリンネの花も数本入っていたが、このごろ咲き始めた白い花が中心だった。花びらの淵に複雑な切れ込みが入り、まるでレースのように見える華やかな花だ。


「この花は、ハルエといいます。暑い雨季が来る前に咲く花です。これから、ますます暑くなるでしょうね」


と、イサが教えてくれた。


「ハルエ…は春の最後に咲くんだね。ハルだ、ハルだ」


と、言葉に敏感になっているアラネアが言う。昨夜は、デイジーにもらった本を自分で読んだと言っていた。プロンプトは、感心してアラネアの話に聞き入る。ノクトは二人の様子を見て、静かに微笑んでいた。

やがて、イサの予告どおり、まだ昼前というのにぐんぐんと気温が上がるのを感じた。さわやかだった森の空気が、今日は少し湿って、むっとしている。ノクトたちが墓地まであがりきったころには、それぞれにしっとりと汗をかいていた。

アラネアは、わあああ、と真っ先に墓に駆け寄って、そして、新しく持ってきた花束を飾る。ノクトが毎日新しい花を足していったので、ルーナの墓の前は花畑のようになっていた。うわああ、花がいっぱい!アラネアが声をあげる。

ノクトはアラネアの頭をぽん、となでてから、いつものように墓の前に跪いてしばし黙祷する。横にいるアラネアも、静かになっていた。


ルーナ…綺麗だ


それから再び目を開けると、リラックスした様子で、どかっと近くの芝に足を投げ出した。


「さあて、と…」


ノクトが何か言おうとしているらしい、と悟って、アラネアも、プロンプトもその周りに腰をおろす。ノクトは、やさしく、しかし寂しげに微笑んでいた。


「あのさ…」


ノクトは体を起こした。迷いつつ、口を開く。


「…すぐって話じゃないんだが、だが、まあ、もう少ししたら、ここを出ようと思っている」


その口ぶりに、プロンプトは不安な表情を見せたが、黙って聞いていた。

ノクトはちょっと迷って、口ごもってから、


「ルシスには…まだ、戻れない」


と言った。


「…わりぃな。少しずつ回復はしているが…まだ、ぜんぜんなんだ。オレが、いまどれだけ情けない顔をしているか、自分でもわかってる。こんな面して、ルシスには戻れない。」


そんなこと…と、プロンプトは言いかけたようだが、声にならなかった。


「この数日、ここでずっと考えていたんだ…この旅の意味をな。ここまでルーナに呼ばれてきた…その意味がある気がするんだ。だが、まだわかんなくてな。もうちょっと、先に進まないといけない気がしている…だから、オレは、帝都を目指すことにした」


え?! と、プロンプトは驚いて、顔を上げた。アラネアは、わからずにぽかーん、としている。


「何の意味があるか、わかんねぇけど、でも…決めた。ま、正真正銘、何にもねぇかもしれないがな。だが…この先が、これまで以上に危険な地域だってことはわかってる。しかも、もう、この先に目的はない。だから、お前らを連れては行けない。ここでわかれよう」


ノクトは、強く言い切った。プロンプトは、何かを言おうとして、しかし唇を噛んで下を向いた。肩が小さく震えているのが見えた。


「あーちゃんは、ノクトと一緒に行くぞ?」


アラネアは平然として言う。こいつ、なんにもわかってないな… ノクトは苦笑して


「ダメだ。この先は連れて行けない。もう、行く先には何にもないんだぞ。危険な魔導兵がどれだけうろついているかわからないし…」


「やだ!あーちゃんは、ノクトと一緒に行く!」


アラネアは声を荒げた。


「ダメだと行ってるだろ!!」


ノクトも思わず怒鳴った。


「この先はオレの旅だ…いいか。お前らには関係ない。オレが…自分ひとりで意味を見出さなきゃなんねぇんだ…でなけりゃ、空っぽのままだ…」


ノクトは苦しそうに肩を震わせて、そして、堪えていた涙をやはりこぼしてしまった。情けなそうにその涙をぬぐう。


「全然…だめなんだ…回復してねぇんだよ…だから…」


やだあああああああああああああああ!!!!!!!

