Chapter19.2-道を開く者-

その夜、ノクトとプロンプトが始終難しい顔をしているのを、アラネアは不思議そうに見ていた。ルーナを迎えに行くという山は、もう目の前になのに。二人はなぜそんな難しい顔をしているんだろう…

ノクトは夕飯を終えたあと、コーヒーを飲みながら山のほうばかり見ていて、アラネアが話しかけるのも上の空だった。時計と夜空を交互に気にしながら、時間がたつのを待っている。間もなくして、待ちかねたように、

「ほら、もう、寝ろよ」

と椅子から立ち上がって、ノクトは、アラネアの手を引いてテントに入った。

まだ眠くないのにな… と思いながら、アラネアは大人しくノクトについて行った。

アラネアは寝袋におさまってからノクトのほうへと擦り寄る。ノクトは、気のない雑な感じで、とんとんとアラネアの腹を叩く。いつもは寝る前にちょっとだけおしゃべりをするけど、ノクトが難しい顔をしているので、アラネアは黙って目を閉じた。

するとすぐに眠気が降りてきた。

今日もたくさん楽しかった!3人の、黒くなった口を思い出して、思わず、くすくすっと笑う。あの時、ノクトもプロンプトもたくさん笑ってたな…

ーあーちゃん、寝た?

ー寝たわ。にやにや笑ってた

ーははは。いい夢見てるのかな

テントの外から二人の声が聞こえてくる。アラネアは半分夢の中にいて、その声を聞いていた。

大丈夫、二人はそばにいる… 話をしてるんだ…

それからまた、今日あった楽しい出来事が走馬灯のようにかけていった。

お昼のお肉はちょっと硬かったな!ああ、そうだ。木に登ったのは久しぶりだ。明日はもっと大きい木に登りたい…

昨日の夕暮れに見た鳥の群れが目の前を飛び立つ… アラネアは鳥たちに混じって、赤い空の上を飛んだ。両腕を広げて、鳥の真似をして羽ばたかせる。

うわぁあ 飛行艇みたいだ!

群れは広い空を旋回して、日に焼ける山のほうへ向かった。空から近づくと、複雑に入り組んだ山の形が良く見えた。緑色に見える山肌の向こうは、すぐに谷間になっていた。

あ!川だ!

穏やかな小川が、静かに谷間を流れている。

鳥たちはその小川の上を低く沿って飛びながら、今度は谷を越えた向こうの、もっと高い山の上を目指して飛んだ。

おおお!高い!高いぞ!

あー あー

アラネアは山ガラスの真似をして、

もっと、高いほうへ行こう! とみんなに呼びかけた。

あー あー

仲間たちは賛同した。先頭のカラスが体の向きを変える。群れはそれに続く。新しい風を捉えて、群れは一気に浮上した。

わっ

アラネアは興奮に顔を輝かせた。刃のような険しい頂上が、急に眼前に迫った。その時、背後にあると思っていた太陽が、山頂の向こうにあった。山頂は、登ってきた太陽の光を照り返してきらきら光っている。その、一番高い、本当に先っぽのところが、黒びかりする岩でできていた。岩は、奇妙な形に細く、長く伸びていた。巨大に燃える太陽の端っこから、炎が伸びて、その黒光りする岩に絡みつく。すると、黒い岩は熱せられて赤く燃えた。赤く燃えた岩は、今度は激しく光りながら、一筋の光を下界に向けて放った。

あ… 

アラネアは息を呑んで光の先を見る。細い、細い光が、谷間のほうへ指していく。深い山と山との谷間に、こんもりと小さな丘が見えた。その丘の上に白い建物が建っている。この間、崖の上に見た城よりももっと小さいが、しかし、もっと古く見える。

あそこに、ルーナがいるのかな?

