Chapter19.8-ルナフレーナの墓-

ーーーーーーーーー1日目。

「よかった!ノクトは無事なんですね!」


「ああ、もちろんだ。しかし…丸二日も山を彷徨われている。ご本人は自覚していないようだが、かなり体力を消耗しているはずだ」


ノクトは、ひとりで神主の魔法に勝ったんだな!

プロンプトはさりげなくガッツポーズをする。これで…これで、やっとルーナ様に会えるんだ!!

アラネアは、やはり、ノクトはルーナに会いにいったのか、と納得する。まったく、ひとりだけ先に行くなんてずるい… そして階段を見上げて、あそこを登りきると、二人が待っているんだろうか、と思う。


「ねえ、先に行っていい?」


「だーめ!!ユハさんについていくの!」


「ちぇっ」


早くルーナに会いたいのに。

ユハは、何か聞かれるのを恐れるように先を急いでいたが、アラネアがからしてみれば、大人二人の進みが遅くていらいらした。もう、走って行ってしまおうか…ほら、階段の終わりはすぐそこに見えている…


「ねえ、ルーナ様も、上にいるんでしょ?」


とプロンプトが、高鳴る期待を胸に、ユハに聞く。ん?と思って、アラネアも耳を傾ける。

ユハは…難しい顔をして黙っているばかりだった。しかし、二人の期待に満ちた眼差しに耐え切れなかったのだろうか…


「私の口からは、なんとも…」

と、口を汚した。


なんだよもったいぶって、とプロンプトは思った。ここにいなけりゃどこにいるっていうんだ。アラネアは、ユハが何か戸惑っているのを感じていた。なんだ…この人、何か混乱しているみたい。

3人は変にけん制した空気のまま、足早に石段を登る。そして、階段の終わりまでたどり着いた。


「あ、ノクト!」


と、まっさきにアラネアが、道の突き当たりにノクトの姿を見つけた。プロンプトは、ノクトの背中を遠くに確認しつつ、右手の開けたほうに見える古い建物に気を引かれた。まるで遺跡のような、歴史を感じる巨大な建物…入り口を飾る立派な円柱が、神殿を思わせる。


社って言うから、神社みたいなのを想像してたけど…全然ちがうじゃん!


あれ、なんですか? と、ユハに聞こうとして、やめた。なんか、この人、何にも答えてくれなそうだし。きっと、口止めされているんだな。


「ノクトー!!!」


アラネアは、大きな声でその背中に呼びかける。しかし、ノクトは、なにやら向こうの方をじっと見たまま動かなかった。


ノクト?


神殿に気をとられていたプロンプトも、ノクトの様子が変なのに気がついた。その背中は、二日彷徨っただけあって疲れているようだが、しかし…わずかに震えているように見えるのは気のせいだろうか。


「ノクトー?」


プロンプトも遠慮がちに声をかけた。ノクトは、わずかに反応したように見える。そのとき、はっ と、ユハが何かに気がついたように、息を吐くのが聞こえた。ユハの表情は、急に曇った。


何なの…?


プロンプトも、胸騒ぎを覚えて、足を速める。アラネアは、小走りにノクトのそばに駆けて行った。そして、その背後まできて、もう一度、声をかける。


「ノクト!」


そのとき、ようやくノクトは、少しだけ後ろを振り向いた。わずか…顔が、半分見えるか見えないかの…その顔は、青ざめて、そして、その額に、尋常でない汗をかいていた。3人は、言葉を失う。

ノクトは、かろうじて、3人にうなづいて見せたような気がした。それから、また前を向く。それから、緩慢とした動きで、ゆっくりとその場にしゃがみこむ。手伸ばしているのは…目の前の、墓石のようだ。


お墓…


アラネアの胸が、さああっ と冷たくなっていくようだった。

墓石に刻まれた文字を、ノクトはその指でなぞっていた。そして…引きつるような苦しそうな息が聞こえ、体が痙攣する。つづいて、獣のうなるような呻き声が漏れる。絶望の色を帯びた、暗く、苦しい呻き… アラネアは、わっとノクトに駆け寄ってその背中に飛びついた。


お墓…まさか


プロンプトは、自分も、いつのまにかノクトと同じように小刻みに震えているのに気がついた。


「ノク…ト…」


苦しそうに呼びかけて、恐る恐るその背中に近づく…ノクトの横に座り、墓石を見た。


ルナフレーナ・ノックス・フルーレ

フルーレ家最後の神凪、ここに眠る…


ああ…プロンプトはうめき声を漏らした。没年は…闇の訪れたあの日から、およそ3年後の日付が示されていた。プロンプトの目から、静かに涙が落ちた。


「あの時から3年…生きていらしたんだね…」

「ああ…でも、間に合わなかった…」


ノクトは、がっくりと頭を垂れ、嗚咽を漏らす。体が嗚咽の度にがくがくと震える。ああああ…苦しそうに呻き、頭をかきむしる。引きつるような呼吸… 

プロンプトは、自分も嗚咽を漏らしながら、ノクトの肩をしっかりと抱いた。その体が、驚くほどに冷え切って、ひどく消耗しているのを感じた。ぶるぶる、ぶるぶると、痙攣し続けるその振動が伝わってくる。プロンプトは、腕に力を入れて、しっかりとノクトを抱きなおした。そうでもしないと、腕の中でノクトが崩れ去ってしまいそうだ。