アラネアが、突然大声で叫ぶ。その声は森中に鳴り響いた。その顔は、怒りと悲しみで、真っ赤になったり真っ青になったりした。

ノクトはあきらめたように、弱々しく頭を振る。納得は、させられないだろう…

その時、押し黙っていたプロンプトが、さっと顔を上げた。


「オレも!!オレも嫌だ!!!!!」


大きな声で、叫ぶ。


「ノクトだけ行かせられない!!!オレも行く!!!!」


絶対いくうううううううううううう!!!!!

まるで子どもみたいに…アラネアと一緒になって叫ぶ。


ばかか、お前ら…


ノクトは、叫ぶ二人の姿を呆然と見ていた。どうしていいのかわからなくなって…そして、体を丸めて嗚咽を漏らした。ダメだ、ダメだ…と力なく呟く。泣き叫ぶ3人の声が、うだるように暑くなってきた森の中で、しばらく続いていた。


結局、その朝、泣き疲れるまで3人で泣いて…そして、結論が出ないまま、家に戻る。3人とも泣きはらした酷い顔をして、昼食のためにリーベリ家に集まると、シノとスイは何事かと驚いた顔をして、押し黙った。イサは何事もない様子で3人に接した。3人とも食欲はあまりなかった。昼食を早々切り上げて、ノクトたちは家に戻る。ノクトは寝室にはいり、プロンプトは、なんとなく居間にいた。しばらくして…居間からプロンプトの寝息が聞こえてきた。


ずっと一緒に旅をしてきたんだし、すぐに気持ちの整理はつかないよな…オレも、あいつらも


ノクトも眠ろうと目を閉じた。朝、散々泣いたおかげか、不思議と気持ちのよい疲れの中にいた。ノクトはすっと、眠りに落ちた。

小一時間ほど眠ったろうか。家が静かなのが気になって起き上がる。居間をのぞくと、ソファで眠っていたはずのプロンプトの姿はなかった。涼しい風が窓を吹き抜けて、レースがゆれている。


怒らせたかな…


ノクトはため息をついて、ソファーに腰掛けた。


いきなりだったもんな…やっぱり怒ったか


しかし、何度考えても、二人を連れて行くことは考えられない…この先、どこへ行こうとしているのか、自分でさえわからないのに。だけど…それが必要だってことはわかる。二人にはうまく説明できそうもない…。

だが一方で、黙って出て行くようなことはしたくないと思っている。ここまで自分のわがままに付き合って道連れになってくれた二人への感謝は、本当に伝えきれない。二人がいたからここまでこれた…ルーナまでたどり着けた。


焦ることはないさ


ノクトは自分に言い聞かせる。きちんと、二人が納得するまで時間を掛けよう。もう、この先は、焦る理由もないんだから。


その日、結局プロンプトは夕飯になるまで家に戻らなかった。ノクトがいつものとおり、シノに呼ばれて、夕食時にリベーリ家を訪れると、プロンプトはすでに食卓にいたが、まるでよそよそしく黙り込んでいた。アラネアは、遅れて姿を現した。スイが、どこに行ってたの?ときいていたので、アラネアはアラネアで、ひとりでどこかにいたらしい。なんだかぶすくれているアラネアと、沈んでいるプロンプトで、ぎこちない空気が食卓にただよっていた。ユハは何か用事があるらしく、その夜は食卓に現れなかった。姉妹はすぐに異変に気がついて緊張していたが、イサはいつものとおり、動じることなく会話を振った。


「思ったとおり…今日はずいぶんと気温が上がりましたね」


「ああ、そうだな」


テンションの低いプロンプトとアラネアにかわって、ノクトが答える。


「まもなく雨季が来ます。このあたりの雨季は、本当に毎日のように雨が続いて、しかも気温が高いので蒸し風呂のようになります。お国のルシスではいかが?」


ああ…とノクトは抑揚のない声で答えて


「地方によるが…王都にいるときは、ずっと建物の中ですごしてたから、気にしたことがなかったな」


「家の中の気温を調整するとか…そういう機械があるのですよね」


ノクトはちょっと家の天井を見わたして


「ここは…空調はないんだな」


「夫がここへきた時にも、いろんな珍しいものを持ち込んだのですが、そういったものは…」


と、イサは笑った。二人は、他の者が沈黙する食卓の中で、当たり障りのない会話を続けた。といっても、みな、居心地の悪さで、夕食ははやめに終わった。ノクトはいつものように礼を言うと、長居をせずに家を出る。いつもはくっついてくるプロンプトが…見るとまだ、居間のほうへ残っていた。