アラネアは鳥の群れを離れて、その丘に近づこうとした。アラネアはすごい勢いで下降する。丘がぐんぐんと近づく… が、突然、強い光が建物から発せられ、アラネアはまぶしさに目を瞑る。

体が、跳ね飛ばされるように感じた。

はっ として、飛び起きた。そこはテントの中だった。外は…まだ暗い。

おかしいな…ノクトたちの声が聞こえない。

アラネアは、そろりとテントから這い出した。空は、山の向こうから白み始めていた。ノクトとプロンプトは…消えかけた焚き火の前で、椅子に腰掛けたまま眠っている。

「朝がくるぞ!!」

アラネアは叫んだ。しかし、二人はぴくりともしない・・・

「朝がくるぞ!!ねえ!日が上がるところを見るんでしょ?!」

アラネアは手前に座っていたプロンプトの肩を揺らした。プロンプトはアラネアに揺すられながら、全く起きる気配がない。半開きに口をあけたまま眠っている。

「おい、プロンプト!」

アラネアは、怒りながら激しくプロンプトをゆすった。プロンプトはバランスを崩して、椅子からすべり落ち、そのまま、どしーんっ と地面に倒れた。

「あれ?!」

おかしいな…

地面に顔を押し付けたまま眠り続けるプロンプトを見る。そういっている間に、空はどんどん明るくなってきた。

アラネアは慌てて、今度はノクトの座っているところまで行った。

えいっ!!! 

ばちんっ と思い切りよくノクトの顔を叩いた。ノクトは、叩かれるまま首を少し振ったが、しかし、目を覚まさなかった。

アラネアは唖然として眠ったままの二人を見る。

ああ、日が昇っちゃう…

アラネアは、山のほうを見る。一番高い、黒光りするさきっぽが、アラネアの目にははっきりと見えた。さっき、飛んで行ったところだ…

太陽はそのちょうど真横から登ろうとしていた。

ああ…

夢で見た光景を思い出して、アラネアは息を呑む。

太陽の真ん中が、黒いさきっぽと並んだとき、日の光がそこだけ奇妙に引き寄せられるように見えた。岩が激しく光って、そして、細い光が下界に差し込む…

アラネアは目を凝らして、光の先を見た。光は、北のほう、緑色の山肌が見えるよりも少し手前のところに差し込んでいた。

丘があるんだ…その上に古い建物。

アラネアは記憶に焼き付けるようにその場所を見つめ続けた。

やがて、太陽が昇りきって、細い光は消えた。

「うう…痛いっ」

もぞもぞとプロンプトが体を起こした。

「うわ…なんだこれっ」

べっ べっ と口に入った土を吐き出し、ほほについた土を叩き落とす。

「マジ、オレ?!このまま寝てたの?!」

慌てた様子で地面の上に立ち上がる…

「んだよ…朝からうるせーな…」

ノクトは呑気なことを呟いて、性懲りもなくまだ目を閉じていた。

「ノクト!起きなって!!」

プロンプトの慌てた声で、ノクトは、はっと、体をびくつかせて、目を覚ました。

「なんだ?!…マジか?!」

辺りが明るくなっていることに驚く。

「もう!!!二人とも起こしたのに!!!」

アラネアがぷんすか、仁王立ちしている。ノクトは真顔でアラネアの方を見た。

「お前、日の出を見たか?」

にかーーー!!!アラネアは誇らしげに笑った。そして、まくし立てるように話し始めた。


「鳥と、空を飛んだぞ!」

「空を飛んだ?」

「そうだ!山の向こうに川が見えて、それから、あの、一番高いてっぺんまでいったんだ!」

アラネアは必死に身振り手振りを交えて訴える。

「たくさんの鳥と飛んだんだよ!あー、あーって言ってた!」

「山の向こうに太陽が燃えてたんだ!火が岩にうつって、岩も真っ赤に燃えたんだ!」

「光がそこからでて、丘の上まで伸びてた!古い建物があったぞ!」

「まぶしくて跳ね返されたんだ!」

「プロンプトもノクトも寝てるんだもん!起こしたんだぞ!!」

「それから日が昇ったんだ!また光が伸びたぞ!」


なぜだろう…こんなに懸命に説明しているのに、ノクトとプロンプトは顔を見合わせて、要領を得ない顔をしている。

「ほんとだってば!!!!」

アラネアは、疑わしげにみる二人の様子に憤慨して地団駄を踏む。

「わーった、わーったて」

ノクトはようやく、話が分かったのか、アラネアの頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。

「…で、光はどっちを差しだんた?覚えているか?」

「うん!」

アラネアは目をキラキラさせて、山のほうを指差した。

「あっちだ!あの、ちょっと灰色で、ちょっと緑色のところ!」

ノクトたちは目を凝らすが、アラネアほどには目が利かないか…不思議そうな顔をしている。アラネアの指の先は、どうも、岩ばかりで荒れた山肌のようにしか見えない… 緑色なんてあるだろうか?