ああ、ルーナ様… ノクトはあなたをお迎えにここまで来たのですよ


墓石は静かに、夕暮れの日差しを受けていた。奇跡でも起きてその美しい笑顔が、一瞬でも見えないかと目を凝らす…しかし、うっすらと苔むした墓石が、無言で佇んでいるだけだった。


「わるい…ひとりにしてくれないか…」


ノクトは震える声で懇願するように言う。


「うん…でも…」


「わるい…たのむ…」


プロンプトはうわっと感情がこみ上げて、強くノクトを抱きしめた…ぶるぶると唇が震えて、塩からい涙の味が広がる。しかし…ゆっくりと自分の気持ちを抑えようとする。今、一番苦しいのは、ノクトなんだから… 

プロンプトは、ようやく、ノクトの体を離した。そして、背中にしがみ付いたままのアラネアに、そっと手を触れる。


「あーちゃん…行こう」


アラネアは、真っ青な顔をして、ぎゅっと目をつぶり、いやだいやだと首を振る。


「あーちゃん…」


プロンプトは涙声でアラネアのそばに顔を寄せ、


「お願いだから…」


と、懇願した。

アラネアは、その目に涙をいっぱいためて、ぎゅっと口をつぐんでいた。まるで怒っている見たいな顔をしている。しかし、プロンプトに手を取られると、大人しくノクトの背中から離れた。

二人はようやく立ち上がったが、ノクトの側から離れがたい気持ちで、しばらく立ちつくしていた。ノクトはもう振り返りもせず、二人を拒むように、嗚咽を堪えながら、頭を抱えている。プロンプトは震える唇を噛むと、アラネアの手を引いて、そっと墓地を離れた。

何も言わずにユハが二人を先導し、墓地の先の道から、緩やかな坂道を下る。3人が墓地から離れるのと同時に、背後からノクトの激しい泣き声が聞こえてきて、3人は一瞬だけ足を止めた。ユハは、すぐに頭を振り、二人に先に進むよう促した。プロンプトは、絶え間なく流れる涙を拭いながら、しっかりとアラネアの手を引いて、ユハの後に続いた。つながれたアラネアの手が、小刻みに震えている。アラネアは、ノクトの側に行きたいのを必死に堪えているのだろう。

しばらく森の中の道を降りていたが、森を抜けたその先に、また、開けた場所が見えてきた。集落とは反対側の斜面に向かって、いくつかの民家が並んでいるのが見える。それらは、集落の建物とはちがい、石でできた古い遺跡のように見える。実際に、遺跡の一部なのかもしれない。立ち並ぶ建物の中には、朽ちて明らかに放棄されているものもあった。

建物のひとつから、先ほど分かれた姉妹が飛び出してきた。その後ろからは、期待裏切らぬ美しい母親の姿も現れた。

遠くの方から、ノクトの激しくうめく声や、絶望的な叫びが聞こえてくる… 姉妹は不安な顔で墓地の方を眺める。母親は、目を伏せて胸に手を置き、祈るような仕草を見せた。


言葉少なに、母親のイサと挨拶を交わし、プロンプトたちは家へ案内された。その古い外観からは想像もつかなかったが、中は近代的な作りをしており、電気も通っているようだ。東の斜面に向かって明るく開かれている大きな窓、レースのカーテンが揺れており、東から暗くなり始めた空がよく見える。いつもはここで和やかな家族の団欒が繰り広げられるのだろうが、今はみな、重く口を閉じている。アラネアは泣き疲れたのか、ぐっと唇を噛み締めたまま、ソファで眠ってしまっていた。その横で、心配そうにシノがアラネアの頭を撫でている。
せっかく出された料理になかなか箸がつけられないまま、外が暗くなってきた。

「あの…オレ、そろそろノクトを…」

プロンプトは、顔を上げて、向かい側に難しい顔で黙っていたユハを見た。

「いや…」

とユハは静かに立ち上がった。

「私が行こう」

「で、でも…」

「こういう時は、赤の他人の方がいいだろう」

プロンプトはそれ以上何も言えず、ユハが家を出ていくのを見送った。

オレがそばにいたんじゃ、かえって辛いのかな…
でも、そんなの、悲しすぎる…

プロンプトはまた、涙が込み上げてきた。それをぐっと堪えるように腕で拭き取って、立ち上がった。

「オレ、やっぱり迎えに行きます」

イサは、黙ってうなづいてくれた。プロンプトは、ユハを追いかけるように慌てて家を出る。墓地まで続く道を駆け出す。もう陽が落ちて、薄暗がりになんとかユハの背中が見えた。ユハさん!と、声をかけようとして、止めた。ユハは、坂の上を見上げて、立ち止まっていた。視線の先を見ると、誰かが降りてくるようだ…

ノクト?

薄暗がりの中で見えたのは、誰かを背負っておりてくる長身の男…

「ノクト!!」

ユハがプロンプトの声に気がついて振り向く。

「大丈夫だ。気を失っているだけだ」

陽がすっかり落ちて、闇が訪れる。と、同時に、道の両脇の石の標が、ぼおおっと光り出して、男たちを浮かび上がらせた。長身の男は、銀髪で、長い髪を後ろで結い、長い髭を垂らしていた。髭のせいで老けて見えるが、ノクトを軽々と持ち上げているところを見ると、そこまでの歳を感じさせない。