ノクトは、一瞬待っていようかとも思ったが、自分のいないところで話がしたいのかもしれないと思い直して、先に家へ帰った。

暗い家に一人でもどる。電気をつける気になれず、そのまま居間でひとりたたずむ…


静かだな…


ここを出て、一人で旅を始めたら、ずっとこんな感じなんだろう。一日中、誰かと口をきくこともないかもしれない。ノクトは、荒野でひとりキャンプをしているところを想像してみた。はぜる焚き火を一人で見つめる…きっと、めんどくさがって、夕飯はいつも缶詰だ。たまにはお湯を沸かして、コーヒーくらいは入れるかもしれない…。

釣りができるような場所があるかな?しかし、進む先はずっと内陸だ…ここから帝都のほうへ進めば、もとからしてやせた土地… あまり楽しい想像はできない。

すぐに飽きちまうかもしれないな…と思って笑う。その時、静けさを破って、表からがやがやと声が聞こえてきた。プロンプトとアラネアのようだ。


「ノクトー?」


部屋の中が暗いので、不思議に思ったようだ。玄関の電気をつけながら、プロンプトが中へ入ってくる。すぐに、暗い居間の中にたたずんでいるノクトを見つけた。


「ノクト、大丈夫?」


心配そうに聞くその声には、怒りは感じられなった。


「ああ、大丈夫だ」


ノクトは笑った。


「電気つけるよ」


「ああ」


プロンプトが電気をつける。アラネアも、もう怒っていないようだったが、何か面白いことでも始まるのか、楽しそうな顔をしていた。


何が始まるんだ…?


ん、ごほん!! プロンプトがノクトの正面の椅子にすわり、かしこまって咳をする。アラネアも、笑いを堪えるようにまじめな顔を作って、プロンプトの横に座る。


「ええと、じゃあ…はじめます」


プロンプトは緊張した様子で、口火を切った。しかし、えー、とか、うーとか言いながら、まごまごして、なかなか本題が始まらない。ノクトは、首をかしげながらプロンプトの次の言葉を待った。見かねたアラネアが、プロンプトの腕をこづいて、


「家族会議!!」


と、言い放った。


「あああ、そうそうそう!それ!今から、家族会議を始めます!」


ごほん! 照れ隠しにもう一度咳払いをする。


「まず、本日の議題ですが、この旅の次の行き先ですね。ええと、あと、誰がそこに行くかってことだけど」


「もう!違う!!」


とアラネアが見かねて声を上げて、


「まず、振り返りだろ。その発表からだっていっただろっ」


と、もっともらしいこと言うので、ノクトは思わず噴出した。プロンプトは、ああ、そうだったと頭をかいている。


「なんだよ振り返りって」


「つまり、ね。ノクトは、ルーナ様に会うためにここまで来た。それは、オレもあーちゃんもよくわかってる。だよね?」


とプロンプトはアラネアを見る。アラネアは、ようやく台本どおりになったと、うんうんと用意していたように思いっきり頭を振る。


「ノクトはルーナに会いに来たんだ!」


「ああ…そうだが…」


ごほん!と、ダメ押しに、もう一度プロンプトは咳をする。


「だけど、ノクトはわかってないよ。オレとあーちゃんが何でこの旅をしてきたのかってことだよ」


プロンプトの意外な言葉に、ノクトは豆鉄砲でも食らったような顔をして


「そりゃ…」


と言いかけると、プロンプトはすぐに遮った。


「ノクトは…ただ、オレたちが、ノクトにくっついてきてるって、そう思ってんじゃない?」


ノクトは、開けた口をそのまま、ぽかんとあけて黙った。プロンプトと、アラネアは、申し合わせていたのだろう。その予想通りの反応に、してやったりと言う顔をして、二人で目配せすると