ノクトは双眼鏡も覗いてみた。しかし、その表情はぱっとしない。アラネアは、必死に、先ほど目にした場所を指差し続けた。あそこだ!間違いなく!あの、灰色のあまり木立のないところに、ひとつだけ緑の芽をはやした小さな木のあたり…

ノクトはようやく双眼鏡から目を離して、決意したようにアラネアを見た。

「よし…じゃあ、飯を食ったら、そっちへ向けて出発しよう。アラネア、案内してくれよ」

「おう!!」

アラネアは、顔を輝かせて鼻息荒く応じた。


朝食を終えて、一行はいよいよ、アラネアの目測に従って出発した。今いる場所からアラネアの指差すところを、ノクトとプロンプトはなんども時計の方位計とにらめっこをして、必死に地図に何かを書き込んでいた。移動したらわからなくなるかもしれないから…と二人は言ったが、アラネアは不思議になる。…なぜだろう?方向はわかっているんだから、地図なんていらないのに。

「車で近づけるまで近づくが…アラネアの言う方向とずれるときは、徒歩に切り替えよう」

ノクトは真剣な顔をして言った。

今朝はプロンプトがハンドルを握る。ノクトは、後部座席で、アラネアと一緒に慎重に方向を決める役らしい。自分が車のあの前のでっぱったところにのって、そこから指差したら早いのにな。ノクトたちのすることは、いつもいつも、もどかしくなる。

昨日、発見した古い道は、林の中に入ってみたところ、山のほうへ続いていた。しばらくは道なりに進もう、とプロンプトとノクトが話をしていた。ここまで生えていたのは黒々とした木だったが、この先の林は、淡い緑の芽をつけている。大きな葉がついていないので、日がよく差しこんでいて、枝の間から目指す山脈を見ることができた。

ノクトは一生見目に山のほうと地図に書き込んだ方向とを睨めっこしている。

「この間みた山カラスだけどさぁ」

プロンプトがゆっくりと車を進めながら話し始めた。

「あの、緑の山肌のほうへ飛んでいったじゃない?あれさ、野生動物には魔法が効かないってことかな」

「…つまり、アラネアには効かないってことか?」

「うん、なんとなく」

「それは…あるかもな」

魔法って何だろう?

アラネアはきょとんとして、ノクトの顔を見た。ノクトも、うーん、と唸りながら、マジマジとアラネアの顔を見ている。

「とすると、あーちゃんが頼りだよねぇ…」

プロンプトはおかしそうに言ったが、ノクトは難しい顔で黙っていた。

ああ、また、ひとりで考えてる… 

アラネアはぷいっ とノクトから顔を背けて窓から外を見た。背中を向けていても、ノクトの不安や恐れが伝わってくるような気がした。

ノクトは何が不安なんだろう。アラネアはいつでも不思議になる。お腹もすいていないし、どこも痛くないのにな。

車は、林の中をゆっくり進んだ。始終、枝の間から山の様子が良く見えたんで、ノクトとプロンプトも少し安心しているみたいだ。その道は、平らなところを抜けて、やがてゆるやかなのぼりに差し掛かった。アラネアは、空気が変わったのを感じた。山に入ったな。

「ノクト…これ…」

「山道に入ったみたいだな…このまま進んでくれ」

「わかった」

昨日、進んだ道とも明らかに違って、つい最近まで使っているみたいだった。土は良く踏み固められていて、下草もあまりない。

道はくねくねと左右に曲がったが、確実に山を登っている。

アラネアは空気の匂いを嗅ぎながら、山の高さを感じていた。この間お城に行くときに越えた山より、もっと澄んだ匂いがする。空気に含む水が…とってもすがすがしい。それに、聞こえてくる鳥の声も、随分違っていた。鳥以外にも…獣の気配がするな。アラネアは目を凝らした。何か美味しそうなものがその辺を歩いているかも…