「まったく…世話を焼かせる」

男は忌々しそうに呟いた。ユハは、ノクトを受け取ろうとしたが、いい、というように首を振る。

「では、ノヴイアの家へ…」

「わかってる!」


男は不機嫌になりながら、ノクトを背負ったまま、ユハの後に続く。ユハたちは、ユハの家より先の一回り小さな建物に入る。イサが待ち構えていた。居間に入ると、椅子などが脇に追いやられて、そこに布が敷かれている。髭の男は乱暴にそこへノクトを降ろした。

「クヌギさま」

と言って、イサは、水の入った、たらいをうやうやしげに捧げると、髭の男は、いかにも尊大な態度で手を洗った。すぐに、手を拭くための布も差し出される。

その間に、ユハは、手際よくノクトの泥だらけの服を脱がしにかかった。プロンプトは、クヌギの威圧感に気を取られながら、自分もユハを手伝った。ノクトは、血の気のない顔を苦痛に歪ませていた…まるで、あの玉座の前で見つけた時のように。プロンプトはまた、涙ぐむ。
ユハがノクトの上着を脱がせ、その胸に傷を見つけると、はっとした顔をして、クヌギを振り向いた。しかし、クヌギは憮然とした様子で、表情も変えずに上から見下ろしている。ユハは、すぐにまたノクトに向き直った。そこへ、妻のイサも加わった。イサは躊躇いもなく、ノクトの汚れたズボンや下着を剥ぎ取った。手際がよいので、プロンプトは呆気にとられて見守っていた。夫妻は綺麗なさらしを湯に浸し、すっかり裸にされたノクトを、躊躇わずに拭いて回る。ノクトの、胸についた深い傷からも、綺麗に泥が拭い取られた。そして、顔も、手足も、腰周りも、隅々まで綺麗に拭われる。最後に頭も丁寧に拭って、ノクトの体はすっかり清められていた。プロンプトは、まるで死者を弔うような気がして、一瞬ぞっとする。

神職の夫婦は、そのままノクトに、神職の白いローブを着せる。


「さあ、これで、少しは楽におなりでしょう」


と、母親はようやく美しい声を発した。

プロンプトとユハとでノクトを隣の寝室まで運んだ。二つのベッドの奥の方へ、ノクトを横たえる。清められたノクトは、綺麗な白い顔をして、横たわっていた。魂の抜け殻のように、生気がない。だが、かろうじて、息をしているのが分かる。


「ノクトは…」


プロンプトは心配で声を震わせながら、ベッドの脇にしがみつく。


「ショックで気を失っただけだ。ほっておけ」


厳しい声がして、振り向く。クヌギが冷めた表情で、ノクトを見下ろしていた。この人…感情がないの? プロンプトは非難するように、クヌギを睨んだ。クヌギは、その目を睨み返して、ふん、と馬鹿にするように鼻を鳴らし、部屋を出て行ってしまった。ユハが、慌ててその背中を追った。


ノクトは暗闇に落ちていく。何も見えない…かろうじて、遠くに光が揺らめいている。ここは、星の狭間か…


落ちていく… 虚無の空間だ。何もない。音もない。肌で感じるものもない。気配もしない…魂が消えていく場所だ。


アーデンは先に消えたか…オレは、ここでまだ、何をしているんだ…

消えるなら、早く消えてくれ…


ノクトは苦しさのあまり呻きをもらそうとするが、肉体がなければそれも叶わない。


なぜ、苦痛だけが残る…ねぇわ… 約束が違う…くそ、六神どもめ!


ノクトは悪態をつく。もし拳があれば拳を振り上げ、足があれば何かを蹴りつけたことだろう。しかし、今あるのはノクトの、思念の名残のようなものだけだ。ノクトは、ぶつける先のない苦しさの中で悶える。


玉座で大人しく命をくれてやった…それで、すべてが終わるはずだった…

なぜ、苦しみが残る…お前たちの望みは、すべて叶えたはずだ

これ以上、オレに何を望む… 


闇は静かだった。恨めしいほどに。ノクトの嘆きに、答えるものは皆無だ。六神たちは、自分たちだけで、魂の平穏を手に入れて、もうそれで満足なのだろう…


ノクトはこの永遠の闇の中に、取り残されたのだ。ただ、苦悩する魂だけを残して…


ノクトは絶望に飲み込まれる…それは底のない闇… 終わりのない時間…


あああああ…

声にならない呻きが、闇にわずかに響く


ノクトははっとして、目を開けた。暗闇だったので、夢の続きなのかわからなかった。暗い天井に、うっすらと照明器具が見える。どこか家の中かが…

はあはあはあ…激しい呼吸が、聞こえる。それが自分だと分かるまでに時間が掛かった。息が…吸えないのだ。海に溺れてでもいるようだ…


くそっ…

どんどん!! 激しく自分の胸をうつ。苦しくて、そうでもしないと、呼吸が止まりそうな気がした。


はあ、はあ、はあ…

ぐるぐると世界が回る…ノクトはベッドの上でのた打ち回った。声も出ない…誰かに助けを求めるように腕を伸ばすが…空しく暗闇をつかむだけだ。


ルーナ!!