「残念でしたー!!」


と二人で声を揃えていった。


何のコントだよ…


「ええと、じゃあ、はじめに発表したい人!」


プロンプトの呼びかけに、アラネアは勢いよく身を乗り出して手をあげ、はい!はい!はい!と主張する。


…って、ふたりしかいないじゃねぇか


ノクトは内心でツッコミをいれながら、黙って二人のやり取りを眺めていた。


「じゃあ、あーちゃん!どうぞ!!」


「はい!あーちゃん行きます!」


アラネアは指名されて、すくっと立ち上がった。はやくも学校教育の効果がでたのだろうか。背中をまっすぐにして、ノクトにプレゼンをはじめた。


「あーちゃんは海のそばで、ノクトとプロンプトを待ってました!!だってボートは、とっても素敵だったので、絶対に秘密があると思ったぞ!!そして海へ出たんだぞ!!遠くの海だ!!すごい!ボートはあーちゃんより早かった!!そして、じゃじゃーん!オルティシエに到着しました!!思ったとおり!面白いものがたくさんあって、素敵な壁がたくさんあって、そして、こどもがいっぱいいました!あーちゃん、知ってるよ。みんながあーちゃんに会いたがってたってこと!」


ふふん、と得意そうに鼻を鳴らす。それから?それから?とプロンプトが耳元で囁いて、先を促す。ええと… とアラネアは先の話を思い出そうとして、天井を見上げた。


「あーえーとな。あとな、そうだ。キャンプにも行かないと、みんなに、ろうせきをあげないとな。トマとルーにも会いに行かなきゃいけなかったし、おっきな怪物にも、会いにいかなきゃいけなかったし」


「忙しいな、お前」


ノクトは、笑いながら茶々を入れた。


「そうだよ、あーちゃんは、とっても忙しい。やることがたくさんある」


アラネアはふんっ と鼻を鳴らして見せた。


「あとなー、ルーナもあーちゃんに会いたがってたな。だから来たんだぞ!」


…ノクトは少しだけ目を伏せた。何かまた、心のうちに静かにこみ上げるものを感じていた。


「はい!次、オレ!!」


と、プロンプトは、手を上げた。


「プロンプト、どうぞ!!」


と今度はアラネアがプロンプトを指名し、アラネアは椅子に座った。プロンプトが演説をはじめるように後ろ手に組んで立ち上がった。


「えー、えーと。オレは、ノクトが目覚めたとき、ほんとに嬉しくてさ。なんか、オレ…ようやく自由になれた感じがしたんだよね。ノクトが帰ってくるまで…ノクトの分までガンバんなきゃって思ってから。その上、もう、ノクト死んじゃったら…きっと、ルシスから離れなれなくなるって思ってさ。…あ、ごめん!なんか、嫌な言い方…その、嫌だとかそんなんじゃないし、それは、とてもやりがいがあることだけど…でも…正直、とっても重かったんだ」


プロンプトは、ちょっと申し訳なさそうな顔をして、俯きがちになった。


「でも…オレね。また、ノクトに勇気をもらったんだよね。暗闇の中に押し込めるんじゃなくてさ…日が昇るってそういうことじゃないかな、って思って…なんか、みんな、光の中で露わになるの。いいことも悪いことも、そのまんまさ」


プロンプトはじんわりと目頭が熱くなるのを感じて、あわてた様子で手を振って


「ちが…オレ、なに言ってんだろ?!ええと、言いたいのはさ、だから…オレは、自分のためにここまで来たってことなんだよ!! もちろん、ノクトは大好きだから、そばにいたいけどさ。でも、オレは自分のために来たんだよ!オレも、ルシスを出て、なんでもないオレで、もっと世界を見たかったの!!それに、オレだって、少しはルーナ様に呼ばれたって思ってるんだから!!ルーナ様が世界を見て来いって、それでオレを連れ出してくれたんだって思ってんだからね!!!」