ノクトとプロンプトも、期待するような目で山の景色を見ていた。しかし…

「あ!!」

カーブを曲がったところで、プロンプトが大きな声を上げて、急ブレーキを踏んだ。曲がった先で…道は唐突に、崖にぶちあったって途切れた。

「いいとこまで…来たと思ったんだけど…」

プロンプトは悔しそうに呟く。

「とりあえず、昼飯だな。ちょうどいいころだ。休憩しよう」

ノクトは淡々と言った。


アラネアは、また腑に落ちない、と思った。せっかく山に入ったのに、プロンプトは落ち込んでいるし、ノクトはまた、難しい顔をしはじめた。

プロンプトが朝のうちに作っておいてくれたおにぎりは、塩とゴマの絶妙なブレンドで、特別おいしかった。アラネアは、あっという間に二つの大きなおにぎりを平らげた。

「美味しい!!」

二人を元気付けようと、大きな声を出してみた。しかし、プロンプトが疲れた顔でかろうじて笑い返してくれただけだった。ノクトは、何も言ってくれない。黙々と自分のおにぎりを齧っている。

なんだよ、もう…

「どうする?ここから歩く?」

「そうだな…」

ノクトは迷っている様子で、しばらく黙っていた。

わかんないなぁ

アラネアは首をかしげる。もう、目指す丘は、すぐ近くじゃないか。この向こうに、水の流れる匂いもする。空から見たあの小さな川だろう… その川を越えたら、朝見えたあの小さな木まで、もうすぐだ。

「ねぇねぇ」

アラネアは、二人に川の方向を教えようとしたが、ノクトは邪魔するな、というように首を振った。

「ちょっとプロンプトと話をするから、その辺、散歩してろ」

アラネアは、むっとして、いつまでもだらだらおにぎりを齧っている二人から離れた。

「あんまり、遠くへ行くな」

ノクトが背中から声をかけた。

「おう」

軽く返事をしておく。崖のそばから斜面をよじ登る。すぐに、水の流れる音も遠くから聞こえてきた。あ、それと…誰かが4本足でゆっくり歩いているな。草と落ち葉を踏む、かすかな音が耳に届いて、アラネアは、周囲に目を凝らした。

今登りかけの斜面より、右手のほうにずっといったところ…ここから見えるぎりぎりの上のほうから気配がする…小さな生き物だ。陽の光が真上から差し込んで、黒い葉っぱと、緑の小さな芽が生えた木々の合間を照らす。目を凝らしていると、ちょうど、その日差しの下に、小さな陰が見えた。

あ… 

アラネアの目がぎゅうううううっ と視野を絞って、その陰に集中する。逆光の中から浮き立ってみるのは…長い耳と、すこうしとんがった鼻。ふさふさした毛。アラネアが抱きかかえられるくらいの大きさだ。

あんまり食べるところがないな… と思いながらその生き物を見ていた。それでも、捕まえれば、ノクトたちが喜ぶかもしれない。

アラネアは、その獣の気配を捉えつつ、視界を広くとった。足元の地形を確認しながら、獲物が視界から消えないようにして、抜き足差し足でそちらのほうへ近づいていく。獣は、アラネアのほうをじっと見ているような気がした。しかし、アラネアが近づくのを、待っているかのように動かない。

あいつ…呼んでいるのかな?

アラネアは、慎重に慎重に少しずつ這い登っていく… 突き出た岩に阻まれて、一瞬、視界から獣が消えた。岩場を迂回して奥の木の根にしがみ付いて、上まで登る。そこで、先ほど獣が立っていた場所が見えたが…小さな陰がない。

ちぇっ 気づかれたかな…

アラネアは、耳を澄ました。

かさ、かさ、かさ… 登りきったその向こうのほうから、わずかだが、斜面を慎重に下る足音が聞こえる。

まだ、向こうに、いる…

もう、こいつが邪魔で思うように動けない!

アラネアはそこで靴を脱ぎ捨てた。それは、オルティシエでプロンプトが買い与えたものだ。始め、足が痛くて嫌がったが、ノクトが、かわいいぞ、と言うのでしぶしぶ履くうちに、慣れたのだ。しかし、山の中で足音を忍ばせるには非常に不便だ。

これでいいや!

久しぶりに裸足になって、体が急に軽くなった気がした。アラネアは、しばらく忘れていた体のいろんな感覚が戻ってくるような感じがして、興奮した。

よし、追いつけるぞ!