救いを求めるように叫んだ…ような気がした。

しかし、実際には、ノクトは苦しさのあまり、絶叫していたのだ。隣の部屋で仮眠していたプロンプトとユハは、驚いて寝室になだれ込んだ。ノクトは、息苦しさのあまり自分で胸をかきむしり、指先が血に染まっていた。


「ノクト!!やめて!!!」


悲鳴を上げてプロンプトがノクトの手を押さえようとする。ノクトは悪夢にうなされているようにむちゃくちゃに手を振り回して、プロンプトをはじきとばした。ユハは、暴れるノクトの上に馬なりになり、ノクトを押さえ込んだ。


「ノクティス…ルシス・チュラム!!!気を静めよ…」


すると、ユハの、ノクトを押さえつけていた手が、わずかに光った。


「ノクティス!息を吸え…吸うんだ!!」


すると、ノクトの体から力が抜けて行くのが見えた。


はあ、はあ、はあ…

ノクトが、ようやく深い呼吸をし始める。額から、玉のような汗が流れ落ちた。そして、目を大きく開く。ユハは、ほっとため息をついて、ノクトの上から降りた。


「ここは…」


「よかった!気がついたんだね!!」


プロンプトは目に涙を溜めて、ノクトの顔をのぞきこむ。


「ここは…以前、他の者が使っていた家だ。今は留守なので、君たちに提供した」


ユハは、ノクトの胸の血を布で拭いながら、言う。ノクトは、痛みに顔をしかめた。


「なんだ…」


「自分でかきむしったんだ。息をしていなかった…よほど苦しかったのだろう」


ユハは、血を拭き終えて衣服を治してやる。


「大丈夫だ。傷は深くない。服は明日の朝着替えよう」


はあ、はあ、はあ…

ノクトは確かめるように深い息を吸う。


「ああ、わりいな…今は、息を吸えるみたいだ」


「それはよかった…眠れそうか?」


「ああ…たぶんな」


それから、ノクトはまたすっと目を閉じる。まるで意識を失うように、眠りに落ちたので、プロンプトは、息があるのか確かめずにいられなかった。


「オレ…ノクトのそばにいます。ユハさんは休んで」


「そうか…わかった。じゃあ、隣にいるから、何かあれば呼んでくれ」


「はい…」


プロンプトは、小さなサイドランプを灯して、その隣の椅子に腰掛ける。部屋の隅に無造作に置かれた、レギス陛下の剣と、ノクトのバックパックが薄暗がりの中に見えた。剣の鞘はすっかり泥で汚れていた…プロンプトは、見るに見かねて手に取る。恐る恐る剣を引き抜くと…中の剣も泥で汚れていた。


ノクト、沼地か何かに入り込んだのかな…


プロンプトは、ノクトのためにと用意された布から古そうなものを取りあえげて、たらいに用意されて水を少し含ませると、剣を磨き始めた。


最後にからぶきしないといけないんだよね…昔、グラディオに扱いがなってないってよく叱られたよな…


それから、泥だらけになった鞘も、できるかぎりふき取る。これは、たしか伯爵家の息子にもらったもの…いずれ返すと言ってなかったっけ。泥をふき取ると、心配したほど染みにはなっていなかった。よほど丁寧に加工されていて、水を吸わないように出来ているようだ。

鞘も、すっかり綺麗になり、その見事な刺繍が鮮やかに蘇った。レギス陛下の剣を収めると、プロンプトは、少し気持ちが落ち着いた。

ノクトが気になってベッドの側による。息は…静かだ。


よかった…これで、少しは眠れるかな。


さきほど、2,3こと言葉を交わしたときには、意外と冷静で安心したが、あの絶叫を聞いたときには肝がつぶされるかと思った。ノクトは…気が狂ったんじゃないか。そう思うと、プロンプトは背筋が凍った。


ルーナ様、どうか…


プロンプトは手を組み合わせて祈る。


どうか、ノクトをお守りください…ノクトの心と魂を…


ーーーーーーーーーー2日目。


アラネアは、誰かに呼ばれた気がして、目を開けた。


あれ?


見たこともない家の中にいるな、と思う。ソファの上で、毛布をかけて眠っていた。ソファから体を起こすと、すぐに窓が見えたので、その雨戸を開けてみた。ちょうど、向こうの山から日が昇ろうという時だった。空には少し雲が棚引いていて、日の出の頭を隠していた。


あ!ノクト!!


と思って、アラネアは表へ飛び出す。確か、ノクトはルーナのお墓に… アラネアはキョロキョロと辺りを見渡す。お墓はどっちだっけ? それから、右手の山の上に、白い建物の屋根を見つけて、そういえばお墓の側に白い建物があったと思い出した。

アラネアは、ぱっと道を走り出した。日の出が追いかけてくるように、辺りが急に明るくなっていった。森への続く道を駆け上がる。森の中に、少しずつ光が差し込んできた。アラネアは、呼ばれている感じがどんどん強くなっていく気がして、足が速くなった。そして、墓地への見当をつけると、がざがさと大きな音を立てて道をはずれ、一直線に斜面を登った。

ぼさっ 藪を強引に突き抜けた先に、思ったとおり、ルーナのお墓がある。しかし、そこに人影は無かった。


あれ…呼んだのは、ノクトじゃないのか


アラネアは拍子抜けして、一人お墓の側までいってみた。昨日は気がつかなかったが、もう枯れてしまったお花が、寂しげにお墓の前に横たえてあった。


ルーナが呼んだのかな


ちょこんとお墓の前に座ってみる。お墓は、大切な人に、また、会える場所…いつだったか、プロンプトがそんなことを言っていたっけ。でも、ルーナには会えないじゃないか…


アラネアは、きょろきょろと辺りをうかがった。もしかすると、木陰からルーナが現れるんじゃないかと思った。木漏れ日が静かに差し込む以外には…何も変化がない。


がさ、と足音がして、アラネアは振り返る。


ルーナ?! 