プロンプトは、泣くまいと思っているのか、やたらと瞬きをしている。でも、その目の周りはうっすらと赤らんでいた。


「だから…これからも、同じだよ。オレの旅もまだ終わってないんだから!!」


わあああ! とアラネアが拍手した。プロンプトは、それで、泣きそうになっていた顔が、ちょっとだけ笑って、そしてアラネアとハイタッチした。

ノクトは、何も言えずに、じんわりと二人のことばを受け止めていた。


「ノクト!どうだ!わかったか!」


アラネアは、ドヤ顔で、どーんとノクトを指差す。


「バカだな…お前ら…」


ノクトは呟いた。その顔には、どこか泣き出しそうな、おかしな笑みが浮かんでいた。はしゃいでいた二人は、急に黙って、真剣な顔をした。


「…いいよね?ついて行っても」


プロンプトが恐る恐る聞く。ノクトは、はああ   と大きく息を吐いた。少し前かがみになって、考え込むように目を瞑る。はああ と、ため息が続く。


「…たく、わかんなくなちまったじゃねぇか。絶対に、連れて行けないって思ってたのに…」


少し考えさせてくれ…


と言おうとしたのだが、二人はもう、ぱああっと顔を明るくして、


「じゃあ、決まりだな!」


と、アラネアは宣言した。ノクトは苦笑した。


「じゃあ、次の議題!プロンプト!」


と仕切りはじめる。プロンプトは、にこにこしながら姿勢を正すと、


「はい!ええと、次の行き先を決めます!!」


家族会議は、この日、夜遅くまで続いた。

行き先については、結局あーだこーだと、アラネアとプロンプトが思い付きをあれこれ述べて、まあ、焦って結論を出すこともないし、とうやむやに終わった。ノクトは苦笑して、ほとんどしゃべらずに、二人のやり取りを見ていただけだ。帝都グラレアへ向かうのはいいとして、プロンプトはせっかくだから、テネブラエによりたいと言い出した。アラネアは、地図とにらめっこしながら、海路でグラレアに行くことを提案した…ボートをどうやって手に入れるかがまったくの難問だったが、本人はその方法を真剣に考えていた。議論というよりは、勝手な妄想を披露していただけだ。

アラネアがあんまり遅いので、シノが迎えに来て、それで家族会議はお開きになった。次の日学校なのを思い出すと、アラネアはぱっと会議を終わりにして、続きは明日、学校のあとな! と言い残してリーベリ家に帰っていった。ノクトとプロンプトは、顔を見合わせて笑った。しっかり、しきってやがる…

しゃべり倒してプロンプトも満足したのだろう。機嫌よくシャワーを浴びて、はやばやベッドに転がり込む。ノクトがシャワーからあがって寝室に入ったとき、ベッドに横たわっていたプロンプトは、サイドランプの小さな明かりの中で、取りためた写真を眺めていた。ノクトは、静かに自分の奥のベッドに横たわった。


「あのさ…あれ、あーちゃんのアイデアなんだよ」


プロンプトはカメラから目を離さずに、ぽつりと呟いた。


「あれって?」


「…家族会議。オレ、今日あーちゃんにすっごい叱られたの。オレはいつもノクトの話を聞いてばかりいる。きちんと自分も話せって。プロンプトはどうしたいんだって聞かれて、答えられなくてさ…で、昼間ずっと…お互いに一人で考えてくることになって」


それでふたりとも姿が見えなかったのか。


「あーちゃんはさ、シノに相談したみたいで。シノが教えてくれたみたいなんだ。家族で話し合うときは家族会議をすればいいんだって」


家族か…


ノクトは、無意識に胸に手を当てて、傷を撫でる。

プロンプトは、カメラをしまって、それからうつぶせに枕に顔をうずめる。泣いているんだろうか…と思って、横目で見ていると、やがてノクトのほうへ顔を向けた。その顔は、眠そうにとろりとしていた。


「ノクトがね…ただ、自暴自棄になってるわけじゃないって、わかってるよ。毎日毎日、ルーナ様のお墓のまえで、じっと自分と向き合って…それで見つけた答えなんだって。だから、オレも、ただノクトについていきたいっていうんじゃ、ダメだなって思った。オレ…でも、ちゃんとさ。あるんだよ、オレの中にも。うまく説明できないんだけど…ちゃんとあるのは、自信もって言えるから」


「…そうだな。よくわかるわ。オレもうまく言えないからな。だから…お前の中に確かに何かあるってのは、わかる気がする」


プロンプトは、また、枕に顔を埋めた。はあああ… 疲れたような息が漏れてきた。

「寝るか? 電気、消すぞ」

うん、と枕の中から声がする。ノクトは、サイドランプに手を伸ばして、その紐を引いた。

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