4つの足を使い、驚くほど身軽になって、アラネアは斜面を一気に駆け上る。それでも、獲物を狙っている肉食獣のように、ほとんど音が立たない。先ほどまで小さな獣が立っていた場所まで、あっという間にたどり着く。そこから向こう側はくだりとなった。

小さな白い毛の獣が、くだり斜面の中腹から、こちらを振り返ってアラネアを見ていた。まるで待ち受けていたようだ。その額に、赤く光る石が見えた。

綺麗な石だ…

アラネアが石に見とれていると、小さな獣は誘うように首を振った。そして、斜面をゆっくりと下っていく。

「あ、待って!」

アラネアはその後を追おうと、身を乗り出した。

ーアラネアー!!!

その時、ノクトの怒鳴り声が後ろのほうから聞こえてきた。

あ、怒ってるな、と思いながら、「こっちだー!」と返事をして、そしてまた、獣のほうへ向かった。獣は、ぴょんぴょんと身軽に木々を避けてくだり、時折、アラネアが追いつけるようにと、後ろを振り返って待っていた。

アラネアは獣が友達みたいに感じて、嬉しくなって、きゃっきゃと笑いながらその後を追った。

「そっちに何があるんだ?」

自分で見ろよ、というように獣はまた首を振って、先を進む。ちょっと盛り上がった木の根を乗り越えて、その姿は見えなくなった。アラネアは慌ててその木の根まで降りていく。

その先に、もう獣の姿はなかったが、代わりに小さな川が流れているのが見えた。飛び越えられないくらいの幅はあったが、しかし、川底は浅くて流れもゆっくりだ。歩いてわたれるな。

ーアラネアー!!!

ノクトが、怒り心頭、と言った様子で、粗い足音を立てながらこちらに向かってくる。

もう!すぐ怒るんだから!

アラネアは、仕方がないと言ったように、ノクトが顔を出した上のほうを振り返った。

「川があるぞ!あの丘はこっちだぞ!」

え?! と、上から驚く声があがっていた。アラネアは構わず、川まで降りていった。辺りを見回したが、小さな獣の姿は見えなかった。よく耳を済ませる…まだ、遠くへ行っていないはずだ…

しかし、アラネアの鼻も、耳も、肌も、もうあの獣の気配を感じ取れなかった。

ちぇ…一緒に遊べると思ったのに。

アラネアはがっかりして、川の側に立ちながらノクトたちを待った。

アラネアをしかりつけるつもりで来たノクトは、小川までやってくると、はっと息を呑んで、川の向こうの山肌を見た。

緑生い茂る山がそこに出現していた。

ーノクトお? あーちゃん?

プロンプトも上のほうから降りてくる。

「こっちだ!」

ノクトはプロンプトがわかるようにと来た方に少し戻って、手を振っていた。やがて、プロンプトもがさがさと騒がしい音を立てながら降りてきた。手には、アラネアが脱ぎ捨てた靴を持っていた。

「あ、川!」

「ああ…アラネアの、夢の通りだな」

二人とも、アラネアを叱る気はすっかりなくなっていたようだった。ふふん、と満足して二人を見る。

どんなもんだい。

「どうしてこっちだって、わかったんだ?」

「だって、見たもん。光がこっちのほうだったでしょ?」

アラネアは、当たり前という顔をして答えた。ノクトが信じられないといった顔で首を振っている。もう、この二人、なんでわからないのかしら…?