しかし、道の先から現れたのは、幽霊みたいに真っ白な顔をしたノクトだった。ノクトは、ふらふらとした足取りで、アラネアにはまるで気がつかないみたいに、お墓の前に来た。そして、アラネアの隣に腰を下ろす。


これ、本当にノクトかな?


アラネアは、まるで存在感のないその人物をしげしげと見る。ノクトは、しかし、息はしているようだ。アラネアの視線を感じて、ノクトはあきらめた様にため息をついた。


「お前、早いな…」


ああ、やっぱりノクトだ、と思い、アラネアも


「ノクトも早いな」


と返事をした。

ノクトはそのまま、俯きがちにお墓を見つめていた。アラネアも、真似をしてお墓を見つめる。


「ルーナに会えたか?」


アラネアは何気なく聞く。ノクトが、がっくりと力を落とすのが分かった。


「ルーナは…死んだのか?」


ノクトから、はああ… と苦しそうな呼吸が漏れる。


「ああ…そうだ。ルーナは死んだ」


「でも、お墓なら会えるんだろ」


ノクトはちょっと沈黙してから


「そうだな… 会いたいと願って、ここに来たんだ」


それから、また、沈黙が横たわった。ノクトは、昨日みたいに泣いてはいなかったが、まるで、死んでいるみたいな顔をしていた。白くて、表情が無くて、お墓を見ているようで、何にも見えていないような、そんな目をしていた。


「ノクト…死なないよな?」


アラネアの問いに、ノクトは答えなかった。アラネアは、その横顔をじっと見つめながら、辛抱強く返事をまった。しかし、ノクトが答える前に、道のほうから慌ただしい足音が聞こえてきた。二人いるな… と思ってみてみると、息を切らせてプロンプトと、そしてシノが上がってきた。二人は、墓地にアラネアとノクトの両方の姿を見つけると、とりあえず安堵したようだった。


「びっくりしたよ…ふたりともいないんだもん」


プロンプトはなるべく明るい声を出しながら、ちらっとノクトの様子を見やる。朝、気がついたときにベッドが抜け殻になっていたのは驚いたが…血で汚れたローブを脱いで、自分の服を着た形跡があったので、少し安心していたのだ。しかし、ここからその背中を見ると…やはり、不安がこみ上げる。


「アラネアさん、ノクトさん。朝ごはんの支度ができましたから、一度降りていらっしゃいませんか?」


シノは、遠慮して二人にはあまり近づかず、遠くから声をかける。


おう、 とアラネアは振り向いたが、ノクトは何の反応もしなかった。


「ノクト、ご飯食べないの?」


アラネアはノクトの顔を覗き込む。ノクトはまた、ため息をついた。


「いらねぇわ…」


それでも返事があったので、プロンプトは安堵した。心配そうにプロンプトの顔を見るシノにむかって、うなづいてみせる。大丈夫だ。


「あーちゃん、ご飯食べに行こう。ノクトは…いらないって」


アラネアは、ちょっと不安な顔をしたが、すぐに気を取り直して、


「じゃあ、食べてからまたくるぞ!」


と言い残して、さっと、プロンプトたちのほうへ駆けてきた。3人はノクトに後ろ髪を引かれながら、墓地を後にした。


やっぱり帰って来ないか… プロンプトは、落ち着かなく通りに出たり、家の入ったりを繰り返していた。今日も、日が暮れる… ノクトは一度ももどってこない。午後に一度、イサが、食事をもって墓地へ行ったが、手をつけてもらえないまま、とりえあえず側においてきたということだ。アラネアは、朝食の後、イサに強く言われて、結局、墓地へは行かせてもらえなかった。イサはその美しい容姿の一方で、非情に厳しい女性だった。あの姉妹がしつけれているわけがわかる。アラネアさえも、その険しい表情で、きつく言い聞かせられると、しぶしぶと言うことを聞かざるをえなかった。

許可無く、墓地へ近づいてはならない。イサは、こどもたちに言い渡した。

ユハは神主と神殿に赴いている。ノクトのことは気にかけておくから、と言ってくれたが…しかし、親友の自分がそばにいなくて、いいのだろうか… こんな時は、親しいからこそ、離れて見守った方がいいと、イサにも言われてしまうと、プロンプトも踏ん切りがつかない。


やはり、ここで待つべきなのか… 

プロンプトを察してか、イサが包みを持って家から出てきた。


「昼間の食事を下げてまいりますので、プロンプトさんはこちらでお待ちになって…」


「わかりました…」


プロンプトはしょんぼりとうなだれて、凛としたイサの後姿を見送る。


オレって、役立たずかな… もし、イグニスと、グラディオがいたら。

と思ったが、その考えを打ち消すように首を振る。10年前のあの時みたいな…あんな苦しいことがあったら、今度こそ、オレがノクトを支えるって、誓ったんだ… 辛くても、いま、ノクトをこうして見守っていられるのはオレだけじゃないか。


日が沈み始め、辺りが暗くなってきた。プロンプトは不安な眼差しを、道の先に送る。やがて、その道を歩いてくるものがいた。イサが…ひとりだった。


イサは、相変わらず、凛として、動じない様子だった。


「あの…ノクトは…」


「まだ、あちらにいらっしゃるそうです。でも、一口だけ召し上がっていただきました」


「そうですか…」


プロンプトはやはり、墓地へ向かおうかと迷ったが、イサが見透かすように、


「さ、プロンプトさんは家にお入りになって。すぐに夕食にしますから」


と言う。その目は、こどもを言い聞かせるように険しかった。プロンプトは、しぶしぶイサの後に続いて家に入った。ユハの家の居間には、アラネアもいて、姉妹に混じって夕飯の支度を手伝っていたが、明らかに不機嫌な様子で、いつになく押し黙っていた。日中、姉妹が気を使ってあの手この手でアラネアを遊びに連れ出してくれたが…やはり、墓地へ行かせてもらえなかったのが不満だったのだろう。