「あとな、ちっこいのがいたぞ!」

そうだ!と思い出して、アラネアは付け加えた。

「ちっこいの?」

「うん。白くて毛がふさふさしてた」

「へぇ。野生のウサギとか、そういうのかな?」

プロンプトは、カメラのレンズを通して周囲を眺めてみた。

「どっちいっちゃった?」

「ここで見えなくなった」

「そりゃ、残念!ウサギも、結構美味しいっていうよねぇ」

「食べちゃダメだ。友達になったんだから!」

珍しいことをいうな、と、ノクトとプロンプトは顔を見合わせた。

「へえ、お前にもかわいいところがあるんだな」

「もう、ノクトったら!!」

プロンプトはノクトを小突いた。

「ごめんごめん。あーちゃんの友達か。今度見つけたら、紹介してよ!写真撮ってあげるよ」

プロンプトは笑って、カメラを構えて見せた。

「うん!いいな!」

アラネアは、あの、額の赤い宝石が光るところを映したら綺麗だろうな、と思った。


3人は徒歩の装備を持って出発するために、もう一度車に戻った。キャンプ用品や、持てるだけの食料を詰め込んで、いよいよバックパックを背負う。

「うわあ、いよいよ旅って感じだねぇ」

プロンプトはテンションが上がって、楽しそうだ。ノクトは、まだ少し難しい顔をしている。

「ちょっと、二人とも」

と言って、出発しようとする二人を止めた。

ノクトは、まだ不安なんだな。アラネアには不思議に思う。

「この先、徒歩になる…道のない山に入るんだ。遭難の危険もある」

「そうだね…」

「この詩を見てくれ」

ノクトは、地図に走り書きしてあった詩を、プロンプトに見せていた。

「帰り道を置き去りにして進め。さすれば、死、もしくは、その地への入り口が開かれる…オレたちが今朝経験したように、この辺りはたぶん、不思議な力が働いている。詩がそのとおりなら、戻ってはこれない…忘却の地にたどり着けるか、もしくは力尽きるまで山を彷徨うかだ」

プロンプトは黙って、ノクトの顔を見ていた。

二人とも…また、ケンカしているのかな。

アラネアは交互に二人の顔を見比べていた。

「ノクト」

プロンプトは、沈黙を破った。その顔は、笑っていた。

「わかってるよ。覚悟はしてる」

あ… と、声をあげ、ノクトは、はっ とした顔をした。

「そ、そうか。アラネア、お前はどうだ?下手をすれば、死ぬぞ。わかるよな?」

ノクトは、今度はアラネアのほうを向いた。

アラネアは、にかっと笑いながら

「もうすぐだぞ、ノクト!」

と言って、尻をぽん!と叩いた。

ぷぷぷぷぷ。プロンプトが噴出す。

「あーちゃんに、励まされてるよ」

ノクトも、恥ずかしそうに笑って、頭を掻いていた。

やれやれ、とアラネアは思う。世話が焼けるな。

「わーたよ。じゃ、出発するか」

ノクトも、ようやく笑顔になって、3人は力強く斜面を登り始めた。往復で7日分の荷物が詰め込まれていた。山道は想定してなかったため、結構苦労する重さだ。アラネアはへっちゃらな顔して登っていくが、ノクトとプロンプトは先ほどの小川にたどり着くまでに、息が上がっていた。川を渡ってから、はやばやと休憩を取る。

「結構、きついね…」

「水が特に重いな。生きるのに結構飲むもんだな」

「だね…あーちゃん、すごいなぁ」

アラネアは、へばっている二人を横目に、平気な顔をして川で遊んでいる。

「さて、アラネア、次はどっちへ進めばいい?」

ノクトは水を飲みながら、アラネアに聞く。

んー アラネアは、山を見あげた。

「あっちのほうかな?」

アラネアは、ちょっと自信がなかった。川を渡ってから、空気がまた変わっていた。アラネアの鼻や目をくすぐる何かを感じる。何かが邪魔をするんだ…アラネアは、ゆっくりと辺りを見回して、体いっぱいの感覚を開いてみた… 

研ぎ澄ませ。わかるはずだ… いつだって、答えてくれる…

やがて、あの光の差した、だいたいの方向が見えてくる…アラネアは一瞬、空から山を見下ろしている気分になった。

「わかった!あっちだ!」

アラネアは自信を持って、右手に上がる斜面を指差した。ノクトは地図にメモした方向と睨めっこする。どう思う?と、プロンプトにも地図を見せる。

「時折、あの頂上が見えたでしょう…意識して方位を確認してたんだけどさ、たぶんこんな感じに登ってきて…」

プロンプトは地図の上を指でなぞる。

「たぶんいまこの辺…」

「とすると、大きく離れてはいないみたいだな…」

アラネアは横から地図を覗いて、二人の言うことがさっぱりわからない。この紙に書かれた線は、まるでこの山とは違うものに見える。それでも、ノクトとプロンプトは安心した顔をしているから、まあ、いいか。

「よし、出発しよう」

ノクトの掛け声を合図に、みんな腰を上げた。バックパックを背負いなおして、アラネアが先頭に立つ。こっちだ。さっき見えたんだから間違いない。アラネアは、迷わずに進んでいく。時折、振り返って二人を待ってやらなければならなかった。

遅いなぁ と思う。

仕方ない。二人とも、ヒトだから。

ヒトは弱いよな… アラネアは、かつての母さんとよく話をしていたことを思い出した。昔、たくさんのヒトが死んでいくのを見たアラネアは、本当にそうだと思っていた。しかし、ノクトとプロンプトに出会ってからは、よくわからないと思った。確かに弱いんだけど、変な生き物だ。たくさん笑ったり、たくさん泣いたりする。そして、なぜだか、多くのヒトが自分を必要としていた。みんな弱いからかな?

振り返ってみると、二人が急な斜面に苦労して、足を止めているのが見えた。

仕方ないなぁ、もう…

アラネアは振り返って、呼びかける。

「もう少しだよお!!こっちが平らだよぉ!」

おお! わかった!

という二人の声が返ってきて、少し元気を取り戻したように、再び足が動いた。

よしよし…

さあて、次はどっちかな。

二人を待つ間に、次の方向を見定める。さっきよりも、混じっているものが多くなっている感じがする。近づいている証拠なんだな。きっと、あの古い建物…自分を跳ね除けたあの建物が邪魔をしているんだ…

アラネアはしゃがみこんで、辺りに目を凝らした。日が傾いて、森の中は薄暗くなってきた。時折差し込む夕日は、赤く輝いて見えた。

暗くなると、ノクトたちは目が見えないんだ…急がなきゃ。

アラネアが方向を決めかねていると、ふと、他の生き物の気配を感じた。

あ、さっきのやつだな。

アラネアは、わくわくして辺りに注意を向ける。

…気配のあるほうに、視線を辿らせる。それは、この稜線を並行に移動する右手の先だ。少し木々が開けているのか、明るくなっている。

あ!

あの、白い毛並みの獣が、夕焼けに照らされて浮かび上がっていた。

「そっちか!」

アラネアは、もう、嬉しくなって走り出していた。獣は、しばし、開けた場所で待っていたが、アラネアがもう一歩で到達するというときに、ふいっと体を翻して、向こうに消えた。そこは、岩が多くて木々が途切れている場所だった。手前が平らで休むのにちょうど良く、そして、その先は、視界が開けていて、眼下と、そして山の一番高いところの様子がよく見えた。

アラネアは岩の張り出している先頭にたって、そこから夕日をまっすぐに見た。

目が痛い…

ここから見ると太陽は熟れて、燃えているように見える。向こうの、遠くの山のほうに消える。日が昇ってから、しばらく目が痛いと思っていたが、ここからみる太陽はさすがに大きくて、久しぶりに目が痛いと思った。

あれはやっぱり、危ないものかしら?

アラネアはちょっとだけ、怖いと思う。

ーアラネア!

慌てた声が背後から聞こえてきた。アラネアは来た道を少し戻って、ノクトたちに手を振った。

「こっちだぞ!」

ノクトとプロンプトは、額に汗をいっぱいに掻きながら、ようやくアラネアのもとにたどり着いた。二人とも、見事な夕日に言葉を奪われて、しばし、西の空を見つめていた。

夕日をすでに堪能していたアラネアは、その先に回って山頂のほうを見上げていた。

あれ、また違う匂いがする…と思って、山頂と今いる峰との間の谷間を見た。

あ… 丘だ!

「ノクト!!!プロンプト!!!あったぞおおおお!!!」

アラネアは歓喜して叫んだ。

すぐに二人が駆けつけて、アラネアと一緒に谷間を覗き込む。

「あれは…」

ノクトが息を呑んだ。眼下に見えたのは、小さな丘。その頂上は少しだけ開けていて、木々の合間から、古い、白い建物が見える。そして丘を、深い森が覆っている。森を下ると…転々として見えるのは、民家だ。

「わあああああああああああああああ!!!!!」

プロンプトが思わず大きな声を上げて、それが谷間にこだましていた。アラネアは、ぱあっと顔を明るくして、自分も何か言ってみようと思った。

「るうううなあああああああああああ!!!あらねあだぞおおおおおおおおおおおお!!!」

その声は、長らく谷にこだましていた。

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