食卓に、たくさんの食事があがる。ノクトの分もあれば、ユハも夕飯までに戻ると言っていた。イサの用意する食事は、派手なところはないものの洗練されていて、まるで料亭のようだった。もちろん、客人を気遣ってのことかもしれない。

それでも昨夜もたくさん残してしまった…今日も、あまり食欲を感じない。プロンプトは、しょんぼりと食卓につく。外が暗くなったのが、雨戸の隙間からわかった。気になる…あの、キツイ神主さんが、ノクトを連れて帰るのだろうか…ノクトは、きっと、酷いことを言われる…


「オレ、やっぱ、そこまでちょっと…」


と立ち上がって、返事を待たずにそそくさと家を出る。あーちゃんも! と言って、アラネアも立ち上がった。

アラネアさんはいけません! と、台所から顔を出したイサが厳しく言いつけたが、アラネアはもう、言うことを聞かなかった。イサがその手を捕まえるよりも早く、居間を駆け抜けて玄関から飛び出した。


プロンプトの黄色い頭が、石の光に照らされて、闇の中に浮いてみえる。プロンプトは慌てているんだな… 焦った様子で墓地の方へ向かおうとしているのが分かった。アラネアも、猛スピードでその後を追った。プロンプトに追いつくなんて、楽勝だ…

案の定、森の道に入る手前で、プロンプトの背中に追いついた…と思ったとき、突然プロンプトが立ち止まり、アラネアも、その背中の直前で急ブレーキをかける。

なんだ? と、プロンプト越しに覗き込む。坂の上から、降りてくる姿があった。怖い顔をした神主を先頭に、ユハが続いた。ノクトの姿は無かった。


「ノクトは…」


と、プロンプトが聞く。


「まだ、上ですか?」


神主とユハは答えなかったが、プロンプトは二人の脇を通り抜けて先へ進もうとした。しかし、神主は、プロンプトの腕を掴んで行く手を阻んだ。


「やめておけ。いいか…生きる意志のない者をいくら思いやっても、生かすことはできん。その事実に目をそむけるな。あの男自身にその意思がなければ、お前たちにできることなどない」


プロンプトは悔しさに目を潤ませて、何か言い返そうとして口を開いた。が、すぐに言葉がでなかった。しかし、代わりにアラネアの大きな声がした。


「なんで、そんなことを言うんだ!!!お前なんか大嫌いだああああ!!!!」


アラネアは威嚇するように大声で叫ぶと、どかん と、神主に体当たりをして、そして、階段の脇を駆け上った。プロンプトも、神主の手を振り払ってその後を追った。

アラネアはものすごい勢いで道を駆け上がったので、プロンプトにはなかなか追いつけなかった。それどころか途中で道をそれて、藪の中を突き進み始めた。プロンプトは、アラネアの後姿を見失うまいと、自分も藪の中に突っ込んで行った。


あーちゃん、頼りになるわあ…


プロンプトはじんわり熱いものが滲むのを感じた。

月明かりのおかげで、プロンプトもなんとか暗い森の中をぬけ、アラネアが最後に藪を抜けた場所を、自分も通り抜けた。うまいこと、墓地のすぐ横に出た。月の明かりの中で、墓の前に小さくまるまって座り込んでいるノクトの姿が見える。その背中は、今朝みたときよりも一回り小さく見えた。

アラネアが、ちょこんとその横に座っている。ただ、何も言わずにじっとお墓を眺めている。プロンプトも、アラネアと挟み込むようにノクトの横に座った。ノクトは、少しも反応しなかったが、それでも、その息使いは聞こえた。小さく、確かに呼吸をしている。ノクトは死んでない…生きているさ。近くても、遠い、オレの親友…

3人の小さな影は、月明かりの中にしばらたく佇んでいた。


ーーーーーーーーー3日目


プロンプトは不安な気持ちで目が覚める。隣のベッドを見ると…やはり、ノクトは戻ってきていない。心配であんまり寝た気がしなかった。思い体を何とか起こす。

昨日の夜…しばらくして、3人分の食事を運んでイサが墓地を訪れた。プロンプトとアラネアは食事に手を触れたが、ノクトは振り向きもしなかった。しかし、一口食べるまではさがりません、と、イサがノクトの目の前に座り込んだため、ノクトは、感情のない人形のように、白い握り飯を一口だけかじって、飲み込んだ。もう、これでいいだろう、というように、残りをイサに押し付けて…

そのまま、プロンプトとアラネアは、夜遅くまでノクトの側にいた。ノクトは、どうしてそうしていられるのかわからないほど、ほとんど同じ姿勢のまま、墓の前に座っていた。アラネアとプロンプトは、ノクトの回りをうろうろしたり、体の姿勢を変えたりして、それでも側を離れなかった。アラネアは夜更けになって、堪えきれずに地面に伏せて寝てしまった。プロンプトは、アラネアを抱きかかえて家に戻ることにした…


一度、戻るね…

ああ… ノクトは小さく返事をしてくれた。


その後、気持ちが落ち着かないまま、しかし、ユハに硬く止められて、自分は家で休んだのだ。同じペースでノクティスに付き合っては、あんたの方が先に参ってしまう…

そうだ。オレはまいっちゃいけない。ノクトが倒れたら、ちゃんと支えられるくらいに体を元気にしておかなくちゃ…

そう思って、無理にでもベッドに横になったのだ。あまりに不安で…眠れた気はしなかった。


今日は…なんだか外が暗いな…


体が重いので、目が覚めたままベッドで横になっている。雨戸の外の光が、時間の割には弱く感じる。もうすぐ朝ごはんか… そのうちシノが呼びにくるだろう。ご飯を食べたら、止められても構うものか。また、ノクトの側にいよう。


間もなくシノが呼びにきて、ユハの家へ向かった。ユハはもう、はやばやと家を出ていなかった。アラネアは、昨日遅くまでノクトの側でがんばっていたので、眠そうに目をこすっていた。朝がはやいアラネアにしては、珍しいことだ。


あーちゃんも消耗しているな… ちゃんと、休ませないと


食事中、ざああああ… という音が響いてきた。あ、と思って慌ててシノは窓を閉めた。雨が降り出したのだ。アラネアとプロンプトは、激しく窓をうつ雨粒を見て、気が気でなくなった。二人は朝食を慌ててかきこむと、イサから傘とタオルを借りて外へ飛び出した。イサはもう、アラネアを止めなかった。

プロンプトは気がせいて先へ行こうとするアラネアの手をしっかりと引きとめた。


「濡れたら風邪ひくでしょ。そしたら、あーちゃん、ノクトを助けられないよ」


あ… と言って、アラネアは、あの、熱を出したときのことを思いだしていた。


「わかった!」


と言って、大人しくプロンプトの手をつなぐ。プロンプトは、にこっと笑った。疲れているが…いつもの、楽しそうな笑顔だ。二人は、道なりに進んだ。途中、雨足が強くなってきて、不安になる。墓地に近づくと、雨の音に混じって、争うような声が聞こえてきた…自然と、二人の足は速くなった。

墓地にたどりつくと、降りしきる雨の中、神主が傘ももたずにノクトに激しく詰め寄るところに出くわした。彼は激高した様子で、ノクトの胸倉を掴んでいる。長身の神主が胸倉を掴むと、ノクトは、地面より浮きそうだった。ちょっと離れたところで、ユハが傘を持って心配そうに立っている。アラネアはすぐに警戒心をむき出しにして神主に向かって行こうとしたが、プロンプトはぐっとそれを引き戻した。なんだよ!? アラネアが抗議の目をプロンプトに向ける。しかし、プロンプトは、だまったまま何かを訴えるようにアラネアを見つめ返した。アラネアは…プロンプトの真剣な眼差しを受け止めて、大人しくなった。


「その無様な姿を墓の前でさらすだけでは足りないか? お前は、静かに御霊の眠るこの土地を騒がして、その眠りを妨げている。死者への冒涜だとなぜわからない?!」


ノクトは激しく揺さぶられる…が、やはり反応はない。


「…この上、ここをさらに汚すつもりではないだろうな? 死にたいのなら、よその土地へ行け!直ちにこの山を降り、この地を去れっ!!」


神主の激しい怒号は、強い雨音の中でも響き渡った。ノクトは、かろうじて、神主の手首を掴んだ。


「離してくれ…ここでは、死なないと約束する」


それは、思いのほか、しっかりとした声だった。神主は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに、また強くノクトを睨みつけた。ノクトの表情は、プロンプトたちの立っているところからはわからない。しかし、二人は長いこと見つめ合っているように見えた。

やがて、神主は、ノクトの胸倉から手を離した。ノクトは、その場に崩れるように座り込んだ。そして、また、墓の方を向く。

神主は、プロンプトたちには目もくれず、ユハのところまで戻ると、二人して、神殿のほうへ去って行った。

プロンプトとアラネアは、ようやく金縛りが解けたように動いた。ノクトの側にたち、ノクトに傘を向ける。アラネアは、タオルでノクトの頭を拭き、それから、冷え切った体を包む。そして、背中からやさしくノクトを抱きしめた。

プロンプトはアラネアの表情を見て、驚く。その顔は、やさしく微笑んでいた。まるで、愛しそうにノクトの濡れた背中に頬を当てている。


「ノクト…大丈夫だぞ。雨がやんだら、また来ればいいんだ。風邪を引いてしまったら、しばらく来れないぞ?」


アラネアは、こどもに言い聞かせるように、言う。ノクトが、はっとして、わずかに顔を上げたように見えた。それから、静かな涙が頬を伝った。

ああ、そうだな…

ノクトの掠れた声が、かすかに聞こえる。そして、抱きついているアラネアの腕に、そっとノクトのの右手が触れた。

見ていたプロンプトの目にも、涙がこぼれた。


その日、ノクトが家に降りてきた。イサは勘が鋭いのか、熱い風呂を沸かして一行の帰りを待っていてくれた。ノクトが風呂にはいり、少しだけ食事を取って、そしてはやばやとベッドに入ると、一同にようやく安堵した空気が流れた。

言葉は少なかったが、生きる意志は感じられたのだ。

アラネアは、それまでイサの家に寝泊りしていたが、今日はプロンプトたちの家に留まると言った。イサはやさしく微笑んで、それを許した。


ーーーーーーーーー4日目


ルーナが悲しそうな笑顔を向けている。なぜ、そんな悲しそうなんだ… ノクトは、その顔に手を触れようと手を伸ばす。


オレが…間に合わなかったから…わりぃ…また、悲しませちまった…


ルーナが、違う、と言うように首を振る。そして、ノクトの手を取って自分の頬に触れた。その顔は…とても幸せそうだった。


その笑顔を、もっと側で、見たかった…


頬に、熱い涙を感じて、ノクトは目を覚ました。すぐ側に窓が見えた…雨戸が閉めてあるが、その隙間から、光が見える。今日は、よく晴れているみたいだな…

すーすーと、寝息が聞こえて、反対側を振り向いた。小さなベッドに、抱き合うようにして、プロンプトとアラネアが寝ていた。アラネアは、小亀のようにプロンプトの腹の上にのかっている。二人とも、疲れきって正体不明のように深い眠りに入っているように見える。


わるいな…お前ら…


ノクトはゆっくりと体を起こした。ようやく人間らしい感覚が戻ってきたおかげで、節々が痛い…しかし、昨夜、ゆっくりと風呂につかり、そして少しばかり食べ物を口にしたおかげで、今日は、生きている感じがする。


まだ、生きているらしいな…ありがとよ


辛いときに、側を離れなかった親友たちに、礼を言う。いずれ、ちゃんと…ことばでも、と思う。

そして、ノクトは二人に気を使うように静かにベッドを抜け出した。

外に出ると、まだ、朝日は昇りきっておらず、ゆっくりと空が明るくなっていく最中だった。ノクトは、体の具合を確かめるようにゆっくりと、道を進んだ。手も足も、ありがたいことにまだ動いた。この数日よく眠っていなかったかわりに、昨日は日もあるうちから良く眠れた。そのせいか、頭も軽く感じる。それに、五感の感覚が戻ってきた…新緑のすがすがしい匂いが、ノクトの胸に飛び込んでくる。


この山、こんな匂い、こんな色だったのか…


ノクトは初めて足を踏み入れたように新鮮な気持ちがした。

道が森の中にはいり、朝日が静かに差し込む木漏れ日のなかを、ノクトは穏やかな気持ちで進んだ。悲しみが癒えたわけではないだろう…胸の奥がまだ、しくしくと痛む。そして、体の中心の、大事なところが、すかんと空っぽになった感覚も、なくならない。それでも…静かだ。もがくような、無限に落ちて行くような感覚はもうない。


底には着いたっていうのか?


ノクトは、ふふ、と鼻で笑う。結構、浅い底じゃないか。


森を抜けると、すぐに墓地が見えていた。ルーナの墓は、すぐ手前だ。ノクトは静かに墓石に歩み寄って、その場に跪いた。

何度もそこに刻まれた名前を見て、そして手でなぞる。


ルーナフレーナ…ノックス…フルーレ…


断絶したフルーレ家の、最後の神凪…


ルーナ…


静かに、涙が頬を伝う。まだ、涙が残っていたのか…と思う。


「また、間に合わなかった…ゴメンな…」


その声は、震えていた。


「それでも…あの激しい戦いから、生き延びてくれたんだな…本当に嬉しいよ」


貴女にとって、その生き延びた3年は、どんな時間だったんだ…


ああ、どうか、安らかな時間であって欲しい、とノクトは願う。

それから、また、どうしても嗚咽がこみ上げるのを堪えられなった。情けねえな…自分でも思う。


「…貴女に、できれば見せたかった…日の昇るところを…」


ノクトは堪えられず泣き崩れた。泣きながら、ノクトの脳裏に、苦しかった10年前の旅が思い出されていた。


10年前のあの時は…泣くことも許されなかったな…


あの時、どれだけ泣き喚きたかっただろう。どんなに絶望して、何もかも放り出してしまいたかったろうか。それをさせなかったのは、使命か…それとも、仲間たちか…いや、アーデンの存在だったかもしれない。まるで、憎しみを煽るように、アーデンが何度も姿を見せた。その度に、絶望の縁から奮い立って、闘志を掻き立てたのだ…


今はどうだ? 

オレは、あれから少しは前へ進んだんだろうか…?


ノクトは自分に問う。

使命もない、王でもない、なんでもない自分で、自分のためだけに生きたいと強く願った。まさに、いま、それをしている。この地の果てまで、ルーナを探して、進んできた…道は、間違っていなかった。確かに、ルーナにつながっていたのだから…


どんなに時間がかかっても、迎えに行くって決めて、ルシスを出たんだっけ…


ノクトは、王宮で目覚めてからの出来事を思い出していた。グラディオを退けてでも、この旅に出ると決意したのだ。悪くすれば、決闘でもしかねないと、思っていた。誰の理解も得られず、孤独に発つことを覚悟していたのだ。その先、例えこの命を落とすことになっても…たどり着けずに何年彷徨うことになっても…それでも構わないと思っていた。

まさか、イグニスが頭を下げて、自分を送り出してくれるとは。そして、プロンプトがついてくることになるとは…

ほんとに生きているって保証はあんのか?

グラディオの声が思い出される。そうだ。それでもいいと、自分は言ったのだ。その言葉に迷いはなかった。


「ここに…たどり着けてよかった…」


ノクトは、絞るように声を出した。


「貴女に…もう一度会えて、そして、ちゃんとお別れを言うことが出来て…」


ノクトは、ぼろぼろに涙をこぼしながら、墓石に頬を寄せた。愛しそうに頬を摺り寄せる。


「伝えたかったんだ…ずっと…。貴女を愛している…これからも」


静かな朝の墓地に、ノクトの泣き声が響いていた。



